一箱古本市の発起人として有名な南陀楼綾繁さんが、日本全国の本に関わる人達や、イベントを取材した「ほんほん本の旅あるき」(SHC/古書1000円)が、面白いです。

岩手県盛岡、秋田、宮城県の石巻・仙台、新潟、富山県高岡、三重県津、鳥取県松崎、島根県松江・隠岐、広島県呉・江田島、高知、徳島県阿波池田、北九州、大分県別府、鹿児島、そして、都電荒川線沿線の東京と、ほぼ日本全国が網羅されています。

盛岡編では、当店でも開店以来販売を続けているミニプレス「てくり」が登場します。

「『てくり』がブックイベントを始めるというので、参加するのを楽しみにしていた。この年は仙台、盛岡、秋田、会津でブックイベントがあり、その四か所に『東北ブックコンテナ』という地域の本と物産を販売するイベントが巡回するという。なんだか、東北の本の動きが盛り上がっているのを感じた。」

しかしその矢先、あの大地震が起こり、状況が変わりました。無理かもしれないと著者は思いますが、予定通り実施されます。どんな思いでスタッフは開催にゴーサインを出したのか。けれどこのブックイベントがスタートしたことが、東北だけでなく各地の本好きを勇気づけたと著者は確信しています。

そして、やはりミニプレス「Kalas」でお世話になっている三重県津編。「Kalas」を発行する西屋さんが企画したブックイベント「ホンツヅキ」で、著者は、古書店「徒然舎」オーナー深谷さん(当店の古本市でも毎度お世話になっています)と、西屋さんでブックトークをしています。

そして、「津にはカラス=西屋さんがやるなら一緒にやろうという人がたくさんいるんだなと判る。雑誌や店という『場所』を持ち、それを続けていくうちに出来ていく人間関係。それは『ネットワーク』という言葉が軽々しく響くほどの、貴重なつながりなのだ。」と考えます。

「続けていくうちに出来ていく人間関係」とは大事な言葉です。我々も、同業の書店さん、ギャラリーを利用していただいた作家さん達、当店を面白いと思って通っていただいているお客様とのゆるやかな関係に支えられています。顔の見えるお付き合いを重ね、好きな本で一緒に盛り上がる。そういうところにこそ、書店業界の未来はあるのではないかと思います。

この本は、本に関わる人達と彼らのイベントを追いかけたものですが、その土地土地で見たもの、食べたものなどが随所に散りばめられ、一度は行ってみたくなるように仕上がっています。昨年の夏休み、女房と行った別府編は興味深く読みました。また、「ガケ書房」店主の山下さんが登場して、オカマバーに行って、ふっくらした体系が好きなママに惚れられたと書いてありにやりとしました。

同業の方、ミニプレスの方たちが各地でがんばってることが心に残る本でした。

 

 

★町田尚子さんのCharity Calendar2019入荷しました。540円

(売上の一部は動物愛護活動の一貫として寄付されます)昨年も早々に完売しました。お早めにどうぞ!

 

 

 

 

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 

「こんなに明るい街で、多くの人がたいして明るいと思わずに生きている。それが世界的に見て特異なことなのだという自覚が足りない。日本は世界の中でも特別に明るい、光の国なのだ」

という警告で始まるのは中野純「『闇学』入門」(集英社新書/500円)です。古来、日本人は闇を友とし、月光を愛で、蛍を楽しみ、今も続く京都の愛宕詣出の様に夜登山を平気でしていました。しかしいつの間にか、四六時中、どこへ行っても光溢れる国になっています。

著者は、その原因を戦時中の灯火管制にあると指摘します。毎日続く暗闇で怯える日々。「この戦争のせいで、日本人にとって闇は怖ろしいだけのものになってしまった。もう闇なんていらない。」未来は光の中にあると考えた昭和一桁世代が、戦後高度経済成長を牽引します。「光る東芝」、「明るいナショナル」等のメーカーの宣伝文句が、それを物語っています。

そして、部屋全体をまんべんなく照らす蛍光灯の白い光で、部屋を真白にして闇を駆逐していきました。かつては、夜明けと日暮れが交互に訪れる、光と闇のページェントを受けながら暮らしていたはずです。

「闇と光のドラマを失ったこの単調な生活は、知らぬ間に、私たちにとんでもなく強いストレスを与え続けているのではないか」

闇=悪、光=善、という見方に疑問を持った著者は、古の日本文化へと向かいます。「蜩が鳴くと、訪れつつある闇に気持ちが向かう。秋の虫の音は、闇がそこにあることをしみじみと感じさせてくれる。虫は夜の闇を呼び、夜の闇を楽しむ装置だった。」ことは、多くの文学作品にある通りです。蛍狩りなど闇があって成立する文化ですね。日本人がいかに闇から恩恵を受けていたかということを、文学、信仰、風俗等あらゆるジャンルを通して証明していきます。

試しに、夜、部屋の電気を全て消してみて下さい。暫くは真っ暗ですが、やがてほんわかと周りが見えてくる。そして、落ちつく。その当たり前のことを、この本はしっかりと見つめていきます。私たちが日頃感じているストレスも、暗闇の中にひっそりと過ごせば、解消されるかもしれません。

24時間明るい状態にしているのは何故なんだろうか、という疑問に対しては、原発だと言い切っています。夜の電力需要は、昼間に比べて激減します。原発によって生じた夜の電力供給に、どんどん余裕が生じます。深夜の電力需要が上がれば、原発の存在価値も上がる。

「原発を推進していくなら深夜にいくら電気を使ってもかまわないし、深夜に電気を使いまくることこそが、原発とお国のためになる」と結んでいます。

今夜から電気を消して、夜空を眺めてみませんか。ひょっとして円盤が視界を横切るかも……..。

なお、暗がりの美学を追求した谷崎潤一郎の名著「陰翳礼賛」の文章と、大川裕弘の美しい写真とのコラボレーション、ビジュアル版「陰翳礼賛」(PIE/新刊2052円)も店に置いています。京都の老舗で撮影された作品も何点かあります。素敵です。

 

野性の激しさと美しさを撮り続ける写真家、石川直樹のエッセイ集「極北へ」(毎日新聞社/古書1300円)を読みました。

17歳の頃、カヌーイストの野田知佑と知り合った石川は、彼の影響でカヌーを始めます。野田の著書には、何度かアラスカの原野のことが登場しますが、石川は大学一年の時、カナダとアラスカに跨がるユーコン川へと向います。その頃、石川は、もう一人強く影響を受けた人物、星野道夫を知りました。星野はもう亡くなっていたのですが、彼の著書を読み、「今まで漠然としか描かれていなかった自分の進むべき道が、先住民文化や人類の旅路をヒントに動きはじめていく。」と語っています。

「ぼくは高校生の頃に出会った野田さんや星野さんの著作によって極北へと導かれていった。それから、十年。毎年のように極北の大地に通い続けている。その原点は、ユーコン川下りであり、このデナリ登山である。あのとき内から沸き上がってきた生きる喜びを、今でも忘れることはない。終わりのない長い旅は、このときからはじまったのだ」

石川の長い旅を、この本を読むことで知ることができます。

「アラスカにいると、人は寡黙になり、冷静になる。自分がたった一人の人間であるということを多かれ少なかれ意識するからだと思う。」そう、彼に言わせる極北の大地アラスカ。そこで、彼は魅力的な人達に出会います。星野道夫の友人ボブ・サムに偶然出会って、星野の本を手渡すという体験もします。さらに、星野が居候していた小さなエスキモーの村シシュマレフの元村長クリフォードに巡り会うという幸福が訪れます。

アラスカに続いて、2004年彼はグリーンランドへと向かいます。グリーンランドは総面積218万平方メートルの世界最大の島でありながら、人口56000人という世界最低の人口密度という特殊な環境の国です。グリーンランドの厳しい自然と、そこに生きる人びとの暮らしが克明に描き出されています。殆どの日本人にとってはグリーンランドは全く知られていない国です。だから、この石川の記録は貴重です。この地に暮す、猟師は、移動手段にスノーモービルは使わず、犬ぞりです。それは、狩りにでたフィールドで、機械が壊れたら、生きて帰れないからです。

「極地で生き抜くための知恵には、それが受け継がれてきた明確な理由がある。グリーンランドの犬ゾリは郷愁に彩られた過去の残滓ではなく、現在にいたるまで優れて同時代的な移動手段なのだ。ぼくのカメラは凍って動かなくなることが何度もあったが、犬たちは白い息を吐きながらいつまでも走り続けてくれた。」

著者と共に、この国を旅して下さい。

写真家には、文章が上手い人が多いと思います。巧みな、あるいは凝った文章、というよりむしろ平易過ぎる文章です。でも、的確にその場の状況を把握しているのは、常にファインダーを見続けているからかもしれません。

山形県、置賜(おきたま)地方で、、開催されたブックフェス「Book!Book!Okitama」。そのイベント関係者のお薦めの一冊や、ゲスト参加した高橋みどり、甲斐みのり、永江朗等のエッセイを収録したミニプレス「ndanda!(んだ・んだ)2」(750円)を入荷しました。

「Book!Book!Okitama」で開催された一箱古本市に、出店した方々が選ぶ「わのおすすめ、この一冊」が、面白いです。岡崎武「古本道入門」みたいな、いかにも古本好きならではのセレクトもありますが、ウンベルト・エーコ&ジャン=クロード・カリエール「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」という、本屋がドキリとする本も登場します。この本を推薦された装丁家は、日本語装幀が素晴らしいと書かれていますが、私も手に取った時にそれは感じました。

さすがだと思ったのが、南陀楼綾繁さんがお薦めの「山熊田」という写真集。山熊田は、新潟県村上市の地区名で、マタギの村。写真集は、ここで暮す人達を撮っています。以前に写真集を手に取った時、その迫力に驚かされました。東日本大震災時の地元新聞社の人々の悪戦苦闘を伝える「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」が登場するのは、東北ならではです。

後半、置賜に住む人達のこの一冊というコーナーがあって、景山民夫「遠い国からきたCOO」を推薦されている方がいました。自然破壊の問題、人と動物のコミュニケーションなどのテーマに挑んだ海洋冒険ファンタジーで、感動しました。小説の面白さをよくわかっていた作家だったと思います。

今年も、9月22日から10月7日の16日間にわたって、このイベントが開催されます。なんだかとても、楽しそうなブックイベントです。

 

★連休のお知らせ 7月2日(月)、3日(火)

★夏の一箱古本市8月8日(水)〜19日(日)まで店内にて開催

海外の小説、ジャズ、ロック等の新しい音楽、そして映画を好きな方は、一度は植草甚一の本を読まれたのではないかと思います。私も学生時代、せっせと読みました。「急にモダンジャズがすきになってしまって………だいたいの計算だと600時間ぐらいジャズをきいて暮らしていた」なんて彼の文章を読んで、これまたせっせとジャズ喫茶に通っていました。

体系的な評論活動ではなく、好きなものに片っ端から手を出していた植草は、若い頃、何に、誰に影響を受けながら、面白いことに熱中したのか。いわば彼の「ブルーの時代」を語った本を入荷しました。津野海太郎の「したくないことはしない 植草甚一の青春」(新潮社/古書・絶版1850円)です。津野は、植草の著書「映画だけしか頭になかった」、「ぼくは散歩と雑学が好き」等で編集に関わり、十数年にわたって付き合いのあった人物です。自由きままなライフスタイルを作り出した元祖、植草の人となりを、東京下町の商人の息子として生まれた幼年時代から語っていきます。

15歳の時、関東大震災に直撃され、30代後半で東京大空襲を経験するという青春を送った彼が、どうしてあんな自由な文体を操ることができたのか、興味あるところです。彼が使うと、その言葉の意味が、それまでの制限から解き放たれていきます。例えば、好きなレコードを買っては、演奏メンバーや曲目をノートに書き出していました。それを彼は「勉強」と言います。代表的作品「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」にも「勉強」が使われています。

津野は「『道楽』というかわりに『勉強』という。勉強というしかたで惑溺する。そんなタイプの勉強すき。植草甚一という人物を考える上で、これは重要な一点だと思う。」と記しています。植草が「勉強」という言葉を使うと、堅苦しさがどこかに消えます。

大学のようなアカデミックな世界とは無縁に生きてきた植草には、先生と呼ぶ人物はいません。しかし、津野は、彼が先生と呼べるのは堀口大學、飯島正、村山知義の三人だと口に出していたと書いています。原書で海外の小説を読むことを教えた堀口、映画の見方を伝授した飯島、そして欧州のアバンギャルド芸術に目をむけさせた村山が、植草ワールドに基礎になっていることを、この本で知りました。

かつて植草的世界にハマった方なら、再び読んでみようかな、という気分にさせてくれます。また、植草なんて知らないという世代にとっては、60年代にこんなファンキーなオヤジがいたことに、驚かれるかもしれません。

濱田研吾「増補文庫版脇役本」(ちくま文庫/古書800円)の「脇役本」という言葉に注目して下さい。映画、TVの『脇役』を紹介した本ではありません。いわゆる脇役と称される俳優が書いた「本」を「脇役本」と名付けて、その膨大なコレクションを紹介しています。主役クラスの役者さんの本って、山ほど出版されていますが、それに負けないぐらい出てることに驚きました。

そして、もう一つ「増補文庫版」という但し書き。著者の濱田研吾は、大阪出身のライターで、2005年右京書院から刊行されたこの本が、それから、十数年後、さらに集めた本を増補して文庫版として販売されました。好きな俳優、気になる役者が書いた本を、何年も何年もかけて集めてゆく!好きでなければできません。

コレクションの中には、どーでもいい内容の本もあります。しかし、役者という本職以上に、知識と見識を備えた本も沢山でています。2017年に亡くなった文学座出身の神山繁は、晩年京都嵯峨で暮らしていて、装幀、紙、製本に至るまで拘る京都の湯川書房から、自費出版で3冊の骨董エッセイを出しています(すべて非売)。小林秀雄と白州正子の薫陶を受けた神山だけに、見事な出来あがりになっていると、著者はあとがきで書いています。

文庫本には、80名近くの脇役が書いた本が紹介されています。悪役も、人情味溢れる役も、映画、TVで数限りなくこなした中村是好は盆栽を極め、「小品盆栽」を出していて、著者いわく「いい本である。これほど説得力のある道楽脇役本はなかった」と絶賛しています。

私の大好きだった二人の俳優の本も紹介されています。冷徹な悪役が上手かった内田朝雄は、二冊の宮沢賢治本を出しています。役者人生以上に文学者としてのキャリア長く、詩や童話への造詣が深く、46歳の時、賢治作品と出会い、後半生を賢治研究に費やしました。

もう1人は、やはりニヒルな悪役が見事だった成田三樹夫。読書、詩と句作を趣味とした成田は、50代半ばでこの世を去ります。没後、彼の遺稿句集「鯨の目」が発表されます(店にもありましたが、すでに売切れました)。この本は人気があり、2015年には増刷され(版元無明舎出版)、脇役本の中では、異例のロングセラーになっています。

スクリーンに、あるいは舞台に、そしてTVにちょいと出ては、消えてゆく俳優達が書いた様々な本。そこには自らの波瀾の生涯やら、本業以上にのめり込んだ趣味の世界が語られています。黒澤や小津映画でお馴染みの宮口精二は、やはり常連出演していた中村伸郎とは、文学座創成期以来の同士で共に蕎麦通。中村はエッセイストとしても知られており、「宮口精二の蕎麦さばきは、一ときわいなせで、蕎麦をつまんだ箸を二、三度上下させてたれを切り、いい音を立てて飲み込む」と書いていますが、まるで映画の一場面をみているような気になります。

脇役本の内容紹介だけでなく、大正昭和を通じて、映画や舞台に生きた役者たちの意外な素顔や、驚きのエピソードが、それぞれの「本」の中に散りばめられていて興味がつきません。

「どの話にも闇と光の濃密な匂いが感じられる。正確には闇の深さに触れることで生の光が生まれているのだ。大きな海の中の小島。闇のなかの一点の光。そのなかで生きていることはめちゃくちゃな偶然で奇蹟。」

これ、何の絵本の解説かお分かりでしょうか?実は酒井駒子の「金曜日の砂糖ちゃん」です。

穂村弘の「ぼくの宝物絵本」(白水社/古書1300円)は、国内外の名作絵本70冊をオールカラーで紹介してあります。最初のページを開けると、先ず武井武雄を特集した「別冊太陽」の鮮やかな絵が登場します。文庫でも出版されていますが、これは、大きな版のハードカバーで見ないと絶対に損です。

 

こんな本も選んでいるのかと驚いたのが、太田蛍一の「働く僕ら」です。太田蛍一を知っている方は少ないと思います。彼はミュージシャンで、戸川純、上野耕路と組んだ前衛的音楽ユニット「ゲルニカ」で活動。その後1990年に発表したのが、この絵本です。絵本と言っても子ども向けではありません。昔のロシアとドイツ、そしてアジアのどこかの国の雰囲気をミックスさせたような近未来の国が舞台で、テーマは労働です。アバンギャルドに、そして妖しく展開し、得体の知れない魔力が存在しているみたいです。私は、音楽雑誌で彼が一風変わった絵本を書いているインタビューを読んだ記憶がありますが、こんな世界だったとは……..。版元リブロポートがもう無いために、かなり高値が付いていました。

こちらも高値が付いていて驚いたのは、矢川澄子作・宇野亜喜良絵の「おみまい」です。穂村は、ジョン・テニエルが描いたワンダーランドのアリスを、「じっと顔をみると少女というよりも大人の女性みたいだし、角度によってはなんんだかおばあさんのように思えることもある。私はその無表情さにときめきを覚える。」と書いていて、日本では宇野亜喜良の少女たちが、そういう少女に近いと言います。その代表ともいえるのが「おみまい」に登場するマリちゃんです。太い眉、大きな目、への字の口の無表情な女の子です。物語の中で、睨んだり、肩をすくめたりして、一度も笑いません。確かに、このマリちゃんは愛想はないのですが、カッコイイのです。

穂村はこんな少女に出会うと、「未熟な子どもたちが泣いたり笑ったりしながら経験を積んで成長するなんて、とても信じられなくなる。大人たちが安心するためにそういうことをしたいだけなのでは。」と述べています。

穂村らしい解説の楽しい大人向けの絵本紹介本です。お薦めです。

 

 

「阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。」

という、とぼけた出だしで始まるのが、内田百閒の「第一阿房列車」(新潮文庫/古書200円)です。用事もないのに、ひょいと列車に乗る行程を「阿房列車」と命名、弟子の”ヒマラヤ山系”と旅に出た記録です。二人の軽妙洒脱な会話が楽しめて、旅のお供にピッタリの一冊ではないでしょうか。文庫本の表紙の内田センセはいかめしい顔つきで立っています。

これが、一條裕子によって漫画化され、3巻まで出版されました。第1巻「阿房列車1号」(小学館/古書500円)を入荷しました。どこか浮世離れしていて、小難しいけれでも、ユーモアもある作家として描かれています。

用事もないのに、長距離列車に乗るのだから、一等席をリザーブしたい、しかし、お金がなければ三等席もやむなしか。しかし、二等席には坐りたくない。

「どっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人の顔附きは嫌いである」などと、へ理屈をこね回しながら、ああでもない、こうでもないと悩む内田センセの姿が、可愛らしい。内田の無理難題と、わがままぶりに笑いながら、私たちも、この意味のない、しかし極上の旅に参加することになります。

原作にある「鹿児島阿房列車」の巻頭の文章が、私は好きです。

「六月晦日、宵の九時、電気機関車が一声嘶いて、汽車が動き出した。第三七列車博多行各等急行筑紫号の一等コムパアトに、私は国有鉄道のヒマラヤ山系君と乗っている」

「快調で無駄のない出だし」と森まゆみが解説で指摘しています。きりっと引き締まった文体が魅力の、鉄道紀行文学の雰囲気を漫画版も踏襲しています。というより、原作に魅力があるから、コミックに姿を変えても面白いのでしょう。何より列車の絵が上手い。後半(112p)に「西日を受けて 金色にきらきら光るレールの上を走って、第三四列車が這入って来た。」という文章に登場する電気機関車は、その通り、日の光りを一杯受けてきらきら走ります。

原作から読んでも良し。コミックから読んでも良しという「阿房列車」です。

 

吉田篤弘の「ソラシド」(新潮社/古書1200円)を読みました。タイトルの「ソラシド」は、「ドレミファ」に続いていることから明らかなように、音楽がメインテーマになってくる小説です。でも、音楽の知識をめったやたらと撒き散らすようなオタッキーな物語ではありません。青春小説です。

1968年冬。雑誌のレイアウトを仕事にしていたヤマザキ君は、連れ込み宿の上に住んでいました。「仕事にいかず部屋にいるときは、四六時中、レコードを聴いていた」と書かれているように、給料のすべてをレコードに使っていた男です。それから二十数年。今も同じ様な暮らしを続ける彼が、ある日、昔の雑誌の片隅に、女性二人が組んだ「ソラシド」というバンドの小さなコラム記事を見つけます。この二人の好きなアルバムが、自分が愛してやまないジョージ・ハリスンの「サボイ・トラッフル」というレコードだと書かれていました。そして、「ソラシド」はギター・ボーカルの森山空と、ダブルベースの有元薫の二人組だということでした。

「気になったのは『ダブルベース』という表記だった。『コントラバス』ではない。『コントラバス』なら想像がつく。女性の奏者も少ないけれど何人か知っている。が、女性の『ダブルベース』奏者はかなりめずらしい。」

指を使って弾くダブルベースが、ばかでかく重たい楽器であることを知るヤマザキ君は、このバンドに興味を持ち、彼女たちを探そうと動き出します。小説は、ほぼ全部、彼の「ソラシド」捜しを描いています。腹違いの妹オーや、ちょっと奇妙だけれど、面白い人物たちが登場して、彼を助けます。しかし、「ソラシド」は、今や完全ライブシーンから消息を絶っていて、一切のレコード、CDもありません。消えていった二人を追いかけていながら、それは、1968年の空気を、その時の自分の記憶を再生する旅へと向かっていきます。果たして、ヤマザキ君は、「ソラシド」の二人に出会えるのか、それは読んでのお楽しみですが、とてもとても素敵な幕切れが用意されています。登場人物たちが生きてきた時間の重さを背負いながらも、ヒョイと明日へのステップを踏み出す瞬間を描いて、物語は終ります。

こんな文章が心に残りました。

「あらゆる音楽は、もうここにいない人の痕跡になる。レコードとはそういうものだ。いまここではない過去の空気を、その空気の震えを再現すること」

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「里山という言葉を私が思いついたんは、昭和30年代の話です」

と、語るのは森林生態学の創始者、四手井綱英先生。明治44年、京都に生まれました。林野庁で働き、京大で教鞭をとり、全く新しいアプローチで森を研究し、森林のあるべき姿を提唱した先生です。この先生に、森まゆみがインタビューしたものが、「森の人 四手井綱英の九十年」(晶文社/古書1300円)です。京都の山科にあるご自宅で、その半生を聞き取っています。

「里山というのは落葉樹や常緑樹で、その葉が落ちるので、また堆肥がつくれるという効用があった。あの桃太郎のおじいさんは山へ柴刈りに行きますね。柴は火を燃やすのに便利です。紙なんてないから、ふつうはカマドも炉も最初は柴をたきつけにする」と、柔らかい口調で語ります。

若き日、山登りに夢中になり、先輩だった今西錦司が発案した「山城三十山」によく登ったそうです。一方で、従来の林学に疑問を抱き、森が自然の中でどういう生活をやっているか、どういう行動をしているかを観察する生態学を踏まえた学問へ、情熱を傾けていきます。大学卒業後、東北の営林局へ勤務、ここで、山に暮す、個性的な面々と出会います。この話も面白いのですが、割愛します。

やがて徴兵されて中国へ。戦争で彼が知ったことは、「戦争は森林を破壊する一番の元凶」。軍事用材との一言で、森の材木は無茶苦茶に切り倒され、木だけでなく石油、石炭を取りつくし、人を殺し、文化を破壊することです。戦後、再び東北の営林局に戻り、そして昭和29年、京大に帰ってきます。

大学は技術研究の場ではなく、「森林の基礎学、つまり、森林生態学をやるのが大学や」と、猛進します。新しい学問には冷たい学会。でも先生はメゲマせん。森を守るため東奔西走、やがて各地の自然保護運動へも参加していきますが、生半可な知識と感情論が先行して、森に対する間違った知識が横行しているとか。分かりやすい言葉で話されると、成る程と理解できます。森と共に生きた知識人の豊かな世界が詰め込まれた一冊です。四手井先生は2009年、98歳で天国へ旅立たれました。

京都には、いい公園が少ない。下鴨神社の糺の森、京都御所の外苑だけだ、とも言い残されていました。その糺の森について編集された「下鴨神社 糺の森」(ナカニシヤ出版/古書1950円)も置いています。こちらもどうぞ。