夏葉社の島田さんと、書評家の岡崎武志さん、そして装丁家和田誠さんが組んで、庄野潤三のアンソロジー小説集を作りました。「親子の時間 庄野潤三小説撰集」(夏葉社2592円)です。

今どき、函入りの本を、しかも庄野潤三のような地味な作家のアンソロジーなんて、大胆ですね。

庄野潤三は1921年大阪生まれ、朝日新聞社に勤務する傍ら、小説を発表してきました。自分の家族とその周囲のことのみを、ひたすら描いてきた作家です。そういう意味では、家族の冠婚葬祭を描き続けた小津安二郎と並んで、極めて珍しい作家です。

編者の岡崎さんは、「夕べの雲」(講談社文芸文庫)に収録されている「山茶花」だけを例外として、現在入手可能な文庫には収録されていない作品を選んでいると、後書きで述べておられます。その理由が、彼が高校二年の時に、あっけなく亡くなった父親の死を認められない自分にあり、その時に読んだ「山茶花」で救われたことによると前置きした上で、

「親子の一方が退場すれば、それは二度と取り戻せない時間であることを『山茶花』は教えてくれた。私はあの時の体験で、ようやく父の死を直視できたし、その日から、庄野潤三がかけがいのない大切な作家となった。」と書かれています。

自分の家族の日々だけを見つめたという意味では私小説の極みになるのですが、このジャンルの小説に色濃く覆われている陰鬱な、破滅的なイメージからは遥か彼方にいる作家です。庭に差し込む柔らかな太陽の光、窓辺のカーテンを揺らす風、畳の香りが安らぎを与えてくれます。私もそんなに沢山読んではいませんが、手放したくない作家の一人です。和田誠さんの表紙の、暖かな家の門構えの絵が、すべてを語っています。

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たった一人の出版社「夏葉社」の島田潤一郎さんが、初めて店に来られたのは2年程前です。静かな佇まいと、控えめな立ち居振る舞い。

この人も瀬戸際まで行った人か?

と思ったのは、レコード店勤務時代に、知己を得た二人のロッカー兼レーベル代表がそうだったからです。礼儀正しく、もの静かな方がライブでは豹変。あまりの落差に仰天しましたが、その半生を聞いてさらに仰天。死ぬか生きるかの瀬戸際までいった人の凄みに圧倒されたことがありました。

さて、島田さんが、晶文社から「あしたから出版社」という本を出されました。その前半部分で、出版社を立ち上げるまでの日々を赤赤裸々に書かれています。

「従兄が死ぬんだって。瞳孔が開いて、もうダメなんだって」

最愛の従兄を失った日から始まった希望の見えない日々。葛藤、後悔、諸々の負のスパイラル。明日からの生き方を見失い、仕事も続かなくなる。不器用にしか生きられず、転職もままならない。その時代、

「ぼくは、そのころ可愛がっていた野良猫のところへ行き、猫と一時間ばかり遊んだ。冬の夜だった。人生が真っ暗だというのは、こういうことなどだ、と思った。」

やがて、彼は本を出す仕事に希望を見出し、編集の仕事も、出版社勤めの経験も全くないのに、単独で出版社を立ち上げます。それが「夏葉社」で、創業以来、今日まで一人です。営業には「青春18切符」を駆使して全国を回られます。

この本はつらい人生から明るい未来への活路を切り開いたサクセスストーリーではありません。ただ、ひたすら仕事に純粋になれる素晴らしさを教えてくれる本です。本を慈しむ、ただそれだけです。そして、たった一人だと思っていたのに、いつの間にか彼を支える書店員や出版関係の人がいたことを知ります。だから夏葉社の本は、どれも眺めているだけで、触れるだけで島田さんの愛情が溢れ、彼を支える多くの仲間たちを裏切らないように一生懸命なのです。よかったら一度、店内で触って、嗅いで、読んでみてください。(店内に「夏葉社コーナー」があります)

島田さんの本は新刊書なので、残念ながら当店ではお取り扱いしておりません。この本は書店員も、そうでない人も読むべき本です。そんな本を平積みしていない書店はないとは思いますので、新刊書店でお買い求め下さい。「読めば元気になります」。その通りの本です。

島田さん、いつまでも応援させていただきますよ!

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小さな出版社、夏葉社がとても素敵な本を出版しました。タイトルは「冬の本」。サブタイトルにこう書かれています「84人の冬の本のかたち」。雪の中、本を読みながら歩く男性のイラストは和田誠。この本を出そうとした経緯が、「はじめに」のページでこう書かれています。

「小さな本を出したいね」 「小さいけれど、たくさんの人が書いている本」 「たくさんの人が、大切な1冊について書いた本」

ここで、その84人を列挙することはできません。お〜こんな人が、本についてならこの人は当然かぁ〜、あ〜なつかしい人も、と、どのページからでも楽しめます。(最後のページには丁寧に全員の簡単なプロフィールに、著作物まで載っています)ミュージシャンで、元書店店主だった早川義夫さんは島尾敏雄「死の棘」を選びます。『ああ、読まなければよかったと思うほど暗い本だった』で始まるのですが、その後に続く文章が、切なくなります。当店でも人気の平松洋子さんは、十代に京都へ憧れる原因を作った倉橋由美子の「暗い旅」を取り上げ、その甘い毒にハマったことを告白しています。

古書に関して多くの本を執筆されている岡崎武志さんは、大学時代京都で過ごし、冬の寒さの中で読んだ梶井基次郎の「檸檬」を取り上げ、『梶井の本を読むと、無性に歩きたくなる』と書いています。そして、

『ポケットに新潮文庫を突っ込んで、哲学の道を天王町まで歩き、また戻ってくるというような夜の散歩を繰り返していた。冴えた月が上がった夜は、あたりの明るさがまったく違った。』

やはり、古書に関しての本が多い萩原魚雷さんは、私小説の第一人者尾崎一雄について、言い切ります

『わたしは尾崎一雄から、弱っているときや寒いときは寝ていたほうがいいという人生の真理を学んだ。』

84人84冊が紹介されていますが、書評ではありません。温泉よりヌクヌクと、お鍋よりホカホカさせてくれる、本にまつわる素敵な人達の温もりを楽しむ一冊です。

夏葉社の本はどれも素敵です。代表の島田氏が、美味しいウイスキーがじっくりと熟成してゆくような職人の手作りに満ちた本作りをされているからだと思います。夏葉社HPにこうあります。

『何度も読み返される本を』

「冬の本」もそんな一冊であることは間違いありません。

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