「楽しい遊びじゃなきゃ農業自体いつまでたっても誰も関心なんか向けない。本業にする必要なんてない。ゴルフやスキーの代わりに、農業が趣味になってくれればいい。」

と、大胆だけど、いやごもっともという真っ当な事を言い切ったのは小倉崇。彼の著書「渋谷の農家」(本の雑誌社1300円)に出てくる言葉です。

彼は、なんと渋谷のど真ん中、ラブホテルひしめく道玄坂にあるライヴハウスの屋上に畑を作っています。この本は、どうして彼が渋谷で畑を作るようになったのか、全く農業なんて関係なかった男が農業に携わるようになったのかを書いています。

「都会と農村なんて堅苦しく考えず、もっと気楽に、自分たちの遊び場を作るくらいの楽しみ方で、都会の中の畑が増えていけばいい。きっと楽しいはずだ」(写真左が著者)

と思い立った著者は走り始めます。全国でユニークな農業を展開する人達のもとへ出向き、話を聞き、農作業を共にこなし、ネットワークを作っていきます。「有機農家のパイオニアたち」、「自然栽培という生き方」、「農家だからできること」というテーマで、多くの農家が紹介されています。もちろん、そこには現在の農業が抱える問題や、矛盾もあります。が、しかし、それでも自分たちの考える米、野菜を作ろうとする彼らは日夜奮闘しています。

岡山県、蒜山で「蒜山耕藝」という農業ユニットを組む高谷さんの考えはこうです。

「そもそも、自分は美味しいものを作ろうと思っていないんですよね。それよりも、その作物自体の本来の生きる姿になるべく近づけてあげようと思っていて」

著者は、様々な考え方を吸収して、渋谷の畑作りに邁進します。農業の神様は決して甘くないことを痛感しながら、楽しそうに畑に向い、収穫をして、畑のある屋上でパーティイベントを開催します。渋谷のビルの上のあちこちに畑がどんどん立上がってくる日を夢みながら。

こんな事が書かれています。

世間で「きれいごと」なんて言葉は、「きれいごとで世の中、通用しない」的に否定的に捉えらがちですが、

世間で「きれいごと」なんて言葉は、「きれいごとで世の中、通用しない」的に否定的に捉えらがちですが、

「『きれい』な『こと』の何が悪いんだろうといつも思う。汚いことより、きれいなことの方が良いのは当たり前じゃないだろうか。世の中が複雑になって、色んな人間がそれぞれの欲望を剥き出しにすればするほど『きれいごと』は必要になる。それこそが成熟した社会ってことじゃないか。少なくとも、きれいごとを否定する人間にはなりたくない。」

全く、同感です。

★レティシア書房 年末年始休業のお知らせ

12月29日〜2017年1月4日まで休業いたします。新年は1月5日から平常通り営業いたします。

 

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本に関する、面白い企画や話題満載のミニプレス「BOOK5」が、本日発売の22号をもって終了することになりました。レティシア書房オープン時から、お世話になり、毎号楽しみながら読んできました。古書店初心者だった私には、学ばせてもらうことも多かった雑誌です。

最終号の特集は年末恒例の「今年のアンケート」です。毎回、豪華メンバーで岡崎武志、世田谷ピンポンズ、林哲夫、萩原魚雷、山川直人、南陀楼綾繁、宇田智子、内堀弘、島田潤一郎、木村衣有子、そして銀閣寺「善行堂」まで、本好きなら知っている人のオンパレードです。

今年出た本のベストではなく、その人の読んだ本のベストなんで、多種多様な、出版された年代もバラバラなものがあげられています。

岡崎さんが、夏葉社の「移動図書館ひまわり号」をベスト3の一冊に上げておられます。「フロンティア精神と『図書』魂の美しい結合。」と評されていますが、同感です。

私が読みたい本として購買リストに入れている、宮田昇「小尾俊人の戦後 みすず書房出発の頃」(みすず書房)は人文出版社みすず書房の戦後を描いたノンフィクションです。推薦者の南陀楼綾繁さんは「小さな出版社や書店を経営している(もしくはこれからはじめようとしている)人にはこの本を読んでほしいと」と書かれていますが、出版社立ち上げの情熱がひしひし伝わってくる本だと思います。

