故星野道夫の全集、といっても写真の全集ではありません。新潮社が出版した全五巻「星野道夫著作集」は、彼が書き残した多くの文章を、可能な限り集めた写真家の文章だけの全集です。中々すべてを揃えるというのは難しいのですが、買いやすい価格で出ていれば入れています。

第一巻は彼の初期作品を集めたもので、初期の傑作「アラスカ光と風」、「カリブーの旅」等を読む事ができます。

「大自然の中での用足しは本当に自然だ。これ以上すがすがしい用足しは絶対にない。現代人のなかで、どれだけの人間がこの快感を知っているだろうか。ぼくたちの変化というものは。自分たちの排泄物をできるだけ見ないようにきえしている。つまらないことかもしれないが、そんなことからさえも、ぼくたちは何かを失っている」

なんて、アラスカの大自然の中にいる喜びが伝わってくるような文章です。しかしその一方、私たちの生活が、自然の流れから離れてゆくことを危惧しています。

星野自身の性格だったのか、或はアラスカの自然がそうさせたのかは解りませんが、まとめられた文章を読むと、その謙虚さが目立っています。ライフル銃を持って長期の撮影に入ってた時、何故か違和感を持ってしまいます。

「銃で守られているよいう気持ちが、自然の生活の中でいろいろなことを忘れさせていた。不安、恐れ、謙虚さ、そして自然に対する畏怖のようなものだ。ぼくは、今でも人間が本質的にもっている野生動物に対する狩猟本能というものを肯定しているのだけれども、自分の目的と銃の問題は、なかなか噛み合ないような気がしている」

より大きな存在である大自然に対峙した時、人は謙虚になるものです。しかし、その気持ちを永遠に持ちながら自分の人生を全うさせてゆくのは、簡単に誰にでも出来るものではありません。星野の愛したアラスカ、そこで生きた人びと、動物への限りない愛情が、すべての文章に宿っています。傑作「イニュイック」のこの文章は何度読んでも、感動します。

「一年を経て、同じ親子クマに再び出会う。彼等が過ごした一年と、自分が過ごしたこの一年が重なった。長い冬の日々、ストーブに火をおこし、本を読み、スキーで森を歩き、またオーロラを見上げていたその時、どこかの山の塒(ねぐら)で、この三頭のクマはひっそりと同じ冬を越していた。あたりまえのことなのに、初めて気付いたような思いがした。すべてのものに、平等に、同じ時が流れている」

クマと同じ時間が、私たちに流れているなんて考えは、なかなか考えないものです。

著作集は1巻(1900円)、2巻(1900円)があります。4巻も入荷していましたが、売切れました。なるべくこの価格帯で販売していくつもりです。

★連休のお知らせ 7月3日(月)4日(火)

 

 

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「ぼんやりと森に目をやった次の瞬間、視界にすっと灰色の影が踊り出ました。そしてその影は、近くに生えている一本の木の脇で立ち止まり、こちらを振り返ったのです。そこに立っていたのは、一頭の立派なオオカミでした。僕はオオカミを見たことはありません。でも、そのとき確かに、目の前に立っている巨大なイヌ科の動物を見て、なんの疑いもなく『オオカミ』だと思ったのです。オオカミは鋭い視線をこちらに投げかけるやいなや、すばやく森の茂みの奥へと走りさってしまいました。」

これは、「そして、ぼくは旅に出た」(あすなろ書房1400円)の著者、大竹英洋が大学時代のある日、見た夢です。そして、その夢に誘われるように、傑作「ブラザーウルフ」という写真集を出していた写真家、ジム・ブランデンバーグに会いたいと思い立ち、彼が住むミネソタ州北部の森、ノース・ウッズへと旅立ちます。

無茶な旅です。アポも取らず、森のどこかに住んでいる写真家に会いに、できれば弟子入りを頼みたいなどというのは。しかし、彼は憑かれたように、森の奥へと向かいます。カヤックなんて乗ったことのない青年が、悪戦苦闘しながら湖から湖を経て目的の地に着くまでが、本の前半です。

後半は奇跡的にジム・ブランデンバーグに出会った著者が、彼や彼の友人で、探検家ウィル・ステイーガートとの交流を深めてゆく様が描かれています。大自然と共に生きている偉大な男たちに、心揺さぶられる描写がとても魅力的です。

ステイーガートは探検家になるのは簡単だと”Put your boots  and start walking” と、言い放ちます。この言葉を受けて著者は、ソローの名著「森の生活」の一節「最も早い旅人は、足で歩く人である」を思いだします。鉄道や飛行機で旅するには旅費を稼がねばならない。そんな事するぐらいなら、すぐに歩き出せというのです。

著者が、自分の写真をブランデンバーグに見てもらった時、彼はこう言います。「大切なことは、なにを見ようとしているか、その心なんだよ。テクニカルなことは、撮りながら学ぶしかない。」

そして、良い写真が撮れたときの気分を問われると、「ハードワークするんだ…….。努力する。その先にふっと、その瞬間がやってくる。」「それは…….降りてくるんだよ」と言います。「降りて来る」というのは、何事かをやろうと努力し、切磋琢磨する人たち共通の経験ですね。

多くのことを学んだ著者が、写真家として自立すべく日本に戻るところで本は終わります。若さだけが持つ特権の素晴らしさ。機会があれば、ぜひ話を聞いてみたい方です。

ところで、彼が自然の姿を伝えていこうと決心したのは、星野道夫の本との出会いでした。やっぱりね。星野の本を読んでいるような錯覚になった時もありました。

(写真はブランデンバーグの作品です)

 

 

アイヌ民族に伝わる「イオマンテ」という儀式をご存知でしょうか。

彼らは冬の終わりに、ヒグマを狩る猟を行います。冬ごもりの間に生まれた小熊がいた時は集落に連れ帰って育てます。やがて、成長して(大体3年間)大きくなったら、集落をあげての盛大な送り儀礼を行い、そのヒグマを屠殺し、解体してその肉を人々にふるまう。この儀式は、ヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきたカムイ(神)を一定期間大切にもてなした後、神々の世界に返すものと解釈されています。ヒグマを屠殺して得られた肉や毛皮は、もてなしの礼としてカムイが置いて行ったもので、集落すべての人間に分配されます。。地上で大切にされた熊のカムイは、天に帰った後も再度肉と毛皮を土産に、また戻ってくる。それが村の豊かさになる。

そのイオマンテの物語を寮美千子が描き、それを英語版にして、小林敏也のステキな絵と共に出版されたのが“The Ainu and the Bear”(R.I.C.Publications1600円)です。

“I am a newborn bear”という文章で始まるこの物語は、人と自然は共生している、というアイヌの知恵と思想を教えてくれます。英語は、平易です。しかも、CDが付いていて朗読を聴くことができます。耳と眼からこの美しい物語を味わってください。

さて、この本の中に、「キムンカムイ」という言葉が登場します。

「キムンカムイ」はアイヌ語で「クマ」を意味し、「山の神」ということを表現します。こんなアイヌ語を含めてアイヌを特集した雑誌「TRASIT34号」(800円)が入荷しました。 アイヌ文化の紹介、今を生きるアイヌの末裔たちの姿、ヘイトスピーチまでも含めた彼らを取り巻く諸問題まで取り上げられています。

この雑誌のもう一つの特集は「極北の夜空を見上げよう オーロラの煌めく街へ」です。オーロラの科学的解説に始まり、フィンランド、アラスカ、グリーンランドを訪ね歩いて、その美しさを捉えています。以前このブログで紹介した写真家かくたみほさんの新作「MOIMOIそばにいる」の中でも取り上げられていた、北欧の少数民族サーミやイヌイットが紹介されています。

アラスカと云えば、星野道夫を外すことはできません。写真家石塚元太良が、アラスカの星野の自宅を訪ねた時の思い出が載っています。本棚の写真を見ていると、彼の読書の幅の広さが伝わってきます。ねじめ正一の「高円寺純情商店街」も読んでいたんだ。

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

精神分析の専門家が書いた落語の本って、小難しそうな感じがあります。しかも版元はみすず書房という人文出版社の大御所となると……..。これ藤山直樹「落語の国の精神分析」(1500円)です。「孤独と分裂−落語家の仕事、分析家の仕事」なんて章から始まるので、尚更難しそうですが、著者の文章が平易で、トントンと頭に流れ込んでくるので、面白い一冊です。巻末には立川談春との対談も付いています。

天才的な童画作家、武井武雄の長女三春が父のことを綴った「父の絵具箱」(ファイバーネット800円)もいい本です。お父さんの七回忌を機に、脳裏に浮かんでくる父親の側面を描いた武井武雄の一生です。もちろん、多くの武井作品が掲載されていています。「一生の持ち時間を、父は父流に生き、悠然と使い切ってさっさといなくなってしまった。死ぬ用意など全くしなかった。父らしい引き際であったと思う。」と三春は語ります。中程に収集した郷土玩具に囲まれてニンマリしている武雄の写真をみ見ていると、幸せな時間をいきたからこそ、誕生した多くの作品だったのでしょうね。

ジェーン・グドールという霊長類研究者のことをご存知でしょうか。星野道夫ファンなら、彼の「ゴンベの森へ」に登場する学者だなとお気づきの方もおられるかもしれません。そう、星野がわざわざ会いに、アフリカまで出かけた学者です。チンパンジーと共に生きた彼女の生き方を、自ら文章にしたのが「森の旅人」(角川書店600円)です。「わたしのささやかな思想と信仰のどこかに、読者がなにかをみつけてくださり、人生の旅路の行く手を照らす小さな光として役立てていただければ」と書いています。アフリカの奥地の過酷な環境の中で、チンパンジー達と生きた彼女の魂の遍歴。掲載されている穏やかで、知性的な面立ちの彼女の写真の撮影者は星野道夫でした。

グイグイと小説の世界に引込む力を、最も発揮しているのはたぶん小川洋子だと思います。私は、彼女の本を買って、損をした、時間の無駄遣いをしたという記憶がありません。彼女の長編「ミーナの行進」(中央公論社650円は出品されたお店の熱意が溢れています。)にはポップが二つ付いていて、一つにはお店のブログで紹介したこと、そしてもう一つには、小説の中に登場する司書の青年のこんな言葉が書かれています。

「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや」

こんな台詞見たら、読みたくなるよね。

「女子の古本市」は19日(日)まで。最終日は18時で閉店いたします。


 

 

 

没後20周年「星野道夫の旅」展(京都高島屋10月10日まで)を観てきました。初日だったので、奥様の星野直子さんのギャラリートークも聞くことができました。

彼の本や、写真集で何度も観た作品が数多く展示されていますが、大きく引き延ばされたもので見ると、作品の彼方に広がるアラスカの大自然の微妙な色合いまで、手に取るようです。彼は「アラスカ光と風」の中で、この地をこう語っています。

「アラスカという地は来る者を拒まないかわりに、厳しい自然がその代償を求めてくる。ここでは型にはまった常識は存在せず、だれもがそれぞれのやり方で生きていくだけだ」

星野自身が考え、行動した(シャッターを押した)その瞬間が投影されています。

荒涼たる大地にたった一人で、いつ現れるかもしれないカリブーの群れを、あるいは夜空を舞うオーロラを捉えるまでの長い長い時間、彼は何を考えていたのでしょうか。そんな事を思いながら、作品を観ていました。

「一年に一度、名残惜しく過ぎてゆくもの、この世で何度めぐり合えるのか。その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません。」

と「旅をする木」で語っています。目前の、カリブー達に、熊たちにもう会うことはないのかもしれない。彼らが生き残る保障もないし、自分自身の人生にも終りがくる、その切なさと、生きていることの愛しさが、シャッターを押し続けさせたのかもしれません。

「短い一生で 心魅かれることに多くは出会わない もし 見つけたら 大切に……..大切に…… 」という文章を残した星野は、彼が心魅かれたアラスカを大切に、最大限にリスペクトを持って接してきました。その結果が、あらゆる生と死が盛り込まれた作品が生まれてきました。

極北の動物たちが、こちらに向ける眼差しをゆっくりと見つめていたいものです。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております

  (要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

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たった4ページの対談記事が、一人の人生を決定しました。

その記事とは「不思議あふれる極北から〜オーロラのメッセージ。」写真家星野道夫とオーロラ研究者赤祖父俊一の対談です。そして、記事を読んだ少女は、地球物理学をやりた〜い!と即決、学部のあった北大へと進み、アラスカにオーロラを見に出掛け、なんと星野道夫に会ってしまいます。

そんなエネルギッシュな女性、高橋真理子が、星と人をつなぐ場所としてプラネタリウムを選び、新しい活動を始める様を書いたのが「人ななぜ星を見上げるのか」(新日本出版社900円)です。

彼女は、ただ単に見るだけのプラネタリウムから、その場を使って、主体的に番組を作ったり、学びの場を企画することで、参加者が共感し、新しいコミュニケーションを作り出す場へと変容させる装置としてのプラネタリウムを考えていきます。

「プラネタリウムというメディアを特徴づける『ドーム空間・星空・暗闇・言葉・音楽。映像』という場の力を使って、人々のコミュニケーションの場、表現の場としていけるだろう、と思った」

しかし、前例のない、誰も考えたことのない概念ゆえに、実行には様々な困難が待ち受けていました。ましてや、そこが公共施設の場合は。それを一つ一つ解決して、さらに新しい企画を実行していく様子が語られていきます。その中には「目の見えない人にプラネタリウム」という、えっ?というものもありました。

「大事なことは星の並びを正確に伝えることではなく、星空の存在、さらにその奥にある宇宙の存在を知ってもらうこと。その点は言葉や音楽を通じてできる面は多々ある。」

その結果、弱視の女の子は「星って見えなくても感じられるんだ」と思ったそうです。もちろん、プラネタリウムが作り出す宇宙は贋物でしかありません。しかし、それを使う人間の力によって、人を救うこともあるのです。

彼女は次に「病院がプラネタリウム」というプロジェクトを開始します。対象となったのは、長期入院している子供たち、重度心身障害者の方達。「何故あの、ニセモノの星空に、人々は感動するのだろう」と著者も驚くぐらい、多くの人が食入るように天井を見つめます。

「いつも眺める病院の殺伐とした天井に、夜になれば星空がでてきてくれたら、どんなにいいだろう。いつか、そんな日がくることを目ざしながら『病院がプラネタリウム』に、心とカラダを傾けていきたい」結んでいます。

星野道夫と出会ったことが、こういう人生を歩ませたなんて、なんて素敵なことなのでしょう。

最近、大気の具合がおかしいですね。大雨に突風、竜巻等々、今までとは違う凶暴ささえ感じます。今朝未明の雨の降り方も暴力的でした。人に優しい自然なんて、ほんの一部で、人間のことなんぞ知らんね、というのが自然の有り様だと思えば、驚くことではありません。

大気というものについて詩人の谷川雁は「ものがたり交響」で、こんな風に言ってます。

「すべての物質は化石であり。その昔は一度きりの昔ではない。いきものとは息つくるもの、風をつくるものだ。太古からいきもののつくった風すべて集めている図書館が地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ」

この星に生まれ、死んでいった無数の命が語る、それぞれの物語を語るのが風だという指摘は素敵です。

私がこの文章に初めて触れたのは、星野道夫の「イニュニック」(新潮文庫350円)の「雪たくさんの言葉」でした。彼はきっとアラスカの荒涼たる大地の中で、多くの物語に耳を傾けていたはずです。

眼に見える世界と、その彼方の見えない世界を、常に自分の心の中で見ようとしていた写真家であり、作家でした。彼の盟友、池澤夏樹は、星野の著書「旅をする木」の解説で「この世界は合理だけではない。目に見えるものだけではない。ある場所に立ったとして、その風景の背後にあるものまで見なければその場所と本当に親しくなれない」と書いています。

夜空を見上げた時、満月が見える。その満月をやはり遠くの北国の山で暮らす熊たちを見上げているかもしれない。その世界を、その時間を共有することの喜びを星野は生涯持ち続けていたと思います。

星野道夫の没後20年にあたる今年、全国巡回写真展「星野道夫の旅」が8月からスタートします。京都は9月28日~10月10日 京都高島屋にて開催予定です。久々の彼の作品に出会えるかと思うとワクワクしてきます。

平凡社の出している「太陽」は、古本市定番の雑誌です。

今回も350円〜400円前後で十数冊出ています。2000年7月「キャパ」、88年10月「泉鏡花」、1999年12月「ヒコーキ野郎」等々。

「太陽」の他にも、面白い雑誌が沢山出ています。やはり、出たかと思ったのは、筑摩書房が出している小冊子「ちくま」です。これ、実は私も出版社からまとめて買いました。その理由は、表紙が絵本作家の酒井駒子が描いているからです。今回出ているのは2014年1〜4月号の四点セットで、価格は300円です。酒井駒子の表紙シリーズは今でも続いています。ファンの方はぜひ。

神戸の出版社が出しているミニプレス「ほんまに」の15号と16号もあります。15号の特集は「街の本屋海文堂閉店に思う」、16号は「続・神戸の古本屋」で、若手古書店オーナー同士の対談や、老舗店店長のお話、さらに神戸の古書店地図まで付いた保存版で(版元品切れです)どちらも200円です。

書店がらみの本なら、「東京人」が特集する「神田神保町の歩き方」の2002年版、2004年版が各200円で出ています。どちらも資料として持っていたい雑誌です。書誌関係では、1975年に創刊された「本の本」の創刊号から最終号まで全16冊セットで3200円というものあります。作家別に特集を組んだりしていますが、面白いのは76年発行の日記文学の特集号です。十数名の文学者の日記が論じられています。

常連雑誌の「WAVE」 からは、ボリス・ヴィアンの特集号です。ヴィアンや、その当時の最先端をゆくアーティストが夜ごと集まった「サンジェルマン・デ・プレ」を中心に解説している内容の濃い一冊です。巻頭文はヴィアン自身による「サンジェルマン・デ・プレの定義」です。こちらは400円。

最後にレアな一冊を。「Coyote/コヨーテ」が特集した2004年11月発行「星野道夫の冒険」です。これ、星野がどんな本を読んで、旅に出たかが書かれています。また、アラスカの自宅に持ち込んだ700冊の蔵書リストが掲載されています。左棚1列目「宮沢賢治の彼方へ」右棚1列目「路上にて 開高健全ノンフィクション」といった具合に、彼の書架を眺めている雰囲気です。こちらは絶版で1800円。探している人も多いので、お早めに。

★レティシア書房一箱古本市は、23日(日)までです。

尚24日(月)〜27(木)まで休業いたします。

★イベントのお知らせ

当店のお客様の作家、中村理聖さんが23日、「もりのみやキューズモール」で読書会をされます。詳しくはHPをご覧下さい。

星野道夫の「めぐる季節の物語」、「極北に生きる人びと」、「夢を追う人」の三冊をセットにした「アラスカの詩」(2900円)は中身の濃いセットです。アラスカの自然を一生愛し続けた星野が、様々な表情を見せるアラスカの大自然をぎゅっとわしづかみにした写真集です。

「極北に生きる人びと」に収録されているオオカミや、「夢を追う人」の最初に収められている白頭鷲の写真は、この荒涼たる自然の中を生き抜く厳しさがにじみ出ています。同時に、星野自身の彼らへの限り無いリスペクトも読み取ることができます。或は「めぐる季節の物語」に登場する一心に木の実を食べるクマの愛しさは格別です。

写真だけでなく、星野の文章は説得力があります。岩、水、雪、星だけの無機質な世界を象徴するルース氷河について書かれた文章の最後こう締めくくられています。

「子供のころに見た風景が、ずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気を与えられたりすることがきっとある。」

子供も頃の風景ではありませんが、私が店を立ち上げる前、北海道で見た忘れられない光景があります。校長先生みたいなオオワシが、目の前で飛翔した一瞬です。威厳という言葉がもっとも相応しいその姿が、その後も何度か、心を過ります。どこかで励ましてくれてるのかもしれません。いつでも、自然とはそういう存在なのですね。

 

 

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「本と本屋とわたしの話」5号(200円)が入荷しました。発行は宮井京子さんとそのお仲間。(今夏のレティシア書房の古本市にも参加してくださいました。)

毎号そうなんですが、この小冊子は良い本を読んだ後の、素敵な余韻を残してくれます。特に、今回は私の好きな本のことも色々取り上げられていて、さらに気持ちよく終わりました。

神戸「ひつじ書房」で見つけた齋藤惇夫「冒険者たち」の話。児童文学の冒険ものの主人公は最後に家に帰るのに、この小説では「冒険を生業にする集団。これまで出会った主人公と違うニオイがした。」その通りです。薮内正幸氏の絵に魅せられて、読んだ本ですが、

「そんなことはいわなくても、こいつはいくさ。いつだって何かを求めずにはいられねえやつさ」

なんていうカッコいい台詞で終わる児童文学でした。「スターウォーズ」第一作を撮ったころのジョージ・ルーカスで、映画化してほしかった。

大阪北にあった貸本喫茶「ちょうちょぼっこ」は、レティシアを始めた時から、ぜひ行ってみたかったお店でしたが、閉店しました。このお店がどれほど素敵であったかを宮井さんが書いています。写真で見ただけですが、ゆったりした時間の流れる、心落ち着く雰囲気でした。うちへも一度お越し頂きましたが、数人の女性が交代で店番をされていて、それぞれの趣味の本が並べてあったそうです。そのメンバーの方達が編集発行されていたミニプレス「ぽかん」も、書物への愛情に満ちた本です。2号のみ在庫がありますが(1000円)、ページをめくって、行くことが出来なかった「ちょうちょぼっこ」のことを想うばかりです。

5号の最後に掲載されている「遠くはるかなクマを思う」。星野道夫の文章と井伏鱒二の詩に全く同じことが書いてあったとは、私も驚きました。

「アラスカのクマはあんたにまかせる」

なんて泣かせる台詞ですね、宮井さん。

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