昨年秋頃に出た「埴原一亟 古本小説集」(夏葉社2376円)は、読もう読もうと思っていたのですが、中々時間が無く、正月休みを利用して一気に読みました。

埴原一亟(1907−1979)は、古書マニアを除いて、今は殆ど知っている人の少ないと思います。明治40年山梨に生まれた埴原は、東京の中学卒業後、銀座松屋に就職します。5年間程ここで働いた経験が、初期作品には色濃く反映されています。

解説と作品の選書を担当された、「古書善行堂」店主の山本さんによると「資質として一亟は、私小説作家と見ていいだろう。また、働きながら、社会や組織に対して、またその中で働く人たちの、数々の問題のついても観察の目を向けていたことことも、一亟の小説から想像できる。それは、樺太での生活を描いても、古本屋の世界を描いても同様で、所謂私小説という枠からはみ出してゆくようなところがあるのも一亟の小説の個性になっていると思う。」

この作品集を一読して感じたのは、戦後に盛り上がったネオリアリズム映画、例えば「自転車泥棒」などに描かれた貧しさが色濃く出ていることです。

大陸から引き揚げてきた夫婦が、なんとか露天商の許可をもらおうと悪戦苦闘する「ある引揚者の生活」、百貨店の勤務していたものの、なんとなく辞めて生活に困り、古本屋を始めたところ、近寄ってきた親切そうな男に財産を巻き上げられる男とその妻を描いた「生活の出発」など、底辺の生活が漂ってきます。そのリアルな描写の中から、この時代を生きた男たち、女たちの真実が浮かび上がってくるところが、埴原の高い文学性ではないでしょうか。

私が、埴原を信頼できる作家だと思ったのは、「かまきりの歌」に出て来るこんな文章からです。

「敗戦後のある日、夕食の膳に向かって何気なくテレビを見ていた」

「終戦後」と言わず「敗戦後」と書いています。今では、メディアも、作家も平気で「終戦後」という言葉を使っていますが、いい加減な憶測で戦争を始めて多くの人間が死んだあの大戦は、未熟な国家の敗戦でしかありません。

ところで、先に引用した山本善行さんの解説は簡潔で、明確な埴原論です。私のブログはおいといて、先ずはこの本の解説をお読みいただき、読んでみたいなぁと思われたら、ぜひお買い求めください。

レティシア書房は、本日が今年最後の営業日となりました。今年も様々な面白い本に巡り会うことができました。

小説は、松家仁之「光の犬」(新潮社)、川上弘美「森へ行きましょう」(講談社)、柴崎友香「千の扉」(中央公論新社)などの新刊書が強い印象を与えてくれました。偶然かもしれませんが、三作とも、長い時間を生きた人達の人生が語られていて、時の流れをじっくりと描くという長編小説の醍醐味を味わうことができました。数年後、もう一度読んでみたら、どんなふうに感じるのか、ちょっと楽しみにしています。

久々に読んだ沢木耕太郎の「流星ひとつ」(新潮社/古書700円)は、ちょいと変化球ぎみのノンフィクションでした。演歌歌手、藤圭子の波瀾の生涯を、差し向かいでお酒を飲みながら語り尽くすという構成です。彼女の心の奥底にどんどん降りてゆく技術はさすがベテランの作家の力量です。一緒に「旅の窓」(幻冬舎700円)という写真エッセイを読みましたが、上手いなぁ〜と思いました。

数多くの京都本が今年も出ましたが、その中では、吉田篤弘の「京都で考えた」(ミシマ社1620円)はお薦めです。吉田の文体って、わからん理屈で迷路に引っぱりこまれたりして、読みにくいなぁと思うこともありますが、これはストンと腑に落ちました。吉田の文体と京都の露地がシンクロして、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

この本を出した京都のミシマ社は、相変わらずいい本を出しています。山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、「うしろめたさの人類学」(1836円)は中身の濃い傑作です。最新作の北野新太「等身の棋士」(1728円)は藤井聡太、羽生善治らの棋士を描くノンフィクションで、将棋のことを全くしらない私のような者でも面白く読めます。

来年、レティシア書房でミシマ社の展示会をするので、さらに充実したコーナー作りを計画中です。

ミシマ社と同じように小さな出版社ながら、書物への愛情一杯の本を出し続けている夏葉社からも、尾形亀之助著、松本竣介画による「美しい街」(1728円)や、「東京の編集者 山高登さんに話を聞く」(2484円)など、机の上に置いて、ずっと眺めているだけでも幸せになってくる本が出ました。特に最後に出た埴原一亟 「古本小説集」(2376円)は、よう出した!!と拍手です。殆どの人が知らない作家、埴原一亟の短編を集めたもので、古本を拾い、古本屋を始め、そして続けてゆくその姿を、様々な角度から描いていきます。帯にこうあります

「小売商人は何を犠牲にしても店を守らなければならない」

この言葉を肝に銘じて、来年も頑張ります。

ギャラリーでも新しい作家さん達との出会いが多くありました。一方、2回目3回目と個展を開いて下さる作家さんと親しくさせて頂き、実りの多い1年間でした。

得地直美さん(初)、福原真理子さん(初)、呑海龍哉さん(初)、高原啓吾さん(初)、中西敦浩さん、棚からうさもちさん、森野有子さん(初)、上仲厚志さん、冨田美穂さん(初)、もじゃハウス&小嶋雄之さん、大島尚子さん(初)、ARKさん、村上浩子さんと絵本教室の皆さん(初)、「震災で消えた小さな命展」の皆さん、土本照代さん、たがわゆきおさん、長元宏さん(初)、朝野ペコ&楠木雪野さん、白崎和雄さん、沢朱女さん、梶間千草さん、山中さおりさん、澤口弘子さん、越智信喜さん(初)、そして「贈り物展」の作家の皆さん、本当にステキな展覧会をありがとうございました。

そして、雨にも風にも負けずご来店頂きましたお客様に心よりお礼申し上げます。来る年も、いい本と巡り会えることができますように。(店長&女房)

★新年は1月5日(金)より営業いたします。最初のギャラリー展示は、いま人気の絵本作家町田尚子さんの絵本「ネコヅメのよる」原画展です。著者の”ご当地サイン”入の絵本や、手ぬぐい、町田尚子キャットカレンダーなども同時に販売いたします。おたのしみに!

 

 

 

 

木版作家山高登さんの、新潮社文芸編集者時代の聴き語りをまとめたのが「東京の編集者」(夏葉社2484円)です。

先ず、登場するのが、昭和30年代の街の姿や、人々の表情を捉えた、約30点の写真です。昭和の風景を、暖かい色合いで版画にしていた山高登さんは、その版画制作のために、東京の街を撮影していました。これが、いいんすね。浅草の賑わい、ハイソな丸の内の風景、建設中の東京タワー、まるでドヤ街のような渋谷等々、街の空気感、通り過ぎる風の匂いが漂ってきます。本文を読む前に、何度も見直しました。

この本を出した夏葉社の島田さんが、2016年夏に山高さんの自宅を訪ね、聞き書きした話は、生まれた頃に始まり、新潮社の編集者時代へ。村岡花子の「赤毛のアン」を新潮文庫で出版したのは彼の企画でした。そして、彼が担当した多くの文士が登場します。気難しくて誰も担当したがらなかった内田百閒を昭和35年から担当し、百閒が亡くなるまでお付き合いが続きました。最後に担当した「日没閉門」は百閒の葬儀の日に完成、本をお棺に納めて、すぐに出棺したエピソードと、その時の写真も収録されています。

様々な文士達との交流が、懐かしく描写されています。静かに時間の流れる部屋で、山高さんと島田さんがゆっくりと、文学や美術への深い愛情を込めて話をされている様が見えてきそうです。文学を愛する出版社代表にとっても、小説を読むことを愛する私たちにとっても、至福の時間です。本の中程に、山高さんが担当された本が数ページにわたって載っています。地味ながら、作者への愛情のこもったものばかりです。

山高さんは、一時、書票の制作をされていました。制作した書票は300種類程とか。その中の何点かを見ることができます。文明開化に湧く時代が色鮮やかに甦るモチーフです。

読んだら終わり、という本ではなく、側において、触れ、ページを眺めることで、さらに本への愛着が深まる一冊だと思います。

 

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店の児童文学の棚の上に一枚の絵が飾ってあります。これ、阪急水無瀬駅近くの長谷川書店さんで得地直美さんの個展があった時に、購入した作品です。冬の街角をシンプルに描いた作品です。

得地直美さんは、富山県出身、京都精華大学卒業のイラストレーターです。書物への愛情の溢れた本作りでファンの多い「夏葉社』から出版されている「本屋会議」、「本屋図鑑」の装幀、イラストでご存知の方も多いはずです。

