「70パーセントの青空」は、1988年秋から1989年春にかけて、「月刊カドカワ」に連載されたものに加筆修正した安西水丸の長編小説デビュー作です。

「一九六四年十月、東京は第十八回オリンピックでわきたっていた。昨日、マラソンで、エチオピアのアベベ・ビキラが優勝した。」

主人公は美大を卒業して、大手広告代理店の下請け会社に入社した若い男です。彼が広告代理業界で、様々な人達と出会い変化してゆく姿を追いかけていきます。ここには等身大の著者がいます。物語では、主人公は二人の女性と出会います。割烹で働く古風なヤエ子と、同じ広告代理店で働く現代的な文里です。9ページにヤエ子の、68ページに文里のイラストが挿入されていますが、その絵が二人の女性の内面まで語っています。

「時雨がいった。プラタナスの色づいた紀尾井坂を上がり、上智大学の土手に出た。土手下のグラウンドの土が雨でコーヒー色になっている。身体が冷えて感じたのは雨に濡れたせいではなかった。時雨のいったあと、つめたい風が吹きはじめた。」

都会小説には、なくてはならない上手い情景描写です。かといって、ただスケッチとおざなりの恋愛事件だけで作り上げられた小説ではありません。苦々しい青春の一時を切り取った物語です。

「ぼくは射精した。ヤエ子の腰あたりから、精液は内股をつたって流れた。ぼくはヤエ子の背にかぶさるようにして立っていた。吐く息で、ヤエ子のうなじのほつれ毛がゆれた。」

生々しい性描写を交えながら、空虚さに引きずられる日々が続いていきます。小さな広告代理店に入社したはずが、親会社に出向することになり、実力派のデザイナーたちに揉まれながら、彼は日に日に実績を積み上げていきます。輝ける日々の始まりのはずなんですが、満たされないまま、きらびやかな広告業界の中で立往生してしまいます。

そして、「どこか知らない国に、自分の若い日の時間が持ちたい」という思いに目覚め、会社を辞め、ニューヨークに向かうことを決心します。ラストは新天地に向かう飛行機の中です。

「空は青かった。さわやかな秋の午後の青空だった。この青は、100%の青ではないな。ぼくの仕事の時に使うカラー・チャートをおもった。何パーセントの青だろう。しばらく考えた。

70パーセントの青だと思った。70パーセントの青空。それは完全な青になにかが不足している。今までの自分にそれを重ねた。70パーセントの青空。それはぼく自身だったかもしれない。」

安西自身の青春の記録はこうして幕を閉じます。(2300円/古書・絶版・初版・帯付き)眩しい青空が心に残るエンディングです。

 

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

障害のある人達の「はたらく」をテーマにした季刊誌「コトノネ」主催の「ことばを授かる」展が本日より始まりました。

様々なシーンで、障害者たちの生きる姿からみえてきた素敵な言葉が、店内に展示されています。

例えば、とある幼稚園での出来事。そこは健常者と障害者が共に過ごす幼稚園ですが、そこで子供たちがドミノを並べていた時のこと。自閉症の子どもが、並べたドミノを倒していったのです。やめてね、と言っても、並べば倒し、また並べては…..その時、健常者の子どもがドミノを二列作り始めたのです。そして、こう自閉症の子どもに言います

「こっちは倒していいよ」

この場面を見守っていた先生は「あの子たちは、配慮の仕方が本当に自然なんです。大人のわたしたちにはない発想が出てくる。困ったときにも、何かやってあげる、という感じではなく、すっと手が出る。」と驚かれていました。それを受けて、「コトノネ」編集部は、「それぞれの違いが、新しい出来事をつくり、それが新しい知恵を生み出していくのだろう。子どもの環境は、子どもにゆだねよ。」と結んでいます。

21号の熊谷晋一郎さんのインタビュー記事は、「津久井やまゆり園」の衝撃的な事件について考えさせられるものでした。その中で熊谷さんがおっしゃっていた「生きるとは、依存すること。自立とは、自分で何でも出来ることじゃなく、依存先をたくさん持つこと。」という言葉が印象的でした。障害者も健常者もいない。みんながとても生きづらい世の中なのだと、つくづく思いました。

この雑誌は障害者福祉のために専門誌ではありません。障害という”個性”を持った人達の、ユニークな生き方、働き方を通して、これからの私たちの生き方を見つめてゆく雑誌です。ファッション雑誌のようにデザインされた表紙もさることながら、小川洋子、大友良英、坂口恭平、石川直樹、山田太一らのインタビューゲスト陣にも注目です。最近では、賢くもなく、強くもない弱いロボットを作り出した岡田美智男さんのインタビューは、180度ものの見方が変わる秀逸なインタビューでした。(22号)

または、

「レコパスタ、おひとつですね」という展示にある『レコパスタ』って?

