張渝歌(ちょう・ゆか)作「ブラックノイズ/荒聞」(文藝春秋/古書1000円)は、台湾発のオカルト小説です。いやぁ〜、怖いですぅ。寝る前に読むと、あなたの枕元に赤い服を着たミナコがじっと立っているしれません。

張渝歌は1989年生まれ、現在台湾で最も注目されている若手推理作家兼シナリオライターです。国立の医大を卒業後、作家に転向しました。本作は2018年に出版されたもので、著者の友人が実際に体験した怪奇現象を基に組み立てられています。

さらに、土俗的なシャーマニズムやキリスト教などが複雑に絡まった韓国映画「哭声/コクソン」から影響を受けたと語っています。「哭声/コクソン」も怖い映画で、その映像表現と語り口に魅了されて、何度か観てはその都度やっぱり観るんじゃなかったと後悔します。なんせラスト、宙ぶらりんの状態で放り出されるのですから。しかも主演が国村隼。これがまた奇々怪々な演技で恐ろしい……..。そんな映画から影響を受けた「ブラックノイズ/荒聞」は、どこからか聞こえてくる声、ミナコとは誰なのかを巡って修羅場が展開します。

わざわざこのような怖い小説を読んだのは、作品の中に、台湾の複雑な民族事情とそこで交錯する宗教が描かれているのに興味があったからです。何度も他国に蹂躙された台湾には、支配者の占領政策の一環で多くの宗教が持ち込まれてきました。道教、仏教、キリスト教、日本が持ち込んだ神道、さらには原住民の山岳信仰が渾然一体となってきました。そこから立ち上る迷信や伝説が巧みに描きこまれ物語に深みを加えています。歴史的事実と虚構を大胆の織り交ぜた作品だと思います。

「ネットには、ブヌン族の人々は三種類の霊がいると信じていると書かれていた。『Kanasilis』に『baban-tainga』、それから『人間の幽霊』である。『Kanasilis』と『baban-tainga』はどちらも『人間』の形をして現れるが、前者は全身青色で後者は大きな耳と角を持っているらしく、子供をさらってその脳みそを好んで食べるそうで………」

「まただ。耳元で再びおかしな音がした。音はまるで遠い荒野ではぜる爆竹のようで、エコーもせずにただ『バリバリ』という雑音だけを響かせていた。音は徐々にピントを合わせるように、やがて女性の声になっていった」

きっと、あなたの耳元にもざわついた音が聞こえてきますよ…….。こわー!!!

 

●レティシア書房からのお知らせ  明日12月27日(月)は、平常営業いたします。

                 12/28(火)〜1/4(火)休業いたします。

●1/5(水)から、ギャラリーは「くろねこひじきとわかめin京都」展が始まります。


 

「歩道橋の魔術師」(白水社/古書900円)以来、私は、呉明益にハマってしまいました。日本で出版される本を次から、次へと読んで、4冊目の「眠りの航路」(白水社/新刊2310円)もつい最近読了しました。相変わらず面白い小説ですが、どなたにもオススメできるかといえば、「?」ですね。まるで魔術にでもかかったような、世界を漂うような物語です。

作者自身と思わせる、現代を生きるフリーライターの「ぼく」が、第二次世界大戦中、日本統治下にあった台湾で日本名「三郎」を名乗らされていた「ぼく」の父親の戦争体験と、戦後を父親として生き、その後行方不明になるまでを描いていきます。

著者は、主人公が極端な睡眠障害に陥っていて、そこで父の夢を見て、彼の人生を追体験してゆくというスタイルで物語を進めて行きます。戦時中、日本軍は労働力不足を補うために台湾の少年たちを徴収し、日本に連れてきました。三郎もそんな少年の一人でした。そこで、彼は日本軍のために劣悪な環境で働かされます。その描写はリアルなのですが、夢の中で「ぼく」が追体験している描写でもあります。断片的な夢の中には、日本上空で撃墜されたパイロットが、上野動物園の檻に入れられ見物客に見せられていること、あるいは0戦生みの親、堀越二郎のことなどが登場します。

リアリズム一辺倒の戦時下の物語ではなく進行してゆくので、読んでいて肩が凝らない物語になっています。なんか、三郎少年の世界を、夢で見ているような世界です。

戦後、父は台湾に帰国し、ラジオ修理の腕で商売を始め、「歩道橋の魔術師」にも登場する台北の中華商場という商店街で店を構え、台湾の高度経済成長に伴って繁栄していきます。しかし、時代の変化で商店街が取り壊されて、父は失踪します。その原因も判明しないまま、物語は終わります。

著者はあとがきでこう述べています。

「この小説は歴史を描いているわけではなく、そうでない何かを描いているのだ。小説が完成したその瞬間、私はぼんやりとではあるが、それが何であるのかわかったような気がした。」

私はこれを描きたかったとズバリ言い切らないで、呉明益は読者に、そのぼっ〜とした何かを委ねているのかもしれません。改行も少ない300ページ余にもなる大作ですが、著者に運ばれて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラという感覚を味わせてもらいました。

ところで小説の中に、東大法学部の学生で、知識があり、台湾の少年たちに親切だった平岡という人物が登場します。これは後の三島由紀夫のことです。実際に三島はこの工場で働いていたそうです。

 

 

 

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徐嘉澤(ジョカタク)の本邦初訳長編小説「次の夜明けに」(書肆侃々房/新刊2090円)を読みました。1977年生まれの若手作家ですが、いやぁ、上手い!

物語は、1947年、政治的混乱と騒乱で揺れ動く台湾から始まります。急進的民主化運動に走る新聞記者の夫とその妻春蘭(チュンラン)。しかしある日、夫は勤務先から戻ってから、一言も口をきかず、仕事もしなくなります。一体何があったのか?

この夫婦には二人の息子がいます。平和(ピンホー)と起儀(チーイー)です。弁護士と新聞記者になり、母国の民主化、差別のない社会を目指して奮闘しています。起儀の子供で、現代を生きる晢浩(ジョーハオ)は、父親のように過去の母国の歴史にも、政治にも関心はありません。彼はゲイでした。そこで家族との軋轢が起こります。物語は三代にわたる家族の確執と、再生を描いていくのです。

1945年の日本の敗戦後、台湾は中国本土からやってきた中国国民党の政治家と軍人たちによって管理維持されていきます。しかし、彼らの凄まじい汚職や犯罪行為で国内は混乱を深めていきます。その渦中で春蘭の夫は、ある日を境にまるで自分の人生を放り投げたような、死に体みたいな暮らしをなぜ始めたのか?それは、物語後半で判明するのですが、一家に暗い影を落として行きます。(これは辛い)

台湾を舞台に、蒋介石による民国創成期、戒厳令下での民主活動期、そしてセクシャリティーの問題で縛られる現代、それぞれの時代に生きる人物に託して描いていきます。バラバラになった家族が、確執を乗り越えて、再生してゆくその向こうに、著者は今の台湾の姿を見つめていると思います。こういう大河小説は、多くの人物や事件が交錯するので、状況を見失うことが多々ありますが、徐嘉澤は、短編小説のように短い章で構成して、それぞれの登場人物の人生をテンポよく描いていくので読みやすい。テーマは「愛」。直球ど真ん中。これ、TVドラマにしたら凄く面白いと思います。

「もし僕らが台湾の過去の歴史を理解しようとしないなら、どうやって今の平穏な暮らしの大切さを自分の子どもの世代に伝えればいいんだ。過去を理解しようとしないのは、根元がぐらぐらした植物のようじゃないか。どんなに背が高く立派に育っても、やっぱり浮ついたままで足元もおぼつかない。みんなこの土地に生きているんだ。その歴史は今の僕らとは直接は関係ないかもしれない。でも、原因と結果を理解すれば、いまの政治的状況がどうしてこんなふうに変わっていったのかがわかるんだよ。」今の日本に(私自身も含めて)最も欠如していることだなぁ、と思いました。

オリンピック一色のTVを消して、気骨のある、そして物語を読む醍醐味を教えてくれるこういう小説を読む時間を持とう!

最近の台湾の本は、刺激的でスリリング!今後も読んでいきたいと思っています。

 

 

政治家の名前は、オードリー・タン。35歳という史上最年少の若さで台湾のデジタル担当大臣に就任した天才です。でも、それ以上に、2020年台湾の新型コロナ対策で、自国の薬局などで販売されているマスク在庫がリアルタイムで確認できるアプリを導入し、瞬く間に全国民にマスクを配布したことで有名です。

そのオードリーがインタビューの形で、若い世代に向けて、これからの社会に通用する考え方を書いたのが「自由への手紙」(講談社/新刊1540円)です。本書は「格差から自由になる」「不安から自由になる」「ジェンダーから自由になる」「デフォルトから自由になる」「仕事から自由になる」という4章からなっています。各章ごとに、具体的な対応、考え方が述べられています。一読して、この人の頭の柔らかさには脱帽します。そして、キャパシティーの広さに驚かされます。

こんな文章があります。「私には、思春期が2回ありました。」どういうことか?

「2度目の思春期は、24歳のとき。ホルモン剤を服用し、女性として思春期入りすることを自分で決めた時で、それは2年ほど続きました。

こうして2回目の思春期を経験したのち、『男か女か』という二者択一的な考え方が、私の中から消えました。」

この人物がコロナ対策を仕切るのです。台湾における感染予防対策の成功要因を問われた時に、オードリーはこう答えています。

「速やかに、オープンに、公平に楽しくやることが大切です。」

「楽しく」??つまりこういうことです。全国民にマスクを配布した時、白色のマスクが不足して、ピンク色のマスクを配りました。それを付けて登校すれば、ピンクのマスクでは学校でいじめられると男の子の親から連絡がありました。その時に、オードリーが取った政策は、というと、担当各部署の官僚や政治家がTVに出るときは、全員ピンクのマスク着用に切り替えたのです。大臣以下全員ピンクのマスクで登場したので、全くいじめられることなく、クラスで一番クールな少年へとなったのです。

これ、日本でできます? そんな事を提案する官僚もいなければ、OKと即断する大臣もいないでしょう。過去から続いてきた、あるいはお上が決めた「正しさ」なんかに合わす必要など全くない、というオードリーの哲学が、随所に出てきます。オードリーの速射砲的な実行力もさることながら、その施策を実現させる台湾政界の柔軟さを羨ましく思いました。

思春期を二回体験した人物を政策のトップに据えるなんて、頭の枯れたジイさんが集まっている国では想像さえできませんね。

少し前に木村友祐との対談「私とあなたのあいだ」(新刊1870円)を紹介した温又柔(おん・ゆうじゅう)。彼女の短編を集めた「空港時光」(河出書房新社/古書1100円)は、台湾の飛行場から日本へ、あるいは東京の空港から台湾に向かって旅立とうとしている人々の姿を簡潔に描いた作品が並んでいます。

温又柔は1980年台湾に生まれ。3歳の時に家族と東京に移住し、台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで、日本語教育を受けて育ちました。2009年すばる文学賞佳作を受賞し、その後日本語で作品を発表し続けています。国籍は台湾で、日本に帰化せずに作家活動を行なっています。「私とあなたのあいだ」では、自身のナショナリティーから派生する差別についても語ってくれました。

台湾と日本。そこに交錯する台湾語、中国語、日本語を聞き取りながら、登場する人々の人生を、まるで飛行場の待合室から見たり聞いたりしている感覚で描いていきます。「好書好日」というネットの書評ページにこんな文章を見つけました。

「温さん自身、よく待合室で時間を過ごす。『いろんな人がいる。いろんな日本といろんな台湾を行き来している』。あの人はどんな旅を、あっちの人は、と『空想と妄想でいっぱいになる』そうだ。」

なるほど彼女は、「空想と妄想でいっぱい」になりながら、それぞれの人が母国での揺れる心情の機微を浮かび上がらせています。多くの日本人は台湾人は親日というステロタイプな刷り込みを持っていますが、読んでいると、それは偏見に値する場合もありうるという状況にも直面することになります。

「『入境』と『上陸』を繰り返し、三十五年が経つ。両親とは別に、自分だけでも帰化を、と考えたことがないわけではない。ただ、年数を重ねれば重ねるほど、日本の国籍があってもなくても、自分はとっくに日本人のようなものだから、今さら別にね、という気持ちが大きくなってゆく。申請に関する煩雑な手続きが億劫なのもある。逆に、自分がパスポートまで日本のものを持つようになれば、台湾では完全に『外国人』となってしまう。それをもったいなく思う気持ちもある。」

これは「到着」という短編の主人公の言葉ですが、そのまま著者の思いでしょう。

この物語のラストで、台湾から日本へと帰ってきた主人公咲蓉は、こんな感情を抱きます。

「英語、中国語、韓国語……東京に到着した訪日客を歓迎する文字の中に、おかえりなさい というひらがなが混じっている。これが目に入ると、帰ってきたと咲蓉は思う。台湾語まじりの中国語が耳に飛び込んできた時にも同じ感情を、咲蓉は抱く。」

国境、パスポート、それぞれの国の言葉。そこから人は逃れられない。日本で生まれ、ここで育ち、死んでゆく私たちには見つけられない世界があります。

 

少し前に、今年のベスト1だ!とブログに書いた呉明益の「複眼人」に次いで、彼の「自転車泥棒」(文藝春秋/古書1700円)を読みました。400ページ余りの長編です。タイトルから、同名の昔のイタリア映画を思い出された方もおられるかもしれません。あの映画のように、これも自転車を盗まれた父と子の物語です。失踪した父とともに消えた父の自転車を巡って、息子は、自分の故郷の台湾から時代を遡って戦時下の東南アジアのジャングルへとさすらいの旅を続けるという物語です。

「複眼人」もそうでしたが、こちらも壮大なスケールで展開する小説です。

「父がペダルを踏む力は、明らかに力不足だった。身長はもう同じぐらいなのに、無理やり荷台に乗せられ、おまけにぜえぜえと苦しげな息づかいを間近に聴かされるのはあまりに気恥ずかしかった。」

そんな思い出のある自転車と父の失踪を巡って、これでもかこれでもかと過剰なくらい人物が登場してきます。例えて言えば、大きな川へ流れ込んでゆく小さな川が何本もあって、それらがひとつになって大きな海に向かってゆくのを見ているような感じです。

翻訳の天野健太郎は「厳戒令が解除され、政権交代がなされたあとの文学的テーマは『批判』や『純化』ではもはや物足らず、純文学であっても『普通におもしろい』小説を求められるようになった新世紀の台湾人作家のなかで、呉は質・量ともにその先頭を走っている。」と書いています。その評価は「自転車泥棒」「複眼人」そして短編集「歩道橋の魔術師」を読んで、なるほどと納得しました。(現在、日本で翻訳されているのはこの三作だけです)

本書における大きな川は、百年にもわたる主人公の家族史です。そこに台湾原住民族の報道写真家、蝶の貼り絵工芸を生業にする女性、戦死した日本兵の霊と交流をする老兵、戦中のマレー半島で展開された「銀輪部隊」(自転車部隊)の決死の行軍、ミャンマーで日本軍に接収され、国民党によって中国に連れて行かれ、最後は台湾に渡って台北動物園で生涯を終えたゾウのリンワンの物語などが、支流となって流れ込み、そして最後は父の自転車に向かって収束して行きます。

天野は「この小説は自転車などの『もの』にまつわる壮麗なエピソードとディテールから幕開く物語だ。」と語っていますが、テープレコーダー、手紙、蝶の貼り絵等々が決め細く描かれています。そんな中で、自転車好きの私がいいなぁと思った文章がありました。

「いい職人が細やかな調整をして締めたネジには、集中力が宿っています。ガタつきや異音を防ぐために、ネジは必ず適切なトルクで締められなければならない。このとき工具を通じて、彼らの力が自転車のなかへ移される。そしてたぶん、数十年ものあいだ自転車に留まっている。解体するとき、ぼくはその力を感じることがあります。」

これは登場人物の一人、自転車マニアのナツさんの言葉です。

登場人物たちの人生を追体験して、彼らの幸福や不幸に心震わせたり、過酷な運命に抗うことなく孤独に進んでゆく森の象たちに涙したりしながら、大きな物語を読み終えた充実感でいっぱいになる傑作です。

今年の秋には新作が出るみたいです。今、一番読みたい小説家です。

 

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日本の新刊業界や出版業界と同じく、台湾も読書離れで出版不況に陥っています。しかし一方、個人経営の町の本屋さんが、活発に営業しています。そんな個性あふれる書店主四十三人に迫ったノンフィクション「書店本事 台湾店主四十三のストーリー」(THOUSASNDS OF BOOKS/新刊2808円)をご紹介します。

本の構成はこんな感じです。

第一章「時間長河、歴久不衰」ー老舗の書店。

第二章「在一日又一日的閲読時光中、理想堆積成形」ー経験を積んだ書店。

第三章「記録這段夢想初起飛的歳月」ー新しいタイプの書店

第四章「我們的閲読、不是書」ー蔵書豊富な書店以外の店

の四章に分かれています。著者のグイ・イーチンは、全ての本屋を巡り、店主から話を聞いて書店の個性を伝えてくれます。第三章の新しい書店には、日本と同じようにカフェを併設している店も紹介あります。変わり種は、「時光二手書店」という店で、本の収集に慣れようと古紙回収所に向かう途中、捨てられた犬を発見し保護して以来、店に一時的に野良犬を保護し、新しい飼い主を探す本屋さんです。店主のクー・シウニンは、店の宝物は何?と問われて、

「2匹の猫です。猫はカウンターの上にじっと座ってくれるので、店の宝っぽいです。犬はあちこちうろうろして、店の中でじっとしていてはくれません。」

所変われば、店も変わるのですね。この書店は、取り扱いジャンルが、文学・歴史・哲学・生活・芸術と多義に渡っています。全部読んだわけではないのですが(400ページの大著)、どの書店の店主も面白く、ユニークな方たちばかりです。自ら、身勝手な書店と言う「新手書店」店主ジョン・ユーテインは、経営上の問題を聞かれて、「収支バランスが取れないこと」と即答したり、店の宝物ときかれて「サルです。申年生まれなので、店にサルの小さなぬいぐるみをたくさん飾っています」と答えています。

台湾に行く、行かないに関わらず、隣国の書店事情を覗き見るにはうってつけの一冊だと思います。

 

 

 

 

田中六花さんの台湾手帳が4点入荷しました。「台北あれこれ」、「日々あれこれ」、「高雄あれこれ」そして「書店あれこれ」です。(各500円)

本好きなら、一番気になるのが「書店あれこれ」でしょうね。表紙には、書架の前でまったり昼寝中の書店猫。これだけで手に取ってしまいました。大型書店から、独立系の小さな書店、雑貨やミニプレスを扱っている店など、どの店も魅力的です。ご当地のミニプレスを手広く扱っている「書房味道」では、ミニプレスの紹介もされていて、「秋刀魚」という日本紹介の雑誌もあるみたいです。また、週末だけオープンしていて、台湾、日本、欧米のミニプレスを扱う「下北沢世代」なんて店もあります。

「台北あれこれ」は、豊かな食文化の紹介から始まります。世界のどこよりも、ドリンクの種類が多いのが台湾ではないかと著者は書いていますが、まさかの組み合わせで、オリジナルドリンクがどんどん出来上がっているらしい。ヤクルトが緑茶やレモネードと合体したり。ステキなカフェやインディーズに強いCDショップなど面白そうなお店がいっぱい。その中の個性派本屋「田園城市」には「社長の古本屋」というコーナーには、「非情城市」のサントラレコードや、川端の「古都」の映画スチールが飾ってあったりと、ぜひお邪魔したい場所です。

「日々あれこれ」は、台湾でみつけた楽しみが詰まっています。食堂の手書きメニューから、なんとも味わい深い散髪屋さんのイラストまで、ぶらりぶらりの散歩途中で拾い集めた面白いものが満載です。筆者は、篆刻を習っていたみたいで、味わい深い篆刻の世界も紹介されています。

4冊目の「高雄あれこれ」。高雄?どこ? そう、高雄は、台湾南部にあります。港町なので、様々な文化を吸収してきた雰囲気が街に残っているらしい。カラフルな看板は猥雑で、下町感一杯です。漢字表記はなんとなく読めて嬉しいですね。元日本料亭だった場所を改築した「書店喫茶・一二三亭」は、なんだか落ち着けそうなお店です。

この台湾手帳を発行されている田中六花さんは、語学留学を経て、日本と台湾を繋ぐ各種イベントを企画、台湾歴18年のベテランです。HP「台湾情報」もチェックしてみては如何でしょうか。

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です

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