「活版小本」・・・何それ?「豆本」とどう違うの?思われた方へ、製作者から解説していただきます。

「芸術的意図とはほど遠い、現実的制約の中で制作した小さいだけの本です。美術工芸品の『豆本』と違うことを伝えたくて、これらの本を勝手に<活版小本>と名付けました。活版で印刷した小さな本、ただそれだけのものです。」

「芸術的意図とはほど遠い」とはご謙遜で、とても完成度の高い作品が並んでいます。さて、実際の大きさですが、例えば「マーク・トウェインの箴言集」(写真左/85×63mm2160円)はこんな感じです。ページを開けると、トウェインのウイットに富んだ言葉が飛び込んできます。

「口を閉じて 愚か者に見えるほうが まだマシだ 口を開いてその疑いを証明するよりは」

こんな文章が並んでいます。通勤途中にポケットに忍ばせて、ちょい読むのもいいですね。さらに小さいのは、カフカの「道理の前で」(50mm×30mm1944円)です。右の写真の様に、マッチ箱の中に入っています。さすがに、カフカ先生も、よもや、自分の本がこんなになっているなんて思っていないでしょう。人の知的刺激を挑発するようなカフカの文章をマッチ箱の中から、セレクトして下さい。間違ってマッチを擦らないように、ご注意を。

小泉八雲は14年間日本に滞在しましたが、彼が実際に見聞した様々な出来事を通して、当時の日本人の死生観を描いたのが「死生に関するいくつかの断想」(90mm×65mm1944円)です。この本の巻末には「狂歌百物語」より英訳の付いたものが抜粋されています。「雪女」というタイトルの付いた作品は、「夜空ければ 消えてゆくえは 白雪の 女と見しも 柳なりけり」というもので、その横に英訳が付いています。

夏目漱石も小本化されて、「夢十夜」から「第三夜」(80mm×78mm1944円)が収録されています。幻想的な世界が十編の話で展開されていきます。すべて「こんな夢を見た」という言葉で物語はスタートします。「第三夜」は目がつぶれた自分の子どもを背負った男が森へと向かう話です。エンディングはぞっとする結末です。

店頭では、現在15種類の小本を置いています。ちょっとしたお部屋のインテリアにも最適ですし、本好きな方へのプレゼントとしても面白いかもしれません。

 

 

★臨時休業のお知らせ 

 勝手ながら3月15日(火)休ませていただきます。

               レティシア書房

 

 

 

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日本画家、有元利夫(1946〜1985)の素描と日記を一緒にした「もうひとつの空」(新潮社2300円)が入ってきました。彼は、女神を思わせる人物像をモチーフとした作品で有名な画家です。日記は、創作に苦悩し、不安に苛まれ、模索してゆく姿が書かれていて、1976年から急逝する前年の84年までが収録されています。そして、伸びやかで親しみのある素描が、数多く収められています。

「犬がいる。来た時はガリガリだったが、今は少しふとった。一日中ねている。食べる権利とねる権利を主張している。」という文章で始まる横に、その愛犬の素描を何点か見ることができます。単純に愛くるしいという言葉では括れない、生き物の持つ切なさまで描かれていました。

静かで、重厚な油彩画とはまた違う魅力にあふれた、今にも動き出しそうな躍動感のあるヌードデッサンには、生きる力に満ちています。そして、79年1月2日に書かれた初心を表す日記にこう書かれています。

「大晦日に買ったウォータ−マンの美しい万年筆で書いている。ガムシャラにやってみる一年ではあると思う。1980年迄が、僕のガムシャラ年だと思う。ガムシャラながらも両目をしっかり開けて、見るべきものを見うしなうことなく、すすもう」という文書の横に描かれている手のデッサンは、有元の初心を失わないという表れでしょうか。

また、バロック音楽ファンの彼は、「朝はバロック」なんて文章を書いて、そのキザさかげんに驚き、こう書いています。

「これを文字にした時のこのキザさ、ハナもちならなさはどうでしょう。アラン・ドロンか、草刈正雄ならいざ知らず、ここには顔写真がないからいいものの、私の顔を知っている人なら、少なくとも吹き出すにちがいありません。」

つまらん事書いてしもたぁ〜と弁解する辺りが可愛いです。素朴だけれども、詩的な叙情性に溢れ、美しい音楽が何処からか聞こえてきそうな作品を作り続けてきた有元ですが、85年2月「羽が生えてきた」という言葉を残し、38歳でこの世を去りました。

彼は、妻で陶芸家の容子さんの寝顔の、こんな素敵な素描も残しています。

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三重県伊賀市在住の「nani IRO Textile」デザイナー、伊藤尚美さんが、母親として、作家として、慌ただしく過ぎていった1年間を見つめた記録が本になりました。タイトルは「詩を描く」(ISURABOOKS1836円)。

「私は自然から受け取った 奇跡のような 普通の光景を 目の前にあらわれた姿を ただただ 描きたかった」

という言葉通り、刻々と変化してゆく身の回りの自然と、四季の移ろいを綴ったフォトダイアリーに仕上がっています。この環境が、彼女の作品に影響を与えているのがよくわかります。巻末には彼女が描いた127柄の図案集が掲載されていますので、図案を見ながら、本文と写真を捲っていくのがベストな読み方です。春のそよ風、夏の通り雨、秋の夕暮れ、そして冬の雪景色もすべて、彼女の心と身体をすり抜けて作品に力を与えているみたいです。

彼女の制作した巨大な布とピアニストが舞台でコラボする写真があります。ピアノの前で、布は奏でられるピアノの音に添い、舞っている、まるで生き物の様です。

本の中程で、「ハワイ島々を巡る旅行記」という記事が登場します。「nani IRO Textile」の「nani」はハワイ語で「美しい」という意味で、作家として、ずっとこの言葉に寄り添ってきたと書かれています。

もう一点、海外のアーティストを訊ねて、彼らの言葉と人生を紹介する「knock」(2160円)の5号も入荷しました。今回はヨーロッパ各地の様々なアーティストが登場しますが、”Dancing Underwater”に登場するリタとパスカルの二人による海中でのインスタレーションは面白そうです。水中で揺らめく人口のオブジェ。まるで生命体の如き動きです。SF的であり、幻想絵画的であり、そしてリアリスティックでもある不思議な世界です。でも、これ見るためには、スキュバーダイビングが出来ないとね。

ロンドンの南、キャンパーウェルで活躍する日本人、宮崎千絵さんも登場します。彼女が創り出すセラミックや、イラストに登場する動物たちは、見ているだけでほっとします。簡素なアトリエと彼女のワンちゃんが醸し出す雰囲気に、幸せな人生が垣間見えてきます。こんな風に、多くのアーティストが登場しますが、作品を見るというよりも、素敵な生き方をしているよ、という彼らの笑顔を見る本なのかもしれません。

どちらも”good day good life”を教えてくれそうです。パラパラ捲って、いつまでも楽しめる本です。

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信頼している映画文芸評論家、川本三郎の「ひとり居の記」(平凡社1100円)が入荷しました。ぶらりと電車に乗って、旅に出た先々の事を綴ったエッセイです。全く知らない路線の事なのに、一緒に旅している気分になる不思議な一冊です。

本の帯に「妻を亡くして、ひとり迎えた老年の日々を綴る」とありますが、数年前に愛妻に先立たれて、ひとり暮らしを始めました。その暮らしの中に楽しみを見つけ、忍び込んでくる老いと向き合いながら、人生を見つめる最近の彼の本は、どれも深い味わいがあります。

何冊か昔の本も、同時に入荷しました。短い書評を載せた「本のちょっとの話」(新書館1250円)は軽妙なタッチで本の世界を紹介していきます。高村薫の傑作「レディ・ジョーカー」に登場する合田刑事が、誰も読まないような大長編「チボー家の人々」を熱心に読んでいたとか、川端の「雪国」の主人公の職業が、ダンス評論家だったこと。この小説は昭和12年発行ですから、その時からダンスの評論家がいたことに驚きました。

興味深いのは「今日はお墓参り」(平凡社1500円・絶版)です。昭和という時代に輝いた漫画家、映画人、小説家、画家、落語家等々18人のお墓を巡り、彼らの人生に思いをはせる一冊です。登場するのは、田中絹代、成瀬巳喜男、野呂邦暢、芝木好子、三遊亭歌笑。寺田ヒロオ等、それぞれの世界で目覚ましい活躍をされた方ばかりです。諫早出身の作家野呂邦暢のお墓参りのために、寒い冬の日に長崎へ行き、諫早の街並みを歩いて、その雰囲気を描いています。こういう紀行文的文学の話になると、彼の独壇場です。

ところで、最初に紹介した「ひとり居の記」の帯にこんな事が書かれています。池内紀さんから、老いて元気に暮らすコツとして

「先ず、医者と仲良くすること 適度な運動をすること、そして、三つめが面白かったのだが、四十代の女性と親しくすること」

なるほどね。

 

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美術系ミニプレス「四月と十月」を主宰されている画家、牧野伊三夫さんが「僕は、太陽をのむ」(四月と十月文庫6 1296円)を「港の人」という出版社から出されました。ミニプレス「四月と十月」に連載されたエッセイと未発表のものを一冊にしてあります。もちろん、彼の絵画も載せてありますので、そちらも楽しめます。

高校の美術教師の井上先生のことを書いた文章が素敵です。

「君たちが絵を描いているときも、地球の裏側では、羊がのんびりと草を食んでいるんだよ。」

この先生の言葉を牧野さんがどう感じ、解釈したかが綴られています。先生の言葉から数十年経て、画家として活動されている今日でも、時々この言葉を思いだされるようです。

「技術や手数にばかり執着することは、かえって自由に宇宙へと広がる意識を閉ざしてしまい、絵にとっては障害ですらある。悲しいかな、絵の本質は、自分が意識してやることとはちがう次元に存在している。この言葉は、そんなことを考えながら絵を描くきっかけをくれたのだった。」

牧野さんとは、一度お会いしたことがあります。ほのぼのとした感じで、笑顔の素敵な方でした。そして、その通りの本でした。画家の本とはいえ、難しい文章など全くなく、伸びやかに絵画に接する自身の姿を描いておられます。

出版社「港の人」は、この「四月と十月文庫」以外にも、いろんな本を出版しています。今回、その中から、これはと思う本をセレクトしました。例えば「胞子文学名作選」(2808円)。苔やきのこ、かび等の胞子によって増える生物が登場する小説、詩を集めたアンソロジーです。収録されている作家は、太宰治、松尾芭蕉、小川洋子、内田百間、谷川俊太郎等々数十名。装幀も、デザインも凝りに凝った一冊です。

もう一冊ご紹介。橋口幸子著「珈琲とエクレアと詩人」。戦後、田村隆一らと「荒地」を創刊した詩人北村太郎と晩年交流していた著者が、詩人の日々の暮しを綴ったエッセイです。挿画・装幀の清水理江もとても楽しめます。

店内に「港の人」のコーナーを作ってありますので、ご覧下さい。

今年も一年間、大変お世話になりました。毎日更新してきた「店長日誌」の感想を頂くことも多くなり、また一年頑張ることができました。

そして、ギャラリーには素敵な作家の方々に作品を飾って頂きました。

◉むらかみひろこ新作絵本と雑貨デザイン展 (読み聞かせも)◉かくたみほ個展(写真)◉torio食堂だいどこしごと展 ◉茶路めん羊牧場展 ◉棚からうさもち展「うさぎがたり」 ◉古河郁「風景のある図鑑」展 ◉古書善行堂ワンコイン古書市 ◉江川智洋小作品展「絵きごう」 ◉ハセガワアキコ版画展「バベルの書室」 ◉もじゃハウスプロダクツ製作ノート展「おいでよ!もじゃハウス」 ◉木村ぼう写真展「モノローグ 静かなモノの物語」 ◉たがわゆきお展「旅する。」 ◉上仲竜太「小さな絵本」展 ◉土本照代藍染め作品展「あいぞめのゆめ」 ◉ARK写真展「犬生、猫生、人生。」 ◉レティシア書房「夏の一箱古本市4」 ◉朝野ペコ・楠木雪野「荒野の二人展」 ◉momoko個展 絵本「はなとうめのしあわせカフェ」◉中西敦浩作品展 ◉たかせちなつ「まいにちいろいろ展」 ◉梶間千草「はなとメルヘン」展 ◉安藤誠写真展 (安藤誠トークショーも)◉kotohanaペーパークイリング作品展「空即是色」 ◉豊原エス・足田メロウ 「日々のかけら」展◉6人の銅版画展「レティシア書房で贈り物」展

また、世田谷ピンポンズさんには、秋の夜、素敵なライブをしていただきました。そして、恒例となりましたネイチャーガイドの安藤誠さんトークショー「安藤塾」は来年もやります。お楽しみに!

ブログでは多くの本、音楽、映画を紹介させていただきましたが、特に印象深かったのは、

◉本  鹿子裕文「へろへろ」これほど笑わせて、前向きにさせてくれる本も久々です。石川梵「時の海、人の大地」辺境で生きる人びとを捉えて、どんな場所でも人は生きることを教えてくれる。松家仁之「沈むフランシス」小説ってこんなに面白い!!

◉音楽 キース・リチャード「クロスアイド・ハート」老いてこそのロックンロール!と喝が入りました。ピチカートワン「わたしの二十世紀」私小説を音楽で表現した傑作。シュガーベイブ「ソングス」発売49周年を記念した特別編集版。今聴いても色褪せない音楽。

◉映画 洋画:「皆殺しのバラッド」えぐり出されるメキシコの犯罪地獄を見つめたドキュメント。「アメリカンスナイパー」主人公を英雄視しないラストの沈黙にイーストウッドの矜持を見ました。「さよなら人類」わけのわからん映画なんですが、なんか人生って切ないよねよホロリとさせる不思議に魅力的な映画でした。   

◉邦画「恋人たち」ほとんど絶望に人生に果に見つけた僅かの希望。ラストの青空に号泣しました。「海街diary」女性達の人生模様を軽やかに描いていました

レティシア書房もおかげさまで来年3月で満4年となります。ということは、開店直後に我が家にやってきた猫のBB(べべ)も、もうすぐ4歳。大食いのせいか、はかなげな子ねこだった時の面影はどこへやら、この面構えです。ヒタヒタと押し寄せる不穏な政治の動向が気になりますが、どうか皆様よいお年をお迎えくださいませ。2016年は、1月5日から営業いたします。ギャラリーは、あかしのぶこ動物たちの肖像画展「ぼくらは知床(ここ)に暮らしている。」で幕開けです。どうぞよろしくお願いします。(店長&女房)

 

 

 

「ぼくらは知床(ここ)に暮らしている。」あかしのぶこ動物たちの肖像画展は1月5日(火)〜17日(日)

 1月15日(金)19時半より あかしさんによる知床の動物たちのお話会があります。

予約は1月5日から受け付けいたします。お電話またはメールでお申し込み下さい。

 

 

 

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本好きの人には、ちくま文庫は特別な存在です。他の大手出版社の文庫ファンって、滅多に聞きませんが、ちくまファンは新刊、古書問わず数多くおられます。内容も、装丁も本を出す側に愛情が詰まっているから、支持されているのでしょう。

「ちくま文庫」といえば、先ず文庫全集ですね。宮沢賢治、夏目漱石、内田百間といった文学から、つげ義春のマンガまで、充実しています。内田の全集は全24巻というボリュームで、これだけですべて読めそうです。カバーデザインは「クラフトエヴィング商会」の吉田篤弘。

文学色が強いのですが、みうらじゅんの「ムカエマの世界」「カスハガの世界」「いやげ物」(各300円)と、サブカル系も揃っています。

そしてこの文庫には、本に関するものが多いのも特徴です。書評家岡崎武志が、昭和の生活を回想した「昭和三十年の匂い」(650円)。映画専門の古書店主の喜怒哀楽を綴った中山信如「古本屋おやじ」(500円)、せどり屋さん(古書店で安く買った本を他の古書店に転売する職業)を主人公にした奇想天外な物語が展開する梶山季之「せどり男爵数奇譚」(400円)といった傑作が揃っています。

もちろんこれらの本は面白く読みましたが、私にとって最も楽しませてもらったのは、川本三郎「東京おもひで草」(400円)、「東京の空の下、今日も町歩き」(400円)、「東京つれづれ草」(300円)の三冊の”町をぶらぶら”本です。

私は生粋の京都人なので、東京山の手やら下町は、ご縁のない場所なんですが、川本さんの描き方が絶妙で、一緒に町歩きをしている気分で、ウキウキしてきます。彼が読んだ多くの本、観た映画の感想と共に、東京の、今まであまり紹介されていなかった場所へと誘われます。

町歩きの本など、もう無限大に出版されていますが、彼の本は、やはり文学と映画が色濃く絡んでくるので、好きです。個人的に信頼できる映画評論家だと思っていて、新作映画の評には目を通すようにしていますが、それ以上に、ぶらぶら歩きの方に魅かれてしまいます。

「十一月の末に房総をひとり旅した。 成東にある伊藤左千夫の生家を訪ね、次に九十九里浜の真亀海岸にある高村光太郎の『千鳥と遊ぶ智恵子」の詩碑を見に行った。その晩は、勝浦の海辺の小さな旅館に泊まり、朝 勝浦名物の朝市をながめて東京に戻った。」

どうです、豪華でも、贅沢でもない旅ですが、幸せ感一杯に見えませんか?

少しずつですが、「ちくま文庫」が揃ってきました。現在150冊ぐらいです。なんとか300冊ぐらいまで集めてみたいと思っています。

 

 

 

「虔十公園林」をご存知でしょうか。実際にある公園ではありません。宮沢賢治の小説のタイトルです。

いつも子供たちからバカにされている少年虔十が、ある日、野原に杉の種を撒き、育てようとします。周りの人達は、あんな所に杉が育つわけないとバカ呼ばわりしますが、なんと、すくすくと育っていき、子供たちの遊び場へと変わっていきます。雨の日も、晴れの日も杉林を見回る虔十でしたが、あっけなくチフスで死んでしまいます。

彼が死んでから20年。彼の町は発展し、森も林も消えています。しかし、彼の名前を付けた「虔十公園」だけは、ここに住む人達が開発のためには売るまいと、守っていました。そして、多くの人達の憩いの場所となっていたのです。

「全く全くこの虔十公園の杉の黒い立派な緑 さわやかな匂い 夏の涼しい陰 月光色の芝生が これから何千人の人たちに 本当のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした そして林は虔十の居た時の通り 雨が降っては すき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落し お日様が輝いては 新しい綺麗な空気をさわやかに はき出すのでした」

という文章で終わります。賢治がこの小品を書いたのは1934年。住民が、自分たちの周囲の自然を守るというナショナルトラスト運動を予感させる貴重な作品だと思います。

この作品を、ますむらひろしが漫画化した「ますむらひろし版宮沢賢治童話集」が入荷しました。2014年に新聞掲載されたものを書籍化したもので、「オッペルと象」も同時収録されています。26cm×19cmの大型の判型で表紙の絵も、印刷も装丁も素敵な出来上がりです。「やまなし」「ひかりの素足」を収録したものも同時に入荷しました。版元は子供服でお馴染みのミキハウス。丁寧な作りには、賢治への深い愛情が感じられます。(どちらも1400円)

「猫マンガのますむら」らしく、登場するのはすべて猫。「ひかりの素足」は元々辛いお話ですが、猫で描かれると、猫好き、動物好きには涙無しでは読めないかもしれません。

同社はあべ弘士による「なめとこ山の熊」(売切)、荒井良二「オツベルと象」(売切)など、やはり隅々まで手を抜かない作りで賢治の絵本シリーズを刊行中です。どれも目が離せません。

くぼやまさとる著の「星の虫図鑑」(ギャラリーまじっくらんど企画1944円)が入荷しました。数百種にもわたる虫が、美しい色彩で描かれています。「センネンタマムシ科」の項目を開ける。繊細な色調のタマムシが12種描かれています。綺麗だなぁ〜と見とれて解説を読んでみます。

「幼虫は、非常に堅い枯木や何千年もの樹齢の木の中で10年から100年ものときを過ごす。幼虫は10〜1000年に一度、羽化する。」

ん?「100年もの時を過ごす」、「1000年に一度、羽化する。」、なんかおかしい?だいたい「センネンタマムシ」なんて科目があるの?と他のページも捲ってみる。どのページも詳細に観察して描かれた虫達の美しい姿を見ることができるのですが、腹部がふぐの如くふくらみ、浮力を得る「フグアブ科」を見るに至って、これ全部架空のものだ!!と気づきました。

後書きに著者曰く

「空想昆虫の図鑑を作りたいと思い立ってから2年がたち、やっと本の形にすることができました」

やっぱりね。これ地上に存在しない虫達だったんです。くぼやまさんは東京出身の画家で、数年前に、もともと好きだった昆虫をアレンジしたニセ虫を描き始めたら止まらなくなり、伊豆の山奥のアトリエでどんどん書き始め、ついに出版するに至りました。

虫の本なんてと毛嫌いされる貴方、先ずはページを開いてみましょう。健気なフォルム、美しい色彩、今にもチョコチョコと歩き出しそうな可愛らしさが、ぎっしりと詰まっています。しかも、各虫にはすべて名前と簡単な解説まで付いています(もちろん、これも空想です)それにしても、「動物の糞に集まる、大地の掃除屋 エビスコガネ科」なんて、いかにもいそうな虫たちです。

嘘も細部までとことん突き詰めると、あり得ないはずのものが、いるよね、こんな虫と思えてくるという一冊ですね。もし、宮沢賢治が生きていたら、面白いと喜んだことでしょう。

本の冒頭に、銀河系に地球そっくりの惑星キムネジメがあって、多くの昆虫が生きていると書かれていますので、ここを読めば、架空なんだとわかりますが、ぱっと、ページを捲って見せたら、きっと今ここに生きている虫と勘違いされます。これからのプレゼントシーズンに、最適な一冊としてお薦めします。

今回、本と一緒にポストカードも入荷しました。(200円)

南伊豆町の森の中のギャラリー「まじっくらんど」では、彼の作品が展示されているそうです。伊豆下田方面にご旅行の際には、寄られてはいかがですか。

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1994年、一つの詩が発表されました。タイトルは「神隠しされた街」

「捨てられた幼稚園の広場を歩く 雑草に踏み入る 雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない 肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない 神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない 私たちの神隠しは今日かもしれない」

とゾッとするような言葉が並んでいます。そして、このように終わります。

「うしろで子どもの声がした気がする ふりむいてもだれもいない なにかが背筋をぞくっと舞う 広場にひとり立ちつくす」

94年、すでに詩人は、2011年の福島の悲劇を見つめていたのかも知れません。詩人の名前は若松丈太郎。福島の北泉海岸を見続けました。この詩に注目したのが、やはり詩人のアーサー・ビナード。彼はこう指摘しています。

「確かな観察眼で実体を捉え、声なき植物に耳をすまし、生態系から発せられる情報を収集して作品で生かしているものは決して多くない。(略)でも、日本語の詩歌がすべて無力だったかというと、そうではなく、若松丈太郎という優れた書き手が力を発揮していたのだ。」

若松が92年、94年、2008年、2011年に書いた詩に、ビナードが英訳を付けて、震災以降の福島の各地を撮った斉藤さだむの写真とともにまとめたのが「ひとのあかし/What Makes Us」(清流出版800円)です。

荒涼たる大地にぽつんとなびく一匹の鯉のぼり、誰もいない街の路上、ひしゃげた鉄塔等の写真と、震災以前に書かれた詩が、同居していることに鳥肌がたちます。強い口調で迫ってくるようなものではありませんが、心にずっしりと届いてくる一冊です。

11年に書かれた「ひとのあかし」のメッッセージは明確です

「ひとは作物を栽培することを覚えた ひとは生きものを飼育することを覚えた 作物の栽培も いきものの飼育も ひとがひとであることのあかしだ あるとき以後 耕作地があるのに作物を栽培できない 家畜がいるのに飼育できない 魚がいるのに漁ができない ということになったら ひとはひとであるとは言えない のではないか」

青空に向かっていななく馬の写真。お前達はわかっているのかと問いかけてきます。最後の部分の英訳はこうです

“which is where we stand  what makes us human”

“what makes us human”-「何が私たちを人たらしめるのか」、深い問いかけです。この福島からの声を聞くと、やっぱオリンピックなんかで浮かれている状況ではないと思うんですがね。

この本は、福島であったことを忘れてしまいそうになる戒めとして、持っておきたい一冊です。