伊坂幸太郎の「a night  ホワイトラビット」(新潮社1000円)は、驚く程面白い小説でした。内容というより、その語り口と小説の構成が飛び抜けて上手い!伊坂は元々好きな作家なので、ちょいちょい新作を読んでいるのですが、これはとびきり面白い。

ある家の家族を人質にした立てこもり事件が発生。現場に向かう警察のスペシャルチーム。フツーのサスペンス小説なら、ここから犯人側と警察の息詰るやり取りを重ね合わせてエンディングへ持ってゆくのでしょうが、伊坂はそんなルーティンな作りはしません。本の帯に「展開が思わぬ方向へ飛び跳ねる可能性があります。足下を照らす懐中電灯をお忘れなく」と書かれていますが、もう飛び跳ねまくりです。

サスペンスが盛り上がりそうになると、では読者のみなさんには、少し前に某のその日の行動を見ていただこうと現場から連れ出します。え?事件は???などお構いなしに四方八方へと広がっていきます。昨今の映画によくあるリワインドムービー(一気に現在から過去へ戻り、また現在に戻る)手法や、多くの人物をバラバラと投げ出し、それぞれのエピソードをつなぎながら、大きな物語を作ってゆく方法、あるいはC・イーストウッド監督作品「ジャージー・ボーイズ」で、急に登場人物が画面の観客に向かって語り出すといった演出などが、巧みに取り入れてあります。

しかし、その拡散する話がバラバラになることなく、読者を離さず、しっかりラストまで連れてゆく技は、さすがです。ユーモア、ドタバタギャグのセンスも豊かで、この小説でも方々で笑わせてくれます。一番くすぐられるのは、登場人物の大半が、なぜか「レ・ミゼラブル」を読んでいて、その蘊蓄が語られたり、オリオン座の雑学的知識が小説の小技として使用されたりする部分です。大体、タイトルの「a night  ホワイトラビット」は、海外ならルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」、日本なら「因幡の白兎」を連想させるもので、後者はチラッと登場してきます。本好きをクスリとさせる辺りも用意周到です。

私はこの本と、谷崎潤一郎の紀行エッセイ「吉野葛」、能楽師の安田登「あわいの力」、池澤夏樹「文学全集を編む」、吉田篤弘「京都で考えた」を同時進行で読むという、てんでばらばら、支離滅裂な読書時間を過ごしていましたが、それぞれの語り口を大いに楽しみました。古典も当代人気作家も、分け隔てなく読むのが最も楽しいと確信しています。

なお、読書中の「吉野葛」他も、順次ブログでご紹介していきますのでおつき合い下さい。

 

 

 

 

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。数名で満席ですのでお早めに(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

オオカミへのイメージって、決して良いものではないみたいですね。生まれて最初に接するのは、かの有名な童話「赤ずきんちゃん」に登場する、ずる賢い残忍なオオカミでしょう。幼少の時にこれをインプリントされたら、オオカミへの印象は悪くなります。

ジム&ジェイミー・ダッチャー夫妻の「オオカミたちの隠された生活」(エクスナレッジ)を読むと、彼らの本当の姿を、文章と魅力的な写真でみることできます。夫妻は、数年間にわたり、米国アイダホ州ソートゥーズ山脈で、オオカミの群れに囲まれた生活を送り、彼らの社会生活を記録しました。2005年には「リビング・ウィズ・ウルブス」というNPOを立ち上げ、保護活動や人々との共生を模索する活動を始めました。

 

このNPOの名誉理事になっているのが、俳優、監督そしてサンダンス映画祭プロデューサーのロバート・レッドフォードで、この本にも序文を寄せています。西部開拓が始まる以前は、彼らは他の動物たちと平和に暮らしていました。しかし、開拓が始まると、家畜を殺すという妄想に取り憑かれた人間は、徹底的な殺戮を始め、生態系のトップの座を奪い取りました。レッドフォードは、オオカミと同じ遺伝子を共有する犬が、ペットとして人間社会で贅沢な特権を得たのに、「とらばさみや、くくりなわ(どちらも苦痛を与えるワナ)に捉えられて拷問のような苦しみを味わい、子どもたちもろとも銃で撃たれ」ている状況を非難し、今日でさえ、有権者に媚を売る州政府に対し「彼らは真剣に問題を考えている野生生物研究者の助言を無視し、これからもオオカミを殺し続けることを可能にする令状を出し続けている。」と現状を憂いています。

