盛岡在住の木村紅美の短篇集「イギリス海岸」(メディア・ファクトリー/古書700円)はサブタイトルに「イーハトーブ短篇集」とサブタイトルが付いています。

「イーハトーブ」は宮沢賢治ファンならご存知の彼の造語です。賢治の心象世界中にある理想の国を指す言葉です。モチーフとなっているのは岩手県。タイトルの「イギリス海岸」も賢治の造語で、花巻市の東部、猿ヶ石川合流点の西岸がイギリスのドーヴァー海峡に似ていることから、こう命名した場所です。

つまり、この短篇集のバックグラウンドには宮沢賢治がいて、作家が住む盛岡の自然、街並みが顔を出します。五つの短編が集まっていますが、主人公は盛岡生まれの双子姉妹、梢と翠です。実家から遠く離れた東京で、別々に暮らす二人。妹の梢は、恋多き日々を送っていますが、姉の翠の方は、窮屈な大都会暮らしに耐えきれず盛岡に戻ってきます。

「川の、山のある景色から、私はもう、はなれて生きていたくないかもしれない。という気持ちは、日に日に、強くなっていき、生きていきたいのだ、という願いに変わっていった。」

翠の人生をささえているのは、変わらぬ盛岡の風景。それは、イギリス海岸であったり、小岩井農場であったり、或は有名な民芸品店の光原社の中庭であったりします。様々に変化する様子を見せる故郷の風景と共に生きている翠の姿が、時に美しく、はかなく、哀愁をもって描かれていきます。

最後に収録されている「クリスマスの音楽会」は、この単行本のための書き下ろしです。最初から、二人を見てきたからというのもありますが、これが一番心に響きました。舞台はアイルランド。世界を旅しているギタリストの男が、この地でヨーコさんという女性に出会い、一緒に本場のギネスビールを飲み、ゲール語で歌われる地元の音楽を楽しみます。ヨーコさんは、さびしげな光景が好きで、こんなことを言います

「昨年はね、ダブリンからゴールウェイまで来る途中の景色が、岩手そっくりなのにびっくりした」

その時、男はかつてイギリス海岸のことを話していた恋人を思い出します。おそらく梢でしょう。「岩手のね、宮古にある浄土ヶ浜っていう風景も、そういう感じなのよ。断崖絶壁じゃないけど、世界の果てっぽいの」という言葉を残してヨーコさんは旅立ちます。

それから数年後、男は宮古でのライブ出演のため、この地を訪れます。そして誰もいない浄土ヶ浜を歩いていて、あるカップルとすれ違ったときに、かつての彼女が、双子の姉が岩手にいるとの言葉を思い出します。似ている、ひょっとしたら….。でも、違うかもしれない。なかなか恋愛が上手く行かなかった翠だとするなら、彼女の愛する盛岡で、いい人と巡り会ったのかもと考えると、ジーンときます。幕切れが素敵な小説です。

 

 

 

トーク&ライブのお知らせ

「新版 宮沢賢治 愛のうた」を出版された作家、澤口たまみさんのトークとベーシスト石澤由男さんのライブを当店にて行います。

19年1月18日(金)19時スタート 1500円です。