彼女の新作が夏葉社から出ました。モノクロ町画集「神保町」(1836円)です。本好きの聖地とも言える神保町の街角や、本屋さんを描いた作品集です。

上京して、印刷会社で働き始めた彼女は、印刷物を届けるために毎日、神保町へ歩いていきました。そして、その時間がとても好きになっていきます。

「ときどき垣間見える古本屋街の風景、そこに集まるいろんな人たち。私には何もかもが目新しく、神保町に行くと心躍った。」

と書かれています。古い佇まいの本屋さん、馴染み客が並ぶ食堂、店の前の均一箱で本を探す人、喫茶店で手に入れた本を読む人、等々、本と共に時間が流れるこの街の楽しさに満ちあふれた画集です。ヒョイと本の中に入って、本屋さん巡りが出来るような気になってきます。

えっ?と驚いたのは「室生犀星作品集全12冊 1000円」というプライスカードの付いた全集を描いた作品です。凄いな、1000円なんて!!

◉得地直美さんの個展を、年が明けてすぐ、2017年1月5日(木)〜15日(日)の期間、当店で開催します。ぜひ、お越し下さい。

 

★他店のイベントお知らせ

銀閣寺「古書善行堂」にて。11月13日(日)「古本屋ツアー・イン・ジャパン」の小山力也さんが来店されます(12時〜17時)。古本を巡るお話が出来そうです。何やら、特典も有りそう。詳しくは善行堂075−771−0061まで

浄土寺「ホホホ座」で開催中の「PANKICHI個展『本屋と女の共犯関係』」展には、PANKICHIさんが書いた本屋さんのイラストと物語が一緒になった作品展です。その本屋の中に当店も入れて頂きました。13日(日)まで開催です。

13日の日曜は、善行堂→ホホホ座→レティシア書房という本屋巡りで決まり(!?)ですね。

「獅子奮迅」というべきか、「奮闘努力」と言うべきか。この人には、とにかく頭が下がります。

前川恒雄さん。彼の著書のタイトルは「移動図書館 ひまわり号」(夏葉社2160円)です。

昭和39年。東海道新幹線が開通し、東京オリンピックに浮かれていた頃、彼は、東京の多摩地域にある日野市に、図書館設立のための委員会のメンバーとして赴任します。当時の図書館を取り巻く環境は劣悪で、閲覧室の受験生の自習室化、在庫の悪さ等惨憺たるものでした。市民のための図書館を求める著者は、図書館設立のための大きな敵とのバトルを始めます。大きな敵とは、即ち役所です。無気力で、後ろ向きな”お役所仕事”と、新しい事をやろうとする人間の足を引っ張る職員の壁を切り崩して、新しい図書館を立ち上げた著者の日々を、私たちは追体験していきます。

おんぼろバスを買取り、移動図書館として再生させて、各地を回ってゆくところからスタートします。(当時のひまわり号の写真の付いています)そのひたむきな努力。やがて、著者の周りに、やはり本を愛するスタッフが集まり、市内を巡回していきます。少しずつ増える読者。しかし、そんな活動を冷ややかに見つめる職員や、地元政治家。例えば、「みんなをあんまり賢くしてもらうと困るんだよな」と冗談めかして言う市会議員。

「人々が賢くなり知識を持つことを恐れる者たちが、図書館づくりを陰から妨害する。自分の貧しい精神の枠内で人々を指導しようとする者たちが、図書館の発展を喜ばず、人々を図書館から遠ざける。」と著者は憤慨します。

市民に寄り添った図書館という熱意が、ここまで人を動かし、役所の考えを改めさせるのか。同じ、本を扱う人間として、感動しました。

しかし、著者はどこまでも冷静です。波瀾万丈の物語にするのではなく、新聞のルポルタージュ的に、事実を積み重ねていきます。だからこそ、心の奥に燃え続ける本への愛情が伝わってきます。

昨年、安倍政権下、高市早苗総務相は、図書館等への指定管理者制度導入推進となる地方交付税算定方法の変更などを提議しました。地方交付税は政府の方針に従うかどうかは関係なく、地方財政安定のためにある制度であるのに、それで図書館などの民間委託を進めようとしているとか。「復刊に際して」という後書きで著者は、利益追求型の図書館が増え、市民に寄り添った図書館が消えてゆくことを危惧されています。

実は、この本、1988年「移動図書館ひまわり号」として筑摩書房から刊行されました。それを、夏葉社が今回復刻させましたが、名著と呼ぶに相応しい一冊です。夏葉社さんに拍手ですね。

★夏の一箱古本市のお知らせ 8月9日(火)〜8月20日(土)20数店が店内に出店します!

