「レティシア書房・夏の古本市」には、暑い最中にもかかわらず、多くのご参加、ご来店いただき、本当にありがとうございました。20日(日)に無事終了し、翌日から二日間で後片付けをして、お休みを頂きちょっと温泉へ行ってきました。

夕方、大阪南港からフェリーに乗船(初体験!)して、一路別府へと出航です。ライトアップした明石大橋をくぐるのが夜8時過ぎ。幻想的な美しさにうっとりして、いつまでも海の夜空をデッキでみていました。翌朝は6時前に起きて、船上から日の出を眺めたら、アッと言う間に別府入港。お天気にも恵まれ良い船旅でしたが、客室内の冷房が寒かった。USJ帰りの親子連れ、若者たちが多かったのですが、にしても、こんなに寒くてみんな大丈夫?と思いました。

さて、別府に住んでいる友人が迎えにきてくれて、お散歩へと連れていってもらいました。先ずはJRで3駅程先のとなり町、作曲家瀧廉太郎の出身地日出(ひじ)町へ。日出城(暘谷城)跡に建つ小学校は、なんと、石垣の上に建っています。炎天下、ちょうど野球の練習中のグラウンドを横切り、少し登ると、高台からは海が見渡せるというロケーション。懐かしい日本映画に出てきそうなのんびりした風景でした。鬼門櫓なんていかめしい櫓まで学校の前に残っていました。

風情のある城下町を散策しながら、平成6年に設立された二階堂美術館へと足を向けました。ここは、江戸時代から酒造りを営んできた二階堂酒造が、収集した美術品を公開するために作った小さな美術館。横山大観や竹内栖鳳、川合玉堂、上村松園など(中でも、京都画壇の菊池 契月を初めて観て端正な美しさに感動しました。)、近代から現代の日本画における代表的な作家の作品をみることができる美術館です。なんせ炎天下のこと、来館者は我々のみで、貸切でゆっくり楽しみました。

さて、午後からは、ディープな別府の露地裏散策です。往年の日活アクション映画に登場しそうな飲屋街などをぶらりぶらり。豊川悦司が映画「顔」で登場した一角もありました。別府駅前のブルーバード劇場は、レトロな佇まいで素敵でした。今やアートシアター系の劇場になっていますが、懐かしい映画の匂いプンプンの映画館でした。

汗だくになって歩いた後は、別府で最も古い温泉、竹瓦温泉(写真下)へ。入浴料100円で、素朴な建物の温泉を楽しみました。何しろ別府の町はあちこちに100円で入れる温泉があるので、タオルを持って散歩するのがお薦めだということでした。その後は、鉄輪(かんなわ)の静かな温泉街を、またぶらりぶらりとそぞろ歩き、もう一度100円温泉に入って、古本市の疲れを癒した旅行でした。

 

さて、本日より平常営業です。まだまだ暑さは続きますが、町歩きのおついでにお立ちより下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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散歩の達人と言えば、JJおじさんこと植草甚一ということに異論を挟む人はいないでしょう。

「ぼくのニューヨーク地図ができるまで」(晶文社・初版1700円)なんて、あまりにこの街が好きになって、「ニューヨークの田舎者として毎日ブラ付きながら暮らしたが、ずっと面白かったので」と、再度出かけて、「ニューヨークではタテよりもヨコの通りの方が面白い」と驚いたり、ルンルン気分で散歩している様が伝わってきます。

この本の中で、JJおじさんは、5時間にも及ぶ自分の散歩についてこう語っています。

「たしかに散歩としては時間が長くかかりすぎる。けれど二時間ぐらいに制限した散歩だと、出かけたときから帰るまでのあいだ、どうも時間ばかり気になって、散歩のときに一番だいじなリラックスした気持ちになれない。」

エンピツとノートブックをバッグに入れて、知らない道に出くわしたらメモを取ることを忘れないのが散歩の楽しみ方みたいです。

多分、街を歩くことで、好奇心がふくれ上がり、さらに何か面白いことないかな?とキョロキョロするのがJJおじさんの至福の時間だったんでしょうね。

「植草甚一読本」(晶文社900円)では「ぼくは何か売っていない通りは歩く気がしない。手ぶらで帰ってくるときほど、つまらないことはないからだ」とも書かれていますが、ひょいと曲がった通りで、小さな本屋さんとか見つけた時のワクワク感はたまりませんね。

JJおじさんからは、映画、ジャズ、ロック、海外文学等々多くのことを教えてもらいました。けれども、一番の贈りものは、街ってこんなにワクワクさせる場所なんだ、だから歩こうよという気持ちだったと思います。

番長書房から出版されたJJおじさんの「いつも夢中になったり飽きてしまったり」(1500円)は、街で見つけたものを、これはこうなんだ、面白いね〜と語りかけてくれる彼らしい一冊です。その無邪気な楽しみ方は、コレクターにありがちな偏狭的な窮屈さが全くないところがいいですね。

 

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「越生と書いておごせという。埼玉も西の方の、山へ寄った小さな町である。近くに梅の名所があるので、近年は人も知って新月ヶ瀬などというが、それ程の所でもない。然し梅の咲く頃、坂戸の町からバスで越生の方へ向いて行くと、必ず秩父の方の連山が淡い紫にくっきりと見える。町へはいって板葺の低い家並みの後ろに、裸木の雑木山が、風の無いぽかぽか日に照らされて居るのを見ると、如何にも早春らしい気がする。

町のはずれの越辺川というのに小さく橋が架かって居て、それを渡ると、弘法山という小さな山がある。春もいくらか深くなって、そこの紅梅がむせるように匂う頃、寺の上の明るい雑木山に転がっていると、鳥がチチと啼き、日は燦々とふりそそぐ。」

これは、1883年生まれの国文学者岩本素白の「素湯のような話ーお菓子に散歩に骨董屋」(ちくま文庫700円)の一節です。

美しい文章です。すみません。全く知りませんでした。素白先生について

「酒は飲まず煙草は吸わず、碁も打たず将棋も指さず、謡も謡わず茶も立てぬ。世間的に云えば無趣味極まる男である。閑さえ有れば独り杖を曳いて気儘に歩くだけの事である」とあります。

散歩を上手く文章にする作家は沢山います。植草甚一、川本三郎、最近では石田千等々。それぞれ個性的な文章を書かれますが、素白先生も、淡々とした味わいの中に、微妙に変化してゆく季節感があり、無骨で、穏やかな作家の温もりを感じ取れます。ページから春風が吹いてきたり、清流の音が聞こえたりする素敵な文庫です。早春の肌寒い日などに、カイロ代わりにポケットに偲ばせておくには最適かも。収録されている「早春」というエッセイも、極上です。

なお、この文庫の編者は、「森茉莉かぶれ」や「エッセンス・オブ・久坂葉子」の早川茉莉。解説でも森茉莉を彷彿とさせるところがあるという記述がありますが、森茉莉ファンの方いかがでしょうか。

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