1991年に発表された宮沢和史の「島唄」は、全国的なヒット曲になりました。この歌を聞いた誰しも沖縄音楽のメロディーの美しさに感動されたと思います。しかし、沖縄ではどうだったのか?

「島唄」の中に、「くり返す悲しみは島わたる波のよう」という歌詞がありますが、宮沢は、そこにアメリカや日本に蹂躙され、大きな悲しみを背負った沖縄の歴史を表現したつもりでした。ところが、「あんたの音楽こそ帝国主義じゃないのか。沖縄ブームに乗って沖縄を搾取して、ひと儲けしようとしているんじゃないか」という意見を投げつけられました。

もちろんこの曲を好意的に受け止める沖縄の人々もいましたが、多くの賞賛と批判を浴びる結果となったのです。では、どうすればこの地に生きる人々の心の声を聞くことができるのか。その試行錯誤を綴ったのが、約500ページにもなる大著「沖縄のことを聞かせてください」(双葉社/古書1800円)です。

ヤマトの人間が、勝手に沖縄のことを分かったような曲を発表することは許されるのかと迷い、悩みながらも沖縄に生きる人々に近づいていきます。宮沢のバンド”The Boom”の音楽には、ワールドミュージックのエッセンスが色濃く流れていたのでよく聴いていたのですが、「島唄」をめぐる軋轢と、本人の苦闘を本書で初めて知りました。

宮沢は沖縄の歴史を知るために、多くの人の話を聴きにいきます。元ボクシング王者・具志堅用高、八重山民謡歌手・大工哲弘、映画監督・中江裕司、元ひめゆり学徒隊・島袋淑子、ひめゆり平和祈念資料館館長・普天間朝佳などが登場します。

戦争中の悲惨極まりない状況、戦後のアメリカによる支配、そして日本政府による搾取と数え上げたらキリのない負の歴史を聴きながら、今を生きる若い世代にとっての故郷沖縄とは何かというテーマにまで迫っていききます。

これは歴史の本でもなく、帝国主義を糾弾する本でもありません。沖縄音楽に魅了された一人のミュージシャンが、好きになった対象の内側へとダイブしてゆく本なのです。真摯に沖縄にぶつかり、ヤマトの人間としてこれからどう考え、行動してゆくのかを書こうとした著者の姿勢には、まっすぐな気持ち良さを感じます。

「海をきれいにするのでも、音楽や映像を作るのでも、社会の陰で困っている人を支援する仕組みを作るのでも、学校に入り直すのでもいい。『今、ここ』でなくても、いつ、どこで始めてもいい。それぞれの必然性のある時間と場所で、それぞれの領分で、現在の自分がこの先の百年、二百年という時間軸とつながっていることを信じて未来に種をまいていく人が一人でも増えるといいと思う。手紙を入れたボトルを海に流すように、いつかどこかで名前も顔も知らない誰かに届くはずだと信じて諦めずに続けていくことは、歴史の一部にいるものとして、この社会への信頼を決して失わないという責任を表明する態度でもある。」

長々と引用してしまいましたが、賞賛と批判にさらされた曲を世に出したミュージシャンの、私たち一人一人が未来への有り様にどう責任を持つのかを考えた言葉が、ぎっしり詰まった素敵な本です。

何とも勇ましい台詞ですが、ハードボイルド小説ではありません。ひょんなことから、出会い系サイトに書き込んだ花田菜々子の「出会い系サイトで70人と実際に会って、その人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」(河出書房新社/古書700円)に登場します。

著者は1979年生まれ。本と雑貨の「ヴイレッジヴァンガード」に勤務していました。私生活でトラブルを抱えていた彼女は、「X」という奇妙な出会い系サイトに出会います。それは、まったく知らない人と出会って30分だけ会って、話をするというサイトでした。そこに、

「変わった本屋の店長をしています。1万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」と書き込み、彼女の活動がスタートします。

やはりというべきか、セックス目的で連絡してくる輩もいましたが、それより新しい人間関係を作る場になってきます。「X 全体がひとつの村のように共同体でもあって、参加している人がどんどん知り合い同士になっていって、関係性や信頼が深まっていくという仕組みが隠れているということが面白かった。」

彼女は、未知の人に本を勧める難しさと、そこにのめり込んゆく熱狂に取り憑かれていきます。と、同時に性別を問わず素敵な人に出会い、変わっていきました。

「憑かれたように人に会って会いまくった。そして知らない人と会うことはもはや生活の一部になった」この本の魅力は、魑魅魍魎の世界かもしれない出会い系サイトに突入して、人の存在を信じ抜く一人の女性の姿にあります。

「それぞれの人生のダイジェストを30分で聞いて、こちらの人生のダイジェストを30分で伝える。限られた時間の中でどこまで深く潜れるかにチャレンジするのは楽しかった。ロープをたぐってするすると降りていって、湖の底に素潜りして一瞬握手して、また浮上してくるような時間には、特別な輝きがあった。」

未知の女性に会う=セックスができる可能性に直結する、みたいな社会の常識をものの見事に蹴飛ばしてゆく姿に拍手を送りたくなります。

やがて、彼女はリアルな場で、本を語るイベントをプロデュースすることになります。そのイベントの前日、大好きだった祖父が亡くなります。真面目な両親とは違い、酒飲みで、彼女が大学生時代には終電でよくばったり出会い一緒に帰ってきた。家族の中で祖父だけが同じ不真面目派だった。イベントをするか、中止してお通夜に参列するか悩みに悩みます。が、不良仲間の祖父なら、「二択で悩んだときは自由な生き方を選択しろ」と背中を押してくれるだろうと、イベントを決行します。

「認知症だった祖父はもう記憶にないかもしれないけど、私たちは自由同盟を結んだ仲じゃないか。ジジイ、悪いが屍越えさせてもらうぞ。」

最後をこんな文章で飾っています。「また今日から何かが始まるのだ。これからもどんどん流されてどこかへ行き続けるのだろうか。ならばどこまでも流れていって見てやろう。行けるいちばん遠くまで。」

未知の世界に飛び込こんで、やがて、日比谷にオープンした女性に向けた新しいスタイルの書店「 HIBIYA COTTAGE」の店長を務めました。残念ながら店は本年2月に閉店しましたが。

 

「信用できるのは、本、それから犬だけだ」

これは「本を読んだら散歩に行こう」(集英社/古書1000円)のページをめくってすぐに出会う言葉です。著者の村井理子は、翻訳家、エッセイストとして活躍しています。認知症の義母の介護、双子の息子たちの受験、知らず知らずのうちに溜まってゆく仕事、そしてコロナ。あぁ〜うっとおおしいなぁ〜!という気分になったりする日々の暮らしの中で彼女が読んで、少しだけでも前に進むことのできたという本を紹介しています。

雑多な日々の仕事をこなし、夫の両親の世話などやりくりしながら、こんなことを考えます。

「結局、私は見ているのだ。目の前に展開される人間の変化を。気持ちの動きを、私はつぶさに追っている。ひとつも漏らさぬように、この目で追い続けている。老いて穏やかになった夫の両親につきあいながら、私は一瞬たりとも休むことなく、二人の心の動きを想像し続けている。頭のなかで、文字が次々と流れていく。物語を紡いでいる。」

そんな時に、彼女のそばにあったのは、人気ブロガー、カータンの「健康以下、介護未満、親のトリセツ」でした。その辺の読書家が絶対に取り上げないものです。そういった本がズラリと並ぶのです。そこが本書のポイントです。

例えば、主婦として自分の思いが先行し、子供に対しても、美味しい料理を作らねば!と張り切りすぎ、それが空回りする状態に陥っていた時にこんな結論に至りました。

「私はとうとう最後の真実にたどりついた。私という人間は、料理だけに限らず、なにかと『考えすぎである』ということに。 (中略) だから私は自分自身に、肩の力を抜くこと、そしてなにより、『皿の上に自分の念まで盛り付けない』という掟を定めた。二十年目にして解脱である。」

側にあるのは、パワフルな寮母、あきこ著「寮母あきこのガッツごはん」というのです。

認知症が進行している義母を病院に連れて行くのに、車で迎えにいくと、著者のことが誰かもわからない。でもいいか、と帰宅途中に道の駅に車を止め、地元の名物のお菓子を買って、スイーツの話で盛り上がりながら帰宅すると、「義母は『お父さん、はい、これはおみやげ。理子ちゃんが買ってくれたんよ』と言っていた。いつの間にか、一緒にいる私のことを思い出していたようだった。」

そんな時に読んだのが芝田山康(62代横綱大乃国)の「第62代横綱・大乃国の全国スイーツ巡業」。美食家の横綱が、全国の甘いものを食べた感想が書かれた本です。著者曰く、

「その筆致はなんとも力強い。義母の言う『甘いもの』とは、こういうお菓子を言うのだろうなという、どこか懐かしいお菓子が、ノスタルジックな写真とともにぎっしりと紹介されている名著だ。」

本の紹介が内容の紹介に終わらず、一つ一つが著者の人生とリンクしている素敵な本でした。また、ほとんどのページに登場する愛犬ハリーのイラストが、とても気持ちを穏やかにしてくれます。

京都市内にある出版社「化学同人」は、その名の通り化学や物理関連の本を出している老舗出版社です。近年は海外の児童文学や絵本にかなり力を入れてます。そして新刊として、とても美しい絵本が登場しました。ヘレン・アポンシリ作、リリー・マレー文章による「海のものがたり」(2420円)です。

押し花アーティストとして活躍するヘレン・アポンシリは、この作品に登場する海辺の花々、そして多くの海洋生物を、海藻の押し花で描いているのです。睦じいペンギン親子、海中を漂うタツノオトシゴ、ラッコ、サメたちが美しく生まれ変わっています。

「海の中では美しい姿の海藻ですが、水からあげたとたん、からみあい、ひとかたまりになってしまうので、押し花にするのはとても大変です。水に浮かべた状態から、ゆっくりと紙の上にのせて広げます。そうして保存した海藻を、イラストへとアレンジしました」と作者は語っています。

今までとは、全く違うイメージで海に生き物たちが迫ってきます。ここで使用されている海藻は、イギリス南部の海岸で作者が集めたものです。時化の海から渚へと打ち寄せられて、潮が引いた後に海岸に残されていたものを、丁寧に拾い集めて作品に仕上げていきました。

なお、ヘレンが押し花アーティストとしてその魅力を知らしめた「命のひととき」(2420円)も入荷しています。跳ね回る野ウサギや、羽ばたく蝶々、暖かい場所へと向かって長い旅に出るカナダガンなどが登場します。まるで自然の中にいるような錯覚に陥る素敵な本です。

なお、本年末に同社の絵本フェアをやる予定ですので、ご期待ください。

本日から2週間レティシア書房が「上野書店」に占拠されるという事態に・・・。

装幀家上野かおるさんの個展のDMが「上野書店開店ご案内」となっていて、これまで上野さんが手がけられた本がズラーっと並んだためなのです。いやはや開店おめでとうございます。実に壮観です。お一人の手になったとは思えないほどバラエティに富んだ本の在りよう。改めて装幀家のお仕事の深さ・広さ・こだわりに驚きました。上野さんは京都生まれ。装幀に関わった本は約4000冊、40年に及ぶ装幀の仕事の集大成です。

「装幀(そうてい)とは、一般的には本を綴じて表紙などをつける作業を指す。広義には、カバー、表紙、見返し、扉、帯、外箱のある本は箱のデザイン、材料の選択を含めた、造本の一連の工程またはその意匠を意味する。」今回の個展に際して、装幀についてのパネルを作り、解説やら、こだわりやら見て欲しいポイントなどを、わかりやすく提示してあります。

そして、並べられた本に可愛い栞が挟んであり、(本の横に出している場合もあります)そこには、その本を装幀した時の想いや、工夫した箇所や見どころなどが書かれていますので、本を手にとってぜひ読んでみてください。。

例えば、「鑑定士と顔のない依頼人」の栞には「本書は『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督による初めての原作小説で、2013年に上映された。(中略)装幀素材として渡された画像は、ペトルス・クリストゥス『若い女の肖像』。当初カバー全面にレイアウトしてみたが、突然、表紙に配置することを思いつき、カバーに穴を開けて、眼差しだけが見える仕掛けにした。」とあります。映画を観ましたが、ミステリーなこの本の仕掛けにはうっとりしてしまいました。どんな風かは、カバーをめくって見てくださいね。

さらに、「音楽のような本が作りたい」(木立の文庫)でカバーに使われた槙倫子さんの版画を、本と一緒に飾っていただきました。槙さんの作品で、展覧会の雰囲気がさらに素敵に盛り上がり、表紙と原画を比べることができてとても面白い試みになりました。

本屋で本の装幀の展覧会なんて素晴らしい企画ではありませんか!と思わず自画自賛してしまいますが、ぜひご覧頂きたくご案内申し上げます。なお、展示の本は非売品ですので、上野書店は事実上「売らない本屋」です。ピンクの付箋が付いているのが「上野書店」の蔵書になります。レジにはどうか持ってこないでくださいませ。(女房)

『「上野書店」レティシア書店を占拠します!』は

6月1日(水)〜12日((日)13:00〜19:00 月火定休 

(上野書店店長は1日・4日・5日・12日のみエプロン姿で出勤しています。)

 

 

 

 

 

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漫画家今日マチ子の新刊2点、ほぼ同時に入荷しました。一点は「Essential」(rn press1650円)、もう一つは「夜の大人、朝の子ども」(幻冬舎1320円)です。

「Essential」は2021年4月から22年4月までの街の情景が、まるで日記のように描かれています。この期間、コロナ禍の東京オリンピック・パラリンピック、ワクチン接種、度重なる外出制限等々で、私たちの日常生活は目まぐるしく変化していきました。そんな中で暮らす人々の、何気ない様子を一コマずつ仕上げています。

 

「2021年7月9日『また緊急事態宣言』」と書かれたページ、

超高層ビルには照明が入っていません。ポツンと一人歩く女性の上半身が、地下鉄の階段から見上げた街の中に見えています。濃いブルーの空が、人気のなくなった大都会の寒々とした姿を象徴しています。「2021年10月4日は『宣言開け』」。浅草の雷門の大きな提灯の下で記念撮影をする女性。やっと、戻ってきた日常。秋の爽やかな風が感じられます。「2021年11月4日『日が暮れるまで話続けている』」。下校途中の女子高生二人が、おしゃべりに夢中になっています。以前、フツーにあったささやかな幸せが戻ってきた風景です。

どの作品も素敵で、気持ちが吸い寄せられていきます。私が、特にいいなぁと思ったのは、「2022年2月26日『春を待つ田園』」です。空き地を歩むカップルの向こうには冬の澄んだ青空が広がっています。まだ寒いけれども、どこかに春の兆しが感じられる。辛く、孤独で、不安だった時がひょっとしたら去っていくかもしれない、いや、去ってほしいという著者の希望がここにはあるような気がします。

もう一点の「夜の大人、朝の子ども」は、夫と別れ、息子の親権を手放し、一人暮らしをする女性ゆいの物語です。毎夜彼女が見る夢は、何の不安も心配もなく無邪気に生きてきた小学校の頃の自分です。転校していった親友、好きな本を見つけてくれた小学校の司書の先生。そんな過ぎ去った時代が夢の中に現れ、大人になったゆいに元気と少しの勇気を与えてくれるのです。

他の人とうまく付き合えなかった小学校時代。ふと知り合った司書の先生が推薦した「長くつしたのピッピ」。この本のおかげで、彼女は勇気を持って他の生徒たちのグループに入っていけるようになります。その時の彼女が、現在の彼女の背中を押します。

綿矢りさが「過ぎたときは戻せなくても、過去から元気や勇気をもらえる。底から始まる物語、辛くなる場面もあるけれど、じわじわぷかぷか浮かんでいって、最後は大きく息を吸える。」と、帯に推薦の文章を書いています。これはどちらの作品にも言えることで、そういう意味では二作とも未来への希望を描いた作品なのかもしれません。

小池昌代は、詩人として出発した作家です。2001年に初エッセイ集「屋上への誘惑」で講談社エッセイ賞を受賞。07年発表の短編集「タタド」で川端康成賞を受賞し、小説家としても着実な歩みを見せています。

今回ご紹介する「ことば汁」(中央公論社/古書1200円)は、六つの短編で構成されています。ちなみにタイトルになっている「ことば汁」という名前の作品はありません。物語全体を支配するのは、奇妙な幻想です。

それぞれに単調な日常生活を送る女性たちが、ふとしたことから、官能的で、甘い、しかし妖しい世界へと陥ってしまう。その姿を、シンプルな文章で描いていきます。ある姉妹が主人公になっている連作短編、「つの」と「すずめ」。前者は、老いた詩人を、秘書のように執事のように支え続けた姉。若い時にその詩人の詩にのめり込み、そのまま彼の側に使えて数十年。今日も詩人が郊外のホールで詩の朗読をするので、車を運転して向かうのだが、その道中で起こる奇妙なこと…..。

もう一編の「すずめ」の主人公は、その妹。「わたしはこの町の商店街で、ちいさなカーテンの専門店をしている。売っているのは、カーテンだけだが、なんとか商売は成り立っている。従業員もおらず、わたしひとりがなにもかもをこなす、文字通りの個人商店だが、三十のとき店を始めて以来、いつしか二十年近くがたった」。ひとりカーテンに向き合う彼女に、町のはずれにある屋敷の主人から注文が入ります。そして出かけていった屋敷で、不思議な甘い誘惑に満ちた体験をします。その後、彼女はここに入り浸りになり、家もどうなったかわからなくなります。

二話とも、最後はまるで安部公房の「砂の女」みたいに、この世から消滅してしまいます。怪奇と幻想の間で揺れる生理感覚、欲望、嫉妬を巧みに表現していきます。

個人的に好きなのは「花火」。小さな文房具店を細々とやっている年老いた両親と娘。店にはほとんど客が来ず、開店休業状態。人生に何の楽しみがあるのかわからないように、ひたすら黙って暮らす親に少しでも楽しいことをと計画した娘は、花火大会に連れ出します。そこで、娘はかつて愛した男性に再会します。が、これとて幻想。風のように消え去ります。

最後はこんな文章で締めくくられます。

「あれから三人は、隅田川の花火に行っていない。相変わらず、何一つイベントのない地味な暮らしだが、みんな静かに暮らしている」

人生を楽しむのとは真逆の言葉です。映画なら、茶の間で黙々とご飯を口にする三人をとらえながらカメラが後退し、ジ・エンドですね。何故だか、とても心に残る作品だと思います。

「野うさぎ」という短編に、こんな文章がありました。

「日常は、死へと続くゆるやかな灰色の道。ゆっくり下りながら、たんたんと暮らしていく。」

収録された六つの物語すべてに当てはまる言葉です。

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ネットだっか紙媒体だった忘れましたが、書評で「主人公スズキタゴサクにキレそうになる、自分の正義感が崩壊する!」と物騒な文言が並んでいました。呉勝浩「爆弾」(講談社/古書1300円)がその物騒な本です。

この爆弾犯スズキタゴサクの、ニヤついた、人を小馬鹿にしたような顔が、脳裏にへばりついています。キャラクターも凄いのですが、物語の進行に、えっ?これエンタメ小説じゃなかったの?と混乱してしまいました。

話は、都内に爆弾を仕掛けたスズキタゴサクと警察の対決です。しかし、犯人はすぐに出頭し取調室にどっかと腰を落ち着けてしまいます。一方、警察もドタバタ騒ぎばかりで、ドラマでよく見る緊張感溢れる追跡やらアクションは全くありません。名刑事の天才的直感で犯人の動きを見極めてゆく、なんていうカタルシスとも無縁です。

物語がほとんど取調室の中で進行して行きます。スズキタゴサクの動機も、目的も不明。この男が投げかけるクイズらしきものを警察が解明し、爆弾のありかを探そうとするのですが、下品で野卑なスズキタゴサクの話術が、徐々に取り調べをする警察も、読者の気持ちも揺さぶっていき、イライラ感がつのります。そして、犯人への無限大に拡大する「敵意」という名の「正義」は、本物の正義なのだろうかという迷いが、登場人物の心を蝕んでいきます。スズキタゴサクは容赦無く、正義の番人だと自覚している警察官の誇りを打ち砕いていきます。誰か、こいつを何とかしてくれ!

スズキタゴサクが取調べ室で、ポツンと口に出す石川啄木の言葉、「人といふ人のこころに 一人づつ囚人がいて うめくかなしさ」に悪寒が走ります。

と、そんなしんどい読書の果てはどうなるの? 心配しないでください。さすがエンタメ作家。最後の数十ページで、ものの見事に観客に安心感を与えてくれます。拍手!!

ところで、本作品。映像化してほしいのですが、スズキタゴサク役ができる役者の顔が出てきません。それほど、作家の文章で完璧に造形されています。案外、あまり有名でない芸人さんなどにドンピシャの人がいるかも。

呉勝浩は「ライオン・ブルー」という作品も当ブログで紹介していますので、お読みください。

 

誠光社店主である堀部篤史さんの新作「火星の生活」(誠光社/新刊1760円)は、そう、そう!と読みながら何度も頷いたエッセイ集です。

のっけから、リドリー・スコット監督の「オデッセイ」の映画評から始まります。火星に置き去りにされた生物学者のサバイバルストーリーですが、この主人公は絶望的な状況で、とにかく悲壮感などまるでなく嬉々としています。堀部さんは「危機に直面してすら知的探究心を損なわない科学オタクのタフネスと楽天性だ。とにかくこの映画には徹頭徹尾悲壮感がない。そのことにぼくは胸を打たれた。」と書かれています。いや、その通り、全く同感!

おそらく本のタイトル「火星の生活」はこの映画からきているのでしょう。私自身大好きな映画だということもあって、もう、嬉しくなってどんどん読み始めました。本書に登場するエッセイは、かつて様々な媒体に掲載されたもの。これらの原稿を、「いまさら読みふけり、これらに手入れし、新たに問わず語りの原稿を書き足して形にすることをふと思い立った。」のだそうです。

彼が書いてきた書物のこと、音楽のこと、そして映画のことが、新たな形で再生されていきました。とりわけ面白かったのが、最後の「通勤する侵略者」で展開される「サバービア」論です。サバービアとは、「郊外生活者とか郊外でのライフスタイル、生活様式のこと」をいいます。ここでは、アメリカにおけるサバービア生活者のことを、紹介しています。

「アメリカ映画なんかでよく目にする、同じ形の家がズラーっと並んでいて、前庭には芝生が刈り揃えられていて、空が開けているような光景。ちょっと外に出ると森や丘のある自然環境のなかに新しく作られた新興住宅地、それがサバービアです。」

堀部さんは、音楽、文学、映画などから様々な事例をあげながら、その光と陰を明らかにしていきます。当ブログで「泳ぐ人」を紹介しました。これは、まさにサバービアの幻想、アメリカ的ハッピネスの崩壊を描いていました。堀部さんも紹介しています。そして、この論の最後をこう結んでいます。

「郊外型のライフスタイルというのは、それ以前の都市生活を忘れさせるほど浸透している。でも、システムキッチンで主婦がひとりで料理することも、無印良品やユニクロが与えてくれる選択肢の中から生活用品を揃えることも、夫は通勤し夜遅くに帰宅して、家事や子育ては妻におまかせという生き方も、決して当たり前ではありません。本を読み、映画を観ることで相対化することによって、いまの世界とは違ったありかたをイメージできるはずなんです。別の可能性があるということにまず気づくこと、読書はその助けになってくれるはずです。」

サバービアから始まって、本を読むことの意味合いをズバリ指摘して、本書は終わります。お見事でした!

昨日ご紹介した、平間至の写真集「ITARU HIRAMA 平間至1990−2022」を出しているのが「TWO VIRGINS社」です。設立は2015年。

「いまこの時代にちいさな出版社としてチャレンジしていきたいこと。ひとつは『消費されないなにか』を生み出していくこと。世の中は交換可能なものに溢れているけど、モノやお金に交換できない感情や体験を本をキッカケにして育んでいきたい。

もうひとつは、少しでも多くの『驚き』に出会うこと。限りない好奇心を持っていれば、見慣れた景色も驚きや歓びに満ちていることがわかるはずだし、伝統的な価値観の中にも常に『新しさ』を見出していける。

そんな、ぼくらの冒険の成果を『本』に詰め込んでみなさんに届けていきたいと思います。」

というコンセプトで様々なジャンルの本を出しています。

「ジブリの立体建造物展 図録<復刻版>」(2970円)は、ジブリ作品に登場する架空の建造物をテーマにした展示会の図録で、建築家藤森照信による詳細解説、背景画、美術ボードなど約380点の図録を収録しています。ジブリファン必読の一冊です。

同じ映画関係では他にちょっと類をみないのが、「昭和の映画絵看板」(2970円)。昭和の時代、どこの映画館にも上映中の大きな絵看板が掲げられていました。邦画洋画を問わず、これを見ろ!みたいな迫力ある看板。主演俳優の顔が描かれていて、近くで見るとさほど似ていないと思うのに、遠目ではすぐに誰とわかる看板は、我々世代には非常に懐かしい。当時の看板の写真を集めて解説した貴重な一冊です。

出しているのはアート関係だけではありません。たまきまさみ著「沖縄島料理」(2090円)は、

沖縄の豊かな食文化と、それを支えている暮らしを見つめた本です。お店でフライパンを振り、コーヒーを沸かしている人々の、それぞれの人生を垣間見ることのできるインタビューも数多く掲載されています。美味しさが写真と文章で迫ってきます。

もう一点、暮らし関係の本を紹介、「SHARE THE LOVE 大地を愛する人々」(2970円)。ここに登場するのは57人の農業従事者。地球とともに生き、暮らしてゆくために何を実践してゆくのかを問いかける本です。大地の声に耳を傾け、日々土に向かう彼らの表情がとても素敵です。

山極寿一氏は「今こそ、自然の循環を見直した農業を回復し、土壌の有機性を高め、それにあった国土づくりをしなければならない時代なのではないかと思う。」と本書に推薦の文章を寄せています。

ところで、昨年出版部門を終了したLIXIL出版(元INAX)。同社が出していた正方形のLIXILBOOKLETの権利をTWO VIRGINS社が買い取りました。したがって、当店の在庫(どれもユニークで楽しいブックレットです)も処分されることなく、販売を続行できることになりました。ありがたい!

さらに、INAXライブミュージアムが発行する「日本のタイル100年」(監修・藤森照信/1650円)を発売しました。日本のタイルの美と歴史を一冊にまとめてあります。

これからも、小さくても刺激的な本を出してゆく出版社を応援します。