木版画家、川瀬巴水。

大正五年、木版処女作「塩原おかね路」を発表の後、日本各地を取材して”風景版画シリーズ”を刊行し、知名度を上げます。500点にも及ぶ風景版画を残し、昭和31年、74歳で亡くなりました。叙情性と日本的風情から「昭和の広重」とも称されました。

巴水の版画集「夕暮れ巴水」(講談社/絶版3800円)が入荷しました。林望が、各作品に、文章或は詩を付けて、巴水的世界を言葉で表現しています。かつて、どこかで見た風景、とでも言えばいいのでしょうか。限り無い郷愁を思い起こさせる作品がズラリと並んでいます。真青な空、美しい浜辺、そして夕暮れ…….。その一方で、夜の闇に建つ二棟の蔵の間から不思議な白い光が出ている作品「夜の新川」があり、林はこう評価しています。

「この光には、ただ無為の『詩』、一瞬に存在して次の刹那には消え去る『時』のなつかしさが描き取られている」と

寂寥感、という言葉だけでは当てはまらない、深い豊かさと哀しみを漂わせています。雨にけむる橋の上に佇む人力車を描いた「新大橋」、雨上がりの港で沖の船を見つめる犬を描いた「明石町の雨後」などの作品にそのテイストが滲んでいます。寂しげな風景なのですが、どこかに幸福感もある不思議な世界です。

細い雨が降る露天風呂を描いた「修繕時の雨」に林はこんな詩を付けています。

「ぼくが温泉を愛するのは 風景があたたかいからです そこでは なにもかも湯気のなかに霞んでいて 空気がはるばるとしているからです (中略) ただじっと湯に浸かって むかしのことを思っていよう それで 涙が出たら 温泉のお湯で洗い流して 空でも見ていようさ ほうほうと湯気 ほう ほう ほ ほ 」

なんて幸福感に満ちた詩でしょう!

作品集には絶筆となった「平泉金色堂」も収められています。雪が降り積もる金色堂に向かう、一人の僧の後姿を捉えています。人生の最後を予感される作品ですが、豊かな人生を生ききった作家の最終に相応しい作品です。

「かぎりあるみちは いつかきっとおわる そう、こころにねんじて きしきし ゆきふみしめてあるく」

林が巴水の画業を讃えた最後の詩です。

 

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おおよそ50号サイズの、正面を向いた牛(写真上)は、冨田美穂さんの木版画です。優しい瞳でこちらをみつめ、しっかりした足で立っている。揺るぎない確かなフォルム。力強く繊細な作品を見ていると、何というか、自分が今生きていることへの感謝というか、素直な気持ちになります。作家が、日々目の前にある仕事をこなし、大好きな牛を描き、生きている実感をもって出来上がった作品だからなのでしょうか。

この牛が搾乳された後のオッパイの作品も、横に並んでいます。我々が頂くお乳をしぼった後、ショボンとぶら下がっているオッパイの、体温を感じる肌色が美しい。京都の街などに住んでいると、牛を身近に感じる事はありません。小さな木版画の作品には、それぞれチャーミングな牛の表情がとらえられていて、驚きました。一頭ずつの肖像画のようで、牛への並々ならぬ愛情が感じられます。対象と真面目に向き合い、確かな技術力で、人の心に真っ直ぐに届く作品を作り続ける強さに、感動します。

冨田さんは武蔵野美術大学を卒業後、北海道へ渡り、酪農の仕事をしながら、牛の版画や絵画の制作をしています。レティシア書房で扱っていたミニプレス「シリエトクノート」の特集で、牛の等身大の木版画を見たときから、ぜひ実物を見たい!と思っていました。昨年1月個展をして頂いた、斜里町の絵本作家あかしのぶこさんのご紹介で、今回の運びとなりました。ひとのご縁が遠くから牛たちを届けてくれました。

冨田さんは、今年第20回岡本太郎現代芸術賞に入賞されました。4月に東京で作品展があったのですが、5月7日最終日には在廊してくださいます。木版画は、一部販売しています。

牛は、人間が肉を食べ乳を飲むために育てられます。冨田さんの木版画には、牛の耳についている「耳標」が描かれていますが、それは我々が頂く命の対する思いのようなものかな、とも思いました。そんな牛のことを書いた絵本「おかあさん牛からのおくりもの」(北海道新聞社1836円)も販売しています。ぜひ手に取ってご覧下さい。

優しい牛の顔を間近で、しかも本屋のギャラリーで毎日見られることができて、幸せ!です。(女房)

★冨田美穂「牛の木版画」展  4月25日(火)〜5月7日(日) 5月1日(月)定休日  最終日は19時まで

 

木版で漫画を描くか……..?と、ページを捲って先ず思ってしまいます。

「魂を削るようにして木版に向かった」先に出来上がった一コマ、一コマは、もうアートです。とにかく今年最も驚かされ、引込まれた一冊が、藤宮史「黒猫堂商店の一夜」(青林虹工藝舎1100円)。

主人公は猫です。彼が営む「黒猫堂商店」が舞台ですが、ストーリーはあるようなないような、長編の詩を読んでいるような感覚です。主人公の猫が、首尾一貫静謐で、哲学者のような、詩人のような表情が、モノクロ画面に染み込んでいきます。

第三話「星のはじまりの話」は、宮沢賢治の世界を彷彿とさせます。

「星をけずって 薄荷水を溶かし 星のインクをつくってみる 夜空の星を 眺める と星は<わたし>が思うように輝き そして 消え入りもする ー羽ペンの先に 星のインクをつけてみる」

というモノローグと共に、ペンを走らせる彼の穏やかな表情を見つめているだけで、落ち着いた気持ちになります。

第四話「夜をゆく」は、萩原朔太郎的な世界。「月のない深夜 誰とも 往きあわない 町へ出て 水晶の眼鏡で 町を眺めてみると あちらこちらにキラキラした言葉が浮かんでいる」

楽しさに微笑む彼が、全く異次元の空間へとトリップしてしまう幻想的世界が展開します。マンホールを下りたら駅があり、やってきた汽車は、喫茶店の椅子の上に彼を運びます。古風な街角を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを口にする様が心に残ります。

途方もない時間と労力による木版画で構成された漫画は、扉の言葉にあるように「穏やかな懐かしさと柔らかい孤独を心地よい手触りで甦らせてくれる」ようです。

第七話「漂う日々」では、最初のページには「一コマ2秒間ずつ見てください」と書かれています。ゆっくり、ゆっくりと読んでくださいという作者の思いです。永遠に続く孤独を、穏やかに、穏やかに、遥か彼方に流してしまうような豊かな世界が広がります。描いた線はおしゃべりですが、彫った線は、実に寡黙です。

 

 

 

 

 

 

本日より、結城幸司さんの木版画展「纏うべき風」展が始まりました。

朝、荷物が到着して開封した瞬間、アイヌの森深くに棲むクマの神がやってきました。

北海道のネイチャーガイド安藤誠さんは、昨秋当書房でのトークショーの際、「クマが恐ろしいものだという誤った情報を垂れ流すメディアの姿勢を是正していかねばならない」と語っておられました。結城さんの作品を見ていると、人とクマの正しい有り様が見えてきます。大作「くまの神様と話したよ」は、人の心とクマの心が交わり、新しい世界が立ち昇ってきます。

本を読んだり、音楽を聴いたり、映画や美術を鑑賞したりする目的は様々でしょう。新しい刺激を受けたい、美しいものに触れたいなど。でも、圧倒的に大きな存在の前で、俺ってこれぽっちなんだなぁ〜、と知り、それもひっくるめて受け入れてくれる強さを持った作品に出会うことは、なかなかありません。星野道夫や、宮沢賢治を読んだ時に似た感情とでも言えばいいのでしょうか、多分それに近いものを結城さんの作品は持っています。作品と対峙すると、踞る自分を解放してくれる大きさと強さを秘めています。

この展覧会は、今週末までの1週間です。GW前、お忙しいとは思いますが、観て頂く価値のある個展だと確信しています。

なお、店内にて、25日金曜日午後7時30分より、結城さんのアイヌモシリの神話と心話の世界」と題したトークショー(1500円)を開催します。作品を観ながら、アイヌ民族の持つ世界観に触れてみるのも素敵です。(狭い書房ですので先着15名様で締め切らせていただきます)

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