おおば比呂司をご存知ですか?1921年札幌生まれの漫画家&デザイナーです。

幼少から絵画・イラストの才能を発揮。1942年、徴兵で陸軍航空隊入隊して、この時の体験が、後の飛行機デッサン創作に活かされる事となります。除隊後、東京で漫画家として活動を始め、新聞各紙にイラストを描き人気を得ます。京都の和菓子「おたべ」は発売以来、彼のイラストを使用しています。

独創的な飛行機デッサンを十分に発揮した、ちょっとレアな「私の航空博物館」(東京堂出版/古書2500円)を入荷しました。函には、懐かしい複葉機とアポロ月着陸船が一緒に描かれています。ブルーの表紙には、航空ファンなら大喜びそうな戦闘機のデザイン、表紙をめくるとデフォルメされた羽田飛行場のイラストが登場します。以前、この本を古本市で見かけた時、心惹かれて買おうと価格を見て、えっ!こんな高いの?と諦めたことがありました。

この本は彼のイラストを集めていますが、後書きで「飛行機はまさに言うところのフライング・マシンだがそれにまつわる人々もお話はまさに”人生の航跡”であった」と書かれている通り、飛行機にまつわる人々の話、自身の体験をエッセイ風にまとめあげてあります。

「帯広に飛んだ。東亜国内航空の111便は朝の七時十分、帯広に向かってテイクオフする。 お尻がフックラしたYS-11型機が、ロールスロイス・エンジンをキンキンうならせて上昇するときは、ちょっとスピード感があってうれしい。

しかし、空に浮くと、まさに浮いたカンジがするのは、このフックラとしたお尻のせいか……..とおもうのだが地上の流れがのんびりと見える。」

飛行機好きの少年が、ワクワクした気分で空旅を楽しんでいる様が見えてきます。私自身も、彼の飛行機デザインを小さい時から見続けて、飛行機、そして飛行場好きになりました。また、メカニックなデザインばかりでなく、羽田からアンカレッジに向かう時に出る機内食を事細かく描きこんでいるのも面白いです。どちらかといえば、ジェット機よりも、双発のプロペラ機に、作家の愛着や思いが満ち溢れていて楽しめます。

 

♫トーク&ライブ決定 7月13日(土)澤口たまみ(かたり)石澤由男(ベース)

今年1月、当店で行われた「宮沢賢治愛のうた」(澤口たまみ著)出版記念イベントのお二人のトーク&ライブが再決定。澤口たまみがさんが岩手のイントネーションで賢治作品を朗読。ベーシスト石澤由男が伴奏を添えます。     朗読作品は、岩手の自然を見つめ、野原や林からおはなしを貰ってきたという「鹿おどりのはじまり」他を予定。

●18時会場18時30分スタート (2000円)ご予約ください

 

 

 

 

 

山田英生編著「貧乏まんが」(古書/650円)は面白い企画本です。

「かつて誰もが貧乏だった時代から、『経済成長期』を経て貧乏が見えにくくなった時代、さらに、『バブル経済』崩壊以降の現在につながる格差社会まで、背景に貧乏(貧困)の諸相を織り込んだ作品を選び、戦後庶民の暮らしをうかびあがらせる意図」で編集されたコミックアンソロジーです。つげ義春、つげ忠男、水木しげる、赤塚不二夫、永島信二、谷岡ヤスジ等々17名の作品が並んでいます。

この最後に入っているのが、こうの史代の「長い道」です。貧乏ぐらしを続ける若いふたりを描いた作品で、なけなしのお金を持って銭湯に行った帰りの空の青さが目に染みる作品です。そして、注目したのは、鈴木良雄の「フルーツ宅急便」。ここに登場するのは、貧困の生活環境から、中卒で「非正規」雇用になってしまった若い男女の物語です。楽天的なばら色の未来なんて存在しないのですが、最後にわずかな希望を見せるところに味わいがあります。

 

山川直人の「ハモニカ文庫と詩の漫画」(中古/ 600円)山川直人は、ご存知のように「コーヒーもう一杯」シリーズ等で人気の漫画家です。ちょっとオールドファッションな世界が魅力的です。古びたコーヒーショップ、薄暗い古本屋、静かに音楽が流れる名曲喫茶などなど。山川は、20代後半の漫画家としてデビューしますが、売れ行きは芳しくありませんでした。代表作「「コーヒーもう一杯」の連載が始まったのは40代になってからでした。

萩原魚雷は「『ハモニカ文庫』の羽守町の物語はどこにでもありそうな、ちょっと懐かしい商店街を行き交う人たちの日常を淡々と描いている。主人公らしい主人公はいない。まちが主役の作品と行ってもいいかもしれない。コーヒーの旨い喫茶店、均一台にときどき掘り出し物がある古本屋、ハンバーガーショップ、コロッケが名物の精肉店、最近、あまり見かけなくなった模型屋……。」とこの物語世界を解説し、愛しました。ふと迷い込んだ街角の奥に、こんな古びた商店街がまだあるかもしれませんね。

★イベントのお知らせ

6月5日(水)より「世界ひとめぐり旅路録」展をされる小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)

 

 

昆虫学者であり、フランス文学者でもある奥本大三郎の随想集。タイトルは「織田作之助と蛍」(教育評論社/古書1650円)です。

「ここで織田作之助をまっ先に取り上げたことには特に理由があるわけではない。私が大阪生まれで、この作家のものを折に触れて読んでいる、そしてその作品のところどころに虫が出てくるのが嬉しい気がするというだけのことである。」

ということで、「夫婦善哉」で有名な織田作之助を巻頭で取り上げています。著者は大阪の南の方、和泉出身。織田の小説で語られている大阪弁は、天王寺あたりのものなのだが、そこに和泉の方言が混じり込んでいるので、懐かしさを感じるのだとか。ここでは、「アド・バルーン」という作品を取り上げ、「口調の良さはオダサクの命であり、あえて言えば西鶴譲りなのである。」と書いています。

昆虫学の専門家だけあって、随所にそのウンチクが登場します。明治生まれの詩人、横瀬夜雨の詩集「雪あかり」に入っている「べっ甲蜂」を取り上げ、この蜂が狩り蜂の仲間であり、彼らは他の虫を捕まえて、毒針で動けなくして、巣の中に貯蔵する習性を持っていることを解説して、

「蜂はその、動けない獲物に卵を産みつける。 やがて蜂の卵から幼虫が孵り、獲物の虫の体、つまり生きた新鮮な肉を、命に別状のない部分から順に食べて行く。そして、ついには獲物がほとんどカラッポになるぎりぎりまで相手を生かしたまま食いつくすのである。」と続けています。

まるで映画「エイリアン」に登場する化物みたいですが、これがべっ甲蜂の生存戦略なのですね。しかも、この蜂、他の虫が嫌がる大型のクモを襲うのです。自然界の営みは凄いです!と、こんなふうに自然の世界に行ったり来たりするところが、この本の面白さです。

この本の中で知ったことなのですが、ファーブルの「昆虫記」を日本で初めて翻訳したのは大杉栄なのです。ご存知の通り、アナーキストとして官憲から目をつけられて、関東大震災のどさくさの中で惨殺された大杉は、大正11年に「昆虫記」第1巻を翻訳していました。彼なき後、仲間たちの手によって、翻訳が続けられました。

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。


 

夏葉社の代表島田潤一郎さんが、「90年代の若者たち」(岬出版/1404円)を発行しました。

「一九九五年の冬に、日本大学商学部の文芸研究会というサークルに入部した。大学一年生で、まだ十九歳のころ。焦燥感と向上心があった。文学が好き、というひとたちから、なにかを学びたかった。」

という書き出しでわかる通り、これは島田さんの大学時代、そしてその後、やりたい事を見つけるまでの人生の彷徨です。読み終わって、これサリンジャーの世界だなと思いました。サリンジャーが描くのは、極端に言えば何をしていいのかわからない青年が、ブツブツ呟きながら、トボトボ歩く世界です。この本の中で、島田青年は未来のことが見えてこず、作家になりたいという思いだけが先行し、虚しい日々を送っています。

「ぼくが青春時代を送った90年代は、音楽の時代だった。もっといえば、CDの時代だった。アナログからデジタルに移行した時代。通信カラオケの普及によって、みながカラオケボックスへと通った時代。若者たちはみな、驚くぐらいにCDを買った。」

そんな時代、彼も浴びるほどの音楽漬けの生活を送ります。小沢健二、スピッツ、サニーディ・サービス等々、世代的に差がある私には縁遠いミュージシャンですが、「カラオケでよくうたったのは、小沢健二の『愛し愛されて生きるのさ』。それだけがただ僕らを、悩める時にも、未来の世界へ連れてゆく、と。九十五年も、九十六年も、九十七年も、九十八年も、大声でうたった。」という気持ちは、よくわかります。私だって、ジャズ喫茶にこもり、ロックイベントに通っていましたし。

島田青年は、就職活動に全敗しあてのない日々を送るのですが、音楽に常に支えられていました。九十年代を「ぼくにとって、重たい時代だったのである。バブルを知らないうちにバブルが弾け、楽しみに見ていたトレンディドラマの空気も、どんどん重たくなっていった。」と括っています。

1999年、彼は家を出て安アパートで一人暮らしを始めます。大量の本とCDを持ち込み、作家になるべく、ワープロに向かう日々が始まります。しかし、そう簡単に道は開きません。アルバイトに明け暮れる毎日、かけない文章、青春の出口でもがく日々が描かれます。早くに死に別れた友人への思い、仕事に価値を見出せない毎日、そして心を病んでいきました。

その後、彼が夏葉社を立ち上げるまでのことは、「あしたから出版社」(晶文社/古書950円)をお読みください。「90年代の若者たち」の最後の方で彼はこんなことを書いています。

「本というのは、人間に強さをもたらしたり、ポジティブな価値を与えるというより、人間の弱い部分を支え、暗部を抱擁するようなものだと思う。だから、ぼくたちは本が好きなのだし、本を信頼していたし、それを友だちのように思っていた。それは本だけでなく、音楽もそうだった。」

同感です。

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。

 

 

 

NYブロンクス動物園は、1899年の開園以来この業界で最先端を走り続け、それまでの動物園のイメージをガラリと変えたイノベーター的存在です。動物園は単なる動物を見る場所から、生態系の保存、生息地の保全に積極的に関与する存在になるという、最近の流れを作り出した動物園の一つでもあります。

ここで、展示グラフイック部門の第一線で業務に従事しているのが本田公夫さんです。彼の仕事を追いかけたのが「動物園から未来を変える(AKISHOBO/古書1600円)です。そして本田さんと共に園内を周り、来園者の心に訴えてゆく様々の仕事ぶりを記録していったのは川端裕人。サントリーミステリー大賞を獲得した「夏のロケット」などで、ご存知の方も多い小説家です。彼にはもう一つの顔があり、動物福祉の立場から動物にとって快適な環境を実現している動物園及び水族館を評価する「市民ZOOネットワーク」の、エンリッチメント大賞の審査員でもあります。だから、この本の進行役としてはぴったりです。

20世紀後半、環境問題や、生態系の維持の問題が社会問題になってくると、動物園もそこに加担しているという批判が出てきます。狭い檻に入れて、無自覚に餌を与えるだけの場所でいいのかという主張です。本田さんは大型類人猿についてこう語ります。

「成獣を捕獲しても動物園の環境には適応させられないので、コドモを捕まえるのが常套手段でした。そのためには、先ずは、母親を殺さなければなりませんし、ゴリラのように群れで暮らす種の場合は周囲のオトナも殺します。ひどい話です。」

動物園にいるゴリラの周りには、死屍累々たる仲間の死体があったのです。長い時間をかけて、見世物的展示から彼らの生きている世界を来園者に見せて、どういう環境下で生きているのかを、様々な手段や技術で伝えてゆくという風に変化してきました。本書では、展示デザイナーたちが苦心惨憺して、動物のリアルな姿を見せてゆく様が細かく描かれていきます。写真も沢山載っていますが、私はこの動物園のHPに入り、そこを見ながら読んでいきました。

珍しい生き物を観たいという欲望を満たすだけなら、見世物小屋でも構いません。しかし、現代の動物園は、社会的批判や要求に、高い水準で応える方向へと向かっています。1993年には、ブロンクス動物園の運営母体は、それまでの「ニューヨーク動物学協会」から「野生動物保全協会」へと名前を変えました。私たちは野生動物保護のために存在するというメッセージでした。

「動物園は、野生動物の世界とその保全活動へのゲートウェイ、門口であるというのがひとつの回答だ。」と、川端は書いています。そして、その門口の先にあるもの、つまり私たちと動物たちのより良い未来を創ろうというのが、本田さんの思いでもあり、おそらく積極的に飼育に関与している人たちの思いではないでしょうか。

GW中、動物園へお出かけの方も多いと思います。この本を読んだら、きっと印象が変わるはずです。

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

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東京新井薬師に、ホントにある「しょぼい喫茶店」の店主、池田達也が書いた「しょぼい喫茶店の本」(百万年書房/新刊1512円)は、起業して成功するための本ではありません。これからの働き方、生き方を考えてみるには最適の一冊です。

「僕は働きたくなかった。ただただ働きたくなかった。理由はよくわからない。」という出だしで本は始まります。なんと甘えたことを!とお怒りのサラリーマン諸氏、まぁまぁ、その気持ちはちょっと横に置いて、著者の思いを聞いてあげて下さい。

著者はアルバイトをしても長続きせず、就活では「会社で使える人間」をなんとか演じる努力したものの、全くダメ。社会人失格の烙印を押された気分で鬱々とした日々を過ごすことになり、挙句に自殺まで考えるようになります。それなりに人生の階段を上がってきて、初めて蹴つまずいた著者は、ここで一人の男性に出会います。”日本一有名なニートphaさんです。彼の著書「持たない幸福論」で出会った「自分の価値基準で幸せを決める」という言葉に心動かされます。

「嫌な人たちと嫌なことをしてお金をもらうよりも、好きな人と好きなことをしていたい。」大正解です。でも、普通のレールに乗って、会社に勤めていたら不可能です。そんな考えは甘えだと言う方が多いでしょう。しかし著者はここから、じゃあ自分の幸福は何か、どう生きていけばいいのかを必死で考えていきます。

ある日、twitterで”えらいてんちょう”という様々な事業を展開している人物に出会います。

「金がないことが貧困なのではなくて、金がないならないなりにやる、ということができないのが貧困。金を得る方法を知っているのが知性ではなく、金がなくても笑って過ごせるのが知性。」

名言ですね。会社員として遭遇する、不条理、我慢の対価として金を得て、それなりの生活を送るのではなく、自分の価値基準で幸せになる生き方を選び、それには自営業が最適と考え、店を持とうと思い、そこから、著者の人生は動き出します。物件を探し、お金を工面し、オープンへと向かいます。このあたりの描写も、よくある開店指南書とは大違いの面白さ。面白いキャラクターの人物が登場し、さながら青春小説です。

中々、上手くいかない状況に、諦め気分の著者に”えらいてんちょう”が言った言葉が、「いや、そんな真面目に考えなくてもどうにかなるっしょ!もっと適当で大丈夫」ってそんなことで、上手くいくか!

ところが人生どうにかなるんです。この本の後半はその記録です。もうダメだと思っていた著者は、店を軌道にのせ、なんと生涯の伴侶まで見つけてしまいます。拍手、拍手です。

嫌なことはしない。好きな事だけを仲間と一緒にやってゆく。金持ちになることを考えず、果てしない消費に突き進むことなく、微笑んで毎日生きてゆく。そんな若い人たちが沢山出てくれば、この社会も、ちっとはマシになるかもしれません。

★勝手ながら、4月22(月)23日(火)連休いたします。よろしくお願いします。なお、ゴールデンウィーク中は通常通り営業いたします。(店主)

 

 

イザベル・コイシェ監督「マイ・ブックショップ」は、本好き、本屋好き、書店業に従事している者ならば、観てほしい映画です。

舞台は1959年、イギリス東部の小さな海辺の町。戦争未亡人のフローレンスは、夫との夢だった書店をこの地に開くことを決意し、放置されていた古い家を買取り、店を開きます。しかし、地元の金持ちで、慈善団体活動をしているガマート夫人は、この場所に芸術センターを建てるとしていて、いい顔をしない。本屋作りに走り出すフローレンスと、それを阻止しようとするガマート夫人の画策。

古い家に、書架が入り、本が並んで、本屋に命が吹き込まれてゆく様子が描かれていきます。そして、小学校に通うクリスティーンのお手伝いでオープンします。この少女がまた、読書が嫌いで、算数と地理が好きな不思議な子なのですが、ラストでとても重要な役柄になりますので、注意して観てくださいね。

町には、古い邸宅に引きこもる読書好きの孤独な老人ブランディッシュがいます。彼の佇まい、ファッション、気骨は、初老に入ろうとする者にとってお手本なので、御同輩の皆様、ここもしっかりとご覧いただきたいのですが、彼は、早速面白そうな本を送ってくれと注文を出します。フローレンスが選んだのがユニーク。レイ・ブラッドベリのSFの古典「華氏451度」でした。ブランディッシュは、この作家が気に入り、次から次へと読破していきます。書店員として、これほどの幸せはありません。さらに彼女は、悩んだ末に、当時スキャンダルな内容で話題になっていたナバコフの「ロリータ」を、これは売るべき本だと250冊仕入れて、店頭にズラリと並べます。私は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。いや、こんな決断なかなか出来ませんよ。売りたい本を、覚悟して売るという本屋の原点です。

 

順調に見えた書店経営も、イケズなガマート夫人の、巧妙な政治的画策で廃業に追い込まれていきます。この作品、ラストのラストに至るまで、大げさな描写を一切廃して、書店と町の住人を見つめていきます。だから、追い出される場面も極めて静かです。荷物をまとめて船に乗った彼女を見送るのは、クリスティーンのみ。読書嫌いの彼女の腕には、フローレンスがこれだけは読んでね、と渡したリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が抱かれています。あなたの本への想いは受け取ったというクリスティーンの瞳を見るだけで、泣けます。

映画の公式サイトのコメント欄を見ていると、川本三郎や上野千鶴子らの著名人に混じって、書店員、店主のコメントが載っていました。HMVBooksの店長を務める花田菜々子さんが「ラスト最高、私が彼女でもそうする。書店員の執念は凄まじいのだ。なめてかからない方がいい」と。「書店員の執念」という言葉は、どうかなとは思いますが、気持ちはよくわかります。旧態依然とした業界の疲弊、未来の見えない新刊書店の現状で仕事をする書店員に、クリスティーンの瞳が気合を入れたのかもしれません。

しかし、映画はここで終わりではないのです。ここから、後は劇場で。本を、本屋を愛している貴方なら、溢れ出る涙に遭遇することになります。名作です。

世界を変える美しい本」(売切)、「フェルメール」(2160円)、「はじめまして、ルート・ブリュック」(2160円)などアート系の良質の本を出しているブルーシープが、新刊を出しました。なんと、スヌーピーです。正式のタイトルは「スヌーピーミュージアム展図録」(3024円)。

これは、2016年から18年まで期間限定でオープンしたスヌーピーミュージアムで、5回にわたって開催された企画展を凝縮した一冊と、「THE BEST OF PEANUTS」と題されたスヌーピーコミックのベストを二冊組みにしたものです。世界一有名なビーグル犬スヌーピーは、50年も連載を続けていました。

スヌーピーにたいして興味のない私でも、この図録は、思わず読んでしまいました。コミックはもちろん、グッズ、本、ペナント、おもちゃなどあらゆるものが集められています。登場人物の詳細な紹介に、かなりのページを使っていて、著者はここまで描き分けていたのかと、驚きました。最後に作者チャールズ・ M・シュルツの未亡人ジーン・シュルツ(シュルツ美術館理事長)と、日本で翻訳を担当してきた谷川俊太郎の対談まで用意されています。その中で、谷川が、スヌーピーのコミックについて「まずは品がいい。露骨な笑いではないのです。」と語り、そのユーモアのセンスは井伏鱒二に通じるものがあると話しています。資料としても価値があります。

さて、独特の文章と、モノクローム線画でユニークな作品を発表してきたエドワード・ゴーリー。柴田元幸によって数多くの作品が翻訳されて日本でも人気の作家になり、2016年には大規模な巡回展がありました。そのゴーリーの「ぼくたちが越してきた日から そいつはそこにいた』(河出書房新社/古書1150円)は、従来のゴーリーのイメージと違い、モノクロームではなくカラーです。

とある一家が、新居に引っ越してきた時、庭に大きな犬がいたのです、そのセントバーナードみたいなムク犬は、家族が近づこうが、雨が降ろうが、ただ黙ってそこにいるだけなのです。柴田曰く「はじめから終わりまで名前さえない そもそもこの犬の正しい名前は何なのか?が物語のテーマなのだ」

「ゴーリー自身、ほろっと泣かせるような物語なんて間違っても書かない」という柴田の指摘通り、子供と犬の涙の感動物語ではありません。しかし、ゴーリーと組んだことのある作者ローダ・レヴィーンの、じっと止まる大きな犬と、それに名前をつけようとする少年の物語は、少しだけ感傷的な味わいがあり、ゴーリーの中では珍しいと思います。

「いつかはきっと、正しい名前が見つかるとぼくは思う。ぼくはいまもしっかり取り組んでいる。犬は待っている。ぼくは考えている。ぼくたちはどちらも、がんばっている。」という少年のセリフで物語は幕を閉じます。二人、いや一人と一匹に、頑張れと声をかけたくなるラスト。ゴーリーファン必読です!

 

2011年3月11日の震災をめぐる、ある日の記憶を絵本作家達が絵と言葉で振り返った「あの日からの在る日の絵とことば」(創元社1836円)は、ぜひ持っていて欲しい一冊です。あの大震災から、すでに8年。「もうすべてコントールされている」などと発言をした総理大臣は論外としても、私たちの記憶からあの震災のショックは薄れつつあります。

この本を編集したのは、いつも素敵な企画展をされているギャラリー&ブック「nowaki」の筒井大介さんです。彼は、編集者としてこう書いています。

「この本は三十二の絵本作家による、ごくごく個人的なエピソードの集積で出来ている。それは一見あなたには関係ない、もしかしたら些細に思える、あの日にまつわる、在る日の物語。 しかし、読み進めるうちに、いつしか自分を重ねる瞬間がやってくるかも知れない。自分の物語を誰かに聞いて欲しい。近しい誰かの物語を知りたい。他の誰かの抱えているものを、気持ちを、共有する事はきっと出来ない。それでも、みんなあの日から同じ地続きの日々を生きている。何かを乗り越えたりせず、ただただ抱えて生きていく。」

荒井良二、ささめやゆき、スズキコージ、原マスミ、町田尚子、ミロコマチコ、坂本千秋等々、第一線で活躍する作家たちが、あの日の、あの時を語ります。それは個人的な体験かもしれませんし、震災を直裁的に描いたものでもありません。けれども、この本に参加した作家たちは、あの日を抱えて、明らかにそれ以前とは違う今日を生きてきているのです。

私も繰り返し読んだ「希望の牧場」の、作画を担当した吉田尚令は、2013年にこの本を出した時の思いを伝えています。「希望の牧場」は、福島の原発事故で大打撃をこうむった牧場主の絶望と希望を描いた絵本で、高い放射線量の浪江町へ取材に行きました。

「2013年、森さん(注:原作者の森絵都)や僕らは牧場や牛飼いの核にある強さのなかに希望を見たように思う。それを絵本に記録しようと試みた。いずれその強さが消え去り、様変わりするのかもしれない。だけど2013年には確かにあったと信じている。それを絵本のなかに記録しようとしたんだ。こんな強さがあったのだと。」

作家たちの思いに寄り添いながら、それぞれにあの日を忘れずに生きていきたいものです。バカ高い東京オリンピックのチケット買うぐらいなら、この本をバンバン買って、お友達や知人にプレゼントしていただきたいと思います。自戒をこめて、私もこの本を側に置きます。

nowaki」さんでは、3月16日から4月1日まで、この本の原画展も開催されます。ぜひ、見に行ってください。

 

 

ご近所のギャラリー&BOOKSのお店「nowaki」さんに、DMを持って行った時のこと。ちょうど「nowaki」さんで開催されていた個展を観た瞬間、うわぁ〜、お腹の減る作品ばかり!と驚いたことがありました。

美味しそうなうどんが描かれた作品がズラリ並んでいたのです。絵を描かれたのはマメイケダさんで、このうどんの考案者が一井伸行さん。その時、ギャラリーにおられたので、ご挨拶させていただきました。

昨日、大阪のミニプレス出版社BOOKLOREから「ノブうどん帖」(1728円)という本が送られてきました。著者は一井伸行さん、絵はもちろんマメイケダさんです。

一井伸行さんは、「私はごく普通のサラリーマン家庭に生まれましたが、ある日突然うどんを打ち、出汁をとることになりました。今ではいろんなところで、うどん出汁のワークショップを開催しています。」と言う方で、プロの料理人ではありません。

著者自身もユニークですが、そのお父さんがまた格別に面白い。40年程前、お父さんは唐突に会社を辞め手打ちうどん屋を始めました。最初は閑古鳥が鳴いていたのですが、当時珍しかった手打ちうどんの美味しさが評判になり、大繁盛して支店を出すまでになりました。軌道に乗ったと思った途端、今度はアメリカ村でパスタやる!と言い出して、パスタ屋にさっさと転身してしまいます。ここで終わるかと思いきや、これからは農業や!と、10年以上続いたパスタ屋を閉じて、さっと長野県白馬村に移住してしまいました。著者も「すごい親父」と語っています。

そんな父の店で作ったうどんの出汁の味が忘れられず、多くの人に知ってもらいたくて、ワークショップを続けておられるのだそうです。この本には、著者のエッセンスが凝縮されています。すぐに役立つものばかりです。第一章はお父さんの話を中心にしたエッセイで、第二章はお出汁のレシピ。そして第三章が、友人たちのイメージに合わせて考えたうどんです。

「私が思い描くその人の印象を紙に書き出して、それを味や香りや食べ心地に置き換えて組み立てる。思いつきは良くても、食べておいしいと言うところに辿り着くまでには、なかなか仕上がりません。何度も試作を重ね、おいしく出来上がったらその人を訪ねて、一緒に食べる」という遊びを続けてきました。そんなうどんのレシピが溜まってきたので、マメイケダさんが絵にしました。名付けて「うどんスケッチ集」です。全て一井さんの友人知人のイメージに合わせたうどんが、たくさん描かれています。nowakiの店主、菊池美奈さんも登場。「ごまつゆ肉みそ」が、彼女のイメージとか。実に美味そうな面白い一冊です。