「人を騙して面白いですか」と部下に問われて、「滅茶苦茶面白いです」と上司である主人公の速水がウキウキ顔で断定する。映画「騙し絵の牙」は、本好きの人はもちろん、書店員必見!です。

出版社内で勃発したお家騒動。文芸大手出版社の社長が亡くなり、次期社長の座を争って、営業畑と文芸畑で権力闘争が起こります。営業畑の専務が担ぎ出したのが、社内でも変わり者の編集者の速水でした。速水は、専務の無理難題をこなしながら、文芸畑の専務を追いおとすように画策していきます。しかし、速水の本当の狙いは、専務の追い落としではありませんでした。魑魅魍魎跋扈する社内の人間関係を手玉に取りながら、とんでもない方へと会社を導いてゆくのです。そら、人を騙すのは面白いはずや!

現在の出版の状況をきちんと描いているので、業界内部のことが理解できます。でも、本好きの人に見て欲しいと思ったのは、そこではありません。

速水の部下の女性編集者高野は、速水と共に行動しながら社内の権力闘争に加担することなく、あるべき出版の姿を考えていたのです。

実は彼女の実家は町の本屋なのですが、ご多聞にもれず本が売れなくなり閉店を決意します。その本屋を、退社した彼女が引き継ぎ、なんと彼女が目をかけていた作家の新作を自ら出版して、自分のところで販売してゆくのです。

本屋が出版部門を持つ。これ、最近増えてきました。京都の誠光社、名古屋のオン・リーディング、盛岡のBOOKNARDなど、個性的な書店が活発に本を出しています。そして旧来の流通ルートにのせずに、信頼のおける本屋に卸しています。ミニプレス、一人出版社と共に新しい出版の流れの一つです。

映画はそういう新しい流れが、出版の、本屋の、未来を作るかもしれないという希望で幕を閉じます。そこを本屋通いの好きな方々に見て欲しいと思いました。

原作は塩田武士。以前ブログでも「罪の声」を紹介しました。映画もよく出来ていて、こちらについても書きました。「騙し絵の牙」の原作もぜひ読んでみたいです。なおプレスシートによると、作家は原作を書く段階で速水の役を、大泉洋と決めていたとのこと。どうりで、ドンピシャはまっていました。

 

 

「グリコ・森永事件」は、1984年3月にグリコ社長を誘拐、身代金を要求した事件を発端に、同社に対して脅迫や放火を起こした事件です。その後、森永やハウス食品など、大手食品企業を脅迫。現金の引き渡しには次々と指定場所を変更して捜査陣を撹乱し、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れませんでした。さらに同年、小売店に青酸入りの菓子を置き、全国に不安が広がりました。結局、犯人は逮捕されずに、事件は時効を迎えました。

この事件を元にしたのが、塩田武士「罪の声」(講談社文庫/古書300円)で、当ブログで8月に紹介しています。2016年の「週刊文春」ミステリーベスト10第1位、山田風太郎賞受賞、本屋大賞第3位と高い評価を得て、私も面白い!の一言に尽きると書いていました。

多くの人物が登場し、時代をまたがって進む長編小説だったので、2時間そこそこの映画では筋を追いかけているだけで、面白くないだろうと、映画の方は公開されても見向きもしませんでした。

ところが、見に行かれた方の「良かった!」という声もあり、脚本を担当した野木亜希子が切れ者だという噂も聞いて、ちょっと見てみようと思い立ちました。

いや〜パーフェクトな出来、私の中では今年の日本映画のベスト1でした。噂通りに野木の脚本が申し分ない出来で、多くの登場人物を見事に捌き、ストーリーを追いかけるだけの事件ものにしていないのです。

新聞記者の阿久津(小栗旬)と、家族の犯罪に悩む仕立て屋の曽根(星野源)が、事件の核心に迫って行く様を地道に描きながら、登場人物全ての人生の悲しみを語っていきます。主演二人の人気俳優以外は、割合地味な実力派の役者を揃え、リアルに徹しているところも巧みでした。

最初は阿久津の接近に距離を置いていた曽根が、徐々に関係を深めて行く辺りの描き方は、よくアメリカ映画のモチーフになっている、男二人もののロードムービーのような演出がされていて大いに楽しめました。

ミステリーだけに詳しくストーリーを語れないのですが、ラストを締める宇崎竜童、梶芽衣子の芝居で、あぁ〜、ここは泣くだろうなと思っていると、やはり劇場全体もそんな感じになっていましたね。

若いあなたがこの映画を見たら、よく出来た話ね、で終わるかもしれません。しかし、真面目に生きて、それなりに苦しいこと、悲しいことを経験して歳を重ねてきた方が見たら、宇崎や梶の顔に刻まれた皺のアップにも泣けてくるかもしれません。犯罪映画とはいえ、彼らの皺一本一本に染み込んだ悲しみが心にしみます。

でも、私が最も泣けたのは、きっとそんなラストシーンだろうと予測していた通りの展開で、エンディングに見せた小栗旬の笑顔でした。この笑顔に会いに、もう一度劇場に出かけようかな〜。

舞台の一つが京都なので、地元人には、あ〜!あんなところでロケしていたのか!と見つけるのも楽しい。オススメです。