UR都市機構が手掛けるWebMagazine「OURS.KARIGURASHI MAGAZINE」が書籍になりました。題して「#カリグラシ 賃貸と団地 貸し借りのニュー哲学」(ぴあ/古書1100円)です。m

家を借りる、あるいは賃貸マンションに暮らすのって皆さんなさっていることです。しかし、今、そのスタイルが急激に変化しています。それを取材したのが本書です。

「貸し借りという行為をきっかけにして、暮らしがより面白いものになる可能性があるのではないか、そんな思いが、この本のスタート地点になっています。」

と書かれているように、ユニークな「貸し借り」をしている人が登場します。京都の出町柳駅前にあるレンタサイクル「えむじか」は、シェアサイクルという新しいやり方を実施しています。出町柳駅は京阪電車の発着駅なので、朝、出町柳まで自転車で来て大阪方面に行く人と、大阪から出町を経由して京都市内各地へ向かう人が、ここでその自転車に乗って出かけるという、一台の自転車をシェアするというものです。究極の無店舗サイクルショップです。

金沢のお寺に住んでいる陶芸家、四井さんは、一人で寺に住んでいます。「暮らしの根本は、あくまでも個々がどうして生きていけるのかっていう、切羽詰まった問題だなと思うんですよ。そういう意味でも、お寺って自分がどう生きるのかってことを考える原始的な場所かもしれません。」という考え方です。たしかにお寺って、修行の場ですからね。

福井県鯖江市で活動する、もの作り集団TUGMIのメンバーの一人は、血縁関係のないおばあちゃんと二人暮らしです。おばあちゃんのご自宅の二階が彼の住居です。お互い深く干渉し合わない関係性が、うまくハマった幸せな二人みたいです。こんな暮らし方はなかなか難しいと思うのですが、

「こういう暮らしかたが認められるようになれば、若者が地域に入っていく際の選択肢にもなると思います。年齢が違っても尊敬できる人と一緒に住むことが当たり前になる社会って面白いな」

といった具合に、そんな考え方もありか、そうだよなと、体に染み込んだ常識を溶かしてくれる一冊です。

因みに私がこの本を手にしたのは、引越し作業を写真に撮って作品にしている写真家、平野愛さんの個展を誠光社で見たことが切っ掛けでした。この本でも引越作品を見ることができます。

もう一つ、何人かの写真家の”団地愛”に満ちた団地写真が収録されていますのでお見逃しなく!

コラムニスト小田嶋隆の「上を向いてアルコール」(ミシマ社/新刊1620円)は、重度のアルコール依存症だった過去を振り返ったノンフィクションです。坂本九の「上を向いて歩こう」のパロディみたいなタイトルからして、よくある「私はこうして治療した」みたいな真面目なだけの闘病記ではありません。

なんとなく風呂上がりに一杯、就寝前の一杯は一日を終えるための一区切り。しかし、歯止めがきかなくなり飲む量が増え、重症になってくると、連続飲酒発作と呼ばれる、朝から飲み始めて、吐いて、意識朦朧となり、点滴でなんとか立ち直る状態が定期的にやってきます。それもだんだん短い期間で……。

「40で酒乱、50で人格崩壊、60で死にますよ」

そう医者から宣告された小田嶋は、その酒浸りの日々を見つめながら、酒ってなんだ?、アル中って何なんだ??ということを考えます。彼によると「アルコール依存って、考え方の病気です」。実力以上の自己評価だったり、酒なんかでは潰れないという妄想。

「実際アルコールで頭おかしくなって引き返せなくなった人たちの中には、オレは必ず成功する、みんなオレの実力を知らない、そういう自己肥大妄想に浸っている人たちがけっこういます」と彼は書いています。

結構つらい描写があるのですが、何故だか笑えてくるところが、この本の面白いところです。アル中患者のリアルな姿を見て笑うなんて、不謹慎なのかもわかりませんが、悲惨だった自分を冷静に、大げさにならずに、ふんふんと描いているからなのでしょう。

担当医が、こう言っています。

「アルコールをやめるということは、単に我慢し続けるとか、忍耐を一生続けるという話ではない。酒をやめるためには、酒に関わってきた生活を意識的に組み替えること。それは決意とか忍耐の問題ではなく、生活のプランニングを一からすべて組み替えるということで、それは知性のない人間にはできない」

知性というものがいかに大事か、ということへと本書は向かいます。そして、最後に、アルコール依存症に代わる新たな脅威としてスマホの存在を上げています。「スマホを忘れたときの心細さは、アル中時代の焦燥感と同じ」だと。

この本は何かに依存することの怖さを訴えて終わります。酒を飲む人も、飲まない人も、スマホを離せない人も、そうでない人も読んでください。

 

こんな面白い本を出版している『ミシマ社』の特別企画展を、4月11日(水)〜22日(日)当店ギャラリーにて開催します。さて、何が飛び出すやらお楽しみに!

 

 

こんな写真集フランスで出ていたんだ!!という驚きの一冊。

昭和三十年時代、殺人事件を捜査する刑事たちの日常を追いかけた「張込み日記」(新刊/2916円)のフランス版です。装幀、ブックデザインは、フランス版の方が良い出来だと思いました。表紙に使ってある写真なんて、まるでフランス映画のワンカットみたいです。写真の構成もフランス版独自の編集みたいで、(7000円/出品・マヤルカ古書店)お値段は高いですけど、これは部屋に飾っておきたいクールな一冊です。

根強いファンの多い詩人、天野忠も二冊出ています。一冊は「掌の上の灰」(2800円/出品・徒然舎)で、表紙の絵は、滝田ゆうです。最後に載っている「世間へ」という詩は、仔猫の独立を描いた作品ですが、平易なことばで、希望や哀しみや切なさが立ち上がってきます。天野忠の詩は、京都言葉の巧みな扱いで、人生の機微をヒョイと描くところに良さがあるのだと思います。「私有地 天野忠詩集」(1600円/出品・徒然舎)にこんな詩があります。

「どっちが先か わしか おまえか そら わしが早いのがえぇ わしがすんでから 来てくれたらええ いそがんでもええ

ゆっくりしてからでええ それまでは たのみます ・・・・・ なあ ばあさんや」

「彼岸」という作品です。ホッとさせてもらえます。彼の詩集ってあんまり古本市に出ないので、お早めにどうぞ。

お次は、ガラリと変わります。「谷崎万華鏡」(300円/出品・橘史館)です。これ、谷崎作品を個性的な漫画家がコミック化したものです。今日マチ子「知人の愛」、高野文子「陰翳礼賛」、古屋兎丸は永井荷風が絶賛した「少年」を、とコミックで谷崎の世界を表現しています。とりわけ面白いのは、しりあがり寿が「瘋癲日記」とヘミングウェイの「老人と海」を掛け合わせた作品でした。彼のハチャメチャさが見事にブレンドされています。ラストカットが秀逸ですね。

「ある街の本屋の棚で、まだ真新しい一冊の本を見つけた。箱は銀箔をはりつけたように輝き、ショッキングピンクの帯には変体文字で薔薇十字社と書いてあった。私は吸いつけられるように指を伸ばし、その挑発的な本を引きずりおろした。『アップルパイの午後』尾崎翠作品集。」

薔薇十字舎、尾崎翠という名前だけで、本好きにはたまらんのが加藤幸子「尾崎翠の感覚世界」(600円/出品・1003)です。著者が尾崎に魅かれてゆく様が描きこまれた評論です。

★murren最新号「岩波少年文庫」特集号(520円)入荷中です。朝日新聞書評で取り上げたために、な、なんと重版決定です。岩波少年文庫で育った方には必携の一冊です。

 

 

 

ヴィルヘルム・ハンマースホイは、1864年生まれのデンマークの画家。彼の絵画の大部分は室内風景画で、住んでいたコペンハーゲンのアパートの室内を描いたものが多く、生活感や物語をうかがわせるものが、ほとんどありません。描かれている人物は後ろ向きであることが多く、鑑賞者と視線を合わしません。さらには無人の室内を描いた作品も、少なくありません。白と黒を基調としたモノトーンに近い色使いと静謐な画面は、ハンマースホイ独自のもので、観るものを不思議な世界に引き込んでいきます。東京で開催されたハンマースホイ展の図録「ヴィルヘルム・ハンマースホイ静かなる詩情」(5500円・出店者/葉月と友だち文庫)が出品されています。これは、個人的に欲しい図録です。最終日まであれば…..。

これとは正反対のエログロナンセンスの極みみたいなのが「新天地第一巻」(500円・出店者/トンカ書店)です。昭和26年発行のこの雑誌、表紙に「独身者読むべからず奇抜事件特集号」などと書かれています。ページをめくると「ああ だれにやろうか知らこの身体」などという文句と共に、水着姿の女性が写っていますが、今時のエロ写真に比べれば健康そのものですね。

次にご紹介するは、絵本「浦島太郎」(400円・出店者/旅猫雑貨店)です。なんで、今さら浦島太郎、と思われる方が多いはずですが、面子が凄いのです。文章は物理学者の中谷宇吉郎、影絵の第一人者、藤城清治が絵を、写真を松本政利が担当しています。出品されているのは、平成15年に復刊されたものです。藤城の見事な影絵が楽しめます。発行元は暮らしの手帖社。後書きには、この三人が藤城の影絵作品をみているところが写っています。

女子の古本市は3月4日(日)まで

★壁面では「松田敏代素描展・彼女たち」を同時開催中です。合わせてお楽しみ下さい。

 

 

 

小川洋子と平松洋子の対談集「洋子さんの本棚」(集英社文庫/古書300円)を、単なる読書案内の本と思って読み出したのですが、そうじゃなかったんです。

第一章「少女時代の本棚」は、本好き少女二人の、微笑ましいシーンが一杯語られます。平松が、ツルゲーネフの「はつ恋」で主人公が令嬢を鞭打つ場面で茫然となったり、三浦哲郎「忍ぶ川」にあるセリフ「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ」というセリフ通りに、素っ裸で寝た逸話などが出てきます。

第二章「少女から大人になる」では、本の紹介からさらに女性性についての考察へと向かいます。この章で小川はアンネ・フランクの「アンネの日記完全版」、中沢けいの「海を感じる時」を、取り上げています。一方平松は、増井和子「パリから 娘とわたしの時間」、西原理恵子「パーマネント野ばら」、キャスリン・ハリソン「キス」を。

「パリから 娘とわたしの時間」では、十歳から十五歳にかけて女の子の心と体が、劇的に変化する時代をどうすり抜けてゆくかを語りながら、著者の増井と同じ母の立場から、平松は「娘の中に女を発見した、認めた女性性から私は逃げないという、ある種の母としての覚悟みたいなものが、増井さんの中にあるんだ」と語っています。

さらに「アンネの日記完全版」では、小川が「自分の性器の仕組みを、自分で見て、詳細に書いている」ことを上げます。アンネが体のこと、性のこと、男の子のことを知りたがっていることが詳細に書き込まれ、実際にベーター少年と恋をして、キスして、お互いを理解して、はい、おしまいにしてしまいます。

平松は「性の目覚めを通じて、あ、人はひとりなんだ、自分で立っていかなくちゃいけないんだというそのことを、少しづつ発見していった」とまとめていますが、これは男の性にはありません。男の子にとって性の目覚めは、そのまま性の妄想、いや憧れです。

さて、ここからです、この本がスリリングになってくるのは。性の目覚めを通して、娘は母を乗り越えていこうとするという真実へと向かいます。女性には「生まれる時、自立する時、親が死ぬ時。人生には三回の裁ちバサミがある」ということを、「海を感じる時」を参考にしつつ、語っていきます。もう、ここまでくると、男の私から見れば異星人のお話です。しかし、それが極めて面白いのです。

この章の終わりが傑作です。平松が作家高樹のぶ子の「女にとって男は人生のお客様」という言葉を受けて、小川が「なるほどね、来ては去り、通り過ぎていく。」のかと納得した後、

平松 「パーマネント野ばら」もそうですよね。基本的に男たちは通り過ぎてゆく。それこそ風景みたいに。

小川 男は風景。そうかそうか。そう思えば、いいんですね

 

さて、男性諸氏はどう思われるかわかりませんが、「男は風景」って言葉、私は嫌じゃないですね。

 

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  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)月曜定休日

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。(古本市準備のため19日、20日は連休いたします)

 

1930年、ポーランドに生まれたライナー・チムニクは、ミュンヘン美術学校に進み、1954年在学中に、「熊とにんげん」を発表します。自然と人間を優しく見つめた絵物語の傑作で、話題をよび日本でも翻訳されました。その翻訳者、上田真而子は、エンデの「はてしない物語」等で有名ですが、彼女が最も愛した一冊が、この「熊とにんげん」(徳間書店/新刊1512円)でした。

踊りをする熊をつれた男が、村から村へと旅する物語です。熊と男の友情を中心に、自然と人間を見つめています。上田は、「ナイーブな、純な、ういういしさがあると思います。それでいて、世の中を、人生を鋭く見透している眼があり、それはある意味で宮沢賢治の世界と重なるのではないかと思いました。」と後書きに書いています。

「かれらは村から村へとわたっていった。ふしくれだったりんごの古木やさんざしなどの並木とともに、かれらのすがたはいなか道にすっかりとけこんでいた。ゆっくりと、いつも同じ、ひと呼吸に三歩の足どりで歩いていった。」という文章の横には、並木道をゆっくりと歩む二人の後ろ姿が描かれています。上手いですね、この背中の曲がり方。生きることの哀愁がワンカットで浮かび上がります。

物語は「いなか道に旅芸人のすがたを見ることは絶えてひさしく、おどる熊も、いまはいない」という文章で終わりを迎えます。けれども、何かの拍子に、遠くから踊る熊の足音、おじさんが鳴り響かせる音楽が聞こえてくるようです。かつてはりんごの古木が並んでいた道には、電線が張り巡らされ、カラスがたむろしている絵が添えられていました。哀感あふれるエンディング。

チムニクは、その後、矢川澄子の翻訳で「セーヌの釣りびとヨナス」(パロル舎/古書1700円)、「タイコたたきの夢」(パロル舎/古書1700円)と寓意に満ちた作品で多くのファンを獲得していきました。

 

 

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私は熱心な石牟礼道子ファンではありません。まだ代表作「苦海浄土」も読んでいません。しかし、池澤夏樹が編集していた日本文学全集に収められた「椿の海の記」、「水はみどろの宮」には心動かされました。以前ブログに書いたことがありますが、今一度ご紹介します。

「苦海浄土」を発表されたのが69年。それから4年後、筑摩書房の「文芸展望」創刊号から連載されものが「椿の海の記」です。76年朝日新聞社より単行本として発行されたものが手元にあります(古書1200円)。小説なのか、彼女が育ってきた郷土への想いを綴ったエッセイなのか、いずれにしても豊饒な郷土、不知火を描ききった作品だと思います。

帯に瀬戸内晴美(寂聴)が書いています。

「不知火沿岸は、この女詩人の記憶の中では光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である。その美しさを希有で完璧にえがききることによって、冒され、汚された故郷の現実の悲惨を無言のうちに告発する」

「光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である」は、この作品の本質だと思います。四季折々の風景と、そこに生きる人達の自然と対峙した生活を、練り上げられた文章で描いていきます。むっ〜と肌に覆い被さるような夏の熱気、突刺さるような冷気が漂ってきます。

「色どりあでやかな、熱気を帯びた天乞いの行列が、汗をふりこぼし、山の迫々からそのようにしてくり出して、町方のドラと合流し、渦巻き状となりながら、道の幅に従ってほそく伸びたり、ひろがったりして来る。行列はもう連日、炎天下の行事に憔悴しきっているのだが、神を招ぶものの目つきになって栄町どおりまで来て、浜辺をさしていた。」

踊り狂う天乞いの行列の汗が飛び散ってきそうです。池澤夏樹がゆっくり、ゆっくり読む本だと書いていたと記憶していますが、一行一行、声に出して読んでいきたい、長い長い詩なのかもしれません。

一方、「水はみどろの宮」(福音館文庫/古書400円)は、壮大な神話的ファンタジーです。千年狐のごんの守と共に山の彼方へと飛んで行けそうです。石牟礼と同じ熊本出身の坂口恭平は「みっちんの本は音符のない楽譜だ。わたしはつい歌ってしまう。歌っていると山の精がとんできて、アスファルトから草がもさもさと生えてくる。」と賛辞の文章を書いているのですが、上手いなぁ〜この言い方。ホント、この通りなんですよね。

「苦海浄土」が取り上げられることが多いのですが、是非この二作品を読んでもらいたいものです。

石牟礼さんのご冥福を御祈りします。

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  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)月曜定休日

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。(古本市準備のため19日、20日は連休いたします)

 

西村ツチカの「北極百貨店のコンシェルジュさん ①」(小学館/古書500円)は、来場するお客様がすべて動物という奇妙な百貨店で、個性的なお客の相手にする、新人コンシェルジュ秋乃さんの毎日を描いたコミックです。

問題を抱えたお客たちと秋乃さんの交流の物語で、優しいタッチで多くの動物たちが登場します。少女マンガらしい世界なのですが、オチが見事なのです。全5話収録されていますが、その主人公たちはすべて絶滅してしまった動物達です。

第一話「笑うお客様」に登場するフライフクロウは、こう書かれています。「フライフクロウ ニュージーランドに生息。体長40cm。高笑いのような鳴き声が特徴。1914年、サウスカンタベリーでの目撃記録を最後に絶滅。」

この百貨店にはVIPならぬVIAというランクのお客様がいます。VIA=Very Important Animal,即ち絶滅種の動物達なのです。

第二話は、1880年代に棲息地だった北米から姿を消したウミベミンク。第三話には日本オオカミが登場します。これ、オスのオオカミが慕うメスオオカミとの恋物語になっています。

「ニホンオオカミは古代から社に祀られる信仰の対象であり、多くの民話が残されている。くわしい生態は不明のまま1905年に絶滅。」

百貨店スタッフの協力で、VIA待遇の二匹、いやお二人はゴールインとなります。しかし、そんな情景をここに勤務する外商マンが吐き捨てるように、「ふん、よってたかって絶滅種の恋路に介入して、人工繁殖もかくやとばかりの造物主きどりですか。」と言い放ちます。

可愛らしいキャラが登場するコミックでありながら、人間が滅ぼしてしまった動物たちへのレクイエムを随所に散りばめた作品です。なお、このマンガは現在「ビッグコミック」に連載中です。

西村ツチカは、短篇集「西村ツチカ作品集 なかよし団の冒険」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞後、着実にファンを獲得している作家で、この本の帯には、松本大洋、恩田陸の人気作家が賛辞を書いています。

ニホンオオカミといえば、古代から社に祀られる信仰の対象であったニホンオオカミの、護符をめぐるノンフィクション「オオカミの護符」(小倉美恵子著 新潮社/古書900円)は、映画「オオカミの護符ー里びとと山びととのあわいに」のプロデューサーである本人が書いた、オオカミ信仰にまつわる傑作です。こちらもぜひどうぞ。

 

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  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけて下さい。

 

 

 

森まゆみは、昔、BSTVで放映していた読書番組でコメンテーターを務めていて、セレクトされる本が面白いものばかりでした。

地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の発行を続けながら、数多くの本を出しています。今回、ご紹介する「寺暮らし」(みすず書房/古書900円)は、ふと立ち寄った不動産屋で紹介された、お寺の境内にある賃貸物件に魅せられて、引越し、そこで暮す様を綴ったエッセイ集です。(このハードカバーは絶版)

寺の境内に住んでいるからこそ発見出来る事や、驚きを体験しながら、この”寺暮らし”の楽しさに引込まれていき、都会暮らしで忘れていたことに再び出会います。

例えば、雨の音です。

「たしかに雨の音にも霧雨小ぬか雨、篠つく雨からどしゃぶりまで、さまざまに変化があるのに気づいた。今まで何を聞いていたんだろう。子どものころ、世田谷の祖父の軒の深い家で、庭に面した縁側で大雨の日に昼寝した爽快さを思い出した。土に当たった雨が霧となって庭先からあおるように、私の体にふりかかっていたあの快楽を……..。」

お洒落な店も、高級食材も、隅々まで清潔、無菌状態に保たれた家も登場しません。ありあまるモノと情報から、少し距離を置いたところで、少々の不便もまぁいいか、といなしながら、本当に大事な暮らしの原点を見つめていきます。だから、日常生活の様々なシーンを描く向こうに、大量消費に踊らされる社会への不安とモノ至上主義の風潮が見えてきます。

映画「失楽園」を観て、こう批評しています。「荒唐無稽なのは不倫の末心中する男女が、ほんの束の間の逢瀬のためマンションを借り、大きなダブルベッドを入れてしまうことである」恋の暴走は致し方ないにしても、シティ風マンションに素敵なベッドはないだろう。これもモノ先行の世界への批判です。

蛇足ながら、この後に続く文章にひざを打ちました。

「身勝手に心中した彼らの後始末は誰がするのだろうか、不思議だった。『結合した遺体』も部屋もベッドも、裏切られた夫と妻がするしかないではないか。じつにハタ迷惑」

おっしゃる通り。こんな、そう、そうと笑えるところを探すのも本書の楽しみですね。

和田誠は1959年から68年までの9年間、デザイン会社ライト・パブリシティに勤務していました。タウン誌の老舗「銀座百点」編集長から「和田さんがライト・パブリシティに務めていた60年代は、銀座がとても面白かった時期です。そこで、銀座の思い出を書いてくれませんか」と依頼を受け、執筆を開始。二年に渡った連載を一冊にまとめたのが「銀座界隈ドキドキの日々」(文藝春秋/古書1050円)です。

1959年、和田は23歳。広告デザイン会社の草分け的存在だったライト・パブリシティに入社します。ここで様々なデザインの仕事を通して、現在の和田誠ワールドを形成してゆくのですが、おどろくべきは、この会社在籍時代に作った交友関係です。業界内のお付き合いもさることながら、それ以外のところで、どんどんと広がっていきます。

例えば、ジャズが好きだった和田は、京都でのジャズコンサートの企画をやります。その時、司会を落語家にという案が持ち上がり、この企画にからんでいた作家の都筑道夫が一人の若手落語家を紹介します。それが柳家小えん。京都でのコンサートで、彼はソツのない司会をこなし、和田と大いに飲み語り、それから一年。和田のもとに彼から真打披露の案内状がきます。立川談志です。

61年、篠山紀信がライト・パブリシティに入社してきます。優れた写真テクニックを持っていたものの、超生意気な青年で、フツーはカメラマン助手からスタートするのに、オレはいやだ、最初から一本立ちすると主張して、社内でも軋轢を生んでいました。和田は、そんな彼と飲み、彼のユーモア抜群のセンスを気に入り、親交を深めて生涯の友となります。

ところで、方々で衝突する篠山のようなオトコを入社させたのは「お主、やるな」という篠山の気合いに惚れた会社の判断だったとか。今ならあり得ない採用ですね。

こんな風に、和田は多くの、才能溢れる人物たちとの知遇を得て、社内、社外で様々な仕事を引き受けていきます。彼がぐんぐん伸びてゆく様、青春時代を読むことができます。

こんなこともあったそうです。

ジャズピアニストであり作曲家、アレンジャーとしても活躍していた友人の八木 正生の家に行った時のこと。そこに高倉健がいました。しかも八木のピアノを伴奏にして歌をうたっていました。曲は「網走番外地」。八木はこの映画の音楽担当であり、主題歌のレコーディングのために、八木の家で練習していたところに、和田は遭遇したのです。

日本を代表するイラストレーターの、輝かしい若き日の軌跡をたどりながら、60年代の様々なカルチャーシーンの断片を浮き上がらせる本でもあります。