ミニプレス「のんべえ春秋」や「コッペパンの本」で、当店でもお馴染みの木村衣有子さんは、「福島第一原発廃炉図鑑」(太田出版)を上げていましたが、彼女は今、東京と福島を行ったり来たりの生活らしいです。福島第一原発の仕組み、周辺の見所を真正面から描いた本とのこと。興味ありますね。

で、私のベスト3は、よくここまで自分をさらけ出したと感心した山下賢治「ガケ書房の日々」(夏葉社)、泣いてはいけないと思いながらページを捲った河崎秋子「颶風(ぐふう)の王」(角川書店)、没後20年を記念して出版された湯川豊「星野道夫 風の行方を」(新潮社)です。

「BOOK5」の特集では、本以外で印象に残ったことを取り上げるコーナーもあります。その中で、岡崎武志さんがNHKドラマ「夏目漱石の妻」を評価しながら、大河ドラマで関川夏央&谷口ジローのコンビによるコミック「漱石とその時代」を取り上げるべきだとおっしゃってますが、いや、それは是非是非ドラマ化してもらいたいものです。

なお「BOOK5」はバックナンバーも在庫しています。

 

 

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新刊書店店長として仕事をしていた時代、新刊の小説は片っ端から、読んでいました。もちろんただで….。本来は、店内の本を休憩室に持ち込まない事、買って読む事というお達しがあったのですが、店長は別、と勝手に解釈。職権乱用ってやつですね。

今、第一線で活躍中の作家は、ほぼ読んだのではないでしょうか。最後まで読めなかった一人を除いて。その作家は恩田陸。SF、ファンタジー系の作家としてヒット作を連発していたのに、途中でだれてくるのです。小難しいとかストーリーが迫ってこないとか、ではないのですが、途中で売場に戻してしまうというのが常でした。

ところが、「六月の夜と昼のあわいに」(朝日新聞出版600円)は、手に取った瞬間から、あれれ、と言う間に読み切りました。10の短篇で構成された本作は、各短篇の頭に杉本秀太郎の序詞(和歌で使用される修辞法で、特定の語の前に置いて、比喩、掛詞、同音語などの関係に係る言葉)が付いています。そしてさらに各篇の扉に、新鋭作家によるアートが付いています。多分、そんな構成に惹かれて読み始めたのですが、シュールで幻想的な世界に巻き込まれました。イメージが思い切り飛翔する世界です。

「なぜ日本の泥棒が背負っているのは、いつも唐草模様の風呂敷なのだろう」で始まる「唐草模様」はやがて、この模様がぐるぐると回り出す不思議な世界へと連れ出します。

以前、読めなかった作家を面白く読み切る。これって、書店主のおいしい仕事かもしれません。現役の作家で、絶版になっていない本を紹介するのは、新刊書店員の仕事のはずでした。しかし、無駄に忙しい勤務体制では、それは無理。ならば、古書店が、と思い、今年もそういった本を紹介してきました。稲葉眞弓「半島へ」(この方は故人です)、石田千「唄めぐり」、河崎秋子「颶風の王」、黒川創「京都」、松家仁之「優雅なのかどうか、わからない」、湯本香樹実「岸辺の旅」、小川洋子「いつもかれらはどこかに」等々。

歴史の彼方に埋もれた作家を掘り起こすのも仕事かもしれませんが、今の作家の、あんまり知られていない本をどんどん紹介していくのも仕事ではないでしょうか。私は、そっちに比重をかけていきたいと思います。

東京音楽大学作曲科出身の小説家、湯本 香樹実に注目しています。

92年発表の処女作「夏の庭」は、三人の少年が老人との出会いを通して「死」を知る小説で、後に相米慎二監督で映画化され、三国連太郎が老人を演じていました。

2008年には、絵本作家酒井駒子とコラボで「くまとやまねこ」(河出書房新社1050)という、これまた親友を失くした主人公の喪失から再生を見事に描いた傑作を発表(これは、読む度に泣けます)しました。その2年後の作品が「岸辺の旅』(文藝春秋500円)です。

