今日は鉄道開業150年の記念日とか。横浜・新橋間を初めて汽車が走ったのですね。それに引っ掛けた訳ではないのですが、ちょっと、いや、もしかしたらかなりレアな2冊の本をたまたま入荷しました。

1冊目は、”描き鉄”の本間淳子さんの鉄道画集「railroad book vol.1」(ミニプレス/1900円)です。「いつのまにか心の拠り所になったローカル線の一人旅。『描き鉄』と呼ばれるようになったスケッチ集です。いつか消えるであろう小さな駅を1日でも存続させたい思いで作品集にしました。」

津軽鉄道ストーブ列車、函館市内電車、わたらせ渓谷鉄道、三陸鉄道、富士急行など、写真を撮り、メモをして、切符やパンフレットをノートに貼った記録(本の最後にスクラップ帳が載っていて、これが楽しい)と、旅の印象をもとに描かれた絵が並びます。

新幹線や、豪華特急の華やかな舞台装置はここにはありませんが、大都会を一歩外に出れば、日本中どこにでもローカルな風景が広がり、そこに暮らす人々を運ぶ鉄道が走っている。その風情は、私たちの旅情を誘います。JR只見線「会津川口駅」に停車するディーゼル列車(写真右)。ホームには雪が降り積もり、静かな風景が心に染みます。

私も乗ったことがある函館市電。坂の多い市内をゆっくり走る電車内から見える風景を思い出しました。またこの市電が、かつて京都市内を走っていた市電に似ていて、京都駅近くで育った私は、幼い頃どこへ行くにも市電に乗っていた記憶が蘇りました。

今回、本と一緒に原画も2点飾っています。「富士急行『フジサン号』2000系」と「小湊鉄道 養老渓谷駅キハ200系」です。ぜひご覧ください。なお原画は販売しております。どちらも額込み40000円です。

さて、もう一冊は山宮喬也「北海道の駅舎たち」(バルクカンパニー/新刊2750円)です。こちらはおよそ600ページに及ぶ大著で、北海道の駅舎を全てボールペンで描いた、数百点の「駅舎画」と著者の短い文章が収められています。

函館本線赤井川駅の絵には、こんな文章が添えられています。

「人家のほとんどない所にひっそりと置かれた赤井川駅。付近の川が赤く濁っていたという地名が駅名に。箒と塵取が置かれ、よく整頓されています。静寂の中で孤独感を漂わせている姿が印象的です。」

また、駅名の横には、その駅が開かれた年月日が書かれています。赤井川駅の場合、明治37年10月15日です。きっと、当時は多くの人で賑わい、人や荷を運んだことでしょう。

釧路から網走を結ぶ釧網線には、何度か乗ったことがあります。原生林を掻いくぐって、オホーツク沿岸を走り抜け網走まで向かう車窓は見飽きることがありません。釧路湿原駅、塘路駅、五十石駅、標茶駅、五稜郭駅そして新しくなった知床斜里駅。こんな感じの駅だったなぁ〜と旅を思い出しました。

「訪問した駅舎たちの多くは、都市部や主要駅を除けばいずれも簡易、粗末、無人という状況にありました。悄然と佇む小さな駅舎に何度も心が痛みましたが、多くは利用客や地域の暖かい愛情の中で懸命にふるさとの玄関口たらんと頑張っている姿に感動を覚えました」と、駅舎への思いを書いています。

廃線、あるいは廃駅になってしまうかもしれない運命の列車や駅舎を眺めながら、旅への憧れを募らせるステキな作品集です。

 

 

 

「EF58」と言っただけで、あぁ、あの電気機関車か!とその姿を思い起こす方は、鉄道ファンでしょう。

一時、日本の長距離列車を牽引していた電気機関車です。私が高校生の時、友人と九州一周旅行に出発した時の夜行列車も、京都22時発の東京行き急行列車「銀河」に乗った時もこの電気機関車が牽引していました。青春時代の旅はEF58がいつも一緒でした。

西村繁男の絵本「やこうれっしゃ」(福音館/新刊990円)の表紙絵は、EF58110のナンバーを付けた電気機関車が長距離列車を引っ張っています。

西村繁男は1947年生まれの絵本作家です。私よりもう少し年上。つまり著者にとってもこの機関車はなじみ深かったわけです。絵本は上野駅中央改札から始まります。季節は冬。スキーを担いだ若者、帰省する親子、引き出物を手にして挨拶を交わす人々が次々列車へ乗り込んでいきます。全編文章もセリフもありません。