この意味を知ったら、そうか、言葉ってこんなに楽しいもんか、と思えます。店内には創刊号(非売品)から最新24号まで「コトノネ」バックナンバーと一緒に、成る程!と納得する言葉の数々がお待ちしています。この展示を機に、「コトノネ」という雑誌のことを知って頂ければ、と思います。

先般我が国の首相が、働き方を変えると薄っぺらい自説をぺらぺらと国会で話ていましたが、地に足が着いた働き方をこの雑誌を読んで学んでいただきたいものです。

季刊『コトノネ』「ことばを授かる」展は1月23日(火)〜2月4日(日)まで 月曜日定休

 

 

 

.

 

「房総カフェ」を出版している暮ラシカルデザイン編集室が「房総コーヒー」(1350円)を出しました。巻頭に、幼い時に南房総に暮らした安西水丸の文章が載っています。

「一流のものを見て育つことはもちろん大切だが、ぼくに関していえば小児喘息の悪化で、3歳から数年南房総のほとんど文化のない土地で暮らしている。」

文化的に不毛だと嘆きながらも、「ぼくは海が好きでよく海辺を歩いた。太平洋の波が押し寄せていた。太陽は水平線から昇り、背に陽を浴びると波は透けて見えた。ぼくは一流のものを感じた。ダ・ヴィンチにもミケランジェロにもない一流の姿だった。」

たしかに、東京の背後にありますが、この本に登場するカフェの写真と店主の珈琲への拘りを読んでいると、自分たちの生きてきた土地への思いや、そこでお店を営み、お客様に一瞬の幸せを提供する喜びが見えます。ゆっくりと寄せては返す太平洋の波の如く、地に足のついた珈琲文化が育っています。

この本は、情報誌によくあるお店紹介的なものではありません。珈琲を通して、店主の生き方や世界観が、発行責任者であり、ライターでもある沼尻瓦司の文章で綴られている読みものなのです。

「自分の今この瞬間の精神に向き合える自由。理念や思想、価値観から解き放たれた時、感性が研ぎ澄まされ、心地良い緊張が身体をすくっと貫く。そう、それは遥か遠くの地へ旅に出た時の感覚と似ている。思考が許容量を越えて溢れ出さんとした時、旅先のコーヒーに、どれだけ救われてきたことだろう」

自家焙煎珈琲とパンの店「KUSA」探訪記などは、沢木耕太郎のトラベルノンフィクションを読んでいるような気分です。

大都会のトレンドに引っぱり回されない、自分たちにジャストフィットした暮らしを続ける人達の日々を、文章と写真で描いた素敵な一冊です。

安西さん、この地が文化的不毛だなんてことありませんよ。こんなにグレードの高い文化が育っているじゃありませんか。

 

●暮ラシカルデザイン編集室が出している「房総カフェ」は、3号と4号のみ在庫あります。

 

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。


 

 

この台詞、別に男と女の痴情の縺れを描いた小説に出てくるのではなく、イラストレーター安西水丸のエッセイ「メロンが食べたい」(実業之日本社/初版/帯3200円)の中にありました。

ある日、見知らぬ女性に「わたしのこと嫌になったらそう言って下さい。」こう切り出された安西さん。さらに、講義をしている女子大の卒業パーティーで、やはり見知らぬ卒業生らしき女性から「いつお電話いただけます」と迫られ、「えっ」と答えた様子が、軽妙な文章とイラストで描かれています。

