熊田千佳慕さんってご存知ですか?

明治44年生まれの細密画家です。小さい時に庭で虫や花に親しみ、父親から聞いたファーブルの話にのめり込み、画家への道を歩み出します。東京芸大在籍中、「資生堂」の広告で有名なフラフィックデザイナー山名文夫に見込まれて、日本工房にデザイナーとして入社。その時の同僚、土門拳と一緒に様々なポスター製作に従事します。そして、戦後、絵本の世界へ転身。70歳で「ファーブル昆虫記」の作品がボローニャ国際絵本原画展に入選しました。

その熊田さんの作品と彼自身の言葉を収録したのが「私は虫である」(求龍堂900円)です。

「ゆとりのない芸はおもしろ味も楽しさもない。全ての芸に言えることである。小さな自然を愛し、小さなゆとりを持って小さな幸せを持つ、これ生活のゆとりである。千佳慕の小さな世界はゆとり(愛)の満ちたところ」

と語っています。

庭に腹這いになって、虫と同じ視点で観察に夢中の写真がありますが、なんとも幸せそうなお顔です。お金でもたらされた幸福ではありません。

「虫と同じ目の高さにならないと、彼等の本当の姿は見えない。だから僕は腹這いになる。そうやって気づいたんです。虫は僕であり、僕は虫であると。」

そんな彼が描く虫や動物たちは、当然どれも光り輝いています。今にも飛び出しそうな、動き出しそうな虫、爽やかな風にそよぐ花々に草。名もない彼等の小さな世界が愛しくなってきますね。

2009年、彼は98歳で、この世を去りました。きっと、天国で、やぁやぁ、よく来たねと大ファーブル先生の歓待を受けたことでしょうね。

この本を読めば、原っぱに腹這いしたくなります。

 

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「己」の下に「心」って書いて「いまわしい」なんて、深い漢字だなぁ〜と思っていました。歳と共に、自分の心ほど「忌まわしい」ものはないことを実感します。

ところが、「たとえば、『忌野』の『忌』は、己の心と書いて『いまわしい』と読むのが素晴らしい、と何かのインタビューで言っているのを思いだした。」という文章に出会いました。

これは、RCサクセションの元マネージャーで、忌野清志郎を40年見つめてきた片岡たまきの「あの頃、忌野清志郎と」(宝島社1300円)に出てきます。(写真も素敵です)

話は彼女の中学時代に戻ります。地方ローカルTVで初めて見た清志郎に魅せられて、彼と一緒に仕事をしたいという強い欲望が生まれました。しかし、そう簡単にそんな職などあるわけがない。ライブに通い、事務所に通い、ひたすら行動するうち、ファンクラブ会報誌の仕事をゲットし、やがて彼等の衣装係に抜擢されて、全国を駆け巡り、ついにバンドのマネージャーとなり、夢をかなえます。

「忌野日記」(新潮文庫300円)の構成に参加し、RCの活動休止以降は一旦、清志郎から離れますが、2004年以降、ソロ活動の彼の衣装係に復帰し、2009年の彼の最期まで見つめます。

思春期から、青春全開の時代を経て、大人の階段を登ってゆく著者を支え、引っ張り上げた清志郎という存在を見つめたエッセイです。何の疑いもなく、彼の音楽にすべてを注ぎ込めるなんて、素晴らしい人生としか言いようがありません。

彼の死後、多くの本が出ましたが、さすがにこの本ほど、涙溢れる本はありませんでした。帯で竹中直人がこう書いています

「ひとつひとつの言葉が心に染み込んでくる。清志郎の音楽が何度もリフレーンしやがる」

見事にこの本の素晴らしさを表現しています。

「清志郎のバランスのとれた強靭な精神力と、自分を信じる力と、差別のないやさしい力」

そこに著者が憧れると書いていますが、私もそう思います。

この本と一緒に「sings soul ballads」(1700円)という彼の歌ったバラード集が入荷しました。何度も聴いた曲ばかりですが、ほんとうに力強さと優しさの満ちています。

このCDで初めて知ったのですが、「あいつの口笛」というソロアルバムに入っている曲って、作曲は細野晴臣だったんですね。名曲です。

ミュージシャン、高橋幸宏は釣りが趣味です。(私は全く知りませんでした)

釣りについて「単純でいて実に奥が深い。いろいろな釣りをやるようになって、もう25年以上たつ。」と書いているのでベテランといっていいのでしょう。超多忙だったYMO時代も、休日には一人静かに、釣糸を垂れていたんでしょうか。なんか微笑ましいですね。

その彼が、フライフィッシングを始めて、その面白さにのめり込んでいきます。フライフィッシングは欧米式の毛針であるフライを使用し、フライの選定の仕方、釣りポイントの地形、自然状況等を読み取る力量、等ハードルの高い奥の深い釣りで、彼も敢えて挑戦しませんでした。しかし、初めてみると違いました。

「難しく釣ろう、ではなかった。納得して釣ろう、であった。美しく釣ろうであった」

と、この世界の魅力を一冊の本にしました。それが「キャッチ&リリース」(大栄出版600円)です。しかも、この本、フライフィッシングについてのエッセイではなく、小説なのです。所々に、津留崎健の撮った釣り人の写真を挟みながら、主人公、柚木正和の心の成長を描いていきます。ラスト山女魚を釣り上げ、持って変えるべきか否かで躊躇しますが、結局川に帰します。本のタイトルの通り「釣り上げ」そして「帰す」というところで幕を閉じます。

さて、釣りをテーマにした文芸では、元文藝春秋の編集長だった湯川豊が、優れた作品を残しています。「イワナの夏」は、偶然図書館で手に取って、一気に読んだ記憶があります。静かで豊かな時間の流れるエッセイでした。その湯川の文章も掲載されている「21のヤマメ物語」(朔風社600円)は、21人のヤマメに魅入られた人々の文章が載った本です。傑作なのは、あの天才ピアニスト、グレン・グールドが、実は釣りを憎んでいて、釣り師撲滅運動をしていたという事実です。そういう四方山話含めて、読ませてくれる一冊です。

湯川には、須賀敦子の小説と彼女の人生を描いた「須賀敦子を読む」という素敵な本もありますが、「夜明けの森、夕暮れの谷」(ちくま文庫)の、いわゆる「ネイチャーライティング」にカテゴライズされる一冊をお薦めします(今、店にはありませんが、探します)。もちろん星野道夫へのインタビュー「終りのない旅」(SWITCH1300円)もぜひ、お読みいただきたいところです。

 

 

 

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村上春樹は、もう読みたい作家ではなくなりました。(音楽評は相変わらず面白いけど。)デビューして暫くは新刊が出る毎に買っていたものですが。

でも、愛読しているのが、実はあります。それは「もし僕らのことばがウィスキーで

あったなら」(新潮文庫400円)です。初めてこの本の前書きを読んだ時は、そうそう!と思いました。

「ほんのわずかな幸福の瞬間に、僕らのことばはほんとうにウィスキーになることがある。そして僕らはー少なくとも僕はということだけれどーいつもそのような瞬間を夢見て生きているのだ。もし、僕らのことばがウィスキーであったなら、と」

就寝前の1杯のウィスキーを、数十年、一日も欠かさずに楽しみにしている私には、よくわかります。

春樹は、美味しいウィスキーを求めてスコットランド、アイルランドへと旅立ちます。先ずは、シングルモルトの聖地「アイラ島」です。アイルランド島のすぐ側の小さな島アイラ島産のシングル・モルト・ウィスキーを初めて飲んだ時の、私の感想は、「うぁ、磯くさい!」でした。どこが、美味しいねん?と思ったものです。春樹もこう書いています。

「『磯くさい』というのは、けっして根拠のない表現ではない。この島は風が強い。宿命か何かのように風が吹いている。だから、海藻の匂いをたっぷりと含んだ強い潮風が、島の上にあるほとんどすべてのものに、そのきつい刻印を押していく。『海藻香』と人々はそれを呼ぶ。」

この香りがやがて馴染んでくると。芳醇になってくるのが人間の感覚の不思議なところですね。荒涼たる大地、北風、激しい波飛沫、曇天の隙間から顔を出す太陽。その中から生まれてきたお酒かもしれません。

「子どもが生まれると、人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウィスキーを空ける。それがアイラ島である。」

こんな彼の文章に出会うと、今宵はアイラの酒で、という気分になります。

 

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本日より「闇のみぎわ/Social noir」展を2週間開催します。

銅版画の北岡広子さん、写真の中村キョウさん、音楽のEusolさん、それに関連本を私、という計4人の共同展です。元をただせば、数十年前に、あるジャズバーで飲み語り合っていた仲間たちです。

ありがたいことに、レティシア書房を開店した2年3ヶ月の間に、彼らにはそれぞれ展覧会をして頂きました。20代から30代だった昔の仲間が、こうした形で一堂に会して何かできるのは嬉しいことです。店という場を持ってよかったと思えることの一つです。

「闇のみぎわ」という暗闇と、そこからほのかに感じる光との間をテーマに、銅版画と写真、そしてCDとLP、本を展示しました。それぞれの出品者が「闇」という言葉から思い起こすイメージを作品に、音楽に、本に託して展示してあります。展示販売しているCDとLPは試聴可能ですので、お申し付け下さい。

闇の彼方にあるものが死なのか、見果てぬ幻想なのか、あるいは、やがて訪れる希望なのか、それは見る人の意識が決めることだと思います。日常ではあまり触れることのない、その境地に踏み入れてみるのは如何でしょうか。

イギリスの小説家、詩人のオスカーワイルドは誌「スフィンクス」でこう歌っています

「こちらへこい、睡そうで、彫像のような、可憐の家来よ こちらへこい 美妙な、怪奇のものよ 半ばは女人で、半ばは動物の、怪奇のものよ」

「怪奇のものよ」。人なら誰でも己の心の奥に潜んでいるものへ近づくことになるかもしれませんね、

展覧会は6月1日(日)までです。(最終日は18時まで)

 

 

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毎号、質の高い誌面作りの北海道発の雑誌「northern style スロウ」最新号は、本好き、特に絵本好き、紙好きの方にはオススメの一冊です。(880円)

特集のタイトルが「本の形、心のかたち」。もう、これだけでレジ直行ですね!(でも、ないか・・)

古布を使って絵本作りをしている西村静子さんは、自称「ボロ屋の母さん」。どんな小さな布の端切れも大切にとっておいて、創作に使う。温かな絵本は、その物語のほとんどを実体験から紡ぎ出すということです。

そして、ダンボール紙で絵本を作る田中幸恵さんは、ご自分をただのおばちゃんと云います。普通の紙に書かれた絵本ではなく、ちょっと厚みと重みがあるダンボールの気取らない味わいが魅力です。2013年の本屋大賞に応募した「ちいさいぼくらのおおきなゆめ」は、落選したものの知人の協力で本になり、今では読み聞かせの依頼まであるとのこと。

その次に登場する松嶋珪子さんが、帯広に「絵本の館 宇宙船みみ」を建て、週に一度読み聞かせをするために、札幌から通っているというのは驚きです。一階に絵本がズラリと揃えてあり、二回には作品展示用のギャラリーまで備わっています。取材記者が彼女からプレゼントされたのがマーガレット・ワイズブラウンの名作「たいせつなこと」だったことを知ると、ぜひ行ってみたくなります。三人とも元々他のお仕事をされていて、現在好きな道を歩まれています。

 

一方、北見市にある「手づくり絵本美術館」を運営されて30年になる松岡善和さん。名称を図書館ではなく美術館にしたのは、ここが作る場所だからということで、事前予約すれば、ハードカバーの絵本作りを指導してもらえるそうです。

ほかにも、本を愛する色んな人や、本の企画展が掲載されていますが、一度訪ねてみたいのは、札幌の古書&ビールの店「アダノンキ」。ここのオリジナル「炭焼きコーヒースタウト」を飲みながら、古書を巡る話を、素敵な女性店主とできるなんて、至福でしょうな〜。

もう一つ、釧路にある「豊文堂書店喫茶部ラルゴ」は一階が古書&レコード、二回がカフェですが、ここはお薦めです。実は行った事があります。かぼちゃプリンをいただきながら、買った古書を読んでいた数年前の夏を思いだしました。

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