文芸書の大手、新潮社が1998年、新しい作家を紹介する海外文学シリーズ「新潮クレストブックス」を創刊しました。さらに2002年、季刊総合誌『考える人』を創刊します。どちらも本好きにはたまらないシリーズですが、その二つを立ち上げて、同社の「芸術新潮」編集長を兼務していたのが、松家仁之。

2012年、彼は、長編小説「火山のふもとで」で第64回読売文学賞を受賞します。次いで刊行した小説が「沈むフランシス」(新潮社800円)です。今年これまで読んだ小説ではベストかな、と思う「美しい」小説でした。だから、小説って止められない!!

舞台は北海道の小さな村。主人公は、東京から戻ってきた女性で、郵便配達車に乗って、村に手紙を届けるのが仕事です。その村はずれの小屋に「フランシス」と共に暮らす独りの男との恋愛小説です。

表紙は、可愛い犬の写真。あ、これがフランシス?沈むってことは死ぬ?と犬好き読者(私?)は早合点するかもしれませんが、全く関係ありません。フランシスって、この男が管理している水力発電機の名前なのです。

彼の趣味は音楽で、優れたオーディオ装置に囲まれて音楽を聴いていますが、最も好きなのは、彼自身が録音した、様々な「音」です。この音を、初めて聴いたヒロインは、こう感じます。

「目をつぶって聴いていると、それぞれのリアルな光景が、匂いや湿度、気温や風や振動までともなって、目の前に立上がってくる。それが、たったいま動いている」

この作家は、見事に「静寂」を描写できる人です。風が舞い、雪が深々と降る北国の自然は、すべての音を消してしまいます。静寂のみが支配する空間、その無の空間を作家は、透明な美しさをもった情景として描いていきます。なんか、北欧の、清らかな映画を観ている気分です。

物語は劇的な展開を避けて進行しますが、ラストは圧倒的です。大自然の猛威に耐えたヒロインは、ラストでこう確信します。

「星には音がある。桂子はそう思った。聞こえない音がひとつひとつの星からこちらに向かって降ってくる。その音は、光だった。光源すらない、はかない光の音。この光があるうちは、なにも絶望するこはないのだ」

小説が持つ豊かな世界を再確認させてくれる一冊でした。

先日紹介した雑誌「つるとはな」にも松家仁之の短篇が掲載されています。こちらもやはり静かな短篇でした。

こういう小説を探し出し、並べていきたいものです。