長倉洋海の写真集「ともだち」(偕成社/古書700円)は、紛争地で、貧困が蔓延する町で、或は繁栄から取り残された都市で生きる子どもたちの、魅力的な表情をまとめた作品集です。厳しい現実に直面しながらも、生きることに積極的な子どもたち。真っ直ぐにこちらを見つめる彼らの視線が眩しいばかりです。

最初に登場する少女に釘付けになりました(写真右)。場所はエル・サルバドル。長倉はこう説明しています。

「中央市場の通路で、母親を待つ少女。足もとに売れ残った野菜を入れた大きなかご。物売りの仕事につかれたのか、少しぼんやりりと遠くを見るような表情に魅かれた。」

明日も今日と同じかもしれない、けれども…..。何か新しい喜びがあるかもしれないと願わずにはいられません。

ドキリとさせる作品もあります。エル・サルバドルのテナンシンゴで、ぐっと前方を見つめる少年が被写体です。少年はクリスマスの日、解体される牛を見ていると解説にありました。クリスマス休戦中は、普段は食べられない肉にありつくことができるので、美味しい肉が食べられる!その時を静かに待っているのです。しかし、この少年の手には機関銃が握られています。戦乱の地では、楽しみにしている食事の間に銃弾が飛んでくるかもしれない。闘いの恐怖を自覚しつつ、ここで生き残る覚悟が漂います。本来なら、子供らしい微笑みがあるべき姿なのでしょうが、厳しい状況は、こんな強い顔つきを生み出すのかもしれません。

子どもたちは、おそらく自分たちの生きている環境を知っているのでしょう。しかし、一方でその現状を跳ね返す強さも持っているようにもみえます。アフガニスタンで、旅人にお茶をふるまうショートカットの少女、あでやかな民族衣裳に身を包んだ涼しげな視線が美しい。

「威風堂々」とした少年(写真左)。「マレーシアの農村。稲穂がたわわに実る田園を、通勤カバンを背に、イスラムの日曜学校に行く男の子がいた。背すじをしゃきりとのばし、ものおじすることなく、堂々とこちらを見据える彼の視線にドキドキし。うれしくなった。」こんな姿勢の良い少年には、いや大人にも滅多にお目にかかれません。

グアテマラの町で撮られたインディオの二人の姉妹も印象的です。小雨のなか、土産物店に民芸品を届けて帰る所で、振り返ってカメラの方を見て少し微笑んでいるところが可愛い。こっちに元気がない時には、「おっちゃん、元気だしや〜」というような声が飛んできそうです。

南アフリカの少年は、学校から戻り、野良着に着換えて、タップを踏んでいます(写真右下)。これから羊の放牧するのが仕事です。名前はロアンディーレ9歳。踊る喜びが躰全体から弾けて、強烈なリズムまで聞こえてきそうです。アパルトヘイト政策で家族が引き裂かれる過酷な体験を、こんなステップで跳ね返してきたのかもしれません。

ここに登場する子供たちは、先進国の、それなりに生活環境がしっかりした社会で育っているのではありません。彼らの24時間は厳しく辛いものに違いないけれど、生きて行くという曇りのない表情が捉えられています。世界がどうあっても、前を向いていてほしいという写真家の思いにちがいありません。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

 

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

 

 

 

 

写真家百々俊二(ドドシュンジ)が、生まれ育った街大阪を撮った写真集「大阪」(青幻舎/古書2000円)は面白い写真集です。

半生紀を生きた大阪を、きちんと作品として残しておこうと思ったのが切っ掛けで、撮影に着手しました。あとがきで「自分の記憶がある場所から撮っていこうと。記憶の大阪です。記憶といっても、もちろん写真では『いま』を撮ることしかできません。こういう場所もあったなぁ、と思い出しながら、場所の磁力に呼び寄せられように歩きました。最初に訪ねたのは自分が生まれた場所なんですが、1947年当時の四軒長屋がまだあったんです。驚くと同時に、小学生のころの記憶がダッ〜と甦ってきた。背中を押されるように撮影に入り込むことができました。」と書いています。

