1927年東京生まれの作家、歌人尾崎左江子の「チョコちゃんの魔法のともだち」(幻戯書房/古書1200円)は、日本が戦争に向かっていた昭和初期、感受性の強い少女時代を支えた本について書かれたエッセイ集です。

このころ、東京山ノ手にはハイカラな外国文化と自由な空気が色濃く残っていました。けれど、時代は確実に戦争に向かっていました。

「私がものごころついたころには、日本はいつも『非常時』だった。」

灯火管制が厳しくなり、知人たちが集まってレコードなどかけていようものなら、町内から部屋の灯が漏れていると警告を受けます。暗い時代はすぐそこでしたが、チョコちゃんと呼ばれた著者は、両親と優しい姉に囲まれて、様々な本に出会っていきます。アンデルセン「えんどう豆の上に寝たお姫様」に夢中だった冬のこと、外でポンポンという音がします。それは銃声。二・二六事件の日だったのです。

さらに、チョコちゃんに災難が襲い掛かります。父親が倒れ入院したのです。

「戦前の、東京山ノ手の家族というのは、主人をささえてしっかりと寄り添っていれば、自然に生きて行けるようにできていた。それは、チョコの家も例外ではなく、一家の大黒柱である父は、いつも健康で、まともであるものと、誰もが思いこんでいた。 それが一朝にしてガラガラと崩れたのである。」

そして、日米開戦、疎開と暗く、辛い時代を生きることになります。そんなとき彼女の傍には、多くの児童文学や冒険小説、神話がありました。物語の主人公と共に生きることで、彼女は真っ直ぐに成長していきます。育ちの良さというのは、こういう事なんだろうな、と思いました。「ピーターパン」「ふしぎの国のアリス」「ヘンゼルとグレーテル」などのお馴染みの児童文学が、どれもキラキラと光っています。アンデルセンの「鉛の兵隊」の悲しく美しい物語も、現実世界の死と静かに重なるように幼い心に残っていきます。

この本の最後では、学徒出陣の見送りに動員された彼女が、その頃読んでいたトルストイの「光あるうちに光の中を歩め」の「光」という言葉を心の中でつぶやきます。「それにしても、暗い。ふりしきる雨、たれこめた雨雲、一言の声も立てない出陣学徒、そしてひっそりと葬列を見送るような女子学生の群。すべてがきちんと並び、すべてが無言である。チョコは反射的に、”光”という言葉を心に探した。『光・ある・うちに・光・の・中を・歩め」』

児童文学の案内書でありながら、戦前、戦中時代を語った本に感銘を受けました。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

恵文社バンビオ店閉店セール「バンビオ店乗っ取りフェア 1月19日(土)〜2月11日(月)」が開催されます。十数店の古書店が参加して、バンビオ店の棚を乗っ取ります。当店も参加します。http://keibunshabambio.hatenablog.jp


 

入荷した新刊書籍のご紹介、パート2です。

建築家の藤森照信が、こんな推薦を本の帯に書いています。「まず家の間取りを決め、次にそこで展開される物語を書いたのは大竹さんが世界初だろう、たぶん。13の間取りと13の物語。」これは、エッセイスト大竹昭子の「間取りと妄想」(亜紀書房1512円)の事です。13の物語の初めには、それぞれの間取り(平面図)が載っています。言わば”世界初”の間取り小説です。読者は先ず、間取りを眺めて、ある程度頭に入れた上で小説を読むという仕掛けです。

間取り図を見ながら、この家の住人はどんな人生を送っているんだろうと想像しながら、小説を読み始めると、そうか作家は、こんな背景の人を設定していたのかと驚いたり、上手いなぁ〜と拍手したり、と楽しめる一冊です。

私が好きなのは、「カメラのように」です。伯父がやっていた、漢方薬局の整理を頼まれた姪が、「家は東京オリンピックの年に建てられており、母と同じだけ歳をとっている。」という古びた家を再び訪れます。漢方薬の臭いがまだ残る部屋に、子供の頃のノスタルジーがわき起こります。そして、伯父の部屋から、今まで知らなかった彼のある過去が浮かび上がってきます。ラスト、雨戸にできた小さな節穴から光が射し込んできた時、彼女の胸に去来したのは…….。

