中山陽「断層」(創思社出版/古書2000円)は、筑豊の炭鉱を生きた人たちを捉えた(発行は昭和五十三年)写真集です。写真家の筑豊への深い愛情、過酷な炭鉱労働に生きる男たちへの実直なリスペクト、そして彼らを支える女たち、子供達への暖かい眼差しが、ぎっしりと詰まっています。軽い気持ちでふ〜ん筑豊の写真集かぁ〜とヘラヘラしながら、函から出して本を開けた瞬間、脳天に蹴りを入れられました。

この写真家は、実はプロカメラマンではありません。昭和二年生まれ、本職は福岡の開業医さん。昭和三十年ぐらいから、写真を撮り始め、様々な作品展で入賞されました。

「黒なのか。白なのか、それとも灰色なのか、それはわからない。私の網膜には、ただそれらが混沌として入りまじり筑豊独特のずしりとした、そしてすこし澱んだ褐色のような乾いた色となって私の心にやきついている。 しかし、それは、決して、暗いものではなく、陰惨なものでもない。よく考えると、やはり懐かしいふるさとの匂いと、色なのだ。」

という、写真家の筑豊への思いの言葉通りの作品が並んでいます。最初に、炭鉱内で褌一丁でツルハシを打ちおろす男たちを捉えた作品がありました。不謹慎を承知で言わせてもらえば、「かっこいい」のです。まるで前衛的なダンスの舞台のワンカットみたいなのです。悲惨で危険な職場なのに、湧き上がるエネルギッシュで、ストイックなかっこよさは何だ!気合を入れなけらばならない時に、ご覧ください。

地底深い炭鉱を捉えたカメラは、地上に出てこの町に暮らす人々の日常の表情を優しく見つめていきます。楽な暮らしではないはずですが、子供たちは元気です。面白い作品がありました。町の一角にある映画ポスター。そこには、勝新太郎のアクション映画と西部劇、コメディー映画、そして何と「イージーライダー」の4作品を見つめる、上半身裸のおっちゃんと、遠巻きに見ている子供達が捉えられています。ハリウッドに反旗を翻した「イージーライダー」のポスターを何じゃこれは?という感じで見つめています。

石炭から石油へとエネルギー政策が大きく変わっていった頃から、炭鉱はその役目を終えていきます。後半は、廃坑となった炭鉱が撮影されています。人の暮らしの匂いのなくなった炭鉱の荒廃した雰囲気が切り取られています。

この写真に賛辞の文章を寄せている五木寛之は、「筑豊は日本の悲劇のシンボルではなく、近代日本の歴史の出発点なのである。中国やアジアの革命から東大安田講堂まで、全てにかかわり合いのある中心点なのだ。日本の百年史は、東京からでなく筑豊から書き出されなくてはならない。」と書いています。

今日の豊かな生活を可能にしたのは、暗い坑道で、劣悪な環境にもめげずに、石炭を掘り出してきた男たち、女たちの労働にあったことを忘れてはいけない、と再確認させてくれる写真集でした。