「すごいトシヨリ散歩」なんと凄いタイトルです。と言っても、ご老体がしゃにむに散歩することを推奨する書物ではありません。それは著者を見れば一目瞭然です。ドイツ文学者の池内紀と、評論家の川本三郎の二人の対談集です(毎日新聞出版/新刊1870円)。

ご両人とも、広い趣味を持っていることはみなさんご存知。ここでも、鉄道旅、温泉旅、町歩きについて語ったかと思えば、映画、レコード、喫茶店へと話が飛んでゆく。しかもオタクっぽくならない対話が素敵です。

「私や池内さんの世代がある意味幸せだったのは、日本の近代史の中にあって、戦争がなかったこと、徴兵制がなかったこと、そして結核が死病で亡くなったこと。」と言う川本の、自分たちが平和な時代の申し子だったことからスタートします。

「自分が老いたときに、どういうかたちで楽しく過ごせるか。その遊びの工夫は、人から教えてもらうんじゃなく、自分でこしらえるのがいちばんですよね。」という池内は、わざとビジネスホテルに泊まって、レイトショーを観て、翌日に朝の映画を観て、昼過ぎに自宅に戻るという楽しみ方をしています。

「歌舞伎なんかはけっこう遅くに終わったりするでしょう?そこから自宅のある三鷹まで帰って食事なんていうと慌ただしいから、それならと、東銀座で宿を取っちゃう。長生きしたゴホービですね。」

「長生きしたゴホービ」という言葉は、キーワードかもしれません。川本の鉄道旅好きは有名ですが、ひょいと列車に乗って出かけてゆくのも、「長生きしたゴホービ」ですね。

「小説、それから映画の舞台になったところを歩くのは、私の趣味の一つでもあります。自著に、永井荷風のことを書いた『荷風と東京』がありますが、荷風はいまみたいに街歩きや散歩のよさがいわれていない時代に、東京散歩をした人なんです。しかも、当時の東京の中ではあまり人が行かないような、隅っこにある小さな街を歩くのが好きだった。」

と語る川本も、鄙びた町を訪ねてその土地の匂いを吸収してきました。観光地を巡るわけでもなく、グルメに走るわけでもなく、小さな町の小さな居酒屋の暖簾をくぐる楽しみを、老人の密かな楽しみにしています。「我もまた渚を枕」「東京の空の下、今日も町歩き」「東京おもひで草」などのちくま文庫(全て絶版)で、その楽しさが味わえます。

池内は2019年8月30日に亡くなりました。「いまこの対談を読み返していると、目の前に池内さんの笑顔、あのゆっくりした播州弁を思い出し、あたたかい気持ちになる。尊敬できる年上の友人を持ったことの幸せを思う。」と、川本はあとがきに書いていて、二人の関係がわかります。

●レティシア書房からのお知らせ  12月27日(月)は、平常営業いたします。

                 12/28(火)〜1/4(火)休業いたします。

●私が担当の逸脱・暴走!の読書案内番組「フライデーブックナイト」(ZOOM有料)の3回目が、12月17日に決まりました。次回は「年の瀬の一冊」をテーマにワイワイガヤガヤやります。お問い合わせはCCオンラインアカデミーまでどうぞ。(どんな様子でやっているのか一部がyoutubeで見ることができます「フライデーブックナイト ー本屋の店長とブックトーク」で検索してください)

 

明治から昭和にかけて生きた浮世絵師であり版画家の川瀬巴水。日本各地を旅して、写生した絵を原画とした版画を数多く発表し、叙情的な風景や街並みの作品で高い人気を持つ作家です。

で、巴水の本、あるいは図録は、結構高い値段が付いています。毎年5月に開催されている岡崎の古本市で、以前に一冊見つけて値段を見たら6000円でした。「川瀬巴水木版画集」は1万円ぐらいの値段でネットに出ていたと記憶しています。

今回入荷したのは「巴水の日本憧憬」(平凡社・新刊/3520円)です。作品50点に林望が文章を添えています。

「巴水は旅の画家であったが、その目には、風景の中の『暮し』をいつも見ている。絵葉書のようなきれい事を描くのではなくて、誰もがそこに入っていけるような、日常に風景を懐かしみ、そうしてそこに住む人の姿を点綴することによって、無量の温かさと寂しさを描き得ている。」

と、巴水の画風を解説しています。夜の帳が下りた川辺の家の照明には、一家団欒の楽しさと、それを外から見つめる作者の寂しさが同居していて、見る者の心を打ちます。

巻末に評論家の川本三郎が「小さな風景の発見」というタイトルで寄稿しています。江戸から明治、大正へと江戸がモダン都市東京へと変貌する中で、近代の土木技術が生み出した鉄の橋に見られる直線の美に巴水が注目したことに触れています。

「『新大橋』(大正十五年)や『清洲橋』(昭和六年)には、巴水が新しく見つけた直線の美がよく現れている。そして、その新しい風景のなかでも、巴水は働く生活者を描きこむのを忘れない。」

本書には「清洲橋」が収録されています。アーチ型の橋の下を昔ながらの和船が進んでいます。家路につくのか、それとも資材を運んでいるのかわかりませんが、日々の暮らしを生きる市井の人が描かれることで、この橋の魅力をさらに浮き立たせているような気がします。

 

 

 

 

店長日誌でよく取り上げる(つまり私のご贔屓の)作家川本三郎が平成8年に出した本を紹介します。思い返せば、本職の映画評論の本はほとんど取り上げていませんでした。

この「君美わしく」(文藝春秋/古書1500円)は、昭和世代の方には、ああ懐かしい、あんな時代あったね、とノスタルジックな気分になれます。

「女優が母であり、姉であり、恋人だった時代の美神17人が著者に語った黄金時代の日本映画と香り高い人生」と帯の宣伝文句にありますが、確かに映画が娯楽の王道だった時代に銀幕でその魅力を振りまいてい女優の姿が再現されています。

高峰秀子、八千草薫、杉村春子、山本富士子、山田五十鈴、司葉子、若尾文子、香川京子、淡島千景など、17名の女優に著者が出会い、映画撮影時の話を聞き出しています。

各女優の聞き取りの後には「追記」があって、漏れた話題やら、エピソードが載せられています。例えば、八千草薫の章では、北杜夫が以前雑誌で八千草と対談した後、書かれたものが載っています。

「八千草さんの映画でいちばん懐かしいのは、日伊合作映画『蝶々夫人』であった。いったいに外人の蝶々夫人は声量はあるがデブで、ピンカートンも愛想をつかすのではないか。八千草さんの蝶々さんは、日本娘の良さを世界に示したもので、特筆に価する」

昭和52年の「女性セブン」の対談なので、仕方ないですが、今なら「デブで」なんて文章は出せないでしょう。

山本富士子へのインタビューでは、彼女の辛い体験、すなわち”五社協定事件”から話が始まります。昭和38年、彼女はそれまでの専属だった大映映画を離れ、フリーを宣言します。しかし、専属女優制度を守りたい映画会社は、協定を結び、彼女の映画出演の道を閉ざしたのです。結果、女優生命が絶たれる危機に直面したのです。役者が作品を選ぶのが当然の現代からは、想像もつきません。しかし、このころの黄金時代の女優たちは、大なり小なり映画会社との戦いを余儀なくされていました。

因みに山本富士子は大阪船場の綿花問屋のお嬢さんで、戦後、京都府立第一高等女学校(現、鴨折高校)で学んだ関西人です。小津安二郎の「彼岸花」では、浪花千栄子扮する母親と老舗の京都の旅館を切り盛りする役で、ネイティヴな京都弁でのやりとりが、とても印象的でした。

決して難しい役者論ではなく、著者が憧れた女優さんたちに会って、ドキドキしながら会話を楽しむ風な本なので、登場する彼女たちの映画が見たくなってきます。

一つ残念だったのは、京マチ子がなかったことです。著者のご贔屓ではなかったのかな……

 

 

谷崎潤一郎の「細雪」は「昭和十一年の十一月から昭和十六年四月までの足かけ六年の物語である。いうまでもなく昭和十二年は日中戦争が始まり、昭和十六年の十二月には太平洋戦争が勃発する。谷崎は、あえて時代状況を詳しく書き込むことはしないが、それでも四姉妹の暮らしに、戦争へと向かう時代が見え隠れする。」

と「『細雪』とその時代」(中央公論新社/古書2000円)の著者川本三郎は書いています。谷崎の「細雪」は、大阪船場の旧家の四人 姉妹の物語です。戦時下にあって、こんな優雅な、贅沢な暮らしの小説は時局に合わないと、軍部から雑誌への連載を差し止められました。しかし、谷崎はいつ出版できるかもわからないのに書き続け、戦後に出版されました。文庫にして全三冊の大長編小説です。

川本は、この大河小説を仔細に読み込み、四姉妹が生きた時代を見事に浮かび上がららせます。様々な資料を探して、読み、必要な箇所を提示していきます。本書は2006年から、約1年間、雑誌「中央公論」に連載されたものが単行本化されたのですが、丹念な取材や資料探しには膨大な時間がかかっていると思います、谷崎が住み、見つめてきた阪神モダニズム文化を、小説の世界に巧みに取り込んでいるのですが、川本は、こう言い切っています。

「つまり『細雪』で描かれた阪神間文化圏の世界は、大阪からはみ出た、あるいは、いまふうに言えば、大阪から『自立』した女性たちの『女だけの世界』だった。その世界を描けるのは、終生、女性を愛し続けた谷崎潤一郎しかいなかったし、谷崎によってしかあの時代の『女の世界』は描けなかった。」

小説の中の昭10年代の芦屋、神戸、船橋の風景の美しさ、たおやかさの描写を切り取り、実際のあの時代のモダニズム文化の諸相を、そこに当てはめながら、川本は、戦争へと向かう昭和10年代を描いていきます。

小説は三女の雪子の結婚までの道のりと、旧家のありように反発する四女の妙子の生活が軸になって進んでいきます。そして、物語のラストもこの二人です。しかも、決して明るい未来では在りません、いや、暗い影を落としているのです。雪子は挙式のために東京に向かう列車の中で、ひどい下痢に襲われ、苦しみ続けます。一方の妙子は身ごもっていた子供を流産してしまいます。かつては栄華を極めた旧家の没落を象徴するかのような幕切れです。

川本は「雪子の下痢は、妙子の赤ん坊の死と同じ流れの中にある。それは、蒔岡家という美しい花園の決定的な終わり、終末を示している。彼らの行く手には、太平洋戦争が待ち受けている。」

本著はこの文章で終わっています。

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。

井伏鱒二、太宰治、上林暁といった大物たちが集まった「阿佐ヶ谷会」を詳細にまとめた青柳いずみこ・川本三郎監修の「『阿佐ヶ谷会』文学アルバム」(幻戯書房/古書2400円)は、文壇を代表する作家たちの飾らない人柄が表れた一冊です。

戦前、井伏鱒二、太宰治、上林暁、木山 捷平、亀井勝一郎など中央線沿線に住んでいた文士たちが、阿佐ヶ谷駅近くの中華料理屋に集まり、酒を飲み、将棋を指して一時を楽しみ、戦後は、仏文学者青柳瑞穂の家に会場を移して、交流していました。

瑞穂の孫で、この本の監修者でもある青柳いずみこは、「阿佐ヶ谷文士たちに共通しているのは、純文学に徹して清貧に甘んじたということ、商業主義に陥ることをひどく嫌ったということだ。」と回想しています。文士たちは、お金があるとはとても言えない境遇でものんびりとした、どこ吹く風といったタッチで文章を書いています。

本書は、井伏、上林、木山、亀井、家を提供した青柳瑞穂たちが、「阿佐ヶ谷会」について書いた文章を収集しています。上林は、戦時中食料が乏しくなって食べ物を当てにしていったピクニックで、太宰が几帳面に弁当を用意していたことを書いていました。「狭い峡谷を走るその電車の中で、太宰君は持参してきた弁当箱を開いた。そばに坐っていた誰かにおむすびを分け、指先にくっつくご飯粒を舐めながら、むしゃむしゃと食った。」とても戦時中の話とは思えない、のんびりした時間です。

上林はまた、「阿佐ヶ谷会には統領はいないが、強ひて統領格の人を探せば、井伏さんといふことにならう」と書いています。この回の中心人物だった井伏は、将棋や酒の飲み方だけでなく、文学創作の点でも文士たちの規範になっていたみたいです。仏文学者河盛好蔵によると、全くアポも取らずに井伏の家を訪ねたところ、喜んで迎えてくれたそうです。青柳いずみこは、井伏の振る舞いをこう書きます。

「どの文士の回想を読んでいても、井伏は来るもの拒まずだったらしい。友人たちは玄関を通らず、庭を横切り八畳の書斎の縁側に直行して声をかけ、すぐに将棋が始まる。」

お金もモノもない時代だけれども、おおらかに人生を楽しんだ人々の、これはドキュメントでもあります。

明日は、川本三郎「それぞれの東京 昭和の町に行きた作家たち」という昭和文士、映画監督、画家を巡る本をご紹介します。

 

予告

12月11日(水)から始まる知床在住の絵本作家あかしのぶこさんの絵本展に、知床のパン屋さん「メーメーベーカリー」からパンが届きます。シュトレンも含めて20個ほどのパンは、初日のみの販売になりますのでお見逃しなく。

 

まぁ、ほぼ手を出さない作家というのがいます。例えば染織家、志村ふくみがそうです。しかし、彼女の「ちよう、はたり」(ちくま文庫800円)は、読みました。

何故かというと、女優で文筆家の山口智子が書いていた解説を読んだからです。「色っぽい人間でありたいなと思う」で始まる解説は「人生において忘れたくないもの、それは私にとっては『色気』だ。」と続き、志村ふくみが持つ色気をこう解説します。

「まるで生まれたての生糸のような、春爛漫の菜の花畑の羽色のような、初々しくも神々しい光の束のような色彩。私がいつも心奪われるふくみさんが纏う色気は、きよらかで眩しい。」

「色は、世界に降り注がれる光の化身。魂を震わせる宇宙からの寄せ来る波。」と。

これは読まねば、と思い本文へと入りました。本のタイトルにもなっている「ちよう、はたり」の意味を解説する最初から研ぎ澄まされた美しい言葉に数多く出会うことができました。

文庫の後に付いている解説って、通り一遍の事しか書いていないセンスのないものもありますが、店頭でパラパラと眺めて、その解説が気に入って買ったものも多数ありました。

映画、文芸評論家川本三郎が桜木紫乃の「誰もいない夜に咲く」(角川文庫400円)もそんな一冊でした。北海道出身の桜木の描く世界を「文章のなかから北海道の風景が立ち上がってくる。観光絵葉書にあるような美しい北海道ではない。人びとの暮らしがしみこんだ風景、人間を小さな存在に見せてしまう荒涼とした風景、桜木紫乃は風景のなかに人間を置こうとする。」

その言葉通り、桜木の小説にはそんな北海道が登場します。川本は最後に、地方に留まり普遍を描くという意味で、諫早に踏みとどまった野呂邦暢を引き合いに出し、彼女も同じ思いだろうと結論づけています。

解説がしっかりしているという点では、講談社文芸文庫が優れているということは、皆さんご存知かと思います。

小林信彦の「決壊」(700円)の解説を書いた坪内祐三の文章は、「『家』の問題こそ、小林文学の、小説やノンフィクションを問わず、一貫したテーマでもある。」

と言い切っていますが、小林の小説を読み続けて来た者として、的を得ていると思いました。

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。

個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

 

一度も文庫化されず、全集にも収録されていない村上春樹「映画をめぐる冒険」(講談社/昭和60年/初版3000円)が入荷しました。

これ、評論家の川本三郎と二人でヴィデオ(当時はまだDVDはありません)で鑑賞可能な映画264本をセレクトし、簡単な感想を付けた映画ガイドです。1926年のサイレント映画「メトロポリス」から、1984年の「グレイストーク/ターザンの伝説」まで、二人の映画センスが出ている作品が並んでいます。

村上春樹はご存知のように、神戸出身。高校時代を振り返り、「当時の神戸には<ビッグ映劇><大洋劇場><元映>といった、なかなか感じの良い二番館が揃っていて、学校の帰りによくそんな映画館に寄っては安い料金で二本立を観て時間をつぶしたものである」と回想しています。私も大学が神戸だったので「元映」「ビッグ映劇」には通った経験があります。

ページを捲ってみて、ここで取り上げられている映画を、私も殆ど観ていることに驚きました。なんだかわからないけど面白いB級映画「最前線物語」まで村上春樹は観ているんですね。

大学に入っても、彼は映画を見続けます。作家の資質に、どれだけ映画が影響を与えたかはわかりませんが、一時のアメリカ映画が彼の内面に入り込んでいるような気がします。(最近の春樹小説は全く読んでいないので断定はできませんが)

しかし、儀式としての映画館通いは、仕事をし、結婚すると終息に向かっていくみたいです。

「遅かれ早かれ我々はー世間の大部分の人間はということだがーあの懐かしくあたたかく、そして暫定的な暗闇に別れを告げ、別の種類の暗闇へと歩を進めなくてはならないのだ。」

多分そうなのでしょうが、暗闇の快楽が忘れられずに、私も含めて未だに片足入れたまんまの人達が沢山いるのも、また事実です。ここに彼がピックアップした映画は、暗闇と共にすごした青春のカケラだったのでしょうね。

彼はスポーツ雑誌「ナンバー」に連載していたものをまとめた「THE SCRAP懐かしの1980年代」(文藝春秋800円)でも、何度か映画の事を書いています。「ロッキー3」が実に面白いという話から始まって、筋もなにもミエミエというのがお好みらしく、「そのミエミエの部分を再確認するために『スターウォーズ』も『スーパーマン2』も三回ずつ見たぐらいである」などと書いています。ひょっとしたら、今でもそんな映画を上映している場所に足を突っ込んでいるのかもしれませんね。

 

 

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。


ドイツ文学者池内紀、昆虫学者奥本大三郎、そして映画&文芸評論家川本三郎という無類の本読みが集まって、様々な本について語る「快著会読」(リクルート出版/初版/帯付き1400円)は、極上の座談会です。オタク的知識のひけらかしでもなく、小難しい文学談義でもない、三人の個性溢れる意見が飛び交う読書談義です。

先ず、この本、判型がいいですね。ほぼ正方形の変型盤に、表紙にはウィリアム・モリスの「チョ−サー著作集」のタイトル部分がレイアウトされて、持った感じ、見た感じから、中身が楽しみです。

藤沢周平「蝉しぐれ」の項では、各々が好きな文章を読み上げます。奥村は「今から読みます。七ページです。」とことわって、数行読み上げ、「ぼくはここら辺、幸福感にひたってなんべんんも読み直したんです。」といかにも楽しそうです。これだけで、こちらに本を読む楽しさが伝わってきます。

取り上げる本は千差万別です。元々、雑誌文学界に88年から89年にかけて連載された鼎談ですので、今から見ると古い本が多いのですが、村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」、山田詠美「ひざまずいて足をお舐め」、澁澤龍彦「高丘親王航海記」、小出楢重「小出楢重随筆集」、鶴岡眞弓「ケルト/装飾的思考」、田中小実昌「アメン父」など31冊が語られています。

池内、奥本の関西人が、大阪出の小出楢重を語り合う大阪風土記や、小林信彦の「小説世界のロビンソン」を、川本がこれ程ユニークな文学論はない、「基本的には小林信彦本人の断固たる好みで論じている、その凄味があります。気持ちのいいタンカを聞いたという気がしました。」と言い切っていますが、ほんとにズバズバと切り込んでゆく面白さに満ちていました。

31冊、すべて読んでみたいと思わせる座談会なのですが、とりわけ吉行淳之介の短篇集「目玉」に心魅かれました。いわゆる「私小説」のジャンルに入るのだろうが、池内は、この短篇集を「『私』という要素はあまり感じられない。むしろ『私』の肉体、もう少し即物的にいえば、『私』という物体の物語であって、私小説の『私』性は少なくて、病んだ肉体、物体を冷静に観察している人物の語り手がいる、そんな感じです」と解説しています。そこから、座談会は方々に話が飛び、そして、吉行を「生活の匂いのない作家」という意見で一致していきます。

ここで紹介されている本を読まなくても、三人の話がスリリングに、軽妙に進行してゆくので、紹介されている本の世界に知らず知らずに入ってしまいます。この三人でなければでない旨味なんでしょうね。

●「快著会読」は売り切れました。

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。


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小学館が、松本清張原作の映画を「解説本+DVD」で10本出していました。

この10本の中で、大傑作は「張込み」(1958年松竹/モノクロ 中古2100円)です。個人的には、大好きな日本映画50本に入れたい程、惚れ込んでいます。清張の原作は僅か30ページ程の短篇です。殺人犯逮捕のために、犯人の昔の恋人の自宅前で張込みを続ける二人の刑事の緊迫の日々を描いたサスペンスですが、映画は116分の長編に仕立て上げました。

何がスゴイと言っても、アバンギャルドな映像表現でしょう。

先ずタイトルが中々出てこない。横浜駅を出る桜島行夜行に飛び乗る二人の男。季節は夏、冷房のない車内はうだる様な暑さ。あの時代、東京から九州に行くのに一昼夜かかりました。その道中を、なんの説明もないまま描いていきます。二人は佐賀で下車して、とある家の前の宿に入る。そして、若い男の独白で「さぁ、張込みだ」という台詞と、睨みつける様な視線のアップの映像に「張込み」のタイトルがかぶさる。ここで、初めて二人の男は刑事だったことがわかります。初めて観た時は、その格好良さにしびれました。絶対に小説ではできない。

そんなシーンを取り上げていったら切りがありませんが、後半、犯人が乗っているバスを空撮で捉えるシーン。刑事のアップから一気に映像は空高く舞い上がり、俯瞰で田舎道をゆくバスを捉えます。こういう視点の切り替えに出会えることこそ、映画の醍醐味の一つですね。音楽を担当しているのは黛 敏郎で、サスペンスを盛り上げる見事な音楽を作り出しています。

解説本も充実しています。全10作の解説は川本三郎。同じく連載で松本清張記念館館長、藤井康栄が松本の実像に迫っていきます。川本は「松本清張の犯罪小説の特質は、犯罪を犯す人間の側にある悲しさ、無念、疎外感を描いたことにあるが、映画『張込み』も東京に出て、犯罪に走らざるをえなくなった出郷者と、彼を愛した女性の悲しみを浮き上がらせたところに、感動がある」と書いていますが、その通りです。

映画は「砂の器」の名コンビ野村芳太郎(監督)と橋本忍(脚本)。出演は大木実、宮口精二、田村高広そして高峰秀子と、これまた見事なキャストで、当時の役者の層の熱さを感じます。TVでは何度もドラマ化されていますが、高峰の役を大竹しのぶが演じたフジテレビ版、ビートたけしが刑事を演じたテレビ朝日版が印象に残っています。

 

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川本三郎の書評集「物語の向こうに時代が見える」(春秋社1500円)は、この本読んでみたい!一刻も速く書店に行かねば!という気分にさせられます。

単純に著者が書評した本が並んでいるのではなく、三つの切り口に分かれています。第一章「戦争の記録」、第二章「『街』と『町』に射す光と影』、第三章「家族の肖像」。

第二章で論じられる野呂邦暢「鳥たちの河口」、第三章で紹介されている河崎秋子「颶風の王」などお薦めが多いのですが、第一章「戦争の記録」で紹介されている本を、当店にも何点か置いていて、これは凄い本だなぁ、と驚嘆した小説が載っていました。

前の大戦で徴兵忌避をして、日本中を移動する男の生活を描いた丸谷才一「笹まくら」(800円)、戦犯を収容した巣鴨プリズンで働く刑務官の目を通して戦争を描く「プリズンの満月」(新潮社700円)。そして、乙川優三郎の「脊梁山脈」(新潮社700円)は、時代小説の名手初の現代小説として話題になった一冊でした。

昭和23年、上海から復員してきた矢田部信幸は、同じ復員兵である小椋康造と出会います。彼は山に戻って暮らす、もう二度と町には戻らないと告げます。やがて、二人は別れて、それぞれの人生を歩んでゆくのですが、生活が落ち着いた矢田部は、小椋康造のことが気になってきます。そして、康造を探して信州の山奥に入っていきます。そこで、彼は轆轤(ろくろ)を使って盆や、小鉢を作る木地師という存在を知ります。木が必要なので山で暮し、町人とは最低限の関わりしかもたない。小椋康造は、そんな木地師だったことが分かってきます。やがて、矢田部は木地師に惹かれていき、戦後の日本を生き直すまでを描いた大河小説です。

復員兵で満員の列車で、康造は信幸に「もし今度戦争があったら山の奥へ逃げるつもりです」と言い、こう続けます。

「食べるものを作り、生活の道具を作り、細々とですが生きてゆける人間がどうして外地で知りもしない人たちと殺し合わなければならなかったのですか、私はもうご免です。」

この辺りから、どんどんと小説の世界に入っていき、主人公と共に戦後日本を生きることになるのです。