「国吉康雄/ベン・シャーン展」は、1981年東京で行われた展覧会です。国吉は1889年岡山生まれで、1906年アメリカに渡ります。ベン・シャーンは1898年リトアニア生まれで、1906年、移民としてアメリカに渡りました。そして画家として一時代を築いていきます。同時代を生きた二人の展覧会は、きっと魅力的だったことでしょう。

国吉は、酒場やカフェにいる女性を描いたものがよく知られています。大戦の影を帯びた暗く深い眼差しが印象的。一方、ベン・シャーンは、どこにでもいるような庶民の生活の一場面を描いた「サンデーピクチャー」と呼ばれるものがあります。私が最初に魅了されたのもそのシリーズでした。労働者の男たちの背中に垣間見える生活の悲哀が伝わってきます。もちろん、この図録(1400円)にも収録されています。社会の弱者への眼差しは、やがて失業者、ストライキに明け暮れる労働者へ寄り添う、社会派画家としての道につながります。第二次世界大戦勃発と同時に、戦時情報局に意向に沿ったポスターを制作しますが、やがて戦争の愚かしさと虚しさに気づき、画風はさらに変化していきます。

そんなベン・シャーンの画の変遷を楽しませてくれるのが「現代美術第一巻/ベン・シャーン」(講談社2800円)です。戦後、彼は多くのレコードジャケットのデザインも担当していますが、音楽をテーマにした作品もたくさん描いています。1955年制作の「ジャズ」、翌年の「ホエン・ザ・セインツ」なんか、そのままレコードジャケットになりそうです。

その後、ビキニ環礁でおきた水爆実験で被曝した第五福竜丸の乗組員に強い関心をいだき、取材を敢行し、悲惨な兵器の姿を伝えようと「ラッキードラゴン」というタイトルで11点の作品を発表しています。その最初の作品「我々は何が起こったのか知らなかった」で、突然の被曝を表現していますが、この画集で初めて知りました。

なお、この画集には、野見山暁治が「同時代人ベン・シャーン」というタイトルでエッセイを書いています。瓦礫の中で、縄梯子にぶら下がって遊んでいる子供たちを描いた「解放」という作品に「戦争のあとの空しさというものを、ぼくはこの絵をとおして眺めた」と書いています。

もう一点、2011年から12年に全国を巡回した「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」展の公式カタログ(2000円)として美術出版社が出したものがあります。私もこの展覧会を観て、彼の多彩な活動を知りました。このカタログは資料満載でファンの人なら必須の一冊です。彼が手掛けたレコードジャケットも収録されています。シャーン好きの安西水丸、和田誠へのインタビューも掲載されています。

村上春樹の本の装幀を担当したイラストレーター、佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸の作品を集めた文庫本サイズの「村上春樹とイラストレーター」(新刊書・ナナロク社1944円)が入荷しました。

「ここに取り上げるイラストレーションは、単に文章や物語を後から追いかけて説明しているものではなく、絵そのものが物語るひとつの世界を有しながら、文章と分ちがたく響き合ってひとつのイメージをつくりあげていることがわかります」

と、書かれていますが、ほんとに絵と文章がセッションしている感じです。私が、最も春樹を真剣に読んでいた頃の「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」などの佐々木マキが担当した挿画は、全く新しい感性で、春樹の文章と共に、ロマンチックで、センチメンタルで、しかもアイロニーに満ちた世界へと連れて行ってくれました。

そして和田誠。「ポートレイト・イン・ジャズ」を初めて読んだ、いや眺めた時、この作家の心にジャズの香りが一杯染み込んでいるのがわかりました。和田は、春樹の文章を引用してこう書いています。

「そもそも、音楽を聴くというのは文章を書くにもいいことなんですよ。要素は大体同じですから。リズム、ハーモニー、トーン。にプラスしてインプロヴィゼーション。(中略)いい音楽を聴くように、文章を書けばいいんだという発想。これが僕の基本だったの。」

この頃は、小説こそ追っかけなくなりましたが、春樹の音楽本だけは、すぐに買ってしまいます。

最後に登場するのは、安西水丸です。春樹の「中国行きのスロウボート」の表紙で安西が描いたブルーの青さに魅かれて買ってしまったことを思いだしました。巻末には安西と和田の対談も掲載されていて、二人が春樹の魅力を語ってくれます。

資料として「村上春樹とイラストレーター略年譜」が載っています。見ていると、79年、「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞して単行本が発売された年に、自らが経営するジャズ・バー「ピーターキャット」で、春樹と安西は出会ってます。長い付き合いの始まりは、この場所だったのですね。

 

 

 

「どんなにいいカッコをしたって、音楽が豊かでなければ、その音楽家は美しく見えない」

ー岩城宏之

「私は、深夜の書斎で耳を澄ます。いろんな本が啼いている」

−久世光彦

「『大目に見る』というのは私の一番好きな言葉です」

ー清水ミチコ

さて、様々な人が登場するこれらのフレーズは、和田誠「ほんの数行」(七つ森書館1400円)の中にあるものです

和田誠が装幀を手掛けた本から、自身がチョイスした数行を取り上げてまとめた魅力的な一冊です。もちろん、取り上げられた本の装幀も掲載されているので、著者が、その文章を選んだ思いを書いたエッセイを読みながら、お〜っ、こんな装幀だったんだと楽しめます。

「男の人がステキだなあと思うのは、お金を出すときと、髭を剃るときと、死ぬときですね」

とは、常盤新平インタビュー集「高説低聴」で、向田邦子が「男の美学」について語った言葉です。スゴイことを言う彼女を、和田は「そのスゴイところがステキだとぼくは思ってしまう」と書いているのが、やはりステキですね。

その本のエッセンスをぐっと凝縮して、一枚の表紙絵に仕上げる力量の豊かさに感動し、何度も、何度も読みたくなる本です。

私の好きな数行は、

「お前さんが舞台からいなくなると、なお残像が残っている。残像というか。残像が残る時のみ、役者は生きている意義がある」

これ、森繁久彌の言葉です。

もう一つ、「人間は、なにかコンプレックスがあると、ほかの方法でそれを乗り越えようとする。その方法というのが僕にとっては歌だったのかもしれない」

という高田渡「バーボンストリートブルース」(山と渓谷社/絶版・初版2200円)からの引用です。この本の装幀は和田のベスト10ではないかと思っています。

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2014年に亡くなった、イラストレーターの安西水丸の素敵な本が数冊まとめて入荷しました。

和田誠と組んだ2冊組の「パートナーズ」(文藝春秋・絶版1850円)は、楽しさ一杯です。一冊は「ことわざバトル」で、古今東西のことわざについて、二人のエッセイとイラストがついています。両者のタッチの違いも発見できます。まず右ページと左ページ二人のイラストがそれぞれ描かれて、これがどんな諺かを思い浮かべて次をめくると、エッセイが綴られています。それがまた面白い。「所かわれば品変わる」で、安西が京都で「おおきに」と言われて、それが「ありがとう」の意味だったことに驚き、その後何度来京しても、このイントネーションが身に付かなかった小話など、フムフムと読んでしまいます。もう一冊は「ライバルともだち」です。「ホームズ×ルパン」に始まる、世界のライバルを並べて、二人がイラストを描き、ウンチクを傾けるという内容です。こちらも二人の巧みなタッチが楽しめます。「ウィリアム・テル×息子」なんて、えっ?何それ?なんていうのもあります。こういうのを「軽妙洒脱」と呼ぶのでしょうね。

安西のイラストも大好きなのですが、彼の旅日記もそれ以上に愛読してきました。

「時間と時間の間にもしも透き間があるとしたら、夏の祭りの思い出は、時間の透き間でゆれている。ぼくは陽の落ちた雪原をひた走る奥羽本線の窓辺に肩をよせ、ひと昔に過ぎ去った夏祭りのことを思いだしていた。」

憧れと感傷が、旅へと押し出してくれる「エンピツ絵描きの一人旅」(新潮社・絶版1400円)は、短い小説を読んでいるような、味わいのある旅日記です。もちろん、彼が旅先で見た風景のイラストも掲載されています。日常の風景から、うわっ!と見知らぬ土地の旅情が展開するような、なんというか極めて映像的な旅日記です。

もう一冊、旅ものですが、「スケッチブックの一人旅」(JTB・絶版1750円)にはカラーのイラストも載っています。これがいいんです。日本の風景ってこれだよな、という思いが湧いてきます。

「雨の季節に旅に出るのが好きだ」という安西は、「雨期になると、ぼくはきまって南房総の旅に誘われる」そうです。雨にけむる野島崎灯台を描いたイラストが、切ない旅情を余すところなく描いていてお薦めです。

さて、もう一冊。こちらは桂文珍のエッセイ「文珍でえっせー」(潮出版・絶版800円)です。文珍師匠のエッセイに、安西が全ページカラーで作品を描いています。これは、見応えありです。

師匠曰く「昔、それほど効率性を追求しない時代、働くことは気持ちよく生きるためだったようです。気持ちよく楽しく働きたいものです」

気持ちよく、楽しく、そんな言葉のエッセンスに触れるようなイラスト満載です。

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昨日のブログで、知床の絵本作家あかしのぶこさんの個展をご紹介しましたが、彼女の描いた風格のあるクマの作品に続いて、同時に入荷してきた絵本をご紹介します。

谷川俊太郎(詩)和田誠(絵)の二人による「もりのくまとテディベア」(金の星社1050円)は、生と死を描いて、おじさんの私には、辛くもあり、また、ぐっとくる傑作でした。

玩具のテディベアは、生き物ではありませんので、老いも無関係です。ただ、じっとそこに佇んでいるだけです。生もなければ死もなく、廃棄されるまで窓辺にじっとしています。

一方、森に生きるクマは子供を生み、育て、やがて老いていきます。その両者が、交互に現れてきます。森のくまの最後はこうです

「はるなつあきふゆ ごねんじゅうねん あしもよわって めもかすむ もりのくまは しんでゆく めをつむり おちばのうえによこたわり しずかなためいき ひとつして」

という谷川の詩に対して、和田は、静かな森の落葉が一杯の土の上で、まるで眠るように死んでいるクマを描きます。俯瞰気味の構図には孤独で、切ない姿ながら、自然に抱かれて土に還っていく死というものの深淵さが表現されています。一方、アンティークショップの片隅に座るテディベアはこう表現されています。

「アンティークショップの テディベアは いつまでたっても めをつむれない ガラスのめだまに よのなかをうつして」

和田誠は、そんな状況にいてもテディベアを悲しそうには描きません。ただ、外を見つめているだけの姿です。テディベアも森のクマも擬人化することなく、感情過多になることも避けています。何も語らない両者のポツンとした真っ黒な目が、絵本全体に抑制をかけています。生きているということ、死んでゆくことを見事に浮き上がらせた作品です。

あかしさんの個展に登場するクマを見た後は、こちらもご覧いただくのもいいかもしれません。

お詫び 昨日ブログで紹介したメーメーベーカリーのパンはすべて売切ました。焼き菓子はあと少しあります。

もしかしたら追加で斜里町から届くかもしれません。(ただ今連絡待ちです)

★1月15日(金)19時30分よりあかしさんのトークショーあります。(私の出会った知床の動物たち)(要予約)

 

 

 

全36巻「洋酒マメ天国』(セット販売のみ13000円)。全巻コンプリートで入ってくるのは珍しいでしょうね。

7cm×9.5cmのサイズで、装丁は全て柳原良平。創刊号と2号は「ウイスキー」、3号はブランデー、という風に、一巻ごとに、特集が組まれています。10巻でお酒の種類毎の特集が終了すると、お酒の事典が2巻、そして「わが盃の酒飲み作法」、「男の服飾劇場」、「乾杯博物館」とお酒に纏わる小ネタで組んであります。さらに一応全集なんで、「月報」もきちんと封入されています。基本的に著者は、洋酒マメ天国編集部なのですが、当時人気のあった作家が丸ごと書いている号もあります

2号「続ウィスキー」は開高健、13号「わが盃の酒飲み作法」は柴田錬三郎、14号「男の服飾劇場」は石津謙介、15号「酒の立見席」は戸坂康二、17号「わが酒菜のうた」は草野心平、18号「蒐集家の散歩道」は植草甚一、21号「酒落笑事典」は江國滋、23号「宴歌ばらえ亭」は永六輔、24号「乾杯博物館」は伊丹十三、26号「美女とり物語」は秋山庄太郎、29号「NUDEのカクテル」は澁澤龍彦、32号「ポートノピア」は野坂昭如、33号「悪女の画廊」は種村季弘、最終の36号「八方美人」は和田誠と壮観です。もちろん、ここでしか読めないものばかりです。

中身も濃いですが、やはり特筆すべきは柳原良平の作品の数々でしょう。表紙の絵を眺めているだけで、楽しくなってきます。バーでこの豆本を置いているところを見かけたことがありましたっけ。

36号「八方美人」は、和田誠が22人の役者、タレント等の美女とのインタビューをまとめたもので、彼の描いたイラストも挿入されています。22人は浅丘ルリ子に始まり、渥美マリで終わります。映画「いそぎんちゃく」とか「電気くらげ」で一世を風靡したお色気女優で、彼女をラストに持ってくる和田誠のセンスの良さに拍手です。