この本は97年から2年間に渡って「週刊小説」に連載された「描く書くしかじか」から抜粋された、肩のこらない60篇です。どれも、ムフフと笑えそうな作品と、安西の素敵なイラストが楽しめるエッセイ集です。本の構成は「こんな人、あんな人」、「これが好き、あれが好き」(苦手編)、「これが好き、あれが好き」(好き編)そして、「こんな旅、あんな旅」の四つに分かれています。「こんな旅、あんな旅」には京都も登場しますが、

「日本人はよほど京都が好きらしく、ちょっとした地方の城下町などでもすぐに小京都と呼びたがる。料理屋でも京風を自慢にしている店がある。ぼくは絶対入らない。」と辛辣です。

安西は懐石料理が大の苦手で、美味しい店は京都にないと言い切ります。「時々、御飯がヒョウタンの形にかためられていたり、ニンジンがモミジの形に切って出てきたりするとむかむかする。」とか。京都人としては残念なことです…….。

もう一点、安西の本で「a day in the lie」(風土社1600円)も同時入荷しました。こちらは2000年から14年間、雑誌「チルチンびと」に連載された傑作エッセイ67話とカラーイラスト、青山の事務所と鎌倉山のアトリエ、そして彼が集めた様々な物の撮りおろし写真が収録されています。小さい時の思い出、暮らしてきた家のこと、興味をもって集め出した器や、スノードームなど、ノスタルジックな世界が一杯です。文章も素敵ですが、居心地の良い空間を見せてくれるイラストに、惹きつけられます。安西の中に満ちていた幸せな時間が充満している本です。

初めて住んだマンションに、野球好きの青年がやって来ては、野球談義に花が咲きます。安西はへそ曲がりの東京人で中日ファン。青年は「中日を好きだなんていいですね」と喜びます。その青年こそ、今日のスポーツドキュメントの文体を作った山際淳司だったのです。そういう発見も方々で出会える素敵な一冊です。

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真右・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

Tagged with:
 

柴田元幸は、翻訳家であり、作家でもあります。今回の古本市でも、数多く出ていますので、ファンの方は是非チエックしてみてください。

彼自身の本で、「97年夏場所現在、舞の海は見事幕内復帰を果たし、わがことのように嬉しい」とおよそ、海外文学の翻訳家らしからぬ内容でスタートする「愛の見切り発車」(新潮社400円)は、軽妙な文章で海外文学の紹介をしてくれる一冊で、私も愛読しました。

ちょっと変化球的なアンソロジーとしては、ここ20年間ぐらいの間に発表されたアメリカの幻想文学を集めた「どこにもない国』(松柏社400円)もお薦めです。ヨーロッパの凝った文体のその手の小説に比べると、ストレ−トな文体ですが、日常生活にふとしたズレや、奇妙な空間を描き込んでいます。柴田が編集を務める雑誌「MONKEY」も500円で8冊程出ていますので、お早めにどうぞ。

イラストレーターの安西水丸が、1982年に宝島から出した「普通の人」(1000円)は、探しておられる方もあるはず。へたうまタッチで繰り広げられる4コマ漫画の世界。サブカル雑誌の先陣を走っていた雑誌「月刊宝島」に相応しい捩じれたギャグ満載のコミックを集めた一冊。この本、アマゾンや、日本の古本屋でもヒットしない商品なんですよね……。

がらりと変わって、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」関連で一冊。キャロルの原作に、チェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルが絵を付けた「不思議の国のアリス」(国書刊行会1800円)は最近のアリスものでは優れた一冊です。シュヴァンクマイエルが、この本のために描いたイラストレーションは、最初に「不思議の国のアリス」の挿画を手掛けたジョン・テニエルへのオマージュだと語っています。そして、彼自身、アリスこそが自分にイマジネーションの源泉だと言い切っていて、それほど彼にとっては、大切な一冊なのです。(すいません、ブログ書き上げた途端売れました)

あんまり、最近見なくなったなぁ、と思ったのが岡崎武志の「雑談王」(晶文社1800円)です。2008年発行で、まだ絶版にはなってないはずですが、新刊書店でも見かけません。この本は書評家としての岡崎の本ではありません。映画、音楽、落語など彼が若い時からワクワクしてきたものをズラリと並べてあります。とりわけ同じ関西人として面白いのが、第四章「私設おおさかお笑い図書館」です。笑福亭仁鶴に始まり、漫才コンビいとし・こいしまで、かつての関西の芸達者を論じた演芸論です。

