「野良ビトに缶を与えないでください」

こんな町内会の看板をみたら、あなたはどう感じますか? 野良ビトとは、ビン、缶の回収日にアルミ缶を自転車一杯に回収している人のことです。

木村友祐の小説「野良ビトたちの燃え上がる肖像」(新潮社/950円)は、東京と神奈川の県境の河川敷に暮すホームレスの人々を描いた小説です。日本にもし路上文学というジャンルがあるならば、そのベスト10には確実に入る傑作です。

小説の時代設定は、少し未来になっています。

「巨額の賄賂疑惑をもみ消して予定通り二年後に開催されることになった東京スポーツ祭典に向けた街の再開発と美化運動、さらにテロリストを警戒した厳重な警備体制のあおりで、東京側から神奈川側へどんどん野宿者が移動してきている」

何やらオリンピックにしゃかりきになっている顔ぶれが浮かんできそうな状況です。野良猫ムスビと、ここで長年暮す柳さんと、ひょんな事から路上生活者になってしまった若者木下君が、主人公です。空き缶集めを生業とする柳さんたちは、町の住人ともトラブルを起こさず平和に暮らしていました。しかし、大企業優遇の政策で、中小企業は破綻し、町の雰囲気が殺気立ってきます。

「あんたたちは人間じゃない。野良猫と同じ、野良ビトだ」と、野良猫に餌を与えないように、野良ビトに缶は与えないという決定が町内でされます。さらに、海外からスポーツの祭典目指して来る人の視線から、汚いホームレスを隠すために国は大規模なホームレス駆除を開始します。

貧困、格差、差別が見えにくいニッポンの現状が、さらけ出されていきます。しかし、これはノンフィクションではなく、あくまで小説です。だから、極めて読みやすい。かつて、ジーン・ハックマンとアル・パチーノがホームレスを演じた映画「スケアクロウ」のように、柳さんと木下君の物語が進行します。

ホームレス生活のディテールには、作者の共感が満ちています。しかし権力を、冨を、持つ者たちのあくなき欲望は、彼らを徐々に追い込んでいきます。小説の三分の二ほど読んだ時、あぁ〜辛いラストが待ち構えているんだろうな、とドキドキしたのですが、作者はウルトラCとまでは言いませんが、見事な仕掛けで読者をソフトランディングさせます。

「景気が悪いことを言うと罪になる『不景気煽動罪』ってのをつくろうとしてんですよ。景気を口実にして、政権批判できないように。その陰で戦争しやすいように着々と法律整えてんだから、もうやりたい放題です。この国は”景気”っていう神輿をみんなでかついで、ワッショイワッショイ破滅に向かってんですよ。」とは木下君のセリフですが、ほら、空疎な事しか言えない、どこかの誰かを思い出しますね。

昨日紹介した川本三郎は、「『それでも』なおの文学」の中ではこう書いています。

「作者は、この小説に解決を与えていない。ただ、近い将来に起こり得るかもしれない危機を先取りする。そして追いつめられたホームレスたちを、最後、幻想の彼方へと逃がしてゆく。それしか彼らを救う方法がないというかのように。」

そこが辛く、しかし読者が、かすかな希望を持てる唯一の着地点なのかもしれません。