「学問を、ただ方向づけられた知識の体系と論じることに意味はない。学問がそういうものだと思い込んでいる人にも、私は関心はない。それはあなたが見つけなさい。歩くこと、そのことに楽しみがあり、それが学ぶことなんだ。どこを歩くのか、それは、あなたが見つけなさい。本のなかを歩いてもいい。もちろん雑誌という海もある。住んでいる町だって、川だって海だって行くことはできる。島を歩いても、歴史に身をおくことだってできるのだ。歩きながら、育て育てられた人たちがいる。そこに学問があるのだ。」

と、フリーライターとして編集者として、独自の活動を続けてきた中川六平が、著書『「歩く学問」の達人』(晶文社/古書/絶版1400円)の「まえがきにかえて」で、書いています。

アカデミックな世界から、或は既成概念に縛られた世界から飛び出し、様々な世界を歩き、人と出会い、考えて、自らの思想を作り上げていった人達十数名を取り上げて、彼らの”歩き方”を紹介したのが、この本です。

鶴見良行、山折哲雄、藤森照信らの研究者、「ガロ」を立ち上げた長井勝一、「谷根千」という先駆的地域雑誌に関わった森まゆみ、「本の雑誌」編集長目黒考二などの編集者。或は、役者の小沢昭一、カヌーイストの野田知佑、作家の松下竜一など多彩な顔ぶれが登場します。

1964年創刊された「ガロ」の編集者長井勝一の元には、ユニークな人々が集まってきます。白土三平、水木しげる、つげ義春等の漫画家はもちろんのこと、筑摩書房の名編集者松田哲夫が、作家の赤瀬川原平が、さらには南伸坊が、長井を慕って集まってきます。評論家の鶴見俊介は、「戦後の学問の歴史でいうと、今西錦司さんの作った今西学派というのはたいへん大きなものですが、そうした区分をこえて思想史を考えるとき、ガロ学派は今西学派に匹敵すると私は思っています。」

「ガロ学派」。集まってくる人達が好きな事を、好きなようにやっているだけの集団です。編集会議もなく、じゃ、来月はこのマンガと、このマンガで、みたいな感じの遊びに溢れた集団です。南伸坊は、長井を「オヤジのような人」と評していますが、「ガロ学派」は好きなことをやる、長井さんにわかってもらえることを基本にしていたようです。人が人に出会い、触発されてゆく。人の海を歩いて、触発されて、新たな動きを始めて、そこに人が集まってくるのです。

同じように、自分好みの企画を組んで、好きな人に原稿を頼み、好きな作家の紹介だけをするというやり方で大きくなった「本の雑誌」を、立ち上げたのは目黒考二。この人、本が読めなくなるという理由で、会社を辞めた筋金入りの本好きです。盟友、椎名誠とスタートしたこの雑誌を、目黒は純粋な遊びだという信念で始めました、だからこそ、一切の妥協をせずに編集を巡り椎名とは何度も衝突します。「本の雑誌」の面白さは、本で遊ぶことに徹していることですね。いつもラクな方に、自由気侭にやってきた目黒ですが、町の印刷工場を営んでいた彼の父親は、先の大戦で戦争反対を叫び、治安維持法で獄中にいた人物です。やりたいことをやるということでは、筋金入りの親子です。

 

 

昨年9月、編集者の中川六平さんが亡くなりました。大学時代から新刊が出れば、よく読んでいた晶文社の本。その素敵な本を売る側になった時、特集をしたことがあります。そこで、ご本人曰く古本屋三部作、「古本屋月の輪書林」(高橋徹1000円)、「石神井書林日録」(内堀弘1000円)、「彷書月刊編集長」(田村治芳1000円)に出会いました。古本業界と、その奥深い世界を教えてくれた本たちで、もし出会わなかったなら古書店などやってなかったかもしれません。

また、「ストリートワイズ」でぱっ!と飛び出した坪内祐三も中川さんの編集でした。犀のマークの晶文社=中川六平でしたね。そして最近では、エッセイスト石田千(当店でも人気あります)を見つけ出し、やはり晶文社から「月と菓子パン」(500円)という日々の暮らしを見つめた本を出版しています。

中川六平さんは1950年新潟生まれ。同志社大学在学中からベトナム戦争に反対する市民連合「べ平連」に参加します。時代は「大阪万博」で盛り上がる1970年。彼はアメリカ海兵隊の基地がある岩国へと向かいます。それは、反戦活動の一環としてのはずだった。しかし、何故か72年、この地に喫茶店「ほびっと」を開業することになります。その顛末を描いたのが、ご自身の「ほびっと 戦争をとめた喫茶店」(講談社1300円)です。

「こんにちわ〜こんにちわ〜世界の国からぁ〜」と三波春夫がどこまでも明るく歌う万博の歌につられて、何度も通った「EXPO70」。当時、日本もこれだけ大きくなったんだという幻想に捕われてしまっていましたが、一方でベトナム反戦の時代でもありました。女優ジェーン・フォンダが盟友ドナルド・サザーランドと共に反戦ショーのため来日し、同志社学館ホールでも公演をやっていた時代です。

そういう時代を駆け抜けた青春日記みたいな一冊です。この本には大学の一年先輩の「マサホ」さんが登場して、彼を支えていきます。この人、京都市会議員の鈴木マサホさんです。彼が奥様と初めて会ったのも「ほびっと」でした。もちろん葬儀では弔辞を読んでいます。

最初に名前を覚えた編集者であり、シブイ本ってこういうもんだということを教えてくれた方でした。古書としては決して希少価値のある本ではありませんが、こういう本を大事にしていける店でありたいものです。

 

 

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