人生は選択の連続です。この道を行くか、あちらの道か、電車にするか、バスにするか、から「死ぬべきか、生きるべきか」まで。

どういう仕事を自分の仕事とするか、誰と生きるか、何処で生きるかという選択の場面も何回も巡ってきます。その立場に立たされた人達へのインタビューを通して、なんで、何を思ってそっち選んだん?、ということを考える本がミシマ社から出ました。石井ゆかり著「選んだ理由」(1512円)です。

登場するのは、ほとんど京都の方々。河原町にある「エレファント・ファクトリーコーヒー」、合気道の篠原先生、フリーカメラマンの吉田さん、高校生の赤井結花さん等々七人が登場します。

新刊書店の平台でいばりちらしている自己啓発本やら、自分探しの本と、この本が、全く異なるのは、著者が全く相手のことを知らされずに、インタビューするという企画にあります。題して「闇鍋インタビュー」。その場を通して、その人だけが持っている選び方、選ぶべき拠り所が見えてきます。

「もし、本書を読んだ後に、読者がご自身の中にある、個性的な『選び方』『選ぶ理由』の存在に気づかれるようなことがあるとすれば、著者としてこれ以上の喜びはない。」と著者は書いていますが、個性的な方々の話に耳を傾けてはいかがでしょうか。

そして、実は、この本から浮かび上がってくるのが著者の生き方、考えかたなのです。例えばミシマ社の吉田さん相手のインタビューでは、こう書かれています。

「多くの人が『やりたいこと』を探す。『何がやりたいか解らない』と悩んでいる。でも、本当に見つめていなければならないのは、『やりたくないこと』なのかもしれない。自分の中の『NO』を知っていることが、羅針盤となることもある」

ところで、 後半登場する中川さんの肩書きが面白い。「イラストレーターと僧侶 中川学」であり「瑞泉寺 住職 中川龍学」。ご住職の名刺の下には「豊臣秀次ご一族の菩提寺」と書き込まれています。先日、大河ドラマ『真田丸』では、その悲しい末路が描かれていましたね。このインタビューがとてつもなく面白い。人生の岐路で、この道を選んだ時、あ〜あっちを選んでたら、と思うことって多々ありますが、中川さんは、そうじゃない。選ばれなかった選択肢などない、という驚くべき結論へと向かいます。詳しくは、本書をお読み下さい。

 

ハーレムに1939年オープンした黒人関連の書籍を専門に扱う「ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア」のオーナー、ルイス・ミショー。

黒人は本を読まないと言われた時代に、あえて黒人のための本屋を開業したミショーの生涯を描いた「ハーレムの闘う本屋」(あすなろ書房1500円)は、チンピラ同然だった青年が全米ナンバー1の黒人専門書店を作り上げ、黒人の地位向上のため闘った男の一代記です。

物語は、1904年、ルイス・ミショーが、初めて自転車をかっぱらった9歳から始まります。一代記となると、幼少期からのことが延々書かれていて辟易することがありますが、この本は心配にはおよびません。本人、母親、父親、兄弟が交互に登場してルイスのことを簡潔に語っていきます。NHKのドキュメンタリー番組を観るようにポンポンと進んでいきます。また、随所に挿入されるグレゴリー・クリスティーのイラストや、当時の写真のレイアウトが見事で、飽きることなく読んでいけます。

ヤンチャな青年は、様々な修羅場をくぐり抜け、黒人のあるべき存在と何かという意識を高めていきます。

「わたしは『いわゆるニグロ』ではない。『いわゆる』とつけたのは、ニグロは物であって、人間ではないからだ。この言葉は作られた言葉だ。ニグロは使われ、虐げられ、責められ、拒まれる『物』なのだ。それが、この街でのニグロの役割だ。それをうけいれつづける黒人に未来はない。なぜなら、こうした『いわゆるニグロ』こそが、永続的な奴隷状態を助長してきたからだ」

自分は何者なのか、自分の価値は何なのかを知ってこそ、現状を改善できる。だからこそ黒人のための書店は必要なのだと考え、悪戦苦闘の末、ハーレムに書店が誕生します。

そして、そこには様々な人達が集まってきます。マルコム・Xもその一人でした。ラディカルな言動であからさまに白人社会に牙を向けたマルコムを、この書店は支援していきます。マルコムが書店内で談笑している写真も掲載されています。

もちろん、ミショー自身も無知な白人へは激しい言葉を投げつけます。スラム街のため、私たちは何をすべきかを問いかけてきた学生にはこう言い切ります。

「それなら、家に帰ってその上等の服を脱ぎ、エプロンをかけてほうきをもってこい。そして街の人々の中に入って家の掃除を手伝え。そうすれば、あんたたちが真剣だってことが伝わるだろう」と。

そして、「『わたしたち」になにができるか、というが、それじゃだめだ。大事なのは、一人の人間として『きみ』がなにをするかだ」と締めくくっています。

1976年8月25日、ミショーは81歳で、この世を去りました。

「頭に知識を入れることより大事な仕事はない」

と、多くの貧しい黒人の子供たちに、本を読むことで、黒人としての誇りを身につけさせた人生でした。

 

村上春樹の本の装幀を担当したイラストレーター、佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸の作品を集めた文庫本サイズの「村上春樹とイラストレーター」(新刊書・ナナロク社1944円)が入荷しました。

「ここに取り上げるイラストレーションは、単に文章や物語を後から追いかけて説明しているものではなく、絵そのものが物語るひとつの世界を有しながら、文章と分ちがたく響き合ってひとつのイメージをつくりあげていることがわかります」

と、書かれていますが、ほんとに絵と文章がセッションしている感じです。私が、最も春樹を真剣に読んでいた頃の「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」などの佐々木マキが担当した挿画は、全く新しい感性で、春樹の文章と共に、ロマンチックで、センチメンタルで、しかもアイロニーに満ちた世界へと連れて行ってくれました。

そして和田誠。「ポートレイト・イン・ジャズ」を初めて読んだ、いや眺めた時、この作家の心にジャズの香りが一杯染み込んでいるのがわかりました。和田は、春樹の文章を引用してこう書いています。

「そもそも、音楽を聴くというのは文章を書くにもいいことなんですよ。要素は大体同じですから。リズム、ハーモニー、トーン。にプラスしてインプロヴィゼーション。(中略)いい音楽を聴くように、文章を書けばいいんだという発想。これが僕の基本だったの。」

この頃は、小説こそ追っかけなくなりましたが、春樹の音楽本だけは、すぐに買ってしまいます。

最後に登場するのは、安西水丸です。春樹の「中国行きのスロウボート」の表紙で安西が描いたブルーの青さに魅かれて買ってしまったことを思いだしました。巻末には安西と和田の対談も掲載されていて、二人が春樹の魅力を語ってくれます。

資料として「村上春樹とイラストレーター略年譜」が載っています。見ていると、79年、「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞して単行本が発売された年に、自らが経営するジャズ・バー「ピーターキャット」で、春樹と安西は出会ってます。長い付き合いの始まりは、この場所だったのですね。

 

 

 

比較文学、映画論等で優れた評論集を書いている四方田犬彦の読み応えのある本が何冊か入荷しました。

先ずは全300数ページにも及ぶ「白土三平論」(作品社1900円)を取り上げます。白土三平と言えば、「カムイ伝」。もちろん、この本でも詳細に論じられていますが、注目すべきは、白土版「シートン動物記」です。このマンガは、個人的には「カムイ」よりも好きな一冊です。少年時代から動物好きだった白土が、この動物文学の最高傑作をコミック化したのも当然かもしれません。この中に登場する「灰色熊の伝記」を、四方田はこう書いています。

「『灰色熊の伝記』は、静かで悲しみに満ちた読感を誘う作品である。」

正に、その通りです。「カムイ伝」や「忍者武芸調」」のような大作ばかりでなく、こんな作品もきちんと論評されています。

動物続きでいうと、犬という動物が、古今東西の文学、戯曲、そして映画、漫画等でどう扱かわれてきたかを検証することで、犬のイメージ像の変遷を辿った「犬たちの肖像」(集英社1400円)があります。ホメロス、シートン、ロンドン、セリーヌ、カフカ、泉鏡花、谷崎、川端らの文豪が登場します。

「死んだ犬はその飼主である家族にとって美徳のかたまりである」と言い切ったのは丸谷才一ですが、愛犬を失った人間が、そのことをいかに記憶するかを文学の中に求めて検証した「文学ジャンルとしての、犬の追悼」を、老犬を抱える私は精読してしまいました。

もう一点、「ラブレーの子供たち」(新潮社950円)。これは「美味しい」一冊です。舌と脳と胃袋で考える、食文化論で、文学者、映画監督、音楽家と、様々な人達の口に入れたものを食べ、彼らが何を感じたのかを考察する刺激的で、お腹の空く一冊です。

面白いのは澁澤龍彦の「反対日の丸パン」ですね。戦前、コンデンスミルクと赤いジャムを使って、食パンの上に日の丸を描くことが澁澤家でははやりとなりました。軍人になってお国のために奉公することへの憧憬を盛り上げそうな一品ですが、澁澤は違いますね。

「要するに『白地に赤く』の反対、『赤字に白く』である。アンティ日の丸である。すなわち、ジャムの地の上にミルクの丸を塗ったものだ。」そんなパンを食べては悦に入っていたのでしょう。

本で取り上げられた一品はすべて写真が付いていて、もちろん、この「反対日の丸パン」の実物も見ることができます。

ところで、著者は少年時代、イエスはお菓子を食べたことがあるのか?と疑問の思っていたそうです。「最後の晩餐」にデザ−トが何故ないのか?? 変わった少年だったんですね。

「どんなにいいカッコをしたって、音楽が豊かでなければ、その音楽家は美しく見えない」

ー岩城宏之

「私は、深夜の書斎で耳を澄ます。いろんな本が啼いている」

−久世光彦

「『大目に見る』というのは私の一番好きな言葉です」

ー清水ミチコ

さて、様々な人が登場するこれらのフレーズは、和田誠「ほんの数行」(七つ森書館1400円)の中にあるものです

和田誠が装幀を手掛けた本から、自身がチョイスした数行を取り上げてまとめた魅力的な一冊です。もちろん、取り上げられた本の装幀も掲載されているので、著者が、その文章を選んだ思いを書いたエッセイを読みながら、お〜っ、こんな装幀だったんだと楽しめます。

「男の人がステキだなあと思うのは、お金を出すときと、髭を剃るときと、死ぬときですね」

とは、常盤新平インタビュー集「高説低聴」で、向田邦子が「男の美学」について語った言葉です。スゴイことを言う彼女を、和田は「そのスゴイところがステキだとぼくは思ってしまう」と書いているのが、やはりステキですね。

その本のエッセンスをぐっと凝縮して、一枚の表紙絵に仕上げる力量の豊かさに感動し、何度も、何度も読みたくなる本です。

私の好きな数行は、

「お前さんが舞台からいなくなると、なお残像が残っている。残像というか。残像が残る時のみ、役者は生きている意義がある」

これ、森繁久彌の言葉です。

もう一つ、「人間は、なにかコンプレックスがあると、ほかの方法でそれを乗り越えようとする。その方法というのが僕にとっては歌だったのかもしれない」

という高田渡「バーボンストリートブルース」(山と渓谷社/絶版・初版2200円)からの引用です。この本の装幀は和田のベスト10ではないかと思っています。

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「新入生のぼくは、初めて暮らす京都の下宿で、誰にも言えない孤独を抱えながらも、誰にも邪魔されることのない自由を謳歌した。ラジオでは、デビューしたばかりの荒井由実が、少女のようなあどけなさの残る澄んだ声で『ひこうき雲』を歌っていた。それは命のはかなさと、生へのまっすぐな思いを、一筋のひこうき雲に託して歌った名曲だった」

そして、青年は自らも詩作に没頭し始め、大学に行かなくなり、薄っぺらな詩集を自費出版し、詩人になるべく東京へ向かう。

これは詩人、谷郁雄のエッセイ集「日々はそれでも輝いて」(ナナロク社1728円)の冒頭部分です。「本と詩人と」という章では、著者の敬愛する詩人、作家たちの作品を引用して、日々の思いを語っていきます。谷川俊太郎、田村隆一、長田弘、中原中也らの詩人、レイモンド・カーブァー、チャールズ・ブコウスキー、ボルヘスといった個性的な作家も登場します。ミュージシャンのトム・ウェイツも取り上げられています。

トム・ウェイツは1947年生まれのシンガー&ソングライターで、私の大好きなミュージシャンです。掠れた歌声は、人生の深い孤独を感じさせてくれます。グテングテンに酔っぱらって、汚い道路に放り出され、土砂降りの雨で目が覚めた時などに、脳内に響いてくるような歌を歌ってくれます。

ここでは、99年リリースの「ミュール・ヴァリエイションズ」というアルバムの中の1曲「うちへおいでよ」が、取り上げられています。この曲を著者は、「素直になれない人への、呼びかけの歌」、或は「自分で自分に鞭打つ人、悲しみの山を積み上げる人、あきらめの悪い人」への呼びかけの歌だと考え、「この現実世界のどこを見回しても、ありのままの自分を受け入れる『うち』など見つかりっこない」、だから「歌を通して『うちへおいおでよ』とみんなに呼びかけていると解釈します。

「十字架なんかにしがみついてないで/まあその木はなんかに使えるだろう/とにかくうちに来るといい」

なんて、敬虔なクリスチャンが聴いたら、ぶっ倒れそうですが、そう呼びかけられることで、人は救われるのかもしれませんね。

書評家の岡崎武志さんの「ここが私の東京」(扶桑社1100円)が入荷しました。関西での青春時代を経て、東京への憧憬を捨てきれず、上京して20数年。東京暮らしの高揚と失意の繰り返しの中で読み続けた多くの作家と、彼らが生活した東京の様々な場所を歩き、追想しています。

東京の地理は全く頭に入っていませんが、岡崎さんに連れられて、この場所、あの場所と、一緒にブラブラした気分になります。取り上げられる作家は、佐藤泰志、出久根達郎、庄野潤三、司修、開高健、藤子不二雄、石田波郷、富岡多恵子の作家と友部正人、松任谷由実の二人のシンガー&ソングライターです。

この中で、石田波郷だけは全く知りませんでしたが、それもそのはず、現代俳句を代表する俳人の一人だったのです。若くして(昭和7年)上京し、俳人として活動を始めますが、召集され戦地へ。しかし結核を発病し入院し、その後、再発と入院を繰り返します。そして、死を見つめた暮らしが始まります。

「私は絶望はしない。然し手近に掴めそうな希望はもたなかった。希望がなくても生きてゆける、一日一日の生を噛みしめて味わうような生き方を求めた。それはものを深く視つめてそこに己れを徹れせることであった。」という石田の言葉に対して、岡崎さんは

「こういう境遇を、健常者が得ることは難しい。死の谷に歩み行った者のみが、地に触れてつかみ得るひとくれの砂のごとき、苦いが確かな感触であった。」と書いています。

石田は昭和32年、読売新聞に「江藤歳事記」という俳句+写真+随筆というユニークな連載を始めました。その晩年を描く岡崎さんの文章が素敵です。

「長い人生の一部を切りとって、人生の一瞬を永遠にして描き出すことを『スライス・オブ・ライフ』と言う。手法こそ違え、写真と俳句はその店でよく似ていた。上京して二十五年、東京でようやく得た春のような日々であったが、病はいつしか進行し、波郷に残された人生はあと十年あまりしかなかった。」

 

友部正人、松任谷由実については、明日ご紹介いたしますので、お楽しみに。

蛇足ながら「江東歳事記」は「江東歳事記・清瀬村(妙)−石田波郷随想集」として講談社文芸文庫から出ていました。絶版ですが、近日入荷します。

 

「白鯨」と言えば、ハーマン・メルビィルの退屈極まる、しかし、最後まで読んだら荒波の大西洋を乗り越えた気分になる長編小説です。

今手元に、マット・キッシュによる「白鯨」、正確な書名は「モービー・ディック・イン・ピクチャーズ」(スィッチライブラリー1800円)があります。全560ページというボリュームたっぷりの一冊です。

大体、マット・キッシュて誰だ?

彼は、図書館の職員で、イラストレーターでもあります。その青年が、とてつもなく大胆なトライアルをしたのが「白鯨」です。全552ページの原作から、各ページ毎に数行抜き出し、それに全部イラストを付けて全く新しい「白鯨」に仕上げてしまいました。原作を元に、リミックス、カットアウト、コラージュを繰り返したのが、この「白鯨」で、だから「モービー・ディック・イン・ピクチャーズ」というタイトルになっています。文学とアートのぶつかり合いが生み出した新しい形態の書物です。

そして、原作に登場する狂気じみたエイハブ船長のことや、語り手のスターバックのことなど知らなくても、十分楽しめるところが凄い!一冊です。シュールで幻想的な大航海へ連れていってくれます。

翻訳をした柴田元幸によると、キッシュは、コンラッドの「闇の奥」(あのコッポラの映画「地獄の黙示録」の原作)にイラストを付けたリミックスバージョンを出したとか。こちらも興味津々ですね。

「白い鯨との出会いは、グレゴリー・ペックがエイハブ船長を演じる1956年の映画『白鯨』だった。子どものころ、1970年代なかば、土曜の午後をよく祖母の家で過ごして、この映画を切れぎれに観た事を覚えている。僕はすっかり魅入られた。」と、キッシュは、あとがきで述べています。

私もそうでした。淀川長治さんの「こわいですよ〜!」という名調子で始まる「日曜洋画劇場」で観て、虜になりました。銅版画風の画調が神秘的で、今でも映像の断片が頭に残っています。

 

 

 

池澤夏樹編集の日本文学全集の一冊で「宮沢賢治 中島敦」(河出書房新社1800円)を一冊にした本の紹介です。何故この二人?という疑問に編者はこう答えています。

「中島敦は宮沢賢治の十三年後に生まれ、その死の九年後に亡くなった。賢治は享年三十七歳、敦は享年三十三歳。若くして他界したことだけだなく、二人には共に遠くを見ていたという共通点があるように思う。自分というものの扱いに苦労したところも似ている。」

「共に遠くを見ていた」、「自分というものの扱いに苦労」した作家……..。

宮沢はまさにそんな作家だと思います。自分という存在に苦しみ、銀河の果てまで飛んでいってしまった。

死ぬ直前には、「そしてわたしはまもなく死ぬのだろう わたくしというのはいったい何だ 何べん考えなほし読みあさり さうともきかうも教えられても 結局まだはっきりしていない わたくしといふのは」

という「そしてわたしはまもなく死ぬだろう」(未完)の詩を残しています。「これで二時間 咽喉からの血はとまらない おもてはもう人もあるかず 樹などしづかに息してめぐむ春の夜」という詩を書きながら、己がいるべき遥か彼方に地へと向かっていたのでしょう。

中島は1941年、ミクロネシアに渡り、数ヶ月滞在しています。その時、彼が見た南洋の自然、風物、そこに暮らす人々を描いたのが、この全集に収録されている「環礁ーミクロネシア巡島記妙ー」です。

「寂しい島だ」という文章で始まるこの旅行記は、「薄く空一面を覆うた雲の下で、空気は水分に飽和して重く淀んでいる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。」とその気候に辟易しながらも、歩き回る。デング熱が治りきらない状態で、眩暈と、息苦しさでガタガタになってくる。しかし、それでも作家は幻覚に近い美の中で陶酔してゆく。今なら飛行機でヒョイと飛んでいけるのだが、中島が渡航した時代は、当然船の旅。時間をかけて地に果てに行き着いたという感覚ではなかったでしょうか。自分を持て余していた男の放浪記として、私は読みました。

因みに店には昭和11年発行の「南島譚」(今日の問題社/初版2500円)もあります。全集収録の「悟淨出世」「梧淨歎異」も入っていて、古色蒼然とした一冊ですが、手に取ってみてください。

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先月、このブログで、木山捷平の本の紹介で取り上げた「幻戯書房」のシブイ文芸書が数点入ってきました。

先ず、常盤新平の「酒場の風景」(1950円)。雑誌「クロワッサン」や「小説現代」に連載されていた短篇小説をまとめた一冊ですが、銀座の小さな酒場で繰り広げられる男と女のお話が続いていきます。特に深い話があるわけではありませんが、短篇の名手と呼ばれる常盤の真骨頂です。

例えば、「グラスの持ち方」。これ、タイトル通りのグラスの持ち方のウンチク話かと思いきや、妻とのセックスの回数が減っている作家と編集者のお話で、どお〜ってことのない短篇ですが、街の片隅にある小さなバーで、ボソボソと話し合っている中年男の背中が見えてきます。常盤新平は、長編「遠いアメリカ」とアーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」の翻訳がベストだと思いますが、深い香りのアイリッシュウイスキーを飲みながら、ずっと読んでいたい酒場短篇集です。

その中で、「イクスクィジット」という短篇は、日本語に訳すると「名器」、つまり女性性器の事なのですが、これを巡ってああーだ、こうだと話をする青年達に向かって、タンカをきる女性が登場します。こればっかりは、飲む手を留めて拍手、拍手ですね。

次にご紹介するのは、田中小実昌「くりかえすけど」(2900円)。この作家の世界って、飄々としていて、脈絡がなく、あっちへフラフラ、こっちへフラフラなのですが、不思議に、突然心地よくなってきます。

各種文芸雑誌に載せたものを一冊にまとめたこの本の中では、「軽列車と旅団長閣下」が、いかにも田中的世界でした。日中戦争時代の中国で、旅団長にションベンをひっかけた「ぼく」のお話ですが、軍隊の暴力性をえぐり出すような濃密なものではありません。ただ、戦争下ではふと思いついたことをうっかりしただけで、銃殺になるかもしれないと、「銃を肩にのっけたまま小便したことも罪になるのか?」と、悩んでしまう「ぼく」の独白で終わるのです。戦争などバカバカしいと思っている人間の正直な感覚が、独特の語り口で書かれています。

もう一点。戦前の前衛詩を引っ張った詩人、北園克衛が1930年代に書き上げた小説を集めた「北園克衛モダン小説集」(2900円)

「街には花咲く春が訪れて来た。そして街の少女たちはシイルやアストラカンの外套の重さに耐えかねて、チュウリップの水々しい茎のような溌剌とした四肢を、晴々しい春の微風のなかに投げ入れた。

ある明るいエキゾチックな午後であった」

なんて文章で始まる、この詩人らしいエスプリに溢れた小説集です。1930年代に書かれた、モダンな精神に富んだ作品が並んでいます。本の表紙には「白昼のスカイスクレエパア」と書かれていますが、そんなタイトルの小説は載っていません。

白昼の高層ビルに太陽光線が当たった、その眩しさに潜む幻想的なイメージを象徴させたかったのかもしれませんね。