TVの情報番組で、有料のお台場花火大会の事を報道していました。なななんと、数万円の席もあり、ディナーを楽しみながら花火を見るというイベントです。ほぼ満席のように見えた会場には、それなりにリッチな若者や家族が一杯でした。日本の今の富裕層の一端がこれだとすると、是枝監督最新作「万引き家族」の主人公たちは、その真逆の貧困層の人達です。格差社会を象徴する物語です。

高層マンションに囲まれたような狭い土地に住む一家。祖母の年金と細々とアルバイトしながら生活する長女とその夫、性風俗店で働く次女、そして長女の子ども。長女の夫とその息子は、見事なコンビネーションで万引きを日々やっています。映画はそのシーンから始まります。「仕事」の帰り道、二人はDVを受けてアパートの廊下に放っておかれている女の子を、家に連れて帰ってきます。

清潔とは言いがたい、散らかし放題の狭い家に、さらに一人増えたことで、最初は不協和音が生じるのですが、やがて家族の一員として受け入れられます。身代金とか要求してないから、これは誘拐ではないという理屈で、表面上は、それなりに楽しい一家の生活はつづいていくのですが、この家族には、全員に秘密がありました。夏の海辺の一日、端から見ていると平和な一家団欒にしか見えない。ところが、祖母が急死したことから、影が覆い被さってきます。皆を支えて来た祖母にもあった秘密。それぞれに抱えて来た秘密が、家族を壊していきます。私たちが思い描く家族という概念が根底から崩れていきます。

居心地のいい映画ではありません。しかし、圧倒的なリアリティーで迫ってくる役者と、細部までリアリズムを追求した監督の演出、そして、ゴミ屋敷一歩手前の彼らの住まいを、見事に作り上げた美術スタッフの実力が、家族の有り様を問いかけてきます。

詩人の谷川俊太郎は映画のHPでこう表現しています。

「ヒトは身を寄せ合う、世間から外れても、法に触れても、いのちの自然に逆らわず、GDPなどどこ吹く風で。」

世間一般の家族という言葉から遠く離れていても、だからどうなんだと、太々しささえ漂ってきます。もちろん、彼らが幸せになるような結末ではありません。簡単には答えが出せない、と言っていると思いました。突っ放したような、それでいて愛しさの余韻の残るエンディングです。

カンヌ映画祭で大賞を受賞しただけの力のある映画です。

 

★レティシア書房「夏の一箱古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)店内にて開催(月曜定休日)

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内外で高い評価を受けている映画監督、是枝裕和。「そして父になる」「海街ダイアリー」「海よりもまだ深く」などご覧になった方も多いと思います。

是枝監督が、これまでの表現活動を語った「映画を撮りながら考えたこと」(ミシマ社2592円)は、面白い一冊でした。映画監督の本ですが、細かい技術論や、抽象的な映画表現論ではありません。彼はTVドキュメンタリーの出身なので、自分が育ったTV界に言及している部分が多く、日頃何気なく見ているTVのバックステージのことも描かれています。

今、恐ろしく保守化しているこの業界ですが、60〜70年代にかけては、かなりアナーキーな状況でした。是枝は、当時の少年の人気ナンバーワン番組だった「ウルトラマン」シリーズで脚本を書いていた佐々木守を取り上げていました。佐々木は、積極的に戦わないウルトラマンを書いています。「戦いの根拠になる正義がない」というスタンスでこのヒーローを描いていたのが、少年だった是枝には新鮮だったと回想しています。その後、TVは、新しい表現を求めない場所へとシフトしていきます。

吉田秋生のコミック「海街diary1/蝉時雨のやむ頃」を映画化した「海街diary」は素敵な作品でした。鎌倉に住む四人の女性の日々の細やかな感情にゆらめきを描いているのですが、彼が参考にしていたのは、何度も映画化された谷崎潤一郎の「細雪」だったことも、この本で知りました。

一人の表現者が、TV映像にしろ、劇場映画にしろ、業界の悪しき慣習や、体制に抗いながら己の世界を創り上げてゆく物語として、一気に読める本でした。

さて、是枝を育んだTV界に、創成期から今日に至るまで包括的に楽しく読ませてくれるのが、荒俣宏の「TV博物誌」(小学館900円)です。

1961年から69年まで続いた刑事ドラマ「七人の刑事」は、今日の刑事ものの原点とも言える作品ですが、この番組を演出した今野勉とのインタビューも掲載されていて、「月光仮面」「鉄腕アトム」等々を見ながら大きくなった僕たちテレビっ子には、興味のある話ばかりです。一方、大阪局で、東京発の番組とは全く世界の違う高視聴率を稼いだ「番頭はんと丁稚どん」「スチャラカ社員」「てなもんや三度笠」を製作した澤田隆治を通して、何故、関西発の番組はこうも異質なのかを論じています。「アタリ前田のクラッカー」なんて、ある年齢以上でないと全く通じないでしょうが、毎週楽しみでした。

 

 

是枝裕和監督作品「海街diary」を観てきました。

美しい旋律の曲にのって、鎌倉の海岸近い町が現れ、静かにタイトルが出てきた瞬間から、この映画はきっといい!と確信しました。

原作は吉田秋生のコミック。鎌倉の古い家に住む三人の姉妹の元へ、腹違いの思春期の妹すずが同居することになり、四人の生活が始まります。梨木香歩の長編小説「からくりからくさ」(新潮文庫350円)に登場する、祖母が残した古い家に住む四人の女性の物語を思いだします。静かで、穏やかな日々。それは、映画も同じです。

舞台が鎌倉であること、殆ど大きな事件の起きないこと、お葬式、法事があること、そして美味そうな食卓が頻繁に登場すること等から、小津安二郎作品の世界に似ていることを連想される方も多いはず。たしかに、監督は小津の世界を引き継いでいると思います。特に、家の中にいる女性達の会話を捉えるシーンは、小津の映画を彷彿とさせる出来上がりです。

樹木希林が喪服を着て振る舞うシーンなんか、小津の作品における杉村春子を思いださせます。

全く知らない場所にやって来たすずちゃんは、ゆっくりと三人の女性に、この町の人達に、そして町に馴染んでいきます。ドラマチックな演出は避け、何気ない日常の一部を切り取って、ドラマを仕立てていく是枝監督の映画の魅力に浸れる至福の時間です。

女性達にも、彼等にかかわり合っている様々の人達にも、それぞれ人生の重さが、チラっと出てきます。それでも、人生は静かに、ゆっくりと流れていきます。原作に語られる登場人物それぞれにまつわる長いストーリーを、とてもうまく削り、俳優の演技で語らせる手腕は見事です。

ラスト、法事を終えた四人の女性達が、海岸を散策します。会話はありません。でもそこには、生きていることの実感と満ち足りた気分が一杯です。すると、オールを使ってこちらにやってくるサーファーらしき人影が近づいてきます。これは死の象徴ではないかと思いました。生の先にいつかやってくる死と、今を生きる幸福をひとつの画面に入れてしまうなんて、もしかしたら是枝は小津を越えたかもしれません。

店頭に、瀧本幹也の写真集「海街ダイアリー」(青幻舎3456円)があります。これ、映画のパンフレット的写真集ではありません。映画は完成して、登場人物はもういないはずなのに、今もここに暮し、食事を作り、海辺を散歩している、そんなありもしない幻想を永遠に閉じ込めたような写真集です。最後のページを飾る縁側でリラックスしている四人の穏やかな雰囲気はそれを物語っているようです。