「歩道橋の魔術師」(白水社/古書900円)以来、私は、呉明益にハマってしまいました。日本で出版される本を次から、次へと読んで、4冊目の「眠りの航路」(白水社/新刊2310円)もつい最近読了しました。相変わらず面白い小説ですが、どなたにもオススメできるかといえば、「?」ですね。まるで魔術にでもかかったような、世界を漂うような物語です。

作者自身と思わせる、現代を生きるフリーライターの「ぼく」が、第二次世界大戦中、日本統治下にあった台湾で日本名「三郎」を名乗らされていた「ぼく」の父親の戦争体験と、戦後を父親として生き、その後行方不明になるまでを描いていきます。

著者は、主人公が極端な睡眠障害に陥っていて、そこで父の夢を見て、彼の人生を追体験してゆくというスタイルで物語を進めて行きます。戦時中、日本軍は労働力不足を補うために台湾の少年たちを徴収し、日本に連れてきました。三郎もそんな少年の一人でした。そこで、彼は日本軍のために劣悪な環境で働かされます。その描写はリアルなのですが、夢の中で「ぼく」が追体験している描写でもあります。断片的な夢の中には、日本上空で撃墜されたパイロットが、上野動物園の檻に入れられ見物客に見せられていること、あるいは0戦生みの親、堀越二郎のことなどが登場します。

リアリズム一辺倒の戦時下の物語ではなく進行してゆくので、読んでいて肩が凝らない物語になっています。なんか、三郎少年の世界を、夢で見ているような世界です。

戦後、父は台湾に帰国し、ラジオ修理の腕で商売を始め、「歩道橋の魔術師」にも登場する台北の中華商場という商店街で店を構え、台湾の高度経済成長に伴って繁栄していきます。しかし、時代の変化で商店街が取り壊されて、父は失踪します。その原因も判明しないまま、物語は終わります。

著者はあとがきでこう述べています。

「この小説は歴史を描いているわけではなく、そうでない何かを描いているのだ。小説が完成したその瞬間、私はぼんやりとではあるが、それが何であるのかわかったような気がした。」

私はこれを描きたかったとズバリ言い切らないで、呉明益は読者に、そのぼっ〜とした何かを委ねているのかもしれません。改行も少ない300ページ余にもなる大作ですが、著者に運ばれて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラという感覚を味わせてもらいました。

ところで小説の中に、東大法学部の学生で、知識があり、台湾の少年たちに親切だった平岡という人物が登場します。これは後の三島由紀夫のことです。実際に三島はこの工場で働いていたそうです。

 

 

 

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台湾先住民族の神話に我を忘れ、巨大なゴミの島が台湾を襲うというデストピア的世界に慄き、謎の複眼人が姿を現し語りかけ、海の、森林の、星空の、圧倒的美しさにひきこまれる長編小説「複眼人」(KADOKAWA/古書1800円)。第71回ベルリン映画祭で「映画化が期待される小説部門」に選出されました。

多分、これを映画化できるのは宮崎駿しかいない、と私は読後に強く思いました。いやぜひ、彼に映画化してほしい。

この長編小説の著者は、呉明益(ウーミンイー)。以前、「歩道橋の魔術師」(白水社/古書900円)をブログで紹介しました。あの時から、この作家の魔術師的世界の虜になっていたので、本書が翻訳出版されるのを期待していました。そして、それは予想以上の出来上がりでした。

次男坊が生きることができない島から追放された少年、夫と息子を山で亡くした大学教師の妻、身内を失った台湾先住民族の男と女、父親が撲殺された環境保護を訴える海洋学者。彼らが主たる登場人物です。

死が同居する残酷な彼らの数奇な人生を、ある時は俯瞰的に、ある時は超接近して描いていきます。彼らの前に広がる大自然の美しさと残酷さ。不意に登場する超自然的存在の複眼人。クライマックス、台湾沿岸に押し寄せる巨大なゴミの島 に為す術もない人類。これはSF なのか、神話的物語なのか、いやいや先住民族の持つアニミズムの救いなのか、地球を食いつぶす人類への警告なのか。「ゲド戦記」の著者、アーシュラ・K・ル=グィンは「こんな小説は読んだことがない。かつて一度も」と本の帯に書いていますが、おそらく多くの小説好きの方がそう思われるでしょう。もちろん私も。

様々な運命を生きる人々を描く執筆の魔力的な力に圧倒されます。350ページ余の長編ですが、あっという間に読んでしまいました。この圧倒的巨大な世界を映画化するのは、「もののけ姫」を監督した宮崎しかいないと思います。

汚染されてゆく海、地震、津波、大雨といった自然の猛威の前に滅んでゆく私たちの世界。その最後に登場するのは、ボブ・ディランの名曲「激しい雨が降る」です。

川本三郎が解説で「呉明益は最後に、これまでの死者を悼むように『激しい雨が降る』の曲(詩)を引用する。ボブ・ディランの初期の作品。(中略)ディランは1962年のキューバ危機の際に米ソ核戦争の危機を覚え、この曲を作ったという。『複眼人』の最後にふさわしい。」と書いています。

今年読んだなかで(まだ5月ですが)、一番物語を堪能しました。

 

 

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