「大阪やん、これ」って思わず言ってしまいたくなる程、大阪です。高層ビルの立ち並ぶ街の風景、別府行きのサンフラワー号が出る大阪南港の夕暮、JR吹田駅付近を疾走する列車を捉えたスピード感など、多分、東京を舞台にして、同じ様な作品を撮った時、そこには全く違う空気感があるように思います。関西人なので、大阪の街並みや空気を多少は知っているがゆえに、よけいにそう感じている部分があるかもしれませんが…….。

写真集には、これこそ大阪という風情の下町が数多く収録されています。例えば生野区鶴橋。近鉄・JR鶴橋駅そばの商店街は、この街に古くから住む韓国、朝鮮の人達が営むお店が並んでいます。街のざわめきが聞こえてきそうです。鶴橋卸売市場に働く人達を捉えた写真にも、同じ様な匂いがあります。市場にあるらしい一杯飲み屋の椅子に、ポツンと座る女性。常連客か、それとも店の人間か。仕事帰りにやってくるおっちゃんに「お疲れやなぁ〜、一杯飲んでいき」という甲高い声が聞こえてくるような、いい写真です。

ひなびた商店街、古い工場、河岸のホームレスのテント、淀川に上がる花火、工事中の街角、どこにフレームを合わせても、そこに息づく人達の生活が浮かび上がり、そしてそれは、観る者に、失くしてしまった街の哀愁を思い起こさせます。

心理学者の鷲田清一が「高架路線の下、高層ビルの下にも、お城の下、樹の下にも、河川敷や堤防にも、解体現場の隙間、墓場の傍らにも、ひとびとはいつく。ひとは空間を生きるというよりは、場所にいつく。」と後書きに書いています。

もう閉店した美容院と、やはりシャッターの降りた店舗を捉えた作品を眺めていると、ここでどんな暮らし、どんな人生をおくってきたのか、今も幸せなのだろうかと様々な思いが過ります。

 

 

 

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写真家の平野太呂が、憧れの先輩36人に会いにゆき、自然光で撮影されたご本人と仕事現場の写真を元に、人となりを紹介するフォト・エッセイ「ボクと先輩」(晶文社/古書1150円)は、ほのぼのとした本です。

登場する先輩が凄い!安西水丸、高橋悠治、大林宣彦、ピーター・バラカン、なぎら健壱、水木しげる、立花ハジメ、平野甲賀、小西康陽等々、様々なジャンルで活躍する達人ばかりです。

先輩たちの素敵な表情を捉えた写真が美しい。安西水丸の微笑み、ざっくばらんなおっちゃんという雰囲気の建築家阿部勤、自転車ビルダー渡辺捷治の頑固そうな職人顔と、彼が作り上げた自転車、昔の映写機を持って楽しそうな映画監督大林宣彦、FMラジオのDJブース内のクールなピーター・バラカン、バット片手にグラウンドの彼方を見つめる野球解説者篠塚和典など、この人達の顔を見ているだけで、こちらの気持ちも明るくなります。

最初に登場する「テーラー大塚」の店主、大塚忠雄氏など、全く知らない方もいます。1945年生まれ。祖父母の代から続く、浅草橋のカスタムオーダーの洋服店のオーナーです。白髪とベレー帽姿が、カッコいい!おしゃれな紳士です。「タンゲくん」等でお馴染みの絵本作家、片山健のアトリエも撮影されています。こんなアトリエで絵本を作っていたのか・・・。絵本作家は「笑ってくださいとか、絵を描いてくださいとか絶対言わないでくれって取材のときはお願いするんだけど、なんか今日はそんな感じじゃなさそうだからよかった!」と発言しています。平野太呂という写真家の人間性は、他人をホッとさせる何かを持っているみたいですね。ここに登場する人達の表情を見ていると、そう思います。

おぉ〜、やはり只者ではなかったのが桑原茂一です。1975年、小林克也と組んで「スネークマンショー」を結成して、音楽シーンに旋風を巻き起こした人物です。その後もラジオ等で活躍しています。彼はこんなラジオ番組のデモを聞かせます。

「国民のみなさん、わが国は先ほど正式な手続きをもって、戦争を行うことになりました。しかし、ご安心ください。相手がどこの国か、いかなる戦争か、すべての国民のみなさんに分からぬように進めていく次第でございます。勝敗に関しても分からぬように処理させていただきます。戦争に怯えることなく、ふだんと変わらぬよう処理させていただきます。戦争に怯えることなく、ふだんと変わらぬ日常をお過ごしいただければと考える所存です。」

凄いラジオ番組!と驚いていたら、オクラ入りとか……..。このギャグ、笑いながら、ほんまにありうる話で冷や汗が出ます。

さて、最後を飾るのは、装丁家として有名な平野甲賀。彼の作り出す独特の文字は、本好きな方よくご存知のはずです。一時、カウンターカルチャーの書籍発行に力を注いだ晶文社の本の装幀を一手に引き受けたブックデザイナーです。76歳になって、東京から生活の場を小豆島に移しました。和室に置かれた大きな古い机、障子の向こうからさして込んでくる日光、木箱を組み合わせたような本棚。落ちついたいい仕事場です。

「そろそろ春がやってきそうな3月の上旬、4歳の娘と『帰省』した。」帰省……?つまり、平野太呂は平野甲賀の息子なのです。単行本になることが決まったら、題字を頼むとの息子の要望通り、本の題字は大先輩である父親でした。

 

 

昨日(10月27日土曜日)は、北海道のネイチャーガイド安藤誠さんのトークショーの日。毎年この時期に釧路から、いつものように大きなバンに一杯荷物を積んでご来店…..と、思っていたら、午後4時頃、爆音を響かせた派手なバイクが店の前に止まるではありませんか。バイクで北海道を発って、各地で講演しているという噂は聞いていましたが、オイオイ、ホンマに来た!バイクにはてんで興味がない私には、性能とかスゴさなど全くわかりませんが、さあこの写真をご覧下さい。

午後7時ちょうど。トークショーの安藤節は、いつもにもまして快調に始まりました。

「アラスカには二種類の人間しかいないと言われています。一つはチーチャコ、もう一つはサワドゥ。前者の意味は、アラスカ生活1、2年でギブアップして逃げる、いわば根性なし。後者は、アラスカ在住10年以上の、ホンモノ」。毎年オーロラツアーを率いて訪れるアラスカの話から、30年ぶりに買ったバイクのこと、そして北海道、アラスカの自然の話へと移っていきました。

可愛らしいキタキツネや、円満夫婦のエゾフクロウ、そして、昨年のトークに登場した知床の兄妹クマが独立し、妹クマがお母さんになった写真などが映し出され、大自然に生きる彼らの豊かな表情に、参加者から、歓声やら溜め息が上がりました。どの動物達も素敵でしたが、アラスカで撮影されたエリマキ雷鳥の求愛の姿が、特に印象に残りました。

欲望に取りつかれた奴、権力の溺れた奴など腐敗した輩がインチキ政治を行っている今の時代の危うさを憂い、しかし、私たちはそんな輩に騙されないようにするために、インチキもヤラセもない自然をしっかり見つめることが大事なことだと力説されました。

後半は、ミャンマーに行った時に撮影した写真をもとに、この国の人々の姿や、市場の風景、漁師さんの日常などの話へ。生活水準は日本の100年前かもしれないが、スマホのおかげで最新情報は獲得しています。生活も日常もすべてネット社会に組み込まれてしまった我が国とは違い、自然は保たれ、昔ながらのゆっくりとしたペースの生活で、最新情報にアクセスして、新しい知識を吸収しているミャンマーが、これからどんな人間を輩出してゆくのか興味あるところです。

