「私はこれまで、他人のためにはもとより、自分自身のためにさえ、奮発したという覚えがいちどもありません。何もそれを自慢にしているわけではないのですが。」

と、下向きな文章を書いているのは、「落穂拾ひ」「小さな町」などの短編小説で多くのファンを持っている小山清です。1911年東京浅草生まれ、太宰治に師事し小説家の道を目指しました。58年に脳血栓で倒れ、65年死去。

先月夏葉社より、小山が1950年代に、様々な雑誌等に掲載したエッセイをまとめた「風のたより」(夏葉社/新刊1760円)が出版されました。「清純な作家が残した、つつましやかな11編の随筆」と、帯に書かれている通りの随筆集です。身の回りのあれこれを文章にしたものばかりで特にどうといった感じではないのですが、読んでいると、何やら穏やかな気分になってくるのです。

「動物園にて」というエッセイで、狐の獣舎に立つ青年をこう描写しています。

「その青年はビスケットを入れた大きな袋を携帯していて、動物たちの小屋を一つ一つ見舞っていた。その青年は狐の小屋の前にも立った。狐は青年の掌からビスケットをもらって食べた。青年には狐の臭さに辟易している様子はさらに見えなかった。

私はなんて優しい人だろうと思った。この青年はきっと素直な、正直な心の持主に違いない。」

他人を見つめる優しい眼差し。

また「私について」の章では、

「私には生活信条のようなものは、なんにもない。ややはっきりしているものは、好き嫌いであるが、これだって必ずしも頑固に主張しようとは思わない。人と気まずくなるよりは、妥協したい方である。私の二、三の小説だって、自分の好き嫌いをはっきりさせるというよりは、ただ『自分の好き』をだらしなく氾濫させたものでしかないだろう。」と書いています。

欲がないというべきか。ほんとうに慎ましいと言うほかないと思います。しかし一方で、「私が勤先の金を盗んで刑務所にはいったのは、いまから二十余年も昔のことになります。」と「その頃のこと」の冒頭にありました。荒れた刑務所生活のことを書いているかと思えば、愛着の湧いた看守さんに呼称番号を呼ばれた思い出を書いているのです。

高橋和枝の装画がとても暖かく、相変わらず素敵な装丁の美しい本です。

おそらく現代では出てこない小説家ですね。なお当店には、昭和28年に発行された「落穂拾ひ」(筑摩書房・初版/古書6000円)があります。

 

 

島田潤一郎さんは、ご存知のようにひとり出版社「夏葉社」の代表です。上質の本をコンスタントに発行されています。近著「古くてあたらしい仕事」(新潮社/新刊1980円)は、多くの人に読んで欲しい一冊で、生きる事、仕事をすることの本質が、ぎっしりと詰まっています。

大学卒業後就職した仕事に馴染めず、様々の会社を渡り歩き、自分の人生の方向を決められない日々が続きます。その時彼を支えたのは、当時ロッテ球団の監督だったバレンタインの、こんな言葉でした。

「人生でもっとも大切なのは、人から必要とされる事だ」

島田さんは、仕事とはそういうものだと思いつつづけてきました。誰かを支えたい。「仕事のスタートとは、そういう純粋なものである」というのが彼の哲学になっていきました。

「一冊の本が人生を救うというようなことはないのかもしれない。でも、僕にはきっと、なにかできることがある。僕にしかできないことがある。」

そんな思いを胸に秘めながら、出版社「夏葉社」を立ち上げ、自ら編集し、自社のことを理解してくれる全国の本屋さんを営業するという、仕事がスタートしていきます。彼の起こした出版社の優れたところは、彼自身の言葉で言えば、

「いまを生きる作家の本は、既存のたくさんの出版社がつくっている。それならば、ぼくはかつて出版され、絶版になっている本を、もう一度自分の手で出してみたかった。 数十年前の作家と編集者が魂を削ってつくった本に、もう一度あらたな息吹を吹き込んでみたかった。魂のリサイクル。」

読者の顔を思い浮かべ、それを置いてくれる書店員のことを考えて作る本、著者はそれを「親密で、私信のような本。仕事もまた同じ。一対一でしか伝えられないことがある。」と表現しています。合理性、効率で考えるのではない仕事。「今日、誰のために、なにをするのか。 仕事の出発点は、いつもそこだ。」という考えが、くり返し、本書には登場します。

本書で、一箇所だけ当店の名前が登場します(P138)。「大量生産、大量消費以前のやり方を現代に蘇らせることによって、自分の仕事の場所を保持しているように見える」書店の一つとして、名前を挙げていただきました。

「それはいってみれば、大きな声でなく、小さな声を尊重する店のあり方だ、『みんながそういっている』というのではなく、『あのひとはこういっている』という本の並べ方」と。よくぞ、言ってくれました!島田さん。ありがとうございました。

彼が編集した「ガケ書房の頃」の中に、著者の山下賢二さんが、こんなことを書いています。

「本屋は勝者のための空間ではなく、敗者のための空間なんじゃないかと思っている。誰でも敗者になった時には、町の本屋へ駆け込んだらいい」と。

そして、しんどい時、憂鬱な時、本屋が支えになるのは、「強い者の味方ではなく、弱者の側に立って、ぼくの心を励まし、こんな生き方もあるよ、と粘り強く教えてくれたからだ。」という島田さんの言葉を、私もその通りだと思いますし、当店もそういう本屋でありたいと仕事をしています。

この本は大手出版社の新潮社から出ていますので、大きい書店にはあると思います。当店でなくても、お近くの書店で見つけて、ぜひお読みください。

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壁掛けタイプ1000円 机上タイプ800円です。売上は、全てARKにお渡しいたします。当施設に保護されている動物たちのために使われます。

 

夏葉社の新刊「サンライト」(2160円)は、永井宏の初のアンソロジーです。彼の著作はほぼ全て読んでいます。この人の言葉は、人を一歩前に押し出して、さぁ、楽しもうよ!という気持ちにしてくれます。後書きで、、やはり彼に後押しされて出版社「アノニマスタジオ」を立ち上げた丹治史彦が、永井宏のことをこう表現しています。

「一番最初に先ず『励ます人』という言葉が思い浮かぶ。『背中を押す人』『けしかける人』『種をまく人』、言い方はいろいろあるが、永井さんはとにかく人に何かをすることを勧めるのが上手だった。」

私が初めて読んだのは、大きな書店を任されて、にっちもさっちもならない時だったと記憶しています。「がんばれ」とか「諦めるな」とかそんな野暮なことを言わず、気持ちよく仕事をして、毎日を暮らすコツを教えてくれました。

永井宏は1951年東京に生まれました。美術作家として様々なジャンルの作品を発表しながら、80年代には「ブルータス」の編集にも携わります。しかし、99年、都心を離れ神奈川の海辺の町に引っ越し、生活に根ざしたアートを推進する「サンライト・ギャラリー」を運営しつつ、著作を発表していきます。

アノニマスタジオが活動し始めた頃に創刊された「クウネル」、「天然生活」に関係していたライター、編集者にも永井さんと交流があった人がいました。「くらし系」に出版物発行に、影響が少なからずあったみたいです。

「その夏は、トマトの初々しい緑との対話の日々が続いた。そしてそれは、だんだんと自分が望むようになってきた。光と水と土を見つめながら暮らすような、ささやかな生活の始まりでもあったような気がする。」

多くを求めず、日々の暮らしに価値を見つけるライフスタイルは、たくさんの支持者を生んでいきました。トレンドを素早く自分のものにする器用さではなく、今、ここで生きている意味を見つめ続ける愚直さを、軽やかに提唱した人だったと思います。

「気持ちが良いにしても悪いにしても太陽の光はいつもあるのだから、それを毎日どう受け止める生き方をしているかということが基本なのだ。」

そんな思いを持ちながら、ワークショップやらポエトリーディングを開催、多くの若者を背中を押し続け、2011年59歳の若さで天国へと旅立っていきました。惜しい、本当に惜しい人でした…….。今こそ、再評価される人物です。

