愛媛県松山市にある伊丹十三記念館が、文庫サイズのガイドブックを出していました。題して「伊丹十三記念館ガイドブック」(1000円)。多方面で才能を発揮した伊丹の痕跡を、商業デザイナー、俳優、エッセイスト、イラストレーター、精神分析啓蒙家、CM作家、映画監督と、活躍したフィールド別に、さらに料理通、乗物マニア、猫好きという趣味の世界からも紹介していきます。

60年代、映画出演のため滞在していた、ヨーロッパでの日々を綴ったエッセイが、山口瞳編集の雑誌「洋酒天国」に「ヨーロッパ退屈日記」として掲載されました。今なら、「ですよね」とか「なのだ」といった、話しかけてくるような言葉の使い方はフツーですが、当時は極めて珍しいものでした。こういう文体を開拓していったのが、伊丹でした。

ここでは取り上げられていませんが、翻訳家としての伊丹もわすれてはいけません。W・サローヤンの「パパ・ユア・クレージー」は、今もよく読まれていますし、マイク・マクレディ「主夫と生活」(KTC出版)といったエッセイも翻訳しています。これは、仕事を辞めて主夫になった著者が、育児や家事に奮闘した1年間を記録した実録ものです。伊丹の翻訳しそうな一冊です。

このガイドブックで貴重なのは、CM作家として活躍していた時代の作品が取り上げられていることです。CMの画像と解説が一緒になっていて、彼の才気ぶりが伺えます。担当していた「マヨネーズ」CMで「スーパーにおける味の素マヨネーズの正しい買い方」の絵コンテとナレーションが収録されていて、これを見ていると、後年、細部まで拘り続けた映像作家としての伊丹を彷彿とさせます。

愛猫家としての伊丹も取り上げていますが、伊丹自身による猫のイラストが何点か描かれています。絵が上手いのは有名ですが、それにしても上手い!猫好きはぜひ見て下さい。

さすがに記念館が制作しただけあって、父伊丹万作と共に移っている赤ん坊の時の写真とか、小学校時代に作った日記、細かく描いた植物のスケッチ、デザイナー時代の車内吊りポスターの図録まで多方面に渡って集められています。この本片手に記念館に出向きたいものです。

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。

 

新しいミニプレス「季刊25時」が届きました。

「一日の終りでもあって、始まりでもある25時。好きなお店に立ち寄ったとき、ちょっとページをめくりたくなる。そんな雑誌があってもいいんじゃないかという思いから生まれた冊子です。」という主旨で大阪の(株)経堂福島出版社が発行。

「自分の時間に楽しめて、新しい発見やちょっとした教養に触れる酒場雑誌」というのですが、もちろん酒場に行かなくても、ポケットに入れて、通勤、通学の帰り時分に読むのにいいかも。中身はこんな具合です。

1号「歌謡曲、大好き」

巻頭インタビューは、元祖ご三家の一人、西郷輝彦です。代表作「星のフラメンコ」はかっこ良かったです。インタビューによると、65年当時なんと、1年間にシングル13枚をリリースとか。さらに玉置宏の流暢なMCで始まる「お口の恋人ロッテ提供、ロッテ歌のアルバム」(50代以上の方には涙ものですな)の他、すべて生放送の歌番組に出演し、ヒットした歌を直ぐに映画にする「歌謡映画」まで主演と、超多忙な日々。歌謡曲黄金時代の話満載の号です。

 

2号「ぼくたちの大好きな伊丹十三」

こちらの巻頭インタビューは、伊丹と親交の深かったフードコラムニスト、門上武司さんが、私もぜひ行ってみたい松山市にある「伊丹十三記念館」を巡りながら、マルチな才能を発揮した伊丹の魅力に迫っていきます。どの分野でも豊富な知識と蘊蓄を持つ伊丹ですが、それが嫌味にもキザにもならない。そのことを門上さんはこう考えています。

「知識がどこかからの受け売りではなく、一度自分のなかで吟味して咀嚼して、血肉化したあとの発言であること。最後は、経験というのかな、実績というのかな、伊丹さんが生きてきた時間や世界が圧倒的なので説得力の度合いが違いますね、だからでしょうね。」

究極のスタイリスト伊丹十三の魅力が詰まった一冊です。

8号「加点主義で行こう」

ん?加点主義って何だ?平たく言えば、人の悪いところを積み重ねて、その人の価値を減点してゆくよりも、良いところを加点していこうよという考え方で、当雑誌の編集者でもあるタレントの松尾貴史と、脳科学者茂木健一郎との突っ込んだ対談を通して、読者に提示していきます。茂木は、人の評価の仕方はもっと多様であってほしい、しかし、この国にはそういう流れがなくなってきている、と危惧しています。