ホームでお弁当を買い込み、寝台車に乗る人、四人がけの普通座席に座る人、リクライニングシートの一等車に乗る人。目的は違いますが、あちこちで会話が弾んで賑やかです。改札にいた多くの人々がそれぞれの座席に収まる様子が面白い。ページをめくっていくと、車内の様子が細かく描き込まれています。一昔の長距離列車、それも夜に出発する列車には、どこか濃密な雰囲気がありました。深夜、それぞれの席で眠りにつく乗客。若い方は体験したことがないかもしれませんが、硬い座席で寝るのは、なかなか大変でした。そんな様子も見ることができます。

上野を出た時には、雪など降っていなかったのに、いつの間にか車輪も真っ白になっています。朝7時、どうやら終着の金沢に着いたようです。帰ってきた安堵感、さぁこれから観光だという期待感、乗客の感情がホーム一杯に漂っています。ホームにある手洗い場で顔を洗っている人もいます。

本書が初めて世に出たのは1980年。それから版を重ねて、2020年には34刷。驚異のロングセラーです。現代のスピーディーな旅とは全く違い、ここには旅情があります。もうこんな旅は物理的に不可能ですが、だからこそ、あの時代へのしみじみとした思いが読者を捉えているのかもしれません。

☆レティシア書房からのお知らせ

7月27日(水)〜31日(日)「ワンコイン500円古本フェア」開催します。

「『セニョール、ミシラゴだ。チューパ・サングレのミシラゴだ。』 当時、ミシラゴという言葉は知らなかったが、 チューパ・サングレ(血を吸う)と聞いてその意味がつかめた。木戸や屋根の隙間から吸血コウモリが侵入してきたのだ。」

絶対に、こんな場所には旅したくはありません。さらに川には毒ヘビがうようよ。

写真家の高野潤著「風のアンデス」(学研/古書1050円)は、タイトル通り、アンデスを高原、高地、谷間、辺境、そしてアマゾン上流地帯に分けて、著者の旅の体験談を一冊にまとめたものです。

辺境への旅をしたいと思ったことはありませんが、その割にこういう本は読んできました。地球上には未知の世界が数多く存在することを教えてくれるのです。

「パタゴニアは空虚な風だけの世界、ここは風の砂漠かと思いはじめた。気持ちがすさみ、底なしの寂しさに包まれる。連日、地面をはうような横なぐりの雨にテントが襲われるため、フライシートの効果もなく床内部までびしょ濡れになる」

かと思えば、「ソンダ(猛暑による温度上昇で生まれる暴風)も生まれるほどの高温乾燥の猛暑である。ひとりで叫んで驚いたが、煙草の火先が触れただけで、頭からかぶっていたタオルがくすぶりかけ、同時に炎を上げて燃えはじめた。」

などと、超過酷な自然に向き合い、死ぬ一歩手前まで行った体験が語られます。予想のできない自然現象、不気味な毒ヘビや、猛獣と出会う危険。さらにはとんでもないエネルギーが押し寄せてくる鉄砲水、はたまた直撃されたら即死間違いなしの大きな岩石の落下など、危険、危険の旅。

なんでこんな旅に出かけるの?と逆に聞きたくなってきます。

あとがきで著者は「野生動物、雷、その怖さに怯えたかと思うと、予想もしていなかった牛が現れて不安感を与える。さらに、風や水の恐怖が待ち受けている。一転して、アマゾンに出かければ、そこには得体の知れない別種の危険や困難がひそんでいる。」

しかし、著者はこの怖さを感じつづけることが、自然の中で過ごそうとするためには、もっとも大切なことだと言います。自然に対して謙虚になれるというのです。

私のような都市生活者にとって、自然は優しさであり癒しの拠り所です。しかし、そうではない自然の方が沢山あるという事実。そして、ひょっとしたら、今騒がれている異常気象や、自然破壊の爪痕は、こんな所にこそ存在し、広がっているのではないかという、当たって欲しくない予想を感じる一冊でした。

 

 

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村上春樹の「ラオスにいったい何があるというんですか?」(文藝春秋/古書800円)は、旅で訪れた世界各地で感じたことを書き綴った紀行文集です。個人的には村上春樹は、1.音楽関係のエッセイ集、2.短編小説集  3.紀行文集の順に読んでいます。長編小説は、実はちょっと苦手で敬遠気味です。

「ラオスにいったい何があるというんですか?」というタイトルに対して、著者はこんな風に答えています。

「さて、いったい何があるというのか?良い質問だ。たぶん。でもそんなことを訊ねられても、僕には答えようがない。だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こうとしているわけなのだから。それがそもそも、旅行というものではないか」

あそこへ行って、次にこれを観て、ハイそれを食べて、さあ移動、が旅ではないのです。

本書で、かつて住んでいたボストン、ギリシャのミコノス島、世界作家会議みたいなものが開催されたアイスランド、ニューヨークの老舗ジャズクラブ探訪等々、世界各地を飛び回っています。

アイスランドの息をのむような美しい光景を前にして、「そこにある美しさは、写真のフレームにはとても収まりきらない種類のものだったからだ。我々の前にある風景はその広がりと、そのほとんど恒久的な静寂と、深い潮の香りと、遮るものもなく地表を吹き抜けていく風と、そこに流れる独自の時間性を『込み』にして成立しているものなのだ。そこにある色は、古代からずっと風と雨に晒されて、その結果できあがったものなのだ。それはまた天候の変化や、潮の干満や、太陽の移動によって、刻々と変化していくものなのだ。」

カメラで切り取ったものは全く別物であり、その深い世界は色あせてしまい、残らない。

「だから我々はそれをできるだけ長い時間をかけて自分の目で眺め、脳裏に刻み込むしかないのだ」

旅に出れば、できるだけゆっくり眺め、その光景に自分を溶け込ませることが大事なのだ、ということです。これは覚えておきたいことです。

いいなぁ〜と個人的に思ったのはオレゴン州ポートランドです。

「この街には個性的な書店と、中古レコード店が揃っている。ポートランドにはいくつかの優れた教育施設があり、学生の数も多いためだ。もしあなたが本好きなら、全米でいちばんの規模を誇る独立系書店『パウエル』で、半日ばかり至福の時を送ることができるだろう。」

レコードショップで真剣にレコードを漁っている著者の写真も載っています。音楽少年の面影が残っています。

さて、最初の質問「ラオスにいったい何があるというんですか?」に戻ります。そこで観た風景を心の中に残してはいるものの、それが何かの役に立つのかならないのかはわかりません。

「結局のところたいした役に立たないまま、ただの思い出として終わってしまうのかもしれない。しかし、そもそも、それが旅というものではないか。それが人生というものではないか。」

彼と一緒に世界を旅して、楽しみ、考えさせられた本でした。

 

●レティシア書房からのお知らせ  12月27日(月)は、平常営業いたします。

                 12/28(火)〜1/4(火)休業いたします。

●私が担当の逸脱・暴走!の読書案内番組「フライデーブックナイト」(ZOOM有料)の3回目が、12月17日に決まりました。次回は「年の瀬の一冊」をテーマにワイワイガヤガヤやります。お問い合わせはCCオンラインアカデミーまでどうぞ。(どんな様子でやっているのか一部がyoutubeで見ることができます「フライデーブックナイト ー本屋の店長とブックトーク」で検索してください)


 

 

「街と山のあいだ」「旅の断片」に続いて、若菜晃子の旅を巡るエッセイ第三弾「途上の家」(アノニマスタジオ/新刊1760円)が発売されました。

本作でも、彼女の明確で瑞々しい文章はとても魅力的で、私たちを未知の旅に連れて行ってくれます。それにしても、よく旅をする人だ!今回も南米、カナダ、インド、東南アジア、アフリカ、ロシアのカムチャッカ半島へと出かけています。

「旅に出てなにがしたいかをこれまではっきりと考えていなかったし、言葉にしていなかったけれども、先日知人にもらった本を読んで、『生きる』をしたいのだなと改めて思った。そういう時間の流れを感じていたいのだ。そういう時間の流れを感じていることが、私にとっては『生きる』ことなのだ。」

そして、クレタ島でヤギを見ながら考えます。

「ここではなにもかもが明るくそよいでまどろんでいる。昨日と同じ今日が過ぎていく。なにもかもが美しく、ときのまにまにたゆっている。そのことが全身にしみわたるように快い。私は頂の白い岩の上に座って思った。毎日こうやって暮らせればいいのに。クレタのヤギのように。自分の好きなもの美しいものだけを見て、ゆっくりと何事もなく、穏やかな気持ちで生きていけたら幸せなのではないだろうか。生きるとは本来そういうことではないだろうか。なぜそのように生きていけないのだろうか」

観光地を巡るわけでもなく、豪華ホテルに泊まってグルメに興じるわけでもなく、彼女の旅は続きます。インドへは石を拾うために向かい、足元に落ちていた何の変哲もない石を拾い上げます。その時、

「やっぱり私は、自分がこれだ、と思う石を拾わなければいけない。生きていれば選択の連続で迷うことばかりだが、私の人生は他ならぬ私のものでしかなく、誰かが私の代わりに私の人生を幸せにしてくれるわけではない。だから私は私の道を自分で歩き、私自身が私を幸せにしていかねばならないのだ。」

ヤギや石、鳥の鳴き声、様々な環境に生きる人々との交流を通して、自分自身を知る旅に終わりはありません。ネパールにあるチトワン国立公園で出会ったサラノキ(沙羅双樹)。

「この広い地上に今あるのはサラノキと鳥の鳴き声だけである。この穏やかな静けさに包まれて、高いサラノキの下で、小さな花びらが無数に舞い落ちるなか、鳥の声を聞きながらであれば、死も受容できるかもしれない。自然のなかでこうした静寂に思いがけず遭遇すると、私はいつも自分の死に場所を探している気がする。」

世界中を回りながら、そこで思ってこと、考えたことを自由に書いた一冊です。

 

 

 

 

 

「フリー稼業の数少ない特権のひとつは、世の多くの人が働いている平日に一人旅が出来ること。その自由を失いたくないから、経済的には不安定であっても、フリー稼業を続けているのだとも言える。」

「旅先でビール」(潮出版/900円)の中の、著者川本三郎の言葉です。人付き合いが得意ではなく、パーティーやらゴルフも敬遠して、その代わりに「ひとりで街を歩く。日本の田舎町を歩く。ローカル線に乗る。魚師町の居酒屋で飲む。温泉につかる。」と文章を続けています。

著者は、映画評論・文芸評論・海外文学の翻訳等の一方で、旅歩き・鉄道の駅探索・居酒屋回り等のエッセイを送り出しています。この本もそんな一冊です。おっさんがぶらりと旅に出て、見知らぬ駅で降りて、ぶらぶら散歩して、駅前の居酒屋でビールを飲んで、ご満悦になるという中身です。「九月のはじめ、海が見たくなって房総に出かけた。」と言った具合で旅が始まりますが、大抵は日帰り、あるいは一泊の旅です。そして、大衆食堂に入ってビールです。

「駅前に一軒、昔ながらの大衆食堂があった。ラーメンからカツ丼までなんでもある。近年、こういう店が少なくなった。貴重。隣で女学生たちがラーメンを食べているのを見ながらカツ丼のカツを肴にビールを飲む。しみじみしてくる。 旅をしていていいなあと思うのは、名所旧跡を訪れるより、こんな駅前食堂でビールを飲む時だ。」

300数十ページの本の大半がこんな風なのですが、読んでいるうちにとても幸せな気分になってくるのです。何気ない風景を見て、フツーの店でフツーの食事をするという特別な何かを求めない旅。ハイグレードなホテルや豪華絢爛なディナーなどどこにも登場しません。ひとり静かに、そこにあるものを食べ、そこに生きる人たちの暮らしを見つめることこそ、旅の本質なのかもしれません。

青函トンネルをくぐって、函館に夜遅く着いた時、「日曜日のこの時間だから閉まっている店が多い。横丁に一軒、居酒屋が開いていた。客は私ひとりだったが、おかみさんが愛想よく迎えてくれる。ビールの肴にもらったホッケがおいしかった」

あたたかな情景が目に浮かんできます。旅情報や、グルメ情報が溢れているこの時代に、あえてこんな旅をする。幸せって、こんな些細なことだよねと伝えてくれる旅のエッセイ集です。

 

 

MATSUDA KAYOさんの「WANDER VOGEL」(ワンダーウォーゲル)展が本日より始まりました。

「VOGEL」は、さまよっていく鳥という意味があるそうです。DMに『そよかぜがふいて 空には大きな太陽 鳥たちは旅立ちを夢見る』と書いてあるように、渡り鳥が色々な場所へ飛んで行ってみた景色や、感じた風のような美しいアクリル画、版画などが並びました。

やさしい洒落た色合いのMATSUDAさんの絵は、小さく奏でる音楽のような優しさを運んでくれます。きっとどんなお部屋の壁にも、静かに落ちついてくれそうな作品です。可愛いいのだけれど、そう言ってしまうとちょっと違うような不思議な成熟度があります。風にヒラヒラ舞う葉っぱや、そよ吹く風ゆらめく植物にもそれぞれ話せば長い秘かな物語があるのかもしれません。

 

今回は本屋での個展ということで、こんな絵も柱にかかっています(写真左)。本を読んで巡る旅と鳥たちの旅。春になればちょっと遠出をしたくなってきました。

MATSUDA KAYOさんは京都精華大学芸術学部卒業後、グラフィックデザイナーを経てイラストレーターとして活動されています 。土の吐息のような色合い、ほんわか春先の暖かな温度を感じる MATSUDAさんの世界に少し浸りにお越し下さいませ。(女房)

 

★  KAYO MATSUDA「WANDER VOGEL」展は、3月5日(火)〜17日(日)

12時〜20時(最終日は18時まで)月曜日定休

 

まるで物語の中から出て来た様な少年少女や、動物たちが、本屋にお目見えしました。mariko fukuraさんの『Journey』(ジャーニー、旅)というタイトルの展覧会が、今日から始まりました。

本が大好きなmariko さん、京都で初めての個展をレティシア書房で開いていただきました。本をテーマに描かれた絵も並んでいます。大きな本を前に、なにやら楽しそうな男の子は、お話の旅に出かけようとしているのかもしれません。そして、お話の波に漂いながら眠っている女の子は、どんな夢をみているのでしょう。お盆に本をのせて運んでいるお針子さんも、夢と現実を行き来しているように歩いています。

ステキなシャツを着てお出掛けしようとしているワニも、花のメロディーを奏でているウサギも、みんなそれぞれの人生(?)の一コマ。ここから新しいお話が紡ぎ出されていく感じ。

mariko さんの描かれる『Journey』は、旅の風景画ではなく、みんな物語の旅の途上ってことなのでしょう。色鉛筆、水彩、コラージュ、染色を使って描いた絵は、カラフルなのに、しっくりと落ち着いていて、自然な色合いが好きだと言う作家が、こだわり抜いて作り上げた画面には、奥行きがあります。

そして、物語の中から出て来た様な少年少女、動物たちは、絵の中で、思い思いに生きることを謳歌しています。「描くことも歩くことも。眠ることも、みな旅のようなもの」というmariko さんの絵本ができたらぜひレティシアに置かせて下さい。主人公が、歩き出す旅のお供をしたいものです。

今回、mariko さんデザインの雑貨もたくさん並んでいます。カード、布製バッグ、紙テープ、はんこ、レターセットなどなど。中でも個展のために、親しくしているお菓子屋さん「niwa-coya」に作ってもらったという特製クッキー(600円・450円)は、ぜひ。(女房)

 

 mariko fukura『Journey』展は、1月29日(日)まで  月曜定休日

 

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。



 

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2014年に亡くなった、イラストレーターの安西水丸の素敵な本が数冊まとめて入荷しました。

和田誠と組んだ2冊組の「パートナーズ」(文藝春秋・絶版1850円)は、楽しさ一杯です。一冊は「ことわざバトル」で、古今東西のことわざについて、二人のエッセイとイラストがついています。両者のタッチの違いも発見できます。まず右ページと左ページ二人のイラストがそれぞれ描かれて、これがどんな諺かを思い浮かべて次をめくると、エッセイが綴られています。それがまた面白い。「所かわれば品変わる」で、安西が京都で「おおきに」と言われて、それが「ありがとう」の意味だったことに驚き、その後何度来京しても、このイントネーションが身に付かなかった小話など、フムフムと読んでしまいます。もう一冊は「ライバルともだち」です。「ホームズ×ルパン」に始まる、世界のライバルを並べて、二人がイラストを描き、ウンチクを傾けるという内容です。こちらも二人の巧みなタッチが楽しめます。「ウィリアム・テル×息子」なんて、えっ?何それ?なんていうのもあります。こういうのを「軽妙洒脱」と呼ぶのでしょうね。

安西のイラストも大好きなのですが、彼の旅日記もそれ以上に愛読してきました。

「時間と時間の間にもしも透き間があるとしたら、夏の祭りの思い出は、時間の透き間でゆれている。ぼくは陽の落ちた雪原をひた走る奥羽本線の窓辺に肩をよせ、ひと昔に過ぎ去った夏祭りのことを思いだしていた。」

憧れと感傷が、旅へと押し出してくれる「エンピツ絵描きの一人旅」(新潮社・絶版1400円)は、短い小説を読んでいるような、味わいのある旅日記です。もちろん、彼が旅先で見た風景のイラストも掲載されています。日常の風景から、うわっ!と見知らぬ土地の旅情が展開するような、なんというか極めて映像的な旅日記です。

もう一冊、旅ものですが、「スケッチブックの一人旅」(JTB・絶版1750円)にはカラーのイラストも載っています。これがいいんです。日本の風景ってこれだよな、という思いが湧いてきます。

「雨の季節に旅に出るのが好きだ」という安西は、「雨期になると、ぼくはきまって南房総の旅に誘われる」そうです。雨にけむる野島崎灯台を描いたイラストが、切ない旅情を余すところなく描いていてお薦めです。

さて、もう一冊。こちらは桂文珍のエッセイ「文珍でえっせー」(潮出版・絶版800円)です。文珍師匠のエッセイに、安西が全ページカラーで作品を描いています。これは、見応えありです。

師匠曰く「昔、それほど効率性を追求しない時代、働くことは気持ちよく生きるためだったようです。気持ちよく楽しく働きたいものです」

気持ちよく、楽しく、そんな言葉のエッセンスに触れるようなイラスト満載です。

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「私は2014年1月に世界一周へ出発し、来年2015年春頃までの予定で、世界の国々をまわります。
その期間中、旅をしながら国ごとに1冊、旅マガジンを発行します。(全30号程度予定)作成しているZINEは、訪れた国ごとに撮影した写真をメインにした旅マガジンです。すでに多数の旅マガジンが存在していると思いますが、私の作る雑誌のポイントは、リアルタイムで現地から発行していることです。
旅をしながらマガジンを作成し、日本の印刷会社に入稿してそこから直送してもらっています。」

というメールが5月に届きました。世界を回りながら、プレスを出すって、すごいなぁ〜、しかも30冊を刊行予定なんて!これは、もう応援してあげるしかない!と思い、即刻連絡しました。

今日、「tasogare times」第一号が届きました。旅の初めはフィリピン。1月5日、マニラにある世界遺産のサン・オーガスティン教会への道からスタートです。

正直言って、今なら、こんな現地の写真と文章なんてネットを利用すれば、お手軽に全世界に配信できます。しかし、クリック一つで次から次へ飛んで行くネット情報とは趣きが違って、彼女の旅に、静かに思いを巡らせるプレスです。まるで、遠い国から、お手紙をもらったようなアナログな懐かしさがあります。自分で写真を選択し、レイアウトを構成し、文章を作り、印刷会社へ送るなどという手順を、異国でやり続けるという根性?は、そうマネは出来ません。

最後のページの「世界のごはん」で紹介されている「Lechon」という子豚の丸焼きの写真(顔の部分)が掲載されていて、おぉ〜これを食べるのか?と思って、ちょっと引いたりしてね。

次回は韓国とか。期待してますよ!!価格は500円です。応援ワンコインと思って買いましょう。

ところで、先日、台湾の古書店のオーナーがご来店。翻訳もされているとかで、台湾での日本文学の状況等、楽しいお話ができました。お店の名前は「荒野夢二」。あちらでも、「野書会」という一箱古本市があるみたいです。空の下、自由な感じのするいい名前です。

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