古本屋巡りの好きな方なら、いつも楽しみにされている「本と本屋とわたしの話」最新15号(250円)が入りました。数十ページの薄い冊子ですが、本好きには応えられない内容です。

神戸六甲にあった「宇仁菅書店」に通いつめた戸田勝久さんが、この店の思い出を書いた「消えた古書店2ー神戸宇仁菅書店」。店内はグレングールドの「バッハのゴールドベルグ」が始終流れて、「店の中は宇宙で、書物が星座を描くように分類の枠を超え、『宇仁菅センス』に依って、『星』が丁寧に配置されていた。客は謎解きをするようにあちこちに散りばめられた星を巡って本を買い、また棚に並んだ本を見ながら宇仁菅さんが仕込んだ連想ゲームに引き込まれて行った。」

これは、本屋のあるべき姿でしょう。個性的な小さな書店は、日々、ああだこうだと考えながら棚を作っているものです。ここではおそらくお得意様だけだと思いますが、美味しい珈琲が楽しめたらしい。しかし2012年、店主が亡くなり閉店されたのだそうです。

「このように濃密に通う古書店と出会う事は無いだろう。私の人生の後半に良い店と出会えて幸せな『書店人生』だと思える六十五歳のこの春だ」と書かれています。

南房総市千倉発の「0470」(無料)の最新50号は、安西水丸の特集です!幼い頃、この地に住んでいた安西の足跡を辿っていきます。そういえば93年に出版された「荒れた海辺」は、安西の幼少の思い出が詰まった名著で、この本に登場する様々な場所が写真入りで紹介されています。

「昇(安西水丸の本名は渡辺昇)とは同級生で小学校、中学校と一緒でした。昇は小さな頃にお母さんと千倉へ引っ越してきたんです。」とは幼馴染みの山本初治さん。彼が安西の少年時代を語ります。これは、レアな企画ですね。また、「水丸さんを感じる」というページでは、南房総で彼の作品世界を感じる場所が写真と文章で取り上げらてれいます。南房千倉大橋には、安西のタイル画がはめ込まれていて、ファンなら一度は行ってみたい場所です。フリーペーパーなので、お早めにどうぞ(後10部程です)

 

 

 

最後に個展の情報です。詩とクロッキーとマンガをセットにした作品集「中庭」、「痙攣」(各324円)を出している古井フラさんが、奈良大和郡山(京都から近鉄で1時間)にある素敵な古書店「とほん」で、5月10日から29日まで「トリミング展クロッキーと詩」展をされます。古井さんのクロッキーは、上手いなぁ〜と思っていて、いつか当店でも個展をお願いしようかと思っていました。GWが終わった後の奈良なら散策にも最適です。

 

ミニプレス、古本、そしてギャラリーを併設している「ON  READING」という書店が、名古屋にあります。ご存知の方も多いと思います。私は、レティシア書房を開店する前、お伺いして色々とお話をさせていただきました。この書店が「ELVIS PRESS」という出版部門を立ち上げたので、本を入荷しました。

今回入荷の本で、目玉は田口美早紀のイラスト集「We Are Animals」(1404円)、「This is Sports」(1404円)です。静岡生まれ、大阪在住の若手イラストレーターで、雑誌等で仕事をされています。

新作「We Are Animals」は、タイトル通り、動物たちの仕草や習性をユーモアたっぷりに描いた一冊です。単に可愛いイラストではなく、きちんと動物の種目別に作品が並んでいます。

霊長目オナガザル科で、まず登場するのはニホンザルで、お気楽そうに温泉に入っています。その次は、テングザル。本物?の天狗と肩を並べているイラストで、キャプションに「天狗のような大きな鼻をもつ。」と書かれています。「食肉目ネコ科」に登場するマヌルネコなんて初めて知りました。「じっと動かず岩になりきる」という言葉通り、うずくまっている姿には笑えます。このネコ、世界最古のネコで、しっぽを振ってネズミに催眠術をかける、なんて説明がありますが、ホント? 各科目ごとに最後のページで、「食肉目ネコ科の皆さん」というようにキャプションが付いた記念写真、じゃなかった記念イラストが載っていて、いい味を出しています。

「This is Sports」は、ユニークなスポーツ紹介イラストです。野球、テニス、卓球、バスケットボール、サッカー、陸上、プロレス等々のスポーツをテーマにそれぞれの動きをユーモラスに描いてあります。例えば、バレーボールってどういう競技?と聞かれたら、正確に答えられますか?この本には、英語と日本語で完結に書かれてあります。英語圏の方々とも会話できるかも。砲丸投げ、走り幅跳びなどのふわりと浮遊した感覚を楽しみ、プロレス編の卍固めや、フライングボディプレスの極上のユーモア感覚に笑える一冊です。

「熊彫」(1620円)は、昭和10年に名古屋の徳川美術館を開いた徳川義親が、支援していた北海道八雲の木彫り熊を集めた作品集です。木彫熊を土産物として、工芸品としてブランド化したのが義親だったのです。木彫熊の歴史、貴重な昭和初期の熊彫制作に写真なども収録してあります。

「これらを彫り上げた一工人であり一作家である彫り手たちの意志、そして義親がどんな思いで一農民である彼らの暮らしを支えたのか、彼らの生きた時代、その思いを、このささやかな書を通して思い描いて頂ければ幸いです。」

木彫熊の過去そして、その様々なスタイルを知るには絶好の書です。

 

 

長崎発の雑誌「らく」(イーズワークス1080円)最新号の特集は「愛すべきローカル線〜島原鉄道〜」です。

特集のページをめくると、少年時代に一度は憧れたことのある出発進行のポーズをとる鉄道マンの姿があります。明治時代から、諫早と島原を結ぶローカル線として、地元の人に「しまてつ」という呼ばれて愛されている島原鉄道は、諫早駅から島原外港まで43キロを結ぶ単線。一時間に一本程度、一両編成のディーゼルカーで運行されています。乗客の大半は、地元の高校に通う高校生やお年寄りですが、終着まで1時間15分は、汽車旅の醍醐味に満ちています。鉄道ライターの上野弘介は、この鉄道の車窓の楽しさをこう書いています。

「島原に向かうとき、進行方向の右側に座れば、まるでねはん像のような穏やかな姿の雲仙岳が、島原半島を回り込むうちに荒々しい山容に変わっていく様子が楽しめるし、左側に座れば原湾に移ろう海の景色が楽しめる。島原までの1時間、車窓からは島原半島の素晴らしい景色が絶えず楽しめるのである。」

昨今、海に近い駅が注目されていますが、島原鉄道の古部駅と大三東駅は、駅そのものが防波堤になっているという、極めて海の側を走る鉄道なのです。数年前、私はこれぞローカル線とでもいうべき「釧網線」に釧路から乗り、網走まで一人旅をしたことがあります。北海道ならではの風景を十分楽しんだのですが、3時間はちょっと疲れました。その点、島原鉄道は、全行程1時間少々。私にはちょうどいい時間です。

特集では、車窓風景やこの鉄道の歴史だけでなく、ここに生きる多くの鉄道マンの姿も捉えています。もちろんテッチャンにとっても、魅力的な写真ばかりです。海の真横に位置する大三東駅の姿も見ることができますが、映画のワンカットみたいな風景で、一度は訪ねて見たくなりますね。

 

2007 年に創刊された小冊子『mürren(ミューレン)』は、 「街と山のあいだ」をコンセプトに、独自の視点で山と自然に関する内容をさまざまに企画したミニプレスです。

「創刊 13年目、25号を数える本年 2019 年は、小冊子と は別に、叢書『MURREN BOOKS』シリーズを創刊いたします。 著者のもつ多様な自然観に触れていただくことで、いつしか 読者の方の人生に山と自然の世界が広がっている本シリーズ がそんなきっかけになればと考えております。」そして、その創刊第 1巻は、イラストレーター安西水丸さんの低山歩き の イラストエッセイ集 「てくてく青空登山」が届きました。(1296円)

「味わい深いイラストと、飄々とした穏やかな文章 で知られる安西水丸さんは、多彩な分野に通じ、数多くの作品 を生み出し、交友も広く多くの人に親しまれましたが、一方で ひ と り 静 か に て く て く と 、小 さ な 山 歩 き を 好 む 方 で も あ り ま し た 。 本書は、生前安西さんが各雑誌や小冊子にかかれた、山歩 きに 関 するイラストとエッセイをまとめたもので す。 幼少期に遊んだ裏山を訪ね、戦国武将を慕って城跡に上り、 雨に降られ雷に追われ、山頂でお手製のおむすびをほおばり、 帰 り 道 にド ン グ リ を 拾 って は ポ ケ ット に 入 れ る 水 丸 さ ん 。 没後早 5年が経ちますが、水丸さんは今もなお生き生きと、 私たちに山登りの楽しさを語りかけてくれます。」

本書の宣伝文句をそのまま掲載しました。各地をてくてく歩かれたという安西さんですが、その中に、京都鞍馬山が載っています。夏の暑い一日、彼は鞍馬山から貴船に出るハイキングコースを歩きます。

「本殿金堂までは今まで何度か来たことはあるが、ここから奥の院に出て貴船に下るコースは、歩いたことがなかった。おそらく京都に住んでいる人でもあまり歩いていないだろう」

いえいえ、安西さん、京都人も歩いてますよ。私も何度か歩きました。「マムシ注意」の看板にはドキリとしますが。この山は牛若丸が少年時代過ごした場所だけあって、様々な牛若伝説に満ちています。安西さんは、面白いことを言います。

「ぼくはこの牛若を昔から怒れる若者と考えてきた。つまり、今の時代であるなら、家庭愛に恵まれない暴走族であり、ロックンローラーと見ていいだろう。」

騎馬軍団を率いて疾走する姿は、バイクを暴走させる若者に置き換えられるというイメージなんですね。そんなことを考えながら、杉の木が地面を這い廻っている木の根道を通り、貴船へと向かいます。貴船の川床でビールを飲む著者を描いたイラストが可愛らしい。

この本には1990年「新刊展望」という小冊子に載せた「登山少年だった頃」から、2012年雑誌「BE-PAL」に収録されたインタビュー「山に登って 話をしよう」まで全15本が集められています。中には、初出年不明のものや、どこに出したか不明のものまであります。今や、読めないもののオンパレード。ファンならずとも持っておきたい一冊です。

これからの叢書『MURREN BOOKS』シリーズ、期待度大です。なお最新号「mürren24号ー葉で包む」は、あと数部のみとなりました。お早めにどうぞ。

文庫の判型15cm×10.5cmよりも小さな本が、最近増えています。

先ずは、全4冊にもなる「タミオー日記」です。これは、タミオーさんの海外旅行の記録なのですが、表紙帯に、

「文字が小さいので、虫眼鏡のご使用をおすすめします。ページによって印刷ズレのため、文章が読めないページがあります。あらかじめご了解ください。」

と書かれているように、過剰に過剰に、さらに過剰に書き込まれているので、読めません。じっと見つめていると頭がクラクラしてきます。さらに、現地で撮影した写真やら、描いたイラストやらが縦横無尽にコラージュされていて、もうここまでくると笑うしかありません。「インドアジア編」(1650円)、「東欧と中南米編」(1350円)、「アメリカ、エベレストトレッキング他編」(1300円)、そして「ベトナム、その他アジア、メキシコ編」(2105円)。「「ベトナム、その他アジア〜」に至っては430ページ全ページフルカラーというから、おそれいります。「字が極小なので絵的にパラパラと見る、これが楽しい」とは作者の言葉ですが、しかし、よくもまぁ、これだけ世界を回ったものです。あっぱれ!

この過剰さとは、対照的なのが、箕輪要佑さんの、やはり全4冊の日記のような短編集です。スタートは2000年、第一話「アーケード」から始まり、2015年、第729話「ゆったりシート席」で、一応今のところ終了です。第一巻は「今日というより凶な今日」、第二巻「もうひとつの今日」、第三巻「みぞが埋まるくらいに」、第四巻「よくねたパン」に分かれています。

「スーパーに行く。枝豆の殻が置いてあり食べかけにしか見えないが、どうやら売り物のようである。長野県民でないと食べてはいけないらしく、店員に止められた。『素人はやめた方がいいよ』 私はながの県民ではあるが、まだ素人なので食べてはいけないのだろうか。よくよく考えると枝豆の殻なんて食べたくない。危うく騙されるところだった。」(第672話)

ほんとか?事実なのか、嘘なのか。こんな話が延々続くのですが、現実空間からふわりと抜け出させてくれるところがミソです。価格はすべて520円です。

そして当店ロングセラーはと言えば、小幡明さんの海外旅行見聞ぺーぱー”Papel Soluna”シリーズ(330円)ですね。全24冊すでに刊行されていて、「マレーシア編・韓国編」が待機中とか。20カ国以上の国々を回り、印象的なもの、興味をひいたものをイラストで描いて、冊子にしたものです。本職はデザイナーなんで、絵が上手いのは当たり前にしても、小幡さんが目を留めるものが面白い!

★レティシア書房で小幡明さんの個展を6月5日(水)〜16日(日)に開催します。上記の冊子だけでなく、ハンドメイドの雑貨なども並ぶ予定です。先行して、 4月7日(日)〜29日(月)までホホホ座浄土寺店にて、「胸に絵を灯す」と題したブローチ展が開催されます。そちらもお楽しみに。

ミニプレスに目を通していて楽しいのは、この地方には、こんな作家がいたのかという事実を知る時です。

三重県津市から発行されている「Kalas」最新36号を読んでいると、今井貞吉という作家のことが書かれていました。この雑誌の発行責任者西屋真司さんが、伊勢市にある「古本屋ぽらん」の店主から「津を舞台にした小説みたいだから、あなたにと思って取っておいたんです。」と手渡された今井貞吉の「鄙歌」という小説を読み著者のことを調べ始めたのだそうです。

「それは一組の男女の逢瀬を主軸にした物語だった。昭和初期という舞台設定に即した穏当な内容で、この後も派手な事件など起こりそうにない。三分の一程度まで読み進んだ印象はそんなところだ。それで退屈な話かと言えばそんなことはなく、丁寧に記述された戦前の津の風景にいつしかひきこまれている。」

どんな人物なのか、調べてみたものの手がかりが無かったみたいです。しかし、この地方の文化に詳しい市職員の中村光司さんを紹介され、早速会うことになります。中村さんは、伊勢出身の詩人竹内浩三の研究者であり、三重文学協会会長という肩書きの人物です。

氏との会談で今井貞吉のことが明らかになってきました。今井は、明治37年津市で砂糖商を営む家に生まれます。兄の俊三も、昭和12年「饗宴」という長編小説を発表していました。その兄の影響もあって、貞吉は文学に傾倒していきます。兄と共に上京し、小林秀雄、中原中也、中島健蔵らの文人たちと交流していきます。しかし、昭和20年津市への空襲で家財全てを失い、戦後は兄弟の面倒を見ながら、困窮の生活を送ります。こつこつと作品を発表しますが、話題にもならず、昭和60年八十一歳でこの世を去ります。

こうして詳しいことが判明するなんて、地方の文化研究者や、郷土史家の人たちの知識は半端じゃないですね。好きなことをコツコツと、地道にやるって本当に大事なことです。

西尾さんは、最後にこう書いています。

「三十幾つか過ぎた定職もない男の心理描写には、借り物とは思えない追憶と寂蓼がある。津に暮らす読み手としては、全編を通して流れる街への心情に共感するところも多く、確かにこれは同じ土地で生きた人の手による物語だとの印象を強くする。」

一地方都市で、ひっそりと人生を終わらした作家の本。機会があったら読んでみたいものです。

 

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も27店程にご参加いただきます。お楽しみに!

マスコミ報道、TVニュースで「イスラム」という言葉が、飛び交っています。そして、受け取る側は、あんまりイスラム人に近づきたくないイメージを持ちがちではありませんか。

しかし、そのイメージがいかに誤ったものであるかを、はっきりと極めて分かりやすく教えてくれるのが、内藤正典「となりのイスラム」(ミシマ社/新刊1723円)です。世界の人口の1/4にあたる15〜6億人がイスラム教徒といわれているのですから、彼らと関わることなく生きてゆくのが困難になってきています。

「イスラムにはキリスト教の『原罪』という感覚はありません。単純な話で、『生まれてきた赤ん坊に罪なんかないだろう』ということです。キリスト教では生まれながら人間は『原罪』を背負っていることになっていますが、イスラムにはそういう”辛気臭さ”はありません。」

ミッション系の大学に通学していたので、「宗教原論」が必須でした。その講義で、のっけに出た言葉が「原罪」です。なんじゃ、それっ???の状態でしたが、この本に出会ってすっとしました。

イスラム教は、利子を禁じていることをご存知ですか。私は池澤夏樹の著書で、彼がそのことに賛同していたことから覚えていました。「簡単に言ってしまえば、眠っているあいだに金が増えたり減ったりするということがダメだという意味です。」何もしないのに、お金が増えているっておかしいですよね。高い利子に目がくらみ、無謀な投資を行い、すってんてんになった人の話はそこら中にあります。ちゃんと汗かいてお金儲けしようよっていうのは、当然の教えではありませんか。

著者はイスラム教徒の本質をこう見ています。

「他人を騙すようなことは決してしない、他人を見下さない、自分の家族を含めて、何が正しいことなのか、いつもそれを考えて行動する。」

だから、イスラム圏に旅すると、安心と平安をもたらすと感じるそうです。キリスト圏の国に旅した時には感じない、だらっ〜としたリラックス感に満たされるのだとか。そういうことを、著者自身の体験を交えて書いています。そこから、実際にイスラム教徒とお付き合いする時に、どうすべきかが丁寧に解説されています。お役立ち情報満載です。

さて、そんなイスラム教徒のイメージが凶悪なものになってしまったのは何故なのでしょうか。暴力組織として恐れられている「イスラム国」最大の問題は、「イスラム千四百年の『共存の歴史』に学ぶつもりがさらさらないということです。寛容であり、共存のために積み重ねてきたイスラムの伝統や知恵を、完全に無視してしまうことなのです。」

一方で、先の大戦で西欧列強が、今の中東・イスラム世界をずたずたに分割し線引きをし、植民地支配を続け、あげくにイスラム文化よりもヨーロッパ文化が上であると考え、無理矢理欧化させようとしたことが、イスラム国の暴力化に火を付けたのだといいます。フランスでは公教育の場から、イスラム教徒の女性が身につけているスカーフやヴェールの着用を禁止しました。彼女たちにとって、髪の毛やうなじは性的な羞恥心の対象です。だからスカーフなどで隠しているのです。例えば、ミニスカートをはくのが恥ずかしい人は、パンツルックにするとか、ロングスカートをはきます。何を着るかは、本人が決めることであって、国家があれこれ指示することではありません。イスラム文化が劣っているから、優美なフランス文化を教えてあげようというゴーマンフランスの姿なのです。

「これは国家をあげてセクハラを働いているようなものではないか。髪の毛をあらわにしてヴェールをとれば女性が解放されて自由になるとでも思っているのかもしれないが、それはミニスカートをはけば女性が自由になるといっているようなもの。逆に女性の側からいえば、性を商品化する行為そのものだ」と、著者は欧州評議会でぶち上げたそうですが、反応は,,,,,,,,,だったようです。

イスラムを学ぶことで、世界を違う角度から見ることが出来る書物です。

私は左ききです。我々の時代は、字を書く時は、右手で書くように矯正されましたけれど。小学校の時には「左ぎっちょ」などと笑われたりしましたが、そのことで虐められることはありませんでした。野球で左バッターボックスに入ると、女子の応援が一段と大きくなったものです。(そんな気がしていただけかも)

だから「左利きの女」(1000円)というミニプレスの案内をもらった時、即決で販売しますと言ってしまいました。早速、創刊号と第2号が到着。毎回、左利きの女性が一人登場し、彼女の写真と、ロングインタビューで構成されています。表紙の、左手にペンを持った若い女性は、仙台出身、国立大学でスウェーデン語を専攻しています。

「わたしたちの時代は、左利きを右利きに矯正する文化というか、そういうのはほとんどないですね。」とインタビューに答えています。ただ、マイノリティーであることを感じたのは、体育の時間で左利きと右利きに分かれる時、左利きの列は少数だったこと。基本的に手が左利きなら、足もそうなります。(私ももちろんそうです)

彼女も言っていますが、習字の授業が嫌でした。左手で筆を持って半紙に書くことは、かなり難しい作業です。おそらく私の両親も、その辺りのことを知っていたので筆記だけは右手に矯正したのでしょう。ただ、どんな風に左から右手に持ち替えて文字を書いたのか、実は全く記憶にありません。私は知りませんでしたが、女性のアクセサリーなどは右利き仕様みたいで、ネックレスとか苦労されているみたいです。

2号に登場するのは、神戸育ちで、設計事務所に勤める女性です。彼女が、フツーのカッターナイフ(即ち右利き仕様)を左手に持って作業しているところを、分解写真風に並べたページがあります。「カッターナイフは左利きの敵だ!」という言葉と裏腹に、器用に使っています。ご本人も左利きだという実感が全くないそうです。私は、趣味で卓球をやっていますが、左だと有利な展開になることさえあります。

今はフツーに生活していたら、左利きの人の存在って、ほとんど気にならないのですが、こんな風にインタビューを読み、写真を眺めていると、そうかオレも左利きだったんだと思い直しました。左利き女子フェチ風の匂いも漂わせながら、生き方にまで入り込むインタビューが、独特のスタンスを保っています。番外編で「左利きの男」出してくれないかなぁ〜。

サウスポーの人、必読です!!

 

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フォーク・クルセイダーズのこの歌詞で、あぁ〜あの時代かぁ、と思い起こされる方は、まぁ50代以降の方ですね。深夜ラジオの「受験生ブルース」聞いて、寝ぼけた顔で学校に行っていたことを思い出します。

そんな世代の方に、ドンピシャの本が出ました。フリーペーパー「半径500メートル」を出している出版社union.aの、インタビュー集「京都のフォークソング」(山岡憲之著2160円)です。登場するのは、きたやまおさむ、杉田二郎、ばんばひろふみ、中川五郎、豊田勇造、瞳みのる(タイガース)、松本隆らのミュージシャン。そして60〜70年代にKBS京都で多くの音楽番組を担当し、高石ともや、フォーク・クルセイダーズ等を見出した河村輝夫等々、多彩なメンバーで、京都が関西フォークの拠点だった頃を懐古します。

中心にいたのは加藤和彦、きたやまおさむ、はしだのりひこの「フォーク・クルセイダーズ」でした。「帰ってきたヨッパライ」、「悲しくてやりきれない」、そして自主規制で放送できなかった「イムジン河」など、このバンドを知っている世代なら、今でも歌えますよね。

きたやまおさむは、本書でフォークをこう語っています。

「まずはフォークソングという思想。自然を歌うことや、『民衆が作った歌』っていうフォークの特徴、意味通り、それが思想として実体験とともに入ってくるわけだよ。『お前たちは自分たちの歌を歌えばいいんだ』みたいな話ですよ。」

普遍的なラブソングだけじゃなく、その時どんな風に時代を見つめていたのかが、重要になってきます、それが見事に昇華されたのが、北山修作詞/杉田二郎作曲「戦争を知らない子供たち」だと、私は思っています。

当時は、学生の数が圧倒的に多く、岡林信康や高田渡など多彩な才能を持ったミュージシャンが京都に集まり、そのうえ円山野外音楽堂や京都会館第二ホールのような受け皿がありました。歌う側にも、聞く側にもあった連帯感。京都の町はそれを支えていたのです。

豊田勇造が面白いことを言っています。「京都は京都の音楽を作ってた。東京のほとんどは、マイク眞木に代表される、スマートやけどあんまり現実味のないカレッジフォークでしたよ」

マイク眞木と言えば「薔薇が咲いた」。無味乾燥な音楽でしたね。KBS京都の河村輝夫も「東京はだいたい恋したの、夢だの、星だの、きれいすぎる世界を歌っていたけど、そういう歌詞は無難やね。」と振り返ります。

しかし、フォークの世界にも変化が起こります。「僕の髪が肩まで伸びて・・・」で始まる吉田拓郎「結婚しようよ」の発売です。この本の中でも、何人かがこの歌が変わり目だったと答えています。そして、時代はフォークからニューミュージックの時代へ。ユーミン、山下達郎、ハッピーエンド達が時代を引っぱります。アメリカンポップスの影響を大きく受けた彼らの音楽に、私もすぐさま飛びつきました。彼らの音楽の方が若く輝いていたと、今でも思っています。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。

 

 

 

 

岡山で写真を撮り続けてる松本紀子さんが、写真集「そのかわり、その代わりに」(book+CD2300円)をリリースしました。シンガーソングライターのヤマモトケイジさんの素顔を中心にして、街の風景を捉えたものが写真集になっています。被写体となったヤマモトさんのCDは「青図点描集」というタイトルの4曲入りミニアルバムです。ギター一本の弾き語りで、ゆっくりと心に染み入る声が切ないアルバムです。音がノスタルジックに響いてくるのは、録音場所が高松中学校だからでしょうか。写真集発行を記念して、来年2019年9月10日(火)〜15日(日)まで当店ギャラリーで個展が決まりました。調整中ですが上手くいけば、ヤマモトケイジさんのライブも計画しています。(CDは試聴可能です)

 

詩と絵の作品を何冊か出している古井フラさんが、新しいミニプレスを二つ持ってこられました。新作「さみしい君に」は詩とクロッキーを一緒にしたもので、生き生きした手のクロッキーが数多く収録されています。リズミカルで、詩と合っています。もう一つの「雨」は、灰色の雲に覆われた街に落ちてくる雨粒、その雨粒のなか、静かに佇む街が、詩のように描かれています。(どちらも300円)。こちらもいつか個展をしていただきたいものです。

北海道発の京都情報誌「その界隈」(540円)は、今回もユニークな特集です。編者の最近の夢は「市営バス206号系統に、一日中乗り続けること。」だそうです。この系統は京都市内を、北大路通り〜東山通り〜千本通り〜京都駅と、中心部をほぼ一周しています。一周約2時間、なにも考えずに窓の外を見ながら乗っているのも楽しいかもしれません。鷲田清一著「京都の平熱」は、この206号系統の路線を切り口にしていますので、読みながら乗ってみましょう。

丹後半島奥の間人(何て読むかおわかり?)を旅する記事も面白い!私の父が、ここの保健所に数年間勤務していたので、夏になれば蒸気機関車に乗って海水浴に行った思い出が甦ります。「聖徳太子のお母さんに会いにゆく」と書かれていますが、詳しくは本文をお読み下さい。

250円という低価格ながら、本にまつわる楽しいお話満載の「本と本屋とわたしの話」の最新14号は、神戸元町の名物古書店「トンカ書店」の話から始まります。この書店の魅力は店主。彼女の笑顔と楽しい会話が楽しみで行くのです。「分け隔てのない店主の性格もあり、トンカ書店には本以外の物も沢山集まってくる。年季がかかった牛乳箱やミシンが本棚に溶け込み、子供のおもちゃが至る場所に置かれていて、それらは何だか、生活の匂いが少し残っているようにも思える。」と、この記事を書かれた清水さんの言葉通りの不思議な楽しさに満ちたお店です。

★「奈良・町家の芸術祭はならあと2018」パスポートチケット500円発売しています。

★先週京都新聞読書欄に掲載されていた「たたみかた2号/男らしさ 女らしさ」(アタシ社1836円)在庫あります。

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)