この対談のあとに「加点して生きてゆく人への応援歌」として各界の著名な人達の言葉が採録されていて、どれも説得力があるのですが、その中から写真家、土門拳の言葉

「気力は眼にでる 生活は顔色にでる 年齢は肩にでる 教養は声にでる」

或は、水木しげる「少年よ、がんばるなかれ」

そして意味深なタモリの言葉「わたしもあなたの作品の一つです」と、フムフムの連続です。「25時」は各500円(税込み)。

30才を過ぎるまで、私は殆どお酒を飲みませんでした。ビール一杯で真っ赤になっていました。お酒との付き合いは、友人が始めたジャズバーでした。今はなき、この店のマスターにサントリーオールドから始まって、バーボン、スコッチと世界のグレードの高いウイスキーの飲み方を教えてもらいました。だから、今もウイスキーは離せません。

サントリー宣伝部を経て作家になった吉村喜彦「マスター。ウィスキーください」(コモンズ750円)は、ウイスキー好きには楽しい一冊。サブタイトルに「日本列島バーの旅」と書いてあるように、日本全国の11店舗のバーが紹介されています。でも、決して高級な、お洒落な店の紹介ではありません。

「客商売で、客に緊張感を強いるのは本末転倒だ。でも、悲しいことに、東京にはその手のバーが多すぎる。それはお子ちゃま客が生半可なバーテンダーをありがたがっているからだろう。幼稚な客と嘴の黄色いバーテンダーが、『緊張感のあるバー』という田舎芝居をナルシスティックに演じあっているだけなのだ。」

と手厳しい。確かに、こんなバーあるんですよね。サラリーマン時代、東京と博多で、居心地の悪い経験をしたことを思いだしました。

東京、大阪、神戸といった大都会だけでなく、網走、石垣島、松山、仙台等のお店が紹介されていますが、流氷を使ったオン・ザ・ロックを出す網走の「スコッチバー・ジアス(THE EARTH)」は、行ってみたい場所です。紀行エッセイとしても、又、客商売をする人間の立ち居振る舞いの勉強としても読めます。

お酒に関する本は、山のように出版されています。お酒と同じく、文章を巧みにあやつる作家のものはいいですね。例えばサントリー博物館文庫から出ている常盤新平の「酒場の時代」(600円)は、1920年代の酒を巡るアメリカの風俗を描いた本ですが、白黒のアメリカ映画を観ている気分にさせてくれます。

そして伊丹十三の「女たちよ」(文芸春秋600円)に

「『シンケンヘーゲル』というジンと『ウンデルベルグ』という、木の皮から製した酒を混ぜ合わせて作った『アイゼン・ウント・シュタール』すなわち『鉄と鋼鉄』と呼ばれるカクテル、これを私は長尾源一氏にならった。女に対しては、力強く、かつ素早く。これを私はすべての女友達から学んだ。」

これ、酒を巡る文章では私のベスト10に入ります。

最後にウイスキーが最も様になる役者は誰かと言われると、フランスのリノ・バンチュラと答えたい。渋いとはこんな役者の飲み姿を言うのでしょう。

新潮社の文芸誌「考える人」が伊丹十三のエッセイストとしての側面と、映画作家としての側面を詳細に解き明かした二冊の本「伊丹十三の本」、「伊丹十三の映画」が入荷しました。(どちらも1000円です)思えば伊丹十三が亡くなって15年以上経ちました。

60〜70年代最高のエッセイストとして伊丹を捉えた「伊丹十三の本」は、よくもまぁ、ここまで集めたなぁ〜と先ず感動します。エッセイを単に集めただけではなく、幼年時代からの写真、こだわりの持ち物、CMコピー、商業デザイン作品、飼い猫のドローイングまで網羅してあります。もちろん、伊丹について語る人も豪華ラインナップです。63年、山口瞳が編集に関わった「洋酒天国」に「ヨーロッパ退屈日記」というタイトルの読み切りエッセイを掲載します。才気走った、と思える文章も散在しますが。本誌いわく

「上質で機知に富むユーモアでそのキザをかわすこともあれば、見識という名の背骨を一本通すことで、例えばファッションというものを、その人の生きる姿勢の現れとして問いただす。ディテールの新しさに目を奪われなければ、これが正統派のエッセイだということが次第にわかってくる」

彼の文章の本質をついています。

もう一冊の「伊丹十三の映画」。これは、彼の作品を再度見る前に横に置き、観た後でパラパラめくると、さらに映画が楽しめるような本です。後半で、伊丹映画の細部へのこだわりを支えたスタッフ、異業種から映画製作に参加した人達へのインタビューは面白い。「われわれは「映画を半分しか作れない」というタイトルのロングインタビューは読み応えがあります。店には父親の伊丹万作全集(全3巻筑摩書房3500円)もあります。ご興味のある方は、手にとってみてください。

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