松家仁之の「光の犬」(新潮社/古書1950円)は、今年最大の収穫でした。過去に出された「火山のふもとで」「沈むフランシス」「優雅なのか、どうか、わからない」のどれも期待していた以上に楽しめた小説でしたが、4作目の「光の犬」には敵いません。

この小説には年齢制限があります(と勝手に思っています)。30代以下の人、読む必要がありません。40代の方には出来ればお読み頂きたい。50代は必読。60代は、何をおいても読まねばなりません。いや、若い時に一読して、歳を重ねて再度読めば、さらに味わいが濃くなる、そんな本です。私も70代までに再読するつもりです。

舞台は北海道。道東の小さな町、枝留に暮らした一族三代の物語です。戦前、この小さな町に信州からやってきて、助産婦となった祖母、地元の工場長を務める祖父。二人には一人の男の子と三人の女の子がいます。男の子は、大きくなって川釣りと北海道犬が趣味の真面目なサラリーマンになり、結婚し、一男一女が生まれます。そして、いずれも独身の三人の姉妹、男、専業主婦の妻、二人の子ども、北海道犬が、同じ敷地内で暮らすことになります。やがて、二人の子どもたちは、独立し、この地を離れていきます。残ったのは老いてゆく両親と三人の伯母。この一族の、若い時から人生の終わりまでを描いています。

この作家は、あまり大きな出来事を物語に組み込まずに、何気ない日々の暮らしを描きながら、主人公の人生を掘り下げてゆくのが通常ですが、さすがに440ページに大長編ともなると、登場人物それぞれに、人生を左右する事件が起こります。しかし、基本は日々の暮らし、出来事を緻密に描くことにあります。

それぞれの人生を描いて、生きるとは辛いことなんだという真実を見つめます。辛いからこそ、命燃やそうとか、生きる幸福を味わおうとか、そういう方向へも向かわず、又ことさら辛さを誇張したような世界でもありません。読んだあと、しばらく黙っていたくなるような力のある作品です。

「消えてゆく準備ーそれは大きな輪を、中くらいの輪にちぢめること。小さな輪をさらに中心点に向かって縮めてゆくこと。輪だったものはやがて点になり、その小さな点が消えるまでがその仕事だった」

歳をとると、これが何を意味するかはよく分かります。何かと騒がしい年末年始などには、こういう長編を読んで、静かな気分で過ごしたいものです。