先ずは、この散文集をお読みになって、いいなぁ〜、この人と思われたらぜひ彼の著作をお読みください。

特典!ただいま「夏葉社」の本をお買い上げの方には、この出版社の歴史がわかる素敵な小冊子「10年34冊」をプレゼント中です。

誠光社店主、堀部篤史さんの「90年代のこと」(夏葉社/1728円)が出ました。サブタイトルに「僕の修行時代」と書かれています。

「昔は良かったなどと言うつもりはないが、もうこれ以上いらないと強く思う。」これ以上リッチなもの、便利なもの、美味しいものはいらない。「せめて本当に必要なものを取捨選択できるぐらいは覚めていたい。そのためにはかつてわれわれに何がなく、代わりに何があったかを思い出す必要がある。」というのが、この本の出発点です。

1994年、高校生だった彼の愛読書は「ガロ」でした。仲間たちは、「週間少年ジャンプ」などの週間漫画雑誌に夢中でしたが、彼は「人と違うものを選ぶことで、かれらとははっきりと違う自分の立ち位置を確保しようと必死だった。」のです。そして、「ガロ」を始め、オルタナティブなアイテムを探しもとめ、あちらの本屋、こちらの本屋とかけずり回ります。辿り着いたのが「三月書房」。そこで「ガロ」を起点に、知らない作家や未知の作品へと触手を広げていきます。本だけでなく、音楽、映画、アートの世界へと無限に広がってゆく世界を見つけるのです。

「過去に触れてきたものがある時点でつながり、違った見え方をする。無関係だったもの同士がジャンルを越えてつながる。音楽を聴き、映画を観続けていると必ずそんな瞬間が訪れる。」

膨大な量のレコードを聴き、古本を買いあさり、映画館に足しげく通うことで、自らの思想を作り上げてゆく。インターネットなど皆無だった頃、すべての評価が検索一発で瞬時に目前に並ぶ時代ではありません。駄作、見込み外れ、失敗作を浴びることで自分なりの批評精神が磨かれてゆく。B級、C級の映画を見続けて、私も私なりの修行時代を通過したように思います。

誠光社には、よく行きます。堀部さんとは、本よりも音楽の話で盛り上がる事が多いです。本著にもアメリカのロックバンド、ソニックユースとダイナソーJrに夢中だったことが書かれていますが、80年代これらのバンドが出てきた時、私自身、パンク少年、ニューウェーブ少女たちの溜まり場みたいな、京都でも過激で、新しい音楽を扱っていたレコード店の店長をしていました。部下たちは、彼らの音楽を絶賛していましたが、しかしながら、私はダメでした。はきそうになるぐらい聴き続け、バックグラウンドや、音楽状況の情報を探しだしましたが、どうしても受け入れることは無理でした。そして、新しい音楽には新しい店長を、とバトンタッチしました。

この時に、流行の音楽、映像、文学、アートを無視して、自分で選んだものを観て、読んで、聴いたことは大きな経験でした。インターネットなんてまだまだ先の話、という時代、自分なりのアメリカンカルチャーの文脈を組立てる作業は楽しかった堀部さんも書いています。「検索型の世界は時に文脈を崩壊させる。背景のない検索結果がでたらめな組み合わせを産み、意味は剥奪され、表層だけがコピーされ続けてゆく」

最終章「1996年、本屋は僕の学校だった」で、元の職場である恵文社に、POSシステムが導入された時のことに触れています。「出版社、取次、書店の三者が無駄を減らし利益をあげられるシステムだというが、そこには『読者』のことは勘定に入っていない。効率の代わりに犠牲となるのは多様性だ。読者の傾向や層を数値化しすることによって、最大公約数を求める店舗を平均化していくことが目に見えるようだった。」

私も同じようなことを十数年前に、取次ぎのエライさんや、経営陣に向かって発言したことがあります。その場の嘲笑的な雰囲気が今も忘れられません。でも、この本を読んで、あの時の考えは間違いではなかったんだ、と力づけられました。

堀部さんが、90年代に、観て、聴いて、読んだ膨大な量の情報の一部を再生しながら、あの時代の雰囲気を見つめ、今の時代に欠けているものを明らかにしてゆく作業をまとめた本であり、その思想が、誠光社の書架に生きていることがわかります。そして私にとっては、過去のある時代の情景が目前に現れてきた刺激的な本でもありました。

 

 

 

 

本に関わっている様々な人たちが、自分の仕事への思いを綴った「本を贈る」(三輪社/新刊1944円)は、本への愛に溢れた素敵な書物です。編集者、装丁家、校正者、印刷、製本、取次、出版営業、そして書店員たちが登場します。

トップバッターで登場するのは、島田潤一郎さん。隅々まで神経の行き届いた本をリリースする夏葉社を主宰されています。島田さんは、出版する姿勢をこう語っています。

「ぼくが本をとおして伝えたいのは、メッセージでもなく、主張でもなく、婉曲的ななにかでもない。ぼくは、なにかの全体をだれかにまるごと伝えたい。大げさにいえば、人生の全体。物語の、感情の、思いの全部。そのひとの全部。そういう全部を伝えるのには、本がいちばんいいと思っている。」

この島田さんの思いの一端を担うつもりで、当店では夏葉社のすべてのラインナップを揃えています。

二番目に登場するのは、京都在住の装丁家矢萩多聞さん。型破りな生き方を通して、本当に大切な暮らしと仕事を見つめた「偶然の装丁家」(晶文社/古書850円)を、是非お読みください。装丁家として仕事をされる一方で、インドのタバブックスの本の仕入れ、業務もこなされています。手仕事で作られたタバブックスの本は、どれも魂がこもっています。彼は常々「人間はいったいなんのために本をつくりつづけるのか。」という問いを持っていました。

「ちいさくても、ゆっくりでいい。他人の本をデザインして終わりではなく、自分で本をつくり、届けるところまでやってみたい。それをやらないと、気持ちもバランスもとれなくなって、このまま慌ただしい流れのなかにうずもれてしまうんじゃないか」

その思いから、自分たちで本を作り、販売していきます。小さく、小さく売ってゆく…..。手間をかけて、その本が必要としている人の元に届ける。それは収入は少なくとも好きなことを細々と続け、慎ましく幸せに暮らす「小さな暮らし」へと結びつきます。経済成長なんて言葉に踊らされずに、小商いに生きる人達が増えているのは、正しいことですね。

ミニプレス「ヨレヨレ」(当店のロングセラーでした/絶版)を作っていた鹿子裕文さんが、「ヨレヨレ」に登場する「宅老所よりあい」という施設の顛末記「へろへろ」(ナナロク社/新刊1620円)を書いた時の、校正を担当した牟田都子さんが登場します。

本の校正って、赤鉛筆で間違いを直す仕事というイメージがありますが、彼女の話から、中々奥の深い仕事であることを納得しました。送られてきた原稿にペンを入れることで、著者とのコミュニケーションをはかっているのです。過剰なペン入れは著者の表現を逸脱するのではという不安が常に頭をよぎる作業です。言葉の一つ一つに対する徹底的な調査には脱帽です。

「贈るように本をつくり、本を届ける10人のエッセイ」というのは、帯の言葉ですが、そんな人達の努力と手間が、書店に置かれたとき、この本は何か違うとキラリと光るものを生み出しているのでしょう。

 

 

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。

 

10/27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)


 

 

 

 

夏葉社の新刊「庄野潤三の本 山の上の家」(2376円)は、1961年に完成した、東京生田の山の上に建つ、庄野家の写真から始まります。当時はまだまだ、人家の少なかった場所にあり、庄野は約50年間、ここで小説を書き続けました。

2009年に逝去した後は、庄野の妻が一人で暮らしました。家族たちは、作家の部屋も、机の上も書架もそのままのかたちで保存していました。2017年、作家を支え続けた妻が亡くなりました。誰もいなくなった家にカメラが入り、端正な佇まいと清潔感あふれる家の中の表情を、写真家の白石和弘が撮影しました。

子供たちが過ごした部屋、風通しの良さそうな作家の仕事部屋、そして本棚。井伏鱒二、佐藤春夫らの本が並んでいます。須賀敦子が庄野の「夕べの雲」のイタリア語に翻訳した版もあります。決して贅沢にお金をつぎこんだという風ではなく、慎ましい、でも住み心地の良い住居、気持ちのよい家の香りのする写真です。

これらの素敵な写真に続いて、佐伯一麦の特別寄稿文、庄野の随筆、家族が語る父親の姿、単行本未収録作品「青葉の笛」、庄野全著作案内と、この作家を丸ごと紹介してゆく魅力的な内容です。

書評家の岡崎武志はこの本の中で、庄野と親交のあった作家藤沢 桓夫が、「自分の家の畳の上にやっと横になれたような、ふるさとの草っ原に仰向けにねて空の青さと再び対面したような、不思議な心の安らぎがよみがえって来る」と、彼の文学の特徴を書いた文章を紹介しています。慎ましく、静かで平和な暮らしの描写は、小津映画の世界に相通じるものがあります。そういった暮らしぶりが、伝わってきそうな昭和30年代の家族写真が色々並んでいます。自宅の庭で、息子達と梅の土用干しをする姿を撮った写真には、家族の幸せが伝わってきます。

もうすぐ夏の甲子園が始まりますが、終戦直後、大阪旧制今宮中学で教鞭をとっていた庄野は、野球部部長として選抜中等学校野球大会(のちの選抜高校野球)に大阪代表として出場しました。「日本文学史上、いわゆる『甲子園の土』を指導者として踏んだ文学者は、庄野潤三だけではないか」と岡崎は書いています。

丸ごと庄野潤三を詰め込んだこの本をパラパラめくって、拾い読みしているだけで、心持ちが豊かになり、ゴロンと昼寝をしたくなってきます。相変わらず、いい本を出しますね、夏葉社の島田さんは!

同社からは「親子の時間 庄野潤三小説撰集」(2592円)も出ています。こちらもどうぞ。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。なお、準備のため6日(月)7日(火)は連休いたします。

 

 

夏葉社から吉田篤弘の新刊「神様のいる街」(1728円)が出ました。

吉田と神戸、そして神保町の関わりを描いた私小説的短編「トカゲ色の靴」と、「二匹の犬の街」、幻の処女作「ホテル・トロール・メモ」の三作品が収録されています。

持っていたレコードを売り払い、それを旅費にして早朝、家を出る。著者二十歳の時です。「どうしても神戸に行きたかった。行かなくてはならない。(いま行かなくては駄目だ)と、どこからか声が聞こえてきた。」

その思いはどこから来るのか。「神戸にいると、僕は神様の声が聞こえるのだ。(いいか、いまのうちに見ておけ)」と何度も囁かれて、街をさ迷います。海に突き出た人工島を、グルリと周回する無人電車(ポートライナー)に乗って一周したりして、時間が過ぎてゆきます。ここで時間は、しばらく前、東京の美術系大学を落ちて、専門学校に籍を置いていた頃に戻ります。授業にも出ず、自分の居場所が見つからず、無為の日々が過ぎていきます。

「学校にはほとんど通わず、毎日ひたすら神保町に通いつづけた」という具合に、この街の凄味に巻き込まれていきます。そんなある日、彼は老舗書店で、上林暁の本と出会います。貧しい生活の中から、高価な上林の本をいかに買うかという描写は、本好き、古本好きにはたまりません。

戦争の匂いにしみついたボロボロの本を読むことは、

「本に戦争は染みついていた。そこに時間が流れていた。本の中の時間が右手と左手からステレオで伝わってくる。ざらざらした紙に触れることは、そのまま時間に触れることで、古本を買うということ…..手に入れるというのは、こういうことなのだと、ようやく理解しつつあった。」

そして、自分も本をつくりたいという思いが強くなってゆく,,,,。

後半に収録されている「二匹の犬の街」は、ちょっと切ない恋物語です。ここで登場するのは、今はもうない新刊書店「海文堂書店」です。古本は神保町で買うが、新刊は”わざわざ”神戸元町のこの書店で買うその理由が語られていきます。

神保町と神戸を舞台にして、本との、街との、そして恋の物語が描かれた素敵な一冊です。相変わらず夏葉社の装幀は、美しい!

 

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。

よろしくお願いします。

次週21日(水)より、「女子の古本市」が始まります。これは、毎年2月に開催しているもので、出店者を女性に限定しているレティシア書房の冬の恒例行事。東京・横浜・岐阜・滋賀・京都・兵庫・大阪から参加して頂いている、女性店主セレクトの面白い本がいっぱい。勿論、お客様は老若男女どなたでも、気楽にご来店くださいませ!ちょっと早いのですが、到着した本の山からいくつかご紹介をします。(店頭に並ぶのは21日から。お楽しみに!)

愛読者の多い野呂邦暢。彼の随筆をまとめたシリーズの第2巻「小さな町にて」(みすず書房4500円)は、持っていたい一冊。1977年から80年にかけて発表された随筆、65年から80年にかけて発表された書評を、原則として発表順に編集したものです。500数ページ、定価7000円の大作ですが、頭から読む必要はありません。お気に入りの文章、あれっ?と感じた単語が飛び込んできたら、そこから読むのでいいと思います。名手の手にかかるとこうなのかと感嘆します。

中に、小林信彦の「ビートルズの優しい夜」がありました。60年代から80年代にかけての芸能界を描いたこの小説を「小林信彦氏は芸人と芸を愛しているのだ。芸人をタレントとい安っぽい言葉で私は片付けたくない。かんじんな点はここの所で、氏の芸人に関する見方の鋭さはみな深い愛情で支えられている」と書かれています。

同じ、みすず書房から「大人の本棚」シリーズという地味ながら、シブいセレクトの文学集が出ています。その中から、傑作二点をみつけました。野呂邦暢「愛についてのデッサン」(1200円)、山田稔「別れの手続き 山田稔散文選」(1200円)です。この装幀、帯の落ち着いた色合い、触っているだけで本好きなら幸せな気分ですね。当店のお客様で、全部コレクションして棚に並べるのが夢とおっしゃった方がおられましたが、さてコンプリートされたかな?

もう一点、夏葉社が出した復刻版関口良雄「昔日の客」(900円)。尾崎一雄、上林暁、三島由紀夫たちに愛された古本屋「山王書房」店主が綴る古本と文学への愛に満ちた一冊です。老舗古本屋の店主による文学の話って小難しい感じがしますが、これは平易な言葉で語ってくれます。心休まる文章とは、こういうものかもしれません。

 

★お知らせ 19日(月)20日(火)は古本市準備のため連休いたします。

昨年秋頃に出た「埴原一亟 古本小説集」(夏葉社2376円)は、読もう読もうと思っていたのですが、中々時間が無く、正月休みを利用して一気に読みました。

埴原一亟(1907−1979)は、古書マニアを除いて、今は殆ど知っている人の少ないと思います。明治40年山梨に生まれた埴原は、東京の中学卒業後、銀座松屋に就職します。5年間程ここで働いた経験が、初期作品には色濃く反映されています。

解説と作品の選書を担当された、「古書善行堂」店主の山本さんによると「資質として一亟は、私小説作家と見ていいだろう。また、働きながら、社会や組織に対して、またその中で働く人たちの、数々の問題のついても観察の目を向けていたことことも、一亟の小説から想像できる。それは、樺太での生活を描いても、古本屋の世界を描いても同様で、所謂私小説という枠からはみ出してゆくようなところがあるのも一亟の小説の個性になっていると思う。」

この作品集を一読して感じたのは、戦後に盛り上がったネオリアリズム映画、例えば「自転車泥棒」などに描かれた貧しさが色濃く出ていることです。

大陸から引き揚げてきた夫婦が、なんとか露天商の許可をもらおうと悪戦苦闘する「ある引揚者の生活」、百貨店の勤務していたものの、なんとなく辞めて生活に困り、古本屋を始めたところ、近寄ってきた親切そうな男に財産を巻き上げられる男とその妻を描いた「生活の出発」など、底辺の生活が漂ってきます。そのリアルな描写の中から、この時代を生きた男たち、女たちの真実が浮かび上がってくるところが、埴原の高い文学性ではないでしょうか。

私が、埴原を信頼できる作家だと思ったのは、「かまきりの歌」に出て来るこんな文章からです。

「敗戦後のある日、夕食の膳に向かって何気なくテレビを見ていた」

「終戦後」と言わず「敗戦後」と書いています。今では、メディアも、作家も平気で「終戦後」という言葉を使っていますが、いい加減な憶測で戦争を始めて多くの人間が死んだあの大戦は、未熟な国家の敗戦でしかありません。

