面白いミニプレスの写真集が入荷しました。題して「OSAKAN SOCIALISMー大阪的社会主義風景」(1300円)。大阪のあちこちを面白い切り口で撮影した島田春菊さんは、この写真集についてこう語っています。

「思わず『社会主義的』と形容したくなるような幻視の瞬間がたしかに存在する。そうした瞬間の積み重ねによって、この写真集は生まれた。」

「社会主義的」とは、なかなか想像しにくい言葉です。戦後、社会主義国家として世界をリードしたソビエト連邦が国家の威信をかけて建設した地下鉄と団地。島田さんは、大阪の地下鉄や団地には、ソビエト社会主義的匂いがあると指摘しています。大阪地下鉄の御堂筋線は、日本初の公営地下鉄でした。東京の地下鉄の人工美満載のホームに比べると、なんだか場末感のある駅が多い大阪地下鉄ですが、どちらが好きかと問われれば、私は大阪の地下鉄駅舎です。生活感のある街の匂いが、薄汚れた壁から立ち上ってきそうで、寂れた公共施設という言葉にぴったりの風景です。この本でも地下鉄中央線の駅構内がシャープに撮影されています。

もう一つのポイントが、25年に開催される大阪万博で活気付く大阪湾岸風景です。「近代日本における未来イメージの総決算が1970年の大阪万博にあるとすれば、大阪の沿岸部には、万博のパロディのような未来の廃墟が転がっている。そうした風景を、社会主義的な『ロストフューチャー」と相通ずる」ものとして、島田さんは本書に取り込んでいます。

 

ここに収録された作品が、写真家が言うように社会主義的かどうかは、観る人の判断ですが、どれもユニークな作品ばかりです。後半に登場する「南港ポートタウン」「住吉団地」は、無機質な姿が迫ってきます。また、表紙にもなっている「大阪府咲州庁舎」の極めてSF的な建物も、そのまま映画に使えそうな建物なのですが、よく見ると、二階部分に「手打ちうどん」というのぼりが立っているのです。まぁ、この建物に最もふさわしくないものなのですが、大阪的といえば、大阪的です。

写真家百々俊二(ドドシュンジ)が、生まれ育った街大阪を撮った写真集「大阪」(青幻舎/古書2000円)は面白い写真集です。

半生紀を生きた大阪を、きちんと作品として残しておこうと思ったのが切っ掛けで、撮影に着手しました。あとがきで「自分の記憶がある場所から撮っていこうと。記憶の大阪です。記憶といっても、もちろん写真では『いま』を撮ることしかできません。こういう場所もあったなぁ、と思い出しながら、場所の磁力に呼び寄せられように歩きました。最初に訪ねたのは自分が生まれた場所なんですが、1947年当時の四軒長屋がまだあったんです。驚くと同時に、小学生のころの記憶がダッ〜と甦ってきた。背中を押されるように撮影に入り込むことができました。」と書いています。

「大阪やん、これ」って思わず言ってしまいたくなる程、大阪です。高層ビルの立ち並ぶ街の風景、別府行きのサンフラワー号が出る大阪南港の夕暮、JR吹田駅付近を疾走する列車を捉えたスピード感など、多分、東京を舞台にして、同じ様な作品を撮った時、そこには全く違う空気感があるように思います。関西人なので、大阪の街並みや空気を多少は知っているがゆえに、よけいにそう感じている部分があるかもしれませんが…….。

写真集には、これこそ大阪という風情の下町が数多く収録されています。例えば生野区鶴橋。近鉄・JR鶴橋駅そばの商店街は、この街に古くから住む韓国、朝鮮の人達が営むお店が並んでいます。街のざわめきが聞こえてきそうです。鶴橋卸売市場に働く人達を捉えた写真にも、同じ様な匂いがあります。市場にあるらしい一杯飲み屋の椅子に、ポツンと座る女性。常連客か、それとも店の人間か。仕事帰りにやってくるおっちゃんに「お疲れやなぁ〜、一杯飲んでいき」という甲高い声が聞こえてくるような、いい写真です。

ひなびた商店街、古い工場、河岸のホームレスのテント、淀川に上がる花火、工事中の街角、どこにフレームを合わせても、そこに息づく人達の生活が浮かび上がり、そしてそれは、観る者に、失くしてしまった街の哀愁を思い起こさせます。

心理学者の鷲田清一が「高架路線の下、高層ビルの下にも、お城の下、樹の下にも、河川敷や堤防にも、解体現場の隙間、墓場の傍らにも、ひとびとはいつく。ひとは空間を生きるというよりは、場所にいつく。」と後書きに書いています。

もう閉店した美容院と、やはりシャッターの降りた店舗を捉えた作品を眺めていると、ここでどんな暮らし、どんな人生をおくってきたのか、今も幸せなのだろうかと様々な思いが過ります。

 

 

 

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「月光アパートは、H線、飛田駅の近くにあった。昭和初期に出来たアパートで、壁の色も、今はわからない程古び、玄関からはすえた匂いの漂う。侘しいホテルであった。この辺りの人々は、この月光アパートを、通称、飛田ホテルと呼んでいた。それは売春防止法以来、多くの夜の女たちが、このアパートに住みこんだためであった。」

で始まる「飛田ホテル」は黒岩重吾の短編小説です。

黒岩は1924年大阪に生まれ、同志社大学在学中に、学徒動員で満州へ向います。戦後小説家としてスタート、60年「背徳のメス」で直木賞を受賞した社会派推理作家の一人です。ちくま文庫から出た「飛田ホテル」(古書/500円)は、大阪を舞台に、社会のどん底で生きる男と女の姿を描いた作品集で、酒、煙草、むせ返る様な体臭が漂ってくる男や女が徘徊する街が舞台です。

表題の「飛田ホテル」は、現在の大阪西成のあいりん地区、以前の釜ヶ崎辺りが舞台で、実際の黒岩もこの辺りに住んでいたことがある街です。古びたこのアパートに、刑期を終えた男が戻ってきます。ここには妻が住んでいました。しかし、戻ってみると彼女はいなくて、住人たちもよそよそしい。男は街をさ迷い、妻を探します。そのディテール描写が読みどころです。戦後、盛り上がったイタリアのネオリアリズム映画みたいなザラザラした小説です。

「飛田ホテルは、今夜も薄い夜霧の中に滲んでいた。彼は刑務所から出て、初めてその灯を見た時、それは霧の中に咲いた、オオエビネの花のようだと思った。でも、今彼の眼にうつった灯は、敗残の人間の中に宿る、魂を失った醜い欲望の輝きであった。」

妻を探す男の運命に希望があるのか……あるわけがありません。

作品集には、六つの短編が収録されています。その大半が、大阪、しかも天王寺や、阿倍野界隈が舞台です。

「浪速区馬淵町は中山太陽堂の工場の傍にあった。ごみごみした暗い町である。東は新世界、南は霞町の市電通りを境に西成の釜ヶ崎と向き合っている。終戦以来手を入れられたことのない古びた市営アパートや釜が崎の宿と変わらない旅館、掘建て小屋のような家がならんでいた。」

読者は、薄汚れた街に生きる人達の侘しい生活を凝視してゆくことになります。地の底みたいな場所で蠢く男と女の愛憎劇なんて、TV2時間ドラマのお得意ですが、中身のないドラマと違うのは、登場人物の心の明暗がきっちりと描かれているところでしょう。こういう小説も面白いものです。

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