山本昌代の中編小説を集めた「手紙」(岩波書店/古書900円)は、日常生活に入り込む微妙な狂いを描いています。

津田塾大在学中に、浮世絵師の応為と、その父葛飾北斎の姿を描いた「応為坦々録(おういたんたんろく)」で文芸賞を受賞してデビューしました。その後、歌舞伎役者の沢村田之助を描いた「江戸役者異聞」、平賀源内を主人公にした「源内先生舟出祝」など、近世を舞台にした作品が多く、時代作家のレッテルを貼られがちでした。有名なところでは映画化もされた「居酒屋ゆうれい」の原作者でもあります。

「文学界」「すばる」等の文芸雑誌に発表されて、この本に収録されている作品は、すべて現代を舞台にしています。普通の人々の普通の生活に、得体の知れない何かが忍び込む怖さを、巧みに描いていきます。だからといって、オカルト小説っぽくなることはありません。

永遠に続くもの、それが日常だと思い込んでいると、突然さす影。その影で、人生がどう変わってゆくのかを淡々と描く作品が並んでいます。くっきりした結末が用意されているわけではありません。夢なのか、思い込みなのか、幻なのか、なんの解決もないまま物語は終ります。人生の翳りに見える時もあれば、怖さが剥き出しになる時もあります。

タイトルにもなっている「手紙」は、中年の男性作家のポケットから「I love you」と書かれた紙切れが何回も出てくるという奇妙な物語です。作家は、不思議に思いながらも、日常を生き続けます。外で仕事をする妻と、一日中家にいて原稿を書いている夫との、交流があるようなないような会話も不気味ですが、その日常に変化をもたらす兆しのような差出人不明の手紙。何度も投函されるこの手紙に、夫は段々と不感症になっていきます。やがて、不条理で不気味な幕切れが待っているのです。

「鷺」は、中年に差し掛かった女性と、介護が必要になってきた母が暮らす一軒家にゆっくりとカメラが入り込むように、二人の女性の日々を映し出されるお話です。掃除、洗濯、食事の用意、介護サービスに出かける母親の見送りと、決まりきった生活だけの繰り返し。しかし、デイサービスからの帰宅途中、遠くまで散歩に行ってしまった母親を見た時から、何かが変わっていきます。母親にも、また未来を全く描けない娘の方にも。それが何なのかは、描かれません。

「母は食べる手をすっかり止めて、何も映っていないテレビの画面を見た。食事中はテレビをつけない。父の存命中から変わらない習慣である。『テレビ、つける?』 訊いても無言のまま動かない。『お母さん』と呼んだ。」

二人を見続けたカメラが、すう〜っと家から抜け出してゆくような映像で物語は終ります。結末をつけない、つけることに意味をもたせない短篇集です。

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