「グリコ・森永事件」は、1984年3月にグリコ社長を誘拐、身代金を要求した事件を発端に、同社に対して脅迫や放火を起こした事件です。その後、森永やハウス食品など、大手食品企業を脅迫。現金の引き渡しには次々と指定場所を変更して捜査陣を撹乱し、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れませんでした。さらに同年、小売店に青酸入りの菓子を置き、全国に不安が広がりました。結局、犯人は逮捕されずに、事件は時効を迎えました。

この事件を元にしたのが、塩田武士「罪の声」(講談社文庫/古書300円)です。発売当時、2016年の「週刊文春」ミステリーベスト10第1位、山田風太郎賞受賞、本屋大賞第3位と、高い評価を得た作品が文庫になったので読んでみました。面白い!の一言に尽きる作品でした。

事件ものですが、刑事は登場しません。京都でテーラーを営む曽根俊他と、大阪に本拠を置く大日新聞記者阿久津英士が、主人公です。舞台は京都からイギリスへと発展していきます。

曽根俊他は、ある時、自宅で見つけたカセットテープに録音されていた音声を聞いて驚愕します。それは誘拐事件の時、使われた指示の声で、なんと子供の時の曽根の声だったのです。俺は加害者なのか?というところから、自分の家族の過去への旅が始まります。事件の背後で、崩壊してゆく家族の姿が描かれていきます。

小説の中で著者は、この事件の起こった時代をこう描いています。

「犯人グループが摂津屋へ脅迫状を送った三ヶ月後、被害総額二千億円の巨額詐欺事件を起こした豊田商事会長の永野一男が、マスコミの衆人監視の中、自宅マンションで自称右翼の二人組に刺殺された。その翌日『兜町の風雲児』こと中江滋樹が投資ジャーナル事件で逮捕される。第一次サラ金パニックの真っ只中で、拝金主義たちが時代を闊歩した。

そして『くら魔天狗』が犯行の終結宣言を出した八月十二日、五百二十四人を乗せた日航機123便が群馬県の御巣鷹山に墜落。その日を境に、人々の耳目は史上最悪の墜落事故に集まる。それから約一ヶ月後の『プラザ合意』により、日銀が公定歩合を引き下げ、日本は実体なきバブル経済へと突き進んでいく。」

登場する「摂津屋」「くら魔天狗」は、架空の名称ですが、巧みに歴史的事実を刷り込ませてあります。「グリコ森永事件」の時代がよく理解できます。

重苦しい物語ですが、ラスト、二人の男の別れのシーンが感動的です。なお、本作は映画化され、小栗旬、星野源という旬の役者が、この二人を演じるみたいです。