入荷する度に、ご紹介している池澤夏樹編集の日本文学全集ですが、今回は「松尾芭蕉/与謝野蕪村/小林一茶/とくとく歌仙」(河出書房新社1800円)の俳諧。

有名な「閑かさ岩にしみ入蝉の声」を初めて読んだ時、なんだこれ?と全く興味を持てませんでした。が、ボリュームあるこの一一冊に収められた三人の俳句を読んでいると、さっぱり理解できないものもあるのですが、爆発的にイメージが広がるものがあり、目前に白い雲がわぁーとみえたり、田園の向こうを雨が降り出してくるのを眺めていたり、と、面白い経験をさせてもらいました。

とりわけ、小林一茶に引込まれました。一茶の句を選んだ長谷川櫂は、芭蕉や蕪村が古典文学に精通していたのに、一茶には全くその素養がなかったことを踏まえて、こう言い切っています

「一茶は文学における野蛮人だった。では、一茶の俳句を培ったのは何か。それは江戸時代後半の社会を悪戦苦闘しながら生きた一人の人間の生活感覚である。これこそ、一茶が芭蕉や蕪村とちがうところであり、一茶の俳句を読む場合、忘れてはならない視点だろう」

「小便の身ぶるひ笑へきりぎりす」「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」

こんなユーモラスは句を作っていた一茶の後半の人生は、悲惨としか言いようのない日々でした。父親の遺産相続で揉めに揉め、数度の結婚で、五人の子供を授かったのに、片っ端から死別。晩年62歳の時、再婚したものの、即離縁、元々煩っていた中風が再発、言語障害になってしまう。

「淋しさに飯くふ也秋の風」

一茶63歳の句ですが、人生の寂寞さが色濃く出ています。

できれば、若い時に詠んだ

「ゆうぜんとして山を見る蛙哉」

みたいな悠然と構えた蛙になった気分で、山を見上げていたいものです。この時代の新たなポップな感性を持っていた俳人ですね。

65歳で死去した一茶は、残った妻に娘が生まれます。選者は「人生は悲惨だが、滑稽である」と結んでいます。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)


 

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池澤夏樹編集の日本文学全集の一冊で「宮沢賢治 中島敦」(河出書房新社1800円)を一冊にした本の紹介です。何故この二人?という疑問に編者はこう答えています。

「中島敦は宮沢賢治の十三年後に生まれ、その死の九年後に亡くなった。賢治は享年三十七歳、敦は享年三十三歳。若くして他界したことだけだなく、二人には共に遠くを見ていたという共通点があるように思う。自分というものの扱いに苦労したところも似ている。」

「共に遠くを見ていた」、「自分というものの扱いに苦労」した作家……..。

宮沢はまさにそんな作家だと思います。自分という存在に苦しみ、銀河の果てまで飛んでいってしまった。

死ぬ直前には、「そしてわたしはまもなく死ぬのだろう わたくしというのはいったい何だ 何べん考えなほし読みあさり さうともきかうも教えられても 結局まだはっきりしていない わたくしといふのは」

という「そしてわたしはまもなく死ぬだろう」(未完)の詩を残しています。「これで二時間 咽喉からの血はとまらない おもてはもう人もあるかず 樹などしづかに息してめぐむ春の夜」という詩を書きながら、己がいるべき遥か彼方に地へと向かっていたのでしょう。

中島は1941年、ミクロネシアに渡り、数ヶ月滞在しています。その時、彼が見た南洋の自然、風物、そこに暮らす人々を描いたのが、この全集に収録されている「環礁ーミクロネシア巡島記妙ー」です。

「寂しい島だ」という文章で始まるこの旅行記は、「薄く空一面を覆うた雲の下で、空気は水分に飽和して重く淀んでいる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。」とその気候に辟易しながらも、歩き回る。デング熱が治りきらない状態で、眩暈と、息苦しさでガタガタになってくる。しかし、それでも作家は幻覚に近い美の中で陶酔してゆく。今なら飛行機でヒョイと飛んでいけるのだが、中島が渡航した時代は、当然船の旅。時間をかけて地に果てに行き着いたという感覚ではなかったでしょうか。自分を持て余していた男の放浪記として、私は読みました。

因みに店には昭和11年発行の「南島譚」(今日の問題社/初版2500円)もあります。全集収録の「悟淨出世」「梧淨歎異」も入っていて、古色蒼然とした一冊ですが、手に取ってみてください。

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折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代「百人一首」、丸谷才一「新々百人一首」の三編がまとめられて「日本文学全集」(池澤夏樹編集/河出書房新社1800円)の一冊として刊行されました。

中学校だったか、高校学校だったか、京都大学で万葉集を選考したという担任の、国語の授業を受けましたが、もう死ぬほど退屈でした。「百人一首」には、好きな人をひたすら思いやるような恋愛の歌「相聞歌」も多数ありますが、なんせむさ苦しい男子学生。和歌よりもエロ雑誌、本物の女子学生の髪の匂いに、つよく惹かれるのは当たり前でした。

ところが、今回通読してみて、その面白さ、格好良さにしびれました。最もスタイリッシュだったのは、「百人一首」を選んだ藤原定家のこの一句。

「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」

静寂が支配する冬の日暮れ。寡黙な武将が、ふと雪をはらった瞬間に見てしまう、己の明日・・まるで映画みたいな光景が浮かんできます。

折口の「口訳万葉集」は、この国文学者の大家が、若き日、「万葉集」四千五百首ほどを口語に訳し、それを友人三人と書き取ったものです。その間、一切の参考書を使わずに、原本だけを詠みきったという労作です。本書ではその一部が抜粋されています。

また、丸谷の「新々百人一首」は、彼なりの「百人一首」を編纂しようと決心し、50代半ばから20年かかって完成させました。こちらは、その中から20首程が選ばれていますが、ここまで読み見込むかと感心してしまいました。持てる知識フル動員の文章は、かなり手てごわく、百人一首初心者にはハードルが高すぎたみたいです。

その点、詩人の小池昌代訳の「百人一首」は、翻訳、解説とも簡潔で読みやすく、入門としては最適でした。

「よもすがら物思ふころは明けやらぬ閨のひまさへつれなかりけり」  俊恵法師

閨(ねま)は「寝室」のことで、こう解説しています

「男を待ち、朝を待ち、どこもかしこも『待つ人生』。恋は『待つ』ことで成熟するとはいえ、じりじりと進む夜の遅さに『待つ』という行為にもうこれ以上耐えられないという女の心が映っている」

こちらも、夜の闇の深さを見事に切り取った映像的表現ですね。「57577」という限り無く制約された世界で、これだけの美を創り出した、日本的感性って、どこから来たのかちょっと調べてみたくなりました。

因みに、池澤夏樹のベスト1はこちらでした

「春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲のそら」 定家

 

 

と、えらそうに言い放ってしまいましたが、もちろん原文ではありません。池澤夏樹個人編集による「日本文学全集全30巻」の第一回配本が、漢字まるでダメの私がスラスラ読める池澤訳による「古事記」だっだのです。

「天と地が初めて開けた時、高天の原に生まれたのは 天之御中主神(アメノ・ミナカヌシのカミ)と高御産巣日神(タカ・ミ・ムスヒのカミ)そして神産巣日神(カミ・ムスヒのカミ)の三名の神だった」

で、「古事記」は始まります。全体は上巻、中巻、下巻に分かれ、神話的世界から徐々に血なまぐさい権力闘争に彩られた現実的物語へと変遷していきます。読み始めた時、天皇がどこどこの娘に生ませた子供の名前の羅列が続くのが退屈でしたが、その絶倫ぶりやら、なんとか子孫を残そうとする涙ぐましい努力に圧倒されどんどん読んでいきました。スサノオと対峙するアマテラス、神武天皇の登場で国作りが開始され、ヤマトタケルの冒険話、そして仁徳天皇をめぐる女たちのバトル(これ、週刊誌ネタです)。そして初の女帝推古までの系譜が語られていきます。下巻で出てくる人間臭い争いごとの話は笑ってしまいましたが、全380ページ、トライしてみてはいかがですか?

このシリーズ、翻訳の面々が面白いので今後も買っていこうと思います。ただ今、川上未映子訳による樋口一葉「たけくらべ」に挑んでいます。この後、町田康訳「宇治拾遺物語」、島田雅彦訳「好色一代男」、いとうせいこう訳「曾根崎心中」、いしいしんじ訳「義経千本桜」、酒井順子訳「枕草紙」、高橋源一郎訳「方丈記」、森見登美彦訳「竹取物語」、堀江敏幸訳「土佐日記」、内田樹訳「徒然草」と、魅力的なラインナップです。この全集のラスト(2017年刊行)を飾るのは角田光代訳による「源氏物語」(全3巻)です。

全集の売れないこの時代に、刊行した河出書房と、こんなユニークな翻訳人を選んだ池澤夏樹の編集者としてのセンスの良さに敬服します。

日本文学全集を出す前に、世界文学全集も池澤編集で刊行されました。こちらも、ユニークな作家が並んでいます。店には数点在庫しています。

河出書房HPに池澤夏樹の「なぜ今、『日本文学全集』なのか」というロングインタビューが載っています。

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