兵庫県出身のイラストレーター&画家の下田昌克に初めて接したのは、雑誌「Coyote」最新号(スイッチパブリッシング700円)でした。特集は「アフリカの南」で、この中に彼のアフリカ滞在日記「SOUTHER   AFRICAN DIARY」が載っています。

「アフリカのずーつと下 雲のない空 波のない川」と書かれた最初のページのアフリカ象のイラストに目を奪われました。大草原を行く象が、子供の絵のような無邪気さで描かれています。ページを捲ってゆくと、彼がジンバブエ、ボツワナで出会った人達のスケッチに出会います。これが、いいんですね。やわらかいクレパスのタッチで、アフリカらしい眩しさと、おだやかで滋味深い表情で描かれた人たち。中でも、丸太を削ってカヌーを作っている男性のポートレイトが好きです。

「WILDLIFE野生動物の教え」では、アフリカの動物たちのスケッチが、ペンでさらりと描かれています。この作家の作品は、特集だけで終わりでしたので、面白い作品集ないかなと探していたら、いいのがありました。

谷川俊太郎とコラボした「恐竜がいた」(スイッチパブリッシング/新刊1728円)です。真っ黒な表紙に、描かれた恐竜のユーモラスな姿だけで、この本、面白い!と思ってしまいます。

「ほりだされたほねから なんぜんまんねんまえのほねから すがたかたちをえがくことはできる でもきょうりゅうのこころはみえない かんじることがあったのだろうか かんがえることがあったのだろうか うまれたばかりのこどもをみて だまってかがやくほしぞらをみて それともにんげんだけのものなのだろうか かなしみもおそれもあこがれも」

という谷川の詩と共に、下田の恐竜が闊歩します。ユニークなのは、自作の恐竜の骨のかぶり物を冠って、作品とコラボし、同じ空間で戯れているところです。ユーモラスで、躍動感のある画面になっています。ラストページでは、始祖鳥と人間の大合唱が聞えてきそうな楽しさです。

木版作家山高登さんの、新潮社文芸編集者時代の聴き語りをまとめたのが「東京の編集者」(夏葉社2484円)です。

先ず、登場するのが、昭和30年代の街の姿や、人々の表情を捉えた、約30点の写真です。昭和の風景を、暖かい色合いで版画にしていた山高登さんは、その版画制作のために、東京の街を撮影していました。これが、いいんすね。浅草の賑わい、ハイソな丸の内の風景、建設中の東京タワー、まるでドヤ街のような渋谷等々、街の空気感、通り過ぎる風の匂いが漂ってきます。本文を読む前に、何度も見直しました。

この本を出した夏葉社の島田さんが、2016年夏に山高さんの自宅を訪ね、聞き書きした話は、生まれた頃に始まり、新潮社の編集者時代へ。村岡花子の「赤毛のアン」を新潮文庫で出版したのは彼の企画でした。そして、彼が担当した多くの文士が登場します。気難しくて誰も担当したがらなかった内田百閒を昭和35年から担当し、百閒が亡くなるまでお付き合いが続きました。最後に担当した「日没閉門」は百閒の葬儀の日に完成、本をお棺に納めて、すぐに出棺したエピソードと、その時の写真も収録されています。

様々な文士達との交流が、懐かしく描写されています。静かに時間の流れる部屋で、山高さんと島田さんがゆっくりと、文学や美術への深い愛情を込めて話をされている様が見えてきそうです。文学を愛する出版社代表にとっても、小説を読むことを愛する私たちにとっても、至福の時間です。本の中程に、山高さんが担当された本が数ページにわたって載っています。地味ながら、作者への愛情のこもったものばかりです。

山高さんは、一時、書票の制作をされていました。制作した書票は300種類程とか。その中の何点かを見ることができます。文明開化に湧く時代が色鮮やかに甦るモチーフです。

読んだら終わり、という本ではなく、側において、触れ、ページを眺めることで、さらに本への愛着が深まる一冊だと思います。

 

Tagged with:
 

延江浩著「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」(講談社1300円)。ユーミンの夫君で、稀代のアレンジャー松任谷正隆と、70年代から新たな音楽を作り出したミュージシャンの話だと思って読みはじめたのですが、これ、昭和の一時代を丸ごと捉えようとしたとんでもない本でした。

