藤野千夜の「編集ども集まれ」(双葉社/古書700円)は、400ページを越す大長編小説ですが、面白い!こんな展開になるのか!おそれいりました。

1985年のこと。学生時代漫研にいた小笹一夫は漫画雑誌を発行している青雲社に入社します。「週刊大人漫画クラブ」編集部に配属され、電話番の仕事をやらされます。「巨人の星」の原作者梶原一騎から、クレームの電話を受け取ったりと、新入社員らしい失敗を重ねながら、編集の仕事へと携わっていきます。この小説、実名で多くの漫画家や作品が登場するので、80年代からの日本の漫画史を読んでいるようなものです。なつかしい漫画家や、作品名が登場します。

そして、もう1人の主人公。作家の笹子さんです。2015年、彼女はJ保町(神保町のことですね)を訪れます。この町には、彼女が22年間勤務していた青雲社がありました。が、個人的事情で解雇されてしまい、その後一度も立ち寄らなかった場所です。彼女にとって、苦々しい思いしか残っていない町を再び訪れたのは、自伝小説の取材のためでした。取材の途中で、かつて通ったカレー屋さんやら、古書店を巡るうちに、あの時代を思い出します。85年青雲社に入社の若者小笹一夫の物語と、かつては同社で漫画編集部員として過ごし、今は文学賞を幾つか受賞した女性作家の物語が交互に語られます。漫画王国日本を俯瞰的に描いた世界は圧倒的です。

この小説は、二人の成長を過去と現在から見つめるものなのだな、と思い込んで読み始めました。しかし、ちょうど小説の中程で物語は大転換していきます。実は小笹一夫は、「小さい頃には、大きくなったら女の人になると信じていたのです。今も寝言が思い切り女言葉らしいと。」と、幼い時から性別に違和感がありました。スカートをはき、「一夫」ではなく「笹子」として出勤し始めたのです。70年代のことだから、性を変えることに慣れている社会ではありません。でも、彼、いや彼女の周りの女性同僚たちは、「そうなんだ。そういう人もいるんだよね」と、それまで通りの付き合いをします。ところが、会社はそうはいきません。男性として入社したからには、男性の服装で出勤しなさいと強要してきます。それを突っぱねた笹子は、結局会社を解雇されこの街を去ります。これ、藤野千夜の実話です。

帯に木皿泉が「藤野さんの書くものは、つよくてやさしい。そうか、こんなことがあったからか。」と書いています。

この物語は、自分が自分でいる、あるいは生きてゆくことを守る闘いの記録だったのです。そして、主人公がそれを守れたのは、漫画を愛する仲間たちがいたからであり、何よりも、闘いのど真ん中にいた本人の漫画への深い愛が支えになっていたのです。女であることを告白したあたりから、漫画家の岡崎京子が頻繁に登場してきます。彼女も作家を支えた一人だったのでしょう。

藤野千夜怒濤の実録物語です。是非お読みください。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。

 

先日、安村正也さんという方が来店されました。「Cat’s Meow Books」という本屋を開店されたそうです。最初は猫がいる本屋さんかなと思いました。確かに、このお店には猫がいます。しかし、猫たちはすべて保護猫なのです。

なんと、猫関係の本ばかりの店内に保護猫が常駐し、店舗の収益の一部を保護猫団体へ寄付するという前代未聞のお店。奈良でのトークショーの前に立ち寄ってくださったので、その時はゆっくりとお話できませんでしたが、この本屋が出来るまでを描いた井上理津子さんの「夢の猫本屋ができるまで」(ホーム社/古書1400円)を買って、一気に読みました。

「ビジネスの中で儲けたお金で猫を助ける」をコンセプトにして、開業プランがスタート。出版業界の売上げが急激に落ち込んでいる時に、本屋をするなんて無謀、儲からないという声は必ずあがります。でも、店主の安村さんは、「『儲からないからやめておけ』と言うのは間違っている。本屋をやれる”道”をつくっていきたいと思うんです。業界としての売上げ減をカバーするとは思いませんが、本そのものの未来は、こういう状況でも本屋を始めたいという人にあると、私は考えます。」と進んでいきました。

そして、「猫がリアルにいて、お茶とビールが飲める猫本屋。新刊も古書も置いて」と店の輪郭を膨らませていきます。準備がスタートすると、何故かこの人の周りにはあれよあれよという間に様々な業種の人達が集まってきます。「猫のいる、猫本だらけの本屋をつくって、幸せになる猫を少しでも増やしたい!」という呼びかけ文で、クラウドファンディングで予算を集めます。著者の井上理津子さんは、ミシマ社から出した「関西かくし味」という本で、大阪の美味しいお店をテンポ良く紹介したライターですが、この本でも簡潔で的確な文章で、本屋作りに邁進する店主を追いかけていきます。

もちろん、お店が出来るまで、誰しも苦労も不安もあります。しかし、この本は、助けた猫に本屋を助けてもらう、その代わり、本屋も他の猫を助ける、という全く新しい書店の姿にエネルギーを傾けた店主の姿勢を中心に描かれています。そこがいいのですね。

「猫とビールと本に囲まれた老後を夢見た者としては、ひと足早く老後がやってきたと思いたい」とオープン前日には余裕の店主でしたが、その後一波乱も二波乱もあることを知りませんでした。その辺りのことは「第三章 いざ開店!理想と現実」をお読みください。

最後の方に、私も同感!と思う店主の言葉がありました。

「Cat’s Meow Books」は新刊も古書も販売しているのですが、「古本屋を始めたつもりはなく、開いたのは『本屋』です」と語っておられます。そうなんです、レティシア書房も古本屋ではなく、当初から「街の面白い本屋」を目指していました。同じ思いの店主がおられて、心強く感じました。安村さん、きっとお店に遊びにいきます!

生物学者の福岡伸一が、たしか、カリフォルニア州サンタモニカにあった古書店のことを「週刊文春」の連載で書いていたなぁ〜というおぼろげな記憶で、その文春の連載記事をまとめた「変わらないために変わり続ける』(文藝春秋/古書950円)をパラパラめくっていると、ありました、ありました。

十数年前、彼が海岸沿いの商店街のプロムナードと呼ばれる歩行者天国をぶらぶらしていた時のことです。

「このプロムナードの端っこの方に、木の扉の、間口は狭いが奥深い、なかなかシックな感じの古本屋さんを見つけた。当事は9/11の直後。至る所に星条旗が掲げられ、アメリカ中で愛国心が盛り上がっていた。ところが店頭の一番目立つショーウィンドには反体制で知られるノーム・チョムスキーの著作 ”9−11:Was There  an Alternative”(邦訳『9・11−アメリカに報復する資格はない!』)が飾ってあった。ああ、アメリカにもこんな本屋さんがあるんだ、かっこいいと思った。」

その本屋が今もあるのか、いやあって欲しいと念じつつ、福岡はこの街を再訪します。その場所にはありませんでした。しかし、違う場所にアート系に特化した古書店を発見!どこか、一本筋が通った雰囲気を感じて、店員に訊ねると、あの古本屋だったのです。「ポスト9/11の荒波を乗り越えて、立派に進化を遂げていたのだ。」と歓びを文章にしています。

著者は、研究修行時代在籍したNYロックフェラー大学に、客員教授として滞在することになります。そして、この巨大都市の生活、アート、文化の断面を、好奇心一杯に観察したのがこの本です。

スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」は、主人公の小説家が狂気じみた表情でひたすらタイプライターを打つシーンが有名ですが、著者は同じタイプライターをノミの市で見つけ、ホクホク顏で買って帰ったというような話も沢山あり、肩のこらない読物になっています。

ほぼすべてNYの話ですが、京都が登場するものがあります。「今出川通から猪熊通という小さな路地を少し奥に入った古い木造の町家の二階」に下宿していた学生時代。「猪熊通今出川上ル」だけで郵便物が届くことに衝撃を受けたそうですが、NYもそうらしい。そこには、”いけず”って言葉もあるんだろうか….。詳しくは第7章「タイルの街と目地の街」をお読み下さい。

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10/27日(土)19時スタートです。

参加費は2000円です(要予約)

 

 

 

私のアメリカでの小さな体験ですが、とあるカフェに入って、カウンターでランチを金髪のウェイトレスに注文したところ、「私、今休憩中。だから注文受けられへん」と、カウンター内で珈琲を飲み始めたのです。こんなこと、日本でやったら、客が烈火の如く怒り始めます。しかし、その時私は、ふ〜ん、そうなんだ、アメリカってこういう国なんだ、って思いました。

「千の扉」(中央公論新社/古書1000円)で、古い団地を描いた柴崎友香が、世界各地から作家や詩人が集まるIWP(International Writing Program)に参加して、作家の視点から見つめたアメリカの姿を捉えたのが「公園に行かないか?火曜日に」(新潮社/古書1300円)です。本の帯には「不得意な英語で話し合い、街を歩き、アメリカ大統領選挙を目撃した三ヶ月を描く小説集」と書かれていますが、彼女が感じたアメリカと、そこの集まる世界の人々を描く紀行文です。

ホテルに宿泊した夜、奇妙な物音で彼女は目覚めます。それはけたたましく鳴る非常ベルでした。しかし、アナウンスもなにもなく、皆勝手に避難しています。ベルが鳴り止んだ後、ホテルのスタッフに聞いても、さぁ?という答えのみ。こんな対応あり得ないと参加していた作家は嘆きますが、著者は「うん、アメリカやな、とわたしは思った。ここはアメリカ」この感情はきっと、私が注文を拒否されたカフェで感じたものとほぼ一緒です。

様々な会合に出席し、対話をし、またアメリカの街を歩きながら、作家らしく言葉について深く考えていきます。

「英語を頭の中で日本語にして理解するとき(だんだん英語のまま受け取って返すことができるようになっていったが最初の頃はとくに置き換えて考えていた)、それはなんとなく大阪弁になっていた。会話だから、というのも大きかったと思う。そして、日本語が話せない毎日の中で、自分が話したいと思うのは、話したいと体の奥から湧き出てくるのも、いつも、大阪の言葉だった。」

大阪生まれの著者は、だからこの本の方々で、アメリカの人達との会話を大阪弁で書いています。

彼女が参加したワークショップで取上げられていた言語は、英語、フランス語、スペイン語といったメジャー言語です。しかし、世界中から集まってきた作家の中には、マイナーな言語を駆使して活動をしている人も多数います。その一方で、アメリカは、世界中のマイノリティ文学を英語に翻訳し、そのスタイルや表現技法を自分たちの文学に取り込んでいます。英語に、アメリカに取り込まれている現状を知ります。小説家が見つめた英語とアメリカの風土を描いた一冊です。

 

 

毎年人気の「ARKカレンダー2019」 入荷しました!! 

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売上げはARKに寄付いたします。よろしくお願いします。

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宮城県出身の小説家、木村紅美の「夜の隅のアトリエ」(文藝春秋/古書1150円)を読みました。2006年「風化する女」で文学界新人賞を受賞し、08年「月食の日」で芥川賞候補になり、本作で野間文芸新人賞候補に選ばれて、順調に小説家としての道を歩んでいます。彼女の小説はこれが初めてですが、ハマりました。

東京で美容師をしていた主人公、田辺真理子が「自分の素性もわからなくしたい。仕事も名前も変えて、つきあいのあるすべての人のまえから、突然、予告なしに消える」ことを実行し、年の暮れに東京から半日かけある町に辿り着きます。そこは、「猛吹雪に支配されていた。薄黒色の空から、意思を持っていそうな雪が、たえまなく、降る、というよりも渦を巻きながら、巨大なバケツをひっくり返されたみたいに襲いかかってくる」ような、まるで世界から孤立したような所です。

この町で、彼女は殆ど客のいない散髪屋の二階に下宿し、誘われるままに場末のラブホテルの受付を始めます。生きる希望とか、人生の展望などまるでなく、惰眠を貪る生活を続ける真理子。作家は、ひたすら雪に閉じ込められる町を精緻な描写で描いていきます。退屈?いや、全然。息をひそめて暮らす彼女の生活に安らぎさえ感じてくるのです。そんな生活でも、それなりに人間関係が生まれます。それを切っ掛けに彼女が生きる希望を見出す、などというやわな展開にはなりませんので、ご安心を…….。

デッサン教室でヌードモデルのバイトをした縁で、ラブホテルの主人のヌードモデルを始めます。ここで、二人に歪んだ性関係が生まれるような展開にしないところが巧みです。病気で臥せているホテルの主人の妻、老朽化する建物の改装資金もない、そんな場末のホテルにも容赦なく雪は降りかかります。小説の主人公は、雪かもしれません。

誰も見向きもしない町で生きる真理子を見つめて終るのかと思いきや、こんな展開になります

「いまいるここで、東京を離れいくつめの町になるやら、いつからか正確に把握していない。短くてひと月ほどから長くて一年半ごとに、北から南まで、観光地でなくこれといった特徴のない町、産業が衰え過疎化の進んだ町ばかりに引き寄せられ、移り住んでいる。候補地はいたるところにある。五、六年を過ぎた。」

彼女には、「いままでもこれからも、知らない町へと流れ去ってゆくことだけがたしかだ。追われているようなこの暮らしは安住より生きている心地を得られる。」のです。

寂寞たる光景の過疎の町にあって、その寂しさ、孤独を友にするように生きてゆく自由。

「朝が訪れるまえに、自然とそのままに目ざめなくなる日がくることを夢見る。上手くいくだろうか。くちびるがほころぶ。帰る場所はどこにもない」

この簡潔なラスト。私たちが、見知らぬ町に立ち寄った時、そこに真理子が人知れず生きていると思うような幕切です。

 

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一箱古本市の発起人として有名な南陀楼綾繁さんが、日本全国の本に関わる人達や、イベントを取材した「ほんほん本の旅あるき」(SHC/古書1000円)が、面白いです。

岩手県盛岡、秋田、宮城県の石巻・仙台、新潟、富山県高岡、三重県津、鳥取県松崎、島根県松江・隠岐、広島県呉・江田島、高知、徳島県阿波池田、北九州、大分県別府、鹿児島、そして、都電荒川線沿線の東京と、ほぼ日本全国が網羅されています。

盛岡編では、当店でも開店以来販売を続けているミニプレス「てくり」が登場します。

「『てくり』がブックイベントを始めるというので、参加するのを楽しみにしていた。この年は仙台、盛岡、秋田、会津でブックイベントがあり、その四か所に『東北ブックコンテナ』という地域の本と物産を販売するイベントが巡回するという。なんだか、東北の本の動きが盛り上がっているのを感じた。」

しかしその矢先、あの大地震が起こり、状況が変わりました。無理かもしれないと著者は思いますが、予定通り実施されます。どんな思いでスタッフは開催にゴーサインを出したのか。けれどこのブックイベントがスタートしたことが、東北だけでなく各地の本好きを勇気づけたと著者は確信しています。

そして、やはりミニプレス「Kalas」でお世話になっている三重県津編。「Kalas」を発行する西屋さんが企画したブックイベント「ホンツヅキ」で、著者は、古書店「徒然舎」オーナー深谷さん(当店の古本市でも毎度お世話になっています)と、西屋さんでブックトークをしています。

そして、「津にはカラス=西屋さんがやるなら一緒にやろうという人がたくさんいるんだなと判る。雑誌や店という『場所』を持ち、それを続けていくうちに出来ていく人間関係。それは『ネットワーク』という言葉が軽々しく響くほどの、貴重なつながりなのだ。」と考えます。

「続けていくうちに出来ていく人間関係」とは大事な言葉です。我々も、同業の書店さん、ギャラリーを利用していただいた作家さん達、当店を面白いと思って通っていただいているお客様とのゆるやかな関係に支えられています。顔の見えるお付き合いを重ね、好きな本で一緒に盛り上がる。そういうところにこそ、書店業界の未来はあるのではないかと思います。

この本は、本に関わる人達と彼らのイベントを追いかけたものですが、その土地土地で見たもの、食べたものなどが随所に散りばめられ、一度は行ってみたくなるように仕上がっています。昨年の夏休み、女房と行った別府編は興味深く読みました。また、「ガケ書房」店主の山下さんが登場して、オカマバーに行って、ふっくらした体系が好きなママに惚れられたと書いてありにやりとしました。

同業の方、ミニプレスの方たちが各地でがんばってることが心に残る本でした。

 

 

★町田尚子さんのCharity Calendar2019入荷しました。540円

(売上の一部は動物愛護活動の一貫として寄付されます)昨年も早々に完売しました。お早めにどうぞ!

 

 

 

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

「こんなに明るい街で、多くの人がたいして明るいと思わずに生きている。それが世界的に見て特異なことなのだという自覚が足りない。日本は世界の中でも特別に明るい、光の国なのだ」

という警告で始まるのは中野純「『闇学』入門」(集英社新書/500円)です。古来、日本人は闇を友とし、月光を愛で、蛍を楽しみ、今も続く京都の愛宕詣出の様に夜登山を平気でしていました。しかしいつの間にか、四六時中、どこへ行っても光溢れる国になっています。

著者は、その原因を戦時中の灯火管制にあると指摘します。毎日続く暗闇で怯える日々。「この戦争のせいで、日本人にとって闇は怖ろしいだけのものになってしまった。もう闇なんていらない。」未来は光の中にあると考えた昭和一桁世代が、戦後高度経済成長を牽引します。「光る東芝」、「明るいナショナル」等のメーカーの宣伝文句が、それを物語っています。

そして、部屋全体をまんべんなく照らす蛍光灯の白い光で、部屋を真白にして闇を駆逐していきました。かつては、夜明けと日暮れが交互に訪れる、光と闇のページェントを受けながら暮らしていたはずです。

「闇と光のドラマを失ったこの単調な生活は、知らぬ間に、私たちにとんでもなく強いストレスを与え続けているのではないか」

闇=悪、光=善、という見方に疑問を持った著者は、古の日本文化へと向かいます。「蜩が鳴くと、訪れつつある闇に気持ちが向かう。秋の虫の音は、闇がそこにあることをしみじみと感じさせてくれる。虫は夜の闇を呼び、夜の闇を楽しむ装置だった。」ことは、多くの文学作品にある通りです。蛍狩りなど闇があって成立する文化ですね。日本人がいかに闇から恩恵を受けていたかということを、文学、信仰、風俗等あらゆるジャンルを通して証明していきます。

試しに、夜、部屋の電気を全て消してみて下さい。暫くは真っ暗ですが、やがてほんわかと周りが見えてくる。そして、落ちつく。その当たり前のことを、この本はしっかりと見つめていきます。私たちが日頃感じているストレスも、暗闇の中にひっそりと過ごせば、解消されるかもしれません。

24時間明るい状態にしているのは何故なんだろうか、という疑問に対しては、原発だと言い切っています。夜の電力需要は、昼間に比べて激減します。原発によって生じた夜の電力供給に、どんどん余裕が生じます。深夜の電力需要が上がれば、原発の存在価値も上がる。

「原発を推進していくなら深夜にいくら電気を使ってもかまわないし、深夜に電気を使いまくることこそが、原発とお国のためになる」と結んでいます。

今夜から電気を消して、夜空を眺めてみませんか。ひょっとして円盤が視界を横切るかも……..。

なお、暗がりの美学を追求した谷崎潤一郎の名著「陰翳礼賛」の文章と、大川裕弘の美しい写真とのコラボレーション、ビジュアル版「陰翳礼賛」(PIE/新刊2052円)も店に置いています。京都の老舗で撮影された作品も何点かあります。素敵です。

 

野性の激しさと美しさを撮り続ける写真家、石川直樹のエッセイ集「極北へ」(毎日新聞社/古書1300円)を読みました。

17歳の頃、カヌーイストの野田知佑と知り合った石川は、彼の影響でカヌーを始めます。野田の著書には、何度かアラスカの原野のことが登場しますが、石川は大学一年の時、カナダとアラスカに跨がるユーコン川へと向います。その頃、石川は、もう一人強く影響を受けた人物、星野道夫を知りました。星野はもう亡くなっていたのですが、彼の著書を読み、「今まで漠然としか描かれていなかった自分の進むべき道が、先住民文化や人類の旅路をヒントに動きはじめていく。」と語っています。

「ぼくは高校生の頃に出会った野田さんや星野さんの著作によって極北へと導かれていった。それから、十年。毎年のように極北の大地に通い続けている。その原点は、ユーコン川下りであり、このデナリ登山である。あのとき内から沸き上がってきた生きる喜びを、今でも忘れることはない。終わりのない長い旅は、このときからはじまったのだ」

石川の長い旅を、この本を読むことで知ることができます。

「アラスカにいると、人は寡黙になり、冷静になる。自分がたった一人の人間であるということを多かれ少なかれ意識するからだと思う。」そう、彼に言わせる極北の大地アラスカ。そこで、彼は魅力的な人達に出会います。星野道夫の友人ボブ・サムに偶然出会って、星野の本を手渡すという体験もします。さらに、星野が居候していた小さなエスキモーの村シシュマレフの元村長クリフォードに巡り会うという幸福が訪れます。

アラスカに続いて、2004年彼はグリーンランドへと向かいます。グリーンランドは総面積218万平方メートルの世界最大の島でありながら、人口56000人という世界最低の人口密度という特殊な環境の国です。グリーンランドの厳しい自然と、そこに生きる人びとの暮らしが克明に描き出されています。殆どの日本人にとってはグリーンランドは全く知られていない国です。だから、この石川の記録は貴重です。この地に暮す、猟師は、移動手段にスノーモービルは使わず、犬ぞりです。それは、狩りにでたフィールドで、機械が壊れたら、生きて帰れないからです。

「極地で生き抜くための知恵には、それが受け継がれてきた明確な理由がある。グリーンランドの犬ゾリは郷愁に彩られた過去の残滓ではなく、現在にいたるまで優れて同時代的な移動手段なのだ。ぼくのカメラは凍って動かなくなることが何度もあったが、犬たちは白い息を吐きながらいつまでも走り続けてくれた。」

著者と共に、この国を旅して下さい。

写真家には、文章が上手い人が多いと思います。巧みな、あるいは凝った文章、というよりむしろ平易過ぎる文章です。でも、的確にその場の状況を把握しているのは、常にファインダーを見続けているからかもしれません。

山形県、置賜(おきたま)地方で、、開催されたブックフェス「Book!Book!Okitama」。そのイベント関係者のお薦めの一冊や、ゲスト参加した高橋みどり、甲斐みのり、永江朗等のエッセイを収録したミニプレス「ndanda!(んだ・んだ)2」(750円)を入荷しました。

「Book!Book!Okitama」で開催された一箱古本市に、出店した方々が選ぶ「わのおすすめ、この一冊」が、面白いです。岡崎武「古本道入門」みたいな、いかにも古本好きならではのセレクトもありますが、ウンベルト・エーコ&ジャン=クロード・カリエール「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」という、本屋がドキリとする本も登場します。この本を推薦された装丁家は、日本語装幀が素晴らしいと書かれていますが、私も手に取った時にそれは感じました。

さすがだと思ったのが、南陀楼綾繁さんがお薦めの「山熊田」という写真集。山熊田は、新潟県村上市の地区名で、マタギの村。写真集は、ここで暮す人達を撮っています。以前に写真集を手に取った時、その迫力に驚かされました。東日本大震災時の地元新聞社の人々の悪戦苦闘を伝える「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」が登場するのは、東北ならではです。

後半、置賜に住む人達のこの一冊というコーナーがあって、景山民夫「遠い国からきたCOO」を推薦されている方がいました。自然破壊の問題、人と動物のコミュニケーションなどのテーマに挑んだ海洋冒険ファンタジーで、感動しました。小説の面白さをよくわかっていた作家だったと思います。

今年も、9月22日から10月7日の16日間にわたって、このイベントが開催されます。なんだかとても、楽しそうなブックイベントです。

 

★連休のお知らせ 7月2日(月)、3日(火)

★夏の一箱古本市8月8日(水)〜19日(日)まで店内にて開催

海外の小説、ジャズ、ロック等の新しい音楽、そして映画を好きな方は、一度は植草甚一の本を読まれたのではないかと思います。私も学生時代、せっせと読みました。「急にモダンジャズがすきになってしまって………だいたいの計算だと600時間ぐらいジャズをきいて暮らしていた」なんて彼の文章を読んで、これまたせっせとジャズ喫茶に通っていました。

体系的な評論活動ではなく、好きなものに片っ端から手を出していた植草は、若い頃、何に、誰に影響を受けながら、面白いことに熱中したのか。いわば彼の「ブルーの時代」を語った本を入荷しました。津野海太郎の「したくないことはしない 植草甚一の青春」(新潮社/古書・絶版1850円)です。津野は、植草の著書「映画だけしか頭になかった」、「ぼくは散歩と雑学が好き」等で編集に関わり、十数年にわたって付き合いのあった人物です。自由きままなライフスタイルを作り出した元祖、植草の人となりを、東京下町の商人の息子として生まれた幼年時代から語っていきます。

15歳の時、関東大震災に直撃され、30代後半で東京大空襲を経験するという青春を送った彼が、どうしてあんな自由な文体を操ることができたのか、興味あるところです。彼が使うと、その言葉の意味が、それまでの制限から解き放たれていきます。例えば、好きなレコードを買っては、演奏メンバーや曲目をノートに書き出していました。それを彼は「勉強」と言います。代表的作品「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」にも「勉強」が使われています。

津野は「『道楽』というかわりに『勉強』という。勉強というしかたで惑溺する。そんなタイプの勉強すき。植草甚一という人物を考える上で、これは重要な一点だと思う。」と記しています。植草が「勉強」という言葉を使うと、堅苦しさがどこかに消えます。

大学のようなアカデミックな世界とは無縁に生きてきた植草には、先生と呼ぶ人物はいません。しかし、津野は、彼が先生と呼べるのは堀口大學、飯島正、村山知義の三人だと口に出していたと書いています。原書で海外の小説を読むことを教えた堀口、映画の見方を伝授した飯島、そして欧州のアバンギャルド芸術に目をむけさせた村山が、植草ワールドに基礎になっていることを、この本で知りました。

かつて植草的世界にハマった方なら、再び読んでみようかな、という気分にさせてくれます。また、植草なんて知らないという世代にとっては、60年代にこんなファンキーなオヤジがいたことに、驚かれるかもしれません。