ミシマ社から出ていた「小商いのすすめ」、「21世紀の楕円幻想論」の著者平川克美の「見えないものとの対話」(大和書房/古書1200円)は、心に沁みこむ一冊です。そして、この本で紹介されている詩人の詩を、きちんと読んでみたくなりました。

「文芸とは何かの役に立ってはいけないのだ。損得勘定とは最も遠いところに、文芸の意味はあるはずであり、たとえ何か、別の崇高な目的を達成するための手段であってもいけない」

そういう視点で本書は書かれていますが、決して文芸評論ものではありません。1950年、東京の下町にある町工場に生まれた彼が、生きてきた時代の断面と、その都度その都度、影響を受け、人生の指針になってきた文学と詩について語っています。

「円谷幸吉が死んで、50年が経過した。」

円谷幸吉と聞いて、あっ、あの悲劇のマラソンランナー、とすぐわかる人は、ある程度以上歳を重ねた人でしょう。1964年の東京オリンピック、マラソンのゴール目前で後ろのランナーに抜かれ、三位になった選手で、そのあと、ここでも紹介されている、まるで詩の如き不思議な遺書を残して自殺してしまいました。

「円谷幸吉は、時代に追い越され、行き場のないところへ追い詰められていったのではなかろうかと。」と著者は、彼と円谷の生きた時代を振り返っていきます。

学園紛争、大学への不信、そして放浪に明け暮れ、やがて仲間と翻訳会社を起こしてゆく青年時代(この会社の仲間が内田樹でした)、そして反発していた父親を介護し、見送った著者の人生後半の日々の移ろいの中、すぐそばにあった詩のことが、最後まで静かに語られています。

面白いなぁ〜と思ったのは、著者が懇意にしていた音楽家大瀧詠一との会話です。人間の一生には、不思議な偶然が何度か起こります。あの時あの人に出会わなかったら、あの本をたまたま手に取らなかったら、あるいは、あの時刻にあの場所にいなかったら………。

「大瀧詠一さんは、それを『ご縁』と言っていた。そして、『ご縁』には私たちには見えない必然が隠されているのだと信じていたようである。『ご縁』は、わたしたちには見えないだけでなく、わたしたちがそれをコントロールすることもできない。」

『ご縁』で、人生は微妙に変化してゆきます。「わたしたちは、全てを見通せているわけでもないし、何か筋書きがあってこの世の中に巡り合わせることになったわけでもないのだ。」

本や、映画、音楽との出会いもそうですね。たとえばその本の持っている力と、読者のその時の状況がピタリと合ったときに何かが変化する、あるいは新しいものが生まれ出る……。その時、初めてその作品は読者のものになるのでしょう。

著者が経営するコーヒーショップ「隣町珈琲」が編集出版する「地域文芸誌mal”"」(1540円)が創刊されました。当店の人気の一冊です。

 

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