「家」が主人公になった、希有な小説集です。

中井英夫や赤江 瀑などの作家への敬愛から生まれた幻想文学作品で、コアなファンも多い皆川博子が、愛読した本のことをまとめた書評エッセイ集「辺境図書館」(講談社2376円)は、文学好きにはたまらん一冊かもしれません。取り上げられているのは、マッカラーズ「心は孤独な狩人」、エリクソン「黒い時計の旅」、グラッグ「街道」等の海外文学がズラリ、かと思うと、漫画家鳩山郁子の「アネモネと風速計」が選ばれたりしています。ここで紹介されている本の半分以上、私は知りませんでした。しかし、著者の本への愛情溢れる文章がいいんです。例えば、アンナ・カヴァン「アサイラム・ピース」を書店で見つけたときの興奮を描いていますが、喫茶店で途中まで読んだ後、再度同じ本を買います。そして、こう続けます。

「本に小さな汚れも傷もつけたくない。本を傷めることは、アンナ・カヴァンを傷つけることだ。そんな子供じみたオブセッションに囚われてしまったのでした。それほど繊細で痛々しく不安に満ち、それを読むことは、赤裸にされた魂をそっと両の手の平に包みこんでいるようでした。」

いささか過剰ではありますが、書物への深い愛情が伝わってきます。また、どんな本なのか、という興味が湧いてきます。そう言えば、当店の皆川博子ファンのお客様たちも、本への愛情を語られる方ばかりです。そのお話を聴くのは、楽しい一時です。 

次週9日(火)から始まる「女子の古本市」に出る本のご紹介第二弾です。

酒井駒子が表紙の絵を担当した、岩瀬成子著「そのぬくもりはきえない」(偕成社650円)。彼女らしいデッサンの少女「波」ちゃんと、静かに佇む愛犬「ハル」を描いて、この長編小説の世界を表現しています。とある家に飼われている犬の散歩を任されたことから始まる事件を通して、少女の葛藤を描いていきます。駒子ファンなら持っていて欲しい一つです。

この著者のものでは、「朝がだんだん見えてくる」を読んでいました。この小説、70年代初頭、岩国にあって、ベトナム戦争拒否の兵士たちの支援をしていた、べ兵連(ベトナムに平和を!市民連合 作家の小田実が代表)の活動家が、経営していた喫茶店「ほびっと」をモデルにしています。岩国出身の作者は実際にこの喫茶店に出入りしていて、その体験を元に、中学生の女の子の意識の変化を描いた小説です。物語の構成が巧みで読ませる作家です。

同じく、犬が登場するのがクリスティーン・ハリスの「ジャミールの新しい朝」(くもん出版450円)です。トルコの小さな町に一人ぼっちで暮らす少年が、ある日、やせっぽちの犬に出会います。徐々に犬と心通わす少年。しかし、大地震が彼らを襲います。地震というスペクタクルを利用しながら、それまで周囲に対して頑に心閉ざしていた少年の心の変化を描いていきます。ラスト、救助に駆けつけたおじさんが、少年に向かって、この犬は誰のものと問いかけ、少年はこう答えます

「ぼくの犬だよ、ぼくの大事な友だちなんだ。」

爽やかな幕切れ。どちらも子供向けの小説ではありますが、心がボキッと折れそうな時にこそ、大人の貴方に読んでいただきたい作品です。読んだ後は、飾っておいても。

やはり、ホッとさせてくれるのが、坂崎千春の「クウネルがゆく」(マガジンハウス500円)ですね。緑の星グウタラ星の住人、クウネル君の日常を描いた脱力系イラストですが、こんな文章に出会いました。

「郵便局(小さくてもいい)、本屋さん(中くらいがいい)、パン屋さん(もちろんおいしくなくちゃ)、公園(芝生と噴水があれば申し分ない)、この町にはクウネル君が必要とするものが、ちゃんとそろっています」

これって、幸せを感じさてくれる町の定義ですよね。こちらも部屋に飾っておくには良さげな一冊です。

鬱陶しい気分の日々を慰めてくれる本を探してみるのも、この古本市の楽しみですよ。しかも安い!!

 

「女子の古本市」 2月9日(火)〜21(日) 15日(月)定休

 

昭和47年、新潮社から全10巻で「新潮少年文庫」が刊行されました。20cm×14cmの文芸書サイズで、きちんと函に入っています。

そのラインナップは、こうです。

「めっちゃ医者伝」吉村昭 「花は来年も咲くけれど」阿部光子 「蛙よ、木からおりてこい」水上勉 「遠い岬の物語」伊藤桂一 「つぶやき岩の秘密」新田次郎 「古城の歌」田中澄江 「ユタとふしぎな仲間たち」三浦哲郎 「進化への航路」戸川幸夫 「だれも知らない国で」星新一 「ものぐさ太郎の恋と冒険」結城昌治の全10冊です。

残念ながら「ものぐさ太郎の恋と冒険」結城昌治のみ欠けています。函は、画家の香月 泰男が画業の傍らに、身の回りの針金、空き缶などを再利用して製作した小さな人形たちで、楽しい装幀になっています。

「第一線作家が、とっておきの話を、伸びゆく世代にむけて書き下ろした夢あふれる競作シリーズ。冒険あり、人間愛や歴史の物語あり、推理小説あり、色とりどりのたのしい新鮮な小説の王国の誕生」というもので、当時の有名作家が、子供向けに書いたものです。

第一回目の配本は、星新一「だれも知らない国で」。彼の長編ファンタジーって珍しいなぁ〜とパラパラめくっていると、どこかで読んだ記憶が。これ、「ブランコの向うで」というタイトルで文庫化されているもののオリジナルだったんですね。

吉村昭の「めっちゃ医師伝」は幕末に種痘の普及に尽力した医師・笠原良策の苦闘を描いた力作です。当時、天然痘は恐るべき伝染病で、感染した者は全身に吹き出物ができ、死に至ることさえありました。幸い、一命を取り留めた者も、顔一面があばただらけで生涯を過ごすことになる。そんな人達のことを「めっちゃ」と陰口をたたいたそうです。それがタイトルになっています。吉村らしいドキュンタリー風の文章でぐいぐい押していく物語で、大人が読んでも十分楽しめます。こちらも文庫では「雪の花」と改名されています。

この9人の作家の中で、阿部光子は知りませんでした。キリスト教伝導の活動に従事しながら小説を発表していた作家でした。因みに父は、徳富蘇峰と共に国民新聞を創設した阿部充家だそうです。

どの本も、話の面白さに吸い込まれていきそうで、放課後の図書室で日暮れまで、読んでいたあの頃を思いださせてくれます。

中にはネットで数千円の価格がついているのも見受けますが、当店ではすべて1500円です(初版・帯なし)

                                                                     

 

 

 

 

これはまた、レアな児童文学が入ってきました。発行は昭和48年。作者は飯田栄彦。タイトルは「燃えながら飛んだよ」(72年度懇談社児童文学新人賞受賞)です。そして、この本の挿絵を担当しているのが、大橋歩です。外函の絵は、一番の読みどころを描いていて、見返しのカラーで描かれた登場人物達のイラストなど、正真正銘大橋歩調です。ここを見ているだけでも、楽しい。

で、この大冒険活劇に登場して、「待ってました!」と大向こうから声がかかりそうなのが、老犬シューチョー。猛吹雪の中、小さな子どもレオレオを助けるために、飛び出します。江戸前なのが、泣かせますな。

「いってくれるかシューチョー」

「まかしときな。年はとっても、こんな雪っ子にや、まだ負けないよ。ひとっ走りいってくるよ」

また、このページのイラストが映画のワンカットみたいにいいんですね。

そのシューチョーをあざ笑うように、吹雪はさらに強くなってきます。「おいぼれめ、しっかりせんかい!どうしたい、このひょっこめ」と自分に鞭打ちながら前進します。その様子を大橋さんは生き生きと裏表紙に描いています。

帯も付いて、中身も綺麗な初版本です。一時講談社青い鳥文庫で出されていましたが、今は絶版で、ネット上では高額です。当店では、3000円で販売します。

 

トーベ・ヤンソンと言えば、「ムーミン」と思われる方が大半だと思います。フィンランドのヘルシンキ生まれのこの作家は、「ムーミン」で大きくブレイクしましたが、実は短編小説の名手でもありました。今、店には「トーベ・ヤンソン短編集」(ちくま文庫700円)と「トーベ・ヤンソン短編集 黒と白」(ちくま文庫650円)そして、長編小説「誠実な詐欺師」(ちくま文庫450円)があります。

「トーベ・ヤンソン短編集」に収録されている「夏について」は、こんな気持ちいい出だしです。

「夕陽が沈もうとしていた。嵐のあと、水位はボート小屋にとどくまでに上がった。浜辺につづく野原がすっかり水びたしだ。うねる高波が脚にまとわりつくとき、もつれる草をふみしめて歩くのは気持ちがいい。ぼろぼろの樽をみつけ、ボートをつなぐ浜辺までころがし、まっすぐ立てて、なかにもぐりこむ。水にしずんだ草はとてもやわらかく、かたときもじっとしていない。自分は潜水艦のなかにいると考えた。」

