藤野千夜の「編集ども集まれ」(双葉社/古書700円)は、400ページを越す大長編小説ですが、面白い!こんな展開になるのか!おそれいりました。

1985年のこと。学生時代漫研にいた小笹一夫は漫画雑誌を発行している青雲社に入社します。「週刊大人漫画クラブ」編集部に配属され、電話番の仕事をやらされます。「巨人の星」の原作者梶原一騎から、クレームの電話を受け取ったりと、新入社員らしい失敗を重ねながら、編集の仕事へと携わっていきます。この小説、実名で多くの漫画家や作品が登場するので、80年代からの日本の漫画史を読んでいるようなものです。なつかしい漫画家や、作品名が登場します。

そして、もう1人の主人公。作家の笹子さんです。2015年、彼女はJ保町(神保町のことですね)を訪れます。この町には、彼女が22年間勤務していた青雲社がありました。が、個人的事情で解雇されてしまい、その後一度も立ち寄らなかった場所です。彼女にとって、苦々しい思いしか残っていない町を再び訪れたのは、自伝小説の取材のためでした。取材の途中で、かつて通ったカレー屋さんやら、古書店を巡るうちに、あの時代を思い出します。85年青雲社に入社の若者小笹一夫の物語と、かつては同社で漫画編集部員として過ごし、今は文学賞を幾つか受賞した女性作家の物語が交互に語られます。漫画王国日本を俯瞰的に描いた世界は圧倒的です。

この小説は、二人の成長を過去と現在から見つめるものなのだな、と思い込んで読み始めました。しかし、ちょうど小説の中程で物語は大転換していきます。実は小笹一夫は、「小さい頃には、大きくなったら女の人になると信じていたのです。今も寝言が思い切り女言葉らしいと。」と、幼い時から性別に違和感がありました。スカートをはき、「一夫」ではなく「笹子」として出勤し始めたのです。70年代のことだから、性を変えることに慣れている社会ではありません。でも、彼、いや彼女の周りの女性同僚たちは、「そうなんだ。そういう人もいるんだよね」と、それまで通りの付き合いをします。ところが、会社はそうはいきません。男性として入社したからには、男性の服装で出勤しなさいと強要してきます。それを突っぱねた笹子は、結局会社を解雇されこの街を去ります。これ、藤野千夜の実話です。

帯に木皿泉が「藤野さんの書くものは、つよくてやさしい。そうか、こんなことがあったからか。」と書いています。

この物語は、自分が自分でいる、あるいは生きてゆくことを守る闘いの記録だったのです。そして、主人公がそれを守れたのは、漫画を愛する仲間たちがいたからであり、何よりも、闘いのど真ん中にいた本人の漫画への深い愛が支えになっていたのです。女であることを告白したあたりから、漫画家の岡崎京子が頻繁に登場してきます。彼女も作家を支えた一人だったのでしょう。

藤野千夜怒濤の実録物語です。是非お読みください。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。

 

岡崎京子の短篇コミック「チワワちゃん」(新装板/角川書店600円)が入荷しました。

彼女は90年代の女性コミックを引っぱり、前人未到の世界へ向かった作家ですが、最初に長編を読んだ時は、はっきり言って苦痛でした。物語世界に溶け込めないし、煙草と酒とセックスと暴力に閉口しました。

しかし、ボリス・ヴィアン原作の「うたかたの日々」を漫画化した岡崎版「うたかたの日々」(宝島社700円)は、原作以上にガ〜ンと脳天直撃でした。

 

「チワワちゃん」は、90年代中期の傑作短篇集と評価されている作品で、表題作がその代表作です。バラバラ殺人事件の被害者、チワワちゃんの実像を、遊び仲間がそれぞれ語るのですが、そのコマの切り方、乾いたタッチ等、まるでヌーベルバーグ派の映画的手法のようであり、新しい感覚のドキュメンタリーを見ている感じです。被害者を「品行方正」と言い続けるマスコミだがその実体は・・・というのは、かなり野暮ったいお話ですが、読者を引っ張ってゆく力量は岡崎ならではです。

物語の後半、チワワちゃんの手向けのために仲間が早朝の港に集まるシーンが見事です。身開きワンカットで表現される開放感。私たち自身、この港の風に巻き上げられて海の彼方に持っていかれる感じです。

岡崎の代表作「RIVER’S EDDE」(宝島社850円)の最後、田島カンナが焼身自殺するカットでも、同じ様なコマ割りで、燃え上がる炎と煙で、その象徴的なシーンを表現していたことを思いだします。明るい未来という名の地平線が、永遠に閉じてしまった世界で、彷徨するティーンエイジの傷みを描いているこの作品、この焼死体の次のカットで、草むらで痛くなるぐらいセックスをする二人に被さるように、こんな独白が書かれています。

「観音崎君は不安と怒りと精液を一緒くたに全部あそこにぶちこむしかなかったんだと思う」

辛く、痛いコミックですが、何度でも読みたくなります。