本書は、悪者のレッテルを貼付けられたオオカミが、強い社会的絆を持ち、家族というグループの中で、子育てを行い、仲間を守ってゆく動物であり、知性ある存在であることを解説していきます。先ずは、夫妻が撮った写真をご覧下さい。オオカミの写真集と言ってもいい程に、魅力的な姿を見ることができます。

荒々しい大自然の中で生き抜く彼らの表情、体の動きに、時に獰猛さを、時に内なる心の思いに深さに、オオカミとしての尊厳を感じます。力強さ、優しさ、淋しさ、そして喜び等々、私たち人間が持っている感情を彼らも持っていることを知ることになります。

 

アメリカ先住民のことわざ「オオカミの目を見つめることは、あなた自身の魂を見つめることである」が載っているページの側に、こちらを見つめるオオカミの写真があります。深い憂いを湛えたその視線から、あなたはきちんと世界を見ている?という問いかけを感じます。

吉田篤弘の新刊「京都で考えた」が、ご当地京都先行販売(ミシマ社/初回サイン&ポストカード付き1620円)で入荷しました。

「京都は百万遍にあるほの暗い喫茶店で、角砂糖付きの珈琲を飲みながら、買ったばかりの本のページをめくっている。」なんて出だしを読むと、これは著者好みの本とカフェをめぐる本かいな、と思ってしまって読み続けると痛い目に合います。難しい言葉を駆使した読みにくい文章では全くありませんが、著者が「京都で考えた本」という存在について引っぱり回されます。

先ず、著者の文体と思考法に、同調してください。そうしないとこの本の奥深い楽しみがわかりません。私は、

「本というのは、われわれが身を置いている日常の空間をところどころ押しのけるようにしている方がいい。疎ましくて結構。厚みや重みがあってこそである。いわば、その重さを買っているのである。」

という本の定義めいたことを述べているあたりでシンクロナイズに成功。後は著者の脳内思考の流れにのって、あっという間に読み終わりました。本を読むとはどういうことなのか、とぶつぶつ言いながら、碁盤の目のように続く京都の町中を一緒に彷徨い歩くような本とでも言えばいいのでしょうか。

「生活空間を圧する物理的な重さや大きさが、手の甲に書くべき『忘れてはいけない』ことをアラームのように教えてくれるのだ。人の記憶などというものは、自分の容量に加えて、友人、知人の脳まで駆使しても、結局『忘却』の力には抗えない。しかし、本は忘れない。」

本棚の奥から出て来た時、その昔の記憶がふぁっと甦ることってありますよね。私たちが忘れてしまったことも、本は覚えているのかもしれません。

著者は本屋をこんなステキな文章で表現しています。

「『木の葉を隠すなら森の中に隠せ』と云うが、言葉が隠されている森が書店であり、それも物語の入り口になるような言葉が至るところに隠されているのだ。」

そうすると、さしずめ書架は森の木になるのか。木で出来た書架に置かれた本が、居心地良くしているのはそういうことだったのかと、思わず店の節のある木で作ってもらった書架を振り返ってしまいました。

 

 

先日、アメリカンフットボールの選手達が、トランプ大統領の黒人差別主義的態度に抗議して国家斉唱をボイコット。それに対して、単細胞のトランプが、非国民呼ばわりするという新聞記事を見ました。アメリカにいた時、このスポーツの魅力に取り憑かれて、地元「サンフランシスコ49ズ」の応援に出かけたものでした。フットボールで敵陣地に突っ込む選手たちの大半は黒人です。トップスピードでディフェンスラインを突破する彼らはもう最高でした。しかし、この競技に熱狂しているのは大半が白人です。今回の抗議にも、会場からブーイングや、罵倒する声が飛び交ったとの事です。アメリカの音楽、映画、小説で青春時代を過ごし、わざわざ現地の空気を吸いにいった身にとって悲しい記事でした。

何ごとにも幼稚な国家になってしまったアメリカですが、実は音楽業界でも、レコードジャケットを巡っても熾烈な戦いがありました。

ジャズの帝王マイルス・ディビスは、1957年「マイルスアヘッド」を完成させます。そのアルバムジャケットには、彼の意図に反し黒人を使用せずに、ヨットの上で寛ぐ優雅な白人女性が使用されました。ここから、彼のレコード会社との戦いが始まります。

そして、61年名作「サムディ・マイ・プリンス・ウィル・カム」(CD1050円)で黒人を起用することができました。こちらを見つめる女性の姿にマイルスの、ついにやったぜ!という気持ちがこもっています。65年「ESP」を経て、67年「ソーサラー」では、ぐっと前を見つめる女性の横顔をジャケにしました。

“Black is Beautiful”を象徴するジャケットでした。

話は変わりますが、店の棚に「人間だって空を飛べる アメリカ黒人民話集」(福音館900円)があります。この本は、アメリカの黒人民話を、バージニア・ハミルトンという文学者が語り直したものを集めています。たいていの民族が持っている民話同様に、動物、魔法使い、お化けなどが登場しますが、他民族のものとはっきり違うのは、白人の奴隷として酷使されてきた人々の間で語り継がれてきたものだということす。迫害された民族の悲しみが漂っていますけれども、その半面ユーモアもあり、陽気な話が見受けられます。翻訳した金関寿夫は、この本からジャズを連想したとして、こう書いています。

「ジャズの持つ楽しい、軽快なリズムの底には、いつもあの黒人ブルースの、悲しいむせび泣きの声が、はっきり聞き取れるのです。」

マイルス・ディビスは、そんな感傷的な気分なんか捨て去り、常に新しい音楽を模索していました。黒人であることなんかどうでもいい、オレはマイルスだ!という姿が生涯カッコ良かった。

トランプ大統領は、抗議した選手をつまみ出せ!と怒鳴ったみたいですが、くそ野郎はお前だ!と、マイルスなら言うでしょう。

 

 

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です

毎日、本を中心に、映画、音楽等の紹介を書いているのですが、たまに美術展に出かけた時は、その印象をブログに残すようにしています。しかし、絵画の解説ってホントに難しい。風景が美しい、人物の描写が素晴らしい、みたいな恥ずかしい文章になりがちです。

先日入荷した江國香織の「日のあたる白い壁」(白泉社/絶版500円)は、こうやって絵画の解説をすれば、わかりやすく、しかも書き手の心情を伝えることができるのだなぁ〜と感心しました。好きな画家の一枚に、著者が魅かれていったワケを書いているのですが、なる程と納得します。絵画自体の説明やら、画家の歴史的背景を極力抑えているスタイルがよろしい。著者とその絵の間の個人的な物語に引込まれて、その作品を見に出かけたくなったりします。

ゴーギャンの「オレンジのある静物」の出だしは「こんなにおいしそうなオレンジの絵はみたことない。」と作品が急に身近になるようだし、カリエールの「想い」ではゴダールの映画「気違いピエロ」のある台詞から始まります。東郷青児は、自由が丘のモンブランというケーキ屋さんの包み紙に描かれた女性の話から始まって、

「そこに描かれているのは、この世のものではないような女のひとだった。かといって人形のようではなく、外国人のようでもなかった。ひどく華奢なのに、一方でどこかが奇妙に肉感的なのだ。年齢もあやしく、おねえさん、というには匂やかな色気があって洗練されすぎていたし、中年の婦人、というには美しすぎるようにおもえた。小鳥みたいな女だ。」とあざやかに描きだします。

江國の作品への深い愛情が飛び出したのが、小倉遊亀の「家族達」です。

「みて!私が描いたわけでもないのに、私はこの絵について、そう言いたくなってしまう。みて! こんなにすこやかで堂々として、みずみずしく、生命力に溢れた絵を、日本の女性が描いたの、と。」

たっぷりした存在感に溢れた作品で、シンプルであり大胆なタッチが際立っています。この解説の終わりに、江國は小倉と同時代に活躍していたジョージア・オキーフのことを引合いにだして、

「ちょうど同じ時代に、日本とアメリカで絵を描いていた二人の女性。二人共、かっこいいと思う。」と結んでいます。

どこから読んでも、絵画を見るワクワク感をぐっと上げてくれる一冊です。

 

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。


 

愛媛県松山市にある伊丹十三記念館が、文庫サイズのガイドブックを出していました。題して「伊丹十三記念館ガイドブック」(1000円)。多方面で才能を発揮した伊丹の痕跡を、商業デザイナー、俳優、エッセイスト、イラストレーター、精神分析啓蒙家、CM作家、映画監督と、活躍したフィールド別に、さらに料理通、乗物マニア、猫好きという趣味の世界からも紹介していきます。

60年代、映画出演のため滞在していた、ヨーロッパでの日々を綴ったエッセイが、山口瞳編集の雑誌「洋酒天国」に「ヨーロッパ退屈日記」として掲載されました。今なら、「ですよね」とか「なのだ」といった、話しかけてくるような言葉の使い方はフツーですが、当時は極めて珍しいものでした。こういう文体を開拓していったのが、伊丹でした。

ここでは取り上げられていませんが、翻訳家としての伊丹もわすれてはいけません。W・サローヤンの「パパ・ユア・クレージー」は、今もよく読まれていますし、マイク・マクレディ「主夫と生活」(KTC出版)といったエッセイも翻訳しています。これは、仕事を辞めて主夫になった著者が、育児や家事に奮闘した1年間を記録した実録ものです。伊丹の翻訳しそうな一冊です。

このガイドブックで貴重なのは、CM作家として活躍していた時代の作品が取り上げられていることです。CMの画像と解説が一緒になっていて、彼の才気ぶりが伺えます。担当していた「マヨネーズ」CMで「スーパーにおける味の素マヨネーズの正しい買い方」の絵コンテとナレーションが収録されていて、これを見ていると、後年、細部まで拘り続けた映像作家としての伊丹を彷彿とさせます。

愛猫家としての伊丹も取り上げていますが、伊丹自身による猫のイラストが何点か描かれています。絵が上手いのは有名ですが、それにしても上手い!猫好きはぜひ見て下さい。

さすがに記念館が制作しただけあって、父伊丹万作と共に移っている赤ん坊の時の写真とか、小学校時代に作った日記、細かく描いた植物のスケッチ、デザイナー時代の車内吊りポスターの図録まで多方面に渡って集められています。この本片手に記念館に出向きたいものです。

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。

 

漫画界の巨人手塚治虫と言えば、「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」等々、子供たちのために明るく輝かしい未来を描きだした作家としての印象が強いです。しかしコミック好きにはよく知られているように、彼には、人間の暗部の底の底まで描ききった、いわば「黒手塚」の作品が存在します。その中でも、ここまで人間を追い詰めるのかと唸ったのが、傑作「ムウ/MW」(全2巻1000円)です。

とある小さな島で、不良グループの人質になった歌舞伎役者の息子、結城美知夫。大金をせしめようとした矢先、その島に隠されていた某国の毒ガスが漏れてしまい、美知夫とグループの一人を覗いて島の住民もすべて死んでしまいます。その後、グループの一員だった賀来は、自分の罪を改め神父の道を歩みます。一方、美知夫はエリート銀行マンとして、着々と出世街道を登っていきます。

実は二人は同性愛の関係にあり、賀来はその事に苦しめられます。しかし、美知夫に出会うと体を許してしまいます。手塚はこの二人の抱き合う所も描写していきます。その美知夫も恐ろしい野望があり、そのためならば殺人、レイプも平気で行っていきます。阻止しようとする賀来も、美知夫に逆らいきれず、地獄の底まで付き合わざるを得なくなっていきます

この本が発表されたのが1989年。同性愛への理解もまだまだなかった時代に、手塚はこの二人の性と生を中心にスケールの大きな物語を作り出しました。あえて、人間の底なしの地獄へと踏み込んだのです。物語の後半は、島に貯蔵されていた毒ガスをめぐる、松本清張ばりの社会派サスペンスへとなだれ込むのですが、物語の大きさ、起伏の巧みさなど、やはり手塚ならではの描写です。

そして、ぞっとするラストが待ち受けています。おそらく従来の手塚作品にはない、人間への不信に満ちた幕切れです。美知夫と愛犬の獣姦っぽいシーンまで入れたこの作品は、目を背けたくなる場面もあるのですが、それでもどんどん読みたくなるのは、作家の力量ですね。

“黒”い作品の代表格「奇子AYAKO」(全2巻1000円)も入荷しています。ぜひもう一つの手塚作品をお楽しみ下さい。

 

 

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。

 

 

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最近TVのCMで気になるのは、やたらと部屋の、或は衣服の匂い消し商品のCMが増えていることです。最低限のエチケットは必要ですが、匂いを徹底的に敵視して、完璧に消そうとする意図があります。そんなに、科学薬品を部屋に充満させて大丈夫かと思いたくなります。「抗菌グッズ」もそう。人間は様々な菌と共生しているのに?と疑問でした。

匂い消しや抗菌機能をさらに、さらに高めるのに日々邁進しているみたいです。それは、一商品に留まらず、すべての生産活動に当てはまります。

山口ミルコは「似合わない服」(ミシマ社1620円)で、こう述べています。

「私たちは速く生産し、速くお金に換えることをしばしば周囲から求められる。誰が私たちを急がせているのだろう?社長や上司といった誰ではないはずだ。もっと大きなもの。目にみえない、大きな何か」と。

著者の山口は、20数年間出版社勤務を続け、様々な本を出版してきました。癌を発病し、苦しい長い闘病生活を経験し、癌の告知と前後して、会社を辞めて文筆活動を始めました。

彼女は癌になった感覚をこんな風に書いています。

「一心不乱に、勝手な編み物がすすめられている。何者かによって。ものすごい速さで。私の意志はそっちのけで。そして異常な細胞が美しい編目で編まれて『どう?とてもステキでしょう』と誇らげにヒトの体にまとわりつく」

この本は、よくある癌闘病記ではありません。病になって、世の中の大きな流れから一歩身を引いた時、見えてきた事をざっくばらんに語った本です。生態系も、人間関係も、ぶっ壊しながら猛進する資本主義というものは、人類全体にとっての似合わない服なんじゃないか?著者は癌という病を得て、「Change」が一番大切だと気づきます。自分が変われば、世界は変わると。

「病むということは、その人にとって何かが間違っているというシグナルなのである」と著者は言います。ならば、病んだ社会というのは、何かが間違っているというシグナルという事です。

アウトドアカルチャー「パタゴニア」創始者、イヴォン・シュイナードは映画「180°SOUTH」(DVD2500円)で「世界中のほとんどの問題は方向転換すれば解決する。欠陥のあるシステムを維持する必要はない」と語っています。

間違っているならば、方向転換すればいいだけの話なんですが……..。

 

絵本作家、酒井駒子の絵と散文が楽しめる「森のノート」(筑摩書房1800円)が入荷しました。元々、筑摩書房が発行している小誌「ちくま」に2014年から2年間連載していた「引き出しの森」に加筆したものです。

「ちくま」は書店店頭で無料配布しているものですが、発行部数が少ないのかあまり見かけることはありませんでした。どうしても欲しかったので版元に連絡して2年間分送ってもらいました。今でも、書架から出しては、少しづつ読んで、眺めています。

淡いタッチで、少年少女の孤独な心の奥まで見せてしまうような彼女の画風は、今更説明する必要はないと思います。作品に付随している短い文章に注目です。

「演習か何かだろうと思う。飛んでくる軍用機をあんなに近くで見るのは初めてだった。カラマツの森とカーキ色の機体とのコントラストが不穏で何度も頭の中で思いだす。機体にはフロント以外、窓が一切無かった。ぬるんとした生き物みたいだった。」

軍用機の不気味さを「ぬるんとした生き物」として、殺戮の恐怖を表現しています。で、この文に描かれている絵は、白いワンピースを着た少女が、小さな鳥と戯れている様を描いた作品です。もしも、この軍用機が爆弾を落として、少女を吹き飛ばしてしまうことを想像すると、ぞっとしてきます。

絵が単に文章の挿絵になっていないところも、この本の面白いところです。例えば、バレーのコスチュームを纏った少女が、仔グマと踊っている作品の後に続く文章は、「道の途中」というタイトルで、郊外の古い建物に入った時の印象と、散歩途中の橋で見つけた小さな子ども用手袋のエッセイ。「小さなミトン。欲しいような気がしたが、通りすぎる。子狐の、細い棒のような手に、はめてみたい」と、クマさんの手を取って踊る少女の切なさがシンクロしているように感じました。上手い本作りですね。

酒井は、多くの本の表紙の絵を描いていますが、岩瀬成子の「マルの背中」(講談社1200円)の表紙絵も素敵です。母親と二人暮らしの少女が、ある日”幸運の猫”を貰いうけます。真白な猫とそれを見つめる少女を描いています。大人が考える以上に、過酷な世界で生きている子どもの世界を象徴的に描き出した作品ですが、個人的にはここに登場する駄菓子屋のおっちゃんを描いて欲しかったです。

 

 

 

 

 

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真右・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

 

 

作家というのは、こんな思考をするのかと感心した一節。

「あたまを雲の上にだし」で始まる「富士の山」の後半の歌詞「四方の山を見下ろして」に違和感を持ち、

「富士山は、別に他の山を見下ろしているわけではない、ただそこにあるだけだろう、と思えてならなかったのです。そんなふうな擬人化は、富士山の無理やりな矮小化に思え、山を、自然を冒涜しているように感じていたのでした。」

と、語るのは、当店でも人気作家の梨木香歩です。師岡カリーマ・エルサムニーという文筆家と彼女の往復書簡集「私たちの星で」(岩波書店1100円)に登場します。師岡は、日本人の父とエジプト人の母の間に生まれたイスラム系日本人です。彼女が世界で感じたイスラムのことに、梨木が対応するスタイルの書簡集です。

二人は世界情勢やら、人種差別のことを語っているのではなく、日常の些細な事、日々の暮らしの中から浮き上がってきた事などを、ぜひ聴いてくださいみたいな、嬉しそうな感覚で話し合います。もちろん、妙なナショナリズムが徘徊する、今のこの国へは厳しい視線をお持ちですが、肩は全く凝りません。

書簡を読みながら、梨木が異文化に対する態度を書いていた「春になったら苺を摘みに」にあった文章「理解はできないが受け入れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ」を思いだしました。

この書簡の中でも、「違う文化を拒絶せず黙って受け入れた経験を、たくさん持てば持つほど、ひとの『寛容』はどんどん鍛え抜かれていき、そのことがきっと、私たちを『同じ』家族にする、という観測は、あまりにもナイーブな楽観主義でしょうか」と書いています。

20通の書簡を読んで、多くの異なった文化で構成されている世界を見る目に柔軟さが増せばいいと思いました。

さて、件の「富士の山」をどうせ、擬人化するなら、こうだと変えてきました。

「あたまを雲の 上に出し 四方の山を 見守りて かみなりさまは 下で鳴る 富士は日本晴れの山」

彼女、大声でこれを歌っていたみたいです。なるほど、こっちの方がスケール大きいですね。

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真右・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします)