レティシア書房のお客様、作家中村理聖さんの「小説すばる」新人賞受賞後第一作「若葉の宿」(集英社1728円)が発売されたので、平積み(!)中です。

「一年ぶりにハレの舞台に現れた橋弁慶山を見上げると、夏目若葉の心は重たくなった。会所の向いにある町家旅館・山吹屋は、若葉の実家である。町名の由来となった山を眺めていると、汗が噴き出し、不快感が増してゆく。祭りのざわめきが遠く感じられ、違う世界の出来事のように思った。」

という書出しのように、舞台は京都、祗園祭りの鉾町にある小さな旅館山吹屋。祖母とき子に幼い頃より厳しく育てられ、今は老舗の旅館で新米仲居として働く若葉が、小説の主人公です。京都を舞台にしたサスペンスものや、ラブストーリーものは、多数出版されていますが、それらの小説で展開されるようなドラマチックなお話はありません。静謐な筆運びで、旅館の日々と移り変わってゆく京の四季を追いかけていきます。

「祇園祭が終わって八月を迎えると、京都の夏は一段と重苦しくなった。」なんて、文章に出会うと、京都で暮らしている人は、そうそう、と納得してしまいます。こんな時期に京都観光によう来るわ、というのが偽らざる気持ちですが、この小説を読みながら、京都の季節感、その時々の感情を味わって下さい。

事情があって祖父母に育てられた若葉は、自分がこの旅館を継いでゆくことに疑問を持っています。私の人生、これでいいの?一方、古い旅館や、呉服屋さん等が集まる界隈にも、時代の波が押し寄せてきます。「若葉が暮らす中京区でも、小綺麗なホテルやお洒落なマンションが増えていた。近隣にあるマンションで、無断で民泊を始めた住人がいて、そこに泊った外国人たちが、騒音やごみ出しで問題を起こしたこともある。」

変わりゆく京都の街と、自分の生き方に確たるものが見出せない若葉の心の迷いが、巧みに描写されていきます。小説は後半、一気に進みます。その渦に巻き込まれてゆく若葉。自分の居場所を求めて若葉が辿り着いた結論は?

女優で、書評家の中江有里さんは、この小説を「『心あらわれる』とはこういう読後感をいうのだ。」と高く評価されてますが、ページを閉じた時、祇園祭から始まって葵祭の五月で終わるこの小説の、爽やかな初夏の空を見上げた気分になりました。

NHKさん、朝の連続ドラマにいかがですか。

 

Tagged with:
 

昨年の「小説すばる新人賞」受賞された中村理聖さんの新作短篇「とりのこえ」が「小説すばる7月号」に掲載されたので、早速読みました。中村さんは当店のお客様です。

ルーティーンワークに追われる日々を送るOLが、会社近くの公園で、文鳥を入れた鳥カゴを持った男に出会います。

「『ぴっ』という綺麗な声を聞くと、身が引き締まるような気がして、その声を聞けなかった日は、逆に気持ちが落ち着かなくなってしまった。」

やがて、会話を交わすようになります。でも、どんどん会話が弾むこともなく、静かな時間が経過します。そんな時、男が「ら、らん、らん、ららら………」と歌い出します。

「クープランっていう、バロック時代のフランス人の曲です。『恋のうぐいす』っていタイトルなんですよ」

この辺りから、素敵な小説の時間がゆっくりと動き出します。男は、近々「とりのき」というお店を始めることを伝えます。その店は、

「本棚がずらっと置かれていて、そこに古本、中古のCDやレコードが並んでいた。その傍らに、便箋やノート、文房具を中心に雑貨もある」

あ、これレティシア書房ね、などと勝手に良いように解釈してまいました。

小説は、ここから鳥男の過去と、ヒロインの満ち足りない日々の気分や、、意味のない寂寥感に捕われる生活を交錯させながら、「ウェルメイド」な仕上がりへ。ラスト、ヒロインの祈りは、彼女だけのものでなく、皆に納得してもらえるものですね。

雰囲気的には、津村記久子の「ポストライムの舟」(講談社文庫300円)に収録されている「十二月の窓辺」に登場するOLを思いだしました。明日に向かおうとするヒロインの心持ちを、適度な距離を保ちながら描き出しています。

トレイシー・ソーンの名作「A.Distant Shore」(UK盤1000円)の潮風が漂ってくる音楽に込められた、今日よりは、明日はちょっとねという気分を聴いてみたくなります。

小さな本屋にできることなんて微力なものですが、この店に関わってくださった表現する人達を応援できることが、本屋の励みです。より広い世界へとステップアップされることを願いながら、次回作の長編も期待しています!

老人になってゆくって楽しいなぁ〜というお話をします。

先日、二つのTV番組を見ました。一つは若手歌舞伎役者、市川染五郎の「勧進帳」。もう一つは今年81歳になったアルトサックス奏者、渡辺貞夫が自らのフルバンドを従えてのライブ公演です。

「勧進帳」は、弁慶が義経を守って関所を突破してゆくスリリングな舞台で、前半はしゃべりっぱなし、後半は踊りに踊り、花道で六方を踏んで、勇壮に引っ込んでゆくという、その人の持つ芸をすべて出しても難しい役柄です。市川染五郎は初役にも関わらず、カラダ全体で劇場の空気を吸い込んで、台詞を吐き出す瞬間が感動的でした。

一方、渡辺貞夫は、私がジャズを聴き始めた頃から観に行ったりしていた大好きな音楽家でした。ただ、いつもいつも聴いていたというのではなく、遠ざかった時期もありました。しかし、今回のライブでは、艶のある音色は健在であり、80を過ぎてもキラキラした感じで、音楽を楽しんでいる様はやはり感動的でした。

歌舞伎とジャズ、若い役者と老いた音楽家。ジャンルも世代も全く違う世界ですが、どちらも素直に楽しめる今の自分自身に、よかったね〜と言いたいです。年と共に、人間の感性は保守的になっていくかもわかりませんが、私は、あれもこれも、面白く感じます。

 

さて、当店のお客様の中村理聖さんが、小説すばる新人賞を受賞して、その作品「砂漠の青が溶ける夜」(集英社)がいよいよ発売になりました。応募前に読ませて頂き、透明な世界に魅了されました。若い作家さんの本や、お話にわだかまりなく接することが出来るのも、年をとったせいか(?)いいものです。残念ながら、新刊本なので当店では販売しておりませんが、著者初書名本を頂きました。

渡辺貞夫の曲に「マイ・ディア・ライフ」という名曲があります。中学時代、土曜深夜、FM大阪「資生堂ブラバス・サウンド・トリップ」で聴いて以来、大好きな曲ですが、日本語に直せば、「素晴らしきわが人生」でしょうか。若い時はもちろん、中年の時も、老境に入った今も、新しい事にドキドキできるって、素晴らしい!という曲だと感じます。そういう時間をちょっとでも過ごせた人には 、すっと胸にはいってきます。年をとることは、ホント悪くないです。