小野正嗣が芥川賞を受賞した「九年前の祈り」(講談社/古書750円)を読みました。蓮實重彦が傑作だと太鼓判をおしていたので、レトリックな文体を駆使した小説かなぁと思っていましたが、いや、面白かったです。何と言っても、登場する大分弁バリバリのおばちゃんたちの会話がイキイキしています。

東京で同棲していたカナダ人と別れ、生まれた息子を連れて郷里に帰ってきた安藤さなえが主人公です。さなえの混血の息子、希敏は外見こそ美しいのですが、しばしば癇癪(かんしゃく)の発作を起こして、「引きちぎられたミミズ」のように手の付けられない状態になリます。

「引きちぎられてのたうつミミズに人の言葉が通じるのか。投げかけられる言葉は切実なものであればあるほど、尖った石のつぶてとなって、すでに傷ついた体をさらに切り込んだ。いっそう痙攣させ、のたうたせた。」

帰郷した彼女は、昔なじみの「みっちゃん姉(ねえ)」の息子が入院中で、かなり悪いことを知り、見舞いに行こうとします。みっちゃん姉は、9年前に地元のおばちゃんたち8人で行ったカナダ旅行で一緒だった一人でした。

さなえは見舞いの品に、故郷の島で取れる厄除の貝殻を採りに行きますが、その道中で9年前の旅の記憶がフラッシュバックします。そこでの彼女たちの大分弁が爆発するところは、微笑ましくも哀しくもあります。おばちゃんの二人が、モントリオールの電車ではぐれてしまった時に、みっちゃん姉は近くに教会でお祈りをしようと提案し、見よう見まねでお祈りをします。

「モントリオールの教会で、さなえと他の三人が祈りを終えて立ち上がったあとも、みっちゃん姉は依然としてひざまずいた。真剣な様子に声をかけられなかった。」

その真摯な「祈り」の姿がこの物語の大きなモチーフになってきます。さなえは、みっちゃん姉の息子も障害に苦しんでいることを、道中一緒だったおばちゃんちゃんから聞きます。

「あげえ明るい人じゃけどな、さなえちゃん、どこの世界に明るいだけの人がおるんか……..。そげな人がおったら、そら、ただの馬鹿じゃ…….。」

過去の回想が現在と交錯する文章が、発達障害を抱えた息子、シングルマザーを取り巻く環境、未来への展望が全く見えない人生など、さなえの抱える苦しみをあぶり出していきます。

「その腐敗から生じた毒がさなえの体を通して息子に伝わってしまったのだろうか。だとしたら、すべてはさなえのせいだ。膝の上に置かれている希敏の頭が寝苦しそうだ。汗で少し濡れた希敏の髪をそっと撫でた。」

 旅行の機内で泣き止まない赤ん坊を守らんとしたオバちゃんたち、そしてひたすら祈っていたみっちゃん姉、登場する彼女たちこそ救いの象徴なのです。残念ながら、本作では男性はほとんど無意味な存在です。

そう簡単ではないだろう、これからの人生。でも、

「いま悲しみはさなえのなかになかった。それはさなえの背後に立っていた。振り返ったところで日の光の下では見えないのはわかっている。悲しみが身じろぎするのを感じた。」と、さなえが感じるラスト。救ったのは、あのおばちゃんたちだったのです。

ちなみに、作者の小野正嗣は、現在「日曜美術館」(NHK・Eテレ日曜朝10時)で司会をしています。

 

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★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も27店程にご参加いただきます。お楽しみに!

「女子の古本市」準備のため、4日(月)5日(火)はお休みいたします。