折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代「百人一首」、丸谷才一「新々百人一首」の三編がまとめられて「日本文学全集」(池澤夏樹編集/河出書房新社1800円)の一冊として刊行されました。

中学校だったか、高校学校だったか、京都大学で万葉集を選考したという担任の、国語の授業を受けましたが、もう死ぬほど退屈でした。「百人一首」には、好きな人をひたすら思いやるような恋愛の歌「相聞歌」も多数ありますが、なんせむさ苦しい男子学生。和歌よりもエロ雑誌、本物の女子学生の髪の匂いに、つよく惹かれるのは当たり前でした。

ところが、今回通読してみて、その面白さ、格好良さにしびれました。最もスタイリッシュだったのは、「百人一首」を選んだ藤原定家のこの一句。

「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」

静寂が支配する冬の日暮れ。寡黙な武将が、ふと雪をはらった瞬間に見てしまう、己の明日・・まるで映画みたいな光景が浮かんできます。

折口の「口訳万葉集」は、この国文学者の大家が、若き日、「万葉集」四千五百首ほどを口語に訳し、それを友人三人と書き取ったものです。その間、一切の参考書を使わずに、原本だけを詠みきったという労作です。本書ではその一部が抜粋されています。

また、丸谷の「新々百人一首」は、彼なりの「百人一首」を編纂しようと決心し、50代半ばから20年かかって完成させました。こちらは、その中から20首程が選ばれていますが、ここまで読み見込むかと感心してしまいました。持てる知識フル動員の文章は、かなり手てごわく、百人一首初心者にはハードルが高すぎたみたいです。

その点、詩人の小池昌代訳の「百人一首」は、翻訳、解説とも簡潔で読みやすく、入門としては最適でした。

「よもすがら物思ふころは明けやらぬ閨のひまさへつれなかりけり」  俊恵法師

閨(ねま)は「寝室」のことで、こう解説しています

「男を待ち、朝を待ち、どこもかしこも『待つ人生』。恋は『待つ』ことで成熟するとはいえ、じりじりと進む夜の遅さに『待つ』という行為にもうこれ以上耐えられないという女の心が映っている」

こちらも、夜の闇の深さを見事に切り取った映像的表現ですね。「57577」という限り無く制約された世界で、これだけの美を創り出した、日本的感性って、どこから来たのかちょっと調べてみたくなりました。

因みに、池澤夏樹のベスト1はこちらでした

「春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲のそら」 定家