信頼している評論家の川本三郎著「東京は遠かった 改めて読む松本清張」(毎日新聞社/古書1350円)で、松本清張の存在の大きさを改めて確認しました。

松本清張ってTVの2時間推理ドラマの原作者ね、ぐらいの感覚の人もいるかもしれません。私にとっては、「砂の器」「張り込み」「ゼロの焦点」「黒い画集」などの日本映画の傑作群の原作者という認識でした。だから、今更古びた社会派推理の本なんてなぁ〜という気分でした。おそらく川本三郎が著者でなかったら読まなかったと思います。

「格差社会と言われてすでに久しい。一億総中産階級と言われた1980年代のバブル経済期に誰が、その先に格差社会が来ると想像しただろう。しかし、いま、松本清張の初期の作品を読むと、日本の社会は、いまもむかしもそれほど変わっていないのではないかと思ってしまう。」

著者は、松本の長編・短編を一作品づつ取り上げ、小説に描かれる中央と地方の格差、閉鎖的な社会の中で転落してゆく男と女の悲劇を解説しています。

長編推理作家だと思っていましたが、短編に優れた作品が多く存在し、松本の鋭敏な時代感覚が反映されていると著者は言います。

そして、「霧の旗」で、九州から一人東京に出てきた女主人公についてこう書いています。

「東京の真ん中の銀座にあって、地方都市から出てきた若い女性は孤独である。金もないから心細い。東京は憧れの地であると同時に力のない、いまふうに言えば『負け組』の彼女にとっては、威圧的な冷たい街でしかない。

松本清張は、このように、東京をいつも、地方という弱者の目でとらえる。東京を地方によって相対化する。東京人には見えない、東京の負の部分が見えてくる。」

第二章『昭和の光と影」では犯人のトリックや犯罪の動機だけがメインモチーフになる作家ではないことが、数々の作品のディテールを通じて示されていきます。事細かに描かれた都市の情景と、そんな文章を膨大な作品からチョイスした川本の眼力に感心しました。

さらに、松本が古書店をよく利用していたことを上げて、「『古本』をはじめ、作品のなかによく古本屋を登場させている。一般にミステリ好きと古本好きは重なることが多いが、清張の作品に古本屋が出てくると、それだけで心に残る。」と書き、古本屋が登場する作品を列挙しています。

松本清張という作家のことを再認識させてくれる一冊です。

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小学館が、松本清張原作の映画を「解説本+DVD」で10本出していました。

この10本の中で、大傑作は「張込み」(1958年松竹/モノクロ 中古2100円)です。個人的には、大好きな日本映画50本に入れたい程、惚れ込んでいます。清張の原作は僅か30ページ程の短篇です。殺人犯逮捕のために、犯人の昔の恋人の自宅前で張込みを続ける二人の刑事の緊迫の日々を描いたサスペンスですが、映画は116分の長編に仕立て上げました。

何がスゴイと言っても、アバンギャルドな映像表現でしょう。

先ずタイトルが中々出てこない。横浜駅を出る桜島行夜行に飛び乗る二人の男。季節は夏、冷房のない車内はうだる様な暑さ。あの時代、東京から九州に行くのに一昼夜かかりました。その道中を、なんの説明もないまま描いていきます。二人は佐賀で下車して、とある家の前の宿に入る。そして、若い男の独白で「さぁ、張込みだ」という台詞と、睨みつける様な視線のアップの映像に「張込み」のタイトルがかぶさる。ここで、初めて二人の男は刑事だったことがわかります。初めて観た時は、その格好良さにしびれました。絶対に小説ではできない。

そんなシーンを取り上げていったら切りがありませんが、後半、犯人が乗っているバスを空撮で捉えるシーン。刑事のアップから一気に映像は空高く舞い上がり、俯瞰で田舎道をゆくバスを捉えます。こういう視点の切り替えに出会えることこそ、映画の醍醐味の一つですね。音楽を担当しているのは黛 敏郎で、サスペンスを盛り上げる見事な音楽を作り出しています。

解説本も充実しています。全10作の解説は川本三郎。同じく連載で松本清張記念館館長、藤井康栄が松本の実像に迫っていきます。川本は「松本清張の犯罪小説の特質は、犯罪を犯す人間の側にある悲しさ、無念、疎外感を描いたことにあるが、映画『張込み』も東京に出て、犯罪に走らざるをえなくなった出郷者と、彼を愛した女性の悲しみを浮き上がらせたところに、感動がある」と書いていますが、その通りです。

映画は「砂の器」の名コンビ野村芳太郎(監督)と橋本忍(脚本)。出演は大木実、宮口精二、田村高広そして高峰秀子と、これまた見事なキャストで、当時の役者の層の熱さを感じます。TVでは何度もドラマ化されていますが、高峰の役を大竹しのぶが演じたフジテレビ版、ビートたけしが刑事を演じたテレビ朝日版が印象に残っています。

 

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