そして、アメリカスミソニアン博物館主宰のネイチャーズベストフォトグラファー動画部門グランプリを受賞した、安藤さんの動画を鑑賞して、今年の会は終了。ぜひ冬の北海道へ行きたい!!と、参加者全員が思った事でしょう。(特に私)ごく内輪で遅い晩ごはんを食べ、クマ男は爆音を響かせ次の地へと向かいました。

 

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2015年3月のブログで、「野生のクマの写真で、星野道夫を越えてゆくのは、なかなか出現しないだろうと思っていましたが、やはりさらに前に向かう者っているんですね。」と動物写真家、前川貴行を紹介しました。その時魅かれた作品について以下のように書きました。

「星野とは違うアプローチで、野生に切り込む写真家の鋭い視線に魅了されました。それは、彼の「道を拓いた一枚」と題して紹介された写真で、2002年秋、南アラスカで撮影された、サーモンを口にくわえたブラックベアーを捉えた作品です。

血の滴るサーモンを頬張るブラックベアーの表情。目には狩猟する者としての深い悲しみさえ感じます。」

2016年に発行された写真集「クマと旅する」(Keystage21/古書1900円)では、星野とは違う、前川の世界観で撮影された各地の野性のクマたちが登場します。

おとぼけ顔の子どもと鼻を膨らまして周囲の情報を収集する親クマ、川下から歩いてくる堂々たる風格のグリズリー、知床の奥地のテッパンベツ川で、遡上してくるサケやマスを待ち構えるエゾヒグマを捉えた作品などがそれです。

この作品集で、前川は、井上奈奈のイラストも組み込んで文章を書いています。

「一億五千万キロの宇宙空間を飛び越えてきた太陽光が、緻密に密集した半透明の毛をするりと通り抜け、紫外線で日焼けした真っ黒い肌に、熱とエネルギーを伝えはじめた。瞳から射し込む光は、闇夜に凍りついた魂をゆっくりと溶かし、今日生きることをうながす」

これは、極北に生きるホッキョクグマが目覚めた時の様子を描いています。この文章に添えられている井上の挿絵「風の匂いを嗅ぐシロクマ」の表情が素敵です。

作品集の最後二枚の写真。一枚は、日没とともに森へ帰る親子のグリズリー。夕陽に輝き、クマの背中の輪郭が美しい。彼らが歩く傍の湖は静寂そのものです。今日も一杯食べたね、というような親子の会話が聞こえてきそうです。もう一枚は、満月が登った夜、湖で頭だけを出しているグリズリー。ああ、いい湯だなぁ〜みたいに、一息ついた様子を捉えています。どちらもクマへの深い愛情なくしてはシャッターを押せない作品です。

 

 

 

 

 

 ★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

山崎としてるの写真集「ブタとおっちゃん」(FOIL/絶版・古書1100円)は、タイトルそのまま、ブタを育てる養豚家のおっちゃんとブタを撮った写真集です。

可愛い子豚と一緒に昼寝するおっちゃん、飼育している牛を前にタバコプカプカふかして(おっちゃんは片時もタバコを離さない)、缶ビールで一杯やりながら、膝に抱いた子豚にお前も一杯やるかとでも言いたげなおっちゃん、大きなブタに囲まれながら、新聞を読んでるおっちゃん等々、ムフフと笑えてくる写真が満載です。

撮影した山地さんは香川県丸亀市の元職員です。農林行政を担当していた1978年、市街化調整区域にあった養豚場を郊外へ移転させました。その移転させられた養豚場の主が、上村宏さんでした。彼の事が気になっていた山地さんは、市の職員を退職した後の19997年に、上村さんの養豚場を訪ねていきます。そこで、山地さんが見たのは、大量飼育・大量生産によって進む機械化養豚に背を向けるかのように、餌やりから糞尿(ふんにょう)の処理まで自分の手で行い、一頭一頭に愛情を注いで育てている光景でした。その姿に打たれた山地さんは、上村さんと彼の愛すべきブタにカメラを向け始めます。それも1年や2年ではなく、10年間、上村さんの牧場を撮り続けました。

 

養豚の世界でも、他の業界と同じく大規模化、機械化が進んでいます。しかし、上村さんは、一頭一頭の豚を大切に扱いながら、豚中心の飼育方法を貫いていました。そうして育てられた豚がどれ程美味しいかは、彼が幾度も農林水産大臣から表彰を受けている事実からもわかります。

この写真集は、豚とおっちゃん夫妻の幸せそうな暮らしを捉えたものなのですが、大量生産、消費という時流に乗らず、本当に美味しいものを届けることを生業にしたおっちゃんの強い意志を写真の中に焼き付けたものなのです。豚相手にギターを鳴らすおちゃんの自信ありげな表情や、豚を枕にくわえ煙草で携帯を操作するおっちゃんの姿に、豚との間の深い絆が見えてきます。

スーパーに行けば簡単にどんなお肉も手に入る、命を考えずになんでも食い尽すという生活スタイル、それでいいの?と、自分たちの暮らしの足下を見つめ直してしまいます。

残念ながら上村さんは体調を崩して、今、牧場はありません。

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1925年生まれの写真家、長野重一は、1949年「岩波写真文庫」の部員となり、多くの作品の撮影を手掛けました。60年代には、市川崑の映画「東京オリンピック」にも参加しています。

2000年「この国の記憶 長野重一写真の仕事」展に合わせて出版された、写真集「この国の記憶」(東京都写真美術館/古書・1900円)を見つけました。戦後の焼跡から高度経済成長を遂げた、この国の光と闇が見事にとらえられています。

焼跡、駐留軍、被曝してケロイドになった女性、浦上天守堂で一心に祈る人々、戦死した息子を弔う遍路の老夫婦等々の、戦争の傷跡が浮き彫りになった作品群は、写真の力だけが持つ歴史の貴重な証言集です。そして、少しずつ平和を取り戻してゆく市民社会。1952年に撮影された「洋服屋さん」は、古いミシンの前で洋服を仕上げる店主を捉えた作品ですが、仕事を真面目にこなし、日が暮れてゆく、平和を取り戻した暮らしの一時を捉えています。東京隅田公園、大八車で行商するパン屋さん同士の会話が聞こえてくるような「パン屋さん」にも、平和に暮らす庶民の姿が映し出されています。

1960年、初の大衆車が発売され、80万人の人々が押し寄せた自動車ショー「自動車ショー」や、満員電車でぎゅうぎゅう詰めになっているサラリーマンの姿「通勤電車」などの作品から、日本が高度経済成長時代に入ったことがわかります。61年には、日本初の巨大室内プールが出来ていたこともこの写真集で知りました。その一方で、過疎化してゆく炭鉱、埋め立てで漁場を負われる漁民など、時代の負の部分が多く撮影されています。

個人的に惹きつけられたのは、1988年港区南青山の、ある風景を撮った「南青山」です。これから開発されるために更地になった場所を通り過ぎてゆく女性の後姿。女性の前方には新しいビル群が並んでいます。荒廃と繁栄の時代を生きる人の姿を象徴的に表現していると思いました。廃墟同然の戦後から、がむしゃらにここまできたこの国の姿を見つめるにはもってこいの素晴らしい写真集です。

ちなみに、先日ブログでご紹介した絵本「よるのびょういん」の撮影も長野重一でした。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。


 

80歳の鋤田正義さんが、カメラぶら下げて、飄々と街を歩いているのを見たら、写真好きなおじいちゃんだ……ときっと思われるでしょう。

鋤田正義、カメラマン。只者ではありません。70年代、彼の写したロックバンドTーレックスのマーク・ボランの、白黒ポートレイトが大旋風を巻き起こし、多くのギター小僧に愛されました。その後、デビッド・ボウイと親交を深め、彼を被写体とした優れた作品を発表し、YMO、忌野清志郎などのジャケット写真を撮影してきました。今まさに旬の、是枝裕和映画のスチール写真なども手掛けてきた人物です。

鋤田のドキュメンタリー映画「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」には、多くの人物が登場します、YMO時代に親交を結んだ坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣。デザイナーの山本寛斎、ポール・スミス。スタイリストの高橋靖子、俳優の永瀬正敏、リリー・フランキー、映画監督のジム・ジャームッシュ、コピーライターの糸井重里たちなどが、それぞれに彼へのリスペクトをこめて語ります。

ニューヨークやロンドンを、ゆっくりした足取りで歩く鋤田が映し出されますが、多くの大物アーティストを撮影してきた気負いや、大御所ぶったところが全くありません。被写体になった人物、ボウイはもちろん、YMOの三人しかり、みんな彼との間に、強い信頼関係が築かれています。細野晴臣は、他のカメラマンに撮影されると、まるで武士が刀で切り込んでくるような恐怖があるが、鋤田にはないと表現していました。相手の懐にすっと入り込んで、安心させるような力があるみたいです。上から目線でしゃべらず、威張りもせす、真っ直ぐに相手を信頼し、好奇心一杯で新しいことに飛び込んでゆく、彼の人間力の魅力を映画は浮き彫りにしていきます。

糸井重里が、鋤田を「とても柔らかい人」だと語っていました。さすが、コピーライター!見事な表現です。「柔らかい人」って、とても魅力的ですね。でも、なかなかそうはできません。特に、年齢を重ねてきて自分の世界観を確立すると尚更です。

ロックスターを撮影してきたカメラマンのドキュメントと言うよりは、深い表現力を持った、一人の男性のしなやかな心の在り方を学ぶ映画として、オススメです。

店頭にある忌野清志郎の「メンフィス」 (CD900円)のカバーフォトも鋤田作品でした。

 

写真家原田京子さんの「Spanish Sentiment 2」を本日から開催いたします。

 原田さんがスペインに撮影に行かれたのは、写真がデジタルに移行しはじめた頃。もう何年も前のことです。ネガフィルム百数十本とカメラを抱えて、往復の航空券と一日目の宿だけを決めての旅だったそうです。撮りたいものだけを心の赴くまま撮る。それは、きっと仕事では得られない何かを渇望する旅だったのかもしれない、と想像します。

「アンダルシアは気候も人の生活も厳しく、差別の中での悲しみや怒りを表現したジプシーのスパニッシュ音楽やダンスの発祥の地。スペイン特有の鋭角で明るいはずの光の中の風景になぜか胸に沁みる寂寥感….。そして子供の頃、大泣きした後に感じる快感のような懐かしさ。不思議な感覚を覚えながらシャッターを押していました。」と、今回の写真展のために書かれた文章にありました。

明るいはずの光の下で撮られた寂寥。生きる者が胸に抱く孤独が、深く美しい風景写真の中から、静かに心に届きます。そして、全体の色調のせいかもしれませんが、いつまで見ていても疲れない。ヨーロッパの、例えばコローなどの絵画を眺めている様な、なぜか安らぎを感じます。

原田さんとお会いしたのは、2012年にARK(アニマルレフュージ関西)の写真展をギャラリーで開催した時でした。保護された犬や猫の写真をボランティアで撮影されていて、展示作業のためにわざわざ東京から来て下さいました。動物達の表情を見ていると、原田さんが彼らに心を寄せて、愛情を注いで撮影されているのがよくわかりました。それから毎年、ARK写真展の度に一緒に飾り付けるのが楽しみになっていました。そんな中、ARK以外の写真展をしませんか?という私の話に乗ってくれて、一昨年「Spanish Sentiment 」展の運びになりました。彼女曰く「日の目を見ることがなかった」写真は、どれも素晴らしく、さすがに業界で長い間活躍してこられたフォトブラファーだと思いました。

完全デジタル化の現在、印画紙などの製造も中止されようとしているのだそうです。原田さんは、フィルムメーカーの倉庫に残っていたネガフィルムを50本手に入れて、「Spanish Sentiment 」の旅の続きに出たいと思われているらしいのです。この展覧会が、その背中を押す力の一つに、もしもなれたのだとしたら、望外の歓びです。

ゴールデンウィーク中ではありますが、お時間があれば、ぜひアンダルシアの風を感じて下さいませ。(女房)

原田京子写真展「「Spanish Sentiment 2」は4月24日(火)〜5月6日(日)まで

4/30(月)定休日 12時〜20時(最終日は18時まで)

 

伊丹市立美術館で開催中の写真家ソール・ライター「ニューヨークが生んだ伝説写真家ソール・ライター展」に行ってきました。

1950年代、NYのファッションカメラマンとして活躍していたライターは、80年代にはコマーシャル写真の世界から退きます。そして、自分が住んでいたNYイーストビレッジを被写体として、数多くの写真を撮影してきました。彼の撮り続けた当時のNYは、ほとんど発表されていなかったのです。いまも、ライターのアトリエには未発表のフィルムがたくさん残っているらしい。彼の回顧展が初めて日本で開催されることになったので、これは行かねば!と思ったのです。

「私たちが見るものすべてが写真になる」

とは、ライターの言葉ですが、この街に生きる様々な人達の何気ない一瞬が切り取られています。雪の街を歩く女性の赤い傘を上から撮った白と赤の対比が美しい作品「足跡」や、曇ったガラス窓の向こうに立ち尽くす男性のシルエットを捉えた「雪」など、寒い街に生きる、人達の息づかいが聞こえてきそうです。

赤と黄色でお馴染みのNYのタクシーに乗車している男性客の手を捉えた「タクシー」は、ワイシャツの白がタクシーの明るい色彩の中でくっきりと浮き上がっていて、シャープでおしゃれ。

白黒写真では、ボルサリーノを被り、白いワイシャツをにタイをしめた男たちが雑踏を行き交う姿を捉えた作品など、ハリウッド黄金時代の映画のワンカットを見ているみたいにクールです。

路上を掃除する老人を背後から捉えた「掃除夫」、地下鉄の階段でうなだれる男をとらえた作品、靴磨き屋の靴をアップで捉えた「靴磨きの靴」等々、この街と人々を愛した作品がたくさんありました。そして、ライターには一連の見事なヌード写真があります。光と影のバランスを絶妙にコントロールした私的な作品群は、これこそ写真芸術と呼びたくなるものです。ヌードではありませんが、一人はベッドの上に寝転がり、一人は光の入ってくる方向に向いて坐っている作品の、光線と影の微妙なコントラストに惚れ惚れしました。

一方で、彼は素晴らしい画家でもありました。写真同様、ビビッドな色の絵画作品も多く展示されていて、感激しました。

「ソール・ライターのすべて」(青幻舎/新刊2700円)に柴田元幸が「うしろからあなたの耳をくすぐる写真」と題した評論を寄稿しています。ライターと同時代、NYの街並みを歩いて詩を発表した詩人の一節が、ライターの写真と通じるものがあると取り上げて、「シンプルな言葉使い、都市に向ける静かな目、背後に愛情が感じられるからかいのトーン、淡いユーモア。言葉使いはともかく、ほかはいづれもライターの写真にも等しく当てはまる要素である。」

言葉通りのステキな写真展でした。オススメです。(5月20日まで開催)

なお、ライターが過ごしたアトリエの大きな写真がかざってありました。綺麗な写真だな〜と思ったら、撮影は、当店でも個展をしていただいたことがあるかくたみほさんだったので、ちょっと嬉しくなりました。