昨日、このブログでご紹介した片岡義男の「珈琲が呼ぶ」など、珈琲に関連する本を集めたコーナーを作りました。珈琲の美味しい入れ方みたいな実用一点張りのものや、お店飲み歩きみたいなものは沢山出ていますが、読物として面白いものを探すのはちょっと時間がかかりました。

庄野雄治編集による「コーヒーと随筆」、「コーヒーと小説」(mille books/古書各1200円)は、珈琲が登場する小説、随筆がセレクトされているわけではありません。

コーヒーを生豆の状態で仕入れ、焙煎し、販売するコーヒーロースターとして徳島県内で店舗を構える庄野氏が選んだ10本の小説を集めた、「コーヒーと小説」の帯に、こう書かれています。

「小説は読まなければならないものではない。そこがコーヒーとよく似ている。コーヒーを飲まなくても人は生きていける。どちらも、あってもなくてもいい。けれど、あれば生活が豊かになる。だから、小説とコーヒーはよくあうのだ」

この本は以前、ブログで紹介していますので、今回は「コーヒーと随筆」をご紹介します。コンセプトは「繰り返し読める随筆集」です。二葉亭四迷、寺田寅彦、中原中也、北大路魯山人等々20名の随筆が並んでいます。お気に入りの珈琲店で、好きな所を読んでゆくのが良さそうです。

山川直人のコーヒーコミック、「コーヒーもう一杯」、「珈琲色に夜は更けて」、「一杯の珈琲から」(KADOKAWA/古書各600円)も、このコーナーに常備です。独特のペーソスで、現実世界を描いているのに、不思議なファンタジーの世界に迷いこんでしまいます。離婚した夫が、妻と暮す子どもと一緒に、大好きだった古本屋街を巡り、ひっそり店を開けているカフェで二人でコーヒーを飲む「バビロン再訪」など、中年男の哀感溢れる作品群をお楽しみください。

今話題のサードウェーブ・コーヒーの本もあります。何それ?と思われる方に、簡単な説明です。

「1960年年代に始まるインスタントコーヒーの普及で家庭に広まったファーストウェーブ、その後に続くスターバックなどの風味を重視するセカンドウェーブに次ぐ、第三のトレンドです。コーヒーの栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理に至る全てで適切な品質管理を行い、個性的で高品質の商品がこのトレンドです。」

私の感覚では、オーガニックコーヒーみたいなものだと思うのですが、詳しくは「サードウェーブ・コーヒー読本」(エイ出版/古書800円)を。

こちらは新刊ですが実用書で楽しい一冊。フランスでベストセラーになった「コーヒーは楽しい」(PIE2484円)は、サブタイトルに「絵で読むコーヒー読本」とあるように、カラフルなイラストで珈琲のすべてが学べます。

珈琲本の隣りには、名物書店店主の本などを揃えたコーナーも作りました。連休にのんびり読書はいかがですか?

 

 

 

入荷しました!

吉田篤弘「いつも晴れていた」(夏葉社1728円)入荷しました。サイン本1冊まだあります!

 と、書いているのは片岡義男。

そして、彼がどうしても行きたかったのが京都の「静香」。千本今出川を西に行ったところにある古い喫茶店です。「僕が平日の午後二時前後に静香の客になるとして、昼には新幹線に乗っていなくてはいけない」と、その通りに京都にやって来ます。

「静香の椅子にすわることが出来た。その椅子にすわってコーヒーを飲むことが出来た。椅子のすわりやすさには感銘を受けた、と言っていい」

片岡の珈琲エッセイ本「珈琲が呼ぶ」(光文社/古書1300円)に書かれています。珈琲を巡って音楽、映画、文学様々なジャンルが語られます。

もう一店、京都の珈琲ショップが登場します。当店からも歩いて行ける「スマート珈琲店」です。この店は、かつて美空ひばりが、映画の撮影で京都に来た時は、必ず母親と一緒にホットケーキを食べていたそうです。ひばりと「スマート」のホットケーキの話から、この後、想像をめぐらせたフィクションが、展開していきます。読んでゆくと、たまには「スマート珈琲店」に行ってみようかなと思ったりしますが、最近このお店は観光客に大人気で、いつも何人かが並んでいて、なかなか珈琲にありつけそうもありません。

本の中に、1938年、服部良一作曲、霧島昇とミス・コロンビアによる「一杯のコーヒーから」という曲について解説している所があります。

「一杯のコーヒーから 夢の花咲くこともある」という歌詞で、珈琲がもたらす夢の時間を歌っているのですが、実は翌1939年は国民精神総動員の年。

「国民の精神をなにに向けて総動員したかったのか。戦争の遂行に向けてだ。」

この年、日本国政府が矢継ぎ早に出した政策は、すべて国民を戦争に駆り立てるものでした。作曲者も歌手もそんな厳しい状況を生きています。「一杯のコーヒーから」は、そんな現実世界に背を向ける明確な意志があったのではないか、と著者は推理します。よくも、無事に発売されたものです。何故なら「時局柄まことに不謹慎である」の一言で、録音も販売もダメ!の時代でしたから。

映画の話も沢山あるのですが、黒澤明の比較的地味な作品「素晴らしき日曜日」の、主人公と彼女の夢が珈琲ショップを持つことだったとは覚えていませんでした。時代は1947年。日本軍兵士として戦争に行った男と、その彼女が、まだ戦争の爪痕が残っている都心でデートする。この時、二人はおいしい珈琲を出す店を持つ夢を語り合います。貧しく、慎ましい暮らしを続ける二人ですが、この時ばかりは素敵な時間を過ごすことができます。しかし、夢の時間は終わり、現実に戻ってゆく。二人の夢の原点が珈琲だったんですね。

 

 

2005年〜2014年、読売新聞に連載されていた書評をまとめた「小泉今日子/書評集」(中央公論新社/古書900円)は、彼女のセンスの良さが溢れています。

書評デビューは、「女による女のためのR-18文学賞」受賞の「ねむりひめ」を収録した吉川トリコの「しゃぼん」というセレクトで、お〜さすが、キョンキョンです。その次が女優沢村貞子のマネージャーだった山崎洋子が書いた「沢村貞子という人」へとジャンプします。

そして、「何故だか太宰治の『人間失格』を思い出してしまった。」で始まるのが白岩玄「野ブタ。をプロデュース」です。「この小説には注意が必要だ。」と書いています。

「楽しい青春小説のようだが、その楽しさ自体が着ぐるみショーで、閉じた夢の中にみんなが憧れる人気者の深い孤独が隠されている。油断していると案外残酷な結末に胸がぎゅっと締め付けられる。人生は過酷なのだ。」

三崎亜記「となり町戦争」では「戦争の怖さは、人間から感情を奪ってしまうことでもあるのだろう。この本を読んで初めて、自分の身の丈で戦争のおそろしさを考えることが出来たような気がする。」

ここで取り上げられているのは、アカデミックな文芸評論には掲載されない、一般的な作品ばかりですが、キョンキョンは、読書を通じて、ものの見事に自分を語っていきます。短い書評ながら、彼女の考え方、生き方が伝わってきます。

「生まれて初めて教科書や参考書以外の本にラインマーカーを引きまくった。私の未来。新しい世界、新しい生き方への受験勉強をしているみたいで楽しかった。」

これ、上野千鶴子と湯山玲子の「快楽上等」の書評の最後の文章です。

現在開催中の「ミシマ社と京都の本屋さん」に出品されている益田ミリさんの「ほしいものはなんですか?」もこの書評集で取り上げらています。

デビュー当時(このシングル発売当時?)、レコード業界のお祭りで一度お会いしたことがありますが、好奇心一杯の瞳が印象的でした。

読書を通して、彼女が思ったこと、考えたことが語られる傑作書評、いや彼女の世界観を発信した本だと思いました。

 

「ミシマ社と京都の本屋さん」展は明日まで!!壁一杯に貼り出した京都の本屋さんマッ プも完成間近ですよ。

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斉藤桂著「1933年を聴く」(NTT出版/1800円)は、「聴く」とタイトルにありますが音楽関係の本ではありません。

「1933年という1年に注目して、そこで降り注いだ音楽や音、そしてそれらに関わった人々を扱うことで、いわば当事の社会を取り巻く大気=雰囲気を明らかにしようという試みである。」と、著者は書いています。

1933年、日本は国際連盟を脱退しました。中国本土に建設した傀儡国家満州を巡って、欧米列強から激しく非難されたことに対して、日本は孤立外交路線へと舵をきります。国際化から、国粋化へ、日本化へと邁進していきます。この本は、こうした暗い時代へ流れ込む分岐点だった1933年、巷に溢れていた音楽や音を広い集めて、歪んでゆく社会を描いた労作です。

当時、奇妙な流行がありました。伊豆大島の三原山火口に飛び込む自殺ブームです。1月、2月と連続して女子学生が身を投げ、やがてこの事件は、映画、或は音楽によって物語化されていきます。三原山は「自殺現場」ではなく「自殺の聖地」へと変わっていくのです。その一方で、自殺者の動機、意図が論じられることなく、自殺者は「三原病」だと病人のレッテルを張付け、精神の問題だと決めつけられます。ここでも妙な精神論が支配的になっていきます。

同年、3月27日に日本は国際連盟を脱退。翌月の29日は天皇誕生日、その数日後はメーデーです。この年の 天皇誕生日、メーデーは例年と大きく変わります。連盟脱退を国民は歓び、大いに盛り上がり、その後、大きなデモ行進が始まります。

「午後三時には国家主義諸団体の労働者一万名が代々木の原を出発して青山から芝公園まで日本労働歌を高らかに合唱しつつ、愛国的デモを行ふ」と同年4月29日の読売新聞は報道しています。

「国家主義諸団体の労働者」と記載されているように、労働歌を歌って行進しているのは右翼団体なのです。そしてメーデー当日、右翼系労働団体は「軍楽隊の響きを伴いメーデー歌」を高唱するという、今日では考えられない状況が出現しました。

著者はこの「国際連盟脱退という『まつりごと』」の章をこう締めくくります。

「この天長節から四ヶ月後の八月。関東地区で大きな防空訓練が行われる。訓練とはいえ、灯火管制でネオンサインは完全に消され、音楽隊ではない音が街には響き渡った。そして私たちがよく知るように、その訓練が訓練でなくなる日がやってくる。」

これは過去の歴史だよ、と片付けられればいいのですが………。

 

 

京都に本拠を置く出版社ミシマ社が企画した、ユニークな展示「ミシマ社と京都の本屋さん展」が始まりました。

ミシマ社は、大手出版社の編集者だった三島邦弘さんによって、2006年11月に設立された出版社です。「自由が丘のほがらかな出版社」をスローガンに掲げ、「一冊入魂」をモットーにして、書店と出版社を繋ぐ「取次ぎ」と呼ばれる流通業者を介さず書店と直接取引を行っています。

つまり、ミシマ社の本を積極的に販売してくれる書店にだけ卸すという姿勢です。

数年前、レティシア書房のわりと近くに京都オフィスを構えられて、京都の個性的な書店が広がっています。もちろん当店もミシマ社コーナーを作って、積極的に販売してきました。そのコーナー横に、ミシマ社のイラストレーターさんが描いた、レティシア書房付近の地図を貼付けていましたが、「可愛い!」と評判だったので、なら、この地図を壁いっぱいに展示しようよ、というところから、今回のこの企画になったというわけです。南は京都駅近くのイオンモール「大垣書店」から、北は北山の「アミーゴ北山店」まで、手描きの地図が貼り出されました。開店はしましたが、まだまだ制作進行中(写真左)。賑やかな展覧会となっています。面白いですよ!これからの出版社の在り方、本屋さんの進むべき方向、そして読者の選書のヒントなどが詰まりに詰まった企画展です。もう、ミシマ社スタッフも、お店も爆発寸前です!

個人的に、この出版社のベスト5を上げるなら吉田篤弘「京都で考えたこと」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、木村俊介「善き書店員」(1944円)です。

これからの社会のあるべき姿、世界の見方、そして個人の働き方に至るまで、私たちが生きる指針になってくれそうな本ばかりです。

 

「ミシマ社と京都の本屋さん」展は、4月22日まで。(月曜定休日)12時〜20時

 

 

 

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1988年「タイムマシンにお願い」で漫画家デビューした杉本亜未。SFから時代劇まで幅広い作品を送り出してきた彼女が、映画大好きいっぱいの本「CINEMA TAMASHII! 」(ミニプレス/1200円)を出しました。

一言でいえば、笑えます!!

さすが漫画家だけあって、取り上げられた映画のキャラクターを魅力的に描いています。「『コリアンジウム』熱いストーリーに燃え、いい男のオンパレードに萌える、あふれる映画愛を描いたイラストを一堂に」という見出しで、韓国映画から始まります。

私も最近観ましたが、血だらけ、オカルトどろどろ、後味が最高に悪いのに傑作だった(?)映画「哭声/コクソン」に登場する不気味度世界一の國村凖のフンドシ姿のイラストは、お見事。「ふんどし ふんどし一丁で山の中にいるんですよ」てっいうキャプションも最高です。

昨年劇場で観たゾンビ映画「新感染ファイナルエクスプレス」の紹介では「釜山行き、KTXにゾンビウィルス患者が乗って、アッというまにお客様がゾンビに!ワクワクする展開でテンポ良く進みゾンビも元気で良くて楽しかった」と、大喜び。

イラストや文章で、ちょっと観てみようかという気にさせてくれます。かなり好みが偏っているので、そういう気にならない人もいるでしょうが、真面目な映画評論ではなく、映画好き女子が、キャー!ワー!ムフフと、泣いたり、驚いたり、うっとりしたりして映画を楽しんでいるのを一緒に体感できます。

もう一冊、”笑える”映画本をご紹介。

繁華街で因縁を付けられた著者が、逃げるように飛び込んだ映画館で、上映されていたのはスプラッタ映画『悪魔にいけにえ』。「その怖さに(同時に”痛さ”に)驚き、冒頭の30分くらい、女の人が犯人のフックに引っかけられるシーンでもう我慢できず。『うわーっ』と叫びながら立ち上がって、映画館を出てきてしまったのである」

これ、音楽家細野晴臣「映画を聴きましょう」(キネマ旬報社/古書1400円)の一節です。日本の音楽シーンをリードしてきた細野の、映画音楽を中心にした本だけに、マニアックな情報満載かと思いきや、案外オーソドックスな内容。音楽家を描いた映画のベスト1が「五つの銅貨」(59年)、2位が「グレンミラー物語」というのですから。

ところで、映画館から逃げだした彼は、その後どうしたか。

「その怖さに負けた自分がくやしかった。それがきっかけで、ホラー映画から逃げずに、むしろ積極的に観に行くようになったのである。」とか。偉いなぁ〜。

 

★4月9日(月)10日(火)連休いたします。

4月11日(水)から、京都の出版社ミシマ社の展覧会『ミシマ社と京都の本屋さん』を開催します。

 京都の本屋さんマップをレティシア書房の壁に作り、刊行した書籍や制作資料も展示します。お楽しみに!

 

 

「ぽっくりと盛り上つた二つの乳房が、歩くたびに、踊るのは別として、くびれた胴からものう気にひろがった腰のふくらみには眼を見張るだろう。その広さの中に海あり山あり、谷ありして、男を迷宮の内にさそい込んで了う。」

これ、日本画家、東郷青児の「窓から飛下りた薔薇」という短編に登場する樹里という女性を描いた文章です。「戀愛譚 東郷青児文筆選集」(創元社/古書1800円)は、神秘的な女性像を描く東郷が、少女の生態や恋愛をテーマにした文筆作品を集めたものです。

ご紹介した「窓から飛下りた薔薇」は昭和27年に発表されています。さらに遡って、昭和11年「星のハウス」で、こんなモダンでセンスのいい文章を書いています。

「『こんな春はまたとない』アド・バルンの広告文字が少し煙った空にゆらゆらとゆらめいている。流行歌の題だ。しかし私は、お目出度くうなづきながら、『またとない春』の中を泳ぐ心地で銀座をぶらついている。うす色の女の襟巻がなまぬるい風に弄ばれて、いたづらつぽいささやきが耳につく」

東郷の絵画にまつわるエピソードで、「香水を一滴たらして画面全体に夢見るような雰囲気をもたらす。」という表現があると解説で述べられていましたが、文章もまた、官能的、幻想的、少女趣味的なものが一体となって、まさに夢見がちな世界を表現しています。

「月の光が私の寝室にあふれていた。水のやうな月の光は私の羽根ぶとんを透して水のやうに私の心臓へしみ込んだ。月の光はそれ自体が女性であるから私はその光によってあやし気なまぼろしを描きつづけたのであらう。」なんて、「よるとひる」に出てくる文章は、東郷ワールドの極みですね。

東郷は若き日、竹下夢二夫人たまきに頼まれて、文具などの商品の版下にするために夢二の画集から絵を写す作業をしていた時期があります。このたまき夫人も、「夢二の家」という短編に登場します。「首すじから指の先まで一世を風靡した夢二の絵そっくりで、なんとなく店に集まるファンの連中を夢二の空気の中にとけ込ませてゆくような感じだった。」と書いています。

通俗的!と言ってしまえば、そうかもしれませんが、ゆらゆらと立ち上るエロスの香りに浸れます。もちろん、夢二のイラストも収録されています。ミュージシャンの小西康陽が「恋愛を人生の総てと考える人々」というタイトルで寄稿しています。

これで東郷に興味を持たれた方には、愛人だった宇野千代が書いた「色ざんげ」もどうぞ。

関川夏央の「寝台急行『昭和』行」(NHK出版/古書700円)は、”鉄ちゃん”関川の鉄道愛溢れる一冊ですが、決してオタクっぽい鉄道の本ではありません。ここに登場するローカル線に乗って、沿線の風景に出会いたいと思いました。

「昭和」を探す旅をしませんか、という編集者の誘いで始まった企画で、関川は各地へ向かいます。「私が好むのはローカル線のローカル列車である。ローカル線ならどんな線でもおもしろく感じられるが、とくに山越えをする線がよい。」という彼と一緒に、読者を線路沿いの懐かしい景色に出会う旅へ誘います。

新幹線とか、特急には何の興味もない著者ですが、「愛着はないはずなのに、鉄道公園で雨にそぼ濡れた0系22形(注:東海道新幹線の最初の車両)は、捨てられた巨大なネコみたいに孤独で、ふてぶてしく、可憐だった。よく働いたからもういいだろうという顔をしていた。私は、人でも機械でも、よく働いてよく古びたものが好きなのだ」とも書いています。

私も学生時代に乗った急行「銀河」。東京から大阪まで8時間少しで走っていました。「まことに昭和的な速度で夜をくぐりぬける「銀河」だが」と、この列車に乗ったこと、昭和50年代には多くの寝台特急が運行していたことに触れながら、旅は続いていきます。

この本の良い所は、取材にいった場所の鉄道路線の地図が載っていることです。文章と地図で読み進める楽しさを味わえます。その一方で、「鉄道趣味が昨今はブームの様相を呈している。廃止になる寝台特急最後の運行の日の東京駅ホームの混雑ぶりなど、正気の沙汰かと思う。」と批判し、「背景には、昭和戦後への郷愁があるのだろう。」と分析する。疲れるだけの寝台特急の旅が、「成長する日本とともに走っていたという思いが郷愁を誘うのだろうか。」と。

鉄道文学のスタイルを広めた宮脇俊三についての解説もあります。国鉄旅客営業路線208294キロ完全乗車を記録した「時刻表2万キロ」はベストセラーになりました。この本について関川は、

「『汽車に乗ることが好き』といういわば『児戯』をほとんど極限まで追求するまじめさと、それを記述する正確で穏やかな文書にひそむユーモア。そのバランスのよさゆえである。『徒労』も文学化の魅力といってもよい。」と書いています。

宮脇だけでなく、鉄道に縁のある宮沢賢治、幸田文等も登場。「小説中に、汽車を主要な要素として登場させた最初の人は夏目漱石だと思う。」とも。

季節も良し。この本をパラパラ読んで、電車に飛び乗ってはいかがでしょうか?

UR都市機構が手掛けるWebMagazine「OURS.KARIGURASHI MAGAZINE」が書籍になりました。題して「#カリグラシ 賃貸と団地 貸し借りのニュー哲学」(ぴあ/古書1100円)です。m

家を借りる、あるいは賃貸マンションに暮らすのって皆さんなさっていることです。しかし、今、そのスタイルが急激に変化しています。それを取材したのが本書です。

「貸し借りという行為をきっかけにして、暮らしがより面白いものになる可能性があるのではないか、そんな思いが、この本のスタート地点になっています。」

と書かれているように、ユニークな「貸し借り」をしている人が登場します。京都の出町柳駅前にあるレンタサイクル「えむじか」は、シェアサイクルという新しいやり方を実施しています。出町柳駅は京阪電車の発着駅なので、朝、出町柳まで自転車で来て大阪方面に行く人と、大阪から出町を経由して京都市内各地へ向かう人が、ここでその自転車に乗って出かけるという、一台の自転車をシェアするというものです。究極の無店舗サイクルショップです。

金沢のお寺に住んでいる陶芸家、四井さんは、一人で寺に住んでいます。「暮らしの根本は、あくまでも個々がどうして生きていけるのかっていう、切羽詰まった問題だなと思うんですよ。そういう意味でも、お寺って自分がどう生きるのかってことを考える原始的な場所かもしれません。」という考え方です。たしかにお寺って、修行の場ですからね。

福井県鯖江市で活動する、もの作り集団TUGMIのメンバーの一人は、血縁関係のないおばあちゃんと二人暮らしです。おばあちゃんのご自宅の二階が彼の住居です。お互い深く干渉し合わない関係性が、うまくハマった幸せな二人みたいです。こんな暮らし方はなかなか難しいと思うのですが、

「こういう暮らしかたが認められるようになれば、若者が地域に入っていく際の選択肢にもなると思います。年齢が違っても尊敬できる人と一緒に住むことが当たり前になる社会って面白いな」

といった具合に、そんな考え方もありか、そうだよなと、体に染み込んだ常識を溶かしてくれる一冊です。

因みに私がこの本を手にしたのは、引越し作業を写真に撮って作品にしている写真家、平野愛さんの個展を誠光社で見たことが切っ掛けでした。この本でも引越作品を見ることができます。

もう一つ、何人かの写真家の”団地愛”に満ちた団地写真が収録されていますのでお見逃しなく!

コラムニスト小田嶋隆の「上を向いてアルコール」(ミシマ社/新刊1620円)は、重度のアルコール依存症だった過去を振り返ったノンフィクションです。坂本九の「上を向いて歩こう」のパロディみたいなタイトルからして、よくある「私はこうして治療した」みたいな真面目なだけの闘病記ではありません。

なんとなく風呂上がりに一杯、就寝前の一杯は一日を終えるための一区切り。しかし、歯止めがきかなくなり飲む量が増え、重症になってくると、連続飲酒発作と呼ばれる、朝から飲み始めて、吐いて、意識朦朧となり、点滴でなんとか立ち直る状態が定期的にやってきます。それもだんだん短い期間で……。

「40で酒乱、50で人格崩壊、60で死にますよ」

そう医者から宣告された小田嶋は、その酒浸りの日々を見つめながら、酒ってなんだ?、アル中って何なんだ??ということを考えます。彼によると「アルコール依存って、考え方の病気です」。実力以上の自己評価だったり、酒なんかでは潰れないという妄想。

「実際アルコールで頭おかしくなって引き返せなくなった人たちの中には、オレは必ず成功する、みんなオレの実力を知らない、そういう自己肥大妄想に浸っている人たちがけっこういます」と彼は書いています。

結構つらい描写があるのですが、何故だか笑えてくるところが、この本の面白いところです。アル中患者のリアルな姿を見て笑うなんて、不謹慎なのかもわかりませんが、悲惨だった自分を冷静に、大げさにならずに、ふんふんと描いているからなのでしょう。

担当医が、こう言っています。

「アルコールをやめるということは、単に我慢し続けるとか、忍耐を一生続けるという話ではない。酒をやめるためには、酒に関わってきた生活を意識的に組み替えること。それは決意とか忍耐の問題ではなく、生活のプランニングを一からすべて組み替えるということで、それは知性のない人間にはできない」

知性というものがいかに大事か、ということへと本書は向かいます。そして、最後に、アルコール依存症に代わる新たな脅威としてスマホの存在を上げています。「スマホを忘れたときの心細さは、アル中時代の焦燥感と同じ」だと。

この本は何かに依存することの怖さを訴えて終わります。酒を飲む人も、飲まない人も、スマホを離せない人も、そうでない人も読んでください。

 

こんな面白い本を出版している『ミシマ社』の特別企画展を、4月11日(水)〜22日(日)当店ギャラリーにて開催します。さて、何が飛び出すやらお楽しみに!