東京新井薬師に、ホントにある「しょぼい喫茶店」の店主、池田達也が書いた「しょぼい喫茶店の本」(百万年書房/新刊1512円)は、起業して成功するための本ではありません。これからの働き方、生き方を考えてみるには最適の一冊です。

「僕は働きたくなかった。ただただ働きたくなかった。理由はよくわからない。」という出だしで本は始まります。なんと甘えたことを!とお怒りのサラリーマン諸氏、まぁまぁ、その気持ちはちょっと横に置いて、著者の思いを聞いてあげて下さい。

著者はアルバイトをしても長続きせず、就活では「会社で使える人間」をなんとか演じる努力したものの、全くダメ。社会人失格の烙印を押された気分で鬱々とした日々を過ごすことになり、挙句に自殺まで考えるようになります。それなりに人生の階段を上がってきて、初めて蹴つまずいた著者は、ここで一人の男性に出会います。”日本一有名なニートphaさんです。彼の著書「持たない幸福論」で出会った「自分の価値基準で幸せを決める」という言葉に心動かされます。

「嫌な人たちと嫌なことをしてお金をもらうよりも、好きな人と好きなことをしていたい。」大正解です。でも、普通のレールに乗って、会社に勤めていたら不可能です。そんな考えは甘えだと言う方が多いでしょう。しかし著者はここから、じゃあ自分の幸福は何か、どう生きていけばいいのかを必死で考えていきます。

ある日、twitterで”えらいてんちょう”という様々な事業を展開している人物に出会います。

「金がないことが貧困なのではなくて、金がないならないなりにやる、ということができないのが貧困。金を得る方法を知っているのが知性ではなく、金がなくても笑って過ごせるのが知性。」

名言ですね。会社員として遭遇する、不条理、我慢の対価として金を得て、それなりの生活を送るのではなく、自分の価値基準で幸せになる生き方を選び、それには自営業が最適と考え、店を持とうと思い、そこから、著者の人生は動き出します。物件を探し、お金を工面し、オープンへと向かいます。このあたりの描写も、よくある開店指南書とは大違いの面白さ。面白いキャラクターの人物が登場し、さながら青春小説です。

中々、上手くいかない状況に、諦め気分の著者に”えらいてんちょう”が言った言葉が、「いや、そんな真面目に考えなくてもどうにかなるっしょ!もっと適当で大丈夫」ってそんなことで、上手くいくか!

ところが人生どうにかなるんです。この本の後半はその記録です。もうダメだと思っていた著者は、店を軌道にのせ、なんと生涯の伴侶まで見つけてしまいます。拍手、拍手です。

嫌なことはしない。好きな事だけを仲間と一緒にやってゆく。金持ちになることを考えず、果てしない消費に突き進むことなく、微笑んで毎日生きてゆく。そんな若い人たちが沢山出てくれば、この社会も、ちっとはマシになるかもしれません。

★勝手ながら、4月22(月)23日(火)連休いたします。よろしくお願いします。なお、ゴールデンウィーク中は通常通り営業いたします。(店主)

 

 

イザベル・コイシェ監督「マイ・ブックショップ」は、本好き、本屋好き、書店業に従事している者ならば、観てほしい映画です。

舞台は1959年、イギリス東部の小さな海辺の町。戦争未亡人のフローレンスは、夫との夢だった書店をこの地に開くことを決意し、放置されていた古い家を買取り、店を開きます。しかし、地元の金持ちで、慈善団体活動をしているガマート夫人は、この場所に芸術センターを建てるとしていて、いい顔をしない。本屋作りに走り出すフローレンスと、それを阻止しようとするガマート夫人の画策。

古い家に、書架が入り、本が並んで、本屋に命が吹き込まれてゆく様子が描かれていきます。そして、小学校に通うクリスティーンのお手伝いでオープンします。この少女がまた、読書が嫌いで、算数と地理が好きな不思議な子なのですが、ラストでとても重要な役柄になりますので、注意して観てくださいね。

町には、古い邸宅に引きこもる読書好きの孤独な老人ブランディッシュがいます。彼の佇まい、ファッション、気骨は、初老に入ろうとする者にとってお手本なので、御同輩の皆様、ここもしっかりとご覧いただきたいのですが、彼は、早速面白そうな本を送ってくれと注文を出します。フローレンスが選んだのがユニーク。レイ・ブラッドベリのSFの古典「華氏451度」でした。ブランディッシュは、この作家が気に入り、次から次へと読破していきます。書店員として、これほどの幸せはありません。さらに彼女は、悩んだ末に、当時スキャンダルな内容で話題になっていたナバコフの「ロリータ」を、これは売るべき本だと250冊仕入れて、店頭にズラリと並べます。私は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。いや、こんな決断なかなか出来ませんよ。売りたい本を、覚悟して売るという本屋の原点です。

 

順調に見えた書店経営も、イケズなガマート夫人の、巧妙な政治的画策で廃業に追い込まれていきます。この作品、ラストのラストに至るまで、大げさな描写を一切廃して、書店と町の住人を見つめていきます。だから、追い出される場面も極めて静かです。荷物をまとめて船に乗った彼女を見送るのは、クリスティーンのみ。読書嫌いの彼女の腕には、フローレンスがこれだけは読んでね、と渡したリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が抱かれています。あなたの本への想いは受け取ったというクリスティーンの瞳を見るだけで、泣けます。

映画の公式サイトのコメント欄を見ていると、川本三郎や上野千鶴子らの著名人に混じって、書店員、店主のコメントが載っていました。HMVBooksの店長を務める花田菜々子さんが「ラスト最高、私が彼女でもそうする。書店員の執念は凄まじいのだ。なめてかからない方がいい」と。「書店員の執念」という言葉は、どうかなとは思いますが、気持ちはよくわかります。旧態依然とした業界の疲弊、未来の見えない新刊書店の現状で仕事をする書店員に、クリスティーンの瞳が気合を入れたのかもしれません。

しかし、映画はここで終わりではないのです。ここから、後は劇場で。本を、本屋を愛している貴方なら、溢れ出る涙に遭遇することになります。名作です。

世界を変える美しい本」(売切)、「フェルメール」(2160円)、「はじめまして、ルート・ブリュック」(2160円)などアート系の良質の本を出しているブルーシープが、新刊を出しました。なんと、スヌーピーです。正式のタイトルは「スヌーピーミュージアム展図録」(3024円)。

これは、2016年から18年まで期間限定でオープンしたスヌーピーミュージアムで、5回にわたって開催された企画展を凝縮した一冊と、「THE BEST OF PEANUTS」と題されたスヌーピーコミックのベストを二冊組みにしたものです。世界一有名なビーグル犬スヌーピーは、50年も連載を続けていました。

スヌーピーにたいして興味のない私でも、この図録は、思わず読んでしまいました。コミックはもちろん、グッズ、本、ペナント、おもちゃなどあらゆるものが集められています。登場人物の詳細な紹介に、かなりのページを使っていて、著者はここまで描き分けていたのかと、驚きました。最後に作者チャールズ・ M・シュルツの未亡人ジーン・シュルツ(シュルツ美術館理事長)と、日本で翻訳を担当してきた谷川俊太郎の対談まで用意されています。その中で、谷川が、スヌーピーのコミックについて「まずは品がいい。露骨な笑いではないのです。」と語り、そのユーモアのセンスは井伏鱒二に通じるものがあると話しています。資料としても価値があります。

さて、独特の文章と、モノクローム線画でユニークな作品を発表してきたエドワード・ゴーリー。柴田元幸によって数多くの作品が翻訳されて日本でも人気の作家になり、2016年には大規模な巡回展がありました。そのゴーリーの「ぼくたちが越してきた日から そいつはそこにいた』(河出書房新社/古書1150円)は、従来のゴーリーのイメージと違い、モノクロームではなくカラーです。

とある一家が、新居に引っ越してきた時、庭に大きな犬がいたのです、そのセントバーナードみたいなムク犬は、家族が近づこうが、雨が降ろうが、ただ黙ってそこにいるだけなのです。柴田曰く「はじめから終わりまで名前さえない そもそもこの犬の正しい名前は何なのか?が物語のテーマなのだ」

「ゴーリー自身、ほろっと泣かせるような物語なんて間違っても書かない」という柴田の指摘通り、子供と犬の涙の感動物語ではありません。しかし、ゴーリーと組んだことのある作者ローダ・レヴィーンの、じっと止まる大きな犬と、それに名前をつけようとする少年の物語は、少しだけ感傷的な味わいがあり、ゴーリーの中では珍しいと思います。

「いつかはきっと、正しい名前が見つかるとぼくは思う。ぼくはいまもしっかり取り組んでいる。犬は待っている。ぼくは考えている。ぼくたちはどちらも、がんばっている。」という少年のセリフで物語は幕を閉じます。二人、いや一人と一匹に、頑張れと声をかけたくなるラスト。ゴーリーファン必読です!

 

2011年3月11日の震災をめぐる、ある日の記憶を絵本作家達が絵と言葉で振り返った「あの日からの在る日の絵とことば」(創元社1836円)は、ぜひ持っていて欲しい一冊です。あの大震災から、すでに8年。「もうすべてコントールされている」などと発言をした総理大臣は論外としても、私たちの記憶からあの震災のショックは薄れつつあります。

この本を編集したのは、いつも素敵な企画展をされているギャラリー&ブック「nowaki」の筒井大介さんです。彼は、編集者としてこう書いています。

「この本は三十二の絵本作家による、ごくごく個人的なエピソードの集積で出来ている。それは一見あなたには関係ない、もしかしたら些細に思える、あの日にまつわる、在る日の物語。 しかし、読み進めるうちに、いつしか自分を重ねる瞬間がやってくるかも知れない。自分の物語を誰かに聞いて欲しい。近しい誰かの物語を知りたい。他の誰かの抱えているものを、気持ちを、共有する事はきっと出来ない。それでも、みんなあの日から同じ地続きの日々を生きている。何かを乗り越えたりせず、ただただ抱えて生きていく。」

荒井良二、ささめやゆき、スズキコージ、原マスミ、町田尚子、ミロコマチコ、坂本千秋等々、第一線で活躍する作家たちが、あの日の、あの時を語ります。それは個人的な体験かもしれませんし、震災を直裁的に描いたものでもありません。けれども、この本に参加した作家たちは、あの日を抱えて、明らかにそれ以前とは違う今日を生きてきているのです。

私も繰り返し読んだ「希望の牧場」の、作画を担当した吉田尚令は、2013年にこの本を出した時の思いを伝えています。「希望の牧場」は、福島の原発事故で大打撃をこうむった牧場主の絶望と希望を描いた絵本で、高い放射線量の浪江町へ取材に行きました。

「2013年、森さん(注:原作者の森絵都)や僕らは牧場や牛飼いの核にある強さのなかに希望を見たように思う。それを絵本に記録しようと試みた。いずれその強さが消え去り、様変わりするのかもしれない。だけど2013年には確かにあったと信じている。それを絵本のなかに記録しようとしたんだ。こんな強さがあったのだと。」

作家たちの思いに寄り添いながら、それぞれにあの日を忘れずに生きていきたいものです。バカ高い東京オリンピックのチケット買うぐらいなら、この本をバンバン買って、お友達や知人にプレゼントしていただきたいと思います。自戒をこめて、私もこの本を側に置きます。

nowaki」さんでは、3月16日から4月1日まで、この本の原画展も開催されます。ぜひ、見に行ってください。

 

 

ご近所のギャラリー&BOOKSのお店「nowaki」さんに、DMを持って行った時のこと。ちょうど「nowaki」さんで開催されていた個展を観た瞬間、うわぁ〜、お腹の減る作品ばかり!と驚いたことがありました。

美味しそうなうどんが描かれた作品がズラリ並んでいたのです。絵を描かれたのはマメイケダさんで、このうどんの考案者が一井伸行さん。その時、ギャラリーにおられたので、ご挨拶させていただきました。

昨日、大阪のミニプレス出版社BOOKLOREから「ノブうどん帖」(1728円)という本が送られてきました。著者は一井伸行さん、絵はもちろんマメイケダさんです。

一井伸行さんは、「私はごく普通のサラリーマン家庭に生まれましたが、ある日突然うどんを打ち、出汁をとることになりました。今ではいろんなところで、うどん出汁のワークショップを開催しています。」と言う方で、プロの料理人ではありません。

著者自身もユニークですが、そのお父さんがまた格別に面白い。40年程前、お父さんは唐突に会社を辞め手打ちうどん屋を始めました。最初は閑古鳥が鳴いていたのですが、当時珍しかった手打ちうどんの美味しさが評判になり、大繁盛して支店を出すまでになりました。軌道に乗ったと思った途端、今度はアメリカ村でパスタやる!と言い出して、パスタ屋にさっさと転身してしまいます。ここで終わるかと思いきや、これからは農業や!と、10年以上続いたパスタ屋を閉じて、さっと長野県白馬村に移住してしまいました。著者も「すごい親父」と語っています。

そんな父の店で作ったうどんの出汁の味が忘れられず、多くの人に知ってもらいたくて、ワークショップを続けておられるのだそうです。この本には、著者のエッセンスが凝縮されています。すぐに役立つものばかりです。第一章はお父さんの話を中心にしたエッセイで、第二章はお出汁のレシピ。そして第三章が、友人たちのイメージに合わせて考えたうどんです。

「私が思い描くその人の印象を紙に書き出して、それを味や香りや食べ心地に置き換えて組み立てる。思いつきは良くても、食べておいしいと言うところに辿り着くまでには、なかなか仕上がりません。何度も試作を重ね、おいしく出来上がったらその人を訪ねて、一緒に食べる」という遊びを続けてきました。そんなうどんのレシピが溜まってきたので、マメイケダさんが絵にしました。名付けて「うどんスケッチ集」です。全て一井さんの友人知人のイメージに合わせたうどんが、たくさん描かれています。nowakiの店主、菊池美奈さんも登場。「ごまつゆ肉みそ」が、彼女のイメージとか。実に美味そうな面白い一冊です。

インドの小さな出版社タラブックスについて書かれた「タラブックス」(玄光社/古書1700円)。タラブックスの出す手作り感一杯の絵本は、何度読み返しても、飽きてのこない本です。この出版社がどんなポリシーで本を出しているのか、今までに出版された本、タラブックスで働いている人びとのインタビューなど、さまざまな角度から魅力を探っています。

タラブックスは、1995年、独立系児童書専門出版社として、スタートしました。出版社を引っ張るのは二人の女性です。創設者のギータ・ヴォルフは、比較文学を学び、パートナーのV.ギータは、編集者であり、作家であり、また子どもの教育や女性問題などの社会問題に取り組んでいます。タラブックスが目指したのは、インドだからこそ生み出せる、インドの子どもたちに読ませたい、インドの子どもたちのための本です。

「六ヶ月かかります」

これは、内外からの注文に対するこの出版社の返事です。どれだけ長い時間がかかろうと、本の職人たちが自信を持って届けられるかが大切な事なのです。良い物は、時間がかかるのです。私たちは、何でもすぐに手に入る時代に生きています。常に新しいものを提供され、洪水のような商品とサービスに慣らされています。

「大量生産と大量消費と大量破壊は繰り返される。目新しいものに飛びつく一方で、私たちは成長を強いられる資本主義経済にうんざりし始めている。いつまで大きくなりつづけなければいけないの、と。」

タラブックスの考え方は、こういう時代へのアンチテーゼでもあります。そして、タラブックスは、少数民族、インド社会から見捨てられた弱者も積極的に会社に迎え入れ、働く場所を提供しています。本に携わる人たちが豊かに暮らせる会社を目指しています。

ギータ・ヴォルフとV.ギータのインタビューが掲載されていますが、その中で、ギータが、会社を大きくすることに意味がなく、小さい規模で全てのメンバーと共同作業をしてゆく重要性に触れながら、こう述べています。

「本(仕事)の質を保ちながら、私たち同士の良い関係性を保ち、働いている人たちとその仕事の関係性を保つためには、比較的ちいさくあるということが大切」

出版社の紹介から、仕事のあり方、社会の在り方までに言及していきます。

巻末に、この出版社が出した書籍が、カラー写真で紹介されています。まだタラブックスのことをご存知ではない方は、このリストをご覧ください。なお、6月25日から、京都細見美術館で「世界を変える美しい本 タラブックスの挑戦」展が始まります。これは、行かねばなりません。

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1927年東京生まれの作家、歌人尾崎左江子の「チョコちゃんの魔法のともだち」(幻戯書房/古書1200円)は、日本が戦争に向かっていた昭和初期、感受性の強い少女時代を支えた本について書かれたエッセイ集です。

このころ、東京山ノ手にはハイカラな外国文化と自由な空気が色濃く残っていました。けれど、時代は確実に戦争に向かっていました。

「私がものごころついたころには、日本はいつも『非常時』だった。」

灯火管制が厳しくなり、知人たちが集まってレコードなどかけていようものなら、町内から部屋の灯が漏れていると警告を受けます。暗い時代はすぐそこでしたが、チョコちゃんと呼ばれた著者は、両親と優しい姉に囲まれて、様々な本に出会っていきます。アンデルセン「えんどう豆の上に寝たお姫様」に夢中だった冬のこと、外でポンポンという音がします。それは銃声。二・二六事件の日だったのです。

さらに、チョコちゃんに災難が襲い掛かります。父親が倒れ入院したのです。

「戦前の、東京山ノ手の家族というのは、主人をささえてしっかりと寄り添っていれば、自然に生きて行けるようにできていた。それは、チョコの家も例外ではなく、一家の大黒柱である父は、いつも健康で、まともであるものと、誰もが思いこんでいた。 それが一朝にしてガラガラと崩れたのである。」

そして、日米開戦、疎開と暗く、辛い時代を生きることになります。そんなとき彼女の傍には、多くの児童文学や冒険小説、神話がありました。物語の主人公と共に生きることで、彼女は真っ直ぐに成長していきます。育ちの良さというのは、こういう事なんだろうな、と思いました。「ピーターパン」「ふしぎの国のアリス」「ヘンゼルとグレーテル」などのお馴染みの児童文学が、どれもキラキラと光っています。アンデルセンの「鉛の兵隊」の悲しく美しい物語も、現実世界の死と静かに重なるように幼い心に残っていきます。

この本の最後では、学徒出陣の見送りに動員された彼女が、その頃読んでいたトルストイの「光あるうちに光の中を歩め」の「光」という言葉を心の中でつぶやきます。「それにしても、暗い。ふりしきる雨、たれこめた雨雲、一言の声も立てない出陣学徒、そしてひっそりと葬列を見送るような女子学生の群。すべてがきちんと並び、すべてが無言である。チョコは反射的に、”光”という言葉を心に探した。『光・ある・うちに・光・の・中を・歩め」』

児童文学の案内書でありながら、戦前、戦中時代を語った本に感銘を受けました。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

恵文社バンビオ店閉店セール「バンビオ店乗っ取りフェア 1月19日(土)〜2月11日(月)」が開催されます。十数店の古書店が参加して、バンビオ店の棚を乗っ取ります。当店も参加します。http://keibunshabambio.hatenablog.jp


 

小村雪岱と言えば、泉鏡花ファンならよくご存知だと思います。装幀家として繊細で、ちょっと懐かしい江戸の姿を描いて、懐古的でありながら、極めてモダンなタッチ。大正から昭和初期にかけて、大衆文化のジャンルで活躍したデザイナー的存在です。雪岱の作品を多数収録し、その生涯を解説した「意匠の天才小村雪岱」(新潮社とんぼの本/古書1300円)は、手頃に買える入門編として最適の一冊です。

雪岱は、 大正7年、出来たばかりの資生堂意匠部に入社し、商品や広告のデザインに携わることになります。西欧調のスタイルが主流だったデザイン業界で、小村のような日本調のデザインを使うことは画期的でした。大正12年には資生堂書体と言われる独特の書体に制作に取りかかります、しかし、関東大震災で中断、その後、彼は同社を退社します。

大正3年、泉鏡花の小説「日本橋」が刊行された時、雪岱は20歳そこそこの若者で、もちろん本の装幀なんて経験がありません。余程、鏡花は雪岱に惚れ込んでいたんでしょうね。「雪岱」という雅号も鏡花が与えたものです。入手が極めて困難なこの本の装幀も収録されています。

本書には、鏡花小説に使われた挿画が沢山収録されていて、モダンな感覚が溢れる作品を楽しめます。私が見とれたのは「愛染集」の表見返しです。しどけない姿で夜の屋敷街に佇む遊女と、画面全体を覆う雪、雪、雪。その寂しさと静けさ。

或は、「春告鳥」に載っている、髪の毛一本、一本まで描き込んだ見返り美人風の女性にも、目を見張りました。「新柳集」の鳥の装幀などは、一度でいいから手に取ってみたいと憧れます。

雪岱は、舞台美術の分野にも進出しました。歌舞伎界のトップ役者、中村歌右衛門、市川左團次の舞台美術を担当。六代目尾上菊五郎からは絶大な信用を受けて、昭和6年初演「一本刀土俵入り」の舞台が大当たりしてから今日に至るまで、この舞台美術は踏襲されているのだそうです。

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)


 

 

 

 

夜行急行「銀河」と聞いて、あ〜あの東京まで深夜に走る急行列車かと思い出される方も多いはず。京都を22時58分に出て東京へと向かうこの列車は、1949年から2008年までの約60年間、東京大阪間を走り抜きました。(一時は姫路まで行っていたみたいです。)

「銀河」のヘッドマークを付けてEF65系電気機関車に引っ張られて、人のいない京都駅を出る姿に哀愁のある列車でした。「特急・急行トレインマーク図鑑」(双葉社/古書500円)を捲っていて、若かった頃に乗ったことを思い出してしまいました。

この本は、北海道、東北、関東・甲信越、東海・北陸、関西、中国・四国、九州の各エリアで走っていた特急、急行のヘッドマークを集めてあります。鉄道ファン向けに出された中の一冊ですが、マニアではない人が読んでも、面白い。何よりも、マークの意匠デザインが秀逸で、旅心を掻立ててくれます。

その中でも特急「つばめ」は、日本のエース列車でした。1950年、戦後復興したばかりの東京大阪間を蒸気機関車が先導した「つばめ」に掲げてあった、躍動感のある宙を舞うつばめのデザインは、これからの明るい未来を目指す象徴的なマークにみえます。民営化前の国鉄時代を代表する列車であり、国鉄はこのマークを大事に扱ってきました。当時プロ野球球団、国鉄スワローズは、その後、ヤクルトスワローズになっても、ツバメを意味するスワローズはそのまま残しています。敗戦から復興、そして経済成長時代の真っ只中を過ごした世代にとっては、特急「つばめ」はきっと眩しい存在であったに違いありません。しかしその「つばめ」も1975年、山陽新幹線開通時に、引退を余儀なくされます。

この本をパラパラめくっていると、この列車乗ったなぁ〜、貧乏旅行だったなぁ〜とか、故郷へ戻る時に夜を越したなぁ〜とか、様々な思い出が浮かんでくるかもしれません。

個人的に、思い出のある列車は寝台特急「あかつき」です。京都長崎を結んでいた列車で、「明け方の長崎を目指して走る」ところから命名されたのでしょう。最後に乗った寝台特急でした。あの時、一緒に旅した彼らは、今どうしているのか…..

 

藤野千夜の「編集ども集まれ」(双葉社/古書700円)は、400ページを越す大長編小説ですが、面白い!こんな展開になるのか!おそれいりました。

1985年のこと。学生時代漫研にいた小笹一夫は漫画雑誌を発行している青雲社に入社します。「週刊大人漫画クラブ」編集部に配属され、電話番の仕事をやらされます。「巨人の星」の原作者梶原一騎から、クレームの電話を受け取ったりと、新入社員らしい失敗を重ねながら、編集の仕事へと携わっていきます。この小説、実名で多くの漫画家や作品が登場するので、80年代からの日本の漫画史を読んでいるようなものです。なつかしい漫画家や、作品名が登場します。

そして、もう1人の主人公。作家の笹子さんです。2015年、彼女はJ保町(神保町のことですね)を訪れます。この町には、彼女が22年間勤務していた青雲社がありました。が、個人的事情で解雇されてしまい、その後一度も立ち寄らなかった場所です。彼女にとって、苦々しい思いしか残っていない町を再び訪れたのは、自伝小説の取材のためでした。取材の途中で、かつて通ったカレー屋さんやら、古書店を巡るうちに、あの時代を思い出します。85年青雲社に入社の若者小笹一夫の物語と、かつては同社で漫画編集部員として過ごし、今は文学賞を幾つか受賞した女性作家の物語が交互に語られます。漫画王国日本を俯瞰的に描いた世界は圧倒的です。

この小説は、二人の成長を過去と現在から見つめるものなのだな、と思い込んで読み始めました。しかし、ちょうど小説の中程で物語は大転換していきます。実は小笹一夫は、「小さい頃には、大きくなったら女の人になると信じていたのです。今も寝言が思い切り女言葉らしいと。」と、幼い時から性別に違和感がありました。スカートをはき、「一夫」ではなく「笹子」として出勤し始めたのです。70年代のことだから、性を変えることに慣れている社会ではありません。でも、彼、いや彼女の周りの女性同僚たちは、「そうなんだ。そういう人もいるんだよね」と、それまで通りの付き合いをします。ところが、会社はそうはいきません。男性として入社したからには、男性の服装で出勤しなさいと強要してきます。それを突っぱねた笹子は、結局会社を解雇されこの街を去ります。これ、藤野千夜の実話です。

帯に木皿泉が「藤野さんの書くものは、つよくてやさしい。そうか、こんなことがあったからか。」と書いています。

この物語は、自分が自分でいる、あるいは生きてゆくことを守る闘いの記録だったのです。そして、主人公がそれを守れたのは、漫画を愛する仲間たちがいたからであり、何よりも、闘いのど真ん中にいた本人の漫画への深い愛が支えになっていたのです。女であることを告白したあたりから、漫画家の岡崎京子が頻繁に登場してきます。彼女も作家を支えた一人だったのでしょう。

藤野千夜怒濤の実録物語です。是非お読みください。

 

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。