日本人写真家として、戦後初のヨーロッパを取材したのは木村伊兵衛でした。1954年から55年にかけてパリに滞在し、この街の魅力を撮り続けたのが「パリ残像」(Crevis/古書2100円)です。

「花のパリはやっぱり『花の巴里』で じつによいところのようだ。一旅行者にはこの国の政治、経済、社会などのむずかしい面がみえないせいもあるだろうが、来て良かったと思った。何よりも人間が大人で気持ちが良い。言葉が通じなくても 体に何かが感じられる。」

と、木村は1954年10月20日の撮影日記に書いています。 「じつによいところ」という写真家の気分が作品の隅々にまで感じられます。街の様子、そこに生きる人々の姿が、そのままファッション雑誌に登場しそうな程に洗練された作品です。美術関連の本をずらりと店頭に並べた書店の前を、足早に通り過ぎるショットなど、そのままフランス映画に出てきそうな雰囲気。

「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ われ等の恋が流れる」というアポリネールの詩で有名なミラボー橋を歩む白いコートを着た女性。白い雲の向こうにはエッフェル塔が見えている有名な作品の次には、この街に生きる女性たち、男たちのポートレイトが続きますが、どれも木村の真骨頂。ちくま文庫から出ている「木村伊兵衛昭和を写す」シリーズ(各950円)でも、戦後の日本の姿を写し出しています。

 

 

 

 

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「木村伊兵衛昭和を写す」(ちくま文庫/古本各1050円ー絶版)シリーズが揃いました。それぞれ「戦前と戦後」「よみがえる都市」「人物と舞台」「秋田の民俗」というテーマで選ばれた4つの写真集です。

第1巻「戦前と戦後」のあとがきで、評論家の川本三郎は、「下町の生活とカメラはそもそも相性がいいのである」ということを木村の写真から感じ、下町っ子的視点で、愛すべき日々の暮らしにカメラを向けていることを指摘しています。

「沖縄や中国に出かけていっても、木村伊兵衛は東京の下町を見るようにごく普段着の姿勢で、異郷の町を見ていることである。」確かに、エキゾチックな風景に眼を奪われそうになるところを、彼の眼はどの町にもある庶民の暮らしへと向かっていきます。

占領地満州に生きる人々、戦前の暗い時代を慎ましく生きる人々、そして、戦後の明るい時代へ向かって歩き出した人々が撮影されています。そのどれもが、大げさにならず、こうやって皆生きているよという日常です。墨田川の吾妻橋を行き交う人達を捉えた一枚は、え?これ戦時中??と思うほど穏やかな作品です。

第2巻「昭和を写す」では、戦後の混乱から繁栄の時代へ、一気に加速するこの国の様々な貴重な瞬間を捉える一方、下町っ子の木村が、カメラ片手にあっちに行ったり、こっちに行ったりしながら、楽しそうにシャッターをきっています。月島でローラースケートに興じる子どもを、後ろから撮った作品に満ちているのは、平和を喜ぶ気分もさることながら、ボクも寄せてよでも言いたげな木村の気持ちが込められているようです。

第3巻「人物と舞台」は主に日本画家、映画俳優、歌舞伎役者等の芸術、芸能関係で活躍する人達のポートレートです。川原崎長十郎「勧進帳」、喜多六平太「船弁慶」など役者の凄まじい集中力を捉えた作品の一方、市井に根付く職人たちも多く登場します。舟大工、靴職人、仏師たち。下町育ちの木村にはお馴染みの人達です。その仕事に打ち込む真摯な姿が捉えられています。

第4巻の「秋田の民俗」は、昭和中期の秋田の農村。都会とそこに生きる人びとを、丹念に撮影してきた木村は、ここで農村の中に入り込み、彼らの日々を記録していきます。解説でむのたけじは「被写体が一人物または一群の人に限られても、その人々の存在する時間と空間を含む社会状況が語られておれば、それは報道写真といえるのではあるまいか」と述べ、木村の代表作となる18年間に渡るシリーズ作品「秋田」を、ジャーナリズムの本質を十分にそなえていると書いています。

人間の生きている時代背景が見えてくる作品集です。単品で販売していますので、お好きなものからお求めください。