山崎としてるの写真集「ブタとおっちゃん」(FOIL/絶版・古書1100円)は、タイトルそのまま、ブタを育てる養豚家のおっちゃんとブタを撮った写真集です。

可愛い子豚と一緒に昼寝するおっちゃん、飼育している牛を前にタバコプカプカふかして(おっちゃんは片時もタバコを離さない)、缶ビールで一杯やりながら、膝に抱いた子豚にお前も一杯やるかとでも言いたげなおっちゃん、大きなブタに囲まれながら、新聞を読んでるおっちゃん等々、ムフフと笑えてくる写真が満載です。

撮影した山地さんは香川県丸亀市の元職員です。農林行政を担当していた1978年、市街化調整区域にあった養豚場を郊外へ移転させました。その移転させられた養豚場の主が、上村宏さんでした。彼の事が気になっていた山地さんは、市の職員を退職した後の19997年に、上村さんの養豚場を訪ねていきます。そこで、山地さんが見たのは、大量飼育・大量生産によって進む機械化養豚に背を向けるかのように、餌やりから糞尿(ふんにょう)の処理まで自分の手で行い、一頭一頭に愛情を注いで育てている光景でした。その姿に打たれた山地さんは、上村さんと彼の愛すべきブタにカメラを向け始めます。それも1年や2年ではなく、10年間、上村さんの牧場を撮り続けました。

 

養豚の世界でも、他の業界と同じく大規模化、機械化が進んでいます。しかし、上村さんは、一頭一頭の豚を大切に扱いながら、豚中心の飼育方法を貫いていました。そうして育てられた豚がどれ程美味しいかは、彼が幾度も農林水産大臣から表彰を受けている事実からもわかります。

この写真集は、豚とおっちゃん夫妻の幸せそうな暮らしを捉えたものなのですが、大量生産、消費という時流に乗らず、本当に美味しいものを届けることを生業にしたおっちゃんの強い意志を写真の中に焼き付けたものなのです。豚相手にギターを鳴らすおちゃんの自信ありげな表情や、豚を枕にくわえ煙草で携帯を操作するおっちゃんの姿に、豚との間の深い絆が見えてきます。

スーパーに行けば簡単にどんなお肉も手に入る、命を考えずになんでも食い尽すという生活スタイル、それでいいの?と、自分たちの暮らしの足下を見つめ直してしまいます。

残念ながら上村さんは体調を崩して、今、牧場はありません。

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1925年生まれの写真家、長野重一は、1949年「岩波写真文庫」の部員となり、多くの作品の撮影を手掛けました。60年代には、市川崑の映画「東京オリンピック」にも参加しています。

2000年「この国の記憶 長野重一写真の仕事」展に合わせて出版された、写真集「この国の記憶」(東京都写真美術館/古書・1900円)を見つけました。戦後の焼跡から高度経済成長を遂げた、この国の光と闇が見事にとらえられています。

焼跡、駐留軍、被曝してケロイドになった女性、浦上天守堂で一心に祈る人々、戦死した息子を弔う遍路の老夫婦等々の、戦争の傷跡が浮き彫りになった作品群は、写真の力だけが持つ歴史の貴重な証言集です。そして、少しずつ平和を取り戻してゆく市民社会。1952年に撮影された「洋服屋さん」は、古いミシンの前で洋服を仕上げる店主を捉えた作品ですが、仕事を真面目にこなし、日が暮れてゆく、平和を取り戻した暮らしの一時を捉えています。東京隅田公園、大八車で行商するパン屋さん同士の会話が聞こえてくるような「パン屋さん」にも、平和に暮らす庶民の姿が映し出されています。

1960年、初の大衆車が発売され、80万人の人々が押し寄せた自動車ショー「自動車ショー」や、満員電車でぎゅうぎゅう詰めになっているサラリーマンの姿「通勤電車」などの作品から、日本が高度経済成長時代に入ったことがわかります。61年には、日本初の巨大室内プールが出来ていたこともこの写真集で知りました。その一方で、過疎化してゆく炭鉱、埋め立てで漁場を負われる漁民など、時代の負の部分が多く撮影されています。