「生きている間の名前がニワトリ。死んだら戒名がカシワ」といういとし・こいしの十八番を久々に読んで、あったなぁ〜そんな漫才、となつかしく思いだしました。

 

 

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」開催。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。

8月21日(月)〜25日(金)は、夏期休業いたします。よろしくお願いします。


今も人気のイラストレーター、安西水丸の本が2点入荷しました。

一つ目は「スノードーム」(キネマ旬報社/初版2400円)。1889年のパリ万博に登場したスノードームは、ヨーロッパで人気を集め、その後アメリカに渡ります。安西は、スノードームのイラストを数多く手掛けてきました。本書は、常盤新平、秋本康、泉麻人、沢野ひとし、淀川長治、糸井重里、湯本香樹美などの著名人が、スノードームについての思い出を語り、そこに安西がイラストを付けた作品集です。映画評論家の淀川長治は、初めてNYでひとり暮らしを始めた時、その孤独感に押しつぶされないように、百貨店で「雪ダルマ」のガラス玉を買って帰りました。

「私はことあるごと、手で振ってガラスのなかの雪を降らした。いつも雪あらしの中でサンタはニッコリ笑っている。私と同じ孤独。ガラス玉の中だけの世界。そこにたった一人」

彼はこのガラス玉の中のサンタと仲良くなり、旅の終わりまで大事に持ち続けます。「外国の店、私にはアメリカの店、ニューヨークの夜の星の日に、ベッドの中でそっと握ったガラス玉の雪。私、ことし八十七歳が目のまえなのに、まだこのようにコドモ!」とその楽しかった思い出を書いています。

この本を編集した、百瀬博教と安西の対談が二本掲載されています。世界のスノードームの話から、映画の話まで読んでいてこちらが楽しくなる対談です。

もう一点は、「シネマストリート」(キネマ旬報社/初版2400円)です。こちらは雑誌「キネマ旬報」に1986年から89年に渡って連載されたシネマエッセイ集です。イラストレーター和田誠のシリーズ「お楽しみはこれからだ」と並ぶ、映画愛に満ちた一冊です。日本が第二次世界大戦で敗北した数日後、安西の父親が南の島で戦死した事がわかります。「ぼくは写真でしか知らない父の顔が、小津安二郎監督の一連の映画に出演している笠智衆さんに似ていることを、姉から言われて気がついた。そう言えば顔かたち、体つきまでよく似ている。」と書き記しています。きっと、小津作品の笠智衆を見る度に、安西は切ないものがこみ上げてきたと思います。

昔の映画をDVDソフト等で見る時に、側に置いておきたい一冊です。ちなみに、村上春樹との対談「私の嫌いなもの、怖いもの」で、安西は「犬が苦手」と語っています。犬だけじゃなく、どうも動物全般が苦手みたいとはちょっと意外でした。

 

「国吉康雄/ベン・シャーン展」は、1981年東京で行われた展覧会です。国吉は1889年岡山生まれで、1906年アメリカに渡ります。ベン・シャーンは1898年リトアニア生まれで、1906年、移民としてアメリカに渡りました。そして画家として一時代を築いていきます。同時代を生きた二人の展覧会は、きっと魅力的だったことでしょう。

国吉は、酒場やカフェにいる女性を描いたものがよく知られています。大戦の影を帯びた暗く深い眼差しが印象的。一方、ベン・シャーンは、どこにでもいるような庶民の生活の一場面を描いた「サンデーピクチャー」と呼ばれるものがあります。私が最初に魅了されたのもそのシリーズでした。労働者の男たちの背中に垣間見える生活の悲哀が伝わってきます。もちろん、この図録(1400円)にも収録されています。社会の弱者への眼差しは、やがて失業者、ストライキに明け暮れる労働者へ寄り添う、社会派画家としての道につながります。第二次世界大戦勃発と同時に、戦時情報局に意向に沿ったポスターを制作しますが、やがて戦争の愚かしさと虚しさに気づき、画風はさらに変化していきます。

そんなベン・シャーンの画の変遷を楽しませてくれるのが「現代美術第一巻/ベン・シャーン」(講談社2800円)です。戦後、彼は多くのレコードジャケットのデザインも担当していますが、音楽をテーマにした作品もたくさん描いています。1955年制作の「ジャズ」、翌年の「ホエン・ザ・セインツ」なんか、そのままレコードジャケットになりそうです。

その後、ビキニ環礁でおきた水爆実験で被曝した第五福竜丸の乗組員に強い関心をいだき、取材を敢行し、悲惨な兵器の姿を伝えようと「ラッキードラゴン」というタイトルで11点の作品を発表しています。その最初の作品「我々は何が起こったのか知らなかった」で、突然の被曝を表現していますが、この画集で初めて知りました。

なお、この画集には、野見山暁治が「同時代人ベン・シャーン」というタイトルでエッセイを書いています。瓦礫の中で、縄梯子にぶら下がって遊んでいる子供たちを描いた「解放」という作品に「戦争のあとの空しさというものを、ぼくはこの絵をとおして眺めた」と書いています。

もう一点、2011年から12年に全国を巡回した「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」展の公式カタログ(2000円)として美術出版社が出したものがあります。私もこの展覧会を観て、彼の多彩な活動を知りました。このカタログは資料満載でファンの人なら必須の一冊です。彼が手掛けたレコードジャケットも収録されています。シャーン好きの安西水丸、和田誠へのインタビューも掲載されています。

村上春樹の本の装幀を担当したイラストレーター、佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸の作品を集めた文庫本サイズの「村上春樹とイラストレーター」(新刊書・ナナロク社1944円)が入荷しました。

「ここに取り上げるイラストレーションは、単に文章や物語を後から追いかけて説明しているものではなく、絵そのものが物語るひとつの世界を有しながら、文章と分ちがたく響き合ってひとつのイメージをつくりあげていることがわかります」

と、書かれていますが、ほんとに絵と文章がセッションしている感じです。私が、最も春樹を真剣に読んでいた頃の「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」などの佐々木マキが担当した挿画は、全く新しい感性で、春樹の文章と共に、ロマンチックで、センチメンタルで、しかもアイロニーに満ちた世界へと連れて行ってくれました。

そして和田誠。「ポートレイト・イン・ジャズ」を初めて読んだ、いや眺めた時、この作家の心にジャズの香りが一杯染み込んでいるのがわかりました。和田は、春樹の文章を引用してこう書いています。

「そもそも、音楽を聴くというのは文章を書くにもいいことなんですよ。要素は大体同じですから。リズム、ハーモニー、トーン。にプラスしてインプロヴィゼーション。(中略)いい音楽を聴くように、文章を書けばいいんだという発想。これが僕の基本だったの。」

この頃は、小説こそ追っかけなくなりましたが、春樹の音楽本だけは、すぐに買ってしまいます。

最後に登場するのは、安西水丸です。春樹の「中国行きのスロウボート」の表紙で安西が描いたブルーの青さに魅かれて買ってしまったことを思いだしました。巻末には安西と和田の対談も掲載されていて、二人が春樹の魅力を語ってくれます。

資料として「村上春樹とイラストレーター略年譜」が載っています。見ていると、79年、「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞して単行本が発売された年に、自らが経営するジャズ・バー「ピーターキャット」で、春樹と安西は出会ってます。長い付き合いの始まりは、この場所だったのですね。

 

 

 

と言っても、もちろん当店ではありません。

京都駅伊勢丹デパートの「えき美術館」で、7月10日まで開催です。少しならまだ、店内に割引券ご用意しておりますので、ご利用下さい。

数ヶ月まえ、安西水丸の本を集めて、このブログでご紹介しましたが、今回新たに数冊入荷しました。

安西が初めて女性誌に連載した短篇をまとめた「空を見る」(PHP/絶版2200円)は、あとがきにあるように「若い女性たちの人生の隙間風のような愛を拾って書いています」。ちょいセンチメンタルで、アンニュイで、村上春樹的スパイスやらもブレンドした短篇集です。もちろん、安西のイラストも各短篇に付いています。「片方だけのペニー」に登場するこの女性(右写真)が、最も印象的で本短篇集の主人公的な存在です。

初の長編小説「70パーセントの青空」(角川書店/絶版・初版2300円)も入荷しました。話は、1964年開催の東京オリンピックからスタートします。著者が美術系大学を卒業したのが65年。学生から社会人になり、めまぐるしく動く社会の中で、速度を上げて去ってゆく20代の日々の、自伝的青春小説ですね。

「どこか知らない国に、自分の若い日の時間が持ちたいって」と、主人公はニューヨークへと旅立ちます。ラストが秀逸で、ここで本のタイトルの「70パーセント」の意味が説明されます。彼がアメリカへ旅立った10年後、私もアメリカへ行きましたが、私には「70パーセント」どころか、「50パーセント」以下でした。貴方にとって、20代後半の日々、頭上の青空は何パーセントだったんでしょうか?

70年初め、安西がニューヨークでの生活を終え帰途につく時、憧れの雑誌「太陽」で仕事をしてみたいと思っていました。それから、20年後、希望がかなって「太陽」に短編小説の連載を始めました。それが、「十五歳のボート」(平凡社/絶版・初版2200円)です。少年から、少し上にステップアップする男の子のナイーブさと、快活さと、ペシミスティックな感性を丸ごと詰め込んだ作品集です。サリンジャーの小説に登場しそうな男の子ですね。個人的には「とうもろこし畑を走る」がお薦めです。水平線の彼方にちらっと登場する鯨が象徴するものを考えてしまいました。イラストも満載です。

美術展で作品を堪能された後は、彼の文章もお楽しみください。

2014年に亡くなった、イラストレーターの安西水丸の素敵な本が数冊まとめて入荷しました。

和田誠と組んだ2冊組の「パートナーズ」(文藝春秋・絶版1850円)は、楽しさ一杯です。一冊は「ことわざバトル」で、古今東西のことわざについて、二人のエッセイとイラストがついています。両者のタッチの違いも発見できます。まず右ページと左ページ二人のイラストがそれぞれ描かれて、これがどんな諺かを思い浮かべて次をめくると、エッセイが綴られています。それがまた面白い。「所かわれば品変わる」で、安西が京都で「おおきに」と言われて、それが「ありがとう」の意味だったことに驚き、その後何度来京しても、このイントネーションが身に付かなかった小話など、フムフムと読んでしまいます。もう一冊は「ライバルともだち」です。「ホームズ×ルパン」に始まる、世界のライバルを並べて、二人がイラストを描き、ウンチクを傾けるという内容です。こちらも二人の巧みなタッチが楽しめます。「ウィリアム・テル×息子」なんて、えっ?何それ?なんていうのもあります。こういうのを「軽妙洒脱」と呼ぶのでしょうね。

安西のイラストも大好きなのですが、彼の旅日記もそれ以上に愛読してきました。

「時間と時間の間にもしも透き間があるとしたら、夏の祭りの思い出は、時間の透き間でゆれている。ぼくは陽の落ちた雪原をひた走る奥羽本線の窓辺に肩をよせ、ひと昔に過ぎ去った夏祭りのことを思いだしていた。」

憧れと感傷が、旅へと押し出してくれる「エンピツ絵描きの一人旅」(新潮社・絶版1400円)は、短い小説を読んでいるような、味わいのある旅日記です。もちろん、彼が旅先で見た風景のイラストも掲載されています。日常の風景から、うわっ!と見知らぬ土地の旅情が展開するような、なんというか極めて映像的な旅日記です。

もう一冊、旅ものですが、「スケッチブックの一人旅」(JTB・絶版1750円)にはカラーのイラストも載っています。これがいいんです。日本の風景ってこれだよな、という思いが湧いてきます。

「雨の季節に旅に出るのが好きだ」という安西は、「雨期になると、ぼくはきまって南房総の旅に誘われる」そうです。雨にけむる野島崎灯台を描いたイラストが、切ない旅情を余すところなく描いていてお薦めです。

さて、もう一冊。こちらは桂文珍のエッセイ「文珍でえっせー」(潮出版・絶版800円)です。文珍師匠のエッセイに、安西が全ページカラーで作品を描いています。これは、見応えありです。

師匠曰く「昔、それほど効率性を追求しない時代、働くことは気持ちよく生きるためだったようです。気持ちよく楽しく働きたいものです」

気持ちよく、楽しく、そんな言葉のエッセンスに触れるようなイラスト満載です。

Tagged with: