「まだどこにも紹介されたことのない日本全国のおもしろい本屋22店を現役の書店員22名が文章で案内」

と、帯に書かれた「まだまだ知らない夢の本屋ガイド」(朝日出版社1200円)という本。全国の本屋って、もう津々浦々まで紹介され尽くされているのではないかと思っていたので、「ほんまかいな?」と、読み始めましたが、「ほんま」にありました。

従来の書店紹介本では、おしゃれなセレクトショップや、オーナーの個性溢れるお店、或はイベントで、新しい顧客開拓にがんばっている店舗の紹介が主でした。しかし、この本に登場する本屋さんは、全く違います。

先ず、登場するのは「死者の選書」をする月蝕書店。ここは、亡くなった方のために本を揃えるという、故人が好きだった食べ物を供えるかわりに本をというサービスですが、故人の持っていた本を祭壇に飾るのではなく、亡くなられた方が、きっと読まれるだろうと思われる本を持っていくという珍しい提案です。

神戸にある書店も紹介されています。お店の名前は「GOKUCHU BOOKS」。えっ、「獄中ブックス?」。その通りなんです。つまり服役中の人から来た本の注文を受け、刑務所に配達するサービスを行っています。なんでこんなことを始めたのかについて、オーナーの北嶋さんは、徳島刑務所に服役中だった暴力団員の父親のもとに本を送り続けたことが原体験だと語っておられます。そして、父親と同じ組にいた方から、本の注文が入りそこから本格的に獄中にいる人に届ける業務が始まったとの事です。

出所した人が店に訪れて、(俗に言うお礼参りではありません)受け取った本のことについて語られたりすることもあるそうですが、最近出所した青年が、出版社を立ち上げました。刑務所の検閲にひっかからない受刑者向けの最高のエロ雑誌を発行するとか。頑張ってください!

読み続けると、驚くような本屋さんばかりなのですが、中でもウソみたいな話が、名古屋にあった「本屋の奥の秘密の本屋」です。メガ書店の地下1階の奥。什器に囲まれた壁面の奥にその扉はあります。しかも、この本屋の事を知っているのは、メガ書店の店長と数名のスタッフのみ。知らないスタッフには、その扉は開かずの扉としてしか認識されていません。そんな秘密の本屋にある本は、貴重な本ばかりだろうと推測しがちですが、なんとその大きな書店の中にある本からセレクトしたものが並んでいます。秘密のサロンめいた場所でゆっくりと本が読める場所らしいです。いちげんさんお断りの書店の極みのような場所ですね。

この本屋を取材された方が本の発売決定を連絡したところ、なんとその秘密の本屋は消えていました。

「メガ書店が入っていたビルの跡地には、建て替えと移転を知らせる看板が立っていたのだ……。」

その後、この書店がどうなったのかは誰も知らないというおとぎ話のような不思議な顛末です。

と言うように、従来の本屋訪問本の常識を覆してくれることは間違いありません。

 

 

 

 

文学系を中心に、どんと7箱程古本が入荷しました。小さな古本市でも、おやっと思われる本をゲットしました。

宮沢賢治関連で2冊。一つは、ファンの多かったパロル舎から出版された「賢治草紙」(初版/帯付き1500円)。賢治の代表作10作に、小林敏也がイラストを付けた本です。「注文の多い料理店」で、フォークとナイフに映った猫を描いた秀逸なイラスト等、賢治の世界をさらに広げてくれます。もう一冊は、(財)宮沢賢治記念会が発行した「宮沢賢治いしぶみの旅」(900円)です。こちらは、賢治ゆかりの地に建てられた石碑を集めた作品で、その石碑に書かれた言葉を採録してあります。盛岡へご旅行される時には、鞄に入れて、これはと思う石碑巡りをされてはいかがでしょうか。

いつか、ゆっくり読んでみたかった内田百間「戦後日記」(上下二冊/小沢書店2000円)が入荷しました。こちらは平成5年発行の新装版です。日記は昭和20年8月22日「今二十二日午前零時、防空終始命令が出たさうである。」で始まります。そして、下巻の昭和24年12月31日「夕近く東京驛へ散髪に行ったがもう店がしまっていた」で終ります。別に難しいことが書いてあるわけではなく、日々の細々した事ばかりなのですが、内田らしい飄々とした雰囲気が現れていて、少しずつ、毎日読んでみたい日記です。

かつて、筑摩書房から「明治の文学全25巻」が発売されました。坪内祐三編集によるこの全集は、古色蒼然とした明治の文学のイメージを一新する画期的な全集でした。ブックデザインを吉田篤弘、吉田浩美の「クラフトエブィング商會」を起用したことが大きかったです。すっきりしたデザインと色使い。その全集の中の石川啄木が入荷しています。(900円)本文下には、適切な註があって、理解しにくい言葉への手助けをしてくれます。

さて、ガラリと変わって、俳優原田芳雄のエッセイ「B級パラダイス」(KKベストセラーズ/500円)は、エッセイも面白いですが、出演映画の写真がかなり沢山収録されていて、これが貴重。日活映画「関東幹部会」でサングラス姿を捉えた渡哲也、郷鍈治、そして原田のワンカットは、今見てもカッコいい!!インタビューも多数入っていて、松田優作、タモリ、西川峰子等々バラエティーに富んでいます。

 

順次店に出していきます、当分の間日々、棚が変わっていきそうです。

 

梨木香歩のエッセイ集「鳥と雲と薬草袋」(新潮社1050円)は、ぜひ、ハードカバーで持っていたい一冊です。49の土地の来歴を綴り重ねた随筆集で、その地名に惹かれた著者がフラリと訪れた様が描かれています。

「日ノ岡に、日向大神宮という神宮がある。ひゅうが、ではなく、ひむかい、と読む」

京都市内の三条通りを東に向い、山科方面に向かうと日ノ岡峠に出るのですが、これはこの土地を描いた「日ノ岡」の出だしです。無駄のない、しっかりした文章で描写されていき、一緒にフラリと日向大神宮に詣でた気分になります。最後は「蹴上(けあげ)」という地名の由来も明かされますが、義経がからんでいたとは面白いもんです。

安心して読ませてくれる文章というのは、気持ちがいい。そして、そんな本の中身をサポートするような装幀が施されていると、なおいいですね。装幀は出版社の装幀部が行っているのですが、カバーの色合いや、ページの余白まで愛情が籠っています。何より素敵なのは、挿画・装画を西淑さんが担当しているところです。表紙の渡り鳥に始まり、随所に描かれる小さなイラストが、そっと本の中身に寄り添って心憎い演出です。部屋に立てかけて眺めていたい本です。

もう一点。昭和39年発行の串田孫一「昨日の絵 今日の歌」(勁草書房1100円)は、函から本を出すとオレンジ色の表紙。この本は串田が、絵のこと、音楽のことなど彼が出会った芸術を、エッセイ風に書き綴ってあります。

「静かに針を下ろして、あらかじめその位置に置いた自分の椅子にすみやかに戻って、音の鳴り出す瞬間を待つほんの僅かの時間に、私はやはり彼らの気持ちは今充分にかよい合い、研ぎすまされ、呼吸もまた鼓動さえもぴったりと合ったその容子をちらっと想わないわけには行かない。」これは「室内楽」と題した章の一部です。

各章には、串田自身によるステキなスケッチが描かれています。

やはり、大事に、大事に本棚に置いておきたい一冊です。私は、この本に入っている、やや長めのエッセイ「天使の翼」ほど、音楽を美しく描いたものを読んだ事がありません。静謐で、澄み切った空気の中に、自分を置きたい時には最適です。

 

京都人ならだれでも知ってる「糺(ただす)の森」。1994年には、森のある下鴨神社全域が世界遺産に登録されています。毎年、夏の下鴨神社境内で行われる古本市の場所として知っておられる方も多いと思いますが、古本市の時は、暑いのと、本探しと、多くのお客様でごった返していて、この森の素晴らしさなんて味わうことはないかと思います。

森林生態学者、四手井 綱英が編集した「下鴨神社 糺の森」(ナカニシヤ出版 1950円)は、この森の魅力を余す所なく伝えた名著です。(新刊書店勤務時代には、店のロングセラーでした)

この本は、様々な人々が、様々な角度から論じています。樹木学の観点から、生物学の観点から、或は植物学の観点から。

哺乳類研究家の渡辺茂樹が「糺の森のけものと鳥」の章で、述べています。

「イヌ・ネコ以外の哺乳類は糺の森には何もいない。しかし多分それでよいのである。幸い、遠出をしさえすればそれらと出会う機会が未だに日本には残されている。一方で文明の媚薬にどっぷり浸りながら、お手軽に野生を求めるのは都会人のエゴというものである。(求められ側の身にもなってほしい)」

いや、ごもっともです。街のど真ん中にありながら、あの静かさ、風の心地よさ、木々のざわめきを楽しめばよいのです。

第三部「糺の森と私」では、さらにバラエティーに富んだ方々が登場します。俳優の藤田まことは、「必殺仕置人」をここで撮影していたことがありました。かつては、この森の西に松竹下鴨撮影所があり、私も何度か、この辺りのロケ現場を目撃しました。

或は、作家、高城修三が中上健次と夜の森を散策した話。中上は、真の闇は熊野にしかないと信じて、かの地を舞台にして小説を執筆していました。しかし、京都にも深い闇があると高城が持ちかけ、夜中の糺の森に行き、中上は絶句したとのこと。私も、夜にこの森を通過したことがありますが、暗闇の深さにぞっとした記憶があります。

何気なく通っている森の深さを知ることができる貴重な一冊です。ぜひ、本を片手に森へ入ってみて下さい。

★本日、店内イベントのため18時で閉店いたします。ご了承くださいませ。

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川本三郎の書評集「物語の向こうに時代が見える」(春秋社1500円)は、この本読んでみたい!一刻も速く書店に行かねば!という気分にさせられます。

単純に著者が書評した本が並んでいるのではなく、三つの切り口に分かれています。第一章「戦争の記録」、第二章「『街』と『町』に射す光と影』、第三章「家族の肖像」。

第二章で論じられる野呂邦暢「鳥たちの河口」、第三章で紹介されている河崎秋子「颶風の王」などお薦めが多いのですが、第一章「戦争の記録」で紹介されている本を、当店にも何点か置いていて、これは凄い本だなぁ、と驚嘆した小説が載っていました。

前の大戦で徴兵忌避をして、日本中を移動する男の生活を描いた丸谷才一「笹まくら」(800円)、戦犯を収容した巣鴨プリズンで働く刑務官の目を通して戦争を描く「プリズンの満月」(新潮社700円)。そして、乙川優三郎の「脊梁山脈」(新潮社700円)は、時代小説の名手初の現代小説として話題になった一冊でした。

昭和23年、上海から復員してきた矢田部信幸は、同じ復員兵である小椋康造と出会います。彼は山に戻って暮らす、もう二度と町には戻らないと告げます。やがて、二人は別れて、それぞれの人生を歩んでゆくのですが、生活が落ち着いた矢田部は、小椋康造のことが気になってきます。そして、康造を探して信州の山奥に入っていきます。そこで、彼は轆轤(ろくろ)を使って盆や、小鉢を作る木地師という存在を知ります。木が必要なので山で暮し、町人とは最低限の関わりしかもたない。小椋康造は、そんな木地師だったことが分かってきます。やがて、矢田部は木地師に惹かれていき、戦後の日本を生き直すまでを描いた大河小説です。

復員兵で満員の列車で、康造は信幸に「もし今度戦争があったら山の奥へ逃げるつもりです」と言い、こう続けます。

「食べるものを作り、生活の道具を作り、細々とですが生きてゆける人間がどうして外地で知りもしない人たちと殺し合わなければならなかったのですか、私はもうご免です。」

この辺りから、どんどんと小説の世界に入っていき、主人公と共に戦後日本を生きることになるのです。

 

 

秋、よく焼けた秋刀魚に大根おろしを付け合わせ、一杯なんてささやかな幸せですね。

が、佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」(1923年)に出てくる秋刀魚の食卓は、寂しさ、わびしさの極みみたいです。

「あはれ 秋刀魚よ 情あれば伝へてよ ー男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思ひにふける と。」

なにやら、のっけから暗〜い始まりです。

「さんま さんま そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんまを食ふは男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば 愛うすき父を持ちたし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。」

いや、もう堪忍して下さいという展開ですが、その情景が見事に脳裏に浮かんできます。詩人は、秋の日常の食卓を素材にして、人生の暗澹たる部分を刳り出してきます。詩に宿る力を見せてくれる一編です。

もうひとつ、詩の力を見せてくれたのが、石垣りんの「くらし」です。

「食わずには生きてゆけない メシを 野菜を 肉を 空気を 光を 水を 親を きょうだいを 師を 金もこころも 食わずに生きてこれなかった。 ふくれた腹をかかえ 口をぬぐえば 台所に散らばっている にんじんのしっぽ 鳥の骨 父のはらわた 四十の日暮れ 私の目にはじめてあふれる獣の涙」

とてつもなく悲しい経験をした時、恐らく、この詩はその人を支えてくれるかもしれません。

これらの詩は池澤夏樹編集日本文学全集の「近現代詩歌」(1800円)で読む事ができます。あまたある近現代の詩歌から池澤が詩を、種村弘が短歌を、小澤實が俳句を選んだ一冊で、お気に入りが見つかればその詩人の本を買うのにぴったりのアンソロジーです。

 ★ご案内                                                 明日、28日(金)店内のイベントのため6時30分に閉店させていただきます。よろしくお願いします。 

読みやすい。これが第一印象です。

FMラジオ番組「Panasonic Melodious Library」で、小川洋子が話したことを、書籍用に再構成されたものだけに読みやすい、というのもありますが、彼女の言葉が的確で、しかも深い印象を与えるので、物語の世界へするするっと誘ってくれます。「シャーロック・ホームズの冒険」とか、「トム・ソーヤの冒険」とか、あまりにもスタンダード過ぎて読書案内に載らないものも読ませてくれます。(PHP文庫300円)

その一方で、なかなか書評集にも見受けない、さすが小川洋子のセンスだ!という本も紹介されています。例えば南アフリカの作家クッツェーの「鉄の時代」。この小説は、ガンを宣告されたケープタウン在住の白人女性カレンが、アメリカにいる娘にあてた遺書めいた手紙で進行していきます。カレンとお手伝いの黒人女性、そしてカレンの庭先に住みついた黒人ホームレスのファーカイルの、三人のやり取りを通して、「アパルトヘイトがごく普通の人生にどんな傷を残したのか、カレンとファーカイルの人生を通して、ほんのわずかですが感じることができます」と評価しています。なお、「鉄の時代」は河出書房世界文学全集の一冊として在庫しています。(1900円)

他にも、「アポリネール詩集」、「死者の奢り」(大江健三郎)、「骸骨ビルの庭」(宮本輝)、「トロッコ」(芥川龍之介)等の渋い作品や、「細雪」、「金閣寺」、「赤いろうそくと人魚」等の有名な小説も挟み込まれています。

その渋いラインナップから、もう一冊。大正時代に活躍した「自由律俳句」の俳人「尾崎放哉全句集」について、小川はこう書いています。

「尾崎放哉の最も有名な句のひとつは、『咳をしても一人』でしょう。五七五の十七文字よりさらに短い、九文字です。その圧倒的な短さの中に、彼の人生のすべてが凝縮されているようです。定型からはみ出しているからこそ余計に、そこに込められた孤独が際立っています。」

際立った孤独という意味では、彼女が紹介している「一日物云はず蝶の影さす」も高いクォリティーを持っています。

尾崎に関しては、西川勝著「『一人』のうらに」(サウダージブックス2160円)という傑作ノンフィクションがお薦めです。(店頭にある本は表紙がリバーシブル仕様です)

 

アート系出版を中心に、いくつか新刊を入れています。その中から、ちょいと面白いものをご紹介いたします。

装幀やブックデザインの本は沢山出ていますが、最近では、ブックデザイナー祖父江慎の30数年に渡る仕事を網羅した「祖父江慎+コズフィッシュ」(パイインターナショナル9504円)という労作に驚かされました。この出版社からは、今度は書店のブックカバーばかり集めた「日本のブックカバー」(監修/書皮友好境界2484円)が出ました。

何気なく書店で付けてもらっているブックカバーですが、奥が深ぁ〜いことが理解できる楽しい一冊です。ブックカバーは、ご承知のように日本独自の”書店カルチャー”です。各書店が知恵を絞って、少しでもお客様に「おっ、いいね」と思ってもらえるカバーを作ろうとしています。新刊書店店長時代、近隣の大学生に四コマ漫画を書かせて、それをカバーにするという企画を思いつきましたが、残念ながら却下されてしまいました。

さて、この本、絵やイラスト、写真、ロゴ、色使い別に分けて紹介されています。書店だけではなく、レティシア書房のご近所のカフェ「月と6ペンス」が、一時、作っていたブックカバーまで紹介されています。西陣近くの古書店「KARAIMO BOOKS」の、ど迫力のサツマイモカバーも見開きページで紹介されているのは嬉しいですね。

へぇ〜そうだったの、と思ったのは、京都市内のチェーン店、大垣書店のカバー。地味な印象しかなかったのですが、これって、大垣書店本店からみた、京都市北部の北山の山並みが描かれていたのです。今度、ゆっくり見てみます。

どのブックカバーも素敵なのですが、その解説の横に「今は閉店している」という文字を見つけると、ちょっと寂しい。気軽につきあってきた、ブックカバーに対する気持ちが、少し変わる革新的な一冊です。

同時に、少し前にでた本ですが「パンレターブック」(パイインターナショナル社1814円)も入荷しました。これは、1枚ずつ切り離して使える「パン」にまつわる、かわいい紙の本です。美味しそうなパンの写真、可愛いイラスト等々、趣向を凝らした紙が100枚。パン好きの方に、これで手紙を書いたら、喜ばれそう。

香港生まれ、アメリカ育ちのウェイン・ワンは、好きな映画監督の一人です。

アメリカを代表する作家ポール・オースターと組んだ「スモーク」、「ブルー・イン・ザ・フェイス」は傑作だと思います。そして、彼が2007年に監督した「千年の祈り」は、アメリカで生活している娘のもとに、中国から父親が訪ねてくるお話で、父と娘の相克、生きる環境の相違などが浮き彫りにされたいい作品でした。

 

その原作を書いたイーユン・リーの短篇集「千年の祈り」(新潮社クレストブックス700円)を読みました。北京生まれ、北京大学卒業後、アイオワ大学で免疫学の研究者から転向した異色の作家です。2005年デビュー作の本作で、優れた短篇小説に贈られるフランク・オコナー賞の第一回目の受賞者になりました。(因みに、二回目の受賞者は村上春樹です)

離婚した娘を案じて、父親が未知の国アメリカにやって来る。しかし、娘は歓迎するどころか、父の過去を持ち出して、きびしく責め立てる。沈黙を続ける父。冷たい関係が続きます。その父が仲良くなるのが、公園に来るイラン人の老婦人。孤独な背中が見えてくる切なく、辛い小説です。

本作は10の短篇が収録されていますが、障害のある娘と老夫婦の日常を見つめた「黄昏」もまた、「千年の祈り」に匹敵する出来映えです。決して明るい未来や、安定した生活があるわけではない二人とその娘。堀江敏幸は、この作家が描き出す人物の境遇を「みな『ひとり』である。孤独を望んだのではなく、自分ではどうしようもない大きな外の力によってそうあるほかなかった人々」と書いています。

しかし、彼女の作品は、そういう永々の孤独の中にいる人達の境遇を描いただけかというとそうではなく、孤独の隙間からふっとこぼれ落ちる優しさが、少しだけ冷えきった感情を溶かしてゆくところが真骨頂です。

「黄昏」のラストの静謐なシーンは、静かに眠る娘、それを見つめる母と娘の髪をなでる父。すっーと部屋を出るカメラ、そしてエンドクレジット・・・・きっとウェイン・ワンなら、そんな映画に仕立てることでしょう。

★レティシア書房 夏の一箱古本市のお知らせ 

8月9日(火)〜8月20日(土)20数店が今年も店内に出店します!

★夏休みのお知らせ
8月21(日)〜25(木)

小説を読む楽しみは、巧みなプロットに引込まれ、作者の豊かな発想に支えられた物語世界を堪能することにあるはずです。

小川洋子「人質の朗読会」(中央公論新社800円)もそんな一冊でした。とんでもない設定です。どこかの大陸で、反政府ゲリラに拉致された団体旅行の日本人8人。解放交渉が進展しない中、ついに突入した現地の軍隊。しかし、人質は全員死亡。というのがプロローグです。

えっ、主人公はいないの?という幕開き。しかし、政府軍が仕掛けておいた盗聴器に、なんと人質たちが、自ら書いた手記を朗読しているのが録音されていることが判明しました。その8人の手記を並べていったのがこの小説です。長編小説という体裁ですが、これは八つの短篇小説集とでも言った方が正確かもしれません。

どの話も、人生の不思議で、奇妙な一瞬が捉えられています。個人的に好きだったのは「槍投げの青年」。早くに夫を、身内を相次いで亡くし、「残り火がくすぶっているだけのようなものだった」という日々を送る女性が、ある日電車で、奇妙に長い荷物を持った青年に遭遇します。何故か、心惹かれた彼女がその青年の後をつけてゆくと、彼は槍投げの青年でした。

「合わせた両手から次々と水がこぼれ落ちてゆくように皆が遠ざかってゆくのを、私はただ黙って見送るばかりだった。自分の掌に視線を落とせば、そこにはもうささやかな空洞があるばかりで、こぼれ落ちるべき何ものも残ってはいなかった。」

そんな空虚な人生しか残っていなかった彼女は、くい入るように青年の動作を見つめます。小川の見事な文章力が、青年と青い空に飛び出す槍の一連の動きを映像化していきます。飛翔する槍が、孤独な彼女に何をもたらしたか。ラストは簡潔ですが、しかし、物語が読者にほんの少しの力を与えるとしたら、こういうエンディングですね。最後の一行は泣かせます。

各短篇の終りには、簡単にその手記を書いた人物の横顔が書かれています。彼女の場合はこうです

「貿易会社事務員・59歳・女性/姪の結婚式出席のため旅行中」

つまり、皆がなんらかの理由でこのツアーに参加していて、事件に巻き込まれ、そして全員、もうこの世にいない。そのことを思うと、まるで遠い彼方から聞えてくる魂の歌とでも取ることができます。

設定も、内容もお見事としか言いようがありません。(文庫も出ていますが、装幀の美しさを考慮すると、このハードカバーをお薦めします)

 

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