台湾先住民族の神話に我を忘れ、巨大なゴミの島が台湾を襲うというデストピア的世界に慄き、謎の複眼人が姿を現し語りかけ、海の、森林の、星空の、圧倒的美しさにひきこまれる長編小説「複眼人」(KADOKAWA/古書1800円)。第71回ベルリン映画祭で「映画化が期待される小説部門」に選出されました。

多分、これを映画化できるのは宮崎駿しかいない、と私は読後に強く思いました。いやぜひ、彼に映画化してほしい。

この長編小説の著者は、呉明益(ウーミンイー)。以前、「歩道橋の魔術師」(白水社/古書900円)をブログで紹介しました。あの時から、この作家の魔術師的世界の虜になっていたので、本書が翻訳出版されるのを期待していました。そして、それは予想以上の出来上がりでした。

次男坊が生きることができない島から追放された少年、夫と息子を山で亡くした大学教師の妻、身内を失った台湾先住民族の男と女、父親が撲殺された環境保護を訴える海洋学者。彼らが主たる登場人物です。

死が同居する残酷な彼らの数奇な人生を、ある時は俯瞰的に、ある時は超接近して描いていきます。彼らの前に広がる大自然の美しさと残酷さ。不意に登場する超自然的存在の複眼人。クライマックス、台湾沿岸に押し寄せる巨大なゴミの島 に為す術もない人類。これはSF なのか、神話的物語なのか、いやいや先住民族の持つアニミズムの救いなのか、地球を食いつぶす人類への警告なのか。「ゲド戦記」の著者、アーシュラ・K・ル=グィンは「こんな小説は読んだことがない。かつて一度も」と本の帯に書いていますが、おそらく多くの小説好きの方がそう思われるでしょう。もちろん私も。

様々な運命を生きる人々を描く執筆の魔力的な力に圧倒されます。350ページ余の長編ですが、あっという間に読んでしまいました。この圧倒的巨大な世界を映画化するのは、「もののけ姫」を監督した宮崎しかいないと思います。

汚染されてゆく海、地震、津波、大雨といった自然の猛威の前に滅んでゆく私たちの世界。その最後に登場するのは、ボブ・ディランの名曲「激しい雨が降る」です。

川本三郎が解説で「呉明益は最後に、これまでの死者を悼むように『激しい雨が降る』の曲(詩)を引用する。ボブ・ディランの初期の作品。(中略)ディランは1962年のキューバ危機の際に米ソ核戦争の危機を覚え、この曲を作ったという。『複眼人』の最後にふさわしい。」と書いています。

今年読んだなかで(まだ5月ですが)、一番物語を堪能しました。

 

 

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先日、堀田善衛の本を購入されたお客様と、少し話をしていた時に新書で「堀田善衛を読む」が出てますよ、と教えてもらいました。今頃何故堀田の本が、しかも幅広い客層を相手にした新書で、出るんだろうと不思議に思い、取り寄せました。(集英社新書/古書500円)

サブタイトルに「世界を知り抜くための羅針盤」とあります。5人の作家・映画監督と、堀田との関わりを語ったインタビューで構成されています。その5人とは、池澤夏樹、吉岡忍、鹿島茂、大高保二郎、そして宮崎駿です。

堀田は、1918年、富山県高岡市生まれの小説家・評論家です。52年発表の「広場の孤独」で芥川賞を受賞しました。55年、日中戦争時代に起こった南京事件を中国人の視線で描いた「時間」を発表。翌年、アジア作家会議出席のためインドを訪問し、「インドで考えたこと」にまとめます。これ以後、諸外国をしばしば訪問して日本文学の国際的な知名度を高めるために活躍しました。

池澤夏樹は、彼の積極的国際性に注目しています。堀田の家は、羽振りの良い廻船問屋でした。外国人との交流も頻繁で、国際的感覚を若い時から育てていました。池澤はこう指摘します。

「語学は才能もあるけれども、そこに向かっていこうとする開かれた積極性、国際性、それを最初から装備して出てきた。その結果が後にアジア・アフリカ作家会議での活躍や、『インドで考えたこと』になり、それからベ平連で脱走兵をかくまうというところにいく。こういう開き方を持って世を渡った作家が他にいたかというと、ちょっと思い当たらない。」

面白かったのは宮崎駿と堀田との関係です。宮崎は最も尊敬する作家として堀田の名前を挙げており、彼の文学世界に非常な影響を受けていると言っています。宮崎はある時、堀田から彼の『方丈記私記』の映画化を打診されます。

「『方丈記私記』が何とか映画にならないかと、とにかく考えています。それには、実は知らなければいけないことや、ひょっとしたらこれは映画になるかとか、ここが骨になるかなとか、そういうふうに探してはいますけれども、なかなか実現には至っていません」

ここに登場する「方丈記私記」(筑摩書房/古書1250円)は、堀田の代表作の一つで、「要するに方丈記一巻が自分の経験となり、かつ自分の魂に刻みつけて行ったものを記そうとしているにすぎない。」と語っている通り、堀田自身の戦争体験を踏まえつつ、方丈記を読み、鴨長明の心の内側へと入ってゆく文学です。

なぜ、何度もこの古典を読み返すのかと自問した時の彼の答えはこうです。

「それは、やはり戦争そのものであり、また戦禍に遭遇してわれわれ日本人民の処し方、精神的、内面的な処し方についての考察に、何か根源的に貸してくれるものがここにある、またその処し方を解き明かすためのよすがとなるものがる、と感じたからであった。」

戦争体験と、海外で見聞きした多くの体験が元になって、強固な思想を文学に落とし込んで行った堀田の文学は、池澤が言うように「社会と歴史と自分の想像力から生まれてくる文学というのは役に立つ、それからやっぱり面白い」のです。

この新書をお読みになって、興味を持たれたら、堀田の著書をぜひ。

★フリー雑誌「 S&N」最新号入荷しています。数に限りがありますので、お早めにどうぞ

 

 

 

 

宮崎駿の「折り返し点1997〜2008」(岩波書店1850円)が、再入荷しました。全500ページのボリュームある一冊です。「もののけ姫」に始まり、「崖の上のポニョ」に至る12年間の、宮崎の頭の中を覗き込むとでも言うべき内容で、この巨人の思想を読むことができます。映画の企画書、エッセイ、インタビュー、様々な対談、講演までを網羅しています。

「もののけ姫」編に収録されている梅原猛、網野善彦、高坂制との対談「アニメーションとアニミズム『森』の生命思想」や、「千と千尋の神隠し」編で山折哲雄との「万物生命教の世界、再び」のようなアカデミックな読み応え十分の対談もあれば、「サン=テグジュベリの飛んだ空」で、彼の大好きなサン=テグジュベリのことを語りながらこんな死生観を述べています。

「ただ死ぬべくして死ぬ。そういう生き方を、僕は認めたい。いいじゃないですか、挫折したって、飲んだくれて死んだって、飛行機で死んだって。そういう権利、そういう選択肢はみんな持っているし、持ってていいんじゃないですか。みんなが前向きに健康に生きる必要なんてないんです。不健康の極みで生きる権利を、特に詩人は持っているはずだ。」

こんな中から、「生きろ」というテーマを掲げた「もののけ姫」が出てくるんですね。

さらに、宮崎の戦闘機、軍艦、戦車へのフェチをぶちまけたようなイラスト集「宮崎駿の雑草ノート」が二種類入荷しました。現在発行されている「増補改訂版」(写真右2700円)と、最初に出された版(写真左下2000円)です。増補改訂版の方が、当然ボリュームも増えていてお得なんですが、表紙のイラストが全くちがいます。個人的には、細部の細部まで描き込んだイラストの最初の版の方が好きです。宮崎の「紅の豚」ファンなら、持っておいて損はないはず。

改訂版には「紅の豚」のオリジナルとも言える「飛行艇時代」というタイトルの漫画が収録されています。映画とほぼ同じストーリーなのですが、違うのは、ホテルアドリアーノの魅力的な女主人が登場しないことです。映画版では、加藤登紀子が声を担当して、存在感のあるステキな女性を作り上げていました。彼女の存在が、映画の魅力を大きくしていました。

因みに、宮崎は、ヨーロッッパ各地で勃発した民族同士の苛烈な内戦を見た後、同じヨーロッパを舞台にした「紅の豚」を作ったことを後悔しているという主旨の発言をしていました。殺戮を撒き散らした戦闘機をヒロイックに描いてしまった事、そういうものへの愛着を恥じたのでしよう。

もう一冊、岩波新書「本へのとびら」(岩波書店650円)も再入荷しました。これは、児童文学の宝庫、岩波少年文庫の案内ともいうべき一冊で、50冊が推挙されています。

虐げられた人達の世界を描いて、いつも背筋をシャキッとさせてくれる映画監督、イギリスのケン・ローチ。69年発表の「ケス」以降、できるかぎり観るようにしています。労働者階級の人々や、誰かさんの大嫌いな移民達の人生を描く映画を、数多く発表して高い評価を得ています。アル中男の出口のない人生を見つめた「マイネーム・イズ・ジョー」とか、ウイスキーテイスティングの才能をもつ貧しい青年が新しい生き方を見つける「天使の分け前」はお薦めです。間もなく新作「私はダニエル・ブレイク」が公開されるので、その前作「ジミー、野を駆ける伝説」を観てみました。

時代は、1932年のアイルランド。国を分断した内戦終結から10年。もと活動家で、アメリカに暮らしていた青年ジミーが生まれ故郷に戻ってきます。彼が、故郷で差別と弾圧を体験したあげくに、国外に退去され、NYで死去するまでを描いています。映画制作に確乎たる信念を持つローチ監督が正攻法で描いたドラマに、こちらものめり込んでいきます。

ローチの映画はたいてい、僅かの希望を残して終わります。この映画もしかり。国外退去で連行されるジミーを見つめる若者達のワンカットです。自由を弾圧するこの時代にハッピーエンドはあり得ません。しかし、青年達に僅かの希望を託しています。この世界の悲惨さを映像化するだけでなく、そこにあるかないかの希望を見つけようと苦闘する作家の姿こそ魅力的です。

明るい明日なんてほぼ絶望的なのに、そこに一筋の希望を、説得力のある描写力で示すのは、宮崎駿も同じです。「もののけ姫」ラストはその最たるものですね。原発事故を思わせる大破壊の後に、森に戻って来た妖精はたった一人。さて、豊かな森は元に戻るのか、もう戻らないのではないか…….。しかし、それでは我々の明日はどうなる?作家の混迷と悩みが導き出したのが、たった一人の妖精の帰還。ここに託すしかない、という宮崎の決意を読み取りました。

映画ではなく、漫画版の「風の谷のナウシカ」(徳間書店全7巻2500円)を読んでいると、権力闘争の凄まじさと惨たらしさ、永遠に続く地獄のような世界の中で、ナウシカという少女にすべてを託した宮崎の思いが伝わってきます。映画も傑作ですが、まだ原作を読んでいない方はこちらもぜひ。

 

 

宮崎駿監督引退のニュースはどのマスコミもトップで伝えていました。新作「風立ちぬ」の社内試写終了後「初めて、自分の映画で泣きました」という発言を聞いた時、あっ、この人もう辞めるなと感じました。表現者が、自らの作品に涙するなんて……..。もうすべてやり遂げた時だけでしょうからね。

宮崎さんはかつてこんな事を書いています。

「飛行機もので初めて『あっ、これ本物だ』と思ったのがロアルド・ダールでした。サン=テグジュベリは格好つけて迷走しすぎてて、これでは飛行機が堕っこちゃう感じが読んでてどこかあるんですね。」

そして、彼が推薦しているのが「飛行士たちの話」と「単独飛行」でした。前者は読んでいませんが、後者は私も大好きな作品です。サン=テグジュベリが格好つけすぎかどうか、わかりませんが、ダール作品を彼が愛読していたのは理解できます。ダール作品ほど爽快なものはないと語っていますが、それは間違いありません。

私にとって、宮崎さんは飛行機好きの大先輩だと思っています。一見、飛行機が登場しない「魔女の宅急便」でも、巨大な飛行船は登場するし、ヒロインが箒にまたがり、飛ぶ瞬間、その箒の先が強い推進力を持った瞬間なんて、まるで飛行機のエンジンが全開になった時の描写でした。

「紅の豚」はそんな飛行機オタクの真骨頂作品でしょう。高高度から、翼を右に傾けて大きく旋回して急降下する瞬間を描くことこそ、彼の至福の時だったのではないでしょうか。そのずば抜けた描写で十分感じることができます。「もののけ姫」のメイキングを観ていると、作品をどう終わらせるかで苦しみ、のたうち回り、もがいていますが、「紅の豚」は結構、楽しんで制作されていたのではないでしょうか?

彼の著書「出発点1979〜1996」(徳間書店1800円)をぺらぺらめくると、各章の扉に、第二次世界大戦中の名戦闘機が描かれています。ほんとに、好きなんだなぁー。そう言えば、サン=テグジュベリの文庫版「人間の土地」、「夜間飛行」のカバー装画も彼の作品です。

因みに1979年は、初の劇場用長編アニメ「ルパン三世、カリオストロの城」完成の年であり、96年は「もののけ姫」制作開始の年です。

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