以前に、川上弘美の「神様2011」(売切/近日入荷)をご紹介しました。デビュー作の「神様」と震災以降を舞台にしたリミックス版。その元版で、紫式部文学賞を受賞した「神様』(中公文庫/古書350円)が入りました。

「神様」は「くまにさそわれて散歩に出る」という文章で始まるファンタジーの様な不思議な小説です。この短篇集には、表題作以外に8篇が収録されています。「草食の朝食」は「神様」の後日談で、「くまにさそわれて、ひさしぶりに散歩に出る」という相変わらずのフレーズで物語は始まります。美味しいワインとくまさんの手料理で、ピクニックに出掛けます。そこで、くまさんは里に帰ることを伝え、淡々と北の国へと戻ります。

その後、くまさんから「拝啓 今年は例年にない暑さとか。いかがおしのぎですか。故郷に帰ってすでに二ヶ月が過ぎました。ご無沙汰心苦しく思ってります」という律儀な手紙が届くというだけのストーリーです。ポッカリ空いた心の喪失感を、センチにならず、クールに書いています。他の短編にも不思議な生き物たちや、亡くなった叔父さんがヒョイと登場してきます。ハートウォーミングなんだけれども、切ない気持ちが広がってくる小説集です。

不思議な設定では、「溺レる」(文春文庫/古書300円)も特異です。「少し前から、逃げている。一人で逃げているのではない。二人して逃げているのである。」とモウリさんとコマキさんの、いわば道行きがテーマなのですが、何故この二人が逃げているのかは全く語られない。ただ、二人の逃避行の、それも幸せな瞬間だけが点描されます。佐良直美の歌に「いいじゃないの幸せならば」がありますが、この小説の二人のために用意されているみたいです。

そんな川上ワールドは、エッセイにも色濃く出てきます。「なんとなくな日々」(新潮文庫/古書300円)の巻頭を飾る「台所の闇」は、こんな風に始まります。

「春の夜はおぼろに潤んでいる。潤んだ空気の中、家にひとりいると、ぼうとした心もちになってくる。ぼうとした台所へ行ったら、見知らぬ生き物らしきものが落ちていた。」

また、「なんとなくな日々10」では夜の古書店の空気が、ふわりと描かれ、じんわりと心に広がってくるエッセイです。

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。


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