個人的に惹きつけられたのは、1988年港区南青山の、ある風景を撮った「南青山」です。これから開発されるために更地になった場所を通り過ぎてゆく女性の後姿。女性の前方には新しいビル群が並んでいます。荒廃と繁栄の時代を生きる人の姿を象徴的に表現していると思いました。廃墟同然の戦後から、がむしゃらにここまできたこの国の姿を見つめるにはもってこいの素晴らしい写真集です。

ちなみに、先日ブログでご紹介した絵本「よるのびょういん」の撮影も長野重一でした。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。


 

80歳の鋤田正義さんが、カメラぶら下げて、飄々と街を歩いているのを見たら、写真好きなおじいちゃんだ……ときっと思われるでしょう。

鋤田正義、カメラマン。只者ではありません。70年代、彼の写したロックバンドTーレックスのマーク・ボランの、白黒ポートレイトが大旋風を巻き起こし、多くのギター小僧に愛されました。その後、デビッド・ボウイと親交を深め、彼を被写体とした優れた作品を発表し、YMO、忌野清志郎などのジャケット写真を撮影してきました。今まさに旬の、是枝裕和映画のスチール写真なども手掛けてきた人物です。

鋤田のドキュメンタリー映画「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」には、多くの人物が登場します、YMO時代に親交を結んだ坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣。デザイナーの山本寛斎、ポール・スミス。スタイリストの高橋靖子、俳優の永瀬正敏、リリー・フランキー、映画監督のジム・ジャームッシュ、コピーライターの糸井重里たちなどが、それぞれに彼へのリスペクトをこめて語ります。

ニューヨークやロンドンを、ゆっくりした足取りで歩く鋤田が映し出されますが、多くの大物アーティストを撮影してきた気負いや、大御所ぶったところが全くありません。被写体になった人物、ボウイはもちろん、YMOの三人しかり、みんな彼との間に、強い信頼関係が築かれています。細野晴臣は、他のカメラマンに撮影されると、まるで武士が刀で切り込んでくるような恐怖があるが、鋤田にはないと表現していました。相手の懐にすっと入り込んで、安心させるような力があるみたいです。上から目線でしゃべらず、威張りもせす、真っ直ぐに相手を信頼し、好奇心一杯で新しいことに飛び込んでゆく、彼の人間力の魅力を映画は浮き彫りにしていきます。

糸井重里が、鋤田を「とても柔らかい人」だと語っていました。さすが、コピーライター!見事な表現です。「柔らかい人」って、とても魅力的ですね。でも、なかなかそうはできません。特に、年齢を重ねてきて自分の世界観を確立すると尚更です。

ロックスターを撮影してきたカメラマンのドキュメントと言うよりは、深い表現力を持った、一人の男性のしなやかな心の在り方を学ぶ映画として、オススメです。

店頭にある忌野清志郎の「メンフィス」 (CD900円)のカバーフォトも鋤田作品でした。

 

写真家原田京子さんの「Spanish Sentiment 2」を本日から開催いたします。

 原田さんがスペインに撮影に行かれたのは、写真がデジタルに移行しはじめた頃。もう何年も前のことです。ネガフィルム百数十本とカメラを抱えて、往復の航空券と一日目の宿だけを決めての旅だったそうです。撮りたいものだけを心の赴くまま撮る。それは、きっと仕事では得られない何かを渇望する旅だったのかもしれない、と想像します。

「アンダルシアは気候も人の生活も厳しく、差別の中での悲しみや怒りを表現したジプシーのスパニッシュ音楽やダンスの発祥の地。スペイン特有の鋭角で明るいはずの光の中の風景になぜか胸に沁みる寂寥感….。そして子供の頃、大泣きした後に感じる快感のような懐かしさ。不思議な感覚を覚えながらシャッターを押していました。」と、今回の写真展のために書かれた文章にありました。

明るいはずの光の下で撮られた寂寥。生きる者が胸に抱く孤独が、深く美しい風景写真の中から、静かに心に届きます。そして、全体の色調のせいかもしれませんが、いつまで見ていても疲れない。ヨーロッパの、例えばコローなどの絵画を眺めている様な、なぜか安らぎを感じます。

原田さんとお会いしたのは、2012年にARK(アニマルレフュージ関西)の写真展をギャラリーで開催した時でした。保護された犬や猫の写真をボランティアで撮影されていて、展示作業のためにわざわざ東京から来て下さいました。動物達の表情を見ていると、原田さんが彼らに心を寄せて、愛情を注いで撮影されているのがよくわかりました。それから毎年、ARK写真展の度に一緒に飾り付けるのが楽しみになっていました。そんな中、ARK以外の写真展をしませんか?という私の話に乗ってくれて、一昨年「Spanish Sentiment 」展の運びになりました。彼女曰く「日の目を見ることがなかった」写真は、どれも素晴らしく、さすがに業界で長い間活躍してこられたフォトブラファーだと思いました。

完全デジタル化の現在、印画紙などの製造も中止されようとしているのだそうです。原田さんは、フィルムメーカーの倉庫に残っていたネガフィルムを50本手に入れて、「Spanish Sentiment 」の旅の続きに出たいと思われているらしいのです。この展覧会が、その背中を押す力の一つに、もしもなれたのだとしたら、望外の歓びです。

ゴールデンウィーク中ではありますが、お時間があれば、ぜひアンダルシアの風を感じて下さいませ。(女房)

原田京子写真展「「Spanish Sentiment 2」は4月24日(火)〜5月6日(日)まで

4/30(月)定休日 12時〜20時(最終日は18時まで)

 

伊丹市立美術館で開催中の写真家ソール・ライター「ニューヨークが生んだ伝説写真家ソール・ライター展」に行ってきました。

1950年代、NYのファッションカメラマンとして活躍していたライターは、80年代にはコマーシャル写真の世界から退きます。そして、自分が住んでいたNYイーストビレッジを被写体として、数多くの写真を撮影してきました。彼の撮り続けた当時のNYは、ほとんど発表されていなかったのです。いまも、ライターのアトリエには未発表のフィルムがたくさん残っているらしい。彼の回顧展が初めて日本で開催されることになったので、これは行かねば!と思ったのです。

「私たちが見るものすべてが写真になる」

とは、ライターの言葉ですが、この街に生きる様々な人達の何気ない一瞬が切り取られています。雪の街を歩く女性の赤い傘を上から撮った白と赤の対比が美しい作品「足跡」や、曇ったガラス窓の向こうに立ち尽くす男性のシルエットを捉えた「雪」など、寒い街に生きる、人達の息づかいが聞こえてきそうです。

赤と黄色でお馴染みのNYのタクシーに乗車している男性客の手を捉えた「タクシー」は、ワイシャツの白がタクシーの明るい色彩の中でくっきりと浮き上がっていて、シャープでおしゃれ。

白黒写真では、ボルサリーノを被り、白いワイシャツをにタイをしめた男たちが雑踏を行き交う姿を捉えた作品など、ハリウッド黄金時代の映画のワンカットを見ているみたいにクールです。

路上を掃除する老人を背後から捉えた「掃除夫」、地下鉄の階段でうなだれる男をとらえた作品、靴磨き屋の靴をアップで捉えた「靴磨きの靴」等々、この街と人々を愛した作品がたくさんありました。そして、ライターには一連の見事なヌード写真があります。光と影のバランスを絶妙にコントロールした私的な作品群は、これこそ写真芸術と呼びたくなるものです。ヌードではありませんが、一人はベッドの上に寝転がり、一人は光の入ってくる方向に向いて坐っている作品の、光線と影の微妙なコントラストに惚れ惚れしました。

一方で、彼は素晴らしい画家でもありました。写真同様、ビビッドな色の絵画作品も多く展示されていて、感激しました。

「ソール・ライターのすべて」(青幻舎/新刊2700円)に柴田元幸が「うしろからあなたの耳をくすぐる写真」と題した評論を寄稿しています。ライターと同時代、NYの街並みを歩いて詩を発表した詩人の一節が、ライターの写真と通じるものがあると取り上げて、「シンプルな言葉使い、都市に向ける静かな目、背後に愛情が感じられるからかいのトーン、淡いユーモア。言葉使いはともかく、ほかはいづれもライターの写真にも等しく当てはまる要素である。」

言葉通りのステキな写真展でした。オススメです。(5月20日まで開催)

なお、ライターが過ごしたアトリエの大きな写真がかざってありました。綺麗な写真だな〜と思ったら、撮影は、当店でも個展をしていただいたことがあるかくたみほさんだったので、ちょっと嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木村伊兵衛昭和を写す」(ちくま文庫/古本各1050円ー絶版)シリーズが揃いました。それぞれ「戦前と戦後」「よみがえる都市」「人物と舞台」「秋田の民俗」というテーマで選ばれた4つの写真集です。

第1巻「戦前と戦後」のあとがきで、評論家の川本三郎は、「下町の生活とカメラはそもそも相性がいいのである」ということを木村の写真から感じ、下町っ子的視点で、愛すべき日々の暮らしにカメラを向けていることを指摘しています。

「沖縄や中国に出かけていっても、木村伊兵衛は東京の下町を見るようにごく普段着の姿勢で、異郷の町を見ていることである。」確かに、エキゾチックな風景に眼を奪われそうになるところを、彼の眼はどの町にもある庶民の暮らしへと向かっていきます。

占領地満州に生きる人々、戦前の暗い時代を慎ましく生きる人々、そして、戦後の明るい時代へ向かって歩き出した人々が撮影されています。そのどれもが、大げさにならず、こうやって皆生きているよという日常です。墨田川の吾妻橋を行き交う人達を捉えた一枚は、え?これ戦時中??と思うほど穏やかな作品です。

第2巻「昭和を写す」では、戦後の混乱から繁栄の時代へ、一気に加速するこの国の様々な貴重な瞬間を捉える一方、下町っ子の木村が、カメラ片手にあっちに行ったり、こっちに行ったりしながら、楽しそうにシャッターをきっています。月島でローラースケートに興じる子どもを、後ろから撮った作品に満ちているのは、平和を喜ぶ気分もさることながら、ボクも寄せてよでも言いたげな木村の気持ちが込められているようです。

第3巻「人物と舞台」は主に日本画家、映画俳優、歌舞伎役者等の芸術、芸能関係で活躍する人達のポートレートです。川原崎長十郎「勧進帳」、喜多六平太「船弁慶」など役者の凄まじい集中力を捉えた作品の一方、市井に根付く職人たちも多く登場します。舟大工、靴職人、仏師たち。下町育ちの木村にはお馴染みの人達です。その仕事に打ち込む真摯な姿が捉えられています。

第4巻の「秋田の民俗」は、昭和中期の秋田の農村。都会とそこに生きる人びとを、丹念に撮影してきた木村は、ここで農村の中に入り込み、彼らの日々を記録していきます。解説でむのたけじは「被写体が一人物または一群の人に限られても、その人々の存在する時間と空間を含む社会状況が語られておれば、それは報道写真といえるのではあるまいか」と述べ、木村の代表作となる18年間に渡るシリーズ作品「秋田」を、ジャーナリズムの本質を十分にそなえていると書いています。

人間の生きている時代背景が見えてくる作品集です。単品で販売していますので、お好きなものからお求めください。

 

 

西アフリカ・セネガルで1000年もの間、人々の暮らしを見つめ、聖霊が宿る木として敬われ続けているバオバブの木を、写真に収めた本橋成一の写真絵本「バオバブのことば」(ふげん社2484円)の販売を始めました。

本橋は60年代から現在に至るまで、炭鉱や、サーカス、屠殺場などを取り上げ、そこに生きる人びとの姿を写してきました。写真家としての活動の一方で、98年には、チェルノブイリ原発事故の被災地で暮す人々の日々を追いかけた「ナージャの村」で、映画監督をしました。その後、数本の作品を監督しています。その中には「バオバブの記憶」というバオバブをテーマにした作品もあります。映画と同タイトルの写真集もあり、こちらは店に置いています。(平凡社1900円)

今回ご紹介する「バオバブのことば」はすべてBWで撮影されています。何百年もの間、アフリカの乾燥した大地に、ぐっと枝を広げて立つバオバブを見ていると、その強い生命力と深い精神性を感じてしまいます。

写真集は「トゥーパ・トゥール村で たくさんのバオバブに出会った。」という本橋の言葉で始まります。様々な枝の曲がり方、幹のくねり方は、まるで舞台で踊るダンサーの姿みたいです。やがて、バオバブの周りに集まってくる人々、家畜を捉えた作品が登場します。

「バオバブは大地の許しを得て芽を出す だから村人は決してその居場所を侵すことはない。ずっと守られてきたバオバブとの約束」

守り、守られている村人たちの姿が伝わってきます。木の下で草を食べる山羊、それを見つめながら休息する村人たちの写真は、バオバブと共に平和に暮す、この村が表現されています。特に素敵なのは、子どもたちです。ズラリと根本に並んだ子どもたちは、まるでバオバブから昔話を聴いているみたいです。

「4000年を生きたバオバブが突然枯れて、消えた『役目を終えたからさ』と村人」

消えたバオバブに代わって新しい世代のバオバブが、村を守ってゆく。そんな光景が永遠に続けばいいのですが……。

 

1月から12月まで、京都の各地で撮影された写真を見ていると、つくづく京都って美しい都市なんだなと再認識します。

本日より越智信喜さんの写真展が始まりました。越智さんは、大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、祇園祭などの伝統行事や茶道具の写真を撮り続けて来られた写真家です。今回の個展は、京都の神社仏閣の四季を、依頼を受けて撮り下ろした中から12点、選びぬかれた美しい写真を展示しました。

1月高山寺の広間から捉えた冬景色。雪を冠った庭園と広間に射し込む冬の光、静寂な冬の一場面。そして2月は有名な城南宮の枝垂れ梅、3月は出町柳の長徳寺の桜。4月松尾大社の山吹の鮮やかな黄色、5月は神泉苑のつつじ、6月両足院のこれまた有名な半夏生、とそれぞれの季節の花々の美しいこと美しいこと。こうしていると京都の観光地としての魅力が、侮れないことに改めて気づかされます。近くにあるからといって甘えてないで、季節を楽しむ余裕を持ちたいものです。

7月真如堂の青楓は爽やかな早朝の風を感じます。8月西陣の本隆寺の百日紅は、今は屋根の改修工事のため切られてしまったらしい。9月大沢池の蓮の深い色合い、10月は西本願寺の屋根(写真上)の、背後に広がる澄み切った空が主人公。屋根の輝く銀色と、青い空の微妙なコントラストを見せるのは、プロの写真家ならでと惚れ惚れします。(ちなみに西本願寺のイチョウは今年の台風で枝が折れて、写真に撮られた形では残っていないそうです。)

そして11月、護法堂弁財天の鳥居(写真右)をローアングルから捉え、奥に広がる紅葉は輝いています。12月は妙満寺の広間から撮影された「雪の庭」(写真下)。ここは、もともと「雪の庭」という名で作られたということで、1月1日に雪が降るやいなや、カメラを担いで走ったのだそうです。結果、赤い毛氈と白い雪、逆光で沈む障子の黒、絵のような一枚となりました。

年末の慌ただしい時期に、京都観光の代わりと言っては何ですが、ちょっとほっこりして頂ければ幸いです。(女房)

★尚、展覧会の写真を収めた写真集「京・四季彩」(1000円・税込み)を販売しています。

 

昨日、東京で活躍中の写真家、疋田千里さんが新作ミニプレスを持って来られました。

彼女とのお付き合いは、「とちぎのいちご」(売切れ)というミニプレスを作って来店されたのがきっかけでした。最初は「とちぎのいちご?」売れるのかな〜と思っていましたが、店に置いてみると特に女性が手に取られる事が多く、結局完売しました。

その後、ブラジルへ行って”A Vida no Brasil/A Day in The Life”(1200円)という写真集を、次はインドへと渡り”Traveling with Spiices”(1404円)という写真集を出されました。

後者の写真集(写真右)には、今、本好きの間で注目されている、南インド、チェンナイの小さな出版社タラブックスが紹介されています。この出版社が出す本はすべて手づくりで製作されていて、疋田さんの写真集でもその工程を見ることができます。(東京板橋区美術館では現在タラブックスの展示会が開催中です)

さて、今回持ち込みの新刊は”ohashi_to”(1512円)。お箸を使う国、日本と韓国と台湾を巡る旅の写真とアジア料理研究家の外処佳絵さんによる「お箸が似合うごはんたち」というレシピ集がセットになったものです。フツーのおっちゃんやおばちゃんが大衆食堂で食事をしていたり、屋台のにいちゃんの姿を写した作品にご当地料理の匂いが漂っています。

外処佳絵さんのレシピは、「チャプチェご飯」、「韓国ジャージャン麺」、「塩レモン焼きそば」、「ビビン冷麺」、「卵焼きクレープ」等々、どれも美味しそう。彼女によると「韓国は歴史をさかのぼると、銀の箸は毒を盛られた際に反応する素材だったので使われていましたが、現代では、ニンニクや唐辛子といった香りや着色しやすい食材を多く食べるので、金属のお箸が主流」だそうです。

疋田さんの3つの写真集をパラパラとながめていて、面白いことを発見しました。ブラジルの写真集には、路路にせり出した果物屋の軒先で、台車に乗ってホッと一息ついたおっちゃんの後ろ姿があり、新作では、やはり路上に突き出た八百屋さんで黙々と作業をするおっちゃんの後ろ姿が捉えられています。のどかで平和な風が吹いています。ぜひ日本のおっちゃんの後ろ姿も撮ってください。

なお、12月3日まで、一乗寺に移転したマヤルカ古書店さんで”ohashi_to”発売記念の写真展が開かれています。

 

大空に、一羽、また一羽とハゲタカが現れてきます。そして、それが数十羽、もしかしたら100羽以上、地上に舞い降りてきます。そこには解体され、バラバラになった遺体。ハゲタカ達は一斉に肉に、骨に食らいつきます。その様子を遺族たちが眺めています。

チベット高地に住むチベット人にとって、最もポピュラーな葬儀が「鳥葬」です。チベット仏教では、魂が解放された後の肉体は、単なる抜け殻でしかありません。その亡骸を天へと送り届けるための方法として、こういった葬儀がとり行われています。日本語では、「鳥葬」と訳されていますが、中国語では、「天葬」というとか。多くの生き物の命を取り込んで、生命を全うしたのだから、せめて抜け殻同然の肉体ぐらい、他の生命のために与えようという思想が流れているみたいです。死体の処理は、鳥葬を仕切る専門の人が行い、骨も石で細かく砕いて全て鳥に食べさせるので、ハゲタカがいなくなった後には、ほとんど何も残らないのです。

そんな鳥葬の様子を捉えた吉田亮人写真展「鳥葬」を、店から歩いて行ける「gallery SUGATA 」(無料)まで観に行ってきました。

どこまでも広がる青空と、大地で繰り広げられる葬儀は、清いものがあります。風の強い高地は、天に近く、なにもかも風が運んでいってくれます。これ、当然のことながら、スモッグで汚れた大都会の郊外でやったら、説得力のない、単に残酷な儀式でしかありません。

布切れがくくり付けられた多くの竿がたっています。布には経文が書かれていて、お経も風に乗って世界中に広がっていくのだそうです。ハタハタと風になびく音が聞えてくるようです。

骨をついばむハゲタカ達を見つめる人々の静謐な顔を見ていると、人の生も、死も大いなる大地の時の流れの中では、一瞬でしかないと思いました。私たちは、地球に生きる所詮は小さな存在でしかないことを、改めて思いださせてくれる写真展です。(8月6日まで)

もし、宮沢賢治が生きていたら、きっと観に行ったような気がしました。

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。

 

★★お詫び。こちらの手違いで27日(木)〜31(日)のブログが更新されていませんでした。申訳ありませんでした。

 

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