毎回一人の作家を多方面から論じる文芸ミニプレス「APIED」を主宰する金城静穂さんが、初の単行本を出されました。写真とエッセイを主体にした「桜の木が一本」(1980円)です。夏葉社から出た「庄野潤三の本 山の上の家」(2420円)や、新潮社から出た「茨木のり子の家」を思い出すテイストです。

吉田一之さんはつれづれ織り作家、妻の道子さんは児童文学作家としてそれぞれ活躍し、京都の山科にある一軒家に長年暮らしておられます。夫婦の暮らしを支えるこの家が主人公でもあり、カメラマンの酒谷薫さんが、味わいのある一軒家の姿を写真に捉えています。

吉田家には巨大な桜の木があります。「1979年に1メートルほどの苗木を四百円で買い、一坪の庭に植えたものである」と道子さんは書いています。それが、今や幹回り1メートル50センチ、背丈は自宅二階の屋根を覆うまでに成長しました。その桜の木の写真を見ると、家がまるで巨木に覆われ、守られているという雰囲気です。夫婦は、桜の木を「叔父さん」と呼んで愛で、花の頃には、多くの人が集まってきました。いや、人だけでなく鳥や蛇までも寄ってきました。(なんだか素敵な絵本の始まりみたいです)

「風の音は葉のそよぎでわかる。空の深さは枝枝のいくつもの青で。たたきつける雨の警告、雨宿りの安らぎ、木陰の清涼さ、深い闇。自ら歩かないものが抱える懐の深さに、しんとする。」

風通しのいい家、古い本棚、ずらりと並んだ文学全集。窓際に置かれた水槽の向こうには、満開の花をつけた桜の枝が幾重にも広がっている。豊かな時間がここに流れています。

道子さんは子供の頃、西田幾多郎で有名な哲学の道のそばに住み、近所の友達とプールに通っていました。泳いだ後のけだるさは、泳いだという満足感と引き換えのように感じたとか。幼な心に「それが人生の何ものなのか、を教えるようなものだったのだ。何かをすれば、何かを得れば、何かが失われる。」と思ったそうです。

「その後の人生で、思い出すのは、この細い哲学の道と蝉時雨とその中でのけだるさ。そして、その蝉時雨を今我が家で聞いていることの不思議さ。」

本書には、一之さんのつづれ織り作品や道子さんの仕事場をはじめ、季節の野菜がいっぱいのとても美味しそうな食卓の風景など、お二人の生活が撮影されています。そして、道子さんの素敵な文章。

「時は料理を作る。ストーブに野菜と水を入れて置くだけで時間が経った後おいしいスープになっている。わが家では、時は風景を作る、である。桜が月桂樹が、紫陽花や木槿、山茶花が、壁の色が郵便受けが一つの風景を作っている。そして、その風景にいつか住人自身もなって、溶け込む。」時の仕事と題したエッセイには窓辺の本の写真が添えられています。

50年近く暮らしてきた家の風景に溶け込み、年を重ねて、やがて迎えるであろう死をどこかに感じながらも「先に思いを馳せるのではなく、今を生き切る。そうしたい。成長した暁にではなく、今、その瞬間を生きる子どものように。」書かれた文章に、しみじみ感じるところがありました。

★「桜の木が一本」発行を記念して、レティシア書房で7月21日〜8月2日に写真展を開きます。

 

 

 

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キッチンミノルさんの写真集「メオトパンドラ」(FOIL2160円)が入荷しました。

キッチンミノルさんは、先週までレティシア書房で『神保町』展をされていた得地さんのお連れ合いです。ちょうど『神保町』展と同時期に誠光社さんで写真展をされていました。

「メオトパンドラ」は、数十組の共働き夫婦の日常を捉えた写真と、桑原滝弥の詩が一緒になった写真集です。え?フツーの夫婦の写真ばっかの本って面白いの?

これが面白いんです。

谷川俊太郎が帯にこう書いています。「シャッターの一瞬と、詩の一節が、女と男のパンドラの函の蓋をほんの少しずらして見せる。ここから彼らふたりの物語とともに、わたしのわたしと、あなたのわたしの、いのちといのちの物語が生まれる。」

 

「ある日人生捨てて運命拾いました」という詩句の横に、マンションの通路に立つ若いご夫婦のポートレイトから、写真集は始まります。そして、部屋にいるご夫婦の前に立って、こちらを見つめる愛娘の写真と「わたしもいつかそうなるの」という詩句で本は幕を閉じます。数多くのご夫婦が登場しますが、まるで一組の夫婦の生きる時間を集約したような錯覚を覚えます。

「出会った夫婦の関係はそれぞれが独特で、唯一無二の存在なのだった。きっとそれは夫婦として、一人の人間として試行錯誤し作り上げたものだからだろう。その結果、夫婦関係には独特の味が滲み出ているのだった。」

とはキッチンさんの言葉ですが、その「独特の味」の味が画面にほのかに表れているのが、この写真集の最大の持ち味でしょう。

何回も眺めているうちに、何故か戦後の小津映画を思いだしました。何気ない日常生活を、執拗なまでに細かく描き続けた小津映画を、同じ松竹出身の吉田喜重監督は、「何気ない日常が、今日も、明日も続くことが平和であり、小津映画は、その平和を邪魔しない、されないことを描く反戦映画だ」と言い切りました。「メオトパンドラ」に登場する夫婦達にも、多くの事が起こります。それは生きていれば当然です。けれども、明日も、明後日も同じ空気を吸い、同じごはんを食べて生きてゆく、その日常の平和を願わない夫婦はありません。

「暮らしの中に死んで生まれて」という詩句が、本の中に入っていました。そういう暮らしを邪魔するものが戦争です。「私達は平和に生きる。」そんなメッセージが聞えてきそうな写真集です。

 

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。