表紙を開けると、先ず松任谷家の家系図が書かれています。正隆の父親の兄弟の嫁として松任谷家にやってきたのが大藤尋子。彼女の祖父は頭山満。この名前を聞いて、「玄洋社」の事を思いだされたら、その方は現代史に詳しい。頭山満は日本の右翼運動の一大源流を作った男であり、戦前は英雄視されて心酔する者も多数いましたが、彼の作った玄洋社は敗戦後GHQによって抹殺させられました。

尋子は、祖父の家には、孫文、大杉栄、犬養毅、広田弘毅、岩波書店の岩波茂雄等々、主義思想に関わらず、そうそうたる面子がたむろしてたと語っています。また、頭を撫でてもらいながら「いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ、と諭されたことを覚えています。」とも。

そして、この本は一方で、新しく芽生えてきた日本のポップカルチャーに参加していったミュージシャンの交流を追いかけながら、頭山家と昭和の政治の流れを追いかけていきます。日本の戦後史、あるいは芸術に登場した多くの人々が登場してきます。もうそのまま、お正月にやっている10時間ドラマみたいです。(逆を云えば、掘り下げが足りない部分もあります)

25章「桜の国」では、頭山家と重信家とは交流があったことが書かれています。重信家は、元日本赤軍最高指導者、重信房子受刑者の家です。過激な暴力で世界革命蜂起を計画していた彼女の父、末夫と頭山満の子であった頭山秀三は、戦前の軍事クーデター、5・15事件の同士だったのです。様々な場所で、様々な人達が絡み合い、闘争を重ねて、時代が動いてゆく様を見ているようです。

一方、松任谷正隆と結婚したユーミンは、恐るべき才能で日本の音楽シーンを変えていきます。彼女の周りにも、やはり曲者が集まってきます。細野晴臣、松本隆らの「はっぴーえんど」組、加藤和彦、安井かずみそして「アルファレコード」創設者の村井邦彦。スマートで、お洒落で、クールなサウンドは、今日のJポっプの原点を作ったと言えます。

松本隆が所属していた事務所「風都市」にユーミンが立ち寄った時、彼女はこんな事を感じたそうです。

「事務所の窓から市ヶ谷の(自衛隊)駐屯地が見えたんですけど、すごくざわざわしていたのを覚えています。ちょうど三島(由紀夫)事件の直前か直後のどちらかで、あれも今振り返ると、とても70年代的な光景でしたね」

政治の季節は終わりをつげ、新しいカルチャーの始まりだったのかもしれません。その後の世代の私たちは、そんなカルチャーを浴びる程楽しんだのです。

 

1930年、京都生まれの評論家渡辺京二さんは、熊本に住んでいます。その彼が、熊本在住の「近くにいて『気になる人』、昔から知っているけどもっと知りたい『気になる人』」とのインタビューをまとめたのが、「気になる人」(晶文社1300円)です。ちなみに本の装幀は、京都在住の矢萩多聞さん。

本好きなら、ここに登場する二軒の本屋さんを知っておられる方も多いと思います。新刊書店を扱う「長崎書店」(熊本市内のお店)と、カフェと雑貨と新刊書を扱う「橙書店」です。熊本に行く機会があれば、私も是非訪ねたい本屋さんです。

「橙書店」は村上春樹が訪れて朗読会をした小さな書店。店主の田尻久子さんは、それまでの会社員生活にピリオドを打って、2001年カフェをオープン。その6年後カフェの隣りに6坪程の小さな書店を開きました。海外文学、詩集等をメインに取り扱っています。彼女は本屋さんで仕事はしていませんが、本好きを唸らせるセレクトらしいのです。(見てみたい!)

最近オープンしている個性的書店は、古書メインが主流ですが、彼女は新刊を選びました。その理由が明快です。

「みんながみんな古本屋ばかりしちゃったら、今、現存している作家で食べていこうという人たちはどうやって暮すんですかって思うんですよ。」

大手新刊書店がつまらなくなっていく現状で、これはとれも重い発言です。

なお、橙書店は熊本を襲った地震で被災しましたが、多くの人達の協力で再開。看板猫のしらたまも戻ってきたとの事です

もう一軒の「長崎書店」は創業125年を迎える老舗書店です。2009年、4代目社長に就任された長崎健一さんが、個性派書店に大きく舵を切りました。そして、書店経営の思いをこう語っています。

「やはり、書店は自主的な仕入れの割合を高めて棚を作り、棚を通して読者と対話していかなけらばならない」と。

そうなんです。私が在籍していたチェーン店も商品部主導に傾いて、何度も衝突しました。書店の力を削ぐことになると進言したこともあったんですが、力不足でした。

その長崎書店で、「売りにくい」人文書を担当している児玉信也さんが著者と話し合います。書店の棚割から、人文書は店舗の奥に配置されるのが常識です。しかし、この書店は一番前に持ってきています。「ほかの書店にない本から置く」というポリシーからです。一冊の本を通して、客とのコミュニケーションをどう深めてゆくかを探っていくのですが、これは本屋だけでなく、物を売り買いするすべての人にとって、最も大事なことです。

あまりの忙しさに、お客さんと話をすることが煩わしかった私は、そんな書店員時代を反省しています。

この本には、他にも建築家坂口恭平さんなど、個性的な方々が登場されます。「小さいが、まぎれもなくその人の場所を持っている人々」と帯に書かれています。人生で、自分の場所を持つってこんなにステキな事なんですね。

 

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。


イラストレーターで漫画家だったフジモトマサルが、47歳の若さで亡くなって約2年。彼の本に、「聖なる怠け者の冒険 挿絵集」(朝日新聞社900円)があります。これは森見登美彦の新聞連載小説「聖なる怠け者の冒険」に発表された挿絵を一冊のまとめて、その絵ごとに、森見とフジモト両氏の楽しいおしゃべりのようなコメントを載せたものです。

学生時代を京都で過ごした森見は、舞台を京都に設定しているようです。小説の本文がない分、物語を想像してみていくと、フジモトの画もなんだかおとぎ話風で面白いのです。四条烏丸付近とか、四条大橋西詰めの交番、或は廃校になった立誠小学校とか、京都の人ならお馴染みの場所が、独特のフジモトタッチで描かれています。

こんな店あるねえ、と思わせるのが「蕎麦処 六角」。フジモトのコメントはこうです。

「これは実在しない架空の蕎麦屋さん。しかし設定上の高倉通りにあってもおかしくないような、それらしい店構えを考えて描きました。」

レティシア書房の前を南北に走るのが高倉通りなのですが、側にぜひあって欲しい蕎麦屋です。

四条大橋にある有名な「レストラン菊水」屋上から見る繁華街のネオンがあり、ひっそり佇む柳小路の八兵衛明神とかあんまり知らない場所も登場します。異次元にある京都をフラリ、フラリと歩いた不思議な気分になります。

さて、もう一冊ご紹介するは、「この世界の片隅で」が大人気のこうの史代の「日の鳥」(日本文芸舎650円)です。妻を探して東北を旅するニワトリの眼を通して、東北の今を描いてあります。

ニワトリは震災後5ヶ月、9ヶ月、そして1年、1年半、2年と旅を続けますが、何故、ニワトリが妻を探して東北を旅するのか?ということはさておき、巧みなデッサン力で、震災後の東北の姿が描かれていきます。震災の爪痕はもちろん描かれていますが、東北の様々な景色を丹念にスケッチした画集と呼びたい一冊です。

「この世界の片隅で」は、何気ない日常の風景の中に忍び込んでくる戦争の恐怖を浮かび上がらせていましたが、その作風は「日の鳥」でも見ることができます。何気ない街や自然の姿の中に、破壊の爪痕が垣間見えます。誰もいない風景が、生活の場を奪われた人々の悲しさを表現しています。そのままリアルに写し取った現場の写真以上に、もしかするとインパクトがあるかもしれません。

 

 

 

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。


賢治の絵本が2点入荷しました。

くもん出版が出している「宮沢賢治絵童話集」の第一巻(900円)は、ねずみが主人公の3編「ツェねずみ」「鳥箱先生とフウねずみ」「クンねずみ」と「どんぐりと山猫」が収録されています。ねずみ3編の絵を書いているのが、イラストレーターの飯野和好。クローズアップや、デフォルメされた映画的な構図で絵本の世界に引っぱりこまれます。そして「どんぐりと山猫」は司修が担当。こちらはハッとする色彩に溢れた絵で、主人公のやまねこって、こんなに女性っぽかったの?と原作を再読してしまいました。

もう一点は、「竜のはなし」(戸田デザイン研究室700円)。宮沢賢治のそんなタイトルの童話あったけ?と首を傾げましたが、これ、遺族の了解のもと、「手紙一」を改題したものです。内容的には、「よたかの星」、「グスコーブドリの伝記」に繋がる”自己犠牲”が主題になっています。戸田孝四郎の絵が、悲しくも美しい物語を見事に具象化しています。主人公の竜の変わり果てた姿が強い印象を残します。賢治自身が「このはなしはおとぎばなしではありません」と残しているところから、仏教的な説話を目指したのかもしれません。

賢治の傑作詩集「春と修羅」(日本図書センター2500円)の再発版も入荷しました。この詩集は、大正13年4月、東京の関根書店というところが発行元になっていますが、実質はほぼ私家版です。1000部発行の、当時のミニプレスみたいなものなので、この詩集のオリジナルなんて見ることは少ない本です。再発版もきちんと函に入っていて、オリジナル仕様に出来ています。

「四月の気層のひかりの底を唾し はぎしりゆききする おれはひとりの修羅なのだ」というカッコイイフレーズがよく引用されますが、なかなか理解できるものではありません。何度も読み返しました。長編詩「小岩井農場」で、賢治に散々引っぱり回されて、幻想の彼方と現実が交差する世界で立ち往生しましたが、それでも何度でもトライしたい詩集です。書き込み、線引きするなら、この再発版が便利です。

もう一点、金子民雄著「宮沢賢治と西域幻想」(中公 /絶版600円)をご紹介します。法華経を深く信仰していた賢治にとって多くの仏典が発見された西域は、永遠の憧れの場所でした。彼の作品や、詩に登場する西域を例示して、その意味を考察しています。タリム盆地からパミール、インド、ペルシア、さらに賢治は中近東までを視野に入れて、多くの物語を書いています。もちろん彼は、この地方を旅したことは全くありません。彼の心象に立上がってくるイメージをもとに描いていったのです。

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

最近は、新刊本も仕入れています……..と言っても、村上春樹をドンと積むというようなことではありません。この店のお客様に面白く読んでもらえるような本があれば、どんどん仕入れていく、ということです。

今年の1月だったと思いますが、初の文学フリマが京都で開催されました。その時出会ったクルミド出版のことは、店長日誌で紹介いたしました。暫く前には、クルミド出版のオーナー影山知明さんが、立ち寄ってくださいましたが、美しい装幀の本ばかりで、お客様の評判も上々です。で、その影山さんの本「ゆっくり、いそげ」(大和書房1620円)が出版されました。サブタイトルに「カフェからはじめる人を手段化しない経済」と付いています。元々、この出版社は、JR中央線にある乗降者最下位という不名誉な西国分寺駅に出したクルミドコーヒーが母体です。

著者は、これからの経済や社会を考える時、「ゆっくり、いそげ」を基本に考えるのがベストと考えています。劇的に変化する社会にしっかり対応しつつ、日々、何を大切にしながら生きてゆくのかを試行錯誤しながら、経済活動を続けるという事です。「グローバル経済」という言葉の対極にあるのが「スロー」、あるいは「降りてゆく生き方」、「減速生活者」という言葉です。著者の考えはその中間を行くものです。ネットワークを広げながら、関わった人達との幸せ共有する「理想」と、貨幣を動かすことで日々の生活が保障される「現実」を両立させる仕事論として読み応えのある一冊です。

ミニプレス「のんべえ春秋」や、書評集「猫の本棚」(平凡社950円)等で、当店ではお馴染みの木村衣有子さんの「はじまりのコップ」(亜紀書房1944円)は、彼女が惚れ込んだ「佐藤吹きガラス」を描いた本です。オーナーの佐藤玲朗さんが作り出す器を使うだけで物足りなくなった彼女は、何度も、何度も工房に押し掛け、佐藤さんと話をします。それがまとめられています。

お話の間に、「佐藤吹きガラス工房公式業務日誌」が収録されていますが、これが面白い。

例えば、この会社の社訓は

「零細の製造業として食べていくためには皆が通る道を迂回する知恵が必要だ。ひとが宙吹きなら自分は型吹き、ひとがカラフルなら自分はモノクロ、ひとがナチュラルなら自分はインダストリアル、ひとがアーティストなら自分は職工、ひとが出会いを大切にすれば自分は嫌な相手と絶縁する、ひとが内房線に乗れば自分は外房線に乗るという具合に。」

面白い。

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

 

北原白秋の第二詩集「抒情小曲集 思ひ出」(日本図書センター/再発/2500円)の中の「雨のふる日」

「わたしは思ひ出す。緑青いろの古ぼけた硝子棚を、そのなかの売薬の版木と、硝子の臭と、……しとしと雨のふる夕かた、濡れて帰る紺と赤との燕を。

しとしと雨のふる夕かた、蛇目傘を斜に畳んで、正宗を買ひに来た年増の眼つき、……びいどろの罎を取って 無言って量る……禿頭の番頭。

しとしと雨のふる夕かた、巫女が来て振り鳴らす鈴…….生鼠壁の黴に触る外面の人魂の燐光わたしは思ひ出す。しとしと雨のふる夕かた、匕首を抜いて 死なうとした母上の顔、ついついと鳴いていた紺と赤との燕を。」

匕首のキラリと光る瞬間が飛び込んできます。詩を読んでいて、ゾクっとする瞬間て、こういう時ですね。

白秋と言えば、一般的には「ペチカ」「待ちぼうけ」や、数多くの校歌で知られています。(蛇足ながら母校の関西学院大学校歌「空の翼」も彼の作詞でした)

しかし、処女詩集「邪宗門」(近代文学館/再発/1500円)、第二詩集「思ひ出」を読むと、「都会の悲愁」という言葉が持っている様々なイメージが独特の色彩感覚で描かれているように思います。

「詩集 邪宗門」に収録されている「青き光」は「哀れ。みな悩み入る、夏の夜のいと青き光のなかに」で始まるのですが、むせ返る「夏の夜」と冷たく光る「青き光」が脳裏でクロスしていきます。中原中也、萩原朔太郎等の近代日本の詩人の作品には引込まれませんでしたが、北原には何度かハマりそうになりました。私にはこの詩人はヤバイ…….のかもしれません。

北原はマザーグース詩集を翻訳しています。

「不思議で美しくて、おかしくて、ばかばかしくて、おもしろくて、なさけなくて、おこりたくて、わらいたくて、うたいたくなる」と評価しています。そんな北原に背中を押されたふくだじゅんこが、その世界を絵にした「あたしのまざあぐうす」(冨山房インターナショナル1400円)もお薦めです。不思議なキャラクターが飛び跳ねる世界が楽しめる詩画集です。本には、元の英詩も載っていますので、比較して読み比べてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

宮崎駿の「折り返し点1997〜2008」(岩波書店1850円)が、再入荷しました。全500ページのボリュームある一冊です。「もののけ姫」に始まり、「崖の上のポニョ」に至る12年間の、宮崎の頭の中を覗き込むとでも言うべき内容で、この巨人の思想を読むことができます。映画の企画書、エッセイ、インタビュー、様々な対談、講演までを網羅しています。

「もののけ姫」編に収録されている梅原猛、網野善彦、高坂制との対談「アニメーションとアニミズム『森』の生命思想」や、「千と千尋の神隠し」編で山折哲雄との「万物生命教の世界、再び」のようなアカデミックな読み応え十分の対談もあれば、「サン=テグジュベリの飛んだ空」で、彼の大好きなサン=テグジュベリのことを語りながらこんな死生観を述べています。

「ただ死ぬべくして死ぬ。そういう生き方を、僕は認めたい。いいじゃないですか、挫折したって、飲んだくれて死んだって、飛行機で死んだって。そういう権利、そういう選択肢はみんな持っているし、持ってていいんじゃないですか。みんなが前向きに健康に生きる必要なんてないんです。不健康の極みで生きる権利を、特に詩人は持っているはずだ。」

こんな中から、「生きろ」というテーマを掲げた「もののけ姫」が出てくるんですね。

さらに、宮崎の戦闘機、軍艦、戦車へのフェチをぶちまけたようなイラスト集「宮崎駿の雑草ノート」が二種類入荷しました。現在発行されている「増補改訂版」(写真右2700円)と、最初に出された版(写真左下2000円)です。増補改訂版の方が、当然ボリュームも増えていてお得なんですが、表紙のイラストが全くちがいます。個人的には、細部の細部まで描き込んだイラストの最初の版の方が好きです。宮崎の「紅の豚」ファンなら、持っておいて損はないはず。

改訂版には「紅の豚」のオリジナルとも言える「飛行艇時代」というタイトルの漫画が収録されています。映画とほぼ同じストーリーなのですが、違うのは、ホテルアドリアーノの魅力的な女主人が登場しないことです。映画版では、加藤登紀子が声を担当して、存在感のあるステキな女性を作り上げていました。彼女の存在が、映画の魅力を大きくしていました。

因みに、宮崎は、ヨーロッッパ各地で勃発した民族同士の苛烈な内戦を見た後、同じヨーロッパを舞台にした「紅の豚」を作ったことを後悔しているという主旨の発言をしていました。殺戮を撒き散らした戦闘機をヒロイックに描いてしまった事、そういうものへの愛着を恥じたのでしよう。

もう一冊、岩波新書「本へのとびら」(岩波書店650円)も再入荷しました。これは、児童文学の宝庫、岩波少年文庫の案内ともいうべき一冊で、50冊が推挙されています。

岡崎さんの詩集「風来坊ふたたび」(善行堂1000円)が、著者のサイン付きで入荷しました。

ストレートに心の有様を描いた詩が多いのですが、読んでいるといろんな役者の顔が浮かんでくるのは、私だけでしょうか。例えば「海が見える窓」。電車に乗っていたときに、前に坐っている男のことを描いています。

「通路を挟んで 向かいに坐る男がいて 商人らしかったが ふと『こっちへお坐んなさい』と 俺に向かって手招きする 何事だろう? 思案していると 『こっち側の窓の方がよござんすよ』と言うのだった。

これは、渥美清。あの寅さんの人懐っこい笑顔がとびこんできそうな情景です。

「雨に濡れた地図」という作品の最後、「目の前の石ころ一つ蹴飛ばして 止まらぬ雨を前に ただ途方に暮れている 雨に濡れた場所で」で思い起こすのは、”ショーケン”こと荻原健一の顔です。

そして、最後に収録されている長編詩「猫またぎ」は、もう高倉健です。ある宿に泊っていた男のことを描いています。

「旅立つ陽 風が強い朝でした 風に誘われるみたいに あの道をまっすぐ歩いていかれましたよ あれ以来 村にあんな強い風が吹いたことはない 私いつまでも見ていました あの人のこと 遠ざかる後ろ姿が それはそれは きれいでしたよ」

ジャンパーに手を入れて、立ち去る健さんが目に浮かびました。

と、こんな感じで楽しんだ詩集です。なお発行元は、銀閣寺の古書店善行堂です。2冊目、3冊目も企画中とか、もちろんずーっと応援しまっせ!(写真は善行堂店主山本さんと岡崎さんです)

ところで、「風来坊」というタイトルは、はっぴいえんどの名曲「風来坊」を思いだします。

「朝から 晩まで 風来坊 風来坊 風来坊 風来坊」というフレーズで始まる名曲ですね。「ふらり ふらり ふら 風来坊」の歌詞の如く、岡崎さんが町を彷徨している様が詩になっています。

 

岡崎さんの「気がついたらいつも 本ばかり読んでいた」(原書房2000円)も古書で入荷しました。相変わらず本への愛情一杯で、本屋さんに、古本市に出かけようという気持ちにさせてもらえる一冊です。店で仕入れる本の参考にもさせていただきました。