徐嘉澤(ジョカタク)の本邦初訳長編小説「次の夜明けに」(書肆侃々房/新刊2090円)を読みました。1977年生まれの若手作家ですが、いやぁ、上手い!

物語は、1947年、政治的混乱と騒乱で揺れ動く台湾から始まります。急進的民主化運動に走る新聞記者の夫とその妻春蘭(チュンラン)。しかしある日、夫は勤務先から戻ってから、一言も口をきかず、仕事もしなくなります。一体何があったのか?

この夫婦には二人の息子がいます。平和(ピンホー)と起儀(チーイー)です。弁護士と新聞記者になり、母国の民主化、差別のない社会を目指して奮闘しています。起儀の子供で、現代を生きる晢浩(ジョーハオ)は、父親のように過去の母国の歴史にも、政治にも関心はありません。彼はゲイでした。そこで家族との軋轢が起こります。物語は三代にわたる家族の確執と、再生を描いていくのです。

1945年の日本の敗戦後、台湾は中国本土からやってきた中国国民党の政治家と軍人たちによって管理維持されていきます。しかし、彼らの凄まじい汚職や犯罪行為で国内は混乱を深めていきます。その渦中で春蘭の夫は、ある日を境にまるで自分の人生を放り投げたような、死に体みたいな暮らしをなぜ始めたのか?それは、物語後半で判明するのですが、一家に暗い影を落として行きます。(これは辛い)

台湾を舞台に、蒋介石による民国創成期、戒厳令下での民主活動期、そしてセクシャリティーの問題で縛られる現代、それぞれの時代に生きる人物に託して描いていきます。バラバラになった家族が、確執を乗り越えて、再生してゆくその向こうに、著者は今の台湾の姿を見つめていると思います。こういう大河小説は、多くの人物や事件が交錯するので、状況を見失うことが多々ありますが、徐嘉澤は、短編小説のように短い章で構成して、それぞれの登場人物の人生をテンポよく描いていくので読みやすい。テーマは「愛」。直球ど真ん中。これ、TVドラマにしたら凄く面白いと思います。

「もし僕らが台湾の過去の歴史を理解しようとしないなら、どうやって今の平穏な暮らしの大切さを自分の子どもの世代に伝えればいいんだ。過去を理解しようとしないのは、根元がぐらぐらした植物のようじゃないか。どんなに背が高く立派に育っても、やっぱり浮ついたままで足元もおぼつかない。みんなこの土地に生きているんだ。その歴史は今の僕らとは直接は関係ないかもしれない。でも、原因と結果を理解すれば、いまの政治的状況がどうしてこんなふうに変わっていったのかがわかるんだよ。」今の日本に(私自身も含めて)最も欠如していることだなぁ、と思いました。

オリンピック一色のTVを消して、気骨のある、そして物語を読む醍醐味を教えてくれるこういう小説を読む時間を持とう!

最近の台湾の本は、刺激的でスリリング!今後も読んでいきたいと思っています。

 

 

インド洋に浮かぶセイロン(現在はスリランカ)と聞いて思い起こすのは、おそらく「紅茶」でしょうね。セイロン紅茶は紅茶の代名詞になる程有名です。しかし140年前、ここはコーヒーの一大産地でした。それが、紅茶の国になってしまったのは、言うまでもなく、この国を支配していたイギリスの占領地政策によるものでした。

そんな国でコーヒー豆を栽培し、フェアトレードで取引をできる体制を作った清田和之の「コーヒーを通して見たフェアトレード」(書肆侃々房/新刊1650円)は、スリランカの辛い歴史の中から、新たなビジネスを始めた著者のコーヒーへの熱い思いが伝わる一冊です。著者は、熊本で有機無農薬専門のコーヒー販売店「ナチュラルコーヒー」を経営しています。

1948年イギリスから独立し、1972年現地語で「聖なる、光り輝く島」と言う意味の「スリランカ」に国名を変更しました。しかし1800年代、紅茶の国際貿易でトップシェアを独占していた英国は、コーヒー畑を一掃し、紅茶畑に変えてしまっていたのです。それが現在にもつなっがています。

著者は、再びスリランカがコーヒー生産国へと生まれ変われるように赴きます。コーヒーの木を栽培し、豆を精製できる土地を探し山奥へと入っていきます。

ブラジルをはじめとして、コーヒー労働者の悲惨な労働環境を見た著者は、問屋や商社を通さずに直接仕入れ、適正な価格で代金を支払うフェアトレードを始めていきますが、そう簡単にはいきません。フェアトレードで大事なことは、継続的な取引です。一回だけ買い叩いてハイ終わりみたいなことはしません。継続して生産者を「買い支える」ことがこの運動の精神なのです。継続的取引を続けるために著者は一歩前進、二歩後退を繰り返していきます。

「私たちに安らぎのひとときをもたらしてくれるコーヒー。それは、誰のどんな手を経て私たちのもとに届いているのか。思いを馳せ、生産者を身近に感じて初めて、いつも飲んでいるコーヒーがかけがえのない一杯だと感じるだろう」この思いがスリランカの人々を動かして行ったのです。農産物の生産者は、コーヒーであれ野菜であれ自然環境をとても大事にしています。有機栽培を実現させる努力に、我々消費者が思いを馳せ、地球の反対側で働くコーヒー農民を知ること、理解することが、本当のフェアトレードではないかと著者は問いかけています。

 

 

う〜ん、こんな新しい感覚の文学が、韓国から出るんですね。タイトルは「ギター・ブギー・シャッフル」(新泉社/新刊2200円)。著者はイ・ジン。タイトルから、懐かしい曲!と思われた方は音楽通かも。これ、ベンチャーズの曲がタイトルになっています。

朝鮮戦争で孤児になった青年が、ギター片手にショービジネスの世界で活躍するという「青春」ものです。すらすらと読める小説ですが、作家のいとうせいこうは「日本の市場にエンターテイメント小説が入ってきたことになる。だが、かの国の文学の特徴でもある社会と個人の軋轢は決して消えることがない。この辺は日本との大きな違いだろう」とその深さを語っています。

二十冊ほどですが、新しいアジア文学が揃いましたので、海外文学のコーナーに特集を組みました。以前、ブログで紹介したウー・ミンイーの「歩道橋の魔術師」や、イ・ヨンドクの「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」も再入荷しました。

一方、韓国、済州島の詩人ホ・ヨンソンの詩集「海女たち」(新泉社/新刊2200円)も邦訳されました。日本統治下の済州島での海女闘争、出稼ぎや徴用といった悲劇的歴史を背景に、時の権力に立ち向かった海女たちの姿を詩という形で表現したものです。

そうかと思えば、これも紹介したことのあるクミ・ホンビの痛快な女性たちが登場する「女の答えはピッチある」(白水社/古書1300円)のようなエッセイも楽しむことができます。また「82年生まれ、キム・ジョン」のチョ・ナムジュが2018年に出した短編集「彼女の名前は」(筑摩書房/古書1200円)も読んでおきたい一冊です。28編の物語から、暮らしの中に潜む不条理に女性たちが声を上げています。

割と早くからアジアの文学書を翻訳していた九州の出版社、書肆侃々房から出ているチェ・ウンミの「第九の波」(書肆侃々房/新刊2090円)は、欲望渦巻く町で起こる奇怪な事件をベースにした社会派の小説で、私が今最も読んでみたい一冊です。カルト教団が蠢き、原子力発電所誘致を巡っての利権争い、監視し合う住民たちなど、どす黒い世界が舞台です。

 

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。