ところで、先に引用した山本善行さんの解説は簡潔で、明確な埴原論です。私のブログはおいといて、先ずはこの本の解説をお読みいただき、読んでみたいなぁと思われたら、ぜひお買い求めください。

レティシア書房は、本日が今年最後の営業日となりました。今年も様々な面白い本に巡り会うことができました。

小説は、松家仁之「光の犬」(新潮社)、川上弘美「森へ行きましょう」(講談社)、柴崎友香「千の扉」(中央公論新社)などの新刊書が強い印象を与えてくれました。偶然かもしれませんが、三作とも、長い時間を生きた人達の人生が語られていて、時の流れをじっくりと描くという長編小説の醍醐味を味わうことができました。数年後、もう一度読んでみたら、どんなふうに感じるのか、ちょっと楽しみにしています。

久々に読んだ沢木耕太郎の「流星ひとつ」(新潮社/古書700円)は、ちょいと変化球ぎみのノンフィクションでした。演歌歌手、藤圭子の波瀾の生涯を、差し向かいでお酒を飲みながら語り尽くすという構成です。彼女の心の奥底にどんどん降りてゆく技術はさすがベテランの作家の力量です。一緒に「旅の窓」(幻冬舎700円)という写真エッセイを読みましたが、上手いなぁ〜と思いました。

数多くの京都本が今年も出ましたが、その中では、吉田篤弘の「京都で考えた」(ミシマ社1620円)はお薦めです。吉田の文体って、わからん理屈で迷路に引っぱりこまれたりして、読みにくいなぁと思うこともありますが、これはストンと腑に落ちました。吉田の文体と京都の露地がシンクロして、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

この本を出した京都のミシマ社は、相変わらずいい本を出しています。山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、「うしろめたさの人類学」(1836円)は中身の濃い傑作です。最新作の北野新太「等身の棋士」(1728円)は藤井聡太、羽生善治らの棋士を描くノンフィクションで、将棋のことを全くしらない私のような者でも面白く読めます。

来年、レティシア書房でミシマ社の展示会をするので、さらに充実したコーナー作りを計画中です。

ミシマ社と同じように小さな出版社ながら、書物への愛情一杯の本を出し続けている夏葉社からも、尾形亀之助著、松本竣介画による「美しい街」(1728円)や、「東京の編集者 山高登さんに話を聞く」(2484円)など、机の上に置いて、ずっと眺めているだけでも幸せになってくる本が出ました。特に最後に出た埴原一亟 「古本小説集」(2376円)は、よう出した!!と拍手です。殆どの人が知らない作家、埴原一亟の短編を集めたもので、古本を拾い、古本屋を始め、そして続けてゆくその姿を、様々な角度から描いていきます。帯にこうあります

「小売商人は何を犠牲にしても店を守らなければならない」

この言葉を肝に銘じて、来年も頑張ります。

ギャラリーでも新しい作家さん達との出会いが多くありました。一方、2回目3回目と個展を開いて下さる作家さんと親しくさせて頂き、実りの多い1年間でした。

得地直美さん(初)、福原真理子さん(初)、呑海龍哉さん(初)、高原啓吾さん(初)、中西敦浩さん、棚からうさもちさん、森野有子さん(初)、上仲厚志さん、冨田美穂さん(初)、もじゃハウス&小嶋雄之さん、大島尚子さん(初)、ARKさん、村上浩子さんと絵本教室の皆さん(初)、「震災で消えた小さな命展」の皆さん、土本照代さん、たがわゆきおさん、長元宏さん(初)、朝野ペコ&楠木雪野さん、白崎和雄さん、沢朱女さん、梶間千草さん、山中さおりさん、澤口弘子さん、越智信喜さん(初)、そして「贈り物展」の作家の皆さん、本当にステキな展覧会をありがとうございました。

そして、雨にも風にも負けずご来店頂きましたお客様に心よりお礼申し上げます。来る年も、いい本と巡り会えることができますように。(店長&女房)

★新年は1月5日(金)より営業いたします。最初のギャラリー展示は、いま人気の絵本作家町田尚子さんの絵本「ネコヅメのよる」原画展です。著者の”ご当地サイン”入の絵本や、手ぬぐい、町田尚子キャットカレンダーなども同時に販売いたします。おたのしみに!