やっと読破した!エライ!と自分を褒めたくなってきます。滝口悠生の長編小説「水平線」(新潮社/新刊2750円)は、全500ページの大長編で、改行も少なく、びっしりと字が詰まっている。読もうか、やめようか迷ったのですが、これは読んでよかった!と心底思える小説でした。

横多平と妹の横多来未は、それぞれ2020年自分たちのスマホにかかってきた不思議な電話を受け取ります。フリーライターでなんとか食っている平は、全く会ったことのない祖母の妹、八木皆子という名前で送られてくる「お〜い、横多くん」で始まるメールに誘われるように、小笠原諸島の父島へと向かいます。太平洋戦争末期、彼らの祖父母は、疎開で故郷の硫黄島を離れていました。もう亡くなっているはずの皆子のメールが偽物である可能性は高いのに、なぜか彼は父島を彷徨うのです。

一方、妹の来未はパン職人として独立を考えています。そんな彼女の元にかかってきたのは祖父の弟と名乗る三森忍からでした。しかし、彼は日本軍に現地徴用されて戦死しています。

「相手は七十五年前に死んだ十五歳の少年であり、まずもってそんなひとからちょこちょこ電話がかかってくることじたいが怖いのだが、かかってきてしまうものはかかってきてしまうし、応えて話せば話せてしまうもので、三森忍さんの言う通り、電話というのは本当に便利だと思う。」などというダラダラした状態で、世間話を続けていきます。

一歩間違うと怪談になってしまう設定ですが、そこから祖母イクや祖父の弟の同級生の重ルが登場し、交互に自分たちの生きた歴史を語ってゆきます。それはそのままこの国の現代史の姿へと繋がっていきます。

今ここにいない者たちが、電話で、あるいはメールという実態のないものを介して、現代に繋がる存在として登場し、語らせるという手法で小説は続いていきます。細密な描写は、まるでドキュメンタリー映画の優れたカメラワークを見ているようでありリアルなのですが、魔術のように立ち上がる、戦争を生きて死んでいった者たちのモノローグに幻惑させられていきます。

こういう書き方をすると、多重的な意味を持たせた言葉や複雑な構成を持つ幻想文学の洪水に遭遇するのではないかと、躊躇されるかもしれませんが、そんな心配は全くありません。極めてリアルにリアルに描かれた世界に、ふらりと現れる死んだ者たち。この一家の人生が交差していきます。図書館で借りてでも読むべし!

 

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かつてナチスに加担した若者だった人々にインタビューした映画「ファイナルアカウント 第三帝国最後の証言」(京都シネマにて上映中)を見て、背筋がゾッとしました。それは、自分がいつでもその立場になり得るということを突きつけられたからです。

ヒトラー率いるドイツ第三帝国で行われたホロコースト。その現場を目撃した武装親衛隊のエリート士官、強制収用所の警備兵、ドイツ国防軍兵士、軍事施設職員、虐殺が実行された場所の近くに住んでいた人など、様々な人々が登場します。ホロコーストの被害者側のインタビューを中心に据えた記録映画はありますが、ドイツ人、あるいはオーストリア人など加害者側の証言だけで構成された作品は極めて珍しいと思います。

監督のルーク・ホランドは、祖父母がホロコーストの犠牲者であることを少年時代に知りました。そして、加害者に立つ人々が、どう戦後を生き延び、今どう思っているのかを、10年以上かけて丁寧にインタビューしてきました。

ヒトラーの時代への弁明、後悔、逡巡、などが彼らの口から語られます。インタビュアーでもある監督は、被害者側から加害者を追い詰めてゆくという方法ではなく、じっくりと彼らに接して、自然な発言を引き出してゆく手法がなかなかでした。

「人が焼ける匂いがしていた」「虐殺のことを口に出したりすると自分も殺される」そんな恐怖の中を生きて、何も言えなかった自分を責める人がいる一方で、今もヒトラーを支持している人もいました。エリート軍人として鍛えられて、カッコいい軍服を着て、戦争を生き抜いた人にとっては、ヒトラーの全てを否定することはそのまま自分の全人生を否定することになるのです。虐殺は認められないが、彼のやろうとした政治は間違いではない、と言わざるを得ないのも理解できます。

若き日の軍服姿の写真を誇らし気に見せる人、授けられた勲章を机の奥に大切に保管している人、エリート部隊は虐殺に関与していないときっぱり言い切る人。彼らの口調が激昂するでもなく、あまりにも自然な雰囲気なので、え?この人たち加害者の側にいたんだよね?ということを忘れてしまいそうになります。

上に立つリーダーが道を踏み外し狂いだしても真実がわからないまま、我々はいとも簡単に何度でも巻き込まれていくという恐怖を感じさせる映画でした。ルーク・ホランド監督は、映画公開直後の2020年6月に71歳で亡くなりました。

 

ジャネット・スケスリン・チャールズ著「あの図書館の彼女たち」(東京創元社/新刊2420円)は、400ページ余の長編小説でとても読み応えがあります。

ヨーロッパでナチの脅威が大きくなり、フランスが占領される未来が迫ってきている1939年。主人公オディールは、本と図書館が大好きなパリジェンヌです。幼い時から、図書館は宝の山だ!と思っていた彼女が、パリにあるアメリカ図書館で働くことになるところから物語はスタートします。当時は、女性は仕事などせずに、家庭にいるというのが常識でした。警察官だった彼女の父親ももちろんそう考えていて、オディールが図書館で働くことに猛反対。しかし彼女は、それを振り切って働き始めます。

 

「『ひとは読むものよ』女性館長は言った。『戦争であろうとなかろうとね』」

ドイツ軍将校とも互角に渡り合う館長ドロシー・リーダーと、個性あふれるスタッフたちに囲まれてオディールは、様々な仕事をこなしていきます。仕事を始めた頃は、まだ戦争の影はどこにもありませんが、物語は、ゆっくりゆっくり恐怖の時代へと近づいていきます。

この図書館は実在していて、現在もパリにあります。パリにありながら、英語の書籍や雑誌を提供する、いわばアメリカ文化の情報発信の拠点なのです。1940年から44年まで、フランスはナチスに占領されました。多くの図書館は閉鎖されますが、かろうじてこの図書館は活動を続けることができました。しかし、多くの制約を課されオディールたちにも危険が迫ってきます。

ナチスはユダヤ人の図書館の利用を禁止しましたが、ドロシーたちは、図書館に登録していたユダヤ人の家に本を届けるというサービスを始めます。オディールも、検問を掻い潜って本を届けます。サスペンス映画のような描写も交えながら、本を守る彼女たちの日々を細密に描いていきます。

戦地に行った兵士たちに本を送るサービスを開始した図書館の、広報を担ったオディールは、取材に来た新聞記者からなぜ戦地に本を送るのだと質問されます。そのやりとりが素敵です。

「『誰にでも、決定的に自分を変えた本というのがあります。』わたしは言った。『自分がひとりぼっちじゃないと教えてくれる本です。あなたの場合はなんですか?』」

逆に記者の対して問うたオディールに、彼は「西部戦線異常なし」と答えます。レマルクの有名な反戦小説です。そこでオディールは「それを広めてください。あなたがいいと思った本を兵士に届けるのに、力を貸してください」と言うのでした。

本書の面白いところは、戦後、アメリカのモンタナに移住したオディールの姿が挟み込まれていることです。それは1984年1月からスタートします。近所との交際を避け、一人ひっそりと暮らすオディール。彼女の隣に住むティーンエイジャーのリリーとの長い付き合いが描かれていきます。なぜ彼女はパリを捨てて、アメリカの片田舎にいるのか?その謎も少しづつ、明かされていきます。

先日ご紹介した落合恵子の「わたしたち」同様、時代の荒波に翻弄されながらも、自分の人生を見つけていった女性たちの物語です。アメリカで一人生きるオディールと、家庭から浮いて孤独に苛まれるリリーの間に生まれる友情と絆もズシンと迫ってきます。

今、長編小説を読みたいと思っている方へ、迷わず本書を推薦します。

 

 

のっけから、長い引用ですがお読みください。

「隣を歩いている奴がいきなり撃たれて、頭が半分吹っ飛んだ時……..吹き飛んだ脳みそが、俺の顔についた。固まったよ。まったく動けなかった。誰かが叫んで、伏せさせてくれたけど、下は泥だったからな。息ができなくて、撃たれるんじゃなくてそれで死ぬかと思った。しかし頬には、隣にいた奴の脳みそがついた感覚がずっと残ってたんだ。皆死んだ…….あんたは、人を撃ったことがないだろう?」

これは、堂場瞬一の小説「焦土の刑事」(講談社文庫/古書500円)の最後の方に出てくるセリフです。本格ものの刑事小説を描く著者の、その実力通りの物語が展開しますが、一方で、焦土と化した東京の姿が見事に描かれます。空襲を受けた時の防空壕の中の様子など、緊張感のある描写が続きます。

舞台は昭和20年3月。防空壕で若い女性の他殺死体が発見されます。捜査を始めた高峰刑事は、その直後、捜査中止を命じられます。誰が、何のために??

物語は戦後へ。同じような事件が続発し、捜査を続ける高峰。そして戦時中、捜査妨害をした特高への追及などを交えて、少しづつ社会が変わってゆく終戦直後の人々の心の中に入っていきます。巧みな展開や登場人物の造形だけでなく、敗戦と占領から始まった戦後の社会で、すべてが崩壊した人間のあり様までを描きこんでいるところに驚きました。

先のセリフには続きがあります。

「銃剣で、奴らの腹や胸を突き刺して殺したこともある。その手応えは、重たいんだ。人の筋肉は硬い。どんなに鋭い銃剣でまっすぐに突き刺しても、曲がってしまったりする。刺される方としては、その方が痛いらしいがね。耳元で相手の悲鳴を聞くのは、どんな気分だと思う?俺の周りは死体だらけだったんだ。」

戦争の最前線にいる兵士たちの恐怖と悲惨が伝わってくる文章です。おそらく今、ウクライナの兵士も、無理やり最前線に送り込まれたロシアの兵士たちも同じ辛さを味わっているのだと思いました。

「歩道橋の魔術師」(白水社/古書900円)以来、私は、呉明益にハマってしまいました。日本で出版される本を次から、次へと読んで、4冊目の「眠りの航路」(白水社/新刊2310円)もつい最近読了しました。相変わらず面白い小説ですが、どなたにもオススメできるかといえば、「?」ですね。まるで魔術にでもかかったような、世界を漂うような物語です。

作者自身と思わせる、現代を生きるフリーライターの「ぼく」が、第二次世界大戦中、日本統治下にあった台湾で日本名「三郎」を名乗らされていた「ぼく」の父親の戦争体験と、戦後を父親として生き、その後行方不明になるまでを描いていきます。

著者は、主人公が極端な睡眠障害に陥っていて、そこで父の夢を見て、彼の人生を追体験してゆくというスタイルで物語を進めて行きます。戦時中、日本軍は労働力不足を補うために台湾の少年たちを徴収し、日本に連れてきました。三郎もそんな少年の一人でした。そこで、彼は日本軍のために劣悪な環境で働かされます。その描写はリアルなのですが、夢の中で「ぼく」が追体験している描写でもあります。断片的な夢の中には、日本上空で撃墜されたパイロットが、上野動物園の檻に入れられ見物客に見せられていること、あるいは0戦生みの親、堀越二郎のことなどが登場します。

リアリズム一辺倒の戦時下の物語ではなく進行してゆくので、読んでいて肩が凝らない物語になっています。なんか、三郎少年の世界を、夢で見ているような世界です。

戦後、父は台湾に帰国し、ラジオ修理の腕で商売を始め、「歩道橋の魔術師」にも登場する台北の中華商場という商店街で店を構え、台湾の高度経済成長に伴って繁栄していきます。しかし、時代の変化で商店街が取り壊されて、父は失踪します。その原因も判明しないまま、物語は終わります。

著者はあとがきでこう述べています。

「この小説は歴史を描いているわけではなく、そうでない何かを描いているのだ。小説が完成したその瞬間、私はぼんやりとではあるが、それが何であるのかわかったような気がした。」

私はこれを描きたかったとズバリ言い切らないで、呉明益は読者に、そのぼっ〜とした何かを委ねているのかもしれません。改行も少ない300ページ余にもなる大作ですが、著者に運ばれて、あっちへフラフラ、こっちへフラフラという感覚を味わせてもらいました。

ところで小説の中に、東大法学部の学生で、知識があり、台湾の少年たちに親切だった平岡という人物が登場します。これは後の三島由紀夫のことです。実際に三島はこの工場で働いていたそうです。

 

 

 

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桝谷優著「北大阪線」(編集工房ノア/古書900円)は、大阪の質屋で働く少年と質屋の家族、そこに来る人々の姿を描いた小説です。タイトルになっている「北大阪線」を始め、「聖天通りの界隈」「愛国少年」の三つの小説が収録されていますが、登場人物や物語の背景は一緒です。三作品を通して、質屋に働く少年が、徴兵されて戦地へ送られるまでが丹念に描きこまれています。

作家の杉浦明平は帯で「いたく感動しました。戦前昭和十年代の戦争に入る大阪の『いわゆる庶民』生活が、こんなにピッタリ描かれた小説はありません」と絶賛しています。

確かに、大阪の庶民の暮らしが生き生きと描写されていて、飛び交う関西弁も気持ちよう響いてきます。とんでもないものを質屋に持ち込む客と主人との対応は、上方落語を聞いているような楽しさです。

しかしその一方で、小説は戦争が近づいてくることを暗示します。「贅沢品の製造販売を制限する禁止令が出た。七・七の奢侈禁止令」が発布されて、毎日の生活が暗くなっていきます。「北大阪線」の最後は、日本海軍によるハワイ奇襲を伝えるラジオ放送を聞いた少年の心の描写で終わります。

「勝てるか。ぼくは昨夜布団の中で大きな粗相をしたように焦る。煤煙のかたまりを呑み込んだように、腹の中で黒々した不安が渦巻く。それが暗い海を漂う軍艦の形になってくる。」

「聖天通りの界隈」では、戦争が拡大し、様々な軍事教練が庶民にも課されていきます。でも、どこか悲壮感のないおとぼけ風味があるのは、関西弁で語られているからでしょうか。この物語は、山本五十六連合艦隊司令官の戦死の知らせが駆け巡るところで終わります。

最後の「愛国少年」は、主人公が徴用されて軍需工場で働くところから始まります。戦争は全く終結の兆しが見えず生活は苦しくなってくるのですが、工場で働く人や、町内会長に任命された質屋の言動が、平気で反政府的言動を繰り返しているのが面白い。実際はきっとこんな感じだったのだと思います。

「やめとけ。わるいことは言わん。九十九パーセントまで死ぬんや。お国のためでも死に急ぐことはない。人生には良いこと仰山あるぞ。この戦争終わってみよ外国の女選りどり見どり。死んだら一巻の終わり」予科練に行こうとする少年に、海外から引き上げてきた人が言う言葉です。

しかし、「新聞は日々華々しい活字をつらねて、重苦しい断面を曝している。負け相撲の痩せ四股のような。鉄環がギリギリ緊ってきて、ぼくの意識はかえって高揚してきた。」と言うハイな状態で少年は戦地へと向かいます。二度と、この地に戻ってくることはないことを覚悟しながら。

物語のいちばん最後は「北大阪線さようなら」です……..。

●夏季休業のお知らせ  勝手ながら8月9日(月)〜17日(火)お休みいたします

私が出演するZOOMミーティング「フライデーブックナイト」の第1回が、今月20日に決定しました。ご興味のある方は下記アドレスまで

https://ccacademy.stores.jp/items/60fd4e1bbc1e6422b5501a4b

2003年、アメリカを中心にした連合軍がイラクに侵攻。連日猛爆撃を行いました。その時、イラクの文化的中心都市バスラにあった図書館に勤務するアリアという女性が、爆撃から約3万冊の本を守りました。図書館は爆撃で破壊されましたが、アリアのおかげで、本は無事でした。アリアも戦火をくぐり抜けて生きています。

このアリアの活躍を描いた絵本が、ジャネット・ウインターの「バスラの図書館員」(晶文社/古書900円)です。戦争が近づいていることを察知した彼女は、政府に本を安全のため移動するように頼みましたが、却下されました。そこで彼女が取った行動を、こんな風に絵本は語ります。

「アリアさんは、みずから行動をおこすことにしました。毎晩毎晩、図書館が閉まったあとに、アリアさんは、図書館の本を自分の車にはこびいれました。」

爆撃が激しくなり、図書館にいた人たちも逃げ出しました。彼女は友人に残りの本を運び出す手伝いを要請し、図書館の隣にある彼のレストランに本を運び込んだのです。やがて、爆撃は終わります。

しかし、

「やっと戦争というけだものは、町をでてゆきました。町が静かになっても、アリアさんは安心しませんでした。もし、本が無事だとわかったら、戦争というけだものは、きっと町にもどってきます」

その後、避難させた本を自宅と友人の家に分散させたのです。

今なお、中東には平和は訪れていません。でも、彼女はいつか平和が来ると信じて、本とともにその日を待っているのです。奇跡のような物語ですが、事実です。絵本化したジャネット・ウインターは、画家ジョージア・オキーフの生涯を絵本にした「私。ジョージア」で知られる人です。その時に翻訳のタッグを組んだ詩人の長田弘が、今回も担当しています。

2003年、NYタイムズとのインタビューでアリアさんは、言いました。

「コーランのなかで、神が、最初にムハンマドに言ったことは、『読みなさい』ということでした」と。

(注)ムハンマドは570年頃 生まれのイスラム教の開祖で、軍事指導者、政治家。

 

 

戦場で傷つけた左目に、真っ黒のアイパッチを付け、ウォッカロックを飲みながら、タバコスパスパで戦場を渡り歩く女性ジャーナリストの生涯を描いた「プライベイト・ウォー」を観に行きました。

英国サンデー・タイムズ紙の特派員として、世界中の戦地に赴き、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争などを取材してきた女性記者、メリー・コルヴィン。スリランカ内戦で左目を失明し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみながらも、黒の眼帯をトレードマークに世界を駆け巡りますが、2012年、シリアで砲撃を受けて命を落としました。

地獄のような戦場を再現しながら、映画は、世界にその姿を知らせようとした彼女を、決して英雄として描いていません。私たちは、なぜ殺し合いをするのかという永遠の命題を突きつけてきます。そして、子供、女性、一般市民が虐殺される様を見つめていきます。決して後味のいい映画ではありませんが、たとえ、宗教上の問題や、国境の問題などがあるにせよ、私たちは戦争をしてはいけないのだと改めて認識させてくれる映画でした。監督は「ラッカは静かに虐殺されている」で、シリアの悲劇をドキュメンタリー映画として制作したマシュー・ハイネマン。今度はドラマで戦争の悲惨さを描き出しました。

もう一人、戦争をしてはいけないことを最後まで言い続けた映画人がいます。菅原文太です。坂本俊夫著「おてんとうさんに申し訳ない」(現代書館/古書1400円)という彼の自伝の最後「文太の思い」という章に詳しく書かれています。

彼は、俳優として忙しい日々を送っていた頃から、少しずつ社会との関わりを深めていきます。日本の食料自給率を考えると、これからは農業こそ最も重要な産業にしていかねばという意識が、彼を農業生産法人会社「おひさまファーム竜土自然農園」を2009年に山梨県に設立させ、有機無農薬農業へと向かわせます。2011年の東日本大震災以降は、反原発、脱原発を推進する活動を始め、ドナルド・キーン、瀬戸内寂聴、赤川次郎らと「自然エネルギー推進会議」の発起人になります。

そして、戦争中の悲惨な体験が風化されてゆく現状に対して、こう発言しています。

「いまの総理大臣こそが『戦争は、誰が、どんな理由で起こそうとも間違っている』と言わなければならない。『日本は二度と戦争をしない。手助けであろうが絶対にしてはいけない』と率先して示さなければいかんのに、いま逆の現象が起きている」

戦争経験者ならではの、昨今の危機感の表れです。彼は、行動で示すために沖縄辺野古へと向かい、基地反対闘争を支援し、沖縄知事選の応援役も買って出ます。沖縄出身ではないのに、ここまで行動する根底には「やっぱり日本人として恥ずかしい気持ちがあるんですよ。いいかげん、何らかの決着をつけなきゃいけないのに、何も変わらない」という思いがあったからです。

この本は、文太の俳優人生を丸ごと描いているのですが、最後は役者としてではなく、社会と真剣に関わった一市民として亡くなった彼の姿で終わります。彼の思いを、私たちみんながそれぞれの立場で、繋いでゆくべきだと思います。

 

 


小林信彦が、みずからの集団疎開体験を描いた「冬の神話」(角川文庫800円)が入荷しました。昭和50年に発行された時のカバーの絵は金子國義。手元にあるのは51年の重版分ですが、金子のカバーで、この版を集めておられる方もおられるはず。やや表紙が汚れているのでこの価格です。

小林はあとがきで、かつての疎開児学童たちが、疎開地を再訪し、現地の人たちとあの時代の思い出を語りあう、という美談風のハートウォーミングな記事について、不快感を滲ませてこう書いています。

「いまや中年太りした『疎開学童』たちと『純朴な』農民たちとの交歓を称える新聞の文章は、疎開学童を『ヨイコ』と猫撫で声で呼んだ戦争中の新聞記事と奇妙に似通ったところがある。現代史の空白部分といわれる集団疎開の真実は、これら偽善的な記事の向こう側に塗り込められたままになっている。」

体験した疎開先での出来事を元に、小林は、慢性的食料不足による飢餓感、周囲から隔絶した閉鎖的空間が生む歪んだ人間関係、それが誘発する暴力、窃盗、リンチ等々、とても”ハートウォーミング”などという言葉では片付けられない世界を描いています。これは、兵隊こそ登場しませんが、戦争を描いた傑作です。

戦後を生きる元刑務官が、東京裁判で裁かれた囚人たちが収容される「巣鴨プリズン収容所」勤務時代を回想する、吉村昭「プリズンの満月」(新潮社700円)も、戦場を描くことなく、戦争に翻弄される男たちの姿をリアルに描いています。小説は現代からスタートします。収容所があった場所に建つ巨大ビル群。そのビルの管理会社に勤務する男が、退職の日、かつて、ここにあった収容所を忘れない為に建てられた戦犯の碑の前に立ったところから、時代は昭和25年の時代へと一気に戻っていきます。そこからドキュメンタリータッチで、収容所を管理する米軍との軋轢、囚人との亀裂等が描かれていきます。巣鴨プリズンを主役にした小説ってこれぐらいじゃないでしょうか。

もう一人、とんでもない戦争体験を、自らの作品に色濃く投影しているのが島尾敏雄です。終戦直前に特攻命令を受け、まさに死に行く直前、敗戦が決定したという体験を持つ彼が描いたのが「出発は遂に訪れず」です。この小説については「戦争はどのように語られてきたか」(朝日新聞社600円)という鼎談集のなかで、高橋源一郎が文芸評論家川村湊、近代日本史が専門の成田龍一と「戦後の戦争文学を読む」という章で取り上げていますので、こちらをお読み下さい。

「遂に最後の日が来たことを知らされて、こころにもからだにも死装束をまとったが、発進の合図がいっこうにかからぬままに足ぶみしていたから、近づいて来た死は、はたとその歩みを止めた」

と島尾は小説の中に書いています。それが、どんな心理状態であったのか、私たちには想像を絶します。

京都シネマで上映中の「マン・ダウン」という映画を観てきました。

アフガニスタンに派遣された、海兵隊の兵士の帰国後が描かれているのですが、彼のホームタウンが廃墟と化して、愛する子どもと妻が行方不明。彼らを探す物語かと思ったら、全く違っていました。実験精神溢れる映画でした。

物語が多重に進行していきます。廃墟に立つ兵士のシーン、海兵隊に入り戦地へ赴くシーン、戦地での上官の彼に対する査問シーン、そして、パトロールに出かけた先で起こった彼が体験したシーンが、ほぼ同時に進行していきます。各シーンの画調を、巧みに変化させているところが監督の技です。

兵士には、小学校低学年の子どもと妻がいます。二人を残して、派遣された戦地でゲリラに襲われます。その時、銃撃してきた所を目がけて、滅茶苦茶に銃弾を放ちます。敵が隠れていたと思われる毛布を取り上げたら、なんとそこには、小さな子どもと母親が、血だらけで死んでいました。この事件と、さらに現場で死亡した親友の隠された過去を知ったことで、恐怖体験が彼の心に深い傷を与え、PTSDという精神疾患にかかってしまいます。

そして、帰国、しかし、何故か故郷は廃墟、人っ子一人いません。何故?という疑問などお構いなしに映画は進みます。

今まで、戦争で受けたPTSDに苦しむ兵士の姿は、多くの映画で描かれてきました。その殆どは、役者の身体表現で伝えられてきました。しかし、「マン・ダウン」は違います。この廃墟は、主人公の脳に植え付けられた世界なのです。現実の彼の故郷では、市民が普通に暮らしているのに、彼には、そこが終末を迎えたゴーストタウンにしか映りません。そして、ここで彼がやることは、行方不明の彼の息子(実際には息子は普通に日常生活を送っています)を探し出すことなのでした。

息子が、誘拐されて囚われの身となっていると思いこんだ彼は、助け出そうと激しい銃撃戦を展開します。しかし、それは息子を無理矢理連れ出そうとしている男の妻が、恐怖におののいて警察に連絡したからです。主人公にとっては、愛する子どものための闘いなのですが、実際は警察相手に撃ち合いをするという、凶暴な男でしかないのです。当然、ラストが幸せにクローズするわけないのはお分かりでしょう。

観客はPTSDに苛まれる世界を、彼と共に生きることを余儀なくされるという手法で、戦争の傷跡を追体験することになります。映画自体にやや強引さもありますが、前代未聞の表現方法です。

そして、ラスト、こんなテロップが流れます。

「戦地から帰還した兵士の5人に1人がPTSDに悩み、20万人以上がホームレスとなり、11人に1人が自殺未遂をしている」

戦争とは、かくも自国民を傷つけるということを「最強の空母を派遣した!」とか「潜水艦もいるぞ!」とか自慢げな大統領も、ミサイル撃つぞ!と息巻く主席も、一体ご存知なのだろうかと思ってしまいます。

映画館には、たった4人しかいませんでいたが、勿体ない、こんな映画があったなんて!(28日まで上映されています。)

 

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