潜水艦フェチには「自分は潜水艦のなかにいると考えた。」だけで、買いですね。こちらの短篇には、明るく、眩しいものが収録されているのに対して、「黒と白」の方はシニカルでペシミスティックな作品が収録してあります。「80歳の誕生日」は、渋いフランス映画を観た後のような、ヤンソンの職人技の光る短篇です。

「花は咲くにまかせ、ただうっとり眺めるもの。これがひとつの生き方。それをどうにかしょうってのは違う生きかただ。そうなると話はややこしくなるね。」

なんて台詞、スクリーンで素敵な俳優に語ってもらいたいものです。

この三作を翻訳されている冨原眞弓さんは、「ムーミン谷のひみつ」(ちくま文庫450円)も出版されています。ムーミンに登場する多様なキャラクターを分解し、シリーズ中の典型的なエピソードを解説した入門書です。数多く挿入されている図版も楽しい文庫です。

ロフティング作、井伏鱒二訳の「ドリトル先生」全12巻。(9000円)

古書市などで、バラバラではよく見ますが、全巻綺麗な形で入荷してくるのは珍しいかもしれません。文庫でも出版されていますが、函入りのハードカバー版の方が、もちろんはるかに楽しい。先ず、全巻並べた時に、函の背表紙の動物のデザイン、そして本体の背中部分の色使い、各巻の函の絵柄の楽しさ等、置いて見るだけでも嬉しくなる全集です。第1巻の刊行は1961年。こんな丁寧に本作りをしていたのですね。奇想天外なドリトル先生の冒険話も、井伏の飄々とした訳でホイホイと読めます。本を読んで豊かな気分になれるというのは、きっとこういう事も含んでいるのですね。

井伏鱒二といえば、自伝的長編「荻窪風土記」(初版1000円)は、戦前から住み続けた荻窪の町と人びとの変遷を綴った一冊ですが、全く知らない町のことながら、面白く読めます。特に、太宰治や小林多喜二らの文人との交流、と言っても釣に行ったとかその辺りの日常風景が多いのですが、軽妙なタッチで描かれ、小説を読んだ気になります。関東大震災、2.26事件など、実際に見た出来事も作家のフィルターを通して描かれています。

 

話が児童文学にもどりますが、もう一点いい本が入荷しました。ドリトル先生と同じく岩波書店発行の「詩のすきなコウモリの話」(初版1250円)です。アメリカの詩人、ランダル・ジャレル作、モーリス・センダック絵(訳長田弘)による、森に生きるコウモリリとシマリスなどの動物達とのお話です。長田弘はあとがきで、この世界は人だけが住んでいるのではない、動物も植物も生きている、その事を忘れると鳥が啼く春は訪れなくなるという環境問題の古典、R・カーソンの「沈黙の春」を引き合いにだしています。

「『詩のすきなコウモリの話』は『沈黙の春』をのぞまない小さなコウモリの話です。」と。

モーリス・センダックの挿画がとても素敵です。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tagged with:
 

児童文学誌「やんちゃ」は今号で120号になります。

児童文学には疎いのですが、実は編集責任者がレティシア書房のお隣さんなので、時々読ませて頂いています。

 

今回、ムラタさん(お隣さんです)の作品は長編で、大人の世界を覗いてしまった少年達の戸惑いと、大人たちの深刻な悩みが細やかに描かれています。

認知症の母親を手にかけてしまう息子の話が軸になり、一方で近所の仲良しの小学生3人の心情が綴られています。児童文学をたくさん読んで来たわけではないので、よくは知らないのですが、こんな複雑な深刻なことを取り込みながら、子ども達を生き生きと描くなどという事は、きっととても高度な技だと思います。すごく読み応えがありました。

 

こういう作家さんが、ごく近くに居られるのもご縁です。

というわけで、9月4日(火)〜9月9日(日)児童文学誌「やんちゃ」のさし絵原画展を開催します。(12時〜20時、最終日は18時まで)

まだまだ暑い時期ですが、お越し頂ければ幸いです。

そして、120号も続いている「やんちゃ」を手に取ってみてください。(女房)

 

 

 

http://yanchakyoto.blog116.fc2.com/page-2.html

Tagged with: