高度200メートルの高さに上がって、高層ビルの窓ガラスを拭く清掃員翔太の青春を描く、古市憲寿「百の夜は跳ねて」(新潮社/古書1100円)は、大都会東京を変わった視点から描いた小説です。著者の古市憲寿は、先日ご紹介した岸政彦と同じく社会学者が本業です。「希望の国の幸福な若者たち」で注目され、2018年、初の小説「平成くん、さようなら」で芥川賞候補になりました。TVにもよく登場されています。

就活で挫折し、なかばヤケクソでこの仕事を選んだ翔太は、高層ビルの窓ガラス清掃をしながら無気力な日々を送っています。ただ日々の生活のためだけに淡々と作業をこなしていたのですが、彼に転機が訪れます。ある高層マンションの清掃作業中のこと、翔太はひとりの老婆と目が合いました。視線を外せば良いのに、吸い寄せられるように見つめ、その後彼女の住む部屋に向かいます。
「3メートルはあるだろう高い天井のリビングには、とにかく様々な箱が並べられているせいで、床はほとんど見えない。僕が座っているテーブルと椅子は、箱に囲まれような形になっていた。僕たち以外に人の気配がないということは一人暮らしなのだろうか」
そんな、どうもよくわからない老婆ですが、さらに彼は「作業中に見える部屋の写真を撮ってきてほしい」という不思議な依頼を受けます。
作業中に写真を撮るのは犯罪ですが、隠しカメラで撮影しては、老婆の元へ持っていき報酬を手に入れます。名前も素性も知らないまま、依頼された仕事を続ける翔太に変化が出てきます。犯罪まがいの事に手を出し、名前も知らないふたりの密会にはいかがわしさが付きまといますが、彼は彼女の喜ぶ顔がただただうれしかったのです。そして彼女と交わした仕事から生きる意味を見出していきます。
「無駄な仕事だと思ってたんです。いくらガラスをきれいにしたところで、数ヶ月後にはすっかり汚くなってるから。雨なんか降った日には、下手をしたら数時間で無駄になる。しかもほとんど誰も見てないんです。」
仕事をそんな風に思い、無意味に生きてきた翔太が、物語の後半、徐々に変化してゆくところが小説の醍醐味です。ラスト近くで、それまで彼女が降ろしていたマンションの部屋のカーテンを、翔太が全て開けて、眩い夜景が飛び込んでくるところは感動的です。

ラストの会話が、小説の読後感を良いものにさせています。