この夏、NHKで放映された地方発単発ドラマ「ワンダーウォール」。そのシナリオと澤寛による写真を組み合わせた、ドラマのタイトルそのままの「ワンダーウォール」(2700円)が発売されました。

シナリオを書いたのは、映画「ジョゼと虎と魚たち」やNHK朝の連ドラ「カーネーション」でお馴染みの渡辺あやです。撮影は11日間。そのわずか2ヶ月前に集められたキャストと、滋賀県の廃校に作ったセットで制作されました。渡辺は「そんな作り物の青春が、本物をはるかにしのぐ忘れがたさでまだ胸を去らない」と胸の内を語っています。

舞台は廃寮の危機にある大学の寮。老朽化した寮を取り壊して新しい建物に作り替えたい大学側と、反対する学生の青春の日々を描いています。ここまで書けば、京都の方ならお分かりでしょう。京都大学にある古い吉田寮が、取り壊しに危機にひんしていることを。ドラマでは、京都大学とか明言していませんが、事情を知っていれば、これは吉田寮の話だと気づきます。

残念ながら、私はこのドラマを見逃しました。が、この脚本を通読してみると、小説のように面白いのです。登場人物は数名の学生と大学の事務所に派遣された女性です。

「人々が大切に守り続けてきた場所というのは、その共同体の命が根ざすところであり、それを奪われるということは、その共同体が癒しようのない傷を負い、二度と取り戻せないものを失くし、やがて死に絶えてゆくしかないということなのだ」と渡辺は語ります。

脚本のラストは、反対運動の先頭を走っていた三船という学生の「世界から消えようとしていた。」というナレーションです。

事務所に派遣された女性、香に「こんなボロくて汚い寮を、これだけ歴代の寮生たちが残そうと努力し続けてきたっていうことは、案外ここには人間の幸福にとってすごく必要ななにかがあるんじゃないかって気がするんです。寮の人達にとってだけじゃなくて、もっと世の中の、大勢の人にとっても必要な・・・・わかんないですけど」というセリフがあります。

経済至上主義でのみ物事を判断する社会の風潮への警句です。

神戸女学院で教授をしていた内田樹が、ブォーリズ設計の古い校舎が取り壊されようとした時に、「ここには他の場所と違う空気が流れている」と、感じることができなかった銀行系コンサルタント相手に、校舎を守ったことをこの本に書いています。これは、ぜひお読みください。

内田の「日本中どこでも大学が『知』からどんどん遠ざかっているように感じます」という言葉がとても気になります。

 

毎年人気の「ARKカレンダー2019」 入荷しました!! 

大/1080円 小/864円

売上げはARKに寄付いたします。よろしくお願いします。(写真展は23日までですが、カレンダーは在庫が無くなるまで販売します)

カレンダーの犬や猫たちついては、撮影者の児玉さんのブログにも書かれています。

 

「お前の訳文が曲がっているのは、生き方が曲がってるからだ。」

こんなこと言われたら、落ち込みますよね。言われたのは、翻訳家の都甲幸治。これ、「都甲幸治対談集 読んで、訳して、語り合う」(立東舎1300円)の中の「翻訳家ができるまで」というテーマの対談の一部です。

対談相手は、今人気の岸本佐知子で、彼女も翻訳学校時代で、もう徹底的にしごかれて、学校の帰り道、「駅に向かいながらひっくひっく泣きました。」と告白しています。

因みに、冒頭の言葉を言い放ったのは、彼を教える立場にいた、柴田元幸。

岸本以外に、いしいしんじ、堀江敏幸、内田樹、柴田元幸、藤井光等とのユニークな対談を集めてあります。海外文学が専門の方々が多いのですが、村上春樹の「1Q84」をテーマにした都甲幸治×内田樹×沼野充義の対談は、そんなに村上フリークではない私でも、引きずりこまれました。

「僕は村上さんにはたぶん男性をどう『武装解除』するかということがひとつのテーマとしてあるような気がするんですよ。」と切り出した内田は、

「今の世界は、男性中心主義が解体されて、フェミニンな共産主義みたいなもののほうへ、ゆっくりと向かってるような気がするんですね。そのなかで『村上春樹的父親』はあらゆる家父長制が解体されたあとに最後に残りそうな、もっともしぶとい父性だと思うんです。それをどうやって武装解除するかということが村上さん自身のパーソナルなテーマ」と、結論づけています。

さて、爆笑ものの対談は、京都在住の小説家いしいしんじとの対談です。この中で、日本では海外文学を読んでると、おしゃれ!と言われがちですが、いしいさんは海外文学は「ぐちゃぐちゃで臭くて、下品で、ひどい話ばっかりですね。でも、ぐちゃぐちゃであるほど面白いんで。」と言っています。「ぐちゃぐちゃであるほど面白い」のは日本文学も一緒ですね。

 

 

 

 

 

神戸の大学で哲学を教えていた内田先生の本を初めて読んだのは、「寝ながら学べる構造主義」でした。いや、もう抱腹絶倒の哲学入門書でした。フランス現代思想の、特にレブィナスの研究者ですが、難解極まる構造主義の大御所を一刀両断する手腕は、お見事でした。その後、専門の本以外にも多くの本を書かれていて、面白そうなものは読んできました。

タイトルで買ってしまったのが、「健全な肉体に狂気は宿る」(角川新書300円)と「態度が悪くてすみません」(角川新書300円)、そして「ひとりで生きられないのも芸のうち」(文春文庫400円)」です。まだ、新刊書店に勤務していた頃です。毎日毎日「自分探し」だとか「癒し」だとか、「自分を高める」とかいうタイトルの本を見ては、気分悪くなり、吐き気を催す日々でしたが、内田先生の本は、よく効く胃薬みたいのものでした。書店の人文担当者に、「自分探し」の本置くなら、内田先生の本だ!と強引に割り込んだものです。

もちろん、研究者の書く本ですから。そうへらへらと笑って読み飛ばせる本ではないのですが、論理的に構築された文章を、頭に入れて行く作業の快感を体験できます。ちょっと、頭が疲れてたなぁ〜と思うと、けっこう面白い文章に出くわします。

例えば、精神科医師の「春日武彦」との対論を納めた「健全な肉体に狂気は宿る」の中で、「端っこにいれば、いつでも逃げ出せる」という章では、

「日本社会の組織というのは身内に対してすごく甘いですからね。甘い汁はちゃんと吸わせていただいて、組織がバラけそうになったら『三十六計逃げるが勝ち』と逃げる」とか。

いいですね。内田先生は、音楽や映画にも造詣が深くて、「態度が悪くてすみません」では「大瀧詠一の系譜学」と称して、彼の音楽理論が構造主義系譜学の方法の基づいている、と何やら難しい言葉を使って説明していますが、成る程と唸らせます。

内田先生は、古典芸能もお好きで、ご自身もお謡いをされています。そして観世流家元の観世清和さんとの対話を収録した「能はこんなに面白い」(小学館900円)も出版されています。これは、古典芸能に興味のある方なら、お薦めです。

内田先生の本は、文庫棚コーナーの上にまとめて設置しています。

Tagged with: