矢野顕子のアルバム「矢野顕子 忌野清志郎を歌う」がアナログレコードとして発売されたので、購入しました。彼女のピアノはアナログで聞かないと、ホントの良さはわからないと思います。硬質なピアノタッチを楽しんでいると、最後のナンバー「ひとつだけ」が聞こえて来ました。これは清志郎とのデュオです。

「離れているときでも、私のこと忘れないでほしい」と彼の声がスピーカーから聴こえてきた瞬間、目頭が熱くなりました。

鶴見俊輔の死去に対して、池澤夏樹が新聞で、無頼の輩が、よってたかってこの国を滅ぼそうとしている時、鶴見俊輔がいないのは痛手だとコメントしていました。私的には、彼の名前に変えて、忌野清志郎の名前を入れます。

傑作「カバーズ」(1900円)で、原発を、戦争を痛烈に皮肉り、怒りをぶちまけたのが1970年。今、もし彼が生きていたら、さてどんな行動を取っていたのか。

「どれだけ風がふいたら 解決できるの どれだけ人が死んだら 悲しくなくなるの どれだけ子供が飢えたら 何かが出来るの」

きっと国会議事堂前で歌っていたはず。

2004年に発行された「新・戦争のつくりかた」(マガジンハウス・新刊1080円)が再発されました。当時、日本の歩むべき道に漠然とした不安を持っていた人達が、その思いを一冊にしたものですが、え?これ今の時代のことじゃないの?と驚かされます。詩人のアーサー・ビナードがこんな推薦文を書いています。

「『平和』の反対語は『戦争』じゃなくて『ペテン』だとわかります。ぼくらがペテンにひっかかるところから、もう戦争は始まっています」

そうか、もしかしたらアベちゃんはペテン師なのか・・・。

もう一冊、メッセージ&フォトブック「No Nukes」(講談社・新刊1620円)。広島大学、長崎大学、福島大学の学生の共同編集で練り上げられた「反核」の”ビジュアルブック”です。坂本龍一、渡辺謙、吉永小百合、美輪明宏、井上ひさし、重松清、益川敏英等々の著名人のが参加していて、しっかりした本になっています。もう亡くなっていましたが、清志郎も一曲提供しています。日本の原発を笑いとばした「サマータイム・ブルース」です。

この本で、広島大学の福岡奈織さんが「土は覚えている」という詩を書いています。被爆の記憶は忘れられてしまうかもわかりませんが、土は覚えているということを表現していて、最後はこう終わります

「どうして核兵器がいけないのか どうして反核を訴えるのか。数字でもデータでも理屈でも表現できない、大切な気持ちを。この土はずっとずっと覚えています。」

清志郎はもういませんが、そうそう、こんな本が欲しかったたんだよ、と言われるようなものを集めるのも、本屋さんの仕事だと思っています。

 

 

 

「爆笑問題」の太田光の「ラストデイズ忌野清志郎」(PARCO出版1200円)を読んだ第一印象が、これです。

忌野清志郎率いるRCサクセションのアルバム「COVERS」を巡って、様々な人々とのインタビューを本にした、正確に表現すればNHKで放映された「ラストデイズ」を活字化した本です。

1988年、RCサクセションは、反核・反戦をストレートにぶつけた全曲カバーアルバム「COVERS」を発表しますが、販売直前に所属レコード会社東芝EMIから販売中止を申し渡されます。親会社が原発に関係していたために、中止に追い込まれたみたいです。当時、レコード店の現場にいた私は、仲間の同業者と一緒に、毎日抗議のFAXを送った記憶があります。結局このアルバムは違う会社から発売され、大きな話題になりました。

世の中の絶賛とは裏腹に、太田はこのアルバムを批判します。「COVERS」って、表現として有効だったのか?比喩的表現に抜群の冴えを見せる清志郎が、何故、直接的な言葉で歌を作ってしまったのか?それって芸がなさすぎるよ、という思いから、こう結論します。

「一度は発売中止にまで追い込まれて、放送もできなくなって、それで何をどうやって伝えるの?ってところなんですよ。メッセージはわかるが、でもその表現を放送できるかたちに、人に届けるかたちにすることが芸だろうってやっぱり思うんですよ。

だから『COVERS』は不器用だった」

そして、その疑問を検証するように、関係者へインタビューを開始します。高校時代の清志郎の仲間、「COVERS」にも参加した泉谷しげる、件のレコード会社の当時の宣伝担当者、RCの盟友、仲井戸麗市と広がっていきます。そして、表現するとは何か、表現する者の憂鬱と苦悩という、太田自身の抱えている問題へと向かいます。そして、表現者として失ってはいけないことを語ります。

「鈍感にならないことっていうのはすごく感じましたね。だんだん年を取るとほら、図々しくなるじゃない?でもやっぱりモノを作る人っていうのは、そんなふうに鈍感になっちゃうといいものは作れないんだろうなって。」

「爆笑問題」は、最初の頃、かなりきわどいテーマのネタをストレートに漫才にしていましたが、ストレートな表現の未熟さに突き当たり、自分たちの芸を磨いていきます。だからこそ、大好きな清志郎がストレートな表現で反核、反戦を歌ったアルバムに疑問を持ち、翻って表現者として自分を見つめ直すという離れ業をやってのけたのがこの本なのです。そして、清志郎の大きさに、「やっぱり敵わなんなぁ〜、この人には」という認識で終わるのですが、冷静に認める太田はやはり凄い。

最後のページに載っている清志郎の言葉、

「希望を捨てない方がいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかった方がいい。『なんでなんだ?』っていつも子どもみたいに感じていたいぜ。ふざけんなよ、俺がサイコーなんだっていつも胸を張っていたいだろ?」いいですね〜。

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「音楽が人を救うなんてことはできない。ただ、寄り添うだけだ」という名言を放ったのは坂本龍一でした。

初めて聴いてから、2009年5月2日にこの世を去るまで、ずうっ〜と寄り添ってくれた忌野清志郎の音楽。明日は彼の七回忌です。

「授業をサボって 陽のあたる場所に いたんだよ 寝ころんでたのさ屋上で たばこのけむりとても青くて」

で始まる「トランジスタラジオ」を聴いた時、何ものからも解放されたような清々しさと、この世界は空っぽなんだという空虚感の入り交じった世界にのめり込みました。私は、彼とRCサクセションの音楽をすべて同時代的に聴いていたわけではありません。後から聴いてファンになった人間です。そして、一時、彼の音楽からは距離を置いていましたが、40代半ばあたりから、また聴きたくなり、今度はどれを聴いても心に染み込んできました。「よう、おっさん、元気!」と肩をポーンとたたいてくれる友達みたいな感じでした。

彼の「瀕死の双六問屋」(小学館文庫400円)に、こんな文章があります。

「過去の若かりし頃の自分にすがりついて行くのか、常に新しい発見を求めて行くのかっていう問題だ。少しくらい年を重ねたからってわかったような顔してもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい」

多いんですよね、こういうオヤジが。そんで、上から目線なんすよね。私の上司にもいました。もう話を聴いていると、気分悪くなってきて、いつかゲロ吐いてやろうかと思ってました。だから、清志郎の言う通りに、こんなオヤジにだけはならないようにと努力しているつもりです。

もう一つ、彼から教えてもらったことは、凄まじいスピードで流れてゆく現象に惑わされるなという事です。あれも、これも欲しいではなく、あれも、これもいらないという減速的な生き方ですね。

「適当に栄養のある餌を与えられて、ほどほどに遊ばされて、まるで豚か牛か鶏のようだぜ。これで満足できるのか。君はそれほどまでに落ちぶれてしまったのか、みんなが着ている服を買って、みんながよく行く店に行って、それでOKなのか。そーじゃねーだろ。君にしかできないブルースがあるんじゃないのか。」

「君にしかできないブルース」ってとても素敵な表現です。

彼は天国へ旅だってしまいましたが、音楽は生きています。そして、今も寄り添ってくれています。

 

 

 

 

 

 

 

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「己」の下に「心」って書いて「いまわしい」なんて、深い漢字だなぁ〜と思っていました。歳と共に、自分の心ほど「忌まわしい」ものはないことを実感します。

ところが、「たとえば、『忌野』の『忌』は、己の心と書いて『いまわしい』と読むのが素晴らしい、と何かのインタビューで言っているのを思いだした。」という文章に出会いました。

これは、RCサクセションの元マネージャーで、忌野清志郎を40年見つめてきた片岡たまきの「あの頃、忌野清志郎と」(宝島社1300円)に出てきます。(写真も素敵です)

話は彼女の中学時代に戻ります。地方ローカルTVで初めて見た清志郎に魅せられて、彼と一緒に仕事をしたいという強い欲望が生まれました。しかし、そう簡単にそんな職などあるわけがない。ライブに通い、事務所に通い、ひたすら行動するうち、ファンクラブ会報誌の仕事をゲットし、やがて彼等の衣装係に抜擢されて、全国を駆け巡り、ついにバンドのマネージャーとなり、夢をかなえます。

「忌野日記」(新潮文庫300円)の構成に参加し、RCの活動休止以降は一旦、清志郎から離れますが、2004年以降、ソロ活動の彼の衣装係に復帰し、2009年の彼の最期まで見つめます。

思春期から、青春全開の時代を経て、大人の階段を登ってゆく著者を支え、引っ張り上げた清志郎という存在を見つめたエッセイです。何の疑いもなく、彼の音楽にすべてを注ぎ込めるなんて、素晴らしい人生としか言いようがありません。

彼の死後、多くの本が出ましたが、さすがにこの本ほど、涙溢れる本はありませんでした。帯で竹中直人がこう書いています

「ひとつひとつの言葉が心に染み込んでくる。清志郎の音楽が何度もリフレーンしやがる」

見事にこの本の素晴らしさを表現しています。

「清志郎のバランスのとれた強靭な精神力と、自分を信じる力と、差別のないやさしい力」

そこに著者が憧れると書いていますが、私もそう思います。

この本と一緒に「sings soul ballads」(1700円)という彼の歌ったバラード集が入荷しました。何度も聴いた曲ばかりですが、ほんとうに力強さと優しさの満ちています。

このCDで初めて知ったのですが、「あいつの口笛」というソロアルバムに入っている曲って、作曲は細野晴臣だったんですね。名曲です。

2009年5月、忌野清志郎がこの世を去って、5年経ちました。もし今生きていたら、舞台から「悪寒がするぜ、この国には!」と叫んでいたにちがいありません。

 忌野とRCサクセションがアルバム「カバーズ」」を出した時、或はソロアルバム「冬の十字架」を出した時のマスコミの過剰反応にはがっかりしました。後者に入っているロック版「君が代」を、わざわざ議員に聴かせてコメントを取るなんてセンスの悪さには、本人も爆笑していたことでしょう。

「カバーズ」は、反戦・反核・反原発というテーマで貫かれていますが、何より彼が選んだ曲に、よくもまぁ、こんな歌詞付けて、きっちりと自分の歌にしているとことろが、このアルバムの最大の魅力です。エディ・コクランの名曲「サマータイムブルース」は泉谷しげると、古くからの友人、三浦友和の声の参加で大いに盛り上がります。また、プレスリーでお馴染みの「ラブ・ミー・テンダー」はこうです。

「放射能はいらねえ 牛乳飲みてえ 何やってんだー 税金かえせ 目を覚ましな たくみな言葉で 一般庶民を だまそうとしても ほんの少しバレている その黒い瞳」

上手いなぁ〜。さすがにJ・レノンの「イマジン」は、いじくることができなっかたのか、ストレートに歌っていますけどね。でも、最後に不思議な歌詞「ぼくらは薄着で笑っちゃう、ああ、笑っちゃう」というフレーズが繰り返し出てきます。アルバムの最後に出てくるこの言葉が、なぜかいつまでも心に残ります。

「カバーズ」、「冬の十字架」、「メンフィス」等のアルバムと一緒に清志郎詩集「エリーゼのために」、完全版「瀕死の双六問屋」(CD付き)も入荷しました。

「瀕死の双六問屋」の中で、何度も登場するフレーズ。

「また会おう、しばらくは君の近くにいるはずだ」

そう、私も信じています。

 

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2009年5月2日。RCサクセションの忌野清志郎がこの世を去りました。もう、4年が過ぎていきました。30数年間、舞台から観客に向かって「愛してるぜ」とシャウトし続けた彼のサウンドは今もって輝きを放っています。私の最も好きな曲は「いい事ばかり、ありゃしない」です。「いい事ばかり、ありゃしない。きのうは白バイにつかまった」で始まる、若き日の苛立ちともやもやを歌ったスローナンバーです。(写真は収録アルバムです)

後半、「新宿駅のベンチでウトウト 吉祥寺あたりでゲロを吐き」あたりから、短編の私小説に登場するどうしようない男の無為に生きる孤独がしみ出します。

「最終電車で この町についた 背中まるめて帰り道 何もかわっちゃいない事に 気がついて 坂の途中で立ち止まる」

「昔にくらべりゃ 金も入るし ちょっと幸せそうに 見えるのさ」と歌いながら、実は一番見たくない自分自身はなにも変わっていないことが身にしみる。「人は変われる」とはよく聞く表現ですが、そんな時もあるし、そうでもない時もある、いや、そうでない時の方が多いのかもしれないことを教えてくれた曲です。

命日あたりから、何故か清志郎関係の本やLPが集まってきました。詩と日記による書き下ろし私小説「十年ゴム消し」(六興出版/重版SOLDOUT)500円。今井智子著「清志郎が教えてくれたこと」(飛鳥新社/初版)500円。そして盟友、仲井戸麗市の初エッセイ集「だんだんわかった」(角川文庫/初版)500円。

この文庫には、仲井戸が自分のバンド「古井戸」から、RCへと傾倒してゆく日々が語られています。また「最初の衝撃は原口統三だった。」というフレーズで始まる「本棚の詩」が載っていますが、これが、かっこいいです。彼の「二十歳のエチュード」、理解もできんのに持っていた時期ありました。

 

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