オーストラリア生まれの(1974年)画家、アニメショーン作家のショーン・タンについては、新作が出るたびに、あるいは展覧会の印象など書いてきました。

今回も素敵な絵本を紹介します。タイトルは「いぬ」(河出書房新社/新刊1980円)。

「この先地球にどんな運命が待ち受けていようと、それがどんなに途方もなく過酷で、この世の終わりのように思えても、僕らの隣にはきっと犬がいて、前に進もうと僕らをいざなってくれるにちがいない。そうでない未来なんて、僕には想像できない。」

と作家は、犬好きが聞いたら涙するようなあとがきを寄せています。

広い道路の向こうにいるひとりの人間と、こちらにいる一匹の犬。どちらも背を向けています。同じ構図の人と犬の絵が続きます。人はそれぞれ国も年齢も違い、手前に描かれた犬は大きさも色も違います。どこか物悲しい情景が何ページにも渡って描かれています。

しかし、終わりも近づいたページでこちらを振り向いた女性に、真っ黒な犬が振り向き視線を送ります。そして、ページをめくると横断歩道の真ん中で抱き合う女性と犬。岸本佐知子訳によるこんな文章が飛び込んできます。

「きみがわたしの手を引っぱり、膝の裏に鼻を押し当てる。そしてわたしに叫ぶ、昔と同じように叫ぶ、世界は僕らのものだ! そしてまたもとどおり、わたしたちは並んで歩いていく。」

その言葉通り、最後はリードをつけてもらった犬と女性が歩み去ってゆくところで物語は終わります。犬と人間の愛情あふれるつながり。生と死。モノローグのような数少ない言葉と、シンプルな構成の画面だけで深い感動を与えてくれる絵本です。

裏表紙には、いろんな人たちが、犬種の違う犬を散歩に連れ出している様がシルエットで描かれていて、「平和」という言葉が最も適した絵だと思います。

なお、この著者には、人間に酷使されるセミが、最後に脱皮して人間世界から解放されて、自由な世界へと旅立つ「セミ」(新刊1980円)という素晴らしく、切ない絵本があります。

 

 

 

岸本佐知子、柴田元幸、高橋源一郎、堀江敏幸等、翻訳家として、あるいは作家として第一線で活躍する12名の対談を集めた「翻訳文学ブックカフェ2」(本の雑誌社1200円)が入荷しました。

先ず、マンハッタンで酒とドラッグに溺れてゆくヤッピー青年を描いたジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」を、高橋源一郎が翻訳した顛末記が面白いです。滅茶苦茶に〆切に遅れてしまった話に始まり、日本語、英語の持つ潜在的な力まで語ってくれます。英語が原理的に男性的で、自己中心的な言語であり、9・11以降のアメリカの体制は男性原理主義社会の成れの果て状態になっているのに対して、日本語をこう解説しています。

「日本語は二千年間、他者の文物を輸入しては無限定に交配しまくってきた。これこそがこの国を長生きさせてきた原理みたいなものだと僕は思います。だから元気がなくなったらどんどん輸入しちゃえばいいんですよ。そしてがんがん異種交配したらいい。」そこから新しい小説が登場してくると結んでいます。

海外文学に興味のない方でも、どんどん読んでいけるところがこの本の良さです。原作にぶつかって悪戦苦闘しながら、作者の選んだ言葉の持つ意味に合致した日本語を、手探りで見つけてゆくスリリングな姿は感動的です。

エッセイストとしても人気の岸本佐知子さんは、翻訳家志望の人には、必ず一度は就職しなさいとアドバイスするそうです。それは、「会社のような、縛りのきつい環境で発せられる言葉こそが、本当に生きた言葉だと思うんですよ。それに、その言葉には必ず表情や匂いや空気がくっついてきますよね。それはものすごく貴重なデータベースなんです。今翻訳をする上で、六年半勤めていたときの経験は、本当に貴重な財産になっています」

生きた言葉をストックするには、足かせガンジガラメの状況に身を置くということですね。この本の対談の時、彼女はジャネット・ウインターソンの「灯台守の話」(白水社1100円)翻訳中で、いかにこの本に美しい表現が散りばめられているかを力説されています。この本については、当店の海外文学ファンのお客様も、やはりその美しさを語っておられました。

「愛している。でもこの世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

このエンディングに乾杯です。

今日から、下鴨古本市です。

下鴨神社に朝一番に行くと、知り合いの本屋さんやら、当店のお客様に出会いました。猛烈に暑いという感じでもなく、本選びにはなかなか良い環境でした。神戸から「トンカ書店」さんが初参加されているのでご挨拶をしてきました。開催中のレティシア書房の古本市にも、例年通り参加していただいております。

 

さて、本日紹介するのは酒造メーカーのサントリーが販売している小冊子「Whisky Voice」です。2010年発行の39号(表紙は柳原良平)、14年発行の49号、そして15年発行の52号の三冊があります。お酒の本ですが、どれもエッセイが素晴らしい!49号では川本三郎が「ボトルキープは大正時代からあった」というタイトルで書いています。そして、52号では「バーのレコード」という企画もあり、音楽ファンにも読んでもらいたい冊子です(この特集だけでブログの記事が書けそう・・・)

化粧品メーカー資生堂が出していた「花椿」の元編集長が25年間通い詰めたパリコレから選んだデザイナー25人についた書いた平山景子「パリコレ51人」。ファッションの本質に迫ってゆく一冊です。この本、ネットでは8000円近い価格で推移しています。(もちろん当店ではそんな価格では出ていません。)「花椿」も数冊ですが出品されています。こちらは各150円です。

女性翻訳者の人気者、岸本佐知子の最近の二作、「なんらかの事情」、「ねにもつタイプ」がどちらもハードカバーであります。クラフト・エヴィング商會の素敵な装幀、イラストを楽しむなら、こちらの単行本サイズで持っておきたいものです。「なんらかの事情」にある「ダース考」は、よくもこんな事考えるなぁ〜と感心します。映画「スターウォーズ」の悪役ダースベーダは夜、自室に戻って眠るのだろうかとあれこれ考えた内容ですが、思わず吹き出します。変な人です、岸本さんて。

 

ところで、今日行った下鴨古本市「トンカ書店」(写真右下)で、あがた森魚・大瀧詠一の「僕は天使じゃないよ」と、沖縄のシンガー大島克己の「東ぬ渡」のCDを2枚買いました。この大きな古本市にはCD、DVDも出ていて、しかも安い。音楽ファンもお見逃しなく。(古本市は16日まで)

★本日の紹介本一覧(書名/出版社/価格/出品店)

「Whisky Voice」(サントリー/350円/1003)「パリコレ51人」(ギャップ出版/3000円/きれいちゃん書林)「なんらかの事情」(筑摩書房/800円/1003)「ねにもつタイプ」(筑摩書房/750円/1003) 

 

 

★レティシア書房 夏の一箱古本市

8月9日(火)〜8月20日(土) (最終日は18時まで。15日(月)は定休日。)

★レティシア書房 夏休みのお知らせ 8月21(日)〜25(木)

 

 

 

 

「お前の訳文が曲がっているのは、生き方が曲がってるからだ。」

こんなこと言われたら、落ち込みますよね。言われたのは、翻訳家の都甲幸治。これ、「都甲幸治対談集 読んで、訳して、語り合う」(立東舎1300円)の中の「翻訳家ができるまで」というテーマの対談の一部です。

対談相手は、今人気の岸本佐知子で、彼女も翻訳学校時代で、もう徹底的にしごかれて、学校の帰り道、「駅に向かいながらひっくひっく泣きました。」と告白しています。

因みに、冒頭の言葉を言い放ったのは、彼を教える立場にいた、柴田元幸。

岸本以外に、いしいしんじ、堀江敏幸、内田樹、柴田元幸、藤井光等とのユニークな対談を集めてあります。海外文学が専門の方々が多いのですが、村上春樹の「1Q84」をテーマにした都甲幸治×内田樹×沼野充義の対談は、そんなに村上フリークではない私でも、引きずりこまれました。

「僕は村上さんにはたぶん男性をどう『武装解除』するかということがひとつのテーマとしてあるような気がするんですよ。」と切り出した内田は、

「今の世界は、男性中心主義が解体されて、フェミニンな共産主義みたいなもののほうへ、ゆっくりと向かってるような気がするんですね。そのなかで『村上春樹的父親』はあらゆる家父長制が解体されたあとに最後に残りそうな、もっともしぶとい父性だと思うんです。それをどうやって武装解除するかということが村上さん自身のパーソナルなテーマ」と、結論づけています。

さて、爆笑ものの対談は、京都在住の小説家いしいしんじとの対談です。この中で、日本では海外文学を読んでると、おしゃれ!と言われがちですが、いしいさんは海外文学は「ぐちゃぐちゃで臭くて、下品で、ひどい話ばっかりですね。でも、ぐちゃぐちゃであるほど面白いんで。」と言っています。「ぐちゃぐちゃであるほど面白い」のは日本文学も一緒ですね。