 

左京区にあったユニークな本屋「ガケ書房」を立ち上げた山下賢二さんが、本の帯にあるように「京都、本屋さん、青春」を綴った自伝「ガケ書房の頃」(夏葉社1944円)が入荷しました。

山下さんの第一印象は、礼儀正しい人だなぁ〜でした。そして、物静かな雰囲気の人物です。この本には彼の家出に始まり、東京で仕事を見つけて一人暮らし、波瀾万丈の青春時代が前半に語られています。

住み込みガードマン、エロ本出版社、印刷工、教材の営業職、古本屋、新刊書店のアルバイトと、人様にはあんまり言えないような経験も含めて、若き日の姿が描かれています。

そして、東京での日々を終えて、京都に戻り、ガケ書房を立ち上げるまでの悪戦苦闘が始まりました。私も二度程、新刊書店を立ち上げたので、その苦労はよくわかります。ただ、彼の場合、資金を捻出し、店を軌道に乗せるために、その資金を運営するという難しい作業が控えていました。私はサラリーマンで、会社の業務命令でしたのでそんな心配などなく気楽なものでした。

「ガケ書房」オープンの頃、この本にも登場する本の取次ぎ「大阪屋」の営業マンと一緒に、視察に行ったことがあります。ど派手な外観とは裏腹に、どこの本屋にもある雑誌が並んでいて、違和感が気になりました。その事を彼は本にも書いていました。そうか、中々売り上げが上がらなかったので、フツ〜の雑誌も置いて経営を安定さえようとされてたのか。あの手、この手と試行錯誤しながら、自分の店を作り上げてゆく様は、これから独立を考えている人には必読です。

やがて「ガケ書房」は、世間に広く知られることになり、同じ左京区にあった「恵文社一乗寺店」と同じく、左京区カルチャーシーンの中心になっていきました。しかし、時代も、彼自身も変わっていきます。店を閉める決断に至る過程は、様々な彼の思いが吹き出していて、よくここまで書かれたものだと思いました。

そして、「ホホホ座」開店へ。逡巡、後悔、怒り、自己批判等々、それらを一旦脇に置いて、新たな挑戦を始めたところで本は終わります。その最後に書かれた言葉に、私も同じ思いです。それは、こうです

「僕は本屋は勝者のための空間ではなく、敗者のための空間なんかじゃないかと思っている。誰でも敗者になったときは、町の本屋へ駆け込んだらいい。」

うちでも何度か「ここで本を触って、読んでいたら気分転換できたよ」と言われたことがあります。しんどい時の駆け込み寺みたいな町の本屋であり続けたいものです。

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毎回、本好きにはたまらない、いい本を出す夏葉社から田口史人の「レコードと暮らし」(2376円)が出ました。なんだ、アナログマニアの音楽談義かと敬遠された方、ちょっと待った!!です。

これ、重箱の隅をつつくような音楽マニアの本ではありません。音楽なんて、全く登場しないのです。なのに、レコード本?? これは「音楽を売るために作られたのではないレコード」の歴史を振り返る珍しい本です。

この種のレコードをジャンル分けすると

「宣伝用に配布された」、「学校の卒業記念」、「政治、宗教団体のプロパガンダ」といったところででしょうか。聞いて欲しい目的があり、それがなくなると、廃棄される運命にあります。そして、その代表的なツールが、ぺらぺらのソノシートです。

1959年発行の「朝日ソノラマ」は、一ヶ月分のニュースを記事とソノシート数枚にまとめた雑誌で、「音の出る雑誌」として大人気になりました。そして付録として、より多くの雑誌で配布されていき、やがて少年少女雑誌の付録として定着します。70年7月の「小学6年生」の付録ソノシートは、当時開催されていた「大阪万博」の開会式のダイジェストと各パビリオンの紹介が収録されていて、子ども達はこれを聞いて、万博に行こう!と親に詰め寄ったらしいです。

もちろん、企業も販促ツールとして活用します。野村証券はノベルティ用として製作、「結婚式の祝辞のコツ」とか、実用的な話が収録されています。信用金庫組合が「信ちゃんは人気者」なんてテーマ曲の入ったソノシートを、全国に撒いていたこともあったとか。家の中を探したら一枚くらい出てくるかもしれませんね。

ちょっとマニア心をくすぐるのが、高級クラブ「ラモール」が、69年にクリスマスパーティーの案内状に製作したものです。柳原良平の作画というのも贅沢ですが、描かれている「ラモール」の看板部分に蛍光塗料が塗ってあり、暗闇で光るという仕掛けです。

というように、この本は、ソノシートが家庭に溢れ、それをレコードプレイヤーにのせて、様々な情報を入手していた一時代のことを、多くの写真を掲載しながら検証していきます。

しかし、よくもまぁ、こんなに出していたもんですね。私には覚えがありませんが、四角い紙に薄いシートの貼ってあるCDサイズのレコードをフォノカードと呼び、これをレコードプレイヤーで聞くということもあったみたいです。パッケージはどれもオシャレです。恐らく、こんなレアものを収集している人は沢山いらっしゃるのでしょう。

とにかく、楽しめる一冊です。

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

★11月13日(金)19時30分

世田谷ピンポンズ ライブ 要予約


昨日、黒田三郎の詩集「小さなユリと」の素晴らしさを書きすぎて、紙面オーバーしたために紹介できなかったもう一つの夏葉社新刊、橋口幸子「いちべついらい」をご紹介します。

サブタイトルに「田村和子さんのこと」(1836円)と付いている通り、詩人の田村隆一の奥さんだった和子さんのことを綴った本です。和子さんは、彫刻家、高田博厚の娘で、田村の4人目の妻になります。(蛇足ながら、3人目は童話作家の岸田衿子)

著者は、雑誌の校正者として幅広く活動していました。1980年、彼女と夫は、和子さんの住む鎌倉の稲村ヶ崎の家に間借りすることになりました。家賃3万5千円で、彼女との共同生活が始まります。

「和子さんは女性よりも断然男性が好きだった。しかも、文学や芸術の話のできる相手が」

という女性だったので、詩人の鮎川信夫さんや、小説家の阿部昭さんが遊びに来た時には、大声で話をしていました。

そんな彼女の元に、詩人の北村太郎が「引っ越して」きます。え、旦那がいるのに、他の男性が引越?

「北村さんはまだ和子さんを愛していた。それまで和子さんといっしょに住んでいた逗子に、ひとりではとても暮らせなかった」

そして、その数ヶ月後、田村隆一が戻ってくる。え、旦那は居なかったの??

常識はずれといわれるかもしれませんが、何事もなかったように生活は続いていきます。和子さんを間近に見ていた著者の困惑と、それ以上の愛情が、とても面白く、どこかに少し狂気をはらんだ日々を描いていきます。案の定、和子さんは、ある日自ら、精神科に入院。さらに、著者までもが心のバランスを崩してしまい、和子さんと深い溝を作ってしまいます。

とても、辛い展開なのですが、とても静かな気持ちで読めるのです。何故なんだろう。

著者は、同じ夏葉社から出版された「冬の本」で、「みどり色の本」というタイトルで、大学時代に本をくれた友人のことをこう書いています

「わたしが鎌倉に来て七年後、本をくれたこの友人は二十九歳で自ら死んで逝った。その日以来、わたしのこころのなかに彼が棲みついた。」

「いちべついらい」に登場する田村隆一、北村太郎そして和子さんもこの世を去り、そして、彼女の心に棲みつきました。

「和子さんが去ってから、もう二年の年月が過ぎ去った。あのあっけんからんとした笑い声が懐かしく感じられる」

著者は、死んで逝った彼等の悲しかった日々を、ゆっくりと抱きしめながら、彼等を愛していた事を確認するように書いています。じわりじわりと心に響いてくるのは、そのせいかもしれません。

和子さんのお墓の前に広がる相模湾の海の点描で、この本は終わります。人の生と死の切なさに満ちたラストです。

夏葉社の本はすべて在庫しています。他の本も是非どうぞ。

いつも、愛情溢れる本を出版する夏葉社から、とても素敵な本が二冊、同時に刊行されました。

一冊は黒田三郎の詩集「小さなユリと」(1728円)です。大正8年生れの詩人で、昭和30年に発表した「ひとりの女に」で注目されます。簡易な言葉で、日常生活のちょっとした瞬間を描く詩人で、今回完全復刻された「小さなユリと」は、自分の長女ユリとの日々を綴った詩集です。表紙のユリちゃんの自画像は、ご本人が書かれたものです。

詩集を読んで泣けてくるなんてめったに経験しませんが、これ程愛しい詩集はありません。

「コンロから御飯をおろす 卵を割ってかきまぜる 合間にウィスキーをひと口飲む 折紙で赤い鶴を折る ネギを切る 一畳に足りない台所につっ立ったままで 夕方の三十分」

で始まる「夕方の三十分」。妻が入院中で、家事を引き受け、横で口を出してくるユリの相手をしながら、夕飯の準備に忙しい詩人。あまりに口を出してくるユリに閉口しがちです。しかし、詩の最後はこんな言葉で締め括られています。

「それから やがて しずかな美しい時間が やってくる 親爺は素直にやさしくなる 小さなユリも素直にやさしくなる 食卓に向い合ってふたり座る」

美味しそうな御飯の匂いに微笑みを浮かべながら、だまって箸をすすめる親子のシルエットが浮かんできます。一つ一つの言葉が、ゆっくりと心の奥に染み込んでくる。もう何もいらない幸福感を味わう一瞬。

病院にいる妻を、ユリと一緒に見舞いにいった帰りの情景を詠んだ「九月の風」の後半はこうです

「夕暮の芝生の道を 小さなユリの手をひいて ふりかえりながら 僕は帰る 妻はもう白い巨大な建物の五階の窓の小さな顔だ 九月の風が僕と小さなユリの背中にふく 悔恨のようなものが僕の心をくじく 人家にははや電灯がともり 魚を焼く匂いや揚物の匂いが路地に流れる 小さな小さなユリに 僕は大きな声で話しかける 新宿で御飯たべて帰ろうね ユリ」

美辞麗句や、深淵な言葉がなくても、詩は、人の魂を揺すぶるものなのです。さわやかな九月の風の心地よさを感じながらおいしいもの食べようね、とニッコリして詩人を見つめるユリの顔が浮かんできます。

私の最も好きな詩は「洗濯」です。みじめで、ろくでなしの詩人の自分をあざ笑いながら、

「小さなユリのシュミーズを洗い パンツを洗い 誰もいないアパートの洗い場で見えない敵にひとりいどむ。 水は激しく音をたれて流れ 木の葉は梢で かすかに風にうなずく」

こんなに美しい言葉のぎっしりと詰まった本を売れるなんて、本屋冥利につきると思います。よくぞ、完全復刻しましたね、夏葉社さん!

ところで、もう一冊のご紹介は、紙面が尽きたので明日にします。

 

 

私小説は全くといっていいほど読んでこなかったんですが、古書店をやるんだし、始める前に一応読んでおこうと、葛西善藏やら、尾崎 一雄やら、上林暁、小沼丹やらの小説に挑戦しました。しかし、その「貧乏くささ」と起伏のない物語に辟易してしまい、どれも途中で放り出しました。リアリズムを追求するのが私小説なので、ロマン主義的な大きな物語のうねりを期待する方が間違っているのはわかっているのですが….。

さて、講談社文芸文庫で出版されている上林暁の「白い館船」(950円)が入荷してきました。そうしたら、本の方から、もう一回読んでみたらどう?みたいな信号を送ってきた気がして、再度挑戦しました。途中挫折することもなく、面白く読み切りました。「つまらない」という印象から数年しかたっていませんが、人間って成長するというか、老いるというか、心持ちって変化するんですね。

読売文学賞「白い館船」、川端賞「ブロンズの首」等のよく知られた作品よりも、上林のご両親のこと、友、そして故郷の風景を綴った短篇に強く魅かれました。

「だが私は、父イタロウと同じ脳溢血で苦しんでいる。これは父から受け継いだといえるかもしれない」

で終わる「父イタロウ」の簡潔な文章の味というものが、少しは理解できたようです。最初に読んだ時、おそらく小説=物語に拘ったために、削いで削いで美しく仕上げた文章を読む楽しさに、気づかなかったのかもしれません。

脳溢血、右半身、下半身不随、言語障害、さらには精神を病んだ妻との死別と、苦難の人生でしたが、文庫の解説通り「不業不屈の執念」で、ひたすら文学の道を歩んだ作家の魂に触れる短編集でした。

夏葉社から出ている「星を撒いた街」((2376円)の最後に収録されている「星を撒いた街」の冷え冷えとした風景の世界にもう一度入るのも悪くないものです。

夏葉社からは、もう一点「故郷の本箱」(2376円)という題名の随筆集が出版されています。銀閣寺の古書店「善行堂」店主山本さんが、解説を書いておられます。彼は上林の大ファンで、若き日、彼の文章を、うれしい時、悲しい時、苦しい時に何度も読み返して、その時々に自分自身を見つめる読書になったとのこと。けだし、幸せな読書とはこういう事なのでしょう。

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