くぼやまさとる著の「星の虫図鑑」(ギャラリーまじっくらんど企画1944円)が入荷しました。数百種にもわたる虫が、美しい色彩で描かれています。「センネンタマムシ科」の項目を開ける。繊細な色調のタマムシが12種描かれています。綺麗だなぁ〜と見とれて解説を読んでみます。

「幼虫は、非常に堅い枯木や何千年もの樹齢の木の中で10年から100年ものときを過ごす。幼虫は10〜1000年に一度、羽化する。」

ん?「100年もの時を過ごす」、「1000年に一度、羽化する。」、なんかおかしい?だいたい「センネンタマムシ」なんて科目があるの?と他のページも捲ってみる。どのページも詳細に観察して描かれた虫達の美しい姿を見ることができるのですが、腹部がふぐの如くふくらみ、浮力を得る「フグアブ科」を見るに至って、これ全部架空のものだ!!と気づきました。

後書きに著者曰く

「空想昆虫の図鑑を作りたいと思い立ってから2年がたち、やっと本の形にすることができました」

やっぱりね。これ地上に存在しない虫達だったんです。くぼやまさんは東京出身の画家で、数年前に、もともと好きだった昆虫をアレンジしたニセ虫を描き始めたら止まらなくなり、伊豆の山奥のアトリエでどんどん書き始め、ついに出版するに至りました。

虫の本なんてと毛嫌いされる貴方、先ずはページを開いてみましょう。健気なフォルム、美しい色彩、今にもチョコチョコと歩き出しそうな可愛らしさが、ぎっしりと詰まっています。しかも、各虫にはすべて名前と簡単な解説まで付いています(もちろん、これも空想です)それにしても、「動物の糞に集まる、大地の掃除屋 エビスコガネ科」なんて、いかにもいそうな虫たちです。

嘘も細部までとことん突き詰めると、あり得ないはずのものが、いるよね、こんな虫と思えてくるという一冊ですね。もし、宮沢賢治が生きていたら、面白いと喜んだことでしょう。

本の冒頭に、銀河系に地球そっくりの惑星キムネジメがあって、多くの昆虫が生きていると書かれていますので、ここを読めば、架空なんだとわかりますが、ぱっと、ページを捲って見せたら、きっと今ここに生きている虫と勘違いされます。これからのプレゼントシーズンに、最適な一冊としてお薦めします。

今回、本と一緒にポストカードも入荷しました。(200円)

南伊豆町の森の中のギャラリー「まじっくらんど」では、彼の作品が展示されているそうです。伊豆下田方面にご旅行の際には、寄られてはいかがですか。

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1994年、一つの詩が発表されました。タイトルは「神隠しされた街」

「捨てられた幼稚園の広場を歩く 雑草に踏み入る 雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない 肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない 神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない 私たちの神隠しは今日かもしれない」

とゾッとするような言葉が並んでいます。そして、このように終わります。

「うしろで子どもの声がした気がする ふりむいてもだれもいない なにかが背筋をぞくっと舞う 広場にひとり立ちつくす」

94年、すでに詩人は、2011年の福島の悲劇を見つめていたのかも知れません。詩人の名前は若松丈太郎。福島の北泉海岸を見続けました。この詩に注目したのが、やはり詩人のアーサー・ビナード。彼はこう指摘しています。

「確かな観察眼で実体を捉え、声なき植物に耳をすまし、生態系から発せられる情報を収集して作品で生かしているものは決して多くない。(略)でも、日本語の詩歌がすべて無力だったかというと、そうではなく、若松丈太郎という優れた書き手が力を発揮していたのだ。」

若松が92年、94年、2008年、2011年に書いた詩に、ビナードが英訳を付けて、震災以降の福島の各地を撮った斉藤さだむの写真とともにまとめたのが「ひとのあかし/What Makes Us」(清流出版800円)です。

荒涼たる大地にぽつんとなびく一匹の鯉のぼり、誰もいない街の路上、ひしゃげた鉄塔等の写真と、震災以前に書かれた詩が、同居していることに鳥肌がたちます。強い口調で迫ってくるようなものではありませんが、心にずっしりと届いてくる一冊です。

11年に書かれた「ひとのあかし」のメッッセージは明確です

「ひとは作物を栽培することを覚えた ひとは生きものを飼育することを覚えた 作物の栽培も いきものの飼育も ひとがひとであることのあかしだ あるとき以後 耕作地があるのに作物を栽培できない 家畜がいるのに飼育できない 魚がいるのに漁ができない ということになったら ひとはひとであるとは言えない のではないか」

青空に向かっていななく馬の写真。お前達はわかっているのかと問いかけてきます。最後の部分の英訳はこうです

“which is where we stand  what makes us human”

“what makes us human”-「何が私たちを人たらしめるのか」、深い問いかけです。この福島からの声を聞くと、やっぱオリンピックなんかで浮かれている状況ではないと思うんですがね。

この本は、福島であったことを忘れてしまいそうになる戒めとして、持っておきたい一冊です。

 

 

 

昭和30年代後半から40年代ぐらいに発売された、海外翻訳物文庫が何点か入荷しました。その殆どが、映画化された際の写真等を使用しているところがレアものです。

先ずは、ケッセルの「昼顔」(新潮文庫400円 翻訳は、堀口大学)。美しいカトリーヌ・ドヌーブの下着姿が表紙です。公開時のポスターもこれでした。同じく、ドヌーブ主演の、クロード・アネ原作の「うたかたの恋」(角川文庫800円レア!)。王女様姿のドヌーブと手を取り合っているのは、若き日のこれまた美しいオマー・シャリフ。

スキャンダラスな内容で、「O嬢の物語」と双璧をなすジャン・ド・ベルグの「イマージュ」(角川文庫500円)。こんなの映画化されていたんですね。当時、角川文庫は、マルキ・ド・サドや、アポリネールの背徳文学を片っ端から文庫化していたみたいです。

これって原作があったんだ!と驚いたのも数冊ありました。映画館で皆がすすり泣いた映画、ミシェル・バタイユ原作の「クリスマスツリー」(角川文庫300円)。お父さん役には、名優ウイリアム・ホールデン。ハリウッドお得意のメロドラマですが、原爆搭載中の飛行機が爆発して、死の灰を浴びた少年が死ぬという設定は特異です。

西部劇も2冊。一つは、ダスティン・ホフマン主演で、トーマス・パージャー原作の「小さな巨人」(角川文庫200円)。確か、フェイ・ダナウエイも登場するニューウエイブ系のウエスタンでしたが、盛り上がりに欠ける映画だったと記憶しています。表紙は、映画同様、ダスティン・ホフマンをコラージュしたものです。

もう一冊はジョン・ウェイン主演、ウイリアム・D・ジェニングス原作の「11人のカウボーイ」(角川文庫200円)。孫みたいな若者に西部流の生き方を教えるウェイン翁のホームドラマ。これ、表紙は映画のオリジナルポスターの流用みたいです。

注目は、ご存知C・ヘストン主演の、ルー・ウォーレス原作「ベン・ハー」(新潮文庫500円)です。表紙は、軍艦が燃えている絵柄ですが、カバーの見返りには、ちゃんと映画のシーンが並んでいます。

映画版とは無関係の表紙ですが、「チップス先生さようなら」のジェイムス・ヒルトン原作の「心の旅路」(700円)。映画は典型的なメロドラマでしたが、淀川長治さんの「日曜洋画劇場」で見たような気がします。「ハリウッド調メロドラマ」とはいえ、今どきの恋愛映画とは比較にならないような格調を持っていました。

どれも、かなり古い本なんで、ヤケや汚れのひどいものもありますが、並べておくだけで素敵な文庫です。

忘れるところでした。こんな古い文庫の中に、サンリオ文庫版、ウィリアム・バロウズ「ノヴァ急報」が混じっていました。初版、帯付きとなると3000円前後の価格がつきますが、それは見てのお楽しみ……….。

 

こんな文学賞があることを、さてどれぐらいの方がご存知なんでしょう。これ、京都の南に位置する宇治市が主宰する文学賞です。宇治市のHPに文学賞の趣旨が、こう書かれています。

「紫式部文学賞」は、伝統ある日本女性文学の継承・発展と、市民文化の向上に資することを目的として、宇治市と宇治市教育委員会が主催しています」

いかにも、お役所の文書です。これって、和歌とかやってる人が応募するのかな?とお思いの方もおられるかもしれませんが、受賞者を見て驚きました。

江國香織、石牟礼道子、吉本ばなな、川上弘美、河野裕子、梨木香歩、川上未映子、田和田葉子、森まゆみと受賞者の名前を並べるだけでも壮観です。当店でも人気の梨木香歩は「ぬかどこ」がクローズアップされる小説「沼地のある森を抜けて」(新潮社500円)でした。

また、やはり人気の森まゆみは、平塚らいてうのマニフェストで知られる明治の女性雑誌『青鞜』のその誕生から終刊までを追った評論集「青鞜』の冒険  女が集まって雑誌をつくるということ」(平凡社・近日入荷予定)と、どちらかと言えば地味な作品をきちんと評価しています。

森まゆみの前年(平成25年)には、「東京裁判」後の日本の姿をダイナミックに描いた赤坂真理の「東京プリズン」が受賞しています。しっかりと文学の未来を見つめた優れた文学賞ではありませんか!

それにしても、知名度が低すぎます。何点か、作品を読んでますが「紫式部文学賞受賞」なんて帯を見たことがありませんし、書店が特集して作品を並べていたという光景も知りません。

選考は、全国の作家、文芸評論家、出版社、新聞社、市民推薦人から各々1点に限り推薦を受け、推薦された作品は、紫式部文学賞推薦委員会で数編に絞り込まれます。その後、紫式部文学賞選考委員会で受賞作品が選定され、市長が決定するという形式で、受賞者には紫式部をイメージしたブロンズ像と賞金200万円が授与されます。

もっともっと告知して、多くの書店で「宇治市が選んだ『紫式部文学賞』だ!」とフェアをやってもらいたいものです。年々、つまらなくなる「本屋大賞」なんてさっさと見切りをつけて、地味だけれども、きちっと文学を見据えた本を紹介するのも、書店員の勤めだと思うのですが。

 

 

 

「京都綾小路通は、平安京造営のときに開かれた古い路である」という京都案内みたいな文章が表紙に書かれていますが、吉岡秀明著「京都綾小路通」(淡交社500円/絶版)は、古都案内の本ではありません。

これは、今年5月に死去したフランス文学者で、エッセイストの杉本秀太郎の足跡を辿りながら、この人の生きた京都という町の風景を描き出した本です。杉本秀太郎は、いわゆる京都大学桑原武夫学派につらなる仏文学者ですが、専門のフランス文学に留まらず、日本の古典文学や詩歌にも造詣のある学者です。

そして、何と言っても、二百数十年の歴史を持つ杉本家の九代目として知られています。京都的に表現すれば

「寛永三年どしたさかいな。四条烏丸に呉服商としてお商売始めはってね。で、明治になって、こっちの方移ってきゃはりましたんえ。平安時代は、あの辺は、琵琶法師さんらの集まらはる場所で、ぎょうさん法師さんが来やはったみたいですなぁ〜。

杉本は昭和三年、京都綾小路通新町西入るにある、現在の杉本家に生まれました。旧制松原中学を経て京都大学に入り、桑原武夫の元でフランス文学を研究する。この大学時代に登場する人々が面白い。日本文学の高橋和己、フランス文学者の多田道太郎、エッセイストとして今も人気の山田稔等の文化人達です。

その後、京都女子大学で教職に就き、数十年在職しますが、60年代の学園紛争では、この女子大学でも火の手が上がります。大学は実力行使で封鎖解除を決定しますが、対話を主張する杉本は拒否をしました。蛇足ながら、封鎖解除の日、立てこもっていた女学生は教官の股間を蹴り上げて抵抗したみたいです。

私が杉本のことを知ったのは、エッセイ「洛中生息」(みすず書房900円)でした。みずみずしい文章で綴られて、「外から眺めた」京都への文章ではなく、「内に住んで」書かれた文章ばかりです。

「鞍馬口から東へ、加茂の堤に出るまでの数町を歩くとき、私はなにかしら昔の匂いといったものを鼻先にかぎあてる思いがする。それは豆腐屋の軒を湯気になって流れる匂いのようなものであるし、打綿に初秋の日が射して、ほのかに、かげろうのような舞い立つ綿の匂い、あるいは駄菓子屋を走り出した女の子のさげ髪の匂いのようである。」

という文章で始まるのは、個人的に思い出深い「上御霊神社」。

続編もあります。ゆっくり読んで、ふらっと古都の町を散歩してみてください。

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本について語った本を探すのも、こういう古本市では楽しいものです。今回も沢山出ています。

恵文社一乗寺店長の堀部篤史さんが書いた「本を開いて、あの頃へ」(サンクチュアリ出版500円)は、彼が愛読した本の紹介がメインの内容ですが、読書への偏愛や、読書法まで語った一冊です。内外の文学は言うに及ばず、漫画、雑誌まで幅広く取り上げられています。2009年2月に休刊した「京阪神エルマガジン」が取り上げられていますが、ライブや、映画情報にいっぱい印をつけて、街に飛び出した記憶が鮮明に甦りました

一箱古本市の生みの親とでも言うべき南陀楼綾繁の「ほんほん本の旅あるき」(産業編集センター900円)は、今年5月発売のまだ新刊台に乗っている本ですが、古書として出されています。日本全国、面白い本を探して巡り歩いた記録をまとめた労作です。彼の文章は、旅に出たいなぁ〜とつくづく思わせてくれます。

装丁家、鈴木成一が自ら装丁を語った「鈴木成一装丁を語る」(イーストプレス800円)は発想、思考法等を、自ら担当した120冊を選び出し、解説した本です。奥田英明、吉田修一、桜庭一樹、東野圭吾等の人気作家の装丁をテキストに、いかに「演出」したか。装丁家を目指す貴方は必ず読まねばなりません。

コミック関連で、夜久弘「COMICばくとつげ義春」(福武書店1000円)は、84年から87年までの4年間に15号刊行された季刊誌に、つげが毎回作品を書いていた時代を振り返った一冊です。著者はその本を立ち上げた人物で、いかにしてこの雑誌を軌道にのせたか、その苦労話と、熱気に溢れた時代を語ってくれます。

そしてコミックがらみでは、山口昌男の漫画論集「のらくらはわれらの同時代」(立風書房800円)。白土三平、畑中純、杉浦日向子、萩尾望都等の漫画家との対談も掲載されています。古谷三敏「減点パパ」を論じる一方で、海外の翻訳コミック、例えばウィンザー・マッケイ「夢の国のリトル・モモ」を論じてみたり、児童文学者のモーリス・センダックの世界に踏み込んだりと、自由に闊歩しているところが楽しい一冊です。

 

もう一点、朴順梨「離島の本屋」(ここから800円)。礼文島から与那国島まで島にある本屋22軒をルポルタージュした傑作です。島の風情を味わいながら、旅する気持ちで島々の本屋さんをめぐるというステキな本です。「男はつらいよ」の寅さんが、「よう、おばちゃん、儲かってるかい?」とヒョイと顔を出しそうな書店ばかりです。

 

えっ、「たる」? と思われる方もあるかと思いますが、正確には「ほろよい手帖 たる」という全国に流通している雑誌の名前です。おわかりですね、そうです、一冊まるごとお酒の雑誌です。

最新号の特集は「今、飲みたい紅芋系焼酎」です。芋焼酎の魅力は、さつま芋の豊かな香りと甘みです。その芋を栽培する鹿児島県の農家の取材や、使用されるお芋の百科、飲み方指南、美味しい銘柄紹介など、読み応え十分です。

この雑誌は、ワイン、ビール、ウィスキー、そして日本酒と種類を問わず、酒を幅広く、時にはかなりディープに取り上げています。酒文化を知るのには絶好で、読んでいると、さてさて、今晩は何を飲もうか、とあれこれ思案してしまいます。

「麹」をテーマにしたバックナンバーもあります。日本酒、焼酎、泡盛等の日本酒は、麹を利用して造られますが、醤油、みりんも、やはり麹を使う醗酵調味料です。さらに、甘酒やべったら漬け等は、麹を直接使う食材です。和食、日本酒に欠かせない麹のことがわかったりします。

あるいは、「本を肴に」という企画もあります。知りませんでしたが、”酒飲み書店員”が選ぶ「酒飲み書店員大賞」なんてのがあったんですって。因みに、2014年の受賞作品は中野進「球団と喧嘩してクビになった野球選手」(双葉文庫)です。ちょっと面白そうです。

また、書店員が推薦する「お酒を飲みながら読みたい本」は、フツーの推薦本紹介とは一風変わっていて、次々読んでみたくなります。例えば、上野敏彦「神馬(しんめ)−京都・西陣の酒場日乗」(新宿書房)とか、プレモリ=ドルーレ「作家の家 創作の現場を訪ねて」(西村書店)、開高健「地球はグラスのふちを回る」(新潮文庫)など。もちろん、酒といえば、吉田健一「酒肴酒」(光文社文庫)は見逃せません。

という具合に、毎号毎号、素敵な企画が目白押し。お酒を飲む人も、飲まない人も、読んでほろ酔い気分。リラックスできます。価格は390円。

今月号より、バックナンバーも含めて販売していきます。

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本好きのための雑誌「ぽかん」の最新5号(972円)が入ってきました。文学が好きで、本を読み、素敵な文章を大切にしている人なら、これはぜひ買って下さい。

「ぽかん」は3冊で構成されています。本誌「ぽかん」と小冊子「のんしゃらん通信」そして100冊の本を紹介した、広げるとポスターになる「ぼくの100」です。

本誌に掲載されている文章は、どれも味わい深く、日本語がゆっくりと染み込んできます。服部滋さんが書かれた戦時中の特攻兵器「回天」搭乗員和田稔が、敵艦に体当たりすることなく、艦内で窒息死して浜辺に打ち上げられた悲惨な話は深い悲しみに包まれています。亡き兄を偲んで、歌人の妹がこんな歌を詠んでいます。

「浮上し得ぬ回天をめぐる海底の沈黙兄は死にゆく」

そうかと思えば、昔の記憶が段々とおぼろげになってゆく様をユーモア溢れる文章で描いた佐久間文子さんの「とけていく記憶」。あるいは無為に過ぎ去っていった大学時代のちょっと変わった友人との交流を、まるで極上の短編小説の趣きで振返った保田大介「友だちと文庫本にまつわる話」など、どんどんと読んでいきたくなるものが詰まっています。

ところで、あの早世したジェイムス・ディーンがこんな事を言ってたんですね

「永遠に生きるつもりで夢を見、今日死ぬつもりで生きよ」

この意味、外村彰さんの「多喜さん漫筆」をお読みいただければわかります。

もう一点、200円ながら、作った人達の本への愛情溢れる「本と本屋とわたしの話」の8号も入りました。

「古本屋は、人生の道草にうってつけの場所だ。そして、その道草は、ぜいたくだ」

いい言葉ですね。

「ほんのこぼれ話 棒線は友だち〜傍線は友だち」は、方々に線が引かれた武田百合子の「犬が星見た」についてのエッセイですが、微笑ましくなってきますよ。筆者は赤線を引いた方に対抗して、青線をどんどん引いていきます。そして、最後にこう呟かれます。

「赤い傍線のひと、生きていますか。今もお元気ですか」と。

熊田千佳慕さんってご存知ですか?

明治44年生まれの細密画家です。小さい時に庭で虫や花に親しみ、父親から聞いたファーブルの話にのめり込み、画家への道を歩み出します。東京芸大在籍中、「資生堂」の広告で有名なフラフィックデザイナー山名文夫に見込まれて、日本工房にデザイナーとして入社。その時の同僚、土門拳と一緒に様々なポスター製作に従事します。そして、戦後、絵本の世界へ転身。70歳で「ファーブル昆虫記」の作品がボローニャ国際絵本原画展に入選しました。

その熊田さんの作品と彼自身の言葉を収録したのが「私は虫である」(求龍堂900円)です。

「ゆとりのない芸はおもしろ味も楽しさもない。全ての芸に言えることである。小さな自然を愛し、小さなゆとりを持って小さな幸せを持つ、これ生活のゆとりである。千佳慕の小さな世界はゆとり(愛)の満ちたところ」

と語っています。

庭に腹這いになって、虫と同じ視点で観察に夢中の写真がありますが、なんとも幸せそうなお顔です。お金でもたらされた幸福ではありません。

「虫と同じ目の高さにならないと、彼等の本当の姿は見えない。だから僕は腹這いになる。そうやって気づいたんです。虫は僕であり、僕は虫であると。」

そんな彼が描く虫や動物たちは、当然どれも光り輝いています。今にも飛び出しそうな、動き出しそうな虫、爽やかな風にそよぐ花々に草。名もない彼等の小さな世界が愛しくなってきますね。

2009年、彼は98歳で、この世を去りました。きっと、天国で、やぁやぁ、よく来たねと大ファーブル先生の歓待を受けたことでしょうね。

この本を読めば、原っぱに腹這いしたくなります。

 

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「己」の下に「心」って書いて「いまわしい」なんて、深い漢字だなぁ〜と思っていました。歳と共に、自分の心ほど「忌まわしい」ものはないことを実感します。

ところが、「たとえば、『忌野』の『忌』は、己の心と書いて『いまわしい』と読むのが素晴らしい、と何かのインタビューで言っているのを思いだした。」という文章に出会いました。

これは、RCサクセションの元マネージャーで、忌野清志郎を40年見つめてきた片岡たまきの「あの頃、忌野清志郎と」(宝島社1300円)に出てきます。(写真も素敵です)

話は彼女の中学時代に戻ります。地方ローカルTVで初めて見た清志郎に魅せられて、彼と一緒に仕事をしたいという強い欲望が生まれました。しかし、そう簡単にそんな職などあるわけがない。ライブに通い、事務所に通い、ひたすら行動するうち、ファンクラブ会報誌の仕事をゲットし、やがて彼等の衣装係に抜擢されて、全国を駆け巡り、ついにバンドのマネージャーとなり、夢をかなえます。

「忌野日記」(新潮文庫300円)の構成に参加し、RCの活動休止以降は一旦、清志郎から離れますが、2004年以降、ソロ活動の彼の衣装係に復帰し、2009年の彼の最期まで見つめます。

思春期から、青春全開の時代を経て、大人の階段を登ってゆく著者を支え、引っ張り上げた清志郎という存在を見つめたエッセイです。何の疑いもなく、彼の音楽にすべてを注ぎ込めるなんて、素晴らしい人生としか言いようがありません。

彼の死後、多くの本が出ましたが、さすがにこの本ほど、涙溢れる本はありませんでした。帯で竹中直人がこう書いています

「ひとつひとつの言葉が心に染み込んでくる。清志郎の音楽が何度もリフレーンしやがる」

見事にこの本の素晴らしさを表現しています。

「清志郎のバランスのとれた強靭な精神力と、自分を信じる力と、差別のないやさしい力」

そこに著者が憧れると書いていますが、私もそう思います。

この本と一緒に「sings soul ballads」(1700円)という彼の歌ったバラード集が入荷しました。何度も聴いた曲ばかりですが、ほんとうに力強さと優しさの満ちています。

このCDで初めて知ったのですが、「あいつの口笛」というソロアルバムに入っている曲って、作曲は細野晴臣だったんですね。名曲です。