これもまた死が、大きく関わってくる作品です。三年間失踪中だった夫が帰ってきますが、夫は海の中で蟹に食べられて死んだと告白します。そして、妻に自分が生前見た素敵な世界を見せたいと一緒に旅に出ます。その道中を描いた不思議な小説です。実は私は小説よりも先に映画を見ていました。夫を浅野忠信、妻を深津絵里、夫のかつての女性を蒼井優というキャスティングで、監督は黒澤清。こちらの世界とあちらの世界を行きつ戻りつしながら、二人の愛を確かめてゆく展開で、夫がふっと消えて、彼岸に帰ってゆくラストは忘れられません。

いつか原作を読もうと思っていたのですが、今回一気に読み上げました。

「死者は断絶している、生者が断絶しているように。死者は繋がっている、生者と。生者が死者と繋がっているように」

ふと帰って来た夫は、妻を、夫がかつて親しくしていた場所や人のもとへ彼女を連れてゆきます。なんのために……。「もっときれいなところがあるんだ」と妻を急かす夫に対して、「家に帰ろうよ。一緒に帰ろうよ」と妻はすがります。当然です。でも、この二人の旅にもやがて終りがやってきます。小説では、夫がふらりと戻ってきた事情は一切説明していません。いや、そんなことはどうでもいいのです。永久に失われたものへ手を差し伸べる女と、彼岸から戻って、女と共に生きた証しを辿りたかった男の思いを感じさえすれば。

この本を読み終えて、再び「くまとやまねこ」を読みました。親友だった小鳥に先立たれたくまは、出会った山猫に悲しみを癒されていきます。このやまねこ、ひょっとしたら死んだ鳥だったのでは…….?あまりの悲しみに打ち拉がれるくまの元に戻ってきて、二人で生き直すとも読み取れます。

「岸辺の旅」のラスト、夫は寂しい海辺で、あちら側へ旅立ちます。「海に挟まれた細い、今にも沈んでしまいそうな道を、私はふたりぶんの荷物を持って歩きはじめた。」という文章で終わります。このエンディングは「ふたりぶんの人生を生き始めた」ということかもしれません。そうあって欲しいものです。

滋賀県長浜市。ここに一見、フツ〜の店構えの「つる屋パン」というお店があちます。創業1951年、人気商品は「サラダパン」。そんなパン、どこにでもあるじゃん、と思ってしまいますが、ここのパンに「サラダ」は入っていません。千切りにされたたくあんをマヨネーズで和えて、パンの中に挟んであります。

今、この店を営んでいるのは、三代目の西村豊弘さん。東京の大学時代、あちらには自分の家でやっているようなパン屋がなかったことに気づき、卒業後店を引き継ぎました。そして、時代に合わせるのではなく、自分たちのライフスタイルに合わせながら、流行に踊ることなく、毎日パンを焼いておられます。

「変化の激しい時代だから、変わらないことが価値になる。お客さんが変化を求めているというよりも、それは常に成長を求めていく企業や店側の都合だったりするのだろう。」とは、この本「GOOD WORKS一生以上の仕事」(メアリーアンドディーン1782円)の著者、影山大祐さん。

マーケティングとか差別化とかという言葉に惑わされることなく、日々やってきたことが受け入られているという商売の原点が、ここにはあります。この本には、「つる屋パン」以外にも、若き跡継ぎたちが大勢登場します。山形県甲府市の「五味醤油」六代目、大阪市の昆布屋「こんぶ土居」の四代目、山形県南陽市の農業「清六ファーム」の八代目と、職種は様々ですが、それぞれに良いと思ったものを伝えようと日々努力している姿を読むことができます。

「まっとうに、普通に、適正なものを適正な価格でつくって、それで暮らしていけないのであれば、あきらめればいいと思って。これだけ長く続いている味噌って食文化の要だと思うんです。だから、ぼくが変に儲けようとして製法を変えるとか、そういうことはせずに、普通にやって、原料が高くなったら値上げし。それで続けていけないのであれば、もうそういう世の中なんだとなと思って、なんか割と気楽にやっているんですよ」とは「五味醤油」六代目です。

安ければいいという世の中ではなく、多種多様な価値観が溢れているべきですね。「GOODWORK」とは良いタイトルです。”Good Job”という言葉はよく聞きますが、これは、雇用関係にある者の上司が部下に言う言葉です。”GOODWORK”って言葉には、何物にも左右されないその人の仕事への思いと信念があるように感じます。日本語でいえば「生業」て言葉がしっくりくるように思います。

 

「まだどこにも紹介されたことのない日本全国のおもしろい本屋22店を現役の書店員22名が文章で案内」

と、帯に書かれた「まだまだ知らない夢の本屋ガイド」(朝日出版社1200円)という本。全国の本屋って、もう津々浦々まで紹介され尽くされているのではないかと思っていたので、「ほんまかいな?」と、読み始めましたが、「ほんま」にありました。

従来の書店紹介本では、おしゃれなセレクトショップや、オーナーの個性溢れるお店、或はイベントで、新しい顧客開拓にがんばっている店舗の紹介が主でした。しかし、この本に登場する本屋さんは、全く違います。

先ず、登場するのは「死者の選書」をする月蝕書店。ここは、亡くなった方のために本を揃えるという、故人が好きだった食べ物を供えるかわりに本をというサービスですが、故人の持っていた本を祭壇に飾るのではなく、亡くなられた方が、きっと読まれるだろうと思われる本を持っていくという珍しい提案です。

神戸にある書店も紹介されています。お店の名前は「GOKUCHU BOOKS」。えっ、「獄中ブックス?」。その通りなんです。つまり服役中の人から来た本の注文を受け、刑務所に配達するサービスを行っています。なんでこんなことを始めたのかについて、オーナーの北嶋さんは、徳島刑務所に服役中だった暴力団員の父親のもとに本を送り続けたことが原体験だと語っておられます。そして、父親と同じ組にいた方から、本の注文が入りそこから本格的に獄中にいる人に届ける業務が始まったとの事です。

出所した人が店に訪れて、(俗に言うお礼参りではありません)受け取った本のことについて語られたりすることもあるそうですが、最近出所した青年が、出版社を立ち上げました。刑務所の検閲にひっかからない受刑者向けの最高のエロ雑誌を発行するとか。頑張ってください!

読み続けると、驚くような本屋さんばかりなのですが、中でもウソみたいな話が、名古屋にあった「本屋の奥の秘密の本屋」です。メガ書店の地下1階の奥。什器に囲まれた壁面の奥にその扉はあります。しかも、この本屋の事を知っているのは、メガ書店の店長と数名のスタッフのみ。知らないスタッフには、その扉は開かずの扉としてしか認識されていません。そんな秘密の本屋にある本は、貴重な本ばかりだろうと推測しがちですが、なんとその大きな書店の中にある本からセレクトしたものが並んでいます。秘密のサロンめいた場所でゆっくりと本が読める場所らしいです。いちげんさんお断りの書店の極みのような場所ですね。

この本屋を取材された方が本の発売決定を連絡したところ、なんとその秘密の本屋は消えていました。

「メガ書店が入っていたビルの跡地には、建て替えと移転を知らせる看板が立っていたのだ……。」

その後、この書店がどうなったのかは誰も知らないというおとぎ話のような不思議な顛末です。

と言うように、従来の本屋訪問本の常識を覆してくれることは間違いありません。

 

 

 

 

文学系を中心に、どんと7箱程古本が入荷しました。小さな古本市でも、おやっと思われる本をゲットしました。

宮沢賢治関連で2冊。一つは、ファンの多かったパロル舎から出版された「賢治草紙」(初版/帯付き1500円)。賢治の代表作10作に、小林敏也がイラストを付けた本です。「注文の多い料理店」で、フォークとナイフに映った猫を描いた秀逸なイラスト等、賢治の世界をさらに広げてくれます。もう一冊は、(財)宮沢賢治記念会が発行した「宮沢賢治いしぶみの旅」(900円)です。こちらは、賢治ゆかりの地に建てられた石碑を集めた作品で、その石碑に書かれた言葉を採録してあります。盛岡へご旅行される時には、鞄に入れて、これはと思う石碑巡りをされてはいかがでしょうか。

いつか、ゆっくり読んでみたかった内田百間「戦後日記」(上下二冊/小沢書店2000円)が入荷しました。こちらは平成5年発行の新装版です。日記は昭和20年8月22日「今二十二日午前零時、防空終始命令が出たさうである。」で始まります。そして、下巻の昭和24年12月31日「夕近く東京驛へ散髪に行ったがもう店がしまっていた」で終ります。別に難しいことが書いてあるわけではなく、日々の細々した事ばかりなのですが、内田らしい飄々とした雰囲気が現れていて、少しずつ、毎日読んでみたい日記です。

かつて、筑摩書房から「明治の文学全25巻」が発売されました。坪内祐三編集によるこの全集は、古色蒼然とした明治の文学のイメージを一新する画期的な全集でした。ブックデザインを吉田篤弘、吉田浩美の「クラフトエブィング商會」を起用したことが大きかったです。すっきりしたデザインと色使い。その全集の中の石川啄木が入荷しています。(900円)本文下には、適切な註があって、理解しにくい言葉への手助けをしてくれます。

さて、ガラリと変わって、俳優原田芳雄のエッセイ「B級パラダイス」(KKベストセラーズ/500円)は、エッセイも面白いですが、出演映画の写真がかなり沢山収録されていて、これが貴重。日活映画「関東幹部会」でサングラス姿を捉えた渡哲也、郷鍈治、そして原田のワンカットは、今見てもカッコいい!!インタビューも多数入っていて、松田優作、タモリ、西川峰子等々バラエティーに富んでいます。

 

順次店に出していきます、当分の間日々、棚が変わっていきそうです。

 

梨木香歩のエッセイ集「鳥と雲と薬草袋」(新潮社1050円)は、ぜひ、ハードカバーで持っていたい一冊です。49の土地の来歴を綴り重ねた随筆集で、その地名に惹かれた著者がフラリと訪れた様が描かれています。

「日ノ岡に、日向大神宮という神宮がある。ひゅうが、ではなく、ひむかい、と読む」

京都市内の三条通りを東に向い、山科方面に向かうと日ノ岡峠に出るのですが、これはこの土地を描いた「日ノ岡」の出だしです。無駄のない、しっかりした文章で描写されていき、一緒にフラリと日向大神宮に詣でた気分になります。最後は「蹴上(けあげ)」という地名の由来も明かされますが、義経がからんでいたとは面白いもんです。

安心して読ませてくれる文章というのは、気持ちがいい。そして、そんな本の中身をサポートするような装幀が施されていると、なおいいですね。装幀は出版社の装幀部が行っているのですが、カバーの色合いや、ページの余白まで愛情が籠っています。何より素敵なのは、挿画・装画を西淑さんが担当しているところです。表紙の渡り鳥に始まり、随所に描かれる小さなイラストが、そっと本の中身に寄り添って心憎い演出です。部屋に立てかけて眺めていたい本です。

もう一点。昭和39年発行の串田孫一「昨日の絵 今日の歌」(勁草書房1100円)は、函から本を出すとオレンジ色の表紙。この本は串田が、絵のこと、音楽のことなど彼が出会った芸術を、エッセイ風に書き綴ってあります。

「静かに針を下ろして、あらかじめその位置に置いた自分の椅子にすみやかに戻って、音の鳴り出す瞬間を待つほんの僅かの時間に、私はやはり彼らの気持ちは今充分にかよい合い、研ぎすまされ、呼吸もまた鼓動さえもぴったりと合ったその容子をちらっと想わないわけには行かない。」これは「室内楽」と題した章の一部です。

各章には、串田自身によるステキなスケッチが描かれています。

やはり、大事に、大事に本棚に置いておきたい一冊です。私は、この本に入っている、やや長めのエッセイ「天使の翼」ほど、音楽を美しく描いたものを読んだ事がありません。静謐で、澄み切った空気の中に、自分を置きたい時には最適です。

 

京都人ならだれでも知ってる「糺(ただす)の森」。1994年には、森のある下鴨神社全域が世界遺産に登録されています。毎年、夏の下鴨神社境内で行われる古本市の場所として知っておられる方も多いと思いますが、古本市の時は、暑いのと、本探しと、多くのお客様でごった返していて、この森の素晴らしさなんて味わうことはないかと思います。

森林生態学者、四手井 綱英が編集した「下鴨神社 糺の森」(ナカニシヤ出版 1950円)は、この森の魅力を余す所なく伝えた名著です。(新刊書店勤務時代には、店のロングセラーでした)

この本は、様々な人々が、様々な角度から論じています。樹木学の観点から、生物学の観点から、或は植物学の観点から。

哺乳類研究家の渡辺茂樹が「糺の森のけものと鳥」の章で、述べています。

「イヌ・ネコ以外の哺乳類は糺の森には何もいない。しかし多分それでよいのである。幸い、遠出をしさえすればそれらと出会う機会が未だに日本には残されている。一方で文明の媚薬にどっぷり浸りながら、お手軽に野生を求めるのは都会人のエゴというものである。(求められ側の身にもなってほしい)」

いや、ごもっともです。街のど真ん中にありながら、あの静かさ、風の心地よさ、木々のざわめきを楽しめばよいのです。

第三部「糺の森と私」では、さらにバラエティーに富んだ方々が登場します。俳優の藤田まことは、「必殺仕置人」をここで撮影していたことがありました。かつては、この森の西に松竹下鴨撮影所があり、私も何度か、この辺りのロケ現場を目撃しました。

或は、作家、高城修三が中上健次と夜の森を散策した話。中上は、真の闇は熊野にしかないと信じて、かの地を舞台にして小説を執筆していました。しかし、京都にも深い闇があると高城が持ちかけ、夜中の糺の森に行き、中上は絶句したとのこと。私も、夜にこの森を通過したことがありますが、暗闇の深さにぞっとした記憶があります。

何気なく通っている森の深さを知ることができる貴重な一冊です。ぜひ、本を片手に森へ入ってみて下さい。

★本日、店内イベントのため18時で閉店いたします。ご了承くださいませ。

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川本三郎の書評集「物語の向こうに時代が見える」(春秋社1500円)は、この本読んでみたい!一刻も速く書店に行かねば!という気分にさせられます。

単純に著者が書評した本が並んでいるのではなく、三つの切り口に分かれています。第一章「戦争の記録」、第二章「『街』と『町』に射す光と影』、第三章「家族の肖像」。

第二章で論じられる野呂邦暢「鳥たちの河口」、第三章で紹介されている河崎秋子「颶風の王」などお薦めが多いのですが、第一章「戦争の記録」で紹介されている本を、当店にも何点か置いていて、これは凄い本だなぁ、と驚嘆した小説が載っていました。

前の大戦で徴兵忌避をして、日本中を移動する男の生活を描いた丸谷才一「笹まくら」(800円)、戦犯を収容した巣鴨プリズンで働く刑務官の目を通して戦争を描く「プリズンの満月」(新潮社700円)。そして、乙川優三郎の「脊梁山脈」(新潮社700円)は、時代小説の名手初の現代小説として話題になった一冊でした。

昭和23年、上海から復員してきた矢田部信幸は、同じ復員兵である小椋康造と出会います。彼は山に戻って暮らす、もう二度と町には戻らないと告げます。やがて、二人は別れて、それぞれの人生を歩んでゆくのですが、生活が落ち着いた矢田部は、小椋康造のことが気になってきます。そして、康造を探して信州の山奥に入っていきます。そこで、彼は轆轤(ろくろ)を使って盆や、小鉢を作る木地師という存在を知ります。木が必要なので山で暮し、町人とは最低限の関わりしかもたない。小椋康造は、そんな木地師だったことが分かってきます。やがて、矢田部は木地師に惹かれていき、戦後の日本を生き直すまでを描いた大河小説です。

復員兵で満員の列車で、康造は信幸に「もし今度戦争があったら山の奥へ逃げるつもりです」と言い、こう続けます。

「食べるものを作り、生活の道具を作り、細々とですが生きてゆける人間がどうして外地で知りもしない人たちと殺し合わなければならなかったのですか、私はもうご免です。」

この辺りから、どんどんと小説の世界に入っていき、主人公と共に戦後日本を生きることになるのです。