まぁ、ほぼ手を出さない作家というのがいます。例えば染織家、志村ふくみがそうです。しかし、彼女の「ちよう、はたり」(ちくま文庫800円)は、読みました。

何故かというと、女優で文筆家の山口智子が書いていた解説を読んだからです。「色っぽい人間でありたいなと思う」で始まる解説は「人生において忘れたくないもの、それは私にとっては『色気』だ。」と続き、志村ふくみが持つ色気をこう解説します。

「まるで生まれたての生糸のような、春爛漫の菜の花畑の羽色のような、初々しくも神々しい光の束のような色彩。私がいつも心奪われるふくみさんが纏う色気は、きよらかで眩しい。」

「色は、世界に降り注がれる光の化身。魂を震わせる宇宙からの寄せ来る波。」と。

これは読まねば、と思い本文へと入りました。本のタイトルにもなっている「ちよう、はたり」の意味を解説する最初から研ぎ澄まされた美しい言葉に数多く出会うことができました。

文庫の後に付いている解説って、通り一遍の事しか書いていないセンスのないものもありますが、店頭でパラパラと眺めて、その解説が気に入って買ったものも多数ありました。

映画、文芸評論家川本三郎が桜木紫乃の「誰もいない夜に咲く」(角川文庫400円)もそんな一冊でした。北海道出身の桜木の描く世界を「文章のなかから北海道の風景が立ち上がってくる。観光絵葉書にあるような美しい北海道ではない。人びとの暮らしがしみこんだ風景、人間を小さな存在に見せてしまう荒涼とした風景、桜木紫乃は風景のなかに人間を置こうとする。」

その言葉通り、桜木の小説にはそんな北海道が登場します。川本は最後に、地方に留まり普遍を描くという意味で、諫早に踏みとどまった野呂邦暢を引き合いに出し、彼女も同じ思いだろうと結論づけています。

解説がしっかりしているという点では、講談社文芸文庫が優れているということは、皆さんご存知かと思います。

小林信彦の「決壊」(700円)の解説を書いた坪内祐三の文章は、「『家』の問題こそ、小林文学の、小説やノンフィクションを問わず、一貫したテーマでもある。」

と言い切っていますが、小林の小説を読み続けて来た者として、的を得ていると思いました。

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。

個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

 

「日本野鳥の会」創設者、中西悟堂(1895〜1984)は、鳥の研究者であり、歌人であり、詩人であり、そして僧侶でした。寺田寅彦や、野尻抱影、岡潔らの自然科学者の優れたエッセイと同様、やはり彼も沢山書いています。

昭和32年に発行された「野鳥と生きて」(ダビッド社/重版・箱付2800円)もそんな一冊です。

「目もはるかにうちひらけた刈田の近くにも遠くにも、日を受けて黄いろく光る稲城の列が、一個小隊ずつの兵隊のように並び立つかなたに、東の空を極めて大きく孤状に塞いで 立つ滝山が」で始まる「鷲のプロフィル」は、蔵王山頂で見つけた鷲の姿を捉えた記録です。

「晴れた空間に唯一羽、光を浴びて舞いすましているその両翼の張りの立派さは、双眼鏡で検めるまでもなく、イヌワシであった。このあたりのどの山塊に棲むものであろうか?山稜のうしろへ次第に消えようとするその姿は、目に見えぬ糸でひっぱるように、私の足を頂上へと早めさした」

鳥の研究者が、一人ひた向きに、夏の蔵王山を、イヌワシの姿を求めて登ってゆきます。

あるいは、奥日光の秘境、西ノ湖で、思いがけずコチドリがいることを見つけ、「コチドリやイタチの足痕に交じって、夏だというのに、日本には冬しかいない筈のコガモの足痕が点々とあるのである。よく知っている足痕だから、まちがいはない。」とウキウキしながら鳥探しをしている男の姿が見えてきます。

とにかく、学者はよく歩く。若き日、寺で百八日間の座行、二十一日間の滝行、同じく断食を行ったのだから、どんな場所も平気。さらに、ある時期、野原の一軒家に住まいして、ソバ粉と大根と松の実を常食として、日々自然を見つめて暮すという、まるでソローの「森の生活」を実践するような生活を送っていました。

中西は、鳥の研究者であり、森の人でもありました。「敗れた国にも山河はあって、そこに咲くくさぐさや花や、鳴禽の囀りは昔のままだ。その花や鳥、せっかく残された国の宝、われわれの共有財産を、諸嬢よ、むやみにおびやかしたり、むしったりしてはならない。」と「若葉の旅」で述べています。昭和9年、「日本野鳥の会」を設立して、その時代から環境破壊への警告をしていました。

なお、平凡社STANDARD BOOKS シリーズとして「中西悟堂 フクロウと雷」(新刊 1512円)というコンパクトサイズのエッセイアンソロジーもあります。夏休み、高原や山に行かれるなら一緒に持っていくのに最適ですね。

ところで中西は60代手前で、冬でもパンツ一枚で過ごしだして、「心の修行などは、あてにならぬ 躰の修行からはじめよ」とこのスタイルで体操をし、長距離を歩いたらしい。赤塚不二夫の「おそ松くん」に登場するデカパンだったのか、彼は……..。

1980年、たざわ書房から発行された「アタゴオル・ゴロナオ通信」(初版/帯無し2400円)と1996年、朝日ソノラマから発行された「円棺惑星」(重版/帯付き1900円)が入荷しました。

前者は、いつもの大食い猫ヒデヨシが登場する物語を集めたもので、雑誌「宝島」や「猫の手帳」に掲載されたものです。友達には絶対したくないヒデヨシと仲間たちが巻き起こす騒動を描いた、奇妙で、不思議で、奇想天外なファンタジー世界。実際にヒデヨシと飲んだ日には、お前の顔なんか二度と見たくない!と大げんか必定のはずですが、なんだか憎めない奴だなぁ〜と思ってしまうのです。ますむらは、ヒデヨシの物語と同時進行で、宮沢賢治の童話を次々と、猫を主役にコミック化しています。特に、「虔十公園林」という、今でいうナショナルトラスト運動の原点を描いたような賢治作品は、原作を超えていると思います

ところで「アタゴオル・ゴロナオ通信」に「青猫島雨床通り」という作品が載っています。これは「自由時間」1976年1月号に発表された作品ですが、他のアタゴオル作品のタッチとは全く違います。

「青猫島にある鯖岸森には、200年間休みなく雨の降り続いている『雨床通り』という床屋街がある。」という文章で始まる短い作品です。銅版画のようなタッチで描かれた三枚の絵に文章がくっ付いた小品です。ちょっと不思議な街に彷徨い込んで、ふらりふらりして、はっと現実に戻ったような気分にさせてくれます。登場するのは、もちろん猫たちですが、どの猫も全く感情が読み取れない顔つきが、印象的です。

さて、もう一点の「円棺惑星」は、猫の登場しない作品です。ある奇妙な惑星で展開するファンタジーなのですが、暴力的で、グロテスクで、残酷な描写も登場します。アタゴオルに馴染んだファンの方は、もしかしたら戸惑うかもしれませんが面白いです。第一話「マネキン森は月の耳」で、マネキンと呼ばれる植物性人間が三日月の頃になると、人間の耳を齧るという事件が描かれます。で、このラスト。事件を解決した主人公の受羅という若者は、ふとこんな台詞を口にします

「マネキンが耳食うくらいたいした事じゃないかもしれない。オレたちの先祖は地球を食いつくしたんだ」

ここで、読者はこの世界は、人間が滅茶滅茶にした地球の未来の世界だったことを知ります。映画「猿の惑星」ラストで、自由の女神の一部が海岸から出ているのを発見した宇宙飛行士が、自分たちの星は核戦争で滅んだことを知って愕然とする、あの衝撃を目論んだのかもしれません。

今回入荷したものは帯も付いていて、中身も綺麗です。お買い得です。

ところで、8月20日まで著者の生まれ故郷の山形県米沢市立図書館で「ますむらひろし展」が開催中です。著者サイン入りの読書通帳もプレゼントされているとか。ファンなら見逃せませんぞ。

池澤夏樹編集の日本文学全集の「近現代作家集2」(河出書房1800円)が入荷しました。戦争、そして敗戦の混乱期から出てきた文人達のモダンな作品が網羅されています。

斎藤美奈子が、付録の小冊子で「『近現代作家特集2』は『作品本位主義』ともいうべきこの全集の思想をとりわけ強く反映した一冊」と書いていますが、文学史的流れでまとめらていません。

山本五十六海軍大臣と芸者の、温泉での逢瀬を描いた里見弴の「いろおとこ」は、花柳小説の小品です。へぇ〜こんな小説があったんだと驚きです。小説の中で、五十六であるとは明言されていませんが、誰でも気づく展開です。

きっと、戦時中は発表できなかった武田泰淳の「汝の母を」、色川武大「空襲のあと」など、戦争を様々な角度から捉えた作品がならびますが、井上ひさしの「父と暮らせば」が一番面白かった。宮沢りえ主演の映画は観ていましたが、原作の舞台劇は初めて読みました。原爆投下後の広島で生きる娘と、亡くなった父親の亡霊の、たった二人の会話劇で、緊張感が溢れながらも、ユーモアのある会話を通じて、原爆のいい知れぬ恐ろしさを浮かび上がらせます。

戦争を描いた作品の後に続く、現代的な感覚溢れる文学作品にも面白いものが一杯です。取り外し自由な女の片腕を借りてきた男が、その腕を愛撫する姿を描く、フェチ小説の巨匠川端康成の「片腕」、たった一夜の駅の待合室を舞台に、スリリングに展開する安部公房の「誘惑者」など、どちらも才気溢れる映画監督が映像化したら、極めてユニークな作品になること間違い無しの傑作。おそろしく新しい感覚の作品です。

収録されている作家は、ほぼ名前を知っていましたが、一人だけ初めて見る作家がいました。上野英信です。池澤によれば、「上野は筑豊に暮らしたルポルタージュ文学の作家である。ノンフィクションはジャーナリズムの延長上にあるが、ルポルタージュ文学はもう一歩だけ文学に近づく」と言及しています。

収録されているのは「八木山超えの話」。作家自身が働いた筑豊の過去への思いを書いた作品です。親の許しを得られない男女が、八木山の峠道を超えて、愛を全うする昔の風習を描いています。文学なのか、ノンフィクションなのか明確な線引きが出来ないのですが、様々な理由で八木山を超えてゆく男女の物語を垣間みることができます。

「よそのこつは知らん。ばってん、とにかく、あたや、みたこつもなか、きいたこもなか。反対はあるくさ。いまんごつ。やおうはなか。ばってん、どげな反対のあろうと、屁のカッパみたい。ぼーんと八木山超えばやる。それでいっぺんに勝負はきまる。文句はなか」

登場するばっちゃんのタンカが、気持ちいいですね。

 

永井荷風の「断腸亭日乗」を引き合いに出すまでもなく、日記文学はとにかく面白いものです。私が日記文学に目覚めたのは高橋源一郎「追憶の1989年』だということは、以前ブログで書いた事があります。

ミニプレス「仕事文脈」を出しているタバブックスから、丹野未雪著「あたらしい無職」(1512円)が入荷しました。これ、非正規雇用で出版業界を渡り歩く一人の女性の日記なのですが、面白いのです。

「会社ってなんだろう。未婚、女性、東京ひとり暮らし。不安もあるけど、好きな仕事をして形を決めずに生きる。非正規雇用、正社員、アルバイト、無職、30歳から41歳の切実な日々の記録」

という宣伝文句通りの内容です。「八月初日 今日から無職」で始まる第一章「39歳無職日記」。ハローワーク通いの日々が始まりますが、悲壮感はありません。「十月初日 さあ、今日も無職だ。」では、世間には案外39歳無職が多い事を知って、「たまに視聴者参加型クイズなんかに元気に出ている三十九歳無職がいると、『無職でも陽当たりよく生きていいのだ』と励まされたりする」なんていう描写に出会います。

やがて、出版社に職を得るのですが、ここがもうブラック企業なんじゃないの、と思える程に離職者の多い会社でした。しかし、一年後、「会社とは何だろう。この共同体でなければならない理由がわたしにはない。ここであらたに身につけた技術や人脈はほとんどなかった。」と退職を決意する。

そして第三章41歳無職日記は、こう始まる。

「三月初日 このまま何事もなく毎日が過ぎたら無職なんだなと思っていたのだが、何事もなく過ぎたので今日から無職だ。」

仕事への態度に誠意がない、などという方もおられるかもしれませんね。でも、書店のビジネス書コーナーにあるような会社での自己変革とか、社会人の自分探し等々の本なんかよりも、よっぽど内容のある本です。効率的に仕事をする本が、何のために役に立つのか理解できなった私にとって、自分に正直に生きている女性の行動の記録として、多くの共感を得るのではないかと思いました。

蛇足ながら、この本を読もうと思った切っ掛けは、8月15日を「終戦記念日」ではなく、「敗戦記念日」と表記していたことです。戦争に負けたことを敗戦と呼ばずに終戦と呼ぶメディアのごまかしに迎合せずに、きちんと「敗戦記念日」と本の中に書いていた作者の正しさを見つけた時、あ、信じられると思ったことです。

 

 

元ハーバート大学日本文学教授で、村上春樹の小説の英語翻訳者としても有名なジェイ・ルービンが、編集した「芥川龍之介短篇集」(新潮社1400円)というアンソロジー。この本には村上春樹が、「芥川龍之介ーある知的エリートの滅び」という序文を寄せています。この芥川論が、とても面白いのです。

「初期の芥川の作品の、当たるをかまわずずばずばと切りまくるような文体には、間違いなく、息をのむようなすさまじさがある。」

こんな文章に出会うと、芥川を読みたくなりますよね。私自身、へぇ〜、彼ってこんな技巧的でスマートな短篇小説が書ける人だったんだ、と気づいたのは最近です。

村上は言います。「まず何よりも流れがいい。文章が淀むことなく、するすると生き物のように流れていく。言葉の選び方が直感的に自然で、しかも美しい。」

以前ブログで紹介した「日本文学全集26巻 近代作家1」に収録されている芥川の「お冨の貞操」(河出書房新社1800円)などは、その好例だと思います。また、たった数ページで、中世の説話を現代語でリライト&リミックスして甦らせた「羅生門」を読めばわかります。

芥川の文学的センスと淀みなく進む文体は、しかしその一方で「文学者としての彼にとってのアキレス腱ともなった。その武器があまりにも鋭利で有効的であるが故に、彼の長期的な文学的視野、方向性の設定は、いささかの妨げを受けることになったのである。」と村上は指摘します。

有り余る才能だけで、新しい時代の動きをねじ伏せることが出来るとは思えません。文学史的に見れば、台頭しつつあったプロレタリア文学運動と、その真逆のような世界を描く私小説を芥川が受容できるはずがありません。

「人工的なストーリーテリングと、洗練された文章技術の中に、人間的含蓄を忍ばせること、それが芥川の生き方であり、書き方であった。そして私小説やプロレタリア文学の拠って立つ文学的方法は、そのような生き方とは根本的に対立するものであった。」

結局、芥川は、私小説的世界の方へと無理矢理自らを放り込むのですが、私は後期の芥川作品の熱心な読者ではないので、この時期の評価はできません。村上は15歳の時に読んだ「歯車」の、情景がいまだに鮮やかに残っていることを告白して、

「自らの人生をぎりぎりに危ういところまで削りに削って、もうこれ以上削れない地点まで達したことを見届けてから、それをフィクション化したという印象がある。すさまじい作業である。」と、書いています。

村上の20数ページの芥川論を精読して、収録された18点の小説を読むと、芥川が身近な存在になるかもしれません。

大学卒業後、なぜか幻想文学やファンタジーばかり読んでいた時期がありました。月刊ペン社という小さな出版社が「妖精文庫」というタイトルで十数点出版していて、その内、何点かを買った記憶があります。本には「妖精画廊」という小冊子が付いており、それが楽しみでした。

今回、シリーズの中の一冊、ウィリアム・モリス/中桐雅夫訳「サンダリング・フラッド」(月報付き1200円)が入荷しました。あぁ〜懐かしいな、この細かい字体を読んでたなぁ〜と思いだしました。

ウィリアム・モリスは、アーツ&クラフツ運動を牽引した人物として有名です。モダンデザインの創始者として、そのデザインは、あっ、モリス柄とすぐに分かります。一方で、モリスは文学活動も比較的早くから行っており、ファンタジー文学中興の祖と評価される「世界のかなたの森」は有名です。若者の幻想の中に存在していた美しい娘が生きる森の中で、繰り広げられる死闘を描いた作品で、世界観の美しさに唸りました。一時、晶文社が「ウィリアム・モリス・コレクション」全9巻を刊行しており、全部揃えたいと思った事もありました。(最近は古書市でも見かけません)

さて、「サンダリング・フラッド」は、悲恋ものだった….と記憶しています。(なんせかなり昔の読書体験だったのでね)

街を流れる大河サンダリング・フラッドを巡る、幻想的なユートピア小説とでも表現すればいいのでしょうか。やや時代がかった表現がありますが、ファンタジー好きなら外せない一冊でしょう。(ただし、上下二段でびっしりと印刷されているので、もう年寄りの私には再読不能です)

本を開けると、画家エドワード・バーンジョーンズデザインでモリスが織ったタピストリ、同じくバーンジョーンズのイラストとモリスのデザインによる「チョーサー物語集」、モリスデザインによるキルトの模様などの図版が収録されています。中世をユートピアとして捉えようとしたモリスらしい世界です。

ところで、この本を翻訳した中桐雅夫は詩人として有名で、私は「会社の人事」(晶文社)という、およそ詩集らしくないタイトルが面白そうだったので買ったことがあります。

「老い先が短くなると気も短くなる このごろはすぐ腹が立つようになってきた 腕時計のバンドもゆるくなってしまった おれの心がやせた証拠かもしれぬ」

という「やせた心」は、「おのれだけが正しいと思っている若者が多い学生に色目をつかう芸者のような教授が多い 美しいイメジを作っているだけの詩人でも 二流の批評家がせっせとほめてくれる」という嘆きを経て

「戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は おれは絶対風雅の道をゆかぬ」という詩人の強い決意で終わります。心に残る詩集でした。

モリスの全集も、中桐雅夫も発行元は晶文社。若い日の読書体験に、この出版社の影響を受けたのは間違いありません。私が新刊書店の店長だった時、最初にやった企画が「晶文社ベストセレクション」でした。

 

古典芸能の本、特に初心者が読んで面白い本を見つけると、つい仕入れてしまいます。

古い本ですが、堂本寒星「上方芸能の研究」(昭和29年河原書店2000円)は、上方歌舞伎、壬生狂言、さらに上方舞にまで及んだ書物です。この中で、京舞の井上八千代さんとの対談が載っていました。四世井上八千代襲名の時の対談です。厳しい先代とのお稽古の事や、これから四世としてどんな舞台を勤めてゆくのか、先代が三味線のお稽古にことの外厳しかった時のことなど、はんなりとした京都弁で話されています。

「わたしが上手に弾けまへんと、あんた、もういんどいてと、おこらはるのどす。さうなると、わたしは先代さんと二三日顔を合わさんやうにするのどした。」

当代の五世八千代さんも、祖母である四世のことを、それはもう厳しかったと話されているのをTVで観たことがあります。

人形浄瑠璃「文楽」の大夫として60数年活躍され、先日引退された竹本住大夫への聞き書き「人間、やっぱり情でんなぁ」(文芸春秋600円)でも、やはり厳しい修行の日々を語られています。思わず吹き出したのが、「コケコッーコあ、鶏が鳴いた、夜明けじゃィ、」という台詞を師匠宅で早朝から何度も何度も繰り返し言わされた時のこと、ご近所から苦情が出ました。

「『じゃかましいィっ、夜の明けたん分かってるわい!』と大夫顔負けの迫力の、ちょっと怖い声で怒鳴られました。これを聞いた師匠が血相変えて、言い返すために、物干し台に上がろうとされるのを必死で押しとどめて、大騒ぎになりました」とは、いかにも大阪的なエピソードですね。

だいぶ前に、竹本住大夫の舞台は拝見しましたが、全身全霊で向かって来る気迫に感動したことを覚えています。表紙のお顔も、なんとも深い人間味が漂っています。

舞台に上がる直前、どんな名人も上手くいくかという恐怖心が湧き上るのだそうです。その竹本住大夫の頭を過るのは、「どっちにしても、出たとこ勝負や」という一念でした。

「新人のときの『稽古はしてきた。よっしゃ、出たとこ勝負や』と自分に言い聞かせてました。初舞台から最後の日まで、毎日毎日思うことは一緒でした。」竹本住大夫ならではのきっぷの良さです。

もう一点、高田文夫監修の写真集「お後がよろしいようで」(ちくま文庫500円)は、高座や楽屋での、江戸前噺家の表情が数多く収録されています。キリッとした、いなせな雰囲気が満ちていて、折にふれパラパラめくっています。志ん朝のちょいと顔を上げた雰囲気なんかとても素敵です。

★勝手ながら7月3日(月)&4日(日)連休いたします

 

 

今も人気のイラストレーター、安西水丸の本が2点入荷しました。

一つ目は「スノードーム」(キネマ旬報社/初版2400円)。1889年のパリ万博に登場したスノードームは、ヨーロッパで人気を集め、その後アメリカに渡ります。安西は、スノードームのイラストを数多く手掛けてきました。本書は、常盤新平、秋本康、泉麻人、沢野ひとし、淀川長治、糸井重里、湯本香樹美などの著名人が、スノードームについての思い出を語り、そこに安西がイラストを付けた作品集です。映画評論家の淀川長治は、初めてNYでひとり暮らしを始めた時、その孤独感に押しつぶされないように、百貨店で「雪ダルマ」のガラス玉を買って帰りました。

「私はことあるごと、手で振ってガラスのなかの雪を降らした。いつも雪あらしの中でサンタはニッコリ笑っている。私と同じ孤独。ガラス玉の中だけの世界。そこにたった一人」

彼はこのガラス玉の中のサンタと仲良くなり、旅の終わりまで大事に持ち続けます。「外国の店、私にはアメリカの店、ニューヨークの夜の星の日に、ベッドの中でそっと握ったガラス玉の雪。私、ことし八十七歳が目のまえなのに、まだこのようにコドモ!」とその楽しかった思い出を書いています。

この本を編集した、百瀬博教と安西の対談が二本掲載されています。世界のスノードームの話から、映画の話まで読んでいてこちらが楽しくなる対談です。

もう一点は、「シネマストリート」(キネマ旬報社/初版2400円)です。こちらは雑誌「キネマ旬報」に1986年から89年に渡って連載されたシネマエッセイ集です。イラストレーター和田誠のシリーズ「お楽しみはこれからだ」と並ぶ、映画愛に満ちた一冊です。日本が第二次世界大戦で敗北した数日後、安西の父親が南の島で戦死した事がわかります。「ぼくは写真でしか知らない父の顔が、小津安二郎監督の一連の映画に出演している笠智衆さんに似ていることを、姉から言われて気がついた。そう言えば顔かたち、体つきまでよく似ている。」と書き記しています。きっと、小津作品の笠智衆を見る度に、安西は切ないものがこみ上げてきたと思います。

昔の映画をDVDソフト等で見る時に、側に置いておきたい一冊です。ちなみに、村上春樹との対談「私の嫌いなもの、怖いもの」で、安西は「犬が苦手」と語っています。犬だけじゃなく、どうも動物全般が苦手みたいとはちょっと意外でした。

 

なんか、東映の任侠映画にでも登場しそうな雰囲気ですが、全く違います。

白山連峰の大日岳に源を有する長良川は、南北に160数キロ流れる大河です。天然の鮎、鱒が遡ってくる自然資源豊かな川辺に、吉田萬吉は明治の終わりに生まれ、漁師としてこの川と向き合ってきた男の人生を追いかけたのが、天野礼子著「萬サと長良川」(筑摩書房/絶版1800円)です。

天野礼子は、京友禅職人の1人娘として生まれ、京都に育ち、開高健に師事し文筆活動を開始、アウトドアエッセイ、釣紀行等を発表。同じ京都生まれの俳優、近藤正臣と河川の乱開発防止運動に取り組んでいる作家です。

天野は長良川に通い詰め、年老いても、漁に出てゆく萬サに出会います。竿一本でアマゴとアユを釣る漁師、萬サを育んだこの川の魅力にのめり込み、彼の伝記を書き始めます。しかし、彼の漁師としての人生を描くだけでは終わらない悲しい事が起こります。それは長良川河口堰建設です。河口堰建設話が持ち上がるまで、長良川は本州で、唯一ダムを持たなかった川でした。

天野は「日本で唯一鵜飼の正しい伝統を継承する川、老人が川にきてニコニコしている川、アマゴやアユが百二十キロもの上流の街中で泳ぐ川、サツキマスが唯一天然産卵をくりかえせる川、そして何よりも吉田萬吉を竿一本で暮らさせた川が、この川である。」

だからこそ、「長良川の正しい姿を守れなければ、三万本も川があるというこの川の国ニッポンは、まもなく滅びることだろう」と、文学の師匠である開高健のバックアップを得て反対運動を始めます。

この本が出版されたのが1990年。全国的に盛り上がった反対運動にも関わらず、役人どもが、その五年後に河口堰を完成させてしまいます。 長良川の大いなる豊かさに生きた一人の漁師を追いかけながら、その豊かさが踏みにじられてゆく愚かさを浮き彫りにしていきます。

本が出版される前年、「長良川の一日」(山と渓谷社700円)というフォトエッセイ集に、開高健も「小説家は怒っているのである」という河口堰反対の刺激的な文章を寄せています。もちろん、天野礼子も書いています。「私たちがこの”最後の川”について考える刻を持つことは、自分たちの命を生かしてくれる自然を考える、一つのキッカケ、そして最後のチャンス」と書いています。

さて、萬サは、80歳を過ぎた時、肺の病気で病院に担ぎ込まれますが、奇跡的に復活します。その姿を見て、仲間の漁師達は囁きます。

「やはり、あんたはこの川の神様やな。あん人の船があそこに浮かんどるんが、長良川の風景やで」

魅力的なシルエットが目に浮かぶ